■(炭酸ランタン4水和物特許の審決取消訴訟)審決と判決で技術常識又は周知技術の認定が異なった結果、動機づけありと判断された事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10171 審決取消請求事件
・平成30919日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 山門優 筈井卓矢
・原告:沢井製薬株式会社
・被告:シャイア インターナショナル ライセンシング ベー.ブイ.
・特許3224544
・発明の名称:選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物


■コメント
ジェネリック vs 新薬の審決取消訴訟を紹介します。
沢井製薬が請求した無効審判において、201787日に維持審決が出ていました。
今回裁判所は、進歩性に関する審決の判断に誤りがあるとし、審決を取り消しました。


先発品はホスレノール チュアブル錠、顆粒分包、OD錠(炭酸ランタン水和物)です。

本件特許の請求項1は以下の通りです。

「【請求項1
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La
COxHO
{式中,xは,36の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。」


先発品の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。

一方で、2018615日に沢井製薬の後発品「炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」、500mg「サワイ」」が薬価収載され、発売されています。
沢井製薬の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。
先発品と同じです。水和水の数は本件特許の36に含まれています。

沢井製薬は無効審判で特許が維持されている状況で後発品を発売したことになります。

なお、東和薬品、陽進堂、扶桑薬品も同日に後発品を発売したようです。但し、この3社の製品は「x = 8」のため、本件特許の技術的範囲に含まれません。
東和薬品は「x = 8」に関連する特許6225270を持ってたりします。この特許には異議申立がされていて、「90%積算径(D90)70μm以下」という限定部分に進歩性があると判断され、2018年87日に維持が確定しました。


さて、本件訴訟に戻ります。
本件特許発明と甲1発明との一致点・相違点は、以下の通りです。

「イ  本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1
本件発明1では,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンについて,x36の値を持つことが特定されているのに対し,甲1発明ではx1である点。
(相違点2
本件発明1では,炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し,甲1発明では,希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。」


1に「x = 1」が記載されており、それを「x = 36」とすることが容易に想到できるかが争点になっています。
審決によると、審判段階で原告は、9基づいて、水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機付けがあることを主張していました。以下にその抜粋を記載します。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 証拠の記載事項
・・・
9)甲第9号証
(記載事項 甲9-1
「結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には、その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として扱われる場合が多い。また、水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合、通常の場合と同様、その物理化学特性の違いを的確に把握しておく必要があるが、それに加えて吸湿、脱水といった現象、およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄41行~右欄7行)
・・・

15)甲第15号証
(記載事項 甲15-1
「たんさんランタン 炭酸-(中略)
 製法 ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え、生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ、室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)
・・・

3
 無効理由3(進歩性)について
 
1)請求人が主張する無効理由3(進歩性)の論旨は、概略、以下のア~スのとおりである。
・・・
ウ 炭酸ランタン水和物には結晶水が含まれる一方(記載事項 甲8-1)、水和物は広い意味での結晶多形として扱われていたから(記載事項 甲9-1)、炭酸ランタン水和物も結晶水を有する多形の一種であることが知られていたといえる。

 また、結晶多形に関しては,「熱力学的に多形は別の相として考えられ,各多形はそれぞれの融点や溶解度をもつ」ことが知られており(記載事項 甲10-2),「医薬品に多形が存在する場合,結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい,その結果,安定性や生物学的利用率(bioacailability)などに影響を与えることが知られて」いたことから,本件特許発明の優先日前においても,「多形に関する検討が多く行われてい」た(記載事項 甲11-1、甲11-2)。そして,リン吸着剤でも結晶構造の違いによりリン吸着効果が異なることも知られていた(記載事項 甲4-4)。
 加えて,甲1に記載された発明においては,リン酸の効率的な除去が課題とされていたことからすると,当業者にとっては,水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機づけがある。
 したがって,結晶多形を有する炭酸ランタン水和物において,水和物の値を変えることで,その結晶形を変え,薬効に変化をもたらすことを検討することは,本件特許発明の優先日前に既に技術常識であり,当業者であれば当然のことであった。
 
 そして、炭酸ランタン3水和物(記載事項 甲12-1)、5水和物(記載事項 甲13-1)、6水和物(記載事項 甲14-1)は、本件特許の優先日前に公知であって、その製造方法についても,当業者にとって極めて容易であったから(記載事項 甲15-1)、炭酸ランタン水和物の中から、36の水和物を限定することは、水和物の範囲の最適化又は好適化を行ったものにすぎず、当業者の通常の創作能力の発揮であって、設計的事項にすぎないものであるか、あるいは、甲1発明に技術常識を適用することによって、当業者において容易に想到し得たものでしかない。(審判請求書3639頁)」
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これに対して審判官は、以下の通り、原告の主張は妥当性を欠くと判断しました。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
ウ 相違点についての判断
(ア)まず、相違点1について検討する。
(イ)甲1には、甲1発明の炭酸ランタン1水和物を36水和物に置換することや、それを示唆するような記載は見あたらない。
(ウ)他方、(1)ウで説示したとおり、請求人は、甲1発明において、水和水の数が異なる炭酸ランタンを用いる動機づけがあると主張している。

 以下、当該請求人の主張について検討する。

 甲9には水和物について「広い意味での多形」であると示されているのに対し(記載事項 甲9-1)、甲10には「多形とは同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり、別の結晶形を示す現象またはその現象を示すものをいう。」と記載され(記載事項 甲10-1)、甲11にも検討の対象とされた結晶多形間に化学組成の違いがないことが示されている(記載事項 甲11-3)。そして、水和水の数が異なる水和物は、お互いに化学組成が異なるといえるから、甲9でいうところの「広い意味での多形」には含まれるが、甲10および甲11でいうところの「多形」には含まれないといえる。

 そうすると、甲1011に、熱力学的に多形は別の相として考えられ、それぞれの融点や溶解度をもつこと(記載事項 甲10-2)や、医薬品に多形が存在する場合、結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい、安定性や生物学的利用率どに影響を与えるため、多形に関する検討が多く行われていたこと(記載事項 甲11-1、甲11-2)がそれぞれ記載されているとしても、これらの記載に接した当業者が、炭酸ランタン水和物における水和水の数の違いを甲1011でいうところの「多形」としてとらえ、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。

 また、記載事項 甲4-4には、炭酸カルシウムのリン酸吸着効果の差異について、電子顕微鏡により観察された結晶粒子構造の違いよって、リン酸吸着効果に差が生じていることが示唆されているものの、甲4には結晶形の解析に必要なX線回折の測定結果や、炭酸カルシウムの水和物の違いについての記載がないから、甲4は結晶形の違いや水和水の数の違いがリン酸吸着効果に及ぼす影響を示すものとはいえない。そうすると、甲4の記載に接した当業者は、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の数の違いがリン酸除去能に影響を及ぼすとは認識できない。

 したがって、上記主張は妥当性を欠くから採用できない。

(エ)そして、甲1発明において、水和水の数が違う炭酸ランタンを用いる他の動機付けも見出せないから、相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
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一方で今回裁判所は、9に基づいて、水和物を最適なものを調製することは技術常識又は周知であったとして、「x = 36」とすることに動機付けがあり、審決の判断は誤りと判断しました。以下に判決の抜粋を記載します。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
・・・
  本件出願の優先日当時の技術常識及び周知技術について
  各文献の記載事項について

(ア)甲9
 
9(「溶媒和物,非晶質固体と医薬品製剤」粉体工学会誌222号・昭和60年発行)には,次のような記載がある。
a
3.水和物
 
結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には,その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として取扱われる場合が多い。また,水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合,通常の場合と同様,その物理化学的特性の違いを的確に把握しておく必要があるが,それに加えて吸湿,脱水といった現象,およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄40行~右欄7行)

b
3.1  製剤化にあたっての問題点
 
水和物では,結晶水が製剤工程での品質管理あるいはでき上がった製剤の諸特性に影響を与えることが多く,予備処方設計の段階でその性質を明確に把握しておくことが重要である。
  生物学的利用率
 
経口剤の生物学的利用率には溶解度,溶解速度が大きな影響を与える。Shefterらは水和物の溶解速度は理論的に結晶水の数の増加と共に減少することを述べているが,それ以外に濡れ易さ,凝集性,表面積など粉体としての物理的性質の影響が大きい場合もあり,エリスロマイシン2水和物は1水和物及び無水和物よりも高い溶解度を示す。テトラサイクリンでは3水和物よりも2水和物の方が高い生物学的利用率を示した(図1)。アンピシリンでは無水物と3水和物間に吸収性に差があるとの報告と両者間に差がないとする報告がある。その他フルプレドニソロンのin vivoおよびin vitroでの溶出速度はα―1水和物とβ-1水和物間でも差が認められたなど数多く報告されている。

  化学的安定性
 
医薬品の製剤化にあたり結晶形を選択する場合には前項に述べたような生物学的に有利なこととともに,それを製剤とした場合,化学的にも,また物理的にも安定であることが好ましい。この意味で水和物も含めて多形間の安定性の相違については充分な検討が必要である。
 
筆者らはシアニダノールには7種の結晶多形,水和物が存在し,通常保存される条件ではⅡ形1水和物が最も安定な結晶形であることを見い出した。図2はこれら多形,水和物の光に対する安定性を示したものであるが,Ⅱ形1水和物が最も安定であった。また保存湿度の影響を検討した結果,高湿度保存により光に不安定なⅠ形4水和物に転移するⅡ形無水物,Ⅳ形無水物,Ⅰ形1水和物は不安定であった・・・

  物理的安定性
 
結晶水は製剤自体の物性にも大きな影響を与える場合が多い。筆者らの実験によると塩化ベルベリン4水和物と2水和物を含む錠剤の崩壊挙動を比較検討したところ,4水和物錠が比較的速やかに崩壊するのに対し,2水和物錠は著しく崩壊性が劣っていた。…これは2水和物が水中で4水和物に転移するとき,結晶表面に4水和物の結晶が成長し,これが粒子間に網状構造を形成し粒子間結合を生じるため,錠剤内への水の浸透が遅くなると共に水中での粒子の分散性が悪くなり,崩壊,溶出の遅れが生ずるものと考えられた。」(86頁右欄22行~88頁右欄11行)

(イ)甲15
15(「化学大辞典5,縮刷版」19631115日第1刷発行)には,次のような記載がある。
 
「たんさんランタン  炭酸-
 
一,三,八水塩の3種類が知られており,ランタナイトは八水塩に相当する。製法  ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え,生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ,室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)

(ウ)甲40
 
40Rajendra K.KhankariDavid J.W.GrantPharmaceutical hydratesThermochimica Acta 248 平成71月発行)には,次のような記載がある。
・・・


  水和物として存在する医薬に係る技術常識又は周知技術
 
前記アの記載事項を総合すると,本件出願の優先日(平成7325日)当時,①乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得ることができること,②水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは,技術常識又は周知であったものと認められる。

  相違点1の容易想到性の有無について
  1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として,「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。

 
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。

 
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。
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被告の主張に対しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
  これに対し被告は,①甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが生じることについての記載も示唆もないし,また,本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更すると,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常識又は周知技術は存在しない,②甲1に接した当業者は,水和水の数を変更することに着目することはなく,むしろ,甲1に列挙された各種の有機酸を含む希土類元素の有機酸化合物を調製するか,あるいはアルカリ金属やアルカリ土類金属を含有する複塩を調製し,リン酸イオン除去率を調べるはずである,③甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について,問題となる点が何ら記載されておらず,完結した発明として記載されているから,この実施例を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物で充分と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなどとは考えなかったはずである,④炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しないから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討を試みる動機付けはないなどとして,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成に置換する動機付けはないから,相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない旨主張する。

 
しかしながら,上記①ないし③の点については,前記⑶イのとおり,水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することが,本件出願の優先日当時,技術常識又は周知であったことに照らすと,1自体には,水和水の数の違いによりリン酸イオン除去率に違いが生じることや炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について問題点の記載がないからといって,甲1に接した当業者において,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。また,リン酸(リン酸イオン)の固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものであるところ(前記(2)ア(エ)の甲1記載事項),上記のとおり,水和物として存在する医薬については,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度及び溶解速度に影響を及ぼし得るのであるから,溶解度又は溶解速度の向上によりランタンイオンの溶存濃度を高め,ひいてはリン酸(リン酸イオン)の固定化反応の促進(リン酸結合能力)に影響を及ぼし得ることは自明である。

 
次に,上記④の点については,仮に被告が主張するように炭酸ランタン水和物は水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,上記のとおり,リン酸イオンの固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものである以上,炭酸ランタン水和物が水又は有機溶媒に全く溶解しないものとはいえないこと,溶解度が低い水和物についても,無水物や水和水の数が異なる化合物の調製の検討が行われていること(例えば,甲9では,「水に極めて溶けにくい」エリスロマイシン(甲54)について,1水和物,2水和物及び無水物の比較検討をしている。)(前記(3)ア(ア)bの「(1)」)に照らすと,炭酸ランタン水和物においても,水和水の数の違いが溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得るものといえるから,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
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顕著な効果に関しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5  本件発明1の顕著な効果の存否について
  原告は,本件審決が,本件明細書の発明の詳細な説明には,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物のうち,x2.28.8の範囲の水和物が,x1.3の水和物に比べて高いリン酸除去能を有していることが開示されており,当該開示は本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって甲1発明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえること,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物において,xの値がリン酸除去能に影響を与えることは,本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有する旨判断したのは誤りである旨主張する。

(ア)  本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたこと(前記(4)ア)を前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。

(イ) そこで検討するに,本件明細書には,pH3に調整したリン酸塩を含有する保存溶液に水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物のサンプルを添加して0.5分から10分間の時間間隔でリン酸塩結合能力(リン酸塩除去率)を測定する試験を行った結果,5分の時点でのリン酸塩除去率が,1(別紙1)のとおり,炭酸ランタン8.8水和物(「サンプル1」)が70.5%,炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」)が39.9%,炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)が96.5%,炭酸ランタン2.2水和物(「サンプル4」)が76.3%,炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)が100であったことが記載されている。この記載は,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」),炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)の5分の時点でのリン酸塩除去率が,96.5%又は100%であり,本件発明1に含まれない他の炭酸ランタン水和物(「サンプル124」)のリン酸塩除去率と比べて高いことを示すものである。

 
一方で,甲1には,「実施例11」において,炭酸ランタン1水塩[LaCOHO]をリン酸イオン濃度2.76mM/ℓの溶液に0.6g/ℓの割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて,該水溶液のpH7に保ちながら,室温で2時間攪拌した後,液中のリン酸イオンの除去率を測定した実験(「リン酸イオン固定化除去実験」)の結果,リン酸イオン除去率は90%であったことが記載されている。この記載は,pH7に調整した水溶液における攪拌後2時間の時点での甲1発明の炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率が90%であることを示すものである。

 
まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。

 
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが,甲1には,「生体内中,特に消化器系における体液のpHは,酸性である胃液中のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲にあるので,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載があること(前記⑵ア(エ))に照らすと,甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。

 
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。


これに対し被告は,①甲1には,炭酸ランタン1水和物について,pH7の環境下においてのみリン酸イオン除去率が試験されており,pH3の環境下におけるリン酸イオン除去率についての言及はないこと,②甲1記載の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いことが記載されていること,③甲1記載の実施例には,ランタンは,セリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムよりもリン酸イオン除去率が低かったことを示していることからすると,炭酸ランタン3ないし6水和物(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることで,pH3の環境下で5分後という比較的早期に優れたリン酸塩除去率を示したことは,本件出願の優先日当時甲1発明から到底予測することができないものであったから,本件発明1は,当業者が予測することのできない顕著な効果を有する旨主張する。

 
しかしながら,上記①の点については,前記ア(イ)認定のとおり,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことは,当業者が適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
次に,上記②の点については,甲1には,希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物によるリン酸イオン固定化に対する液相pHの影響について,「例えば,シュウ酸第一セリウムを用いた場合のリン酸イオン除去率の液相pHへの依存性は,図面に示すようになる。すなわち,pH5以下の強酸性領域においては,平衡は左側に傾くが,pH6以上の中性からアルカリ性領域においては,平衡はほぼ100%右側に移行し,非可逆的なリン酸イオンの固定化を行なうことが可能になる。」,「本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載(前記(2)ア(エ))があるが,シュウ酸第一セリウム10水塩を用いた場合に強酸性領域とアルカリ性領域とで平衡の傾きが異なる理由についての記載はなく,また,甲1に実施例として記載されているセリウム以外の希土類元素(イットリウム,ランタン,ネオジム,ガドリニウム,サマリウム)を用いた化合物では,pH7以外のpHの環境下における溶液のpHとリン酸イオン除去率の関係に関する実験結果の記載はないことに照らすと,甲1に接した当業者において,甲1の上記記載から直ちに,セリウム以外の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物についても,シュウ酸第一セリウム10水塩と同様に,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いものと認識するとはいえない。

 
さらに,上記③の点については,甲1記載の実施例に示された炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率がセリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムの水和物のリン酸イオン除去率よりも低いことは,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果に直接影響を及ぼすものとはいえない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
・・・

結論
 
以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。
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■トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持

 
<審決紹介>
・無効2017-800120
・審決日:2018613
・合議体:審判長 特許庁審判官 村上騎見高、審判官 蔵野雅昭、審判官 淺野美奈
・請求人:テバ・ホールディングス 株式会社
・被請求人:大日本住友製薬 株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬


コメント
ジェネリック vs 新薬の無効審判を紹介します。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、現時点で後発品はありません。

本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」


争点は進歩性で、審判官は特許を維持しました。
審決の抜粋は下記のとおりです。

前回のブログで紹介した抗体特許の審決(リンク)では、明細書に炎症疾患の薬理データがなくても先行文献から治療可能と認識できたとしてサポート要件を満たすと判断されていました。
一方でこの審決では、治療対象をパーキンソン病とすることは先行文献からは動機づけられないと判断されています。
特許を審判で無効にするのは難しいですね。

1にゾニサミドがパーキソニズムをもたらすことが記載されていた点は、審判官が動機づけを否定するために大きかったと思います。
審決取消訴訟が提起されましたので、今後知財高裁で審理されます。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4. 当合議体の判断
1. 
請求人の主張の概要
 請求人は、無効理由1に関連して概略以下の主張17をしている。
 
<主張1
 甲第1号証には、ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬に係る発明(甲1発明)が開示されている。
 また、本件発明1と甲1発明とは、ゾニサミドを有効成分とする医薬である点で一致しているが、本件発明1ではパーキンソン病などの神経変性疾患を治療対象とするのに対して、甲1発明ではてんかんを治療対象としている点で相違する。
 線条体においてドパミンの量を増加させるレボドパなどの薬物がパーキンソン病に対して有効性を発揮できること、及びパーキンソン病の治療薬として線条体におけるドパミンの量を増加させる薬物が臨床的に広く使用されていることは当業者に周知されている。
 そのような技術常識を有する当業者であれば、甲第1号証に教示されているゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有しているという事実を知れば、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである。
(審判請求書、3623行~4010行、415行~427行、4316行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書926行~1120行、1627行、2120行~2315行、2726行~2914行)

・・・
<主張5> 
 甲第1号証ないし甲第3号証には、てんかん以外の疾患においてはゾニサミドの有効性を期待できないとする制限的な記載や、てんかん以外の疾患にゾミサミドを使用すべきではないとする注意的な記載などは見当たらないから、当業者であれば、パーキンソン病に対してゾニサミドを使用してみることに直ちに動機づけられることは明らかである。
 また、進歩性の判断においては、実際の研究者が何を考えたのかを議論する必要はない。
 また、薬物の投与中止により消失する薬剤性パーキンソニズムを引き起こす場合がごく稀にあるということだけでは、ゾニサミドをパーキンソン病治療薬として使用してみることの阻害要因になろうはずもない。
 また、ゾニサミドがドパミンに対して二相性作用を有するとしても、当業者であればパーキンソン病患者において薬効範囲の血漿中濃度を達成できる投与量及び用法を適宜選択し、薬効範囲を超える投与量を何ら困難性なく回避できる。
(審判請求書、4419行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書頁2120行~2315行、251行~2725行、2918行~313行、3411行~3520行、3713行~396行、平成30316日付上申書621行~718行)

・・・
2. 
本件特許発明1についての当合議体の判断
1)甲第1号証に記載された発明との対比
 甲第1号証には、ゾニサミドが新規の抗てんかん薬であること、部分発作の治療の際に効果を発揮すると共に、全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮すること、有効性と安全性の観点から見て、ゾニサミドは、部分発作患者の場合、カルバマゼピンと同等であることが証明されていること、小児の全身性発作患者を対象とした研究では、valproateVPA)と同等であることが証明されていること、ゾニサミド投与の際に、重篤な副作用が発現したり、強力な抗てんかん作用が発揮されたりすることは稀であるため、ゾニサミドは日本では主要な抗てんかん薬のひとつとみなされていることが記載されている(記載事項1-1)。
 また、「雄のwistarラット」(記載事項1-9)に、「ZNSを治療用量(20 mg/kg50 mg/kg)で投与した結果、線条体のDAおよびDOPAの細胞外濃度が上昇した」(記載事項1-2。なお、「ZNS」、「DA」は、それぞれ、ゾニサミド、ドパミンの略号である。)ことも記載されている。
 
 これらの記載事項から、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
 
「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって、
ゾニサミドの投与量が20 mg/kg50 mg/kgであり、雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す、
 抗てんかん薬。」
 
 本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「ゾニサミド」は、本件特許発明1の「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩」に相当する。また、甲1発明の「抗てんかん薬」も本件特許発明1の「神経変性疾患治療薬」も医薬であることに変わりはない。
 したがって、本件特許発明1と甲1発明の一致点、相違点は以下のとおりである。
 
<一致点>
「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。」
 
<相違点1
 医薬について、本件特許発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、甲1発明では「てんかん」を治療対象としている点。
 
2)相違点1について
 甲第1号証には、甲1発明の医薬の治療対象について、その有効成分であるゾニサミドが新規な抗てんかん薬であることとともに、抗てんかん薬としての有用性について、部分発作や全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮することや、重篤な副作用が発現することが稀であることなどが記載されている(記載事項1-1)が、甲1発明の医薬の治療対象を「神経変性疾患」とすることについては、記載も示唆もない。
 
 甲1発明の医薬は、「線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す」ものであるから、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤であるともいえるが、甲第1号証には、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより神経変性疾患を治療することについて記載や示唆はないし、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより必ず神経変性疾患を治療することができるといえる技術常識もない。
 
 そればかりか、甲第1号証には、甲1発明の医薬の有効成分であるゾニサミドについて、「他のドパミン作動性副作用(例:パーキンソニズム、妄想的観念)」をもたらすこと、および、「パーキンソニズム」に関連する文献として文献39(記載事項1-11-11参照。脳と神経, 441992 61-63。)が挙げられており、当該文献39に対応する乙第6号証には、ゾニサミド(200mg/日)を服用開始後3ヶ月から振戦(当審注:甲第1号証の「他のドパミン作動性副作用(パーキンソニズム)」に対応する。以下、甲第1号証の表記(パーキンソニズム)に統一する。)が出現したことが記載されている(記載事項乙6-1)。
 この記載は、ゾニサミド200mg/日の投与によりパーキンソニズムがもたらされたことを示すものである。ここで、ゾニサミド200mgは、患者の体重を50kg程度として4mg/kg程度と見なせるところ、甲1発明は、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであって、記載事項乙6-1にパーキンソニズムをもたらしたことが記載される投与量の5倍ないし12.5倍に達するものであり、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであることに基づけば、パーキンソニズムをもたらす可能性が高いものであると認められる。
 
 そうすると、甲第1号証は、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「神経変性疾患」や「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえず、当業者が、甲第1号証の記載に基づき、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易に想到し得たとは認められない。
 
 また、甲第468号証の記載は、パーキンソン病の治療薬の中にドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になることを示すものではない。
 そうすると、甲第468号証の記載に接した当業者が、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になると理解するとはいえない。
 また、ドパミンを補う作用を奏する薬物であればパーキンソン病の治療薬になることが技術常識であったといえる根拠も見出せない。
 
 したがって、甲第1号証に加え、甲第468号証に記載されている事項及び技術常識を勘案しても、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易になし得たとは認められない。
 
3)効果について
・・・

4)請求人の主張の検討
 主張1は、甲第1号証にゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有していることが記載されているので、当業者は、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである、というものである。
 しかしながら、上記「(2) 相違点1について」に説示したとおり、甲第1号証には、甲1発明の医薬を投与すると、パーキンソニズムが出現することも記載されているなど、甲第1号証の記載は、全体として、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえないものである。
 
 また、主張2は、主張1の前提となる技術常識に関するものであり、主張35は、いずれも、主張1を補強するための主張であると解され、主張67も、顕著な効果の不存在を主張することにより主張1を補強するものであると解されるから、上述のとおり、主張1が採用できない以上、主張27も、採用することができない。
・・・

第5. 結語
 以上のとおり、請求人の主張及び立証方法によっては、本件特許発明1~6に係る特許を無効とすることはできない。
 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものである。
 よって、結論のとおり審決する。

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■「阻害するための組成物」クレームと、明細書に疾患治療の薬理データがない場合の「炎症疾患の処置のための組成物」クレームのサポート要件が判断された抗体特許の審決例

 
<審決紹介>
・無効2017-800008
・審決日:201867
・合議体:審判長 特許庁審判官 關政立、審判官 田村聖子、審判官 冨永みどり
・請求人:サン ファーマ グローバル エフゼットイー
・被請求人:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5870067
・発明の名称:IL-17産生の阻害


コメント
抗体特許の無効審判を紹介します。
独立請求項113は以下のとおりです。

「【請求項1
 T細胞をインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストで処理する工程を包含する方法により、前記T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための組成物であって、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。

【請求項13
 有効量のインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストを哺乳動物被験体に投与する工程を包含する方法による、前記哺乳動物被験体中のインターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる炎症疾患の処置のための組成物であって、前記炎症疾患が、慢性関節リウマチ(RA)、乾癬、及び、対宿主性移植片反応から選択され、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。」


請求人のサンファーマは、3月に抗IL23抗体を有効成分とするILUMYAtildrakizumab-asmn)について、米国でFDA承認を受けたそうです。

Sun Pharma Announces U.S. FDA Approval of ILUMYA™ (tildrakizumab-asmn) for the Treatment of Moderate-to-Severe Plaque Psoriasis
https://www.prnewswire.com/news-releases/sun-pharma-announces-us-fda-approval-of-ilumya-tildrakizumab-asmn-for-the-treatment-of-moderate-to-severe-plaque-psoriasis-300617454.html


米国ファミリーで特許になっているものの請求項1は以下のとおりです。

US7510709
1. A method for the treatment of an inflammatory disease characterized by elevated expression of interleukin 17 (
IL-17), comprising administering to a mammalian subject, having been determined to express an elevated level of IL-17 compared to a healthy individual, an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-interleukin-23 receptor (anti-IL-23 receptor)
 antibody.

US8287869
1. A method for treatment of an inflammatory disease in a human subject comprising measuring the expression level of interleukin-17
(IL-17) in said subject, and, if the IL-17 expression level is determined to be elevated, treating said subject with an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-IL23 receptor antibody.



無効審判の争点は、明確性要件、サポート要件、実施可能要件、産業上利用可能性、新規性、進歩性です。

以下、サポート要件について紹介します。
(新規性・進歩性に関して、「本件特許発明13は、特定炎症疾患のうち、IL-17の上昇した発現がみられるものを特に治療対象として選択している発明」であるという点から興味深い判断がされていますが、省略します。)


請求人は以下の主張をしました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)
 以下のとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に違背するものである(特許法第123条第1項第4号)。
1)無効理由2-1
 上記無効理由1-1のとおり、本件特許の請求項112の記載は、その用途につき不明瞭であるが、仮に本件特許発明112が医薬用途発明に係るものである場合、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより何らかの疾患を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 また、上記無効理由1-2で指摘したとおり、仮に本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、特定炎症の発症機序であることを意味する場合、換言すれば、IL-17産生を阻害することにより特定炎症を処置する意味に解されるところ、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより特定炎症を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 したがって、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
 
2)無効理由2-2
 本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、仮にIL-17の上昇が見られた症例のみを治療対象とすることを意味する場合であっても、当該「上昇した発現」とはどの程度のレベルを指すのかが、本件特許の発明の詳細な説明の欄に記載されていないから、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
------------------------------------------------------------------------------------------------



審判官は下記の通り判断しました。
請求項1については、明細書の記載からIL-17の産生が抗IL-12抗体により阻害されることが理解できるとし、請求項13については、先行文献(乙1等)を根拠にして、慢性関節リウマチ、乾癬、及び対宿主性移植片反応を治療可能と認識できたとし、サポート要件を満たすと判断しました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)について
1)無効理由2-1について
.
 本件特許発明112について

・・・
本件特許明細書の段落【0071】~【0081】、図2A、図2B及び図2Cの記載から、IL-23によりT細胞からのIL-17の産生が促進されることが理解でき、さらに段落【0083】及び図4Aの記載から、上記の産生促進は、抗IL-12p40抗体により阻害されることが理解できる。ここで、p40は、IL-12及びIL-23に共通するサブユニットであり(本件特許明細書の段落【0030】)、そして、本件特許明細書の段落【0012】には、IL-23アンタゴニストの例として「天然シーケンスのIL-23ポリペプチドサブユニット(例えばp40サブユニット)に対する中和抗体」が示されていることから、本件特許明細書では、前記抗IL-12p40抗体を抗IL-23抗体、すなわちIL-23のアンタゴニストとして用いていることが明らかである。
 また、段落【0089】~【0108】及び図12には、IL-23欠損マウスにおいて、T細胞によるIL-17の産生が減衰していることが記載されており、IL-23の機能を抑制することにより、T細胞によるIL-17の産生を抑制できることが理解できる。

 以上の事実から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等により、IL-23により誘導されるT細胞のIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 請求人は、請求項1の「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための」との記載は、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことを内在的に特定しているとの前提に立ち、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことが、従来技術において容易ではなかったとか、仮にそのような対象を選択することが「健康な被験体と比較してIL-17発現の上昇したレベルを有することを測定する」ことにより実現しうるとしても、本件元の出願との関係で、そのように解し得ない旨などを、主張する。
 しかしながら、1.1)において述べたとおり、本件特許発明1の組成物の用途は、請求項1に記載のとおりの「前記T細胞によるIL-17産生を阻害する」こと自体である。そして、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等でT細胞を処理することにより、T細胞によるIL-17の産生を阻害できることを当業者が理解し得たことは上述のとおりであるから、請求人の主張を採用することはできない。
 したがって、本件特許発明1は、本件特許明細書に記載されたものであり、同発明に従属する本件特許発明212についても同様のことがいえる。

.
 本件特許発明13151725について
 本件特許発明13151725は、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体又は抗IL-23レセプター抗体を含み、哺乳動物被験体に投与される組成物に係るものであり、その発明の課題は、1.2)ア.において述べた理由のとおり、特定炎症疾患のうちでIL-17の上昇した発現がみられるものの処置である。
 ここで、特許法第36条第6項第1号は、請求項に係る発明が発明の詳細に記載した範囲を超えるものであってはならない旨を規定するものであるところ、当該規定を満たすためには、発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の技術常識から、本件特許発明13151725の上記課題を解決できるものと当業者が認識できる必要がある。
 そして、以下(ア)~(ウ)に述べるとおり、慢性関節リウマチ、乾癬、及び、対宿主性移植片反応のそれぞれの特定炎症疾患の処置のいずれについても、当該規定を満たすものといえる。
 
(ア)慢性関節リウマチ
 慢性関節リウマチについて、その患者の一部でIL-17の上昇が確認されたこと(記載事項乙1-ア~ウ)、マウス膝関節へのIL-17投与により軟骨の劣化が確認されたこと(記載事項乙2-ア~ウ)、慢性関節リウマチモデルであるコラーゲン・アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/Fcを用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙5)、慢性関節リウマチモデルである自己免疫コラーゲン誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制する可溶性IL-17受容体タンパク質(sIL-17RFcmuIL-17RFc)を用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙8-ア~ク)、及び、アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/ヒトIgG1Fc融合タンパク質(muIL-17RFc)を用いると関節炎及び関節破壊の症状が改善すること(記載事項乙9-ア~キ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチの患者を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチを治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 
(イ)乾癬
 乾癬について、その皮膚病変部においてIL-17mRNAが発現していること(記載事項乙18-エ~オ、及び、記載事項乙19-ア~イ)、IL-17が、ケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激するサイトカインであり、乾癬治療のターゲットとなり得ること(記載事項乙16-ア~イ、記載事項乙17、及び、記載事項乙18-ア~ウ)が本件出願時に知られている。さらに、IL-6に対する抗体により、ヒト乾癬皮膚移植ヌードマウスにおけるラベリングインデックスの低下及び上皮厚の減少といった症状の改善がみられたことや(記載事項乙21-ア~ウ)、IL-8に対する中和抗体により、乾癬患者由来ケラチノサイトにおける血管新生が阻害されたことも本件出願時に知られており(記載事項乙20)、これらの知見から、IL-6IL-8の機能を抑制することにより、乾癬を治療可能であることが当業者に理解できたものと認められる。
 以上の事実から、乾癬についても、IL-17の機能を阻害することにより炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を抑制し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものと認められる。(以下、この2つの段落に記載された、乙1621から把握される、本件出願時に当業者が理解できたと認められる事項を、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」という。)
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 ここで請求人は、乙18IL-17とインターフェロンγの相乗的作用を報告するものであり、IL-17単独を阻害することによって乾癬を治療し得ることを裏付けるものではなく、IL-17についてはmRNAの発現を確認したのみで機能的なタンパク質の産生については確認していないと主張し、乙19IL-10タンパク質を投与することによる乾癬治療における炎症反応について報告するものであり、IL-17を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものではなく、IL-10タンパク質を投与することで結果的に症状が緩和された際に、観察された複数のサイトカインの変動のひとつとして、IL-17の変化を記載したものに過ぎないと主張し、また、乙20及び乙21は、それぞれ抗IL-8抗体及び抗IL-6抗体による乾癬症状の改善を示すものに過ぎず、IL-17自体を阻害した場合の効果をなんら裏付けるものではないとして、IL-17阻害による乾癬治療の可能性を裏付けるものでもないことを指摘し、乙1621の記載から、IL-17の産生阻害により乾癬の治療が可能であったことが本件出願時において技術常識であったとはいえないと主張する。
 しかしながら、記載事項乙18-ア、イ及びケに示されるように、インターフェロンγの非存在下であってもIL-17が単独でIL-6及びIL-8の産生を刺激することが開示されているし、さらに、記載事項乙18-エにおける乾癬患者の皮膚病変部におけるIL-17mRNAの発現は、乾癬におけるIL-17の病理的関与を示しているといえるから、乙1618の記載を併せみると、IL-17がケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激することが理解される。
 そうすると、乙1621に、IL-17自体を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものはなくとも、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激していることが認められるIL-17の産生を阻害することにより乾癬の治療が可能であることは当業者が十分に理解できるから、請求人の主張には理由がない。
 さらに請求人は、記載事項乙21-エ~オを示して、IL-8IL-6の上流にあると考えられる点でIL-17と共通しているTNF-αについては、抗TNF-α抗体ではなくTNF-α自体の投与によって乾癬症状が改善された旨が記載されているから、IL-17についても、実際にIL-17を制御しなければ効果が不明である旨、また甲23には、逆に抗TNF-α抗体をヒトに投与したときに乾癬性関節炎の症状が改善したことが示されているため(記載事項甲23-ア~イ)、上記のTNF-α自体の投与により改善効果が示されたとする、乙21のヌードマウスによる実験が実際の乾癬発症動物や被験体でのサイトカインの役割を正しく反映しているか疑問である旨、主張する。また、甲24及び甲25を示して、抗IL-6レセプターモノクローナル抗体や、抗IL-6モノクローナル抗体を投与しても乾癬症状の改善が観察されなかったから(記載事項甲24-ア~イ、記載事項甲25-ア~イ)、乙21を考慮しても、本件出願時、IL-6の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったと主張する。
 しかしながら、TNF-αとIL-17は異なるサイトカインであり、IL-6IL-8に対する作用や、乾癬症状や当該症状を引き起こす種々の生体機能に対して、両者がまったく同じように作用をすることなどは認められないから、TNF-αに関する知見を、IL-17に対してそのまま適用する請求人の主張には、技術的に無理がある。また、甲24、甲25は、いずれも本件出願後に頒布された文献である上、いずれも、特定の抗IL-6抗体、抗IL-6レセプター抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの証拠のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 請求人は、甲26や甲28を示して、抗IL-8抗体の臨床開発が中止されたことなどから(記載事項甲26-ア、記載事項甲28-ア~イ)、乙20を考慮しても、本件出願時、IL-8の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったとも主張する。
 しかしながら、臨床開発の中止が、必ずしも治療効果がまったくないことを意味するものではないことは当業者によく知られたことであり、実際、甲26では、プラセボによって治療された乾癬患者では3%の者が75%を超える改善を示したのに対し、300mgABX-IL8で治療された乾癬患者では、より多くの割合である6%の者が75%を超える改善を示したことも記載されている(記載事項甲26-イ)。また甲28は、本件出願後に頒布された文献である上、甲26、甲28のいずれも、特定の抗IL-8抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの甲号証のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 要するに、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載から把握できるから、上記の「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」に基づいて、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激するIL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療できることは、本件特許明細書の記載と、本件出願時の技術常識から当業者が理解できたものである。
 
(ウ)対宿主性移植片反応
 対宿主性移植片反応について、ラット腎移植における拒絶反応時においてIL-17の上昇した発現が確認されたこと(記載事項乙3-ア~エ)、及び、マウス移植における拒絶反応が、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体とFcの融合タンパク質(IL-17R/FcsmuIL-17RIL-17RFc)の投与により抑制されたこと(記載事項乙7-ア~イ及び記載事項乙10-ア~ウ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
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■重量平均分子量を意味すると「合理的に推認」できるため、クレームの平均分子量は明確と判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10210 審決取消請求事件
・平成3096日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3 鶴岡稔彦 高橋彩 寺田利彦
・原告:ロート製薬株式会社
・被告:Y
・特許5403850
・発明の名称:眼科用清涼組成物


コメント
無効審決に対する審決取消訴訟を紹介します。
クレームの「平均分子量」の明確性が争点になっています。
これまでの経緯は以下のとおりです。

特許登録

無効審判で維持審決

審決取消訴訟、知財高裁で審決取消(平均分子量が不明確)

訂正(明細書中のマルハ製品の記載を削除。クレームの平均分子量の数値を狭く限定。)

無効審決

審決取消訴訟(今ココ)


本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
a
)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b
0.0110w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c
平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00110w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)。」


裁判所の判断は以下のとおりで、無効審決を取り消しました。

判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由(明確性要件に係る認定判断の誤り)について
1  明確性要件について
特許法3662号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

2「平均分子量」の意義
  「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等に区分される。そして,同一の高分子化合物であっても,重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等の各数値は必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る。(甲1727
・・・

3コンドロイチン硫酸又はその塩について
  マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。(甲1112
  生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて   (ア)  生化学工業株式会社は,平成16年より以前から,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウム製品の平均分子量について問合せがあった場合には,通常,重量平均分子量の数値を提供し,平均分子量約1万,約2万及び約4万とする製品についても重量平均分子量の数値を提供していた(甲100)。これによれば,本件出願日当時,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として同社が提供していたのは重量平均分子量の数値であり,当業者に公然に知られた数値も,重量平均分子量の数値であったと認められる。 
・・・

4以上を踏まえて本件訂正後の特許請求の範囲の記載の明確性について判断する。
  本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。

  上記12)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。

上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。

  よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。
・・・

5被告の主張について
・・・

被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,①  本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021】)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5),②  請求項1及び6の「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(甲95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。
・・・

(6)小括
以上によれば,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たすものといえるから,本件審決にはこれを取り消すべき違法があり,原告の取消事由には理由がある。
3  結論
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

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■クレームの用途を狭く解釈することにより、甲文献に対して新規性ありと判断した事例

 
<判決紹介>
・平成29(行ケ)10114  審決取消請求事件
・平成30718日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:日新製薬株式会社、日本ケミファ株式会社
・被告:オリオン コーポレーション、ホスピーラ インコーポレーテッド
・特許4606581
・発明の名称:ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途


■コメント
無効審判の特許維持審決に対する審決取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下の通り。

「【請求項1
 
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって,該患者が覚醒され,見当識が保たれる使用。」


関連する医薬品としては、プレセデックス静注液(デクスメデトミジン塩酸塩)が、ファイザー、丸石製薬からα2作動性鎮静剤として販売されています。後発品はありません。
効能又は効果は、「集中治療における人工呼吸中及び離脱後の鎮静」、「局所麻酔下における非挿管での手術及び処置時の鎮静」です。


争点は、新規性(甲3又は5)、進歩性(甲3又は5、周知技術)、原文新規事項、明確性要件です。


▼甲3に基づく新規性について
裁判所は、請求項1の「鎮静」について、集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて、(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり、この両方の鎮静が必要であると認定しました。
その上で、甲3にはその両方の鎮痛の用途の記載が無いとして、原告の新規性欠如の主張を認めることはできないと判断しました。
判決の抜粋は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1(甲3に基づく新規性判断の誤り)について
・・・

  前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の従来技術,課題,内容,効果等に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア)危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいる(【0003】)。
・・・
(イ)「本出願人」は,α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤であり,特に患者を鎮静させるためにICUにおいて患者に投与される本質的に唯一の活性薬剤または唯一の活性薬剤であり得ることを発見し(【0024】),「本発明」をした。
デクスメデトミジンの投与によって達成されるICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,不安そうではなく,気管チューブをよく許容している(【0027】)。

2)本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義についてアまず,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はない。
次に,本件明細書を参酌すると,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はないが,①「ICU状況における鎮静」の用語は,ICU(集中治療室)における「患者の実際の鎮静」に加えて,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む」こと(【0001】),②危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),集中治療を受けている重篤患者の鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】),③α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,「患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤」であること(【0024】),ICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,「不安そうではなく,気管チューブをよく許容している」こと(【0027】),⑤実施例はデクスメデトミジンが,「鎮静化と患者の快適化の独自の性質を提供するので,ICUにおいて患者を鎮静化するための理想的な薬剤であることを示す」こと(【0035】),⑥「集中治療室」の用語は,「集中治療を提供するようないかなる環境をも包含する」こと(【0026】)の記載がある。上記⑥に関連し,一般に,「ICU」とは,「内科系・外科系を問わず,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行うことにより,治療効果を期待し得る急性重症患者を収容する部門」を意味する(甲48)。

そして,請求項1の文言及び本件明細書の上記記載事項等を総合すると,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」は,集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて,(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり,この両方の鎮静が必要であるものと認められる。
本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語に関する本件審決の認定は,これと同旨をいうものと認められるから,誤りはない。

 これに対し原告らは,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」は,通常の医学用語としての鎮静(「意識のぼんやりとした状態であるが,適当に人の命令に答えたりできる状態」。甲75)のほか,「α2アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途」(【0018】,【0025】)を含む,鎮痛,不安緩解(抗不安),交換神経遮断作用まで幅広く含むα2アゴニストとしての全ての作用を対象とした用語であり,α2アゴニストの作用と同義であるから,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈すべきである旨主張する。

しかしながら,原告らが根拠として挙げる本件明細書の段落(【0018】,【0025】)の記載は,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法は,そのα2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途を含むデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の可能性のあるICU用途,たとえば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する。」というものであって,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法」が「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」を使用することにあること,「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」の可能性のあるICU用途には,「α2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途,例えば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する」ことを述べたものにすぎず,上記記載から,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」が,α2アゴニストの作用と同義であると解釈することはもとより,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することもできない。

また,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することは,ICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であること(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)などの本件明細書の他の記載事項と整合しない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
・・・

3)甲3の記載事項について
・・・

前記アの記載事項によれば,甲3には,①心筋虚血のリスクが高い患者において,周術期のストレス反応を軽減するなら,心筋虚血の発生を減じ,周術期の合併症発生率や死亡率を低下させることができる可能性があり,一方,α2-アドレナリン受容体作動薬は,周術期のストレス反応を減弱させるのに有効であるが,交感神経遮断作用が,血圧低下や徐脈など潜在的に有害な臨床作用も来し,このような血行動態的変化に血管疾患患者や重症心筋疾患患者には耐えられない可能性があるため,従来,α2-アドレナリン受容体作動薬であるデクスメデトミジンは,健常ボランティアと健康な外科患者に対してのみ投与されてきたこと,②甲3の臨床研究は,高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者へのデクスメデトミジンの周術期投与の実施可能性と影響の予備的評価を行うため,24人の血管外科患者を対象として,麻酔開始の1時間前から手術後48時間まで,プラセボ群と3つの異なる注入用量のデクスメデトミジン群(低用量群(血漿濃度目標0.15ng/ml),中用量群(同0.30ng/ml)及び高用量群(同0.45ng/ml)に分けて,デクスメデトミジンの持続注入を行い,血圧,心拍数,心筋の酵素等を測定し,その臨床データを解析した研究であること,③研究の結論として,血漿濃度目標0.45ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は,血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが,血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことの開示があることが認められる。

4)本件発明1と甲3に記載された発明との同一性について
原告らは,甲3記載の血管外科患者は,「集中治療を受けている重篤患者」に該当し,上記血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途に使用するものであるから,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されている旨主張するので,以下において判断する。

(ア)原告らは,①甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」である,②甲3記載の血管外科患者は,本件発明1の実施例(被験者が冠動脈バイパス手術の患者等)と同様の患者であるから,「重篤患者」であり,十分な看護体制がされた状態にあり,実際,術後にカテーテルなどを設置し,酸素濃度,血圧,心電図などを測定しており,常時看護されていること(622頁左欄下から3行~右欄下から5行)からすると,「集中治療室」で集中治療を受けているといえるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,研究の対象とされた24人の血管外科患者が,その外科手術後に,集中治療室(ICU)に収容されたことや,集中治療を受けたことを明示した記載はない。
次に,甲3の表1「被験患者の人口統計学的特徴および臨床的特徴(24名)」(別紙2)は,24人の血管外科患者をプラセボ群,低用量群,中用量群及び高用量群に区分した上で,各群ごとの患者の心臓病歴,外科手術の区分(大動脈手術,頚動脈手術及び末梢血管手術の3種類),手術時間等の特徴について記載したものである。
1の外科手術の区分をみると,プラセボ群では,「大動脈手術3,頚動脈手術1,末梢血管手術2」,低用量群では,「大動脈手術3,頚動脈手術0,末梢血管手術3」,中用量群では,「大動脈手術1,頚動脈手術2,末梢血管手術3」,高用量群では,「大動脈手術2,頚動脈手術3,末梢血管手術1」との記載がある。このうち,「大動脈手術」を受けた患者については,一般に,「大動脈手術」には,開胸手術や開腹手術といった侵襲性の高い手術が含まれることに照らすと,術後の集中治療を要する患者であった可能性が高く,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと認められる。

一方,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者については,表1には,各患者の冠動脈疾患やそのリスクの程度についての記載や患者が受けた外科手術の具体的な内容についての記載がないことに照らすと,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと直ちに認めることはできない。
この点について,原告らは,甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張するが,全身麻酔からの離脱を確認するために「集中治療室」に収容されているからといって,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行われていることが認められない以上,集中治療を受けているということはできない。また,原告らが挙げる甲3の記載事項(622頁左欄下から3行~右欄下から5行。前記(3)ア(オ))から,24人の血管外科患者は,臨床研究のデータ収集等のため,常時観察・看護されていたことは認められるものの,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者について,呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われていたものとまでは認められず,集中治療を受けていたものと認めることはできない。

b
以上によれば,甲3記載の血管外科患者が「集中治療を受けている重篤患者」に該当するとの原告らの主張は,「大動脈手術」を受けた患者については理由があるが,その余の手術を受けた患者については理由がない。

(イ)原告らは,甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」は,α2アゴニストの作用の一つであるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当し,また,仮に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」には,「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての「鎮静」が必要であるとしても,「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,交感神経を遮断して「ストレス反応」を抑え,これにより落ち着いた状態になり,不安の解消をもたらす作用であるから,上記「鎮静」に該当し,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たる旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,甲3記載の血管外科患者について,その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,
理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲3には,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。
したがって,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。

b
前記12)イ記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,手術のストレスにより交感神経系が刺激され,内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために,交感神経を遮断する作用であること(前記(3)ア(イ))に照らすと,原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。

c
 以上によれば,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。

(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば,甲3には「集中治療を受けている重篤患者」についての開示はあるものの(前記(ア)),「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないから(前記(イ)),甲3に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されているとの原告らの主張は,理由がない。
イそうすると,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」ではない点で,本件発明1と相違するから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1と同一の発明であると認めることはできない。

5)小括
以上によれば,本件発明1は,甲3に記載された発明と同一であるとは認められず,同様に,本件発明2ないし12は,甲3に記載された発明と同一であると認められないから,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
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▼甲3及び周知技術に基づく新規性について
裁判所は、新規性の判断で述べた理由により、甲3に「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないため、原告の一致点・相違点に関する前提に誤りがあるとし、原告の進歩性欠如の主張を認めませんでした。


※甲5に関する判断は省略。


▼原文新規事項について
原告は、クレーム3の「12ng/mlプラズマ濃度」は、PCT明細書に記載がないため原文新規事項であることを主張しました。原告の主張によると、PCT明細書のクレーム3では、「0.12ng/mlプラズマ濃度」と記載されていたものが、国内移行時の明細書で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようです。また、PCT明細書には、「12ng/mlプラズマ濃度」の直接の記載はないようです。
裁判所は、以下の通り、原文新規事項ではないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5
取消事由5(原文新規事項に関する判断の誤り)について
1)原告らは,本件審決は,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載について,本件国際出願明細書には,「12ng/mlプラズマ濃度」との文言の記載はないが,「0.12ng/mlプラズマ濃度」との記載があり,「12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲は,「0.12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲の約半分ほどの範囲を占める部分であり,当該範囲は,他の数値範囲からは予測できない特段の意味を有する数値範囲でもなく,新たな技術的事項を導入するものでもないから,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しない旨判断したが,①「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものであり(甲9x9y10),「1ng/mlプラズマ濃度」を数値範囲の境界値として本件特許の請求項3に記載することは,新たな技術的事項を導入するものであるから,原文新規事項に該当する,②本件国際出願明細書と本件国内書面によれば,国際出願時の請求項3で「0.12ng/mlプラズマ濃度」とされていたものが,本件国内書面の請求項3で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようであるが,既に特許登録されている請求項3を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段はないから,原文新規事項に該当するというほかないとして,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。

そこで検討するに,本件国内書面(甲772)には,プラズマ濃度に関し,「デクスメデトミジンの投与量の範囲は,標的プラズマ濃度として記載することができる。ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる。これらのプラズマ濃度は,瞬時投与(bolusdose)および規則的な維持注入(steadymaintenanceinfusion)による継続投与を用いて静脈内投与によってなされることができる。たとえば,ヒトにおいて前記プラズマ濃度範囲に到達するための瞬時の投与量範囲は,約10分間またはそれよりゆっくり投与されるため,約0.12.0μg/kg,好ましくは約0.52μg/kg,より好ましくは1.0μg/kgであり,ついで,約0.12.0μg/kg/h,好ましくは約0.20.7μg/kg/h,より好ましくは0.40.7μg/kg/hが維持投与される。デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の投与期間は,目的の使用持続期間に依存している。」(【0028】)との記載がある。上記記載によれば,【0028】には,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,「鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる」ことが開示されていることが認められるが,一方で,本件国内書面の発明の詳細な説明及び図面には,【0028】以外に,「0.12ng/mlプラズマ濃度」に関して言及した記載はない。また,この点については,本件国際出願明細書も,本件国内書面と同様であることが認められる。そして,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」は,【0028】記載の「0.1~2ng/ml」の数値範囲内にあるから,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲にあることは明らかである。

そうすると,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が,本件国際出願明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるということはできない。

2)この点に関し,原告らは,甲9x9y10を根拠として挙げて,デクスメデトミジンのプラズマ濃度が「12ng/ml」に達すると,患者は深く眠ってしまって覚醒できなくなるが,プラズマ濃度が「0.11ng/ml」であれば,音声指示によって容易に目を覚ますことが可能であるから,「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものである旨主張(上記①の主張)する。

しかし,原文新規事項に該当するかどうかは,本件国際出願明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるかどうかを判断すべきであるところ,甲9x9y10は,本件国際出願明細書とは別の文献であり,しかも,原告らが根拠として挙げる上記各文献の具体的な記載内容が,本件優先日当時技術常識であったとまで認められないから,原告らの上記①の主張は,採用することができない。

また,原告らは,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当することの根拠として,請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段がないことを挙げるが(上記②の主張),そのように訂正する手段があるかどうかの問題と請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当するかどうかの問題とは別個の問題であるというべきであるから,原告らの上記②の主張は失当である。

3)以上によれば,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しないとした本件審決の判断に誤りがあるとの原告らの上記主張(取消事由5)は,理由がない。

・・・

結論
 
以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告らの請求は棄却されるべきものである。
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※明確性要件に関する判断は省略。


■数値限定を含むクレームのサポート要件(数値範囲の効果)と、明確性要件(条件)が判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10178号 審決取消請求事件
・平成30627日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:トライスター テクノロジーズ
・被告:エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社
・特許5339723
・発明の名称:経口投与用組成物のマーキング方法


■コメント
無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる工程と,
前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,波長が200nm1100nmであり,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記変色誘起酸化物が,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種であり,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,
マーキング方法。」


争点は、進歩性、サポート要件、明確性要件です。


▼進歩性について
本件発明1と甲1発明の一致点・相違点は以下のとおりです。

「(一致点)
「経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
レーザー光の走査により変色する物質を経口投与用組成物に分散させる工程と,
レーザー光の走査により変色する物質を変色させるように,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,マーキング方法。」である点。

(相違点1
前記レーザー光の走査による変色の機序について,本件発明1は,「酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種」である「変色誘起酸化物」の「粒子を凝集させて」変色させるものであるのに対し,甲1発明アは,「官能基と金属化合物または酸とを含有し,レーザの放射により脱離反応を起こす」ことで対比可能な色の,生理的に受容可能である反応物を生成するものである点。
(相違点2
レーザー光の波長について,本件発明1は,「200nm1100nm」と特定するのに対し,甲1発明アは,そのような特定事項を有しない点。」


裁判所は、相違点1に基づき進歩性があると判断し、相違点2については判断しませんでした。


▼サポート要件について
原告は、明細書の発明の詳細な説明に、請求項1の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないことを主張しましたが、裁判所は必要ないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
1  サポート要件の適合性について
  本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に関し,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発するという課題」を解決するための手段として,「本発明」は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面に,所定のレーザー光を走査することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色が生じるようにした構成を採用したことの記載があることは,前記11)イ認定のとおりである。

 次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,①実施例1ないし16において,表1のレーザー装置及び照射条件(波長355nm,平均出力8W),表3のレーザー装置及び照射条件(波長266nm,平均出力3W)又は表4のレーザー装置及び照射条件(波長532nm,平均出力12W)で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄又は三二酸化鉄錠剤を配合した,フィルムコート錠等に対し,文字又は中心線をマーキングしたこと(【0038】~【0056,1,3及び表4),②表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,実施例13のフィルム錠にレーザー照射を行い,レーザー照射前後の二酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に二酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたこと(【0057】~【0059】,図3,図4),③レーザー波長に関し,レーザーは,その波長が2001100nmを有するものを用いることができ,好ましくは10601064nm527532nm351355nm263266nm又は210~216nmの波長であり,より好ましくは527~532nm,351355nm又は263266nmの波長であること(【0022】),④レーザー出力に関し,レーザーを走査する際の平均出力は,対象とする経口投与用組成物の表面がほとんど食刻されない範囲で使用することができ,例えば,その平均出力は,0.1W50Wであり,好ましくは1W35Wであり,より好ましくは5W25Wであるが,単位時間あたりのレーザー照射エネルギーが強すぎると,アブレーションにより錠剤表面で食刻が発生し,変色部分まで剥がれてしまい,また,出力が弱いと変色が十分ではないこと(【0023】),⑤レーザーの走査速度(スキャニング速度)に関し,スキャニング速度は,特に限定されるものではないが,20mm/sec20000mm/secであり,また,スキャニング速度は,高いほどマークの識別性に影響を与えることなく生産性を上げることができることから,例えば,レーザー出力5Wでは,スキャニング速度は,80mm/sec10000mm/sec,好ましくは90mm/sec10000mm/sec,より好ましくは100mm/sec10000mm/secであり,レーザー出力が8Wの場合には,スキャニング速度は,250mm/sec20000mm/sec,好ましくは500mm/sec15000mm/sec,より好ましくは1000mm/sec10000mm/secであること(【0024】),⑥単位面積当たりのエネルギーに関し,単位面積当たりのレーザーのエネルギーは,マーキングの可否及び経口投与用組成物の食刻の有無の観点から,39021000mJ/cm2であり,好ましくは40020000mJ/cm2,より好ましくは45018000mJ/cm2であり,また,390mJ/cm2より低い場合には,マークを施すことができないのに対し,21000mJ/cm2より大きい場合には,食刻が生じるため,好ましくないこと(【0025】)の記載がある。

 
上記①ないし⑥の記載を総合すると,本件明細書に接した当業者は,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec~8000mm/sec)の各数値範囲内で,波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行い,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発する」という本件発明1の課題を解決できることを認識できるものと認められる。

 
したがって,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえるから,請求項1の記載は,サポート要件に適合するものと認められる。同様に,請求項2ないし22の記載も,サポート要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,①本件明細書の発明の詳細な説明には,請求項1及び11記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないし,また,甲10(日本酸化チタン工業会作成の講演資料のウェブページ)の9頁には,180nm270nm700nm1000nmの「サブミクロンサイズ酸化チタン=顔料級酸化チタン」の写真について,「上記の写真は,TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて撮影したものであり,実際の粒子の凝集状態を示すものではない。」との記載があることに照らすと,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないのが技術常識であることがうかがえるから,実際に「凝集」しているかどうか,本件明細書の記載からは不明である,②請求項2及び12は,発明特定事項として請求項1及び11をそれぞれ引用しているところ,本件明細書には,「単位面積当たりのエネルギー」が「390~21000mJ/cm2」の数値範囲で「凝集」を生じたことについての実施例の裏付けがないため,上記数値範囲で「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように」(請求項1及び11の構成)マーキングができたか不明であるなどとして,本件発明1ないし22は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないから,請求項1ないし22の記載がサポート要件に違反するものではないとした本件審決の判断には誤りがある旨主張する。

しかしながら,上記①の点については,前記(1)イの①ないし⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載を総合すると,本件発明1においては,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく,本件発明1は,上記の各数値範囲内で波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行うことを課題の解決原理とする発明であるものと認められるから,原告が主張するような全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではない。また,表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,レーザー照射前後の酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたことの記載があることは,前記(1)イの②のとおりである。さらに,原告が指摘する甲109頁に記載された酸化チタンの写真は,どのような状態の酸化チタンを撮影したものであるかなど撮影の対象物の詳細が特定されていないことに照らすと,酸化チタンの粒子の凝集状態をTEM写真で確認できないことの根拠にはなるものではないし,甲109頁の「実際の粒子の凝集状態を示すものではない」との記載は,単に写真の内容を説明しているものであり,TEMを用いて撮影された写真では酸化チタンの凝集を判断できないことを説明したものとはいえない。加えて,甲3には,「TiO2顔料」に関し,「このような凝集物は裸眼で見ることができず,溶融加工組成物の断面を高光学倍率で観察すると,そのいくつかは観察可能であるが,大部分は,電子顕微鏡の倍率下でのみ検出可能である。」(訳文53行~5行)との記載があり,高光学倍率の電子顕微鏡であれば凝集の観察ができることが示されていること(前記13)イ(ウ))),実施例11においては,TEMを用いて「TiO2の凝集」を確認したことの記載があること(前記13)イ(カ))に鑑みると,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないことが技術常識であるということはできない。

 
次に,上記②の点については,前記(1)イの⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載(【0025】)に照らすと,「単位面積当たりのエネルギー」が「39021000mJ/cm2」の数値範囲でマーキングを実行することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色を生じさせることができることを理解することができる。
 
したがって,原告の上記主張(取消事由2)は理由がない。
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▼明確性要件について
原告は、レーザー光の走査工程の「条件が任意」だと発明の外縁を定義できないため不明確と主張しましたが、裁判所は認めませんでした。(理由は十分に説明されていない印象です。)


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由3(明確性要件の判断の誤り)について
1  明確性要件の適合性について
 
請求項1の記載から,本件発明1は,経口投与用組成物へのマーキング方法の発明であって,当該マーキング方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。また,請求項11の記載から,本件発明11は,マークを施された経口投与用組成物の製造方法の発明であって,当該製造方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。
 
一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,「変色誘起酸化物」の用語について,「本発明に用いる用語「変色誘起酸化物」とは,レーザー光の照射を受けて,その粒子が凝集するため,変色を誘起する酸化物をいう」(【0015】)との記載があるところ,この「変色誘起酸化物」の用語の説明は,本件発明1及び11における「変色誘起酸化物」の内容と整合するものといえる。
 
したがって,請求項1及び11の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。同様に,請求項1を直接又は間接的に引用し,本件発明1の発明特定事項を含む請求項2ないし10の記載,及び請求項11を直接又は間接的に引用し,本件発明11の発明特定事項を含む請求項12ないし22の記載から,本件発明2ないし1012ないし22の内容を明確に把握することができるから,請求項2ないし1012ないし22の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,本件審決は,本件発明1及び11(請求項1及び11)は,レーザー光の走査工程におけるエネルギー密度,レーザー光の繰り返し率,レーザースポット径,経口投与用組成物の種類,変色誘起酸化物の分散の濃度及び状態などの条件はマーキングする際の任意の条件であって,これらを特定しないことで発明が不明確になるというものではないから,請求項1ないし22の記載は,明確性要件に違反するものではない旨判断したが,上記条件を「マーキングする際の任意の条件」とすれば,変色誘起酸化物が受けるエネルギー量を特定することができず,その結果,請求項1記載の波長,平均出力及び走査工程の走査速度の数値範囲においても,「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色」する場合としない場合が生じることとなり,本件発明1の外縁を定義することができないから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
 
しかしながら,請求項1ないし22の記載から本件発明1ないし22の内容を明確に把握することができることは,前記(1)認定のとおりであり,本件審決が指摘する上記条件が,「マーキングする際の任意の条件」として位置づけられ,発明特定事項として規定されていないからといって,発明の外縁が不明確になるものとは認められないから,原告の上記主張(取消事由3)は理由がない。

結論
 
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
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■機能限定抗体特許の侵害訴訟において、被告製品が機能を有していても、技術的範囲に含まれないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(ワ)第11475  特許権侵害差止等請求事件
・平成30328日判決言渡
・東京地方裁判所民事第29  嶋末和秀 伊藤清隆 西山芳樹
・原告:バクスアルタ インコーポレーテッド
・原告:バクスアルタ ゲーエムベーハー
・被告:中外製薬株式会社
・特許4313531
・発明の名称:第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体


■コメント
特許4313531の特許権を有する原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)のemicizumabが本件特許の請求項1及び4に係る各発明の技術的範囲に属するとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下のとおりです。


「【請求項1
1A   
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
1B   
凝血促進活性を増大させる
1C   
抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」


限定する内容が、実質的に抗原と機能(増大させる)だけですので、かなり広く、特許にするのは難しい部類のクレームです。
被告製品目録は以下のとおりです。


製品名
   
抗体(開発コード:ACE910/一般名:emicizumab 
種類
   
医薬品
製造者
   
中外製薬株式会社
臨床試験開始時期
   
遅くとも平成248月頃
5  
概要
   
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合するバイスペシフィック抗体」


争点は、(1)技術的範囲に属するか、(2)製造等が侵害又はそのおそれがあるか、(3)製造等が試験又は研究のための実施に当たるか、(4)無効理由を有するかです。裁判所は(1)のみ判断しました。


被告製品は、一見すると、
1A
→○
1B
→○
1C
→○
で、請求項1の構成要素を全て有しています。
そのため、技術的範囲に含まれる、となってもおかしくない状況です。


裁判所の判断をざっとまとめると以下のとおりです。

・抽象的、機能的な表現のクレームは、クレームに加えて、明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて技術的範囲を確定すべき。
・明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべき。
・請求項1の「凝血促進活性を増大させる」は、実施例の記載内容に基づき、ネガティブコントロールとの比が2程度を超えており、実質的に凝固促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解するべきである。(本件特許明細書に定義はなし)
・技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解される。
・被告製品が凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても、本件特許とは異なる課題解決手段によってもたらされているのであって、本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえない。
・被告製品は、凝血促進活性を増大させるものではない第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を、第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより、凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから、「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
・従って、本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。


被告製品が機能を有していても課題解決手段が違えば技術的範囲に含まれないというのは、思い切った判断だなと思います。
裁判所の判断の抜粋は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 当裁判所の判断
1
本件各発明の意義について
・・・
本件各発明の意義
以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の意義は,大要,以下のとおりのものと認められる。
すなわち,従来の血友病Aの患者の処置は,欠如又は不足した第Ⅷ因子の不足を補うために第Ⅷ因子濃縮物の投与による補充療法であった(段落【0003】)。しかし,補充療法には,第Ⅷ因子インヒビターを生じさせる患者に対する処置が非常に困難かつ危険性を含んでおり(段落【0003】),そのような患者に対する処置としては,高用量の第Ⅷ因子を投与するなどのいくつかの治療方法が存在するが,高価である(段落【0004】,【0005】),多大な時間を必要とする(段落【0004】),重篤な副反応を伴い得る(段落【0004】),患者への負担が大きい(段落【0005】)等の問題点があった。本件各発明の目的は,第Ⅷ因子を抑制する患者についての特定の利点を有する,血液凝固障害の処置のための調製物を提供することであり(段落【0010】),これを,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合して第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる抗体又は抗体誘導体によって達成するというものである(段落【0011】)。

そして,抗体又は抗体誘導体は,具体的には,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製し(実施例1ないし3),これを色素形成アッセイ等の方法で凝血促進活性の程度を評価し(実施例4ないし914),そのモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から様々な抗体誘導体(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)を作製するものである。

2
被告製品の構成等について
被告製品の構成
被告製品は,別紙被告製品説明書及び「被告製品のアミノ酸配列」記載のアミノ酸配列を有する非対称型バイスペシフィック抗体であり,抗体の中でもIgGに分類される。被告製品は,2つの抗原結合部位を有し,その一方が第Ⅸa因子を認識し,他方が第Ⅹ因子を認識する。(甲23,乙2838,弁論の全趣旨)

被告製品の開発経緯
被告製品の開発過程において,被告がバイスペシフィック抗体を作製するに当たり用いられたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,ヒト第Ⅸa因子に特異的に結合し,かつ,第Ⅸa因子の酵素活性に対してできるだけ阻害活性の弱い抗体が選別された。そこで作製されたバイスペシフィック抗体のうち,最も第Ⅷ因子補因子活性が高かった抗体は,XB12/SB04であるが,これは第Ⅷ因子補因子活性を有さないモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体から作製されたものである。よって,被告製品の開発において選別されたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させるか否かとは無関係に選別されたと認められる。また,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける。(乙555775
そして,被告製品は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子との空間的な配向を好適な状況に制御し,酵素の活性部位と基質とを正確に接触しやすくすることで,第Ⅸa因子が触媒する第Ⅷ因子補因子活性を促進するという機序により,凝血促進活性を増大させるものである(乙33,甲165)。そして,その増大の程度は,本件明細書の実施例と同様の手法で作製された抗体(198A1198B3224F3)と比較して,優れた効果をもたらすものである(乙636によれば,約1000倍の効果とされている。)。

被告の実験結果(乙3638)について
ア乙38は,被告が作製した,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)について,血液凝固第Ⅷ因子活性測定用の色素形成アッセイキットを用いて,凝血促進活性の増大の程度を評価したものである。その結果,Qhomoのネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であった(なお,被告製品の同数値は●省略●から●省略●であった。)。
イ乙36は,被告製品及びQhomo等について,第Ⅸa因子による第Ⅹ因子活性化反応における酵素反応速度論解析を行った実験結果である。
原告らは,この実験結果において,Qhomoは,ブランクと比較して,Km(ミカエリス・メンテン定数)が低値,kcat(酵素反応速度)が高値,kcat/Km(酵素反応効率)が高値,すなわち,基質(第Ⅹ因子)に対する親和性が高く,生成速度が速く,酵素反応効率が高いことが示されていることから,Qhomoは,第Ⅸa因子(酵素)の凝血促進活性を増大させるものであると主張する。
しかし,本件明細書には,「凝血促進活性を増大させる」と評価するための指標として,酵素反応速度論的解析は挙げられていない上,凝血促進活性の増大と酵素反応速度論解析との関係は記載も示唆もされていないから,これらの値をもって,本件各発明にいう「凝血促進活性を増大させる」と直ちに評価することはできない。しかも,基質に対する親和性,生成速度,酵素反応効率がどの程度向上すれば,「凝血促進活性を増大させる」と評価できるのかについての技術常識は何ら示されていない。むしろ,乙36のポジティブコントロール(第Ⅷa因子)の数値と比較すると,Qhomoの数値は,ブランクの値と極めて近いものであるから,同実験結果をもって,Qhomoが「凝血促進活性を増大させる」抗体であるとは認めることはできない。

原告らは,被告が発表した被告製品についての論文(甲110,甲112)によれば,被告自身,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有していることを自認している旨主張する。しかし,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有しているとしても,被告製品とQhomoとは異なる構造なのであるから,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であると認めることはできない。

原告らの実験結果(甲114163164)について
114は,原告らが作製した,Qhomoと同一のアミノ酸配列を有する抗Ⅸaモノスペシフィック抗体(MonoBM)を使用し,ミカエリス・メンテン式による酵素基質反応のパラメータ(カイネティックパラメーター)を算出し,また,APTTの測定を行い,凝血促進活性の増大の程度を測定した実験結果である。甲163は,表面プラズモン共鳴(SPR)現象を利用したBiacoreシステムを用いて,MonoBM等がヒト第Ⅹ因子およびウシ第Ⅹ因子に結合する様子を測定した実験結果である。また,甲164は,TECHNOCHROMキット(ヒト第Ⅸa因子とウシ第X因子を含む)にヒト第X因子を添加して,被告製品とMonoBMの経時的な吸光度変化を測定した実験結果である。

原告らは,これらの実験結果に基づき,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体である旨(甲114),被告製品の凝血促進活性の増大は第Ⅸa因子に結合するアームのみの寄与によってもたらされたものである旨(甲163164)を主張する。
しかし,乙7980では,低分子の有効成分とは異なり,バイオ医薬品(抗体医薬品もこれに含まれる。)では,バイオシミラーの先発医薬品との同一性を担保することは困難である旨述べられており,乙92では,MonoBMQhomoとは同一であるとはいえないとの意見が述べられているから,上記実験結果(甲114163164)をもって,MonoBMQhomoとが同一であると認めることはできず,それを前提にしてQhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であるとか,被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームのみが凝血促進活性を増大させるものであると認めることはできない。
これに対し,原告らは,甲162を根拠に,触媒酵素活性を特定するのに必要な情報はアミノ酸配列に含まれており,配列が高次構造を特定するという原理の一般性が確立されているから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であり,MonoBMQhomoは同一である旨主張する。しかしながら,同号証50頁には,「同様の再折りたたみの実験は,多くの他のタンパク質においても行われた。多くの場合,天然の構造は最適な条件下で再現された。しかしながら,タンパク質によっては再び効率よく折りたたまれないものもある。」とされており,高次構造が再現されるのは「最適な条件下」であって,しかも,再現されない場合もあるとされているのであるから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であるとは必ずしもいえない。

3
本件出願日当時の技術常識について
第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体の作製法は,本件出願日当時に複数知られており,その中でも,クワドローマ技術は簡便な方法であり,本件出願日当時の当業者にとって,合理的な時間および努力の範囲内でバイスペシフィック抗体を作製できる手法であった。バイスペシフィック抗体を産生するクワドローマを融合し及び選択する種々の方法及びプロトコルは,1999年において,利用可能であり,良好に確立され,二重特異性のIgG分子を作製するのに幅広く用いられていた。(本件明細書段落【0026】,甲97,甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であったと認められる。

前記2⑵で説示したとおり,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける(乙555775参照)。
しかし,モノスペシフィック抗体からバイスペシフィック抗体に変換するとき,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対する結合部位は1価になるが,1価でも凝血促進活性を増大させる効果がある(本件明細書実施例10ないし12151618)。そして,バイスペシフィック抗体の2つの抗原間で立体干渉が生じない限り,モノスペシフィック抗体の活性は維持される(甲1401)。第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子以外の結合部位が第Ⅹ因子である場合を想定すると,本件出願日当時,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の構造が明らかとなっており,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の立体構造からすると,当業者は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子に結合するバイスペシフィック抗体で,第Ⅸa因子結合部位の活性に対する干渉は起こりにくいと予測できる(甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。

4
争点1(被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
⑴本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の記載は,「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041HaematologicTechnologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2AmericanDiagnostica社製,および抗体クローンESN-3AmericanDiagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。
アある抗体が,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合し,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増加するか又は第Ⅷ因子様活性を有することを示すための試験方法としては,凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングし,色素形成アッセイによって第Ⅷ因子様活性を有するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例49),そのなかで第Ⅷ因子インヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD3)も確認されている(実施例7)。よって,当業者は,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)),凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。

もっとも,「凝血促進活性を増大させる」程度については,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図7A196/AF235μMPefablocXa(登録商標)),段落【0068】・図7B198/AM135μMPefablocXa(登録商標))も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性はないと評価されている。)の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である。そうすると,凝血促進活性の増大がわずかであるものは,「凝血促進活性を増大させる」とは評価できず,その程度は,実質的なものでなければならないのであって,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えており,実質的に凝血促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解すべきである。

バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし1315ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。

したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。

被告は,色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるモノスペシフィック抗体及びその誘導体に限られる旨主張する。
そこで検討するに,本件明細書には,2時間のインキュベーション後の第Ⅷ因子アッセイにおいて,ネガティブコントロールとの比が3を超える場合には,「凝血促進活性を増大させる」と評価できる旨の記載がある(段落【0013】,【0014】)。他方,本件明細書においては,凝血促進活性の検査方法について,色素形成アッセイ以外にも凝血試験などの全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例11・図18ないし20)。そうすると,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在するということができるところ,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないから,本件明細書において「凝血促進活性の増大」が色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるものであると一義的に決定されているとは,直ちには解することができない。

原告らは,「凝血促進活性を増大させる」とは,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分である旨主張する。
しかし,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度や2程度の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分であるとはいえないことは,既に説示したとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。

他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。

前記⑵において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。

5
結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■(ロスバスタチンCa物質特許の知財高裁大合議判決)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できないと判断された事例

  
<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10182号審決取消請求事件
 同第10184号審決取消請求事件
・平成30413日判決言渡
・知的財産高等裁判所特別部 清水節 髙部眞規子 森義之 鶴岡稔彦 森岡礼子
・第1事件原告:日本ケミファ株式会社
・第2事件原告:X
・第12事件被告:塩野義製薬株式会社
・第12事件被告補助参加人:アストラゼネカ ユーケイ リミテッド
・特許2648897
・発明の名称:ピリミジン誘導体


コメント
少し前になりますが、知財高裁大合議判決の紹介です。
ロスバスタチンカルシウムの物質特許
特許2648897)に対する無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
争点は、訴えの利益、進歩性、サポート要件。
本件特許の請求項1は下記の通りです。


「【請求項1
式(I):
【化1
ka1_20180718.jpg 
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
R4
は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
X
はアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。」


進歩性に関する裁判所の判断は以下の通りです。
裁判所は、(1)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できない、従って(2)甲1と甲2を組み合わせることで相違点の構成とすることはできない(容易に発明することがきたとは認められない)、という主旨の判断をしました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1について
1)進歩性の判断について
特許法291項は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と定め,同項3号として,「特許出願前に日本国内又は外国において」「頒布された刊行物に記載された発明」を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。

上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3取消事由1について」において同じ。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。

このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条13号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。

したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。

この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条13号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。そして,上記のとおり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,上記については,特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては,特許庁長官)が,上記については,特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においては,特許出願人)が,それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張,立証する必要があるものということができる。
・・・

 1発明の認定
前記アによると,甲1発明は,審決の認定のとおり,「
kou1_20180718.jpg 
M=Na)の化合物」
であると認められる。この点について,当事者間に争いはない。
・・・
また,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,審決の認定のとおり,次の【一致点】記載の点で一致し,この点において,当事者間に争いはなく,近似する構成を有するものであるから,甲1発明は,本件発明の構成と比較し得るものであるといえる。
【一致点】
「式(I
itti_20180718.jpg  
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点
そうすると,甲1発明は,本件発明の進歩性を検討するに当たっての基礎となる,公知の技術的思想といえる。
以上によると,甲1発明は,本件発明についての特許法292項の進歩性の判断における主引用発明とすることが不相当であるとは解されない。これに反する被告らの主張を採用することはできない。

4)対比
そこで,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,前記(3)のとおり,審決認定の【一致点】の点で一致し,次の【相違点】の点で相違する。この点において,当事者間に争いはない。
【相違点】
1-
X
が,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
1-
R4
が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点

5)本件発明1と甲1発明の相違点の判断
 相違点(1-)の判断
(ア)原告らは,相違点(1-)につき,甲1発明に甲2発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-NCH32)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨主張している。
そこで,甲2発明について検討する。

(イ)a2(特開平1-261377公報)には,次の記載がある。
a)特許請求の範囲
1. 一般式
kou2_20180718.jpg  
・・・
前記aによると,甲2には,一般式()で示される化合物が記載されており,前記化合物は,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有するものであって,HMG-CoA還元酵素(3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリル補酵素A還元酵素)において良好な阻害作用を示すものであることが認められる。
(ウ)a前記(イ)のとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。
2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。
また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。

さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8R3はメチル),実施例15R3はフェニル)及び実施例23R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。

したがって,2から,ピリミジン環の2位の基を「-NCH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-)に係る構成とすることはできない。

原告らは,甲2には,一般式()の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されているから,「R3」として「NR4R5」を選択した一般式()の化合物について技術的裏付けがあると理解できるのであって,「甲2では,「R3」として「NR4R5」を選択した化合物については,その製造方法もHMG-CoA還元酵素阻害活性の薬理試験も記載されていない」旨の審決の認定は誤りである旨主張する。
前記aのとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,前記(イ)ag)のとおり,甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される甲2の実施例123の化合物が,メビノリンと比較して高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する旨が記載されている。また,甲16には甲2の一般式()の範囲内の特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが記載されており,証拠(甲167375)及び弁論の全趣旨によると,当業者は,2の実施例の一部分が変わっただけの特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する蓋然性が高いと理解することがあるものと認められる。
しかし,甲2の実施例123や上記認定の特定の化合物には,スルホンアミド構造を有する化合物は含まれていない。証拠(乙65)及び弁論の全趣旨によると,化学物質がわずかな構造変化で作用の変化を来す可能性があることは,技術常識であるから,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,実施例123や上記認定の特定の化合物と同程度又はそれを上回るHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると期待できるわけではなく,HMG-CoA還元酵素阻害活性が失われることも考えられる。
したがって,甲2から,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,技術的裏付けがあると理解できるとはいえないのであって,原告らの上記主張は,前記aの判断を左右するものではない。
・・・

e)したがって,仮に,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。

(オ)なお,原告らは,審決は,サポート要件の判断では,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することという課題を設定して判断している一方で,進歩性の動機付けの判断は,課題の基準である「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度を超える「甲1発明化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されること」という基準を設定し,判断しているから,このようなダブルスタンダードでサポート要件と動機付けを判断することは妥当ではないと主張する。
上記主張のうち,審決のサポート要件についての上記判断が正しいことは,後記4のとおりである。これに対し,進歩性については,既に判示したとおり,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されておらず,また,仮に甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,相違点(1-)の構成を採用する動機付けがあったとはいえないことから,容易に発明をすることができたとはいえないと判断されるのであって,原告らが主張するような基準を設定して判断しているものではないから,原告らが主張するような矛盾が生ずることはない。(カ)以上のとおり,甲1発明において,相違点(1-i)の構成を採用することができたとはいえない。

 小括
そうすると,相違点(1-)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。
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サポート要件に関する裁判所の判断は以下の通りです。
課題の認定が争点になりました。
原告は進歩性の考え方に基づいて主張しましたが、裁判所は、サポート要件を充足するかの判断の枠組みに、進歩性の判断を取り込むべきではない、と判断しました。また裁判所は、サポート要件の判断は、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき、出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり、その判断が、特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない、とも判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2について
1)判断基準
特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年1111日特別部判決参照)。

2)本件発明の課題
 前記21)ウ及びエのとおり,本件明細書の【0003】には,「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている」こと,【0004】には,発明者らが,そのような事情を考慮して,「下記一般式(I):
sapo_20180718.jpg  
(式中,・・・)で示される化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見出して」本件発明を完成したことが記載されている。この一般式(I)で示される化合物は,本件発明125及び911の化合物を包含するものであり,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤が本件発明12であるから,本件発明125及び911の課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること,本件発明12の課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することといえる。

 前記21)イのとおり,本件明細書の【0002】には,HMG-CoA還元酵素阻害剤として,カビの代謝産物又はその部分修飾物であるメビノリン等の第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤が存在したが,プラバスタチン等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され,第2世代として期待されていることが記載されている。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,これら既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤の問題点等が記載されているわけではなく,前記21)ウのとおり,【0003】に「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている。」と記載されているにとどまる。
証拠(甲36)及び弁論の全趣旨によると,医薬品の分野においては,新たな有効成分の薬理活性が既に上市された有効成分と同程度のものであっても,その新たな有効成分は,代替的な解決手段を提供するという点で技術的な価値を有するものと認められる。
以上を考え合わせると,本件発明の課題が,上記の既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することにあるとまではいうことはできない。

 したがって,本件発明の課題は,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるというべきである。

3)解決手段
・・・
上記測定結果が1回の測定結果であるからといって,上記判断が左右されることはないし,その他上記判断の信頼性を疑わせる事情を認めるに足りる証拠はない。
そして,本件発明1は,式(I)において,R1は低級アルキル,R2はハロゲンにより置換されたフェニル,R3は低級アルキルを,また,Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基を選択した場合の化合物も包含するものであるが,これらの置換基は,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5S-ジヒドロキシ-E-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」が有する基(R1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基)と化学構造が類似したものであるから,本件発明1に包含されるその余の化合物も,化合物(Ia-1)や,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5S-ジヒドロキシ-E-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」と同様にメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると理解するといえ,これに反する証拠はない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の化合物が,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること,すなわち,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。

イ また,本件発明25及び911の化合物は,本件発明1に包含されるものであり,本件発明12HMG-CoA還元酵素阻害剤は,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤であるから,これらも同様に,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。

4)原告らの主張について
ア(ア)原告らは,本件出願の10年以上前からHMG-CoA還元酵素阻害剤であるコンパクチンが公知であり,本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されており,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であったから,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨主張する。
しかし,前記(2)のとおりであって,本件発明の課題が,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。

(イ)原告らは,本件発明1は甲2の一般式(I)の範囲に包含されるから,進歩性が認められるためには,甲2の一般式(I)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要があるところ,選択発明としての進歩性が担保できない「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,本件出願当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く不適切である旨主張する。
しかし,サポート要件は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになるので,これを防止するために,特許請求の範囲の記載の要件として規定されている(平成6年法律第116号による改正前の特許法3651号)のに対し,進歩性は,当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的,排他的な権利を発生させないようにするために,そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり,特許の要件として規定されている(特許法292項)。そうすると,サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

(ウ)原告らは,本件特許出願人が本件出願時に本件発明1及び甲1発明の化合物が甲2の一般式()の範囲内に属することを認識していた以上,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することを本件発明の課題としたはずがない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,出願人の出願当時の主観により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

イ(ア)原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が顕著なHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することは示されていないので,当業者は「本件発明の課題」を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,本件発明の課題は,コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明は,この課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。本件発明が「顕著な」HMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要があることを前提とする原告らの上記主張は,前提を欠くものであって,採用することはできない。

(イ)原告らは,本件発明の化合物は,甲2の一般式()の選択発明であるから,構造を特定しただけでは新たな技術を開示したことにはならず,顕著な活性が開示されなければ,新たな技術を開示したことにはならない旨主張する。
しかし,サポート要件を充足するか否かという判断の枠組みに進歩性の判断を取り込むべきであるとは解されないことは,前記ア(イ)のとおりである。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。

(ウ)原告らは,本件特許権者が,本件審判において,本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された化合物(Ia-1)のデータによりサポートされないことを自認していたから,当業者は,本件発明1がその課題を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
・・・

5)まとめ
以上のとおりであって,本件発明125及び912は,平成6年法律第116号附則62項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法3651号に適合するものでないとはいえない。
したがって,原告ら主張の取消事由2は理由がない。

結論
よって,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がない。
以上の次第で,原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書は抗体関連、調査は無効資料調査が好きです。

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