■実施可能要件

■特許発明と共通構造を有する化合物に効果を有さないものがあるため実施可能要件違反との主張が認められなかった事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10007  審決取消請求事件
・平成30122日判決言渡  
・知的財産高等裁判所第4 髙部眞規子 古河謙一 関根澄子
・原告:バイエルクロップサイエンス株式会社
・被告:ビーエーエスエフ  ソシエタス・ヨーロピア
・特許4592183
・発明の名称:2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン


■コメント
無効審判の特許維持審決に対する審決取消訴訟です。
本件特許の訂正後の請求項1は下記の通り(下線は訂正箇所)。


「【請求項1】式Ia
式Ia_20180716 
[
但し、R1が、ハロゲンを表し、
R2
が、-SOnR3を表し、
R3
が水素、C1C6アルキルを表し、
n
1又は2を表し、
Q
2位に結合する式II
式II_20180716 
[
但し、R6R7R8R9R10及びR11が、それぞれ水素又はC1C4アルキルを表し、上記CR8R9単位が、C=Oで置き換わっていても良い]
で表されるシクロヘキサン-13-ジオン環を表し、
 X1が酸素により中断されたチレン鎖または-CH2O-を表し、
Het
が、
オキシラニル、2-オキセタニル、3-オキセタニル、2-テトラヒドロフラニル、3-テトラヒドロフラニル、2-テトラヒドロチエニル、2-ピロリジニル、2-テトラヒドロピラニル、2-ピロリル、5-イソオキサゾリル、2-オキサゾリル、5-オキサゾリル、2-チアゾリル、2-ピリジニル、1-メチル-5-ピラゾリル、1-ピラゾリル、35-ジメチル-1-ピラゾリル、または4-クロロ-1-ピラゾリルを表す]
で表される2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン又はその農業上有用な塩。」


争点は、訂正の可否、実施可能要件、サポート要件、進歩性、原文新規事項です。前2つについて以下に裁判所の判断の概要を記載します。


▼訂正の可否
裁判所は、下記の通り、置換基のマーカッシュの選択肢を限定する訂正について、新規事項の追加に該当しないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1(本件訂正の可否)について
1  本件訂正は,審決の予告(甲90)において実施可能要件に係る記載不備が指摘されたことに対して,明細書に明示的に記載されていた置換基X1及びHetの選択肢(【0061】,表A及び表37)を,CASREGISTRY物質レコード(甲69)に示されていることから入手できることが確認された原料物質より合成される化学物質に限定したものである。すなわち,本件訂正発明は,本件発明のR11種類(ハロゲン),R21種類(-SOnR3),X12種類(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-),Hetをヘテロシクリル基及びヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)のうちの本件明細書に挙げられている多数の物質の中から18種類又は15種類の化合物に限定したものである。そして,本件訂正後の化学物質群は,いずれも本件訂正前の請求項に記載された各選択肢に内包されていることが明らかである。したがって,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものである。

また,訂正後の化学物質群は,訂正前の基本骨格(シクロヘキサン-13-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造。本件共通構造)を共通して有するものである。加えて,訂正後の化学物質群について,訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。そうすると,選択肢を削除することによって,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。
このように,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とし,また,本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないから,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内である。
したがって,本件訂正は,特許法134条の29項が準用する1265項の規定に違反しない。

2  原告の主張について
  原告は,選択肢を削除する訂正が認められるのは,特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されているといえる場合だけであり,本件明細書の【0061】は,多種多様なヘテロシクリルやヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)を,単に「列挙」しているにすぎず,本件明細書の他の記載を参酌しても,訂正後のHetの「18個の選択肢」やそれらと特定のX1(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-)との組合せは記載されていないことから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであり,認められない,特許庁の審査基準において
も同旨の考え方が採用されていると主張する。

(ア)  特許庁「特許・実用新案審査基準」の第Ⅳ部第2章(甲35)には,特許請求の範囲の補正,特に下位概念化及びマーカッシュ形式のクレームについて,以下のように記載されている。
「(2  発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合
請求項の発明特定事項の一部を限定して,当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項まで下位概念化する補正は,新たな技術的事項を導入するものではないので許される。
請求項の発明特定事項を下位概念化する補正が当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項までは下位概念化しない補正であっても,この補正により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかな場合であれば,新たな技術的事項を導入するものではない。したがって,このような補正は許される。
他方,請求項の発明特定事項を下位概念化する補正であっても,この補正により当初明細書等に記載した事項以外のものが個別化されることになる場合は,その補正は,新たな技術的事項を導入するものである。したがって,このような補正は許されない。」
「(5  -カッシュ形式等の択一形式のクレ-ムについてする補正の場合a-カッシュ形式等の択一形式で記載された請求項において,一部の選択肢を削除する補正は,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものではない場合には許される。

当初明細書等に化学物質が多数の選択肢群の組合せの形で記載されている場合に,以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の補正により追加された,又は残された特定の選択肢の組合せが新たな技術的事項を導入するものではないとは認められない場合がある。
(ⅰ)当初明細書等に記載された多数の選択肢の範囲で特定の選択肢の組合せを請求項に追加する補正
(ⅱ)選択肢を削除した結果として特定の選択肢の組合せが請求項に残る補正例えば,補正の結果,出願当初に複数の選択肢を有していた置換基について選択肢が唯一となり,選択の余地がなくなる場合には,そのような特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されている場合(下記cの例を参照。)を除き,その補正は許されない。なぜなら,選択肢としての当初の記載は,特定の選択肢の採用を意味していたとは認められないからである。

他方,選択肢の削除が実施例の記載を伴った選択肢が残るようになされることにより,このようにして残った選択肢が,実施例等の当初明細書等の全体の記載を基に判断した場合には,新たな技術的事項を導入するものではないと認められる場合がある。
例えば,当初明細書等に複数の選択肢を有する置換基の組合せの形で化学物質群が記載されていた場合には,当初明細書等に実施例等で記載されていた「単一の化学物質」に対応する特定の選択肢の組合せからなる化学物質(群)の記載のみを請求項に残す補正は許される。」

(イ)  また,特許庁が公表している「審査ハンドブック付属書A新規事項を追加する補正に関する事例集」(甲102)には,事例35【補正2】として,「補正後の特許請求の範囲に記載した化学物質は,…という特定の組合せが唯一の選択肢となるが,このような特定の組合せを採用することは出願当初の明細書等のいずれの箇所にも記載されておらず,また,記載されているのと同然ともいえない。さらに,この補正が新たな技術的事項を導入するものではないといえる特段の事情も見いだせない。したがって,【補正2】の場合には,補正後の特許請求の範囲に記載された化学物質は,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえない。」
と記載されている。

(ウ)  しかし,原告がその主張の根拠とする審査基準においても,訂正の結果,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものであるか否かで判断すべきものとされているところ,本件訂正においては,前記(1)のとおり,新たな技術的事項は導入されていない。
イ原告は,本件訂正後のX1Hetの組合せであれば方法Cにより生産できることが本件明細書に開示ないし示唆されているとはいえないから,本件訂正後のX1Hetの特定の組合せを任意に選択することは,新規な技術的事項を追加するものであると主張する。
しかし,後記32)イのとおり,原料化合物質が入手できれば,X1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づいて,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるから,本件訂正後のX1Hetの組合せであれば方法Cにより生産できることが本件明細書に開示されているといえる。
したがって,新たな技術的事項が導入されたということはできない。
ウよって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

3  小括
したがって,本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,新規事項の追加には当たらないから,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。
よって,取消事由1は理由がない。
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▼実施可能要件
裁判所は、下記の通り、マーカッシュの化合物を製造できるなどの理由により、実施可能要件を満たすと判断しました。また、特許発明と共通構造を有する化合物に効果を有さないものがあるため実施可能要件違反であるとという主旨の原告の主張を認めませんでした。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
1  特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,当業者が「その物を製造できるように」,また,「その物を使用できるように」
記載されていなければならない。

2  本件訂正発明に係る化学物質の製造について
  本件訂正明細書には,本件訂正発明に係る化学物質の製造について,以下の記載がある。
0131】~【0134】には,本件訂正発明に該当する1の化学物質である{2-クロロ-3-[1-メチルピラゾール-5-イル)オキシメチル]-4-メチルスルホニルフェニル}{5,5-ジメチル-13-ジオキソ-シクロヘキサ-2-イル}メタノン(X1-CH2O-Het1-メチル-5-ピラゾリルの場合)の合成例が示されている。かかる合成工程において,X1の「-CH2O-」結合部分は,「工程b」(【0132】)において形成される。(下図)
koutei b_20180716 
また,同様の合成方法によって得られる
7つの化学物質が表37(【0135】)に示されている。
他方,【0050】~【0057】には,「方法C」として,置換ヘテロシクリル(下図のVⅡ)を安息香酸エステル(同Vb)で置換して,本件発明に係る安息香酸エステル(同Ⅲc)を得る方法が記載され,出発材料,添加する試薬,材料の添加割合,溶媒,反応温度等について記載されている。
koutei c_20180716 

  本件訂正発明に係る化学物質の製造に関して,請求項1の式Ⅰaにおける「-X1-」の結合部分(すなわち,X1が「-CH2O-」である場合と,「-CH2OCH2-」である場合)に着目して,これら化学物質が製造できるように記載されているか否かについて判断する。

(ア)  X1が「-CH2O-」である場合
本件明細書における製造実施例(【0131】~【0134】)で具体的な反応条件と共に開示されている工程b(【0132】)の記載によれば,当業者は,原料であるHO-Hetが入手できれば,X1が「-CH2O-」である化合物の製造を実施することができる。そして,甲69に記載されているとおり,原料となるアルコ-ルはいずれも入手可能であることから,上記化合物を当業者が容易に製造することが可能である。

(イ)  X1が「-CH2OCH2-」である場合
前記11)キのとおり,本件明細書における製造実施例(【0131】~【0134】)では,用いる物質の量,溶媒,塩基,反応温度,反応時間等の諸条件や,各工程で得られる化学物質の融点や量が,具体的に記載されているほか,前記11)イのとおり,一般的な製造工程である置換安息香酸誘導体Ⅲcを合成するスキ-ム(方法C)に関する記載(【0050】~【0056】)においても出発材料の構造の詳細及び使用量,他の使用材料(塩基,補助塩基,溶媒)の種類及び使用量,並びに反応温度が記載されている。
そして,製造実施例(【0131】~【0134】)にはX1として「-CH2O-」である化合物に関するものが示されているのみで,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の製造に関する実施例の記載こそないものの,原料化学物質であるHO-CH2-Het(甲6269参照)が入手できれば,上記方法Cの記載(【0050】~【0056】)も参考にしつつ,合成例の工程bに示された周知の反応と同様の合成を行うことにより,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質も当業者が容易に合成することができるものと認められる。

(ウ)  そうすると,請求項1の式ⅠaにおけるX1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づけば,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるものと認められる。

  原告の主張について
(ア)  原告は,本件明細書には,本件訂正発明に該当する1の化学物質の合成例(【0131】~【0134】)及び7個の化学物質(【0135】表37)が具体的に記載されてはいるが,これらはごく限られた種類のものである,当該合成例の反応条件,試薬及び溶媒が,方法Cに関する反応条件として示されている極めて広範囲に記載された【0052】~【0056】の範囲内であったとしても,本件訂正発明1及び3に係る化学物質を生産することにつき,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤が要求されると主張する。
しかし,前記イ(イ)のとおり,当業者であれば,過度の試行錯誤を要することなく,当該物質を製造することができるものと認められる。

(イ)  原告は,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の合成方法(方法C)と,X1が「-CH2O-」である工程bとを関連付けるべきでない,すなわち,方法CにおけるX1X2X3の定義「X2が,炭素原子が少なくとも1個で,最大5個の,直鎖又は分枝アルキレン鎖,…を表し,X3が,最大5個の炭素原子を有する,直鎖又は分枝アルキレン鎖…を表し,且つX2OX3は基X1を形成する」からは,X3が単結合(つまり,炭素原子を含まず,かつ鎖でもないもの)ではないことが明確であるから,方法Cは,X1が「-CH2OCH2-」等の場合に関するものであって,「-CH2O-」の場合は含まない旨主張する。
しかし,方法CX3の定義「最大5個の炭素原子」は,X2の定義「炭素原子が少なくとも1個で,最大5個の」と異なり,「炭素原子数が零」の場合(すなわち,X3が単結合の場合)を含み得るように書き分けられていると解釈することに,技術的な矛盾はない。そして,前記イのとおり,本件訂正明細書における化学物質の製造方法に関する一般的な記載(方法C)及び合成例である工程bの記載に接した当業者は,X1が「-CH2O-」又は「-CH2OCH2-」である本件訂正発明に係る化学物質を製造することができる。
(ウ)  したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

3  本件訂正発明に係る化学物質の使用について
  本件訂正明細書には,以下の記載がある。
本件訂正発明の化学物質は,従来技術の2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオンに比べて,稲等の栽培植物には影響を与えずに望ましくない栽培植物に対して除草作用を示すという除草作用及び安全性において満足できる効果を有する(【0003】~【0008】)。作物の中の広葉の雑草及びイネ科の雑草(UnkraeuterundSchadgraeser)に対して,栽培植物に損傷を与えることなく作用する(【0109】)。本件訂正発明に係る化学物質又はこれを含む除草剤組成物を種々の作物に,水性分散液の噴霧や粒状態の散布等,様々な態様によって施与することができる(【0112】~【0129】)。本件訂正発明に係る化学物質の除草剤としての使用実施例(事前法,事後法による温室実験の方法)(【0136】~【0140】)

本件訂正明細書において本件訂正発明に係る化学物質について使用することができるように記載されているか否かについて判断する。
前記アの本件訂正明細書の記載から,2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物は,除草作用を有することが従来から知られていたものと理解される。また,引用例1ないし同4(甲14)には,本件訂正発明と「シクロヘキサン-13-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造」(本件共通構造。上図)において共通する化合物,つまり2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物が除草剤の有効成分の物質として有用であることが記載されている。
そうすると,当業者は,本件訂正発明に係る,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物を【0136】~【0140】に記載の使用実施例に従って施用すれば,従来技術から除草剤の有効成分とされる2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物と同様に課題を解決できることを理解することができるから,実際に除草試験を行った結果の記載の有無にかかわらず,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる。

原告の主張について
(ア)原告は,実施可能要件を満たすためには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要であって,通常,一つ以上の代表的な実施例が必要である,また,用途発明であれば,通常,用途を裏付ける実施例が必要であると主張する。
しかし,前記イのとおり,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物は,除草作用を有し,除草剤の有効成分として有用であることが従来から知られていたことからすれば,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-13-ジオン化合物であれば,同様の効果を奏するものと推認できるから,本件訂正発明については,改めて試験を行うまでもなく,有用性が認められるというべきである。また,本件訂正発明は,除草剤の有効成分の化学物質に係る発明であるから,いわゆる用途発明には当たらないし,用途発明に準じて実施例が必要であるということもできない。

(イ)原告は,①甲99の「化合物番号55」は本件共通構造を有するにもかかわらず,本件訂正明細書に記載の施与量の上限の約1.5倍(4.48kg/ha)で試験されたどの雑草にも除草効果を示さなかったこと,②甲101の本件共通構造を有する6つの化学物質は,引用例1ないし4よりも多い80g/haの施与量で行った実験において,いずれの雑草(カラスムギ,ショクヨウガヤツリ,イヌビエ,イチビ)に対しても除草活性を示していないこと,以上によれば,本件共通構造上の置換基の種類・組合せが,除草活性の発現に大きく影響することは明らかであり,本件共通構造を有する化学物質が必ずしも除草活性を示さないと主張する。しかし,原告の挙げる上記各物質は,いずれも本件訂正発明の技術的範囲に含まれないものであるから,上記各物質が除草効果を示さないことをもって,本件訂正発明が実施可能要件に欠けるということはできない。
また,甲99によれば,本件共通構造を有する93種類の物質で実験を行ったところ,「化合物番号55」を除く大半のものについて除草効果が示されているし,甲101は,4種類の雑草について実験したものにすぎない。したがって,上記各物質についての実験結果を考慮しても,本件共通構造を有する物質であれば,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる旨の前記イの判断は左右されない。
(ウ)したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

4)小括
以上のとおり,本件訂正明細書における発明の詳細な説明の記載は,その記載に基づいて当業者が過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る化学物質を製造し,使用することができることが記載されているといえる。
したがって,本件訂正明細書は実施可能要件を満たしている。
・・・

7 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■抗原も配列も限定のない改変抗体特許への無効審判で特許が維持された審決例

 
<審決紹介>
・無効2016-800136
・審決日:20171122
・合議体:審判長 特許庁審判官 關政立、審判官 渡邉潤也、審判官 田村聖子
・請求人:アレクシオン ファーマシューティカルズ, インコーポレイテッド
被請求人:中外製薬 株式会社
・特許4954326
・発明の名称:複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子


コメント
今回紹介するのは、中外製薬(株)が臨床試験(フェイズ3)中のSA237をカバーする特許に対する無効審判です。  SA237は、アクテムラ(トシリズマブ)のCDRのチロシンをヒスチジンに改変したIL-6R抗体です。

請求項1は下記の通りで、結構広いです。下線は補正箇所です。

「【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上10000以下の抗体であって血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。」

争点は、
実施可能要件、サポート要件、拡大先願、進歩性欠如、明確性です。今回は実施可能要件の一部の論点のみご紹介します。
実施可能要件は、下記の通り、審査時にも
拒絶理由通知書の中で指摘されていました。


拒絶理由通知書-----------------------------------------------------------------------
「請求項1に記載される発明は、医薬組成物に用いられる抗体のヒスチジンで置換されるアミノ酸残基の位置を何ら特定するものではないが、本願明細書に具体的に記載されている血漿中半減期が長くなった抗体は、抗原の結合に影響しないアミノ酸残基を選択した中でも、特定のH鎖及びL鎖のごく限られたアミノ酸残基の位置をヒスチジンで置換した抗体のみであり、また、一般に抗体の可変領域のアミノ酸配列を置換すると抗体の抗原に対する特異性や親和性が失われ抗体の機能を果たさなくなる蓋然性が極めて高いことは当業者の技術常識であるから、請求項1に記載される発明の任意のアミノ酸残基の位置がヒスチジンで置換された抗体は、血漿中半減期が短い抗原への特異性及び/又は親和性が低いもの数多く含まれており、その中から血漿中半減期が長い抗原に対して特異性及び親和性の高い医薬組成物として利用できる抗体を選択するためには当業者に過度の負担を強いるものである
 したがって、本願明細書の記載は、請求項1に係る発明を、当業者が実施することができる程度に記載されているとはいえない。
--------------------------------------------------------------------------------------------


これに対し、被請求人の中外製薬は、上記のように補正し(下線部)、下記のように意見書で反論していました。


意見書-----------------------------------------------------------------------------------
3. 理由2について
 審査官殿は、平成231031日付拒絶理由通知において、下記のように認定されています。

(省略)

 拒絶理由通知においては、上記のように「本願明細書に具体的に記載されている血漿中半減期が長くなった抗体は、抗原の結合に影響しないアミノ酸残基を選択した中でも、特定のH鎖及びL鎖のごく限られたアミノ酸残基の位置をヒスチジンで置換した抗体のみであり」と認定されておりますが、本願明細書においては、例えば、再公表公報の段落0071から0079において可変領域の複数の個所にわたってヒスチジン残基が導入され得る個所を具体的に開示しているとともに、これらの変異を有する抗体が所望の結合活性を奏することは実施例で具体的に立証されています。また、定常領域の変異によって所望の性質を付与することは再公表公報の段落0084に開示されているとともに、定常領域においてアミノ酸が置換された複数の改変体(配列番号:30で表されるM58、配列番号:31で表されるM71および配列番号:32で表されるM73)が、pH依存的な抗原結合活性を発揮することは実施例12において実証されています。しかしながら、出願人は本願の審査の促進のため、アミノ酸が置換される部位が可変領域とする補正を行いました。当該補正によって、前記の認定を根拠とする拒絶理由は解消したものと出願人は思料します。

 また、拒絶理由通知においては、上記のように「請求項1に記載される発明の任意のアミノ酸残基の位置がヒスチジンで置換された抗体は、血漿中半減期が短い抗原への特異性及び/又は親和性が低いもの数多く含まれており」と認定されておりますが、本願明細書においては、例えば、再公表公報の段落0081において「抗原結合分子は、対象とする抗原への特異的な結合活性を有する物質であれば特に限定されないが、抗原結合分子の好ましい例として、抗体の抗原結合領域を有している物質を挙げることができる。」と定義されているように、抗原への結合活性を有するものに限定されており、抗原への結合活性を有しないものは除外されているため、「抗原への特異性及び/又は親和性が低いものが数多く含まれている」との認定は当たらないものと出願人は思料します。
--------------------------------------------------------------------------------------------


審査官はこの後、特許査定を通知しました。
意見書で引用されている段落0071から0079にはヒスチジン残基が導入され得る
個所の例が記載されていますが、ざっと読んだ感じでは、その個所が(実施例の抗体以外の)一般的な抗体に適用できることの論理的な説明はなさそうです。段落0084、段落0081も一行記載的に書かれているだけで、論理的な説明はなさそうです。
そうするとなかなか厳しい印象を受けますが、審査官は拒絶解消と判断しました。
なお、実施例を見てみると、
IL-6R抗体だけでなく、抗IL-6体(実施例16)、抗IL-31R抗体(実施例17)ついても変異実験を行っていました。


次に審決ですが、上記に似た議論がされています。


審決-----------------------------------------------------------------------------------
第5  当合議体の判断
・・・
e) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入の対象となる抗体のレパートリーが非常に大多数であり、更に、対象となる抗体の可変領域中のヒスチジン変異が導入される位置やその組み合わせが膨大な数であるから、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を示す抗体を取得するには過度な実験を要する(審判請求書第12頁第13行~第1323行及び第14頁第23行~第25頁第14行)旨主張する。

 しかしながら、本件特許発明1は医薬組成物に係るものであるから、本件特許発明1に係るヒスチジン変異の導入の
対象は医薬組成物に用いられる抗体に限られており、請求人が主張するような非常に大多数の抗体ではない。
 また、上記c及びdで説示したとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジンscanningによりヒスチジン変異が導入された抗体ライブラリーの中から変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗体を選択する方法や、立体構造モデルを用いてヒスチジンの導入により抗原とのpH依存的結合を導入できると考えられるアミノ酸残基を選択する方法を用いて、所定のpH依存的結合特性を有する抗体を取得できることが記載されており、実際にそれらの方法を用いて、ヒスチジンの置換の位置の決定や、pH依存的結合特性を有し、血漿中半減期が延長された抗体の選択(スクリーニング)を行えたことも記載されている(特に、本件摘示12131520)から、たとえヒスチジン導入の対象となる抗体の可変領域中のアミノ酸残基の位置やその組合せが多数であるとしても、当業者は発明の詳細な説明に記載された上記の方法、すなわち、ヒスチジンscanning等の方法によって可変領域にヒスチジンが導入された抗体の中から、所定のpH依存的結合特性を満たすものについて、血漿中半減期が長くなったものを選択する作業を
繰り返して行えば、本件特許発明1に係る抗体を取得できるのであるから、本件特許発明1が実施可能要件違反となるものではない。なお、本件特許の出願日後に公知となった例ではあるが、前記甲35には、可変領域のCDRにヒスチジン置換を導入することにより、pH依存的結合特性を獲得した変異体を実際に取得できたことが記載されており(上記甲3-ア~甲5-エ)、これは上記判断と整合するものである。
 よって、当該抗体の取得に過度な実験を要するという請求人の主張は採用できない。」
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「対象は医薬組成物に限られており・・・」のところの「医薬組成物に用いられる抗体」が非常に大多数とはいえない理由が明確じゃない気がしますが、後半の言い回しは拒絶応答のときの参考になりそうです。


なお、サポート要件は以下のように判断されました。


審決-----------------------------------------------------------------------------------
(イ) サポート要件について
 特許請求の範囲の記載が、いわゆるサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
 
a
 上記(ア)aで説示したとおり、本件特許発明1は、上記第2において認定した請求項1に記載のとおりの「抗体を含む医薬組成物」であって、当該「抗体」は、可変領域へのヒスチジン変異の導入により、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて、血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体である。
 一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記12)ア(イ)で示したとおり、抗体医薬の技術分野において、投与量の低減及び持続性の延長のために、1の抗体で複数の抗原を中和し、in vivoで通常の抗体よりも効果を発揮する新規な抗体を提供することを課題とする発明が記載されており、上記(ア)で述べたところから明らかなとおり、かかる課題が抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による所定のpH依存的結合特性の付与と、これを介した血漿中半減期の延長により解決できることも明らかにされている。
 してみると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、当該発明の課題を解決できると当業者が認識し得るものといえる。
 よって、本件特許発明1は、サポート要件を満たすものである。」
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というわけで、特許は維持されました。

この特許は分割出願があり、特許
5824095、特許5503698についても無効審判が請求された後、維持されています。
各請求項1は下記の通りです。


・特許
5824095
【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上、10000以下の抗体であって、血漿中抗原消失能が増加した抗体を含む医薬組成物。

・特許
5503698
【請求項1】
少なくとも1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上、10000以下の抗体であって、細胞外で結合した抗原を細胞内で解離する抗体を含む医薬組成物。



■抗血小板用医薬組成物の製造方法: 平成21年(行ケ)第10170号審決取消請求事件


コメント: スクリーニング方法のみに特徴のある発明において、クレームを「スクリーニング工程 × 生産方法。」形式で記載していて実施可能要件違反と判断された例。

裁判所は、「検出される化合物が共通して持つ化学構造や物性など「物」の観点からの説明はなく,このような実施例の記載から他にいかなる化合物が検出されるか当業者が理解することはできない。」、また、「「製造する物」は有効成分である化合物と製剤化に必要な汎用の成分とからなる抗血小板用医薬組成物であるから,当業者は明細書の記載自体から抗血小板用医薬組成物における有効成分となるものを化合物自体として特定して把握することができること,いいかえれば,明細書の記載自体からある化学構造の化合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することができなければならないというべきである。」と述べている。なお、原告の主張にもあるように、上記のようなクレームが登録になっている例は複数存在する。 ☆

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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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