■クレームの用途を狭く解釈することにより、甲文献に対して新規性ありと判断した事例

 
<判決紹介>
・平成29(行ケ)10114  審決取消請求事件
・平成30718日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:日新製薬株式会社、日本ケミファ株式会社
・被告:オリオン コーポレーション、ホスピーラ インコーポレーテッド
・特許4606581
・発明の名称:ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途


■コメント
無効審判の特許維持審決に対する審決取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下の通り。

「【請求項1
 
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって,該患者が覚醒され,見当識が保たれる使用。」


関連する医薬品としては、プレセデックス静注液(デクスメデトミジン塩酸塩)が、ファイザー、丸石製薬からα2作動性鎮静剤として販売されています。後発品はありません。
効能又は効果は、「集中治療における人工呼吸中及び離脱後の鎮静」、「局所麻酔下における非挿管での手術及び処置時の鎮静」です。


争点は、新規性(甲3又は5)、進歩性(甲3又は5、周知技術)、原文新規事項、明確性要件です。


▼甲3に基づく新規性について
裁判所は、請求項1の「鎮静」について、集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて、(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり、この両方の鎮静が必要であると認定しました。
その上で、甲3にはその両方の鎮痛の用途の記載が無いとして、原告の新規性欠如の主張を認めることはできないと判断しました。
判決の抜粋は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1(甲3に基づく新規性判断の誤り)について
・・・

  前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の従来技術,課題,内容,効果等に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア)危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいる(【0003】)。
・・・
(イ)「本出願人」は,α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤であり,特に患者を鎮静させるためにICUにおいて患者に投与される本質的に唯一の活性薬剤または唯一の活性薬剤であり得ることを発見し(【0024】),「本発明」をした。
デクスメデトミジンの投与によって達成されるICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,不安そうではなく,気管チューブをよく許容している(【0027】)。

2)本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義についてアまず,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はない。
次に,本件明細書を参酌すると,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はないが,①「ICU状況における鎮静」の用語は,ICU(集中治療室)における「患者の実際の鎮静」に加えて,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む」こと(【0001】),②危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),集中治療を受けている重篤患者の鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】),③α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,「患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤」であること(【0024】),ICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,「不安そうではなく,気管チューブをよく許容している」こと(【0027】),⑤実施例はデクスメデトミジンが,「鎮静化と患者の快適化の独自の性質を提供するので,ICUにおいて患者を鎮静化するための理想的な薬剤であることを示す」こと(【0035】),⑥「集中治療室」の用語は,「集中治療を提供するようないかなる環境をも包含する」こと(【0026】)の記載がある。上記⑥に関連し,一般に,「ICU」とは,「内科系・外科系を問わず,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行うことにより,治療効果を期待し得る急性重症患者を収容する部門」を意味する(甲48)。

そして,請求項1の文言及び本件明細書の上記記載事項等を総合すると,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」は,集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて,(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり,この両方の鎮静が必要であるものと認められる。
本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語に関する本件審決の認定は,これと同旨をいうものと認められるから,誤りはない。

 これに対し原告らは,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」は,通常の医学用語としての鎮静(「意識のぼんやりとした状態であるが,適当に人の命令に答えたりできる状態」。甲75)のほか,「α2アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途」(【0018】,【0025】)を含む,鎮痛,不安緩解(抗不安),交換神経遮断作用まで幅広く含むα2アゴニストとしての全ての作用を対象とした用語であり,α2アゴニストの作用と同義であるから,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈すべきである旨主張する。

しかしながら,原告らが根拠として挙げる本件明細書の段落(【0018】,【0025】)の記載は,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法は,そのα2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途を含むデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の可能性のあるICU用途,たとえば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する。」というものであって,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法」が「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」を使用することにあること,「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」の可能性のあるICU用途には,「α2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途,例えば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する」ことを述べたものにすぎず,上記記載から,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」が,α2アゴニストの作用と同義であると解釈することはもとより,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することもできない。

また,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することは,ICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であること(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)などの本件明細書の他の記載事項と整合しない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
・・・

3)甲3の記載事項について
・・・

前記アの記載事項によれば,甲3には,①心筋虚血のリスクが高い患者において,周術期のストレス反応を軽減するなら,心筋虚血の発生を減じ,周術期の合併症発生率や死亡率を低下させることができる可能性があり,一方,α2-アドレナリン受容体作動薬は,周術期のストレス反応を減弱させるのに有効であるが,交感神経遮断作用が,血圧低下や徐脈など潜在的に有害な臨床作用も来し,このような血行動態的変化に血管疾患患者や重症心筋疾患患者には耐えられない可能性があるため,従来,α2-アドレナリン受容体作動薬であるデクスメデトミジンは,健常ボランティアと健康な外科患者に対してのみ投与されてきたこと,②甲3の臨床研究は,高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者へのデクスメデトミジンの周術期投与の実施可能性と影響の予備的評価を行うため,24人の血管外科患者を対象として,麻酔開始の1時間前から手術後48時間まで,プラセボ群と3つの異なる注入用量のデクスメデトミジン群(低用量群(血漿濃度目標0.15ng/ml),中用量群(同0.30ng/ml)及び高用量群(同0.45ng/ml)に分けて,デクスメデトミジンの持続注入を行い,血圧,心拍数,心筋の酵素等を測定し,その臨床データを解析した研究であること,③研究の結論として,血漿濃度目標0.45ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は,血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが,血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことの開示があることが認められる。

4)本件発明1と甲3に記載された発明との同一性について
原告らは,甲3記載の血管外科患者は,「集中治療を受けている重篤患者」に該当し,上記血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途に使用するものであるから,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されている旨主張するので,以下において判断する。

(ア)原告らは,①甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」である,②甲3記載の血管外科患者は,本件発明1の実施例(被験者が冠動脈バイパス手術の患者等)と同様の患者であるから,「重篤患者」であり,十分な看護体制がされた状態にあり,実際,術後にカテーテルなどを設置し,酸素濃度,血圧,心電図などを測定しており,常時看護されていること(622頁左欄下から3行~右欄下から5行)からすると,「集中治療室」で集中治療を受けているといえるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,研究の対象とされた24人の血管外科患者が,その外科手術後に,集中治療室(ICU)に収容されたことや,集中治療を受けたことを明示した記載はない。
次に,甲3の表1「被験患者の人口統計学的特徴および臨床的特徴(24名)」(別紙2)は,24人の血管外科患者をプラセボ群,低用量群,中用量群及び高用量群に区分した上で,各群ごとの患者の心臓病歴,外科手術の区分(大動脈手術,頚動脈手術及び末梢血管手術の3種類),手術時間等の特徴について記載したものである。
1の外科手術の区分をみると,プラセボ群では,「大動脈手術3,頚動脈手術1,末梢血管手術2」,低用量群では,「大動脈手術3,頚動脈手術0,末梢血管手術3」,中用量群では,「大動脈手術1,頚動脈手術2,末梢血管手術3」,高用量群では,「大動脈手術2,頚動脈手術3,末梢血管手術1」との記載がある。このうち,「大動脈手術」を受けた患者については,一般に,「大動脈手術」には,開胸手術や開腹手術といった侵襲性の高い手術が含まれることに照らすと,術後の集中治療を要する患者であった可能性が高く,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと認められる。

一方,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者については,表1には,各患者の冠動脈疾患やそのリスクの程度についての記載や患者が受けた外科手術の具体的な内容についての記載がないことに照らすと,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと直ちに認めることはできない。
この点について,原告らは,甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張するが,全身麻酔からの離脱を確認するために「集中治療室」に収容されているからといって,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行われていることが認められない以上,集中治療を受けているということはできない。また,原告らが挙げる甲3の記載事項(622頁左欄下から3行~右欄下から5行。前記(3)ア(オ))から,24人の血管外科患者は,臨床研究のデータ収集等のため,常時観察・看護されていたことは認められるものの,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者について,呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われていたものとまでは認められず,集中治療を受けていたものと認めることはできない。

b
以上によれば,甲3記載の血管外科患者が「集中治療を受けている重篤患者」に該当するとの原告らの主張は,「大動脈手術」を受けた患者については理由があるが,その余の手術を受けた患者については理由がない。

(イ)原告らは,甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」は,α2アゴニストの作用の一つであるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当し,また,仮に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」には,「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての「鎮静」が必要であるとしても,「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,交感神経を遮断して「ストレス反応」を抑え,これにより落ち着いた状態になり,不安の解消をもたらす作用であるから,上記「鎮静」に該当し,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たる旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,甲3記載の血管外科患者について,その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,
理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲3には,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。
したがって,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。

b
前記12)イ記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,手術のストレスにより交感神経系が刺激され,内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために,交感神経を遮断する作用であること(前記(3)ア(イ))に照らすと,原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。

c
 以上によれば,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。

(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば,甲3には「集中治療を受けている重篤患者」についての開示はあるものの(前記(ア)),「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないから(前記(イ)),甲3に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されているとの原告らの主張は,理由がない。
イそうすると,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」ではない点で,本件発明1と相違するから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1と同一の発明であると認めることはできない。

5)小括
以上によれば,本件発明1は,甲3に記載された発明と同一であるとは認められず,同様に,本件発明2ないし12は,甲3に記載された発明と同一であると認められないから,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
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▼甲3及び周知技術に基づく新規性について
裁判所は、新規性の判断で述べた理由により、甲3に「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないため、原告の一致点・相違点に関する前提に誤りがあるとし、原告の進歩性欠如の主張を認めませんでした。


※甲5に関する判断は省略。


▼原文新規事項について
原告は、クレーム3の「12ng/mlプラズマ濃度」は、PCT明細書に記載がないため原文新規事項であることを主張しました。原告の主張によると、PCT明細書のクレーム3では、「0.12ng/mlプラズマ濃度」と記載されていたものが、国内移行時の明細書で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようです。また、PCT明細書には、「12ng/mlプラズマ濃度」の直接の記載はないようです。
裁判所は、以下の通り、原文新規事項ではないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5
取消事由5(原文新規事項に関する判断の誤り)について
1)原告らは,本件審決は,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載について,本件国際出願明細書には,「12ng/mlプラズマ濃度」との文言の記載はないが,「0.12ng/mlプラズマ濃度」との記載があり,「12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲は,「0.12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲の約半分ほどの範囲を占める部分であり,当該範囲は,他の数値範囲からは予測できない特段の意味を有する数値範囲でもなく,新たな技術的事項を導入するものでもないから,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しない旨判断したが,①「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものであり(甲9x9y10),「1ng/mlプラズマ濃度」を数値範囲の境界値として本件特許の請求項3に記載することは,新たな技術的事項を導入するものであるから,原文新規事項に該当する,②本件国際出願明細書と本件国内書面によれば,国際出願時の請求項3で「0.12ng/mlプラズマ濃度」とされていたものが,本件国内書面の請求項3で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようであるが,既に特許登録されている請求項3を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段はないから,原文新規事項に該当するというほかないとして,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。

そこで検討するに,本件国内書面(甲772)には,プラズマ濃度に関し,「デクスメデトミジンの投与量の範囲は,標的プラズマ濃度として記載することができる。ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる。これらのプラズマ濃度は,瞬時投与(bolusdose)および規則的な維持注入(steadymaintenanceinfusion)による継続投与を用いて静脈内投与によってなされることができる。たとえば,ヒトにおいて前記プラズマ濃度範囲に到達するための瞬時の投与量範囲は,約10分間またはそれよりゆっくり投与されるため,約0.12.0μg/kg,好ましくは約0.52μg/kg,より好ましくは1.0μg/kgであり,ついで,約0.12.0μg/kg/h,好ましくは約0.20.7μg/kg/h,より好ましくは0.40.7μg/kg/hが維持投与される。デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の投与期間は,目的の使用持続期間に依存している。」(【0028】)との記載がある。上記記載によれば,【0028】には,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,「鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる」ことが開示されていることが認められるが,一方で,本件国内書面の発明の詳細な説明及び図面には,【0028】以外に,「0.12ng/mlプラズマ濃度」に関して言及した記載はない。また,この点については,本件国際出願明細書も,本件国内書面と同様であることが認められる。そして,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」は,【0028】記載の「0.1~2ng/ml」の数値範囲内にあるから,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲にあることは明らかである。

そうすると,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が,本件国際出願明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるということはできない。

2)この点に関し,原告らは,甲9x9y10を根拠として挙げて,デクスメデトミジンのプラズマ濃度が「12ng/ml」に達すると,患者は深く眠ってしまって覚醒できなくなるが,プラズマ濃度が「0.11ng/ml」であれば,音声指示によって容易に目を覚ますことが可能であるから,「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものである旨主張(上記①の主張)する。

しかし,原文新規事項に該当するかどうかは,本件国際出願明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるかどうかを判断すべきであるところ,甲9x9y10は,本件国際出願明細書とは別の文献であり,しかも,原告らが根拠として挙げる上記各文献の具体的な記載内容が,本件優先日当時技術常識であったとまで認められないから,原告らの上記①の主張は,採用することができない。

また,原告らは,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当することの根拠として,請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段がないことを挙げるが(上記②の主張),そのように訂正する手段があるかどうかの問題と請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当するかどうかの問題とは別個の問題であるというべきであるから,原告らの上記②の主張は失当である。

3)以上によれば,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しないとした本件審決の判断に誤りがあるとの原告らの上記主張(取消事由5)は,理由がない。

・・・

結論
 
以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告らの請求は棄却されるべきものである。
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※明確性要件に関する判断は省略。


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■数値限定を含むクレームのサポート要件(数値範囲の効果)と、明確性要件(条件)が判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10178号 審決取消請求事件
・平成30627日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:トライスター テクノロジーズ
・被告:エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社
・特許5339723
・発明の名称:経口投与用組成物のマーキング方法


■コメント
無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる工程と,
前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,波長が200nm1100nmであり,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記変色誘起酸化物が,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種であり,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,
マーキング方法。」


争点は、進歩性、サポート要件、明確性要件です。


▼進歩性について
本件発明1と甲1発明の一致点・相違点は以下のとおりです。

「(一致点)
「経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
レーザー光の走査により変色する物質を経口投与用組成物に分散させる工程と,
レーザー光の走査により変色する物質を変色させるように,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,マーキング方法。」である点。

(相違点1
前記レーザー光の走査による変色の機序について,本件発明1は,「酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種」である「変色誘起酸化物」の「粒子を凝集させて」変色させるものであるのに対し,甲1発明アは,「官能基と金属化合物または酸とを含有し,レーザの放射により脱離反応を起こす」ことで対比可能な色の,生理的に受容可能である反応物を生成するものである点。
(相違点2
レーザー光の波長について,本件発明1は,「200nm1100nm」と特定するのに対し,甲1発明アは,そのような特定事項を有しない点。」


裁判所は、相違点1に基づき進歩性があると判断し、相違点2については判断しませんでした。


▼サポート要件について
原告は、明細書の発明の詳細な説明に、請求項1の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないことを主張しましたが、裁判所は必要ないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
1  サポート要件の適合性について
  本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に関し,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発するという課題」を解決するための手段として,「本発明」は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面に,所定のレーザー光を走査することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色が生じるようにした構成を採用したことの記載があることは,前記11)イ認定のとおりである。

 次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,①実施例1ないし16において,表1のレーザー装置及び照射条件(波長355nm,平均出力8W),表3のレーザー装置及び照射条件(波長266nm,平均出力3W)又は表4のレーザー装置及び照射条件(波長532nm,平均出力12W)で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄又は三二酸化鉄錠剤を配合した,フィルムコート錠等に対し,文字又は中心線をマーキングしたこと(【0038】~【0056,1,3及び表4),②表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,実施例13のフィルム錠にレーザー照射を行い,レーザー照射前後の二酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に二酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたこと(【0057】~【0059】,図3,図4),③レーザー波長に関し,レーザーは,その波長が2001100nmを有するものを用いることができ,好ましくは10601064nm527532nm351355nm263266nm又は210~216nmの波長であり,より好ましくは527~532nm,351355nm又は263266nmの波長であること(【0022】),④レーザー出力に関し,レーザーを走査する際の平均出力は,対象とする経口投与用組成物の表面がほとんど食刻されない範囲で使用することができ,例えば,その平均出力は,0.1W50Wであり,好ましくは1W35Wであり,より好ましくは5W25Wであるが,単位時間あたりのレーザー照射エネルギーが強すぎると,アブレーションにより錠剤表面で食刻が発生し,変色部分まで剥がれてしまい,また,出力が弱いと変色が十分ではないこと(【0023】),⑤レーザーの走査速度(スキャニング速度)に関し,スキャニング速度は,特に限定されるものではないが,20mm/sec20000mm/secであり,また,スキャニング速度は,高いほどマークの識別性に影響を与えることなく生産性を上げることができることから,例えば,レーザー出力5Wでは,スキャニング速度は,80mm/sec10000mm/sec,好ましくは90mm/sec10000mm/sec,より好ましくは100mm/sec10000mm/secであり,レーザー出力が8Wの場合には,スキャニング速度は,250mm/sec20000mm/sec,好ましくは500mm/sec15000mm/sec,より好ましくは1000mm/sec10000mm/secであること(【0024】),⑥単位面積当たりのエネルギーに関し,単位面積当たりのレーザーのエネルギーは,マーキングの可否及び経口投与用組成物の食刻の有無の観点から,39021000mJ/cm2であり,好ましくは40020000mJ/cm2,より好ましくは45018000mJ/cm2であり,また,390mJ/cm2より低い場合には,マークを施すことができないのに対し,21000mJ/cm2より大きい場合には,食刻が生じるため,好ましくないこと(【0025】)の記載がある。

 
上記①ないし⑥の記載を総合すると,本件明細書に接した当業者は,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec~8000mm/sec)の各数値範囲内で,波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行い,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発する」という本件発明1の課題を解決できることを認識できるものと認められる。

 
したがって,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえるから,請求項1の記載は,サポート要件に適合するものと認められる。同様に,請求項2ないし22の記載も,サポート要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,①本件明細書の発明の詳細な説明には,請求項1及び11記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないし,また,甲10(日本酸化チタン工業会作成の講演資料のウェブページ)の9頁には,180nm270nm700nm1000nmの「サブミクロンサイズ酸化チタン=顔料級酸化チタン」の写真について,「上記の写真は,TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて撮影したものであり,実際の粒子の凝集状態を示すものではない。」との記載があることに照らすと,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないのが技術常識であることがうかがえるから,実際に「凝集」しているかどうか,本件明細書の記載からは不明である,②請求項2及び12は,発明特定事項として請求項1及び11をそれぞれ引用しているところ,本件明細書には,「単位面積当たりのエネルギー」が「390~21000mJ/cm2」の数値範囲で「凝集」を生じたことについての実施例の裏付けがないため,上記数値範囲で「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように」(請求項1及び11の構成)マーキングができたか不明であるなどとして,本件発明1ないし22は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないから,請求項1ないし22の記載がサポート要件に違反するものではないとした本件審決の判断には誤りがある旨主張する。

しかしながら,上記①の点については,前記(1)イの①ないし⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載を総合すると,本件発明1においては,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく,本件発明1は,上記の各数値範囲内で波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行うことを課題の解決原理とする発明であるものと認められるから,原告が主張するような全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではない。また,表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,レーザー照射前後の酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたことの記載があることは,前記(1)イの②のとおりである。さらに,原告が指摘する甲109頁に記載された酸化チタンの写真は,どのような状態の酸化チタンを撮影したものであるかなど撮影の対象物の詳細が特定されていないことに照らすと,酸化チタンの粒子の凝集状態をTEM写真で確認できないことの根拠にはなるものではないし,甲109頁の「実際の粒子の凝集状態を示すものではない」との記載は,単に写真の内容を説明しているものであり,TEMを用いて撮影された写真では酸化チタンの凝集を判断できないことを説明したものとはいえない。加えて,甲3には,「TiO2顔料」に関し,「このような凝集物は裸眼で見ることができず,溶融加工組成物の断面を高光学倍率で観察すると,そのいくつかは観察可能であるが,大部分は,電子顕微鏡の倍率下でのみ検出可能である。」(訳文53行~5行)との記載があり,高光学倍率の電子顕微鏡であれば凝集の観察ができることが示されていること(前記13)イ(ウ))),実施例11においては,TEMを用いて「TiO2の凝集」を確認したことの記載があること(前記13)イ(カ))に鑑みると,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないことが技術常識であるということはできない。

 
次に,上記②の点については,前記(1)イの⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載(【0025】)に照らすと,「単位面積当たりのエネルギー」が「39021000mJ/cm2」の数値範囲でマーキングを実行することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色を生じさせることができることを理解することができる。
 
したがって,原告の上記主張(取消事由2)は理由がない。
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▼明確性要件について
原告は、レーザー光の走査工程の「条件が任意」だと発明の外縁を定義できないため不明確と主張しましたが、裁判所は認めませんでした。(理由は十分に説明されていない印象です。)


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由3(明確性要件の判断の誤り)について
1  明確性要件の適合性について
 
請求項1の記載から,本件発明1は,経口投与用組成物へのマーキング方法の発明であって,当該マーキング方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。また,請求項11の記載から,本件発明11は,マークを施された経口投与用組成物の製造方法の発明であって,当該製造方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。
 
一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,「変色誘起酸化物」の用語について,「本発明に用いる用語「変色誘起酸化物」とは,レーザー光の照射を受けて,その粒子が凝集するため,変色を誘起する酸化物をいう」(【0015】)との記載があるところ,この「変色誘起酸化物」の用語の説明は,本件発明1及び11における「変色誘起酸化物」の内容と整合するものといえる。
 
したがって,請求項1及び11の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。同様に,請求項1を直接又は間接的に引用し,本件発明1の発明特定事項を含む請求項2ないし10の記載,及び請求項11を直接又は間接的に引用し,本件発明11の発明特定事項を含む請求項12ないし22の記載から,本件発明2ないし1012ないし22の内容を明確に把握することができるから,請求項2ないし1012ないし22の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,本件審決は,本件発明1及び11(請求項1及び11)は,レーザー光の走査工程におけるエネルギー密度,レーザー光の繰り返し率,レーザースポット径,経口投与用組成物の種類,変色誘起酸化物の分散の濃度及び状態などの条件はマーキングする際の任意の条件であって,これらを特定しないことで発明が不明確になるというものではないから,請求項1ないし22の記載は,明確性要件に違反するものではない旨判断したが,上記条件を「マーキングする際の任意の条件」とすれば,変色誘起酸化物が受けるエネルギー量を特定することができず,その結果,請求項1記載の波長,平均出力及び走査工程の走査速度の数値範囲においても,「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色」する場合としない場合が生じることとなり,本件発明1の外縁を定義することができないから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
 
しかしながら,請求項1ないし22の記載から本件発明1ないし22の内容を明確に把握することができることは,前記(1)認定のとおりであり,本件審決が指摘する上記条件が,「マーキングする際の任意の条件」として位置づけられ,発明特定事項として規定されていないからといって,発明の外縁が不明確になるものとは認められないから,原告の上記主張(取消事由3)は理由がない。

結論
 
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
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■機能限定抗体特許の侵害訴訟において、被告製品が機能を有していても、技術的範囲に含まれないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(ワ)第11475  特許権侵害差止等請求事件
・平成30328日判決言渡
・東京地方裁判所民事第29  嶋末和秀 伊藤清隆 西山芳樹
・原告:バクスアルタ インコーポレーテッド
・原告:バクスアルタ ゲーエムベーハー
・被告:中外製薬株式会社
・特許4313531
・発明の名称:第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体


■コメント
特許4313531の特許権を有する原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)のemicizumabが本件特許の請求項1及び4に係る各発明の技術的範囲に属するとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下のとおりです。


「【請求項1
1A   
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
1B   
凝血促進活性を増大させる
1C   
抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」


限定する内容が、実質的に抗原と機能(増大させる)だけですので、かなり広く、特許にするのは難しい部類のクレームです。
被告製品目録は以下のとおりです。


製品名
   
抗体(開発コード:ACE910/一般名:emicizumab 
種類
   
医薬品
製造者
   
中外製薬株式会社
臨床試験開始時期
   
遅くとも平成248月頃
5  
概要
   
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合するバイスペシフィック抗体」


争点は、(1)技術的範囲に属するか、(2)製造等が侵害又はそのおそれがあるか、(3)製造等が試験又は研究のための実施に当たるか、(4)無効理由を有するかです。裁判所は(1)のみ判断しました。


被告製品は、一見すると、
1A
→○
1B
→○
1C
→○
で、請求項1の構成要素を全て有しています。
そのため、技術的範囲に含まれる、となってもおかしくない状況です。


裁判所の判断をざっとまとめると以下のとおりです。

・抽象的、機能的な表現のクレームは、クレームに加えて、明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて技術的範囲を確定すべき。
・明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべき。
・請求項1の「凝血促進活性を増大させる」は、実施例の記載内容に基づき、ネガティブコントロールとの比が2程度を超えており、実質的に凝固促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解するべきである。(本件特許明細書に定義はなし)
・技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解される。
・被告製品が凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても、本件特許とは異なる課題解決手段によってもたらされているのであって、本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえない。
・被告製品は、凝血促進活性を増大させるものではない第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を、第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより、凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから、「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
・従って、本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。


被告製品が機能を有していても課題解決手段が違えば技術的範囲に含まれないというのは、思い切った判断だなと思います。
裁判所の判断の抜粋は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 当裁判所の判断
1
本件各発明の意義について
・・・
本件各発明の意義
以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の意義は,大要,以下のとおりのものと認められる。
すなわち,従来の血友病Aの患者の処置は,欠如又は不足した第Ⅷ因子の不足を補うために第Ⅷ因子濃縮物の投与による補充療法であった(段落【0003】)。しかし,補充療法には,第Ⅷ因子インヒビターを生じさせる患者に対する処置が非常に困難かつ危険性を含んでおり(段落【0003】),そのような患者に対する処置としては,高用量の第Ⅷ因子を投与するなどのいくつかの治療方法が存在するが,高価である(段落【0004】,【0005】),多大な時間を必要とする(段落【0004】),重篤な副反応を伴い得る(段落【0004】),患者への負担が大きい(段落【0005】)等の問題点があった。本件各発明の目的は,第Ⅷ因子を抑制する患者についての特定の利点を有する,血液凝固障害の処置のための調製物を提供することであり(段落【0010】),これを,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合して第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる抗体又は抗体誘導体によって達成するというものである(段落【0011】)。

そして,抗体又は抗体誘導体は,具体的には,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製し(実施例1ないし3),これを色素形成アッセイ等の方法で凝血促進活性の程度を評価し(実施例4ないし914),そのモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から様々な抗体誘導体(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)を作製するものである。

2
被告製品の構成等について
被告製品の構成
被告製品は,別紙被告製品説明書及び「被告製品のアミノ酸配列」記載のアミノ酸配列を有する非対称型バイスペシフィック抗体であり,抗体の中でもIgGに分類される。被告製品は,2つの抗原結合部位を有し,その一方が第Ⅸa因子を認識し,他方が第Ⅹ因子を認識する。(甲23,乙2838,弁論の全趣旨)

被告製品の開発経緯
被告製品の開発過程において,被告がバイスペシフィック抗体を作製するに当たり用いられたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,ヒト第Ⅸa因子に特異的に結合し,かつ,第Ⅸa因子の酵素活性に対してできるだけ阻害活性の弱い抗体が選別された。そこで作製されたバイスペシフィック抗体のうち,最も第Ⅷ因子補因子活性が高かった抗体は,XB12/SB04であるが,これは第Ⅷ因子補因子活性を有さないモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体から作製されたものである。よって,被告製品の開発において選別されたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させるか否かとは無関係に選別されたと認められる。また,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける。(乙555775
そして,被告製品は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子との空間的な配向を好適な状況に制御し,酵素の活性部位と基質とを正確に接触しやすくすることで,第Ⅸa因子が触媒する第Ⅷ因子補因子活性を促進するという機序により,凝血促進活性を増大させるものである(乙33,甲165)。そして,その増大の程度は,本件明細書の実施例と同様の手法で作製された抗体(198A1198B3224F3)と比較して,優れた効果をもたらすものである(乙636によれば,約1000倍の効果とされている。)。

被告の実験結果(乙3638)について
ア乙38は,被告が作製した,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)について,血液凝固第Ⅷ因子活性測定用の色素形成アッセイキットを用いて,凝血促進活性の増大の程度を評価したものである。その結果,Qhomoのネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であった(なお,被告製品の同数値は●省略●から●省略●であった。)。
イ乙36は,被告製品及びQhomo等について,第Ⅸa因子による第Ⅹ因子活性化反応における酵素反応速度論解析を行った実験結果である。
原告らは,この実験結果において,Qhomoは,ブランクと比較して,Km(ミカエリス・メンテン定数)が低値,kcat(酵素反応速度)が高値,kcat/Km(酵素反応効率)が高値,すなわち,基質(第Ⅹ因子)に対する親和性が高く,生成速度が速く,酵素反応効率が高いことが示されていることから,Qhomoは,第Ⅸa因子(酵素)の凝血促進活性を増大させるものであると主張する。
しかし,本件明細書には,「凝血促進活性を増大させる」と評価するための指標として,酵素反応速度論的解析は挙げられていない上,凝血促進活性の増大と酵素反応速度論解析との関係は記載も示唆もされていないから,これらの値をもって,本件各発明にいう「凝血促進活性を増大させる」と直ちに評価することはできない。しかも,基質に対する親和性,生成速度,酵素反応効率がどの程度向上すれば,「凝血促進活性を増大させる」と評価できるのかについての技術常識は何ら示されていない。むしろ,乙36のポジティブコントロール(第Ⅷa因子)の数値と比較すると,Qhomoの数値は,ブランクの値と極めて近いものであるから,同実験結果をもって,Qhomoが「凝血促進活性を増大させる」抗体であるとは認めることはできない。

原告らは,被告が発表した被告製品についての論文(甲110,甲112)によれば,被告自身,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有していることを自認している旨主張する。しかし,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有しているとしても,被告製品とQhomoとは異なる構造なのであるから,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であると認めることはできない。

原告らの実験結果(甲114163164)について
114は,原告らが作製した,Qhomoと同一のアミノ酸配列を有する抗Ⅸaモノスペシフィック抗体(MonoBM)を使用し,ミカエリス・メンテン式による酵素基質反応のパラメータ(カイネティックパラメーター)を算出し,また,APTTの測定を行い,凝血促進活性の増大の程度を測定した実験結果である。甲163は,表面プラズモン共鳴(SPR)現象を利用したBiacoreシステムを用いて,MonoBM等がヒト第Ⅹ因子およびウシ第Ⅹ因子に結合する様子を測定した実験結果である。また,甲164は,TECHNOCHROMキット(ヒト第Ⅸa因子とウシ第X因子を含む)にヒト第X因子を添加して,被告製品とMonoBMの経時的な吸光度変化を測定した実験結果である。

原告らは,これらの実験結果に基づき,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体である旨(甲114),被告製品の凝血促進活性の増大は第Ⅸa因子に結合するアームのみの寄与によってもたらされたものである旨(甲163164)を主張する。
しかし,乙7980では,低分子の有効成分とは異なり,バイオ医薬品(抗体医薬品もこれに含まれる。)では,バイオシミラーの先発医薬品との同一性を担保することは困難である旨述べられており,乙92では,MonoBMQhomoとは同一であるとはいえないとの意見が述べられているから,上記実験結果(甲114163164)をもって,MonoBMQhomoとが同一であると認めることはできず,それを前提にしてQhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であるとか,被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームのみが凝血促進活性を増大させるものであると認めることはできない。
これに対し,原告らは,甲162を根拠に,触媒酵素活性を特定するのに必要な情報はアミノ酸配列に含まれており,配列が高次構造を特定するという原理の一般性が確立されているから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であり,MonoBMQhomoは同一である旨主張する。しかしながら,同号証50頁には,「同様の再折りたたみの実験は,多くの他のタンパク質においても行われた。多くの場合,天然の構造は最適な条件下で再現された。しかしながら,タンパク質によっては再び効率よく折りたたまれないものもある。」とされており,高次構造が再現されるのは「最適な条件下」であって,しかも,再現されない場合もあるとされているのであるから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であるとは必ずしもいえない。

3
本件出願日当時の技術常識について
第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体の作製法は,本件出願日当時に複数知られており,その中でも,クワドローマ技術は簡便な方法であり,本件出願日当時の当業者にとって,合理的な時間および努力の範囲内でバイスペシフィック抗体を作製できる手法であった。バイスペシフィック抗体を産生するクワドローマを融合し及び選択する種々の方法及びプロトコルは,1999年において,利用可能であり,良好に確立され,二重特異性のIgG分子を作製するのに幅広く用いられていた。(本件明細書段落【0026】,甲97,甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であったと認められる。

前記2⑵で説示したとおり,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける(乙555775参照)。
しかし,モノスペシフィック抗体からバイスペシフィック抗体に変換するとき,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対する結合部位は1価になるが,1価でも凝血促進活性を増大させる効果がある(本件明細書実施例10ないし12151618)。そして,バイスペシフィック抗体の2つの抗原間で立体干渉が生じない限り,モノスペシフィック抗体の活性は維持される(甲1401)。第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子以外の結合部位が第Ⅹ因子である場合を想定すると,本件出願日当時,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の構造が明らかとなっており,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の立体構造からすると,当業者は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子に結合するバイスペシフィック抗体で,第Ⅸa因子結合部位の活性に対する干渉は起こりにくいと予測できる(甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。

4
争点1(被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
⑴本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の記載は,「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041HaematologicTechnologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2AmericanDiagnostica社製,および抗体クローンESN-3AmericanDiagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。
アある抗体が,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合し,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増加するか又は第Ⅷ因子様活性を有することを示すための試験方法としては,凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングし,色素形成アッセイによって第Ⅷ因子様活性を有するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例49),そのなかで第Ⅷ因子インヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD3)も確認されている(実施例7)。よって,当業者は,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)),凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。

もっとも,「凝血促進活性を増大させる」程度については,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図7A196/AF235μMPefablocXa(登録商標)),段落【0068】・図7B198/AM135μMPefablocXa(登録商標))も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性はないと評価されている。)の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である。そうすると,凝血促進活性の増大がわずかであるものは,「凝血促進活性を増大させる」とは評価できず,その程度は,実質的なものでなければならないのであって,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えており,実質的に凝血促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解すべきである。

バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし1315ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。

したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。

被告は,色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるモノスペシフィック抗体及びその誘導体に限られる旨主張する。
そこで検討するに,本件明細書には,2時間のインキュベーション後の第Ⅷ因子アッセイにおいて,ネガティブコントロールとの比が3を超える場合には,「凝血促進活性を増大させる」と評価できる旨の記載がある(段落【0013】,【0014】)。他方,本件明細書においては,凝血促進活性の検査方法について,色素形成アッセイ以外にも凝血試験などの全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例11・図18ないし20)。そうすると,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在するということができるところ,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないから,本件明細書において「凝血促進活性の増大」が色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるものであると一義的に決定されているとは,直ちには解することができない。

原告らは,「凝血促進活性を増大させる」とは,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分である旨主張する。
しかし,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度や2程度の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分であるとはいえないことは,既に説示したとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。

他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。

前記⑵において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。

5
結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■(ロスバスタチンCa物質特許の知財高裁大合議判決)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できないと判断された事例

  
<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10182号審決取消請求事件
 同第10184号審決取消請求事件
・平成30413日判決言渡
・知的財産高等裁判所特別部 清水節 髙部眞規子 森義之 鶴岡稔彦 森岡礼子
・第1事件原告:日本ケミファ株式会社
・第2事件原告:X
・第12事件被告:塩野義製薬株式会社
・第12事件被告補助参加人:アストラゼネカ ユーケイ リミテッド
・特許2648897
・発明の名称:ピリミジン誘導体


コメント
少し前になりますが、知財高裁大合議判決の紹介です。
ロスバスタチンカルシウムの物質特許
特許2648897)に対する無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
争点は、訴えの利益、進歩性、サポート要件。
本件特許の請求項1は下記の通りです。


「【請求項1
式(I):
【化1
ka1_20180718.jpg 
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
R4
は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
X
はアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。」


進歩性に関する裁判所の判断は以下の通りです。
裁判所は、(1)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できない、従って(2)甲1と甲2を組み合わせることで相違点の構成とすることはできない(容易に発明することがきたとは認められない)、という主旨の判断をしました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1について
1)進歩性の判断について
特許法291項は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と定め,同項3号として,「特許出願前に日本国内又は外国において」「頒布された刊行物に記載された発明」を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。

上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3取消事由1について」において同じ。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。

このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条13号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。

したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。

この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条13号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。そして,上記のとおり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,上記については,特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては,特許庁長官)が,上記については,特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においては,特許出願人)が,それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張,立証する必要があるものということができる。
・・・

 1発明の認定
前記アによると,甲1発明は,審決の認定のとおり,「
kou1_20180718.jpg 
M=Na)の化合物」
であると認められる。この点について,当事者間に争いはない。
・・・
また,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,審決の認定のとおり,次の【一致点】記載の点で一致し,この点において,当事者間に争いはなく,近似する構成を有するものであるから,甲1発明は,本件発明の構成と比較し得るものであるといえる。
【一致点】
「式(I
itti_20180718.jpg  
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点
そうすると,甲1発明は,本件発明の進歩性を検討するに当たっての基礎となる,公知の技術的思想といえる。
以上によると,甲1発明は,本件発明についての特許法292項の進歩性の判断における主引用発明とすることが不相当であるとは解されない。これに反する被告らの主張を採用することはできない。

4)対比
そこで,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,前記(3)のとおり,審決認定の【一致点】の点で一致し,次の【相違点】の点で相違する。この点において,当事者間に争いはない。
【相違点】
1-
X
が,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
1-
R4
が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点

5)本件発明1と甲1発明の相違点の判断
 相違点(1-)の判断
(ア)原告らは,相違点(1-)につき,甲1発明に甲2発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-NCH32)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨主張している。
そこで,甲2発明について検討する。

(イ)a2(特開平1-261377公報)には,次の記載がある。
a)特許請求の範囲
1. 一般式
kou2_20180718.jpg  
・・・
前記aによると,甲2には,一般式()で示される化合物が記載されており,前記化合物は,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有するものであって,HMG-CoA還元酵素(3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリル補酵素A還元酵素)において良好な阻害作用を示すものであることが認められる。
(ウ)a前記(イ)のとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。
2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。
また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。

さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8R3はメチル),実施例15R3はフェニル)及び実施例23R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。

したがって,2から,ピリミジン環の2位の基を「-NCH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-)に係る構成とすることはできない。

原告らは,甲2には,一般式()の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されているから,「R3」として「NR4R5」を選択した一般式()の化合物について技術的裏付けがあると理解できるのであって,「甲2では,「R3」として「NR4R5」を選択した化合物については,その製造方法もHMG-CoA還元酵素阻害活性の薬理試験も記載されていない」旨の審決の認定は誤りである旨主張する。
前記aのとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,前記(イ)ag)のとおり,甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される甲2の実施例123の化合物が,メビノリンと比較して高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する旨が記載されている。また,甲16には甲2の一般式()の範囲内の特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが記載されており,証拠(甲167375)及び弁論の全趣旨によると,当業者は,2の実施例の一部分が変わっただけの特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する蓋然性が高いと理解することがあるものと認められる。
しかし,甲2の実施例123や上記認定の特定の化合物には,スルホンアミド構造を有する化合物は含まれていない。証拠(乙65)及び弁論の全趣旨によると,化学物質がわずかな構造変化で作用の変化を来す可能性があることは,技術常識であるから,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,実施例123や上記認定の特定の化合物と同程度又はそれを上回るHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると期待できるわけではなく,HMG-CoA還元酵素阻害活性が失われることも考えられる。
したがって,甲2から,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,技術的裏付けがあると理解できるとはいえないのであって,原告らの上記主張は,前記aの判断を左右するものではない。
・・・

e)したがって,仮に,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。

(オ)なお,原告らは,審決は,サポート要件の判断では,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することという課題を設定して判断している一方で,進歩性の動機付けの判断は,課題の基準である「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度を超える「甲1発明化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されること」という基準を設定し,判断しているから,このようなダブルスタンダードでサポート要件と動機付けを判断することは妥当ではないと主張する。
上記主張のうち,審決のサポート要件についての上記判断が正しいことは,後記4のとおりである。これに対し,進歩性については,既に判示したとおり,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されておらず,また,仮に甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,相違点(1-)の構成を採用する動機付けがあったとはいえないことから,容易に発明をすることができたとはいえないと判断されるのであって,原告らが主張するような基準を設定して判断しているものではないから,原告らが主張するような矛盾が生ずることはない。(カ)以上のとおり,甲1発明において,相違点(1-i)の構成を採用することができたとはいえない。

 小括
そうすると,相違点(1-)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。
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サポート要件に関する裁判所の判断は以下の通りです。
課題の認定が争点になりました。
原告は進歩性の考え方に基づいて主張しましたが、裁判所は、サポート要件を充足するかの判断の枠組みに、進歩性の判断を取り込むべきではない、と判断しました。また裁判所は、サポート要件の判断は、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき、出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり、その判断が、特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない、とも判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2について
1)判断基準
特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年1111日特別部判決参照)。

2)本件発明の課題
 前記21)ウ及びエのとおり,本件明細書の【0003】には,「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている」こと,【0004】には,発明者らが,そのような事情を考慮して,「下記一般式(I):
sapo_20180718.jpg  
(式中,・・・)で示される化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見出して」本件発明を完成したことが記載されている。この一般式(I)で示される化合物は,本件発明125及び911の化合物を包含するものであり,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤が本件発明12であるから,本件発明125及び911の課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること,本件発明12の課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することといえる。

 前記21)イのとおり,本件明細書の【0002】には,HMG-CoA還元酵素阻害剤として,カビの代謝産物又はその部分修飾物であるメビノリン等の第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤が存在したが,プラバスタチン等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され,第2世代として期待されていることが記載されている。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,これら既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤の問題点等が記載されているわけではなく,前記21)ウのとおり,【0003】に「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている。」と記載されているにとどまる。
証拠(甲36)及び弁論の全趣旨によると,医薬品の分野においては,新たな有効成分の薬理活性が既に上市された有効成分と同程度のものであっても,その新たな有効成分は,代替的な解決手段を提供するという点で技術的な価値を有するものと認められる。
以上を考え合わせると,本件発明の課題が,上記の既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することにあるとまではいうことはできない。

 したがって,本件発明の課題は,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるというべきである。

3)解決手段
・・・
上記測定結果が1回の測定結果であるからといって,上記判断が左右されることはないし,その他上記判断の信頼性を疑わせる事情を認めるに足りる証拠はない。
そして,本件発明1は,式(I)において,R1は低級アルキル,R2はハロゲンにより置換されたフェニル,R3は低級アルキルを,また,Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基を選択した場合の化合物も包含するものであるが,これらの置換基は,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5S-ジヒドロキシ-E-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」が有する基(R1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基)と化学構造が類似したものであるから,本件発明1に包含されるその余の化合物も,化合物(Ia-1)や,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5S-ジヒドロキシ-E-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」と同様にメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると理解するといえ,これに反する証拠はない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の化合物が,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること,すなわち,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。

イ また,本件発明25及び911の化合物は,本件発明1に包含されるものであり,本件発明12HMG-CoA還元酵素阻害剤は,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤であるから,これらも同様に,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。

4)原告らの主張について
ア(ア)原告らは,本件出願の10年以上前からHMG-CoA還元酵素阻害剤であるコンパクチンが公知であり,本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されており,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であったから,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨主張する。
しかし,前記(2)のとおりであって,本件発明の課題が,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。

(イ)原告らは,本件発明1は甲2の一般式(I)の範囲に包含されるから,進歩性が認められるためには,甲2の一般式(I)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要があるところ,選択発明としての進歩性が担保できない「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,本件出願当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く不適切である旨主張する。
しかし,サポート要件は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになるので,これを防止するために,特許請求の範囲の記載の要件として規定されている(平成6年法律第116号による改正前の特許法3651号)のに対し,進歩性は,当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的,排他的な権利を発生させないようにするために,そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり,特許の要件として規定されている(特許法292項)。そうすると,サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

(ウ)原告らは,本件特許出願人が本件出願時に本件発明1及び甲1発明の化合物が甲2の一般式()の範囲内に属することを認識していた以上,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することを本件発明の課題としたはずがない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,出願人の出願当時の主観により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

イ(ア)原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が顕著なHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することは示されていないので,当業者は「本件発明の課題」を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,本件発明の課題は,コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明は,この課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。本件発明が「顕著な」HMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要があることを前提とする原告らの上記主張は,前提を欠くものであって,採用することはできない。

(イ)原告らは,本件発明の化合物は,甲2の一般式()の選択発明であるから,構造を特定しただけでは新たな技術を開示したことにはならず,顕著な活性が開示されなければ,新たな技術を開示したことにはならない旨主張する。
しかし,サポート要件を充足するか否かという判断の枠組みに進歩性の判断を取り込むべきであるとは解されないことは,前記ア(イ)のとおりである。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。

(ウ)原告らは,本件特許権者が,本件審判において,本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された化合物(Ia-1)のデータによりサポートされないことを自認していたから,当業者は,本件発明1がその課題を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
・・・

5)まとめ
以上のとおりであって,本件発明125及び912は,平成6年法律第116号附則62項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法3651号に適合するものでないとはいえない。
したがって,原告ら主張の取消事由2は理由がない。

結論
よって,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がない。
以上の次第で,原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
----------------------------------------------------------------------------------------------


■(ピタバスタチン錠の特許侵害訴訟)4年以上前のサンプル薬の水分含量が本件発明の範囲内であったと推認できないとして先使用権が認められなかった事例

 
<判決紹介>
・平成29()10090号 特許権侵害差止請求控訴事件
・平成3044日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 髙部眞規子 山門優 片瀬亮
・控訴人:東和薬品株式会社
・被控訴人:興和株式会社
・特許5190159
・発明の名称:医薬


■コメント
特許5190159の特許権を有する被控訴人(興和)が、控訴人(東和薬品)の「ピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」」が本件特許発明の技術的範囲に属するとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。
本件特許の請求項12は下記の通り。


「【請求項1】
 
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
【請求項2】
 
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。」


判決文はこちらから。



■拒絶理由を通知せずに拒絶審決をしたことが手続違背の違法と判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10218  審決取消請求事件
・平成30130日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1 清水節 中島基至 岡田慎吾
・原告:イデラ ファーマシューティカルズ インコーポレイテッド
・被告:特許庁長官
・特願2008-535681
・発明の名称:トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌクレオチド(IRO)化合物


■コメント
拒絶審決の審決取消訴訟です。
本願の請求項1は以下の通り。


「【請求項1
免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物であって,前記化合物が,構造:
5
-Nm-N3N2N1CGN1N2N3-Nm-3
式中:
CG
CpGCpG*またはCpG*から選択されるオリゴヌクレオチドモチーフであり,Cはシトシンヌクレオシドであり,C*は2-デオキシチミジン,1-2-デオキシ-β-D-リボフラノシル)-2-オキソ-7-デアザ-8-メチル-プリン,2-ジデオキシ-5-ハロシトシン,2-ジデオキシ-5-ニトロシトシン,アラビノシチジン,2-デオキシ-2-置換アラビノシチジン,2-O-置換アラビノシチジン,2-デオキシ-5-ヒドロキシシチジン,2-デオキシ-N4-アルキル-シチジンまたは2-デオキシ-4-チオウリジンから選択されるピリミジンヌクレオシド誘導体であり,Gはグアニンヌクレオシドであり,およびG*は2-デオキシ-7-デアザグアノシン,2-デオキシ-6-チオグアノシン,アラビノグアノシン,2-デオキシ-2’置換-アラビノグアノシン,2-O-置換-アラビノグアノシンまたは2-デオキシイノシンから選択されるプリンヌクレオシド誘導体であり;
N2N1
GA#またはGU#であり,ここでG#,A#およびU#はそれぞれ,2-OMe-グアノシン,アデノシンおよびウリジンであり;
N3
および/またはN1N3は,それぞれの出現において,独立して,i)ヌクレオシド,またはii2’アルキル化リボヌクレオシド,2’アルコキシ化リボヌクレオシド,2’アルキル化アラビノシドまたは2’アルコキシ化アラビノシドから選択されるヌクレオシド誘導体であり;
Nm
およびNmは,それぞれの出現において,独立して,ヌクレオチドであり;
ただし,化合物は3以上の連続したグアニンヌクレオチドを含有せず;
および,そこにおいてm030の数である,前記化合物。」(以下,上記構造を有する免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物を「本願IRO化合物」といい,本願IRO化合物の構造である「5-Nm-N3N2N1CGN1N2N3-Nm-3’」のうち「N2N1CG」部分を「N2N1CGモチーフ」という。)」


裁判所の判断は以下の通り。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5当裁判所の判断
・・・
(3)
取消事由1(手続違背
・・・
  前記イ()aによれば,本件拒絶理由通知は,TLR9に対してアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり,TLR7及び8に対してアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒絶理由を通知するものではないから,実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由を示すものではないことが認められる。のみならず,TLR7及び8については,本件反転作用を裏付ける実施例はない上,そもそも認識するアゴニストの対象が,TLR9とは異なり,一本鎖RNAウイルスであると認められるのであるから,TLR7及び8の拒絶理由には,TLR9の拒絶理由とは異なる固有の理由が存在することは明らかであるにもかかわらず,本件拒絶理由通知は,これを通知していないことが認められる。
そして,前記イ()によれば,原告は,本件拒絶理由を受けて,その理由を解消するために,TLR1ないし6に係る発明部分を削除しているのであり,このような経緯に鑑みると,原告は,TLR7及び8についても拒絶理由を実質的に通知されていた場合には,TLR7及び8に係る発明部分についても,TLR1ないし6に係る発明部分と併せて補正によって削除した可能性が高いものと認められる。
のみならず,前記イ()bによれば,請求項8,13,16及び17に係る各発明に対する本件拒絶理由通知は,文言上,少なくとも,TLR7ないし9については,アンタゴニスト作用及びその治療効果を有することが確認されたことをいうものと理解するのが自然であるから,このような記載に接した原告が,少なくともTLR7ないし9については,アンタゴニスト作用を有することが確認されたため,実施可能要件及びサポート要件違反はないものと理解したのもやむを得ないところである。現に,原告は,前記イ()によれば,本件拒絶理由通知を踏まえ,請求項9及び14においては,TLR1ないし6を削除して,TLR7ないし9に限定する補正をしている事実が認められるのであるから,このような事実からも,上記の原告の理解が十分に裏付けられるといえる。そうすると,TLR7ないし9についてもアンタゴニスト作用を有するものであるとすることはできないとして,本願発明が実施可能要件及びサポート要件に適合しないとした審決の判断は,実質的にみれば,上記の経過に照らし,原告にとっては,不意打ちというほかなく,不当であるというほかない。

これらの事情の下においては,本件拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由について,TLR9に係る発明に対してはこれを通知したものの,TLR7及び8に係る各発明に対しては実質的にこれを通知しなかったため,原告が補正により特許要件を欠くTLR7及び8に係る各発明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充足するTLR9に係る発明についてまで本件拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会を失ったものと認められる。
したがって,審決には,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の違法があるというべきであり,当該手続違背の違法は,審決の結論に影響を及ぼすというべきであるから,取消事由1は,理由があるものと認められる。

  これに対し,被告は,前記イ()aのとおり,サポート要件違反と実施可能要件違反をいう請求項1に係る本件拒絶理由は,旧請求項3及び4,7なしい17についても存在する旨通知されているのであるから,審決が本件拒絶理由とは異なる新たな拒絶理由に基づき実施可能要件及びサポート要件に適合しないと判断したとする原告の主張は,前提を欠くものであるなどと主張する。
しかしながら,上記ウで説示したとおり,本件拒絶査定不服審判において,本件拒絶理由通知では,TLR9に関する拒絶理由のみを通知し,実質的にはTLR7及び8に関する拒絶理由を通知しなかったため,原告はTLR7及び8に係る各発明を削除するなどの補正をする機会を失うことになり,実施可能要件及びサポート要件をいずれも充足するTLR9に係る発明まで最終的に特許を受けることができないことになったものと認められる。このような結果は,原告にとって,不意打ちとなるため,原告に過酷というほかなく,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の趣旨に照らし,相当ではないというべきである。
かえって,被告は,本件訴訟に至っては,そもそもTLR7及び8が認識するものと,TLR9が認識するものが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対して本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明が,TLR7及び8には妥当し得ないことは明らかであるなどとして,現にTLR7及び8に固有の拒絶理由を具体的に主張しているのであるから(準備書面(第1回)13頁),実質的にみても,上記のように,本件拒絶査定不服審判においてTLR7及び8に固有の拒絶理由を通知することが,審判合議体にとって困難なものであったとは認められない。
したがって,被告の主張は,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の意義を正解しないものに帰し,採用することができない。

なお付言するに,本願IRO化合物が治療効果を有するかどうかの点につき,本件拒絶理由では,TLR7ないし9によって媒介される疾患以外の疾患については治療効果を示すことが確認できないとしているところ,原告は,本件拒絶査定不服審判においては,TLR7ないし9によって媒介される疾患については治療効果を示すことが確認されたものと理解した上,本件拒絶理由を踏まえてTLR1ないし6を削除する補正をし,さらに,その後の意見書において,この点に係る拒絶理由が解消されたとまで述べているのであるから,審決においてTLR7ないし9によって媒介される疾患についても治療的に処置することができるといえる根拠がない
と判断するのであれば,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の法意に照らすと,本件拒絶査定不服審判において,この点についても改めて拒絶理由を通知することが相当であったものと認められる。
 
第6  結論
以上によれば,取消事由2及び3は理由がないが,取消事由1は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
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■特許発明と共通構造を有する化合物に効果を有さないものがあるため実施可能要件違反との主張が認められなかった事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10007  審決取消請求事件
・平成30122日判決言渡  
・知的財産高等裁判所第4 髙部眞規子 古河謙一 関根澄子
・原告:バイエルクロップサイエンス株式会社
・被告:ビーエーエスエフ  ソシエタス・ヨーロピア
・特許4592183
・発明の名称:2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン


■コメント
無効審判の特許維持審決に対する審決取消訴訟です。
本件特許の訂正後の請求項1は下記の通り(下線は訂正箇所)。


「【請求項1】式Ia
式Ia_20180716 
[
但し、R1が、ハロゲンを表し、
R2
が、-SOnR3を表し、
R3
が水素、C1C6アルキルを表し、
n
1又は2を表し、
Q
2位に結合する式II
式II_20180716 
[
但し、R6R7R8R9R10及びR11が、それぞれ水素又はC1C4アルキルを表し、上記CR8R9単位が、C=Oで置き換わっていても良い]
で表されるシクロヘキサン-13-ジオン環を表し、
 X1が酸素により中断されたチレン鎖または-CH2O-を表し、
Het
が、
オキシラニル、2-オキセタニル、3-オキセタニル、2-テトラヒドロフラニル、3-テトラヒドロフラニル、2-テトラヒドロチエニル、2-ピロリジニル、2-テトラヒドロピラニル、2-ピロリル、5-イソオキサゾリル、2-オキサゾリル、5-オキサゾリル、2-チアゾリル、2-ピリジニル、1-メチル-5-ピラゾリル、1-ピラゾリル、35-ジメチル-1-ピラゾリル、または4-クロロ-1-ピラゾリルを表す]
で表される2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン又はその農業上有用な塩。」


争点は、訂正の可否、実施可能要件、サポート要件、進歩性、原文新規事項です。前2つについて以下に裁判所の判断の概要を記載します。


▼訂正の可否
裁判所は、下記の通り、置換基のマーカッシュの選択肢を限定する訂正について、新規事項の追加に該当しないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1(本件訂正の可否)について
1  本件訂正は,審決の予告(甲90)において実施可能要件に係る記載不備が指摘されたことに対して,明細書に明示的に記載されていた置換基X1及びHetの選択肢(【0061】,表A及び表37)を,CASREGISTRY物質レコード(甲69)に示されていることから入手できることが確認された原料物質より合成される化学物質に限定したものである。すなわち,本件訂正発明は,本件発明のR11種類(ハロゲン),R21種類(-SOnR3),X12種類(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-),Hetをヘテロシクリル基及びヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)のうちの本件明細書に挙げられている多数の物質の中から18種類又は15種類の化合物に限定したものである。そして,本件訂正後の化学物質群は,いずれも本件訂正前の請求項に記載された各選択肢に内包されていることが明らかである。したがって,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものである。

また,訂正後の化学物質群は,訂正前の基本骨格(シクロヘキサン-13-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造。本件共通構造)を共通して有するものである。加えて,訂正後の化学物質群について,訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。そうすると,選択肢を削除することによって,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。
このように,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とし,また,本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないから,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内である。
したがって,本件訂正は,特許法134条の29項が準用する1265項の規定に違反しない。

2  原告の主張について
  原告は,選択肢を削除する訂正が認められるのは,特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されているといえる場合だけであり,本件明細書の【0061】は,多種多様なヘテロシクリルやヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)を,単に「列挙」しているにすぎず,本件明細書の他の記載を参酌しても,訂正後のHetの「18個の選択肢」やそれらと特定のX1(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-)との組合せは記載されていないことから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであり,認められない,特許庁の審査基準において
も同旨の考え方が採用されていると主張する。

(ア)  特許庁「特許・実用新案審査基準」の第Ⅳ部第2章(甲35)には,特許請求の範囲の補正,特に下位概念化及びマーカッシュ形式のクレームについて,以下のように記載されている。
「(2  発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合
請求項の発明特定事項の一部を限定して,当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項まで下位概念化する補正は,新たな技術的事項を導入するものではないので許される。
請求項の発明特定事項を下位概念化する補正が当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項までは下位概念化しない補正であっても,この補正により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかな場合であれば,新たな技術的事項を導入するものではない。したがって,このような補正は許される。
他方,請求項の発明特定事項を下位概念化する補正であっても,この補正により当初明細書等に記載した事項以外のものが個別化されることになる場合は,その補正は,新たな技術的事項を導入するものである。したがって,このような補正は許されない。」
「(5  -カッシュ形式等の択一形式のクレ-ムについてする補正の場合a-カッシュ形式等の択一形式で記載された請求項において,一部の選択肢を削除する補正は,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものではない場合には許される。

当初明細書等に化学物質が多数の選択肢群の組合せの形で記載されている場合に,以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の補正により追加された,又は残された特定の選択肢の組合せが新たな技術的事項を導入するものではないとは認められない場合がある。
(ⅰ)当初明細書等に記載された多数の選択肢の範囲で特定の選択肢の組合せを請求項に追加する補正
(ⅱ)選択肢を削除した結果として特定の選択肢の組合せが請求項に残る補正例えば,補正の結果,出願当初に複数の選択肢を有していた置換基について選択肢が唯一となり,選択の余地がなくなる場合には,そのような特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されている場合(下記cの例を参照。)を除き,その補正は許されない。なぜなら,選択肢としての当初の記載は,特定の選択肢の採用を意味していたとは認められないからである。

他方,選択肢の削除が実施例の記載を伴った選択肢が残るようになされることにより,このようにして残った選択肢が,実施例等の当初明細書等の全体の記載を基に判断した場合には,新たな技術的事項を導入するものではないと認められる場合がある。
例えば,当初明細書等に複数の選択肢を有する置換基の組合せの形で化学物質群が記載されていた場合には,当初明細書等に実施例等で記載されていた「単一の化学物質」に対応する特定の選択肢の組合せからなる化学物質(群)の記載のみを請求項に残す補正は許される。」

(イ)  また,特許庁が公表している「審査ハンドブック付属書A新規事項を追加する補正に関する事例集」(甲102)には,事例35【補正2】として,「補正後の特許請求の範囲に記載した化学物質は,…という特定の組合せが唯一の選択肢となるが,このような特定の組合せを採用することは出願当初の明細書等のいずれの箇所にも記載されておらず,また,記載されているのと同然ともいえない。さらに,この補正が新たな技術的事項を導入するものではないといえる特段の事情も見いだせない。したがって,【補正2】の場合には,補正後の特許請求の範囲に記載された化学物質は,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえない。」
と記載されている。

(ウ)  しかし,原告がその主張の根拠とする審査基準においても,訂正の結果,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものであるか否かで判断すべきものとされているところ,本件訂正においては,前記(1)のとおり,新たな技術的事項は導入されていない。
イ原告は,本件訂正後のX1Hetの組合せであれば方法Cにより生産できることが本件明細書に開示ないし示唆されているとはいえないから,本件訂正後のX1Hetの特定の組合せを任意に選択することは,新規な技術的事項を追加するものであると主張する。
しかし,後記32)イのとおり,原料化合物質が入手できれば,X1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づいて,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるから,本件訂正後のX1Hetの組合せであれば方法Cにより生産できることが本件明細書に開示されているといえる。
したがって,新たな技術的事項が導入されたということはできない。
ウよって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

3  小括
したがって,本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,新規事項の追加には当たらないから,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。
よって,取消事由1は理由がない。
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▼実施可能要件
裁判所は、下記の通り、マーカッシュの化合物を製造できるなどの理由により、実施可能要件を満たすと判断しました。また、特許発明と共通構造を有する化合物に効果を有さないものがあるため実施可能要件違反であるとという主旨の原告の主張を認めませんでした。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
1  特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,当業者が「その物を製造できるように」,また,「その物を使用できるように」
記載されていなければならない。

2  本件訂正発明に係る化学物質の製造について
  本件訂正明細書には,本件訂正発明に係る化学物質の製造について,以下の記載がある。
0131】~【0134】には,本件訂正発明に該当する1の化学物質である{2-クロロ-3-[1-メチルピラゾール-5-イル)オキシメチル]-4-メチルスルホニルフェニル}{5,5-ジメチル-13-ジオキソ-シクロヘキサ-2-イル}メタノン(X1-CH2O-Het1-メチル-5-ピラゾリルの場合)の合成例が示されている。かかる合成工程において,X1の「-CH2O-」結合部分は,「工程b」(【0132】)において形成される。(下図)
koutei b_20180716 
また,同様の合成方法によって得られる
7つの化学物質が表37(【0135】)に示されている。
他方,【0050】~【0057】には,「方法C」として,置換ヘテロシクリル(下図のVⅡ)を安息香酸エステル(同Vb)で置換して,本件発明に係る安息香酸エステル(同Ⅲc)を得る方法が記載され,出発材料,添加する試薬,材料の添加割合,溶媒,反応温度等について記載されている。
koutei c_20180716 

  本件訂正発明に係る化学物質の製造に関して,請求項1の式Ⅰaにおける「-X1-」の結合部分(すなわち,X1が「-CH2O-」である場合と,「-CH2OCH2-」である場合)に着目して,これら化学物質が製造できるように記載されているか否かについて判断する。

(ア)  X1が「-CH2O-」である場合
本件明細書における製造実施例(【0131】~【0134】)で具体的な反応条件と共に開示されている工程b(【0132】)の記載によれば,当業者は,原料であるHO-Hetが入手できれば,X1が「-CH2O-」である化合物の製造を実施することができる。そして,甲69に記載されているとおり,原料となるアルコ-ルはいずれも入手可能であることから,上記化合物を当業者が容易に製造することが可能である。

(イ)  X1が「-CH2OCH2-」である場合
前記11)キのとおり,本件明細書における製造実施例(【0131】~【0134】)では,用いる物質の量,溶媒,塩基,反応温度,反応時間等の諸条件や,各工程で得られる化学物質の融点や量が,具体的に記載されているほか,前記11)イのとおり,一般的な製造工程である置換安息香酸誘導体Ⅲcを合成するスキ-ム(方法C)に関する記載(【0050】~【0056】)においても出発材料の構造の詳細及び使用量,他の使用材料(塩基,補助塩基,溶媒)の種類及び使用量,並びに反応温度が記載されている。
そして,製造実施例(【0131】~【0134】)にはX1として「-CH2O-」である化合物に関するものが示されているのみで,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の製造に関する実施例の記載こそないものの,原料化学物質であるHO-CH2-Het(甲6269参照)が入手できれば,上記方法Cの記載(【0050】~【0056】)も参考にしつつ,合成例の工程bに示された周知の反応と同様の合成を行うことにより,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質も当業者が容易に合成することができるものと認められる。

(ウ)  そうすると,請求項1の式ⅠaにおけるX1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づけば,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるものと認められる。

  原告の主張について
(ア)  原告は,本件明細書には,本件訂正発明に該当する1の化学物質の合成例(【0131】~【0134】)及び7個の化学物質(【0135】表37)が具体的に記載されてはいるが,これらはごく限られた種類のものである,当該合成例の反応条件,試薬及び溶媒が,方法Cに関する反応条件として示されている極めて広範囲に記載された【0052】~【0056】の範囲内であったとしても,本件訂正発明1及び3に係る化学物質を生産することにつき,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤が要求されると主張する。
しかし,前記イ(イ)のとおり,当業者であれば,過度の試行錯誤を要することなく,当該物質を製造することができるものと認められる。

(イ)  原告は,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の合成方法(方法C)と,X1が「-CH2O-」である工程bとを関連付けるべきでない,すなわち,方法CにおけるX1X2X3の定義「X2が,炭素原子が少なくとも1個で,最大5個の,直鎖又は分枝アルキレン鎖,…を表し,X3が,最大5個の炭素原子を有する,直鎖又は分枝アルキレン鎖…を表し,且つX2OX3は基X1を形成する」からは,X3が単結合(つまり,炭素原子を含まず,かつ鎖でもないもの)ではないことが明確であるから,方法Cは,X1が「-CH2OCH2-」等の場合に関するものであって,「-CH2O-」の場合は含まない旨主張する。
しかし,方法CX3の定義「最大5個の炭素原子」は,X2の定義「炭素原子が少なくとも1個で,最大5個の」と異なり,「炭素原子数が零」の場合(すなわち,X3が単結合の場合)を含み得るように書き分けられていると解釈することに,技術的な矛盾はない。そして,前記イのとおり,本件訂正明細書における化学物質の製造方法に関する一般的な記載(方法C)及び合成例である工程bの記載に接した当業者は,X1が「-CH2O-」又は「-CH2OCH2-」である本件訂正発明に係る化学物質を製造することができる。
(ウ)  したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

3  本件訂正発明に係る化学物質の使用について
  本件訂正明細書には,以下の記載がある。
本件訂正発明の化学物質は,従来技術の2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオンに比べて,稲等の栽培植物には影響を与えずに望ましくない栽培植物に対して除草作用を示すという除草作用及び安全性において満足できる効果を有する(【0003】~【0008】)。作物の中の広葉の雑草及びイネ科の雑草(UnkraeuterundSchadgraeser)に対して,栽培植物に損傷を与えることなく作用する(【0109】)。本件訂正発明に係る化学物質又はこれを含む除草剤組成物を種々の作物に,水性分散液の噴霧や粒状態の散布等,様々な態様によって施与することができる(【0112】~【0129】)。本件訂正発明に係る化学物質の除草剤としての使用実施例(事前法,事後法による温室実験の方法)(【0136】~【0140】)

本件訂正明細書において本件訂正発明に係る化学物質について使用することができるように記載されているか否かについて判断する。
前記アの本件訂正明細書の記載から,2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物は,除草作用を有することが従来から知られていたものと理解される。また,引用例1ないし同4(甲14)には,本件訂正発明と「シクロヘキサン-13-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造」(本件共通構造。上図)において共通する化合物,つまり2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物が除草剤の有効成分の物質として有用であることが記載されている。
そうすると,当業者は,本件訂正発明に係る,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物を【0136】~【0140】に記載の使用実施例に従って施用すれば,従来技術から除草剤の有効成分とされる2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物と同様に課題を解決できることを理解することができるから,実際に除草試験を行った結果の記載の有無にかかわらず,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる。

原告の主張について
(ア)原告は,実施可能要件を満たすためには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要であって,通常,一つ以上の代表的な実施例が必要である,また,用途発明であれば,通常,用途を裏付ける実施例が必要であると主張する。
しかし,前記イのとおり,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物は,除草作用を有し,除草剤の有効成分として有用であることが従来から知られていたことからすれば,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物であれば,同様の効果を奏するものと推認できるから,本件訂正発明については,改めて試験を行うまでもなく,有用性が認められるというべきである。また,本件訂正発明は,除草剤の有効成分の化学物質に係る発明であるから,いわゆる用途発明には当たらないし,用途発明に準じて実施例が必要であるということもできない。

(イ)原告は,①甲99の「化合物番号55」は本件共通構造を有するにもかかわらず,本件訂正明細書に記載の施与量の上限の約1.5倍(4.48kg/ha)で試験されたどの雑草にも除草効果を示さなかったこと,②甲101の本件共通構造を有する6つの化学物質は,引用例1ないし4よりも多い80g/haの施与量で行った実験において,いずれの雑草(カラスムギ,ショクヨウガヤツリ,イヌビエ,イチビ)に対しても除草活性を示していないこと,以上によれば,本件共通構造上の置換基の種類・組合せが,除草活性の発現に大きく影響することは明らかであり,本件共通構造を有する化学物質が必ずしも除草活性を示さないと主張する。しかし,原告の挙げる上記各物質は,いずれも本件訂正発明の技術的範囲に含まれないものであるから,上記各物質が除草効果を示さないことをもって,本件訂正発明が実施可能要件に欠けるということはできない。
また,甲99によれば,本件共通構造を有する93種類の物質で実験を行ったところ,「化合物番号55」を除く大半のものについて除草効果が示されているし,甲101は,4種類の雑草について実験したものにすぎない。したがって,上記各物質についての実験結果を考慮しても,本件共通構造を有する物質であれば,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる旨の前記イの判断は左右されない。
(ウ)したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

4)小括
以上のとおり,本件訂正明細書における発明の詳細な説明の記載は,その記載に基づいて当業者が過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る化学物質を製造し,使用することができることが記載されているといえる。
したがって,本件訂正明細書は実施可能要件を満たしている。
・・・

7 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■結晶特許において、除くクレームへの訂正は認められたが、分割の要件を満たさず進歩性がないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10278  特許取消決定取消請求事件
・平成30115日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 髙部眞規子 山門優 片瀬亮
・原告:日産化学工業株式会社
・被告:特許庁長官
・特許5702494
・発明の名称:ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態


■コメント
異議申立の取消決定に対する取消訴訟です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下の通り。


「【請求項1
A  2
θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示し,
B  FT-IR
分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が915%である(但し,10.510.7%(w/w)の水を含むものを除く),
3R5S-7-[2-シクロプロピル-4-4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-35-ジヒドロキシ-6E-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の
結晶多形A
但し,2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(vw,16.9±0.2°w,17.1±0.2°vw,18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),20.8±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),25.2±0.2°(w),27.1±0.2°m,29.6±0.2°vw,30.2±0.2°w,34.0±0.2°(w[ここで,vs)は,非常に強い強度を意味し,s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が315%であるものを除く。」


裁判所の判断は以下の通り。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)について
1  明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の23項),補正が,当業者によって,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。

2  本件決定は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
構成要件Eを追加する本件補正は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものである。そこで,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものが,本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれるかについて,検討する。
・・・

  本件出願当初明細書等に開示された結晶多形Aに関する技術的事項
(ア)  本件出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,本件出願当初明細書等において名付けられたものである(【0007】)。
(イ)  そして,本件出願当初明細書等【0008】には,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,【0008】(1)は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形を挙げるほか,【0008】(5)は,2θで表して,構成要件Eで特定されるのと同様の26個の角度において,ピークを有する特徴的なX線回析図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が315%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げており,後者の結晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。このように,本件出願当初明細書等【0008】の記載は,結晶多形Aには,構成要件Eで特定される結晶多形だけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形も,該当する旨説明するものである。
(ウ)  また,本件出願当初明細書等【0009】は,「結晶多形Aの一つの具体的形態」として,2θで表して,構成要件Eで特定されるのと同様の26個無偏差相対強度図形を示す結晶多形を例示しており,この結晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。そうすると,本件出願当初明細書等【0009】の記載は,構成要件Eで特定される結晶多形は,結晶多形Aの具体的な態様の一つである旨説明するものである。
(エ)  さらに,本願出願当初明細書等【0047】には,【0047】に記載された製造方法によって,結晶多形Aが得られること,当該結晶多形AX線粉末回析図形は,構成要件Eと同様の26個無偏差相対強度図形を示したことが記載されている。本件出願当初明細書等【0047】の記載は,特定の製造方法によって生成された結晶多形AX線粉末回析図形を説明するにとどまり,構成要件Eで特定される結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない。
(オ)  したがって,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも,導くことができる。

4  新規事項の追加の有無
本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも,導くことができるから,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを,本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。したがって,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。

5  被告の主張について
被告は,本件出願当初明細書等に記載された結晶多形Aを,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個のピークの回析角2θ等によって特定し得るということは技術常識ではないと主張する。
しかし,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形Aだけではなく,6個のピークの回析角2θ等によって特定される結晶多形Aも導くことができる。本件補正は,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形を,6個のピークの回析角2θ等によって特定することを前提としてなされたものではないから,被告の上記主張は,前提を欠く。

6  小括
以上のとおり,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。そして,本件補正のその余の部分について,被告は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した範囲内においてしたものであることを争わない。したがって,本件補正は,特許法17条の23項に規定する要件を満たす。
よって,取消事由1は理由がある。
・・・

取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)について
1  引用例2の公知性(分割要件の充足の有無)について
  分割出願が適法であるための実体的要件としては,①もとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,②新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載された発明の一部であること,③新たな出願に係る発明は,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。なお,本件出願が第1出願の出願時にしたものとみなされるためには,本件出願,第3出願及び第2出願が,それぞれ,もとの出願との関係で,上記分割の要件①ないし③を満たさなければならない。

  本件決定は,第3出願当初明細書等には,X線粉末回析において26個偏差内相対強度図形を示す結晶多形Aしか記載されていなかったから,6個のピーク及び1個のピークの不存在で結晶多形Aを特定する本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲を拡大するものであると判断した。
そこで,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあり,上記分割の要件③を満たすかについて検討する。
・・・

(イ)  3出願当初明細書等に記載された結晶多形Aに関する事項
3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等において名付けられたものである(【0009】【0014】)。
そして,第3出願当初明細書等【0010】は,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,【0010】(1)は,26個無偏差相対強度図形を示す,ピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げ,また,【0010】(2)は,「実質的」に別紙【図1】に示したとおりのX線粉末回析図形を有する,ピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げるにとどまる。
ここで,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,「実質的」に別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ,「実質的」とは,対象をより抽象化する場合に用いられる表現であること,第3出願当初明細書等【0013】【0025】には偏差に関する記載がある
ことからすれば,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形及び別紙【図1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を意味するというべきである。
そうすると,第3出願当初明細書等【0010】の記載は,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形又は別紙【図1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を説明するにとどまるということができる。
また,第3出願当初明細書等【0014】の記載は,結晶多形Aの具体的な形態として,26個無偏差相対強度図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を特定して説明するものである。
さらに,第3出願当初明細書等には,本件出願当初明細書【0009】や本件明細書【0009】のように,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形が,第3出願当初明細書等において規定される結晶多形Aの具体的な態様の一つであることを窺わせる記載はない。
したがって,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】又はそれに若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形しか記載されていないというべきである。

  前記分割の要件③の充足の有無
本件発明1は,2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示すこと等により特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,このような結晶多形は記載されておらず,結晶多形Aと名付けられた結晶多形以外の結晶多形としても,このような結晶多形が記載されているということはできない。
したがって,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあるということはできず,前記分割の要件③は満たさない。

  原告の主張について
原告は,当業者であれば,第3出願当初明細書等に,6個のピークを有し,1個のピークを有しないという構成要件Aにより特定される結晶多形Aが記載されていると理解できる旨主張する。
しかし,第3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等において名付けられたものであって,第3出願当初明細書等に結晶多形Aとして説明される結晶多形は,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形である。26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形が,第3出願当初明細書等に開示された結晶多形Aであると同定できたとしても,第3出願当初明細書等において開示された結晶多形Aは,26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形ではない。原告の主張は,第3出願当初明細書等の記載に基づくものではなく,採用できない。

  小括
以上によれば,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内であるということはできず,前記分割の要件③を満たさない。したがって,本件発明1に係る本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものではないから,その出願日は平成26730日となる。
したがって,引用例2は,本件出願の出願日前に頒布された刊行物である。原告は,引用発明2及び2’に基づく進歩性欠如について具体的に取消事由を主張しないが,念のため,以下において検討する。
・・・

3  引用発明2の認定及び本件発明1と引用発明2との対比
引用例2に,前記第232)イ(ア)のとおり引用発明2が記載されていることは当事者間に争いがない。また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点は,前記第232)イ(ウ),(エ)のとおりであると認められる。相違点2aは,本件発明1の構成要件AD及びEに係る相違点であり,相違点2bは,本件発明1の構成要件Bに係る相違点である。

4  相違点2aの容易想到性
  引用発明2は,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末であるところ,当該段落には,当該白色結晶性粉末の製造方法が記載されているから,当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行うことは容易に想到し得るものである。そして,同記載の条件を基に夏苅英昭博士が行った実験(以下「本件実験」という。)により得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件AD及びEに含まれるものであったと認められる(甲3637)。

  引用例20136】記載の条件と本件実験の条件の相違
(ア)  引用例20136】記載の条件と本件実験の条件(ただし,実験工程1回目のもの。甲3624頁)を比較するに,前者における(E-3R5S-7-[2-シクロプロピル-4-4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-35-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸は,後者におけるピタバスタチンフリー体に相当する。そして,引用例20136】記載の条件は,①水中塩化カルシウムの溶液(塩化カルシウム水溶液)の滴下時間が不明であり,②減圧下乾燥を,どのように行うのか不明であるのに対し,本件実験の条件は,①塩化カルシウム水溶液の滴下時間を10分とする点,②減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行う点で相違する。

(イ)  滴下条件
芦澤一英編「医薬品の多形現象と晶析の科学」と題する文献(甲35435頁。平成14年発行)に,「結晶化においては溶媒の滴下時間…を検討する。」と記載されていることからすれば,滴下時間は,結晶化において当業者が当然に検討する事項であるといえる。したがって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行う場合,滴下時間を設定することは,当業者が通常行うことであるといえる。
そして,本件実験のように,滴下時間を10分と設定することは,その余の反応時間と比較して短く,かつ懸濁液を形成するための相当の時間を設定することを考慮すれば,不自然なものとはいえない。
よって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本件実験のように滴下時間を10分と設定することは,当業者が,滴下時間として適宜設定する範囲内のものということができる。

(ウ)  乾燥条件
上記文献(甲35435頁)に,「結晶化の検討に際して,結晶水と付着水,溶媒和と残留溶媒…等基礎的検討を実施する。」と記載されていることからすれば,水分量は,結晶化において当業者が当然に検討する事項であるといえる。したがって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行う場合,乾燥条件を設定することは,当業者が通常行うことであるといえる。
そして,引用例20136】には,水分量10.6%の結晶性粉末を得る旨記載されているところ,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら乾燥させることは普通の乾燥方法であって,本件実験のように,減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行うことは,不自然なものとはいえない。
よって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本件実験のように減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行うよう設定することは,当業者が,乾燥条件として適宜設定する範囲内のものということができる。

(エ)  したがって,本件実験の実験条件は,当業者が,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行う際に,技術常識を参酌することにより適宜設定可能なものであったといえる。

  以上のとおり,引用発明2に接した当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を,技術常識を参酌することにより適宜設定可能な範囲で実験条件を加えて行うことは,容易に想到し得るものであり,その結果得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件AD及びEに含まれる。
したがって,相違点2aに係る本件発明1の構成(構成要件AD及びE)は,引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。

5  相違点2bの容易想到性
厚生労働省が平成1351日に発出した通知(甲39)には,「新原薬が吸湿性である場合,水分により分解される場合あるいは原薬が化学量論的な水和物である場合には,水分含量の試験が重要である。その判定基準については,水和や水分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して,妥当なレベルに設定するとよい。」と記載されていることからすれば,医薬品の水分含量について,水和や水分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して決定することは,当業者の技術常識であったといえる。
そうすると,引用例20136】に記載された製造方法によって得られた結晶の含水量を10.6%から多少変化させて,その影響を調べることは,当業者が当然に行うことであるといえる。そして,乾燥条件を適宜設定することにより,含水量を10.510.7%の範囲を超えて含水量を変化させることは当業者が容易になし得たことといえる。また,「FT-IR分光法と結合した熱重量法」により測定した場合と,それ以外の方法で測定した場合とで,含水量の値が実質的に異なることは考え難いことから,引用発明2の含水量は,「FT-IR分光法と結合した熱重量法」により測定した場合であっても同様の値を採るものと解される。
以上によれば,引用発明2に接した当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法において,乾燥条件を適宜設定することにより,引用発明2の含水量を,構成要件Bの範囲内の含水量とすることは容易に想到し得る。
したがって,相違点2bに係る本件発明1の構成(構成要件B)は,引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。

6  本件発明1の進歩性について
以上によれば,本件発明1は,引用発明2及び技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
・・・

6 結論
以上検討したとおり,取消事由1ないし3はいずれも理由があり,取消事由5は理由がないから,取消事由4及び6を検討するまでもなく,本件決定のうち,請求項1,3,5,7及び10ないし13に係る本件特許を取り消した部分に誤りはなく,請求項2,4,6及び9に係る本件特許を取り消した部分は誤りである。
よって,主文のとおり判決する。
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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書は抗体関連、調査は無効資料調査が好きです。

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