■<知財高裁/抗PCSK9抗体の侵害訴訟> 競合特許のサポート要件等が認められた事例


<判決紹介>
・平成31年(ネ)第10014号 特許権侵害差止請求控訴事件
・令和元年10月30日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 高部眞規子 小林康彦 関根澄子
・控訴人:サノフィ株式会社
・被控訴人:アムジエン・インコーポレーテツド
・特許5705288、特許5906333
・発明の名称:プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質


■コメント
抗PCSK9抗体特許の侵害訴訟の紹介です。
東京地裁で侵害と判断され、知財高裁へ控訴された案件です。
原判決(東京地裁)は先日のブログで紹介しています。

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-231.html


抗PCSK9抗体を有効成分とする抗体医薬として、被控訴人アムジェンはレパーサ(エボロクマブ)を販売しており、控訴人サノフィはプラルエント(アリロクマブ)を販売しています。

本件は、被控訴人のアムジェンが、プラルエント(アリロクマブ)の生産、販売等が特許5705288、特許5906333の特許権を侵害する旨を主張して、生産等の差止め及び廃棄を求めた事案です。 原判決では、東京地裁は、プラルエントが特許発明の技術的範囲に属し、且つ特許に無効理由はないと判断して、差し止め等を命じました。
サノフィは、原判決を不服として、控訴を提起しました。

2つの対象特許の請求項1は以下の通りです。


●特許5705288(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明1-1)
1A   PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
1B’   PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
1C   単離されたモノクローナル抗体。

●特許5906333(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明2-1)
2A   PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
2B’   PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
2C   単離されたモノクローナル抗体。


争点は、技術的範囲、サポート要件、実施可能要件、進歩性です。

見どころは、知財高裁も、競合特許のサポート要件、実施可能要件を認めるのか、というところです。(なお、同特許の無効審判の審決取消訴訟では、知財高裁は有効と判断しました。)

まず、技術的範囲に関する裁判所の判断は以下の通りです。



●判決--------------------------------------------------------------------------------------
第4 当裁判所の判断
当裁判所も,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び2-1の,被告製品は,本件発明1-2及び2-2の技術的範囲に属し,また,本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件発明について
・・・

イ 「競合」の意義
本件各特許の特許請求の範囲(請求項1)には,「PCSK9との結合に関して」参照抗体1又は2と「競合する」という記載があり,PCSK9との結合に関して,特定の参照抗体と競合することが記載されているが,「抗体と競合する」ことの意義を規定した記載はない。
そして,本件各明細書には,「同じエピトープに対して競合する抗原結合タンパク質(例えば,中和抗原結合タンパク質又は中和抗体)という文脈において使用される場合の「競合する」という用語は,検査されている抗原結合タンパク質…が共通の抗原(例えば,PCSK9…)への参照抗原結合タンパク質(例えば,リガンド又は参照抗体)の特異的結合を妨げ,又は阻害するアッセイ(例えば,低下させる)によって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味する。…競合アッセイによって同定される抗原結合タンパク質(競合抗原結合タンパク質)には,基準抗原結合タンパク質と同じエピトープに結合する抗原結合タンパク質及び立体的妨害が生じるのに,基準抗原結合タンパク質に結合されるエピトープに十分に近接した隣接エピトープに結合する抗原結合タンパク質が含まれる。」(【0140】),「中和ABPは,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合する。このようなABPは,「競合的に中和する」ABPと特に記載することができる。」(【0155】),「幾つかの実施形態において,ABPは,本明細書中に論述されている抗体によって結合されるエピトープの何れか1つに結合する。
幾つかの実施形態において,これは,本明細書中に開示されている抗体と他の抗体の間の競合アッセイによって測定することができる。」(【0157】)との記載があるほか,実施例においても,「PCSK9への特異的結合に関して,本明細書中に記載されているエピトープに結合する例示された抗体…と競合する抗原結合タンパク質が提供される。このような抗原結合タンパク質は,本明細書中に例示されている抗原結合タンパク質の1つと同じエピトープ又は重複するエピトープにも結合し得る。」(【0269】)との記載がある。

以上の特許請求の範囲の記載及び本件各明細書の記載事項を総合すると,本件各発明の「抗体と競合する」とは,競合アッセイによって測定された抗原結合タンパク質間の競合をいい,参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同一又は重複するエピトープに結合することや,参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となる隣接エピトープに結合することを意味するものと認められる。
なお,免疫学辞典第2版には,「競合阻止試験」について,「競合阻害試験ともいう。たとえば,あるものが抗原分子と競合して抗体分子の抗原結合部位を取合う型の阻害や,あるものが抗体分子と競合して抗原分子の抗原決定基を取合う型の阻害である」との記載があり,生化学辞典第4版には,「競合阻害」について,「拮抗阻害,競争阻害ともいう。酵素は種々の化合物によってその触媒活性が可逆的に阻害される場合が多い。酵素活性の阻害にはいろいろな形式があるが,阻害剤分子が基質分子と競合して基質結合部位を取合う型の場合が競合阻害である」との記載があり,「競合」は,結合部位を取り合うという意味で用いられている。しかし,前記のとおり,本件各明細書においては,「競合」は,競合アッセイによって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味し,同じ結合部位を取り合う場合に限らず,参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となる隣接エピトープに結合することを含む意味で用いられていることが明らかである。

(2) 本件各発明の構成要件充足性
ア 被告モノクローナル抗体及び被告製品の構成
控訴人は,被告モノクローナル抗体が,「a PCSK9とLDLRタンパク質の結合を阻害し,b PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合し,b’ PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,c 単離されたモノクローナル抗体。」であること,また,被告製品が,「a PCSK9とLDLRタンパク質の結合を阻害し,b PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合し,b’ PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,c 単離されたモノクローナル抗体 d を含む,医薬組成物。」であることについて,明らかに争わない。
・・・

(3) 控訴人の主張について
ア 控訴人は,本件各発明は,参照抗体1又は2と競合する機能のみによって発明を特定する機能的クレームであり,このような機能的クレームの場合,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示された技術思想と異なるものも発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となるから,機能的クレームについては,クレームの記載に加え,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,出願人が明細書で開示した具体的な構成に示された技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり,明細書の記載から当業者が実施し得る範囲に限定解釈すべきであると主張する。そして,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲は,本件各明細書記載の実施例である具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるから,本件各発明の技術的範囲は,上記各抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列に限られ,これらとはアミノ酸配列が異なる被告モノクローナル抗体及び被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属しない旨主張する。

本件各発明をいわゆる「機能的クレーム」と呼ぶかはさておき,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず,明細書の記載及び図面を考慮して,そこに開示された技術的思想に基づいて解釈すべきであって,控訴人の主張は,サポート要件又は実施可能要件の問題として検討されるべきものである。本件各明細書に開示された技術的思想は,参照抗体1又は2と競合する単離されたモノクローナル抗体が,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の結合を遮断し(中和),対象中のLDLの量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏するというものである。そして,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,上記技術的思想に基づいて解釈された本件各発明の技術的範囲に属することは,前記のとおりである。
本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するものであり,PCSK9とLDLR間の結合を遮断して「中和」すること(構成要件1A,2A)と,PCSK9との結合に関して参照抗体と「競合」すること(構成要件1B,2B)の双方を構成要件としている。そして,本件各明細書には,本件各発明が,参照抗体1又は2と競合する機能のみによって発明を特定するものであることをうかがわせる記載があるとはいえず,そのことを前提に実施例に限定されるとする控訴人の主張は採用できない。
また,本件各発明は,アミノ酸配列によって特定されるものではないから,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると解すべき理由はない。
・・・

(5) 小括
以上によれば,被告モノクローナル抗体は本件発明1-1及び2-1,本件訂正発明1-1及び2-1の技術的範囲に,被告製品は本件発明1-2及び2-2,本件訂正発明1-2及び2-2の技術的範囲に,それぞれ属する。
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無理に限定解釈しない考え方は賛成です。限定解釈が過ぎると権利範囲が不明確になっていくので。
次に、サポート要件に関する裁判所の判断は以下の通りです。



●判決--------------------------------------------------------------------------------------
3 争点(2)ア(サポート要件違反)について
(1) 本件各明細書には,本件各発明に関し,以下の記載がある(以下の記載中に引用する表8.3,表37.1については別紙を参照)。
・・・

「中和抗体」という用語は,リガンドに結合し,リガンドの生物学的効果を妨げ,又は低下させる抗体を表し,抗PCSK9抗体においては,PCSK9とLDLRの結合を妨げることによる中和と,PCSK9とLDLRの結合は妨げず,LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げることによる中和がある(【0138】)。
「競合する」という用語は,検査されている抗体が抗原への参照抗体の特異的結合を妨げ,又は阻害する程度を測定する各種アッセイによって決定された,抗体間の競合を意味するものであり,競合アッセイによって同定される抗体には,参照抗体と同じエピトープに結合する抗体や,参照抗体がエピトープに結合するのを立体的に妨害するのに十分なほど近接した隣接エピトープに結合する抗体が含まれる(【0140】)。
「エピトープ」という用語は,抗体によって結合される抗原の領域であり,抗原がタンパク質の場合,抗体に直接接触する特定のアミノ酸を含む(【0142】)。

イ 配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域とを含む抗体(「21B12」)と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域とを含む抗体(「31H4」)と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体は,いずれも,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断し,又は低下させ,「競合的に中和する」中和抗原結合タンパク質(中和ABP)である(【0138】,【0140】,【0155】,【0269】,表2)。
PCSK9に対する中和ABPは,PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中のLDLの量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得る(【0066】,【0155】,【0270】,【0271】,【0276】)。

ウ 表3記載の免疫化プログラムの手順及びスケジュールに従って,ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有する二つのグループのマウスにヒトPCSK9抗原を11回注射して免疫化マウスを作製し,PCSK9に対して特異的な抗体を産生するマウス(10匹)を選択した(実施例1,【0312】,【0313】,【0320】,表3)。
これらの選択された免疫化マウスを使用して,PCSK9に対する抗原結合タンパク質を産生するハイブリドーマを作製し(実施例2,【0322】~【0324】),ニュートラビジン被覆したプレートに結合させたV5タグを持たないビオチン化合されたPCSK9を捕捉試料とするELISAによる「一次スクリーニング」によって,合計3104の抗原特異的ハイブリドーマが得られた(実施例3,【0325】~【0328】)。
安定なハイブリドーマが確立されたことを確認するため,「一次スクリーニング」によって得られた上記ハイブリドーマのうち,合計3000の陽性を再スクリーニングし,更に合計2441の陽性を第二のスクリーニング(「確認用スクリーニング」)で反復し,次いで,「マウス交叉反応スクリーニング」によって579の抗体がマウスPCSK9と交叉反応することを確認し(【0329】,【0330】),さらに,LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング」を行い,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を強く遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は,PCSK9とLDLRの結合相互作用を90%超阻害した(【0332】)。
同定された384の中和物質(遮断物質)のサブセットに対して,「遮断物質のサブセットに対する受容体リガンド結合アッセイ」を行い,90%を超えて,PCSK9変異体酵素とLDLR間の相互作用を遮断する85の抗体が同定された(【0333】,【0334】)。
これらのアッセイの結果に基づいて同定されたPCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブリドーマ株中に含まれていた参照抗体(21B12,31H4)(【0336】,表2)は,PCSK9とLDLRとの結合を強く遮断する中和抗体である(実施例11,【0138】,【0377】,【0378】)。
エ 表2(PCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブリドーマ株)記載の32の抗体のうち,27B2,13H1,13B5及び3C4は非中和抗体,3B6,9C9及び31A4は弱い中和抗体,その他(参照抗体を含む。)は,強い中和抗体である(【0138】,【0336】)。
これらの32の抗体に対するエピトープビニングの結果によれば,21B12と競合するもの(ビン1)が19個,31H4と競合するもの(ビン3)が7個であり,これらは互いに排他的であり,21B12と31H4のいずれとも競合するもの(ビン2)が1個,21B12と31H4のいずれとも競合しないもの(ビン4)が1個である(実施例10,【0373】,【0494】,表8.3)。

上記実施例10中の組に加えて,これとは別の組(合計39抗体)に実施したエピトープビニングの結果によれば,21B12と競合するが,31H4と競合しないもの(ビン1)が19個,21B12と31H4のいずれとも競合するもの(ビン2)が3個,31H4と競合するが21B12と競合しないもの(ビン3)が10個である。そして,ビン1に含まれる抗体のうち16個は,表2に掲げられた抗体であり,そのうち27B12抗体を除く15個は中和抗体であること,ビン3に含まれる抗体のうち7個は,表2に掲げられた抗体であり,中和抗体であることが確認されている(実施例37,【0138】,【0489】~【0495】,表37.1)。

(2) 上記(1)の認定事実によれば,本件発明1は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,参照抗体1と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使用した医薬組成物を,本件発明2は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,参照抗体2と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使用した医薬組成物を,それぞれ提供するものである。そして,本件各発明の課題は,かかる新規の抗体を提供し,これを使用した医薬組成物を作製することをもって,PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することにあると理解することができる。

本件各明細書には,本件各明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され,そのうちの合計39抗体について,エピトープビニングを行い,21B12と競合するが,31H4と競合しないもの(ビン1)が19個含まれ,そのうち15個は,中和抗体であること,また,31H4と競合するが,21B12と競合しないもの(ビン3)が10個含まれ,そのうち7個は,中和抗体であることが,それぞれ確認されたことが開示されている。また,本件各明細書には,21B12と31H4は,PCSK9とLDLRのEGFaドメインとの結合を極めて良好に遮断することも開示されている。
21B12は参照抗体1に含まれ,31H4は参照抗体2に含まれるから,21B12と競合する抗体は参照抗体1と競合する抗体であり,31H4と競合する抗体は参照抗体2と競合する抗体であることが理解できる。そうすると,本件各明細書に接した当業者は,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加えて,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得られ,それが対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を有すると認識できると認められる。

さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,21B12や31H4と競合する,PCSK9-LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され,当業者は,これらの記載に基づき,一連の手順を最初から繰り返し行うことによって,本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得ることができることを認識できるものと認められる。

以上によれば,当業者は,本件各明細書の記載から,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル抗体を得ることができるため,新規の抗体である本件発明1-1及び2-1のモノクローナル抗体が提供され,これを使用した本件発明1-2及び2-2の医薬組成物によって,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減するとの課題を解決できることを認識できるものと認められる。よって,本件各発明は,いずれもサポート要件に適合するものと認められる。

(3) 控訴人の主張について
控訴人は,本件各発明は,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件と,「結合中和することができる」という解決すべき課題(所望の効果)のみによって特定される抗体及びこれを使用した医薬組成物の発明であるところ,競合することのみにより課題を解決できるとはいえないから,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかし,本件各明細書の記載から,「結合中和することができる」ことと,「参照抗体と競合する」こととが,課題と解決手段の関係であるということはできないし,参照抗体と競合するとの構成要件が,パラメータ要件であるということもできない。そして,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特定されていくことは技術常識であり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない(甲34,35)。
前記のとおり,本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するもので,参照抗体と「競合」する単離されたモノクローナル抗体であること及びPCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断(「中和」)することができるものであることを構成要件としているのであるから,控訴人の主張は採用できない。

(4) 本件各訂正発明のサポート要件適合性
なお,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構成要件2B’)とするものであるから,本件各訂正発明も,いずれもサポート要件に適合するものと認められる。

(5) 小括
以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれもサポート要件に適合するというべきである。
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この論理付けは、機能限定クレームの中間処理のときの参考になりそうですね。
次に、実施可能要件に関する裁判所の判断は以下の通りです。



●判決--------------------------------------------------------------------------------------
4 争点(2)イ(実施可能要件違反)について
(1) 前記3(1)の認定事実によれば,本件各明細書の記載から,本件発明1-1及び2-1の抗体及び本件発明1-2及び2-2の医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができる。
したがって,本件各発明は,いずれも,実施可能要件に適合するものと認められる。

(2) 控訴人の主張について
控訴人は,本件各発明は,抗体の構造を特定することなく,機能的にのみ定義されており,極めて広範な抗体を含むところ,当業者が,実施例抗体以外の,構造が特定されていない本件各発明の範囲の全体に含まれる抗体を取得するには,膨大な時間と労力を要し,過度の試行錯誤を要するのであるから,本件各発明は実施可能要件を満たさない旨主張する。

しかし,明細書の発明の詳細な説明の記載について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとの要件に適合することが求められるのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである。
本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体についての技術的思想であり,機能的にのみ定義されているとはいえない。そして,発明の詳細な説明の記載に,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル抗体の技術的思想を具体化した抗体を作ることができる程度の記載があれば,当業者は,その実施をすることが可能というべきであり,特許発明の技術的範囲に属し得るあらゆるアミノ酸配列の抗体を全て取得することができることまで記載されている必要はない。
また,本件各発明は,抗原上のどのアミノ酸を認識するかについては特定しない抗体の発明であるから,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認識する特定の抗体(EGFaミミック)が発明の詳細な説明の記載から実施可能に記載されているかどうかは,実施可能要件とは関係しないというべきである。
そして,前記(1)のとおり,当業者は,本件各明細書の記載に従って,本件各明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件各特許の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるのであるから,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。
よって,控訴人の主張は採用できない。

(3) 本件各訂正発明の実施可能要件の適合性
なお,前記3(4)のとおり,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構成要件2B’)とするものであるから,当業者は,本件各明細書の記載から,本件訂正発明1-1及び2-1の抗体及び本件訂正発明1-2及び2-2の医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められ,本件各訂正発明も,いずれも実施可能要件に適合するものと認められる。

(4) 小括
以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれも実施可能要件に適合するというべきである。
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「機能的にのみ定義されているとはいえない」のところはもう少し詳しい説明がほしいなと思いました。
次に、進歩性に関する裁判所の判断は以下の通りです。



●判決--------------------------------------------------------------------------------------
5 争点(2)ウ(乙1文献に基づく進歩性欠如)について
(1) 乙1文献の記載事項
・・・

イ 前記アの記載事項を総合すると,本件優先日当時,抗原に対して特異的な結合を有するモノクローナル抗体を作製する方法として,ハイブリドーマを利用する方法(乙15,16)やファージディスプレイ法(乙17~19)があること,ハイブリドーマ法においては,対象とする抗原で免疫された動物から採集した細胞を用いて多数のハイブリドーマを作製し,それらのハイブリドーマの産生する抗体の中からスクリーニングによって,抗原に対する結合能を有する抗体を選択する手段が採用されること,ファージディスプレイ法においても,ヒトや動物から得た抗体遺伝子を元に,抗体遺伝子とライブラリを調製し,スクリーニングによって,抗原に対する結合能を有する抗体を選択する手段が採用されることは,周知の技術事項であったと認められる。

(5) 相違点についての判断
ア 相違点1について
前記のとおり,乙1文献には,「高コレステロール血症の治療として,細胞内におけるPCSK9のプロテアーゼ活性の阻害剤がLDLRのレベルを減少させる能力を阻害するのに十分であろうが,本研究のデータが示唆するとおり,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体又は血漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ること」の開示があり,この開示事項は,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断し,PCSK9の活性を中和する抗体は,高コレステロール血症の治療に有用であり得ることを示唆するものといえるから,乙1文献に接した当業者に対し,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を得ることの動機付けとなるものと認められる。
また,前記(4)のとおり,本件優先日当時,ハイブリドーマ法又はファージディスプレイ法により,モノクローナル抗体を作製する一般的な方法は,周知であったことが認められる。
そうすると,乙1発明に周知技術を適用することにより,PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和することができる,何らかの単離されたモノクローナル抗体を得ること自体は,可能であるといえる。

イ 相違点2A及び2Bについて
しかしながら,乙1文献には,PCSK9との結合に関して参照抗体1又は2と競合することの記載や示唆はなく,PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体の中から,参照抗体1又は2と競合する抗体を得るための手掛かりとなるような情報は何ら記載されていない。 また,前記(4)イのとおり,周知技術である一般的なモノクローナル抗体の取得手段においては,いずれも,多数の抗体が生じるようにする工程と,それらの多数の抗体の中から,スクリーニングによって抗体を選択する工程とを有し,スクリーニングによって抗体が選択されて初めて特定のモノクローナル抗体が得られるものであると認められるところ,本件優先日前に,参照抗体1又は2が得られていたことを認めるに足りる証拠はなく,競合アッセイによるスクリーニングによって参照抗体1又は2と競合する抗体を選択することができたとはいえない。
したがって,乙1発明及び周知技術に基づいて,当業者が,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることを容易に想到できたと認めることはできない。

ウ 以上によれば,乙1文献に接した当業者は,乙1発明及び周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和することのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点1)を得ることが可能であったとしても,参照抗体1又は2と「競合する」抗体(相違点2A,B)について,容易に想到することができたものと認めることはできない。

エ 控訴人は,①本件各明細書には,参照抗体1又は2と競合するか否かを指標とすることなく,PCSK9-LDLR結合中和抗体を複数作製したところ,そのほとんどが参照抗体1又は2と競合するものであったことが記載されていること,②Aの供述書によれば,PCSK9-LDLR結合中和抗体を取得した場合,その中には参照抗体1又は2と競合する抗体が多く含まれるとされることを根拠に,当業者は,乙1及び本件優先日当時の周知技術に基づき,何らかのPCSK9-LDLR結合中和抗体をいくつか作製するだけで,参照抗体1又は2と競合する結合中和抗体を容易に想到できた旨主張する。

しかし,本件各明細書の表37.1は,確認用スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立したことを確認し(【0329】),そのうちの一部(合計39抗体)についてエピトープビニングした結果を要約したものであり(【0489】~【0493】),この表を分析しても,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体のうち,参照抗体と競合する抗体の割合を導き出すことはできないから,PCSK9-LDLR結合中和抗体のほとんどが参照抗体1又は2と競合するものであったことが記載されているとはいえない。

また,Aの供述書は,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体は,「(本件各明細書の)図27Dに図示されるとおり,それらの抗体の結合の態様及びLDLRのPCSK9表面上の結合部位から,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体のほとんどが21B12又は31H4のいずれかと競合することは明らかである。」旨を述べたものであって(乙4),PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体が参照抗体1又は2のいずれかと競合することを述べたにすぎず,PCSK9-LDLR結合中和抗体のほとんどが参照抗体1又は2と競合するということは示されていない。

したがって,控訴人の主張するように,PCSK9-LDLR結合中和抗体を作りさえすれば,本件発明1-1又は2-1に到達するとはいえない。
かえって,乙15の記載によれば,動物免疫法による抗体の作製においては,動物の選択,抗原の投与量及び形態,免疫補助剤(アジュバント)の使用,注射の経路及び回数及び注射の間に置かれる期間を含む(動物に対する)「注射の条件」の違いによって,抗原に対する反応性の異なる抗体が得られることが認められ(前記(4)ア(ア)),このことは,ファージディスプレイ法において,抗体の作製に用いる抗体遺伝子を得るための動物についても同様であると理解することができる。ところが,乙1文献には,動物免疫の具体的な条件を含め,参照抗体と競合する抗体を得るための工程について何ら記載がないのであるから,乙1発明に,モノクローナル抗体の作製に関する一般的な周知技術を適用しても,可変領域に特定のアミノ酸配列を有する抗体である参照抗体1又は2を得ることが容易であるとはいえず,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることができたとはいえない。
よって,控訴人の主張は採用できない。
・・・

6 争点(2)エ(乙27文献に基づく進歩性欠如)について
・・・

8 結語
以上によれば,被控訴人の被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡,輸入,譲渡の申出の差止請求並びに被告製品の廃棄請求を認め,その余の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
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ほとんど、とすると証明のハードルが上がりますね。明細書からそう理解できればいいのですが。実際のところはどうなんでしょうか。実験してみてもよさそうですね。

ところで、競合クレームは、エピトープが異なる抗体を技術的範囲に含んでしまうため、権利範囲の外延を評価しにくいところに問題があると思います(前回のブログ参照)。

試しに、エピトープが異なる抗体を含むという点を意識して、サポート要件違反の論理構成を作ってみました。



●================================================
競合抗体は、参照抗体に対して、①エピトープが同じ抗体、②エピトープが重複する抗体、③エピトープが異なる抗体(本件明細書の定義では隣接エピトープを含むとされている)に分けることができる。

①の抗体は、エピトープが同じであるため、比較的効率的に立体障害が生じ、両抗体が競合すると想定される。一方で、③はエピトープが同じではないため、立体的障害が生じるかどうかは、両抗体の抗原への結合部位以外の部分の構造に依存すると考えられる。また、③の抗体が中和作用を奏するかどうかは、「両抗体の抗原への結合部位以外の部分の構造」ではなく、「PCSK9と③の抗体の抗原への結合部位以外の部分の構造」に依存すると考えられるため、競合したとしても中和するとは限らない。

請求項1の抗体は、参照抗体に競合する抗体を包括的に含むものであり、③の抗体を含むが、本件明細書のエピトープビニングの実施例からは、③の抗体が得られたことや、③の抗体がPCSK9とLDLRとの結合を阻害できることは理解できない。また、本件明細書の実施例において競合抗体の一部に中和活性が見られた結果は、特定の実験プロトコル(特定の形態の抗原、特定の免疫動物等)により得られた特定の母集団を対象としたときの結果であり、他の実験プロトコルによって③の抗体を含む母集団が得られた場合にも、競合抗体が中和活性を奏することを本件明細書からは推認できない。
そうすると、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、請求項1の抗体のうち、③の抗体であって中和活性を有する抗体を得ることができると認識できない。

以上を考慮すると、請求項1の発明は、課題を解決できると認識できる範囲のものではない。従って、サポート要件を満たさない。
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ざっくり書いたので、技術常識を補足する文献や、肉付けは必要ですが、一理ある論理構成になってるかなと思います。



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■競合抗体特許は侵害してるかどうかの評価を難しくする!


先日、抗PCSK9抗体特許の侵害訴訟の件で、知財高裁の判決が公開されました。

・平成31年(ネ)第10014号 特許権侵害差止請求控訴事件(PDF)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/010/089010_hanrei.pdf


東京地裁に引き続き、知財高裁も競合特許の特許性(サポート要件、実施可能要件、進歩性)を認めました。(判決紹介記事を近日アップ予定です。)
原判決(東京地裁)は先日のブログで紹介しています。
https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-231.html


ところで、競合特許のサポート要件、実施可能要件が認められると、侵害予防調査(侵害評価)がちょっと面倒なことになるなと思っています。
以下に仮想事例を考えてみました。


●仮想事例======================================
A社は、独自に受容体Zに対する中和抗体の研究を行った。その結果、抗体Xが受容体Zを中和し、且つ癌治療効果を示した。
侵害予防調査(FTO調査)を行ったところ、抗体のアミノ酸配列やエピトープに特徴のある中和抗体の特許が見つかったが、それらの特許の特徴(アミノ酸配列、エピトープ)を抗体Xは有していなかった。
しかし、以下のようなクレームを有するB社の特許が見つかった。

【請求項1】抗体Yと競合し、且つ受容体Zに対する中和活性を有する、抗受容体Z抗体。

B社の特許の明細書と、A社が調査時点で有する抗体Xの情報を検討しても、抗体XがB社の特許の権利範囲に含まれるかを評価することはできなかった。なぜならば、抗体Yと、抗体Xとの競合試験を行わなければ、競合するかがわからないためである。
そこで、A社はB社の特許の明細書に記載されている抗体のアミノ酸配列をもとに、抗体Yを作製し、抗体Xとの競合試験を行った。
その結果、抗体Xは抗体Yと競合しなかったため、無事に開発を進められることとなった。
===========================================


アミノ酸配列やエピトープなどに特徴のある特許は、自社の抗体を分析するだけで侵害の評価ができたのですが、競合特許の場合は、上記のように、他者の抗体を作製(又は購入)しなければ侵害の評価ができないと思われます。エピトープが競合の有無の参考になると思いますが、エピトープが違っても競合する場合がありますので、確実ではありません。

さらに、自社抗体の競合の程度がわずかな場合は権利範囲内なのか、外なのかの判断がより難しくなります。



■<リツキシマブBSの特許侵害訴訟> 請求項1の「最中」を狭く解釈した上で、サポート要件を満たさないと判断した事例


<判決紹介>
・平成29()44053号 特許権侵害差止請求事件
・令和元年529日判決言渡
・東京地方裁判所民事第29部 山田真紀 西山芳樹 山田真紀
・原告:ジェネンテック  インコーポレイテッド
・原告補助参加人:全薬工業株式会社、中外製薬株式会社
・被告:サンド株式会社、協和発酵キリン株式会社
・特許6226216、特許6241794、特許6253842
・発明の名称:抗CD20抗体の投与を含むB細胞リンパ腫の併用療法


■コメント
リツキシマブのバイオシミラーに対する特許侵害訴訟の紹介です。少し前の判決です。

特許6226216、特許6241794、特許6253842(特許権者:バイオジェン)の専用実施権を有する原告(ジェネンテック)が、被告(サンド、協和発酵キリン)のリツキシマブBS点滴静注100mgKHK」、500mgKHKが本件特許発明の技術的範囲に属し、製造販売等が専用実施権を侵害すると主張して、製造等の差し止め、及び損害賠償金の支払いを求めた事案です。

先発品はリツキサン(リツキシマブ)です。


各本件特許の請求項1は以下のとおりです(構成要件の分説ずみ)。リツキシマブと他剤との併用に特徴があります。

▼特許6226216(本件特許1
【請求項1】
1A 
リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,
1B 
治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドコソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOPによる化学療法の最中に投与される,
1C 
上記医薬組成物。

▼特許6241794(本件特許2
【請求項1】
2A 
リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法と組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,
2B 
治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ前記化学療法の間に投与され,かつ,前記化学療法が,CVPである,
2C 
上記医薬組成物。

▼特許6253842(本件特許3
【請求項1】
3A 
リツキシマブを含み,中悪性度又は高悪性度の非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,
3B 
治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与され,
3C 
前記医薬組成物と,前記シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソンとが,前記CHOPによる化学療法の各サイクルの1日目に前記患者に投与される,
3D 
医薬組成物。


被告製剤の概要は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
  被告製剤
  被告製剤は,リツキサン製剤のバイオ後続品(バイオシミラー)として,被告サンドが製造販売承認を受けた医薬品であり,有効成分としてリツキシマブを含有している。

  被告製剤の添付文書の用法・用量欄には,CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫に用いる場合として,「通常,成人には,リツキシマブ(遺伝子組換え)[リツキシマブ後続1]として1回量375mg/㎡を1週間間隔で点滴静注する。最大投与回数は8回とする。他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,併用する抗悪性腫瘍剤の投与間隔に合わせて,1サイクルあたり1回投与する。」と記載されているほか,用法・用量に関連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」と記載されている。

そして,被告製剤の添付文書の臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,「進行期ろ胞性リンパ腫患者を対象とした国際共同第Ⅲ相試験(GP13-301試験)」として,未治療の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品,シクロホスファミド水和物,ビンクリスチン硫酸塩及びプレドニソン又はプレドニゾロンを併用するR-CVPレジメンによって投与されたことが記載されている。
また,先行バイオ医薬品の臨床成績として,①「国内臨床第Ⅱ相試験(IDEC-C2B8-6試験)における成績」,②「国外臨床第Ⅲ相試験(PRIMA試験)における成績」,③「国外臨床第Ⅲ相試験(EORTC20981試験)における成績」が記載されており,①国内臨床第Ⅱ相試験(IDEC-C2B8-6試験)においては,未治療の低悪性度(低グレード)又はろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,先行バイオ医薬品,シクロホスファミド水和物,ドキソルビシン塩酸塩,ビンクリスチン硫酸塩及びプレドニゾロンを併用するR-CHOPレジメンによる寛解導入療法が実施されたこと,②国外臨床第Ⅲ相試験(PRIMA試験)においては,未治療のろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,先行バイオ医薬品,シクロホスファミド水和物,ドキソルビシン塩酸塩,ビンクリスチン硫酸塩及びプレドニソンを併用するR-CHOPレジメンによる寛解導入療法,先行バイオ医薬品,シクロホスファミド水和物,ビンクリスチン硫酸塩及びプレドニソンを併用するR-CVPレジメンによる寛解導入療法等が実施されたこと,③国外臨床第Ⅲ相試験(EORTC20981試験)においては,再発又は難治性のろ胞性非ホジキンリンパ腫の患者に,R-CHOPレジメンによる寛解導入療法が実施されたことなどが記載されている(甲16)。

  被告製剤は,構成要件1A1C2A2C2E3A3Dを充足する。
----------------------------------------------------------------------------------------------


争点は下記のとおりです。
このうち、裁判所が判断したのは、(3)ウ、(4)ア、(8)イです。つまり、本件特許1及び3サポート要件と、本件特許2CVPの充足性(技術的範囲)です。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
争点
(1) 
被告製剤は,文言上,本件発明1の技術的範囲に属し,その製造販売等は本件発明1の実施に当たるか(争点1
 
  被告製剤は「プレドニソン」(構成要件1B)を充足するか(争点1-1
 
  被告製剤は「最中」(構成要件1B)を充足するか(争点1-2
(2) 
被告製剤は,本件発明1と均等なものとして,その技術的範囲に属するか
(争点2
(3) 
本件特許1は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点3
 
  本件発明1は乙1文献等により進歩性を欠くか(争点3-1
 
  本件発明1は乙33文献等により進歩性を欠くか(争点3-2
 
  本件特許1は特許法3661号に違反しているか(争点3-3
 
  本件特許1は特許法3662号に違反しているか(争点3-4
 
  分割要件違反により本件発明1は新規性を欠くか(争点3-5
(4) 
被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属し,その製造販売等は本件発明2の実施に当たるか(争点4
 
  被告製剤は「CVP」(構成要件2B)を充足するか(争点4-1
    被告製剤は「間に」(構成要件2B)を充足するか(争点4-2
 
  被告製剤は構成要件2Dを充足するか(争点4-3
(5) 
本件特許2は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点5
 
  本件発明2は乙1文献等により進歩性を欠くか(争点5-1
 
  本件発明2は乙33文献等により進歩性を欠くか(争点5-2
 
  本件特許2は特許法3661号に違反しているか(争点5-3
 
  分割要件違反により本件発明2は新規性を欠くか(争点5-4
(6) 
被告製剤は,文言上,本件発明3の技術的範囲に属し,その製造販売等は本件発明3の実施に当たるか(争点6
 
  被告製剤は「プレドニソン」(構成要件3B及び3C)を充足するか(争点6-1
 
  被告製剤は「最中」(構成要件3B),「各サイクルの1日目」(構成要件3C)を充足するか(争点6-2
(7) 
被告製剤は,本件発明3と均等なものとして,その技術的範囲に属するか(争点7
(8) 
本件特許3は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点8
 
  本件発明3は乙9文献等により進歩性を欠くか(争点8-1
 
  本件特許3は特許法3661号に違反しているか(争点8-2
    分割要件違反により本件発明3は新規性を欠くか(争点8-3
(9) 
被告らに共同不法行為が成立するか(争点9
(10) 
損害の発生の有無及びその額(争点10
----------------------------------------------------------------------------------------------


本件特許1及び3のサポート要件に関しては、裁判所は、請求項1に記載の「最中」を狭く解釈した上で、サポート要件を満たさないと判断しました。
概要を以下に記載します。

・本件特許1の請求項1に記載の「最中」は、分割出願時は「同時」(休薬期間中の投与を含む)だった。
・甲38(休薬期間中の投与が記載)に対する新規性/進歩性欠如の拒絶理由が通知され、それを回避するために「同時」は「最中」に補正された。
・このことから裁判所は、「最中」は投薬スケジュールのうち、休薬期間中を含まず、「投薬期間中」を意味すると解するのが相当と判断した。
・本願特許明細書に、リツキシマブをCHOP療法の各薬剤の「投薬期間中」に投与することに関する記載は無い。
・このことから裁判所は、本件特許1及び3はサポート要件を満たさないと判断した。


裁判所の判断は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
事案に鑑み,本件特許1及び3が,それぞれ,特許法3661号に違反しているか(争点3-3,争点8-2)について,まず判断する。
(1) 
特許法3661号適合性
特許請求の範囲の記載が特許法3661号に適合するか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。

(2) 
本件特許1及び3の特許請求の範囲の記載
構成要件1Bの「(CHOP)による化学療法の最中」については,次のように解するのが相当である。
  構成要件1Bの「(CHOP)による化学療法の最中」の意義
前記第22(4)のとおり,CHOPないしCHOP療法は,シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチン及びプレドニソン又はプレドニゾロンを併用する化学療法であり,一般に,各薬剤の投薬期間及び休薬期間を組み合わせた所定の投薬スケジュールを繰り返すことによって実施されるものと認められるところ,次のとおり,構成要件1Bの「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間のうち,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中を意味するものと解するのが相当である。一般に,「最中」に「物事のまっさかり。また,動作が進行中でまだ終わってないとき。」(乙37)という字義があることからすると,「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法が進行中でまだ終わっていない段階,すなわち,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間を意味するものとも解し得る。
しかしながら,前記1⑶のとおり,構成要件1Bの「最中」という文言は,本件特許1の分割出願時に「同時」という文言であったところ,「同時」はCHOP療法の各薬剤とリツキシマブを交互に投与する態様,すなわち,休薬期間中の投与を含むものであり,その態様は甲38文献に記載されており,新規性及び進歩性を欠くなどとして拒絶理由を通知され,拒絶理由を回避するために補正によって導入された文言であり,出願人であるバイオジェンによる本件意見書において,「最中」とすることにより,本件発明1は甲38文献で開示されているものとは異なる発明となることが示されている。

すなわち,前記1(2)アのとおり,甲38文献に記載されているCzuczmanらによる臨床試験は,非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に対して,21日間(3週間)の投薬スケジュールを6サイクル行うCHOP療法を実施しながら,リツキサン375mg/㎡を合計6回投与したものであり,①CHOP療法の各サイクルは,いずれも,1日目にシクロホスファミド,ドキソルビシン及びビンクリスチンを投与し,1日目から5日目までプレドニソンを投与するというスケジュールであり,各サイクル開始後6日目から21日目までは休薬期間であること,②リツキサンの6回の投与のうち3回目及び4回目の投与(注入3および4)は,それぞれ,CHOP療法の3回目及び5回目のサイクルが開始される2日前,すなわち,2回目及び4回目のサイクル開始後20日目に行われたことが示され,上記の3回目及び4回目のリツキサンの投与は,いずれも,CHOP療法の各薬剤の休薬期間中に行われたものであるといえるところ,甲38文献に記載された発明は,前記1⑶のとおり,本件意見書において,「(CHOP)による化学療法の最中に投与される」に含まれないことが示されている。
そうであれば,本件特許1の出願過程において,Czuczmanらによる臨床試験における3回目及び4回目のリツキサンの投与のように,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間にリツキシマブを投与するものであっても,CHOP療法の各薬剤の休薬期間中に投与するものは,「(CHOP)による化学療法の最中」から除外されたものと解するのが相当である。
したがって,構成要件1Bの「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間のうち,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中を意味すると解するのが相当である。

  被告らの主張について
被告らは,「最中」の一般的な字義及び本件明細書1の記載等によれば,構成要件1Bの「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOPによる化学療法が進行中でまだ終わっていない段階,すなわち,CHOPによる化学療法のコースを開始してから6コース繰り返して全て終了するまでという意味に解するのが自然である旨主張しており,被告らが主張する「コース」はCHOP療法の各薬剤の投薬期間及び休薬期間の組合せに係る所定の投薬スケジュールを意味するものと解される。しかしながら,前記のとおり,本件特許1の出願経過に照らせば,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間にリツキシマブを投与するものであっても,CHOP療法の各薬剤の休薬期間中に投与するものは,「(CHOP)による化学療法の最中」から除外されたものと解するのが相当であるから,被告らの主張は採用することができない。

(3) 
本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載
  本件明細書1及び3の【0015】,【0017
本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載は,前記1(1)のとおりであり,発明を実施するための形態として,「本発明の併用療法は,治療法が同時に行われ,すなわち抗CD20抗体は,同時にまたは同じ時間枠(すなわち,治療は同時に進んでいるが,薬剤は全く同時に投与されるわけではない)で投与される。本発明の抗CD20抗体はまた,他の治療法の前または後に投与されてよい。」(【0015】),「また本発明には,化学療法の前,その最中,または後に,治療上有効量のキメラ抗CD20抗体を患者に投与することを含んでなる,B細胞リンパ腫の治療法が含まれる。そのような化学療法は,少なくとも,CHOPICE,ミトザントロン,シタラビン,DVPATRA,イダルビシン,ヘルツァー(hoelzer)化学療法,ララ(LaLa)化学療法,ABVDCEOP2-CdAFLAGIDA(以後のG-CSF治療有りまたは無し),VADMPC-WeeklyABCMMOPP,およびDHAPよりなる群から選択される。」(【0017】)と記載されている。
しかしながら,上記において,抗CD20抗体ないしキメラ抗CD20抗体として示されるリツキシマブの投与時期について,【0015】では,「他の治療法の前または後」と「同時にまたは同じ時間枠(すなわち,治療は同時に進んでいるが,薬剤は全く同時に投与されるわけではない)」が併記されるにとどまり,また,【0017】では,「化学療法の前…または後」と「その最中」が併記されるにとどまっており,化学療法に用いられる薬剤の投薬期間や休薬期間に係る説明はされていないから,これらの記載をもって,リツキシマブをCHOP療法の各薬剤の投薬期間中に投与するという本件発明1の用途を認識することは困難であり,もとより,リツキシマブを含む医薬組成物と化学療法に用いられる各薬剤を化学療法の各サイクルの1日目に投与するという本件発明3の用途を認識することもできない。
・・・

  小括(争点3-3,争点8-2
以上のとおり,本件明細書1及び3の発明の詳細な説明に,本件発明1及び3の用途を記載又は示唆するものはなく,本件全証拠によっても,本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載及び本件原出願日当時の技術常識に基づき,リツキシマブを含む医薬組成物を本件発明1及び3の用途に使用することにより新たに有効な治療法を提供するという発明の課題を解決することができると認識し得ると認めることはできない。
よって,本件発明1及び3に係る特許請求の範囲の記載は,特許法3661号に適合しておらず,本件特許1及び3は,同号に違反する。
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本件特許2CVP療法の充足性に関しては、裁判所は、明細書にCVPの説明がないことから原出願日当時の技術常識(文献)に基づいて解釈した上で、被告製剤はCVPの構成要件を充足しないと判断しました。
概要を以下に記載します。

CVP療法は、シクロホスファミド、ビンクリスチン、及びプレドニゾロン又はプレドニソンを併用する化学療法である。
・原告は、(i)投与量、投与方法及び投与時期を限定する旨の記載はないから、それらによる限定はされないものと解すべき、(iiCVP療法及びCOP療法が意味するところは一義的ではなかった、(iii)シクロホスファミドを1日目に投与するものをCVP療法として記載する文献(甲91等)があった、(iv)被告製剤のR-CVP療法は上記3剤とリツキシマブを組み合わせたものであるため構成要件2Bの「CVP」を充足すると主張した。
・裁判所は、明細書にCVP療法の具体的な説明がないため、「CVP」の解釈を原出願日当時の技術常識で判断した。
・原出願日前の文献(甲74等)には、CVP療法は「シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与」することが記載されていた。甲28等にそれとは異なる記載があったが、裁判所は、多様な化学療法が研究される中で、一般的な認識とは異なる記載がされたものとみるのが相当と判断した。
・被告製剤の【臨床成績】欄には、「R-CVPレジメン」によって投与されたこと等が記載されている。
R-CVPレジメンは、リツキシマブを1日目に投与するとともに、シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目、プレドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメンである。
・裁判所は、被告製剤は、添付文書に記載されたR-CVPレジメンがシクロホスファミドを1日目にのみ投与するものであり、1日目から5日目まで投与するものでない点で、構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえないと判断した。


裁判所の判断は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
争点4-1(被告製剤は「CVP」(構成要件2B)を充足するか)について
(1) 
CVP」の意義
  構成要件2Bは「前記化学療法が,CVPである」というものであり,前記第22(4)のとおり,CVPないしCVP療法は,シクロホスファミド,ビンクリスチン及びプレドニゾロン又はプレドニソンを併用する化学療法であると認められる。
そして,証拠(乙15147)によれば,使用薬剤の組合せが同一であっても,投与量,投与方法,投与時期等が異なる場合には,異なる化学療法として区別して認識されることがあると認められるところ,次のとおり,本件原出願日前に発行されていた文献には,CVP療法と使用薬剤の組合せが同一の化学療法として,COPないしCOP療法という名称の化学療法も記載されていたから,CVP療法とCOP療法が,各薬剤の投与量,投与方法,投与時期等によって,異なる化学療法として区別して認識されていたかについて検討する。

  後掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らせば,CVP療法又はCOP療法について,次の各事実が認められる。
(ア)シクロホスファミド,ビンクリスチン,プレドニソンの3剤を併用する化学療法は,昭和44年(1969年)に発行されたHoogstratenらの文献(甲73)によって初めて報告された。その後発行された文献(甲75,乙175)において,Hoogstratenらの文献に記載された化学療法はCOP療法として記載されている。
(イ)昭和56年(1981年)9月に発行された田中公ら「進行したNon-Hodgkins LymphomaにおけるCVP療法-白血化例も含めて-」癌と化学療法,Vol.8,No.9,pp.1441-1449(乙113,以下「乙113文献」という。)には,CVP療法について,後記(オ)②のとおり記載されているほか,「Bagleyらや,著者らのCVP療法は細胞周期を考慮してCyclophosphamide5日間投与する点がCOP療法やCHOP療法と異なるところである。」と記載されている。
・・・

  そこで,検討すると,前記イ(イ),(オ)のとおり,本件原出願日当時,各薬剤の投与量及び投与方法については若干の相違がみられるものの,CVP療法は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するものであるのに対し,COP療法は,シクロホスファミドを1日目に投与するものであるなどとして,シクロホスファミドの投与時期によって両者は区別されることが多く(乙8889134ないし136138178191ないし194),乙113文献にも,CVP療法は,シクロホスファミドを5日間投与する点でCOP療法と異なることが示されていたほか,CVP療法又はCOP療法のいずれか一方について,各薬剤の投与時期をもって上記のとおり両者を区別することに整合する内容が多く示されていた(CVP療法について,甲7477,乙31014ないし161970ないし72,114,142,144,146,153ないし156,181COP療法について,甲82,乙132133137149151。)。

これらのことに加えて,前記イ(ア),(ウ)のとおり,シクロホスファミド,ビンクリスチン,プレドニソンの3剤を併用する化学療法は,昭和44年(1969年)に初めて報告され,その後発行された文献でCOP療法とされていたところ,乙70文献には,CVP療法は,COP療法を基本とし,投与法,投与量等を変更した化学療法として発表されるようになった化学療法であり,COP療法と比べて有効率の向上が顕著であったとして,CVP療法について,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するなどする投与スケジュールが示されている。そうすると,前記イ(オ)のとおり,他方で,シクロホスファミドを1日目に投与する化学療法をCVP療法として記載する文献(甲2857ないし607281)や,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与する化学療法をCOP療法として記載する文献(甲768082)もみられたものの,これらは,多様な化学療法が研究される中で,一般的な認識とは異なる記載がされたものとみるのが相当であって,本件原出願日当時,CVP療法とCOP療法は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するのがCVP療法であるのに対し,1日目にのみ投与するのがCOP療法であるとして,シクロホスファミドの投与時期によって区別されており,そのようにして区別されることは技術常識であったと認めるのが相当である。
このような本件原出願日当時の技術常識に照らせば,構成要件2Bの「CVP」は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するものであり,シクロホスファミドを1日目にのみ投与するものは含まないものと認めるのが相当である。

(2) 
原告らの主張について
  原告らは,構成要件2Bの「CVP」は,シクロホスファミド,ビンクリスチン,プレドニゾロン又はプレドニソンを併用する化学療法であり,本件特許2の特許請求の範囲及び本件明細書2に,リツキシマブと併用される化学療法に使用される薬剤の投与量,投与方法及び投与時期を限定する旨の記載はないから,それらによる限定はされないものと解すべきであると主張する。
しかしながら,前記のとおり,使用薬剤の組合せが同一であっても,投与量,投与方法及び投与時期等が異なる場合には,異なる化学療法として区別して認識されることがあると認められるところ,CVP」については,本件特許2の特許請求の範囲及び本件明細書2に具体的な説明がされていない以上,技術常識を踏まえて,その意義,内容を解釈し得ることは当然である。
そして,CVP療法について,シクロホスファミドの投与時期によって,使用薬剤の組合せが同一のCOP療法と区別して認識されていたと認められることは前記のとおりであるから,「CVP」の解釈においては,このような本件原出願日当時の技術常識を考慮するのが相当である。

  また,原告らは,本件原出願日当時,CVP療法は,COP療法とも呼ばれ,各薬剤の投与量,投与方法及び投与時期は一義的,硬直的に定められておらず,研究機関等によって異なっていたから,前記のような技術常識を認めることはできないとし,そのことを裏付ける事情として,①甲71文献によれば,CVP療法は,COP療法とも呼ばれ,シクロホスファミドを1日目に投与することを基本とするものであり,研究機関や国によって各薬剤の投与量や投与方法が異なっていたところ,1970年代以降に様々な検討がされ,1990年代になっても,各薬剤の投与量,投与方法,投与時期について多様な検討がされていたこと,②本件原出願日前に発行された文献(甲2857ないし60727680ないし82)に,シクロホスファミドを1日目にのみ投与する化学療法をCVP療法と記載するものや,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与する化学療法をCOP療法と記載するものがあったことに加えて,各薬剤の投与量及び投与時期が異なる化学療法を「COP1」等と記載する文献(甲78)や,投与量の異なる化学療法をCVPと記載する文献(甲79)もあったことにも照らせば,CVP療法及びCOP療法が意味するところは一義的ではなかったこと,③本件原出願日前に発行された文献(甲86ないし90,乙1213137158ないし161)に,CVP療法及びCOP療法について,「COPまたはCVP」,「CVP/COP」などとして,並列的,互換的に記載するものがあったこと,④本件原出願日前に実施された大規模な実験について,シクロホスファミドを1日目にのみ投与するものをCVP療法として記載する文献(甲91ないし93)があることなどを主張する。 しかしながら,以下のとおり,原告らが指摘する文献の記載等を踏まえても,前記の技術常識を否定することはできない。

(ア)①甲71文献について
前記(1)イ(エ)のとおり,甲71文献には,CVP療法の基本プロトコールとして,CPA1日目に投与することなどが記載され,CVP療法の概要として,「米国のNationalCancerInstituteNCI)ではCPAの投与量や投与方法が異なるレジメンとして用いられていたが(300400mg/m2day15に内服),基本はECOGの治療研究で行うCPAday1に点滴静注する方法として広まっている」と記載されているものの,甲71文献は本件原出願日の約15年後の平成2611月に発行された文献であり,前記(1)イ(イ),(ウ),(オ)のとおりの本件原出願日前の文献の記載に照らせば,甲71文献の上記各記載は,平成26年当時のCVP療法に関するものとみるのが自然であって,本件原出願日当時の当業者の認識を示すものとは認め難い。
また,前記(1)イ(エ)のとおり,甲71文献には,CVP療法の概要として,COP療法とも呼ばれていた旨記載されているものの,この点については,同(ア),(ウ)のとおり,シクロホスファミド,ビンクリスチン,プレドニソンの3剤を併用する化学療法は,昭和44年(1969年)に初めて報告され,その後発行された文献でCOP療法とされていたところ,その後,投与量等を変えながらCVP療法等として発表されるようになったという研究経過と矛盾するものではなく,CVP療法とCOP療法が区別されていなかったことを基礎付ける記載であるとは認められない。
(イ)②甲2857ないし60727678ないし82について
前記のとおり,本件原出願日前に発行された多数の文献の記載に照らせば,原告らが指摘する文献の多くは,多様な化学療法が研究される中で,一般的な認識とは異なる記載がされたものとみるのが相当であって,CVP療法は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するものであるのに対し,COP療法は,1日目にのみ投与するものであるとして,シクロホスファミドの投与時期によって区別されていたと認めるのが相当である。
・・・

(ウ)③甲86ないし90,乙1213137158ないし161について原告らが指摘する文献には,「COPまたはCVP」,「CVP/COP」などとして,CVP療法とCOP療法が併記されているものの,それらが互換的又は一体的なものであると積極的に記載するものはなく,CVP療法とCOP療法が区別されていなかったことを基礎付ける記載であるとはいい難い。
(エ)④甲91ないし93について
原告らが指摘する文献は,いずれも本件原出願日後に発行されたものであり,本件原出願日前に実施された実験に係る記載があるものの,それらが本件原出願日当時の当業者の認識を示すものと認めることはできない。
(オ)小括
以上のとおりであるから,原告らが指摘する文献の記載等を踏まえたとしても,前記の技術常識を否定することはできない。

(3) 
被告製剤
被告製剤についてみると,前記第22(5)ウのとおり,被告製剤の添付文書には,用法・用量欄に「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」が記載され,用法・用量に関連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」と記載されている。また,臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,未治療の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品がR-CVPレジメンによって投与されたことが記載されているほか,先行バイオ医薬品の臨床成績として,国外臨床第Ⅲ相試験(PRIMA試験)において,ろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,R-CVPレジメンによる寛解導入療法等が実施されたことが記載されている。
そして,証拠(甲1235)及び弁論の全趣旨によれば,被告製剤の添付文書に記載されているR-CVPレジメンは,リツキシマブを1日目に投与するとともに,シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目,プレドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメンであると認められる。
そうすると,被告製剤は,添付文書に記載されたR-CVPレジメンがシクロホスファミドを1日目にのみ投与するものであり,1日目から5日目まで投与するものでない点で,構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえない。

小括
以上のとおり,本件特許1及び3は特許法3661号に違反しており,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから,同法104条の31項により,本件特許1及び3に係る専用実施権者である原告による権利行使は認められない。
また,被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえないから,被告製剤の製造販売等が本件専用実施権2を侵害するとはいえない。

結論
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
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CVP
療法について、原告は「一義的ではなかった」と主張していますが、これは明確性の問題が生じ得るのでリスクのある主張だったと思います。

添付文書に記載されていた「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」はイ号製品の用途を特定する上で、併用療法特許の特許権者に有利に働きそうですね。
先発品のリツキサンにも同趣旨の記載があります。あと、細かいところはちょっとずつ違いますが、アバスチン、ハーセプチン、オプジーボでも似たような記載があるようです。


■<炭酸ランタンOD錠後発品の特許侵害訴訟> 文書提出命令の申立てが却下された事例


<判決紹介>
・平成30年(ワ)第28391 特許権侵害差止請求事件
・令和元年612日判決言渡
・東京地方裁判所民事第40 佐藤達文 三井大有 今野智紀
・原告:バイエル薬品株式会社
・被告:コーアイセイ株式会社、日本ケミファ株式会社、扶桑薬品工業株式会社、日本ジェネリック株式会社、コーアバイオテックベイ株式会社
・特許6093829
・発明の名称:ランタン化合物を含む医薬組成物


■コメント
少し前の判決です。
特許6093829の特許権者である原告(バイエル薬品)が、被告ら(コーアイセイ等)が炭酸ランタンOD錠(後発品)を製造・販売等する行為が原告の特許権を侵害すると主張し、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。

先発品はホスレノールOD錠(一般名:炭酸ランタン水和物)です。


本件特許の訂正後の請求項6は以下の通りです(構成要件に分説ずみ)。

「【訂正後請求項6
A  
唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,
B  
崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が7090質量%で炭酸ランタ ン又はその薬学的に許容される塩を含有し,
前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.612質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,
D  
医薬組成物。」


後発品の添付文書には、添加剤が以下のように記載されています。

「(ウ) 添加物
軽質無水ケイ酸,ステアリン酸マグネシウム,タルク,その他3成分

原告は、上記「その他3成分」が構成要件Cのクロスポビドンを含むことを立証するために、文書提出命令の申立てをしましたが、裁判所は却下しました。
さらに、裁判所は、後発品がクロスポビドンを含有すること等の証拠がないとして、後発品は本件訂正発明の技術的範囲に属さないと判断しました。


裁判所の判断は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
6 原告の書類提出命令申立てとその却下決定
原告は,平成31221日,被告コーアイセイを相手方として,本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に含まれることを立証するため,本件製剤1に関する平成30215日付け医薬品製造販売承認書に記載されている「成分及び分量又は本質」に係る部分について,特許法1051項に基づく書類提出命令の申立てをした。
当裁判所は,同年411日,同条2項に基づくインカメラ手続を行い被告 コーアイセイから対象書類の提示を受けた上,同書類には本件製剤1にクロスポビドンが含まれるかどうかや,クロスポビドンの医薬組成物中の含有率等に関する情報が記載されているが,本件製剤1の組成物又は含有率は本件訂正発明に規定するものと異なっている一方,同情報は被告コーアイセイにとって秘密性の高い重要な技術的情報であると認められるから,被告コーアイセイには 書類の提出を拒むことについて正当な理由があるなどと判断して,同申立てを却下した。
・・・

当裁判所の判断
争点1(本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に属するか)について
本件訂正発明の構成要件Cは,「前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.612質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,」というものであるところ,原告は,本件各製剤が構成要件Cを充足すると主張する。
しかし,本件各製剤が,①崩壊剤としてクロスポビドンを含有すること,②その医薬組成物中の含有率が5.612質量%であること,③同崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤でないことについては,これを認めるに足りる証拠がない。

原告は,本件各製剤は原告製剤の後発医薬品であることや,原告による本件製剤1の分析によっても,本件製剤1がクロスポビドンの含有を否定するデータは得られていないことなども指摘するが,本件各製剤が原告製剤の後発医薬品であるとしても,そのことから直ちに本件各製剤が構成要件Cを充足するということはできず,また,本件製剤1がクロスポビドンの含有を否定するデータは得られていないことは,むしろ,同製剤が構成要件Cに規定された含有率のクロスポビドンを含有すると認めるに足りる客観的な証拠が存在しないことを示すものである。
したがって,本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に属すると認めることはできない。

よって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないので,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
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■<ゾニサミドの維持審決取消訴訟> 既存薬と共通のメカニズムを有することが知られていても、作用が同程度である証拠がないため、動機付けられないと判断された事例


<判決紹介>
・平成30年(行ケ)第10098 審決取消請求事件
・平成31325日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:テバ・ホールディングス合同会社
・被告:大日本住友製薬株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬


■コメント
少し前の判決の紹介です。
最近ブログを更新できてなかったのですが、台風で時間ができたので判決紹介記事を書きました。
本日から3つ判決をアップしていきます。

本件は、特許無効審判の維持審決の取消訴訟です。
後発品メーカー vs 新薬メーカーです。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、後発品は現時点でありません。


経緯は以下のとおりです。

・平成101221日:特許出願
・平成141025日:特許登録
・平成29830日:無効審判請求
・平成30613日:維持審決
・平成30720日:取消訴訟提起
・平成31325日:判決 いまココ


無効審判は過去のブログ記事で紹介しています。

・トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持

https//biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-211.html


本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」


本件発明と甲1一致点・相違点は以下のとおりです。

「ア  引用発明
ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって,ゾニサミドの投与量が20mg/kg,50mg/kgであり,雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す,抗てんかん薬。

  本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
(ア)  一致点
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
(イ)  相違点
医薬について,本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して,引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。」


裁判所の判断は以下のとおりです。ゾニサミドの治療対象をパーキンソン病等の神経変性疾患とすることの動機付けがないとして、進歩性ありと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・

2  本件発明1と引用発明との対比
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が前記第232)イのとおりであることは,当事者間に争いがない。
なお,引用例には,ゾニサミドが抗てんかん薬であることが開示されており(前記(1)ア),本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が上記のとおりであることによれば,本件発明1と対比すべき引用発明は,「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬」と認定するのが相当である。
3)引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けの有無
  引用例における示唆
前記(1)によれば,引用例は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,ドパミン作動系に対する作用機序を解明することを目的として((1)ア),健常動物を用いた実験を行い((1)イ),線条体におけるドパミン,ドパミン前駆体,ドパミン代謝物の挙動を測定することにより((1)ウ~オ),ゾニサミドによるドパミン合成促進を検討するとともに,ゾニサミドのMAO活性阻害作用によるドパミン分解阻害を検討し,ゾニサミドの用量と薬理作用,副作用との関係を考察するもの((1)カ),ということができる。
そうすると,引用例は,ゾニサミド2050mg/kgを短期投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,MAO-B活性の阻害によりドパミン分解が阻害されることを示唆するものではあるが((1)カ),その示唆は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。

  3文献
(ア)  3文献に開示された事項
3文献は,抗てんかん薬であるカルバマゼピン及びゾニサミドの作用機序解明を目的として,両剤のmonoamineMA)遊離,代謝,再取り込みに対する効果について,雄性Wistar系ラットを用いて検討したものである。(要約)そして,甲3文献には,治療用量(20及び50mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミン濃度は有意に増加するが,過剰用量(100mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミンが減少したことが実験結果とともに示されている。(図1-a,図6
また,甲3文献には,ゾニサミドが,モノアミン酸化酵素(MAO-A)とモノアミン酸化酵素(MAO-B)の両方の酵素活性を阻害し,MAO-Aに比べるとMAO-Bの阻害は強いものの,MAO活性の阻害は軽度であることが実験結果とともに示されている。(349頁右欄2行~8行,図9
そして,甲3文献には,実験結果から,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50660μMであり,このMAO-B阻害作用により,細胞外DOPAC濃度の低下は説明し得るが,これが細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難く,過剰用量の投与によるMAの細胞外濃度減少にも直接的な関与は少ないなどと考察された上で,治療濃度のゾニサミドによるMA系機能増強作用が抗てんかん作用の一部を説明し得るものと考えられるなどと要約されている。(要約,考察(350頁右欄下から5行~351頁左欄3行))。

(イ)  3文献における示唆
前記(ア)によれば,甲3文献は,ゾニサミド20又は50mg/kg/日を投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50660μMであることを示すものであるが,これらの実験結果は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。

  技術常識
(ア)  健常動物と疾患モデル動物の相違
29(亀井千晃ほか「新薬開発における動物実験の問題点」岡実動研報第41417頁(昭和61年))には,薬理実験を行う際の問題点について「薬物は疾患時に用いるのに,動物実験を行う場合には正常動物を用いているというギャップがある。これらの欠点を補う為,最近では数多くの疾患モデル動物が作成され,薬物の評価判定に用いられている。」と記載されている(17頁)。甲30(「医薬品の開発」鹿取信ほか編「標準薬理学第5版」3537頁(株式会社医学書院,平成9年発行))には,「医薬品は病気のヒトに用いられるのに,薬効管理,安全性試験は,主に正常な動物が用いられるという点が問題である。最近は…いろいろな方法でヒトの病気に近い状態を起こした疾患モデル動物が用いられている。」と記載されている(37頁)。

そして,甲8(久野貞子「Parkinson病の治療,現状と新しい流れ」神経精神薬理Vol.14No.12773781頁(星和書店,平成4年発行))には,「Parkinson病患者では大部分(80%以上)の黒質線条体ドーパミン神経は消失しているが…」と記載され(776頁),健常動物とパーキンソン病疾患モデル動物とでは,黒質線条体内のドパミン神経の量に大幅な相違があることが示されている。また,甲31G.GERHARDTほか「Dopaminergic Neuroto xicity of 1-Methyl-4- Phenyl-1,2,3,6-TetrahydropyridineMPTP in the Mouse An in vivo Electrochemical StudyTHE JOURNAL OF PHARMACOLOGY AND EXPERIMENTAL THERAPEUTICS Vol.235, No.1259265頁(昭和60年))には,健常マウスとパーキンソン病疾患モデルマウスとの間では,KCl(塩化カリウム)によるドパミン量の増加量に大きな相違があることが示されている(図5)。さらに,甲32David S. Rothblatほか「Regional Differences in Striatal Dopamine Uptake and Release Associated with Recovery from MPTP-Induced Parkinsonism An In Vivo Electrochemical StudyJournal of Neurochemistry Vol.72, No.2724733頁(平成11年))には,健常ネコでは,KClによるドパミン増加量は大きかったのに対し,パーキンソン病疾患モデルネコでは,増加がほとんど生じなかったことが示されている(表3)。

加えて,甲7Stacey A. Jones-Humbleほか「THE NOVEL ANTICONVULSANT LAMOTRIGINE PREVENTS DOPAMINE DEPLETION IN C57 BLACK MICE IN THE MPTP ANIMAL MODEL OF PARKINSONS DISEASELife Sciences Vol.54,No.4,245252頁(平成6年))では,パーキンソン病疾患モデル動物を用いた実験結果を基にして,ラモトリジンの臨床的有用性をパーキンソン病の治療にも広げられる可能性があることを示唆するとの結論を得るに至っている(245251頁)。
一方で,健常動物における線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動と相関することを示す証拠は見当たらない。そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。

(イ)  線条体ドパミン量の増加とパーキンソン病治療薬の関係
パーキンソン病の病因
当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたと認められる(甲4(水柿道直「パーキンソン病と薬剤」社団法人日本薬剤師会編「病気と薬剤改訂第4版」(株式会社薬事日報社,平成8年発行))の306頁,甲5(「特集・パーキンソン病の治療」医薬ジャーナルVol.31No.12(医薬ジャーナル社,平成7年発行))の30頁,甲6(田中千賀子ほか編「NEW薬理学改訂第3版」(株式会社南江堂,平成9年発行))の289頁)。

線条体ドパミン量を増加させる薬物(ハロペリドール)
ハロペリドールは,線条体ドパミン量を増加させる薬物と認められる(甲23Bita Moghaddamほか「Acute Effects of Typical and Atypical Antipsychotic Drugs on the Release of Dopamine from Prefrontal Cortex, Nucleus Accumbens, and Striatum of the Rat An In Vivo Microdialysis StudyJournal of Neurochemistry Vol.54,No.517551760頁(平成2年))の図1)。
しかし,ハロペリドールは,薬物性パーキンソニズムを引き起こし,パーキンソン病患者への使用は禁忌とされていたものである(乙3(「薬の副作用事典」(株式会社産業調査会事典出版センター,平成2年発行))の11841185頁)。そして,本件優先日当時,ハロペリドールとゾニサミドが異なる作用機序で線条体ドパミン量を増加させること,更に線条体ドパミン量を増加させる作業機序によってはパーキンソン病の治療効果に差異が生じることを当業者が認識していたことを示す具体的な証拠はない。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあることを認識していたというべきである。

線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬(カルバマゼピン)
3文献には,抗てんかん薬であるカルバマゼピンには線条体ドパミン量の増加作用がある旨記載されている(図1-a,図6)。
しかし,本件優先日後の平成13年時点においても,パーキンソン病に対するゾニサミドの有効な作用が抗痙攣作用のメカニズムと関連しているのではないかと推告されている抗痙攣薬は他にない。」とされており(甲13Miho Murataほか「Zonisamide has beneficial effects on Parkinsons disease patientsNeuroscience Research 41(平成13年))の399頁),本件優先日当時,カルバマゼピンがパーキンソン病に対して治療効果を奏するか否かは不明であると理解されていたものと認められる。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬の関係は不明であると認識していたというべきである。

ゾニサミドが有する線条体ドパミン量の増加作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,線条体ドパミン量を僅かでも増加させる可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬との関係は不明であること,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において線条体ドパミン量を増加させる可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,線条体ドパミン量の増加作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。

(ウ)  MAO-B活性の阻害とパーキンソン病治療薬の関係
パーキンソン病の病因
当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたと認められる(甲6295頁,甲8の表1)。
b  MAO-B
活性を阻害する抗てんかん薬(ラモトリジン)
7には,抗てんかん薬であるラモトリジン(LTG)がMAO-B活性を阻害する作用がある旨記載されている(245250頁)。さらに,甲7によれば,本件優先日当時,ラモトリジンのパーキンソン病疾患モデル動物に対する投与試験の結果を検討することで,ラモトリジンをパーキンソン病の治療薬として使用できる可能性が示唆されていたということができる(250251頁)。
しかし,上記示唆は,「LTGで得られる保護がすべてMAO-Bに対する作用によるものとは考えられない。」,「新規抗てんかん薬であるLTGは,C57BLマウスにおけるMPTP誘発性ドパミン枯渇に対して保護作用をもつ。さらに,LTGがドパミンの取り込みやMAOを阻害するであろう濃度よりも低い濃度で脳内に存在するような用量でも,LTGには神経保護効果が認められる。」という検討の上で導かれたものである(甲7250251頁)。したがって,上記示唆は,ラモトリジンがMAO-B阻害作用を有することのみから,パーキンソン病の治療薬として使用できる可能性があると指摘するものではないというべきである。そうすると,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO-B阻害作用を有することから,直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないことを認識していたというべきである。

c  MAO-B
活性を阻害するパーキンソン病治療薬(セレギリン)
本件優先日当時,セレギリン(商品名デプレニル)がパーキンソン病治療薬として知られており(甲8の表1),セレギリンがMAO-B活性を阻害することも知られていたものである(甲44Richard E. Heikkilaほか「PREVENTION OF MPTP-INDUCED NEUROTOXICITY BY AGN-1133 AND AGN-1135, SELECTIVE INHIBITORS OF MONOAMINE OXIDASE-BEuropean Journal of Pharmacology 116313317頁(昭和60年))の表1)。
そして,セレギリンのMAO-Bに対するIC50値は11nMである(甲44の表1)。そうすると,当業者は,MAO-B阻害作用を有する薬物を投与するパーキンソン病治療においては,セレギリンと同程度,すなわち,IC50値が11nM以下にMAO-B活性を阻害する程度の薬理作用を有する薬物が必要であると認識していたものである。
しかし,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50値は660μMである(甲3350頁)。また,引用例の「考察」の欄には,ゾニサミドの「MAO活性阻害は,DAの細胞外濃度と細胞内濃度の上昇にあたって,重要な機序ではないことが示された。」と記載されている。さらに,甲3文献には,ゾニサミドのMAO-B阻害作用について「細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難」くと記載されている(351頁)。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,ゾニサミドのMAO-B阻害作用がセレルギンよりも顕著に弱く,また,それがパーキンソン病の治療に有用なドパミン量の増加に果たす程度も低いことを認識していたというべきである。
したがって,当業者は,ゾニサミドが,MAO-B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いことを認識していたというべきである。

ゾニサミドが有するMAO-B阻害作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,MAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO-B阻害作用を有することから,直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないこと,当業者は,ゾニサミドが,MAO-B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の効果を奏する可能性が低いこと,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において,MAO-B阻害作用を有する可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,MAO-B阻害作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。

  引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付け
(ア)  引用例及び甲3文献は,いずれも,ゾニサミドが,健常動物において,線条体ドパミン量の増加作用を有すること,MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして,前記ウ(ア)のとおり,本件優先日当時の当業者は,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると,当業者は,引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても,そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において,ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり,ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。

(イ)  また,引用例及び甲3文献における前記示唆から,健常動物以外であっても,ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし,前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件優先日当時の当業者は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,線条体ドパミン量の増加作用の観点からも,MAO-B阻害作用の観点からも,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると,このような技術常識を有する当業者は,引用例及び甲3文献から,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。

(ウ)  よって,当業者は,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。

  原告の主張について
(ア)  原告は,パーキンソン病の分野において,健常動物での試験結果が,患者や適切な疾患モデル動物での試験結果と異なるとしても,健常動物に対して薬物を投与して何らかの薬理作用が確認されたのであれば,その薬理作用から治療可能な疾患への治療薬としての評価を行おうとの動機付けが生じる旨主張する。
しかし,前記ウ(ア)のとおり,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。
また,ゾニサミドの投与による線条体ドパミン量の挙動を健常動物に対する実験により確認した引用例1及び甲3文献は,抗てんかん薬であるゾニサミドの作用機序解明を目的とするものである。引用例1及び甲3文献は,ゾニサミドの薬理作用を解明することで,てんかん以外の疾患についても,ゾニサミドが治療薬として用いることができるか否かについて評価を行おうとするものではなく,これに関する示唆もない。
したがって,当業者は,引用例1及び甲3文献から,ゾニサミドの健常動物に対するドパミン増加作用やMAO-B阻害作用を理解したとしても,そのことのみでは,パーキンソン病に対するゾニサミドの評価を行おうとの動機付けは生じないというべきである。

(イ)  原告は,線条体ドパミン量を増加させる薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できる,MAO-B阻害作用を有する薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できるという,技術常識B及びCが確立していた旨主張する。
しかし,パーキンソン病の治療において,線条体ドパミン量をどの程度増加させればその症状を改善できるか,また,MAO-B活性をどの程度阻害させればその症状を改善できるかについて,これを裏付けるような証拠はない。46及び8には,線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用とパーキンソン病の治療との関係について,一般的な記載があるにとどまり,これらの記載から,当業者が,少しでもこれらの作用を有する薬物であれば,パーキンソン病に対する治療効果が奏せられると理解できるものではない。

そして,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパと同程度の線条体ドパミン量の増加作用を有することを認めるに足りる証拠はなく,本件優先日当時,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるセレルギンと比較してMAO-B阻害作用が顕著に劣ることは明らかであったものである。
したがって,原告主張に係る技術常識B及びCは認めることができず,また,当業者は,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパやセレルギンと同様の機序から,ゾニサミドがパーキンソン病の症状を改善できると考え,これをパーキンソン病治療薬として使用することを動機付けられるものとはいえない。

(ウ)  原告は,甲13に基づき,当業者に及ばない村田博士であっても,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられている旨主張する。
しかし,村田博士ら作成に係る報告書(甲13)は,ゾニサミドがパーキンソン病に対して有効な作用を示したことを前提に,引用例記載の実験結果を引用して,その作用機序を考察しているにすぎない。同報告書は,村田博士が,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられたことを示すものではないことは明らかであり,原告の前記主張は失当というほかない。

(エ)  原告は,本件明細書の実施例は,各種てんかん薬のMAO-B阻害作用の相違を考慮してしないから実験系に不備があり,同実施例の実験結果に基づいて,ゾニサミドがその他のてんかん薬と比較して顕著な効果を有するとはいえない旨主張する。
しかし,そもそも,ゾニサミドの治療対象をパーキンソン病等の神経変性疾患とすることを動機付けられないのであるから,ゾニサミドのパーキンソン病治療に対する効果について,その他のてんかん薬と比較して顕著なものを求める原告の主張は失当である。

そして,MPTP投与によるドパミン枯渇マウスがパーキンソン病の疾患モデル動物として適当であることは当事者間に争いがないところ,本件明細書の試験例2には,かかるマウスに対し,ゾニサミドを投与すれば,溶媒を投与する場合と比較して,線条体のドパミン含有量の減少を抑制できたことが示されている。したがって,本件明細書には,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬としての用途を有することが示されているというべきである。

(オ)  原告は,被告は審判段階で技術常識Bや技術常識Cを否定していなかったから,これを争うことは許されないなどと主張し,また,被告がドパミン増加作用を有するハロペリドールがパーキンソン病の患者に対して禁忌であったことを主張することは,審理範囲を逸脱するなどと主張する。
しかし,被告は,審判段階で技術常識B及びCを認めていたものではない(甲58)。また,審決が判断した本件発明の進歩性について,引用発明から本件発明1に至る動機付けがないことを基礎付ける事実を新たに主張することは,審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものとはいえない。原告の上記主張は採用し得ない。

  小括
以上によれば,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく,本件発明1は,引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,というべきである。
よって,取消事由1は理由がない。
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最後の方に「溶媒を投与する場合と比較して」と記載されていますが、この判決の流れを考えると、こっちの比較は溶媒でいいのでしょうか。
実施可能要件/サポート要件違反も検討の余地があるかもしれませんね。(試験例2のデータは検討していません。)


■AI翻訳システムのトライアルをしてみました。


先週、とあるAI翻訳システムを事務所に導入するかを検討するために、1週間無料トライアルをしました。
翻訳する物は、主に「外内出願の明細書(英語等→日本語)」と「内外出願の明細書(日本語→英語等)」です。

AI翻訳システムに興味のあるメンバーとたまにチャットで意見交換しながら、果たして高い費用(結構高い)を払って事務所に導入する意味があるかを検討しました。
明細書の翻訳は私のメイン業務ではないのですが、システムに興味があったのと、今月はたまたま少し翻訳やっていたので、ちょうどよかったなという感じです。

で、やってみた感想ですが、今自分でやってる翻訳方法(自作マクロ)の方が効率良く翻訳できそうだなというのが率直なところでした。
自作マクロは細かなとこまで自分用にカスタマイズできるので、使い勝手がいいんですよね。

大量の文章の訳文案を一気に一文毎に対比させた状態で表示してくれるところ(但し時間はかかる)は、AI翻訳システムの良かったところでした。といっても、これはAIである必要はないのですが。(追記:検討したところ、google翻訳+Excelマクロでできたのでこのメリットは小さくなりました。)

文が短い場合は、かなり精度良く翻訳できました。ただ、長くなるとやはりおかしくなっていきます。
Google翻訳と比較してみましたが、短文はほぼ同じで、長文も大きな差は見られませんでした(辞書登録をちゃんとやるか、AIが学習して向上する余地はあるのかもしれません)。

もう少し細かなところが改善されれば、おそらく今自分でやってる翻訳方法(自作マクロ)よりも効率よくできそうなポテンシャルはありました。
(もしかしたら、このシステムと自作マクロを組み合わせて使えば効率が上がる方法もあるかもしれませんが、そこまで検証してる時間はありませんでした。)

事務所の他のメンバーは、事務所から提供されたマクロをたぶん使ってるのですが、チャットを見た感じでは、導入に積極的な感じはありませんでした。

いずれにしろ、今のAI翻訳システムを試せたのは良い体験になりました^^

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■リサイクリング抗体特許の維持審決が取り消された事例


<判決紹介>
・平成30年(行ケ)第10043 審決取消請求事件
・令和元年626日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3 鶴岡稔彦 山門優 高橋彩
・原告:アレクシオン  ファーマシューティカルズ,インコーポレイテッド
・被告:中外製薬株式会社
・特許4954326
・発明の名称:複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子


■コメント
中外製薬のリサイクリング抗体に関する特許の維持審決の審決取消訴訟をご紹介します。
これまでの経緯は以下の通りです。

2012/03/23:特許登録
2016/12/19:無効審判請求
2017/11/22:維持審決
2018/03/29:訴訟提起
2019/06/26:判決 ← いまココ


この特許に関しては、別途、アレクシオンの抗C5抗体(ラブリズマブ)に対して、中外製薬が侵害訴訟を提起しています。

・(ニュースリリース)当社抗体改変技術に関する日本における特許権侵害訴訟の提起について
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20181205150000_788.html


請求項1は以下の通りです。抗体のアミノ酸がHisで置換/挿入されていることに特徴があります。抗原の限定がない広い請求項です。置換/挿入の数・位置も広い範囲を含みます。

【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。


争点は、実施可能要件/サポート要件、拡大先願、進歩性、明確性です。
裁判所は実施可能要件のみ判断しました。

裁判所の判断は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5 当裁判所の判断
・・・

取消事由2(無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)についての判断の誤り)について
事案に鑑み,まず,取消事由2について判断する。
1  実施可能要件について
  特許法3641号は,発明の詳細な説明の記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないことを規定するものであり,同号の要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
  本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲には,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬組成物が含まれることになる。
そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このような本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解される。

2  本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
  【発明を実施するための形態】の記載
(ア)  本件明細書の【0029】には,抗原結合分子のpH5.8における抗原結合活性をpH7.4における抗原結合活性より弱くする方法(pH依存的な結合能を付与する方法)について,①  ヒスチジン置換又は挿入が行われる位置は特に限定されないこと,②  その位置としては,抗原結合分子が抗体の場合には抗体の可変領域などを挙げることができること,③  ヒスチジン置換又は挿入が行われる数は当業者が適宜決定することができること,④  ヒスチジン変異以外の変異(ヒスチジン以外のアミノ酸への変異)を同時に導入してもよいこと,⑤  ヒスチジン置換及び挿入を同時に行ってもよいことなどが記載されている。さらに,ヒスチジン置換又は挿入は当業者に公知のアラニンスキャニングのアラニンをヒスチジンに置き換えたヒスチジンスキャニングなどの方法によりランダムに行ってもよく,ヒスチジン置換又は挿入がランダムに導入された抗原結合分子ライブラリーの中から,置換前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗原結合分子を選択してもよいことが記載されている。
そして,ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】~【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせてヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙げることができることなどが記載されている。
(イ)  しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。

  【実施例】の記載
(ア)  実施例に記載された抗体のうちの,H3pI/L73に関する【0285】の記載,CLH5/L73に関する【0287】~【0291】,【0294】,【0305】,【0307】の記載,H170/L82に関する【0308】の記載,H170/L82-IgG1に関する【0308,0391】の記載,Fv4-IgG1に関する【0335,0336】,【0391】の記載によれば,本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体」,すなわち,ヒスチジン置換又は挿入がされたことを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体に関し,ヒスチジン置換又は挿入位置の特定方法が示されているのは,実施例2及び実施例3の方法であることがいえる。

(イ)  実施例2について
実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法が記載されている(【0285】)。
しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提となる技術である(当事者間に争いがない。)。
そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法については,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に常に利用できるとは限らないものである。
よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用できるものではない。

(ウ)  実施例3について
実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製する方法が記載されている(【0288】~【0290】)。この方法は,上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可能であるということができる。
しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【0289】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もない。
したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に適用できるものではない。

  以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

3  被告の主張について
  被告は,【0029】及び【0116】を含む本件明細書の記載並びに技術常識からすれば,当業者は,①ヒスチジンの置換箇所を特定するために,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換した抗体を作製し,そのKD値を測定して置換位置を特定する試験(以下「前半の試験」という。),及び②上記①により所望のpH依存性を示す(有望であることないしpH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)場合に血中動態の試験(以下「後半の試験」という。)を行うことにより,本件発明1を実施することができると主張する(被告主張ヒスチジンスキャニング)。

そこで検討するに,本件明細書の【0029】にはアラニンスキャニングに関する記載があり,本件出願日当時,アミノ酸配列の各残基を1つずつアラニンに置換して各残基の役割を解析する手法としてアラニンスキャニングは技術常識であったと認められる(乙1923)。したがって,本件明細書に接した当業者は技術常識に基づき,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換をした抗体を作製することは可能であるということができる。
被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張しているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施することができるのかが明らかではない。
このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによって,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

  仮に,被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験におけるヒスチジン置換位置の特定について,①本件明細書の【0029】に記載された「変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,②特許請求の範囲に記載された「所定のpH依存的結合特性を有する」箇所を意味すると理解するとしても,次のとおり,このような被告主張ヒスチジンスキャニングにより本件発明1に係る医薬組成物全体を実施できるとはいえない。

(ア)  本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする」「抗体」は,複数のヒスチジン置換がされた抗体を含むものであるところ,被告は,複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒスチジン置換位置の特定については,前半の試験により特定された単独のヒスチジン置換位置を組み合わせれば足りると主張する。

(イ)  そこで,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法により,本件発明1の複数のヒスチジン置換がされた抗体における,ヒスチジン置換位置を常に特定することができるかを検討する。
本件明細書には,本件発明1の,複数のヒスチジン置換がされたことを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体におけるヒスチジン置換箇所について,必ず被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験により特定できることを示す記載は見当たらない。また,このことについての本件出願日当時の技術常識を示す的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に,複数のヒスチジン置換がされた場合について実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

なお,本件出願日後の文献ではあるが,甲43の複数のヒスチジン置換がされた抗C5抗体に関する記載(甲43[0276][0281][0282]Table.3)も上記判断を裏付けるものといえる。 a  すなわち,参照抗体について,重鎖のE62D66S104,軽鎖のN28I29又はA55のいずれか1か所についてヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は参照抗体の値(2.6)を下回るが,これらのいずれか1か所に重鎖F100及び軽鎖S26を加えた3か所についてヒスチジン置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は,6.7319.4であることが記載されている。
また,参照抗体について重鎖N63又は軽鎖A51のヒスチジン置換を単独で行った場合のKDpH5.5/KDpH7.4)はそれぞれ1.83及び1.8であり,2よりも小さい値である。これに対し,参照抗体について,上記重鎖N63に加えて重鎖F100及び軽鎖S263か所をヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は10.03であり,上記軽鎖A51に加えて重鎖F100及び軽鎖S263か所をヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は4.02であることも記載されている。

b  これによれば,本件発明1に含まれる複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒスチジン置換箇所には,①単独のヒスチジン置換によればKDpH5.8/KDpH7.4)の値が置換前の抗体の値を下回る箇所や,②単独のヒスチジン置換によっては所定のpH依存的結合特性を有しない箇所が含まれる場合があることが推測される(なお,上記(a)の記載はKDpH5.5/KDpH7.4)に関するものではあるが,これは本件発明1におけるKDpH5.8/KDpH7.4)の値よりやや高くなる可能性があるものであり,上記のとおり推測することが可能であるものと解される(乙34及び弁論の全趣旨))。
そして,上記①や②の箇所は,前半の試験におけるヒスチジン置換位置の特定の基準(①「変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,②「所定のpH依存的結合特性を有する」箇所)には当てはまらないから,前半の試験によってヒスチジン置換位置として特定されることはない。
したがって,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法によっては,これらの箇所の置換を含む抗体が含まれた本件発明1に係る医薬組成物を実施することができない。

c  43の信用性に関し,被告は,参照抗体においてはKDpH5.5/KDpH7.4)を低下させ,かつ,重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体ではKDpH5.5/KDpH7.4)を増加させる例は軽鎖のN28H及びI29Hのみであるなどと主張するが,上記(a)のとおり,同様の置換位置は他に複数存在する。
また,被告は,置換によりKDpH5.5/KDpH7.4)が低下する度合いは誤差範囲であるとも主張するが,上記(a)のとおり,参照抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は2.6であるのに対し,軽鎖A51Hや重鎖F100HKDpH5.5/KDpH7.4)は約1.8であり,これをもって誤差範囲といえるかは疑問である。

  被告は,複数のヒスチジン置換又は挿入が導入された抗体について,大半の場合単独の置換又は挿入の影響は相加的であるから,被告主張ヒスチジンスキャニングによって有望であることが判明した個々の置換又は挿入の組み合わせについてKDpH5.8/KDpH7.4)の値を改めて検証する必要はないと主張する。
しかし,複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体について,単独の置換又は挿入の影響が相加的である場合が多いとしても,被告主張ヒスチジンスキャニングによって複数のヒスチジン置換位置を常に特定できるといえないのは上記イに説示したとおりであるから,被告の主張は上記(2)の判断を左右するものではない。

  被告は,ライブラリー(【0183】,【0191】,【0192】)や立体構造モデル(実施例2)の利用についても言及するが,ヒスチジン置換位置を特定する情報が不足していることには変わりがないから,上記(2)の判断を左右するものではない。

4  以上によれば,本件発明1は実施可能要件に適合しないものである。そして,本件発明26は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,本件発明26の実施可能要件適合性についても,上記に説示したところが当てはまる。よって,本件発明は実施可能要件に適合しない。

以上のとおり,本件発明は無効理由1によって無効とされるべきところ,これを否定した本件審決の判断には誤りがあるから,取消事由2には理由があり,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきことになる。
よって,主文のとおり判決する。
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「情報が不足しており」というところと「置換位置を常に特定できるといえない」というところの理由付けは少し気になりました。
とはいっても、請求項1はかなり広い範囲を含むので、審決取り消しの結論には納得感があります。

あと、出願日後の文献が考慮されたという点でも特徴的な判決でした。

特許公報の実施例をみたところ、抗原は3種類(IL-6レセプター、IL-6IL-31レセプター)が試されていました。

なお、審決では以下のように判断されていました。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
e
 上記dで述べた事項を踏まえると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件特許発明1に係る抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による所定のpH依存的結合特性の獲得と、それによる血漿中半減期の延長といったメカニズムを理解し、また、当該ヒスチジン変異の導入を含む、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体の取得方法として、ヒスチジンscanningや立体構造モデリング、抗体ライブラリーからのスクリーニング等の手段があることを理解するのに十分なものといえ、更にそのような理解が技術的に正しく、それらの手段によって、可変領域へヒスチジン変異を導入し、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体を実際に取得できることを実施例によって、十分に裏付けているものといえる。
 また、IL-6レセプター中和抗体のように医薬組成物の有効成分となる抗体は多数周知であるから、そのような抗体に所定のpH依存的結合特性及び延長された血漿中半減期といった特性を付与した抗体を医薬組成物とし得ることは当業者に明らかである。
 してみると、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件特許発明1に係る抗体を含む医薬組成物を製造し、使用することができるものといえる。
 したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている。

f
 (a) なお、請求人は、本件特許明細書の実施例18において、pH依存的結合特性を示す抗体が、pH依存的結合特性を示さない抗体に対して、延長された血漿中半減期を有することが示されていないことを挙げて(審判請求書第8頁第22行~第9頁第22行)、これを実施可能要件違反に係る主張の根拠の一つとしているが、実施例18は、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性を有する抗体による血漿中抗原消失能を調べることを目的として、抗体が抗原に対して過剰である条件で行われた試験であって、当該抗体の血漿中半減期の延長を調べるために適切な条件で行われたものではないから、実施例18において血漿中半減期の延長が示されていないとしても、そのことによって、本願特許発明1についての実施可能要件が満たされていないとはいえない。

b) また、請求人は、「抗原の非存在下では、pH依存的結合特性により、どのように抗体の血漿中半減期が延長されるのかが明らかではない」旨主張するが(同第8頁第2021行)、上記12)ア(イ)cで説示したとおり、本件特許発明1は、標的とする抗原を有する対象に投与することを前提とするものであるから、「抗原の非存在下」を前提とする請求人の主張は当を得ない。

c) また、請求人は、本件特許明細書は、抗体可変領域へヒスチジン残基を挿入した変異の例を何ら記載しておらず(審判請求書第11頁第1416行)、「タンパク質に残基を挿入することにより、適切なタンパク質のフォールディングおよび生物学的機能は失われる」(同第21頁第37行)旨主張するが、上記本件摘示6のとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジン残基の挿入が、ヒスチジン残基による置換と同様に、候補となる抗体変異体の作成時に行われ、その中から所望の性質を示す抗体を選択・取得することが記載されており、また、ヒスチジン残基の挿入が、ヒスチジン残基による置換と同様に、血漿中とエンドソーム内とのpH変化に応答する抗体の物理的・化学的性質、更には抗原との結合性に影響を与え得ることは本件摘示12などの記載から当業者が十分理解し得るから、ヒスチジン残基の挿入により本件特許発明1に係る抗体を取得し得ることは、発明の詳細な説明から合理的に理解できるものである。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

d) また、請求人は「本件特許明細書は、任意に選ばれた抗原に対して「血漿中半減期が長くなった抗体」を取得するための方法を教示していない」(審判請求書第11頁第2223行)、「本件特許明細書は、任意に選ばれた抗原に対して「pH依存的結合特性を有する抗体」を取得するための方法を開示していない」(審判請求書第21頁第1213行)などと主張するが、本件特許発明1に係る抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じた血漿中半減期の延長が、ヒスチジンが有するpH応答性、抗体の可変領域中におけるヒスチジンの荷電状態の違いによる抗原-抗体結合の変化、及び、エンドソーム内と血漿中のpHの差異によるものであることからすれば、それらが特定の抗体に限られず、様々な抗体において広く成立し得ることは、当業者が合理的に推認できることである。
 なお、個々の抗原上のエピトープと抗体との組合せの中には、請求人が甲13を挙げて主張するように(上記甲13-ア及び甲13-イ)、所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を達成することが難しいものが一部に存在するかもしれない。
 しかしながら、たとえ、可変領域にヒスチジン変異を導入しても所定のpH依存的結合特性と延長された血漿中半減期を有する抗体を得ることが難しい場合が一部にあり得るとしても、上記のヒスチジン変異の導入による、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じた血漿中半減期の延長が様々な抗体において広く成立し得ることが合理的に推認できる以上、例外なく、ありとあらゆる抗体において所定のpH依存的結合特性と延長された血漿中半減期を有する抗体が取得されなければ、本件特許発明1についての実施可能要件が満たされないとするのは相当でない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

e) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入の対象となる抗体のレパートリーが非常に大多数であり、更に、対象となる抗体の可変領域中のヒスチジン変異が導入される位置やその組み合わせが膨大な数であるから、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を示す抗体を取得するには過度な実験を要する(審判請求書第12頁第13行~第1323行及び第14頁第23行~第25頁第14行)旨主張する。
 しかしながら、本件特許発明1は医薬組成物に係るものであるから、本件特許発明1に係るヒスチジン変異の導入の対象は医薬組成物に用いられる抗体に限られており、請求人が主張するような非常に大多数の抗体ではない。
 また、上記c及びdで説示したとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジンscanningによりヒスチジン変異が導入された抗体ライブラリーの中から変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗体を選択する方法や、立体構造モデルを用いてヒスチジンの導入により抗原とのpH依存的結合を導入できると考えられるアミノ酸残基を選択する方法を用いて、所定のpH依存的結合特性を有する抗体を取得できることが記載されており、実際にそれらの方法を用いて、ヒスチジンの置換の位置の決定や、pH依存的結合特性を有し、血漿中半減期が延長された抗体の選択(スクリーニング)を行えたことも記載されている(特に、本件摘示12131520)から、たとえヒスチジン導入の対象となる抗体の可変領域中のアミノ酸残基の位置やその組合せが多数であるとしても、当業者は発明の詳細な説明に記載された上記の方法、すなわち、ヒスチジンscanning等の方法によって可変領域にヒスチジンが導入された抗体の中から、所定のpH依存的結合特性を満たすものについて、血漿中半減期が長くなったものを選択する作業を繰り返して行えば、本件特許発明1に係る抗体を取得できるのであるから、本件特許発明1が実施可能要件違反となるものではない。なお、本件特許の出願日後に公知となった例ではあるが、前記甲35には、可変領域のCDRにヒスチジン置換を導入することにより、pH依存的結合特性を獲得した変異体を実際に取得できたことが記載されており(上記甲3-ア~甲5-エ)、これは上記判断と整合するものである。
 よって、当該抗体の取得に過度な実験を要するという請求人の主張は採用できない。

f) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入箇所の選択に立体構造モデルを用いることに関し、抗体の中で立体構造が解明されたのはごく一部であり、ほとんどの抗体に立体構造モデリングを適用することはできない(審判請求書第24頁第1314行)旨主張するが、立体構造モデリングは本件特許発明1に係る抗体を取得するために利用できる手法の一つに過ぎないから、立体構造モデリングを適用できない抗体が存在するからといって、本件特許発明1が実施可能要件に違反するとは到底いえない。
 更に、請求人は甲12に基づき、任意の抗体におけるヒスチジン変異の導入によるpH依存的結合特性の獲得が困難であることを縷々主張するが、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が本件特許発明1に係る抗体を含む医薬組成物を製造し、使用することができることは上述のとおりであるから、それらの主張は採用できない。
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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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