■顕著な効果

■<知財高裁/ナゾネックス点鼻液特許の審取訴訟> 特許発明の効果の顕著性が認められなかった事例


<判決紹介>

・平成31年(行ケ)第10006号 審決取消請求事件(第1事件)

・平成31年(行ケ)第10058号 審決取消請求事件(第2事件)

・令和元年1225日判決言渡

・知的財産高等裁判所第3部 鶴岡稔彦 山門優 高橋彩

・第1事件原告:杏林製薬株式会社

・第2事件原告:メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション

・第1・第2事件被告:東興薬品工業株式会社

・特許3480736

・発明の名称:気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用

 

 

コメント

ナゾネックス点鼻液に関する特許の、無効審判の審決取消訴訟の紹介です。

後発品メーカー vs 新薬メーカーです。

 

経緯は以下のとおりです。

 

・平成6127日:メルクが基礎出願

平成151010:特許登録(特許3480736

・平成26331日:東和薬品が無効審判請求(無効2014-800055有効審決(平成2723日)知財高裁が審決取消(平成28330日)→メルクが上告(平成28年5月13日)→上告受理申立却下(平成2961日)→審決の予告(平成30年1月24日)→東和薬品が取下請求(平成30213日)

・平成27824日:東興薬品が無効審判請求(無効2015-800166

・平成30720日:杏林製薬が参加申請

・平成301219日:無効2015-800166無効審決

・平成31118日:杏林製薬が審決取消訴訟提起

・平成31418日:メルクが審決取消訴訟提起

・令和元年1031日:存続期間満了(延長含む)

・令和元年1225日:判決いまココ

 

 

先発品はナゾネックス点鼻液50μg 56噴霧用、112噴霧用(一般名:モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物)です。

後発品は複数社から販売されています。

効能・効果は、アレルギー性鼻炎です。

 

 

本件特許に関しては、過去に東和薬品が無効審判を請求→有効審決知財高裁が審決取消無効審判取下という経緯があります。

このときの知財高裁の判決は下記ブログ記事で紹介していました。

 

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-163.html

 

 

本件特許の請求項12は以下の通りです。

 

「【請求項1モメタゾンフロエート水性懸濁液を含有する薬剤であって,11回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。

【請求項2】前記11回の投与量が100200マイクログラムであり,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である,請求項1に記載の薬剤。」

 

 

本訴訟の争点は進歩性です。一致点及び相違点の認定、相違点の容易想到性、効果の顕著性が判断されました。

前回の知財高裁の判決(東和薬品 v. メルク)もそうでしたが、効果の顕著性の判断方法がとても参考になります。

以下では、効果の顕著性に関する部分を主に紹介していきます。

 

 

まず、審決の要旨は以下のとおりです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

審決の理由の要旨

1被告(請求人)は,本件発明について,①下記の甲1(以下「甲1文献」という。)に記載の発明(以下「甲1発明」という。),甲2(以下「甲2文献」という。)及び技術常識に基づく進歩性欠如(無効理由1),②実施可能要件違反(無効理由2)を主張した。

審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,本件発明の構成は,甲1発明に甲2文献及び技術常識を組み合わせることにより容易に想到することができ,本件発明の効果も当業者が容易に予測し得たものであるから,本件発明は進歩性を欠如するというものである。

1:特表平5-506667号公報

2Wang C-J.他,Journal of Pharmaceutical & Biomedical Analysis, 107号,1992年,473479

 

2)審決が認定した甲1発明及び本件発明との一致点及び相違点は次のとおりである。

  1発明

「炎症状態を治療するための,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液。」

  本件発明1と甲1発明の対比

本件発明1と甲1発明は以下の[一致点]で一致し,[相違点1][相違点2]について相違する。

[一致点]

モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,鼻腔内に投与される,炎症状態の治療のための薬剤。

[相違点1]

薬剤の用法・用量につき,本件発明1では「11回」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

[相違点2]

  治療の対象である炎症状態につき,本件発明1では「アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

  本件発明2と甲1発明の対比

本件発明2と甲1発明は,上記[一致点]で一致し,[相違点1][相違点2]に加え,[相違点3-1][相違点3-2]において相違する。

[相違点3-1]

本件発明2では「前記11回の投与量が100200マイクログラムである」とされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。

[相違点3-2]

本件発明2では「未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である」とされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。

・・・

 

3)審決が認定した本件発明の効果は次のとおりである。

  アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投与で,プラセボとの対比において,治療効果がある(以下「効果①」という。)。

  経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果がある(以下「効果②」という。)。

  プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がない(以下「効果③」という。)。

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次に、原告の主張は以下のとおりです。

 

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

取消事由1-2(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1審決は,本件発明の効果①,③は,甲1発明の効果,甲2文献の記載から読み取れる効果,及び,甲A68の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが誤りである。

 

2)本件発明の効果

  本件明細書には,①モメタゾンフロエートの水性懸濁液の好ましい用量を投与する場合,単回投与または分割投与のどちらでも選択可能であること,②わずか11回の外鼻孔への服用でも,アレルギー性鼻炎(季節性アレルギー性鼻炎を含む。)を処置するのに安全かつ効果的であることが新たに見出されたことが記載されている(本件明細書(第101227行))。本件明細書には11回投与と12回投与(一日量の2回分割投与)を比較した実験結果は記載されていないが,本件発明を実施した医薬品に関する審査報告書に,11回投与と12回投与を比較した結果,効果が同等であったことが記載されている(甲4930頁)。

そして,11回投与はステロイド点鼻薬について採用され得る最も投与頻度の低い用法であるから,本件発明の「11回」という技術事項は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液がステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る最も高いレベルの作用・効能の持続性を有していることを示している。本件優先日後の知見であるが,現在では,モメタゾンフロエートの分子構造に鼻の粘膜部分のタンパク質と結合しやすい構造部分(以下「フロエート部分」という。)があり,これにより薬理効果を長時間発揮することが分かっている(甲A5912921295頁)が,本件優先日当時はモメタゾンフロエートが上記の特徴的な性質を有することは全く知られていなかった。モメタゾンフロエートの水性懸濁液が持続的な作用・効能を奏することは本件優先日当時の文献からは知ることのできない事柄である。本件発明は,公知の成分であるモメタゾンフロエートの水性懸濁液の有する未知の性質(鼻に局部投与した場合の抗アレルギー効果の高い持続性)に着目した用法・用量を特徴とする発明(用途発明)であり,進歩性のある発明である。

 

  また,本件優先日当時,モメタゾンフロエートの鼻腔内投与水性懸濁液のバイオアベイラビリティは公知でなく,その他のステロイドのバイオアベイラビリティも,40%を超えるものばかりであった(甲A591296頁)。したがって,当業者であれば,モメタゾンフロエートを経鼻投与した場合のバイオアベイラビリティについても,既知のステロイドの場合と同程度の40%以上と推測する。審決は,ブデソニド(バイオアベイラビリティ:102%)やトリアムシノロンアセトニド(バイオアベイラビリティ:45%)がモメタゾンフロエートの「類薬」としているから,これによれば,モメタゾンフロエートもこれらと同程度のバイオアベイラビリティと推測することになる。ところが,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合のバイオアベイラビリティは,0.16%未満であり(モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性吸収は8%であり,かつ,全身性吸収されたものの98%以上が肝臓で代謝される(本件明細書・表2,第53840行)),顕著に低い。なお,モメタゾンフロエートでは,鼻腔スプレー懸濁液における平均血漿中濃度は経口水性懸濁液の濃度を下回り,この性質も,本件発明の顕著な効果をさらに裏付けている。

 

3)審決の効果の認定及び評価について

  審決は,上記(2)のとおり,本件発明が11回投与の場合と12回投与の場合で効能に有意な差が無く,ステロイド点鼻薬として優先日当時に望み得る,最も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,審決が「類薬」とする他のステロイドと比較して本件発明のバイオアベイラビリティが顕著に低いことを看過しており,審決の効果の認定には誤りがある。また,非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果である。審決は本件発明の効果の存在を看過したことにより,当該効果の評価も遺漏しており,誤りがある。

 

  審決は,甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液であるから,効果②(経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果)は本件発明の有利な効果の存在の根拠とならないと判断する。審決の判断によれば,公知物がある効果を客観的に奏するのであれば,優先日当時に当該効果の存在が当業者に知られていなくても,発明の効果の顕著性は,上記効果と比較して判断することになる。

しかし,用途発明は,既知の物質について新規な用途を発見したことを特徴とする発明であり,当該新規な用途を基礎づける物性は(発見されていないだけで)公知物自体にすでに客観的に備わっている。したがって,公知物に当該物性が備わっていることを理由に用途発明に顕著な効果を認定しないとすると,公知物に当該物性を発見したことを根拠とする用途発明については,およそ顕著な効果を根拠とする進歩性(特許法292項)はあり得ないことになる。したがって,少なくとも用途発明の効果の顕著性は,優先日当時の技術理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきである。

審決は,優先日に公知となっていない効果との比較で顕著性を評価するもので,後知恵である。

 

4審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

・・・

 

取消事由2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1審決は,本件発明の効果①,③は,甲1発明の効果,甲2文献の記載から読み取れる効果,及び,甲A68の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが,誤りである。

 

2)本件発明の効果

  本件発明の課題は,アレルギー性鼻炎の治療に優れた抗炎症効果を有しながら全身性副作用の少ない治療方法の開発というより広い課題として把握されなければならず(本件明細書の第350行~第42行,同3037行,第53034行),本件発明の効果は,次のとおりである。

(ア)アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの投与で効果的に処置できること

(イ)モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げること

 

  アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの投与で効果的に処置できることという効果(上記ア(ア))について

  本件発明のアレルギー性鼻炎に対する優れた治療効果は,本件明細書に記載された201名の季節性アレルギー性鼻炎の患者を対象にした臨床研究(第1449行~第1739行)に記載されている。本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス®は日本においては2008年に発売が開始されたが(甲A18),それまで,12回の投与とされていた鼻噴霧用ステロイド薬とは異なり,11回で効果が十分持続する鼻噴霧用ステロイド薬として画期的なものであった(甲A16)。

  そして,上記の画期的効果は,モメタゾンフロエートのフロエート構造が薬理効果を長期間発揮する物性をモメタゾンフロエートにもたらすことによるものであるところ,本件優先日当時,上記の物性等は明らかになっていなかったから,当業者がこの画期的効果を予測することは不可能であった。

 

  モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げるという効果(上記ア(イ))について

(ア)本件発明は,①血漿中コルチゾル濃度の測定(本件明細書第13欄下から2行~第149行),②トリチウム標識モメタゾンフロエートを投与することによる全薬物についての全身性吸収率の測定(第1811行~第26欄最終行,表2193540行),③高速液体クロマトグラフィーを用いた代謝物分析(肝臓における一次代謝の割合)(第53446行,第181126行)という3つの実験から,上記の効果が得られたことを確認している。

すなわち,上記①の結果は,全身性副作用である副腎抑制がないことを示している。また,上記②及び③の結果は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性バイオアベイラビリティが1%未満であること(②におけるモメタゾンフロエートの水性懸濁液吸収率8%(代謝物含む)×③における初回通過効果を回避する割合2%)を示している。このように,本件発明は,全身性吸収が低く抑制されると同時に,わずかに吸収されたモメタゾンフロエートの大部分は代謝されることにより,血流に到達する親薬物は実質的に存在しないこととなり,「モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げる」という顕著な効果を有する。

 

(イ)このような効果は,次のとおり,本件優先日当時予測できるものではなかった。

モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明されておらず(甲2文献),これらのデータなしに,鼻腔吸入した場合の全身効果の程度を知ることはできなかった。本件優先日当時,モメタゾンフロエートが少なくとも複数の推定代謝物を有し,その代謝物の多くがコルチコイドレセプターと強い結合親和性を有していたことが報告されており(甲A26・概要・141頁右欄13行~1422行),鼻腔投与された場合の薬物動態は複雑なものとなると考えられていたから,なおのことである。

 

1文献や甲2文献にはモメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際の全身バイオアベイラビリティについての記載がないから,このような効果を予測し得ない。さらに,本件優先日後の文献によれば,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが甲A68のブデソニド,トリアムシノロンアセトニド及びフルチカゾンプロピオネートのバイオアベイラビリティと比較して格段に優れており,このことからは,前者の優位性が予測し得なかったものであることが理解できる(甲A59の図5)。本件優先日後に,日本において鼻噴霧用ステロイド薬として使用されている主な医薬品のうち,バイオアベイラビリティが明らかとなっているものは,フルナーゼ(199492日に日本で販売開始)で1パーセント未満(甲A1917頁),アラミスト(2009619日に日本で販売開始)で平均0.5パーセント(甲A2025頁),本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス(2008916日に日本で販売開始)で0.2パーセント未満である(甲A181頁)。現在日本において小児アレルギー性鼻炎に使用されている鼻噴霧用ステロイド薬のうち,フルナーゼは4歳以下(甲1932頁)について安全性が確立していないのに対し,ナゾネックスは3歳未満の幼児において安全性が確立していない(甲A1839頁)とされ,ナゾネックスの方がより年齢の低い小児に安全性のある医薬品となっている(甲A17686頁)。

 

本件優先日当時,経口投与の場合には初回通過効果を受けるのに対し,鼻腔投与の場合には当該効果を受けることがなく,薬物透過に対するバリアー能が鼻粘膜は低いため,鼻腔投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるとの技術常識があった(甲A60)から,甲2文献のモメタゾンフロエート溶液を経口投与した場合の血漿濃度から水性懸濁液を鼻腔投与した場合のバイオアベイラビリティを予測することはできないことはより一層明らかである。

 

最終的にどの程度の薬物が吸収されるのかは,薬物が最終的に排出されるまでの経過を見なければわからないし,投与後24時間の間の血漿中コルチゾル濃度をみなければHPA機能が抑制されているかどうかはわからないから,甲2文献に示された血漿中の最大濃度(CmaxTmax)からHPA機能抑制の程度を予測することはできない。甲2文献の「モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有する一方,視床下部―下垂体―副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。」(第473頁左欄38行)との記載は,モメタゾンフロエートを皮膚に塗布する場合であって,鼻腔吸入した場合のものではないところ,前記32)イのとおり,皮膚に対する副作用から鼻腔投与の場合の副作用を予測することはできない。

 

モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎を効果的に処置しつつ,所望しない全身性副作用を抑制することができたのは,少なくとも一部はフロエート部分が有する機能であるが,これは本件優先日当時,知られておらず,予測することはできなかった。

(ウ)甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが11回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という格別顕著な効果を有することは予測し得ない。

 

3)審決の判断について

  効果①について

(ア)前記32)イのとおり,皮膚局所適用について有効性が確認されていても鼻腔吸入に有効であると限らないから,本件優先日当時,当業者が,甲2文献の「モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して有望な新薬候補」との記載に接しても,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に治療効果を有することを予想することはない。また,甲2文献からは,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に治療効果を有することは読み取れない。

(イ)武蔵野大学薬学部のA教授の意見書(甲A38112頁)によれば,当業者が甲2文献に接した場合にモメタゾンフロエート溶液の11回の投与では有効な治療効果を得ることができるとは予測できない。また,甲A68におけるモメタゾンフロエートとは異なるコルチコステロイドの用法が「11回」であることの記載があったとしても,モメタゾンフロエートについて11回の用法でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できることは予測し得ない。

(ウ)上記(2)イのとおり,フロエート部分の性質による効果も予測することはできなかった。

(エ)よって,効果①について,甲1文献,甲2文献,甲A69の記載から当業者が予測し得ると判断した本件審決が誤りであることは明らかである。

 

  効果③について

(ア)甲1文献,甲2文献,甲A68のいずれにも,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際に,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないことの記載はない。

(イ)本件発明では,血漿中コルチゾル濃度の測定を行うことにより,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないという効果を確かめているのであり,上記(2)ウによれば,効果③について,当業者が予測し得ると判断した審決が誤りであることは明らかである。

 

  効果②について

(ア)審決は,効果②は甲1発明との関係では有利な効果の存在の根拠となり得ないと判断したが,これは,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が開示されてさえいれば,本件優先日当時にその効果が知られていなくても,有利な効果としては参酌されないと判断したものといえる。

しかし,このような判断は,審査基準及び過去の裁判例に反する。特許発明の効果の顕著性は,優先日当時の技術的理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきであり,審決のように,本件優先日当時に公知となっていない効果を比較するのは後知恵であり,許されない。

(イ)審決は,「経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないこと」という効果②を認定したが,本件発明の効果は上記(2)アのとおりであり,誤りである。

 

4審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

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被告の主張は省略します。

裁判所の判断は以下のとおりです。

 

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

当裁判所の判断

・・・

  相違点3-2について

(ア)絶対的バイオアベイラビリティとは,血管内投与以外の投与経路(例えば鼻腔内投与)で得られる血漿中濃度曲線下面積と,静脈注射時の血漿中濃度曲線下面積とを比較することにより得られる割合(乙2)であるから,投与した薬物の量や濃度には依存しないものといえる。そうすると,「未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満」は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤を鼻腔内に投与した場合に現れる客観的な性質であって,甲1発明が備えた構成でもあると推認でき,これを否定する証拠もない。

(イ)したがって,相違点3-2は,実質的な相違点であるとはいえない。

・・・

 

取消事由1-2及び2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1)本件発明の効果

  前記12)のとおりの本件明細書の記載によれば,本件発明の効果として,アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが約1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しないことという効果が認められる。

 

  これに対し,審決は,前記第233)のとおりの効果①~効果③を認定する。

しかし,本件明細書の「治療上有効であって,かつ,鼻腔内投与・・・によって投与されたときに,低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用とを示すコルチコステロイドを見出すことが望まれている。」(34448行)との記載及び「本発明は,アレルギー性鼻炎に対して効果的に11回の服用で鼻腔内を処置するための薬剤を調製するためのモメタゾンフロエート水性懸濁液の使用を提供する。ここで,このモメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は,実質的に存在しない。」との記載(350行~44行)に照らせば,本件明細書における,経口溶液や経口懸濁液に関する数値やそれに対する比較は,本件発明の構成が備える効果として記載されているものとは認められない。したがって,効果②のように経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。

 

2)効果が予測できない顕著なものであるかについて

  1文献には,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物を含む鼻腔投与用水性懸濁液が記載されている。また,甲2文献(前記31))には,①モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,アレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入の治療効果が見込まれ,鼻腔内吸入の方法を用いアレルギー性鼻炎に用いること,②モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない合成のコルチコステロイドであることが記載されている。

 

本件優先日当時,①モメタゾンフロエートは,極めて強い局所抗炎症作用を示す一方,副作用(全身作用,皮膚萎縮)は弱く,主作用と副作用の乖離が大きい薬剤であること(前記22)ア),②モメタゾンフロエートは,皮膚疾患について11回の投与で小児でも安全かつ迅速な治療効果があること(同),③皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては,鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であること(同イ)が,技術常識として当業者に理解されていた。

 

また,本件優先日当時,鼻を含めた気道粘膜のアレルギー性疾患にステロイド局所療法を用いる際に,全身への影響を防ぐために懸濁液とし,粘稠性を与えるなどの気道粘膜に長時間にわたりステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られていたことが知られ(前記22)ウ),甲1文献にも,このような工夫をした水性懸濁液が開示されていた(実施例3)。

 

以上によれば,本件優先日当時の当業者は,技術常識並びに甲1文献及び甲2文献の上記記載により,副作用が低いモメタゾンフロエートの鼻腔投与用水性懸濁液につき,皮膚への局所投与と鼻腔への局所投与により薬物動態等の相違があるとしても,11回の鼻腔内投与でアレルギー性鼻炎に治療効果を有し,全身への吸収が低く,バイオアベイラビリティが優れていることも,予測できた範囲のものと認められる。

 

  以上によれば,本件優先日当時の当業者は,本件発明の構成について,「アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが低く,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しない」という効果について,予測することができたというべきである。そして,「バイオアベイラビリティが約1%未満である」との数値についても,その程度が,本件優先日当時の技術常識に基づき予測できた範囲を超える顕著なものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。

 

3)原告らの主張について

  1事件原告の主張について

(ア)第1事件原告は,本件発明が11回投与と12回投与とで効能に有意な差がなく,ステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る,最も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,また,非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果であると主張する。

 

しかし,第1事件原告が「11回投与と12回投与とで効能に有意な差がないこと」の根拠として指摘する本件明細書の「(3)吸入のための水性懸濁液については,単回投与又は分割投与において好ましい用量は・・・の範囲であ」るとの記載(第101214行)は,アレルギー性鼻炎の治療のための水性懸濁液の鼻腔内投与ではなく,「気道および肺実質のアレルギー性および/または炎症性疾患,特に喘息,慢性閉塞性肺疾患,肺および下気道流路の肉芽腫性疾患,肺の非悪性増殖性疾患(例えば,特発性肺線維症,過敏性肺炎および気管支肺形成不全)のような疾患の処置のため」に「吸入」する場合についての記載であり,本件発明の構成について11回投与と12回投与の効果の異同について記載したものとは読み取れない。また,そもそも本件発明の構成によれば,11回の投与によって有効な治療効果をあげられることが予測し得たことは上記(2)で認定したとおりなのであるから,それ以上に,11回の投与と12回の投与の効果を比較することに意味があるとは考えられず,これを予測し得ない効果の根拠とすることはできない。

 

1事件原告の主張するその余の効果については,結局は,アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しないことをいうに過ぎず,この効果に関する判断は,上記(1),(2)に説示したとおりである。

 

なお,第1事件原告は,本件発明は,後に判明したモメタゾンフロエートの構造(フロエート部分)についての未知の性質に着目した発明であり進歩性があるとも主張するが,本件明細書にこの点に係る記載はなく,また,本件発明の構成について,上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕著なものといえないことは上記(2)説示のとおりであるから,フロエート部分の性質が後に判明したことは,本件発明の進歩性の判断に影響するものではない。

 

(イ)また,第1事件原告は,審決の効果②の認定を前提として,経口溶液との比較した全身的な吸収の低さが予測し得ないものであることについて言及するが,本件発明の効果の認定において,経口溶液との比較を考慮すべきでないことは,上記(1)イに説示したとおりである。

 

  2事件原告の主張について

(ア)第2事件原告は,①皮膚局所適用について有効性が確認されていても,必ずしも,鼻腔吸入についての有効性があるとは限らないこと,②本件優先日当時,モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明されていなかったこと,③モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔内投与した際のバイオアベイラビリティは不明であったこと,④鼻腔内投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるのが技術常識であったこと,⑤鼻腔吸入の場合の全身性副作用の程度は不明であったことなどを主張する。しかし,甲1文献及び甲2文献の記載並びに技術常識に照らし,上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕著なものであるといえないのは,上記(2)に説示したとおりである。

さらに,第2事件原告は,本件優先日後の知見によれば,本件優先日後の製剤において,本件発明にかかる薬剤は他の薬剤より低い年齢の小児に対して安全性が確立していること,フロエート部分が有する優れた特性があることが明らかになったことを指摘するが,これらはいずれも本件優先日以降に判明したことで,本件明細書にはその記載もなく,本件発明の効果を認定するに際して考慮することはできない。

 

(イ)第2事件原告は,甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが11回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という格別顕著な効果を有することは予測し得ないと主張する。

しかし,本件発明の構成とした場合に,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という効果を有することを予測できたといえるのは,上記(2)のとおりである。

 

4以上のとおり,審決における効果の認定には誤りがあるが,効果の顕著性に関する判断に誤りはないから,原告らの主張する取消事由1-2及び2-6は理由がない。

 

まとめ

以上のとおりであるから,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がなく,原告らの請求は棄却すべきであるから,主文のとおり判決する。

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

以上の通り、本件特許発明の効果の顕著性は認められず、原告の請求は棄却されました。

 

裁判所は効果②に関して、「経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。」と判断しましたが、この判断方法はこのブログで紹介した判決ではおそらく初めてだと思います。理由をもう少し詳細に説明してほしかったなと思います。

 

なお、前回の知財高裁の判決(東和薬品 v. メルク)で、裁判所は、

「イ  全身的な吸収及び代謝

 本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。・・・」

と判断していました。

審決は効果②の認定にあたって、この部分を考慮したんだと思います。否定されてしまいましたが。


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■無効審判事件が特許庁と裁判所間で往復することが問題視された事例(パタノール点眼液)

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10003 審決取消請求事件
・平成291121日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4部、髙部眞規子、山門優、片瀬亮
・原告:X
・被告:アルコンリサーチリミテッド、協和発酵キリン株式会社
・特許3068858
・発明の名称:アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物



■コメント
無効審判事件の進歩性ありの審決が取り消された事例です。
対応する先発品はパタノール点眼液0.1%(オロパタジン塩酸塩)です。同じ剤型の後発品はないようです。

経過は以下の通りです。

●平成12519日:特許3068858が登録
●平成2323日:Xが無効審判請求
●平成23523日:訂正
●平成231216日:無効審決(特許庁)
●平成24424日:アルコンと協和キリンが審決取消訴訟を提起
●平成24711日:審決取消(裁判所)
●平成24810日:訂正(請求項1を訂正、請求項2-46-12を削除)
●平成25122日:有効審決(特許庁)
●平成2531日:Xが審決取消訴訟を提起
●平成26730日:審決取消=進歩性なしで無効(裁判所)
●平成28112日:上告不受理
●平成2821日:訂正
●平成28121日:進歩性ありで有効審決
●平成291121日:審決取消=進歩性なしで無効(裁判所)

平成26730日の判決については、以前のブログで取り上げていました。これです。

http://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-144.html



請求項1は下記の通りです。

「【請求項1
ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の
11-3-ジメチルアミノプロピリデン)-611-ジヒドロジベンズ[be]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。」



本件特許発明と、引用例1(あたらしい眼科Vol.11,No.4(1994)60)3605(1))との相違点は下記の通りです。

「(ア)  相違点1
アレルギー性眼疾患について,本件発明1では「ヒトにおける」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(イ)  相違点2
眼科用組成物(剤)について,本件発明1では「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(ウ)  相違点3
本件発明1では「点眼剤として調製された」ことが特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。」



判決によれば審決の判断は下記の通りで、本件特許発明に予測し得ない格別顕著な効果があるため進歩性ありと判断しました。

本件審決の判断
本件審決は,確定した前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法331項)により,相違点1及び相違点2については,いずれも引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたものであるとされ,相違点3については,単なる設計事項にすぎないとしつつ,化合物Aは「ヒト結膜肥満細胞」に対して優れた安定化効果(高いヒスタミン放出阻害率)を有すること,また,AL-4943A(化合物Aのシス異性体)は最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広いことは,いずれも引用例1,引用例3及び本件特許の優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であり,進歩性を判断するにあたり,引用発明1と比較した有利な効果として参酌すべきものであるとして,本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえないと判断したものである。」



これに対して裁判所は下記の通り、予測し難い顕著なものであるということはできないと判断しました。

「イ これらの記載によれば,本件明細書に接した当業者は,本件明細書に記載された実験(結膜肥満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン遊離抑制率を測定する実験)において,化合物A(シス異性体)のヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出の阻害率は,300μM29.6%,600μM47.5%,1000μM66.7%,2000μM92.6を記録し,30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加とともに上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン放出阻害効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも同92.6%という高率を維持していたこと,これに対し,抗アレルギー薬として知られるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムが,2000μMまでの濃度範囲でヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出を有意に阻害することができなかったことを認識するものというべきである。

他方,本件明細書には,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害率を測定した実験結果等,2000μMを超える濃度においても化合物Aが広い範囲で高いヒスタミン放出阻害効果を有することについて説明した記載や,これを示唆する記載は存在せず,本件特許の優先日当時の技術水準に鑑みても,本件明細書の記載から,当業者において上記効果を推論できたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害効果を本件発明1の効果として参酌することはできない。なお,本件特許の優先日後に頒布された39には,本件明細書に記載された上記実験と同様の実験方法により,AL-4943A(化合物Aのシス異性体)の濃度(用量)が2000μM程度に至っても用量依存的に上昇し,10000μMまで濃度が上昇しても90%程度の阻害率を示したことが記載されているが,当業者において,本件明細書から2000μMを超えて濃度依存的な阻害を引き起こすものと推論できない以上,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,その内容を参酌することはできない

本件発明1の効果について確定した前訴判決によれば,引用例1及び引用例2に接した当業者は,引用例1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められ,この点は当事者間に争いがない。そうすると,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有すること自体は,当業者にとって予測し難い顕著なものであるということはできない。

また,引用例1及び引用例2には,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかということについて,明示的な記載はされていないものの,20には,本件特許の優先日前にスギ花粉症患者11例ないし30例に対して,化合物A以外の化合物について,抗原による眼誘発試験(スギ抗原液を点眼することによるアレルギー反応誘発試験)を行い,点眼液の点眼後5分後及び10分後の涙液中のヒスタミン遊離抑制率を測定した結果,0.0003%塩酸プロカテロール点眼液では,誘発5分後で平均79.0%及び誘発10分後で平均82.5%,同0.001%点眼液では,誘発5分後で平均81.6%及び誘発10分後で89.5%,同0.003%点眼液では,誘発5分後で平均81.7%及び誘発10分後で90.7%を(甲20),0.05%ケトチフェン点眼液では,誘発5分後で平均67.5%及び誘発10分後で平均67.2%を(甲32),2%クロモグリク酸二ナトリウム点眼液では,誘発5分後で平均73.8%及び誘発10分後で平均67.5%を(甲34),0.25%ペミロラストカリウム点眼液では,誘発5分後で平均71.8%及び誘発10分後で平均61.3%,同0.1%点眼液では,誘発5分後で平均69.6%及び誘発10分後で平均69.0%を(甲37,それぞれ記録した旨が開示されている。

そうすると,当業者の本件特許の優先日における技術水準として,化合物Aのほかに,所定濃度を点眼することにより約70%ないし90%程度の高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在すること,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在することが認められる。

以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。なお,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,甲39の内容を参酌することができないことについては,前記イのとおりであるが,仮にその内容を参酌したとしても,上記のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在し,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在したことを考慮すると,甲39に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということもできない。

したがって,本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。」



そして、今回の判決がめずらしいのはここからで、裁判所は以下の通り付言しました。

4 結論
以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
なお,本件審判の審理について付言する。

特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法1812項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法331項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により,容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4428日第三小法廷判決・民集464245頁参照)。

前訴判決は,「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において,引用例1及び引用例2に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして,引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に,2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は,本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり,引用例も同一であるにもかかわらず,本件審決は,本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして,本件各発明の進歩性を認めたものである

発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法331項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。



特許権者としては、直接争点になっていなくても効果の主張は早めにしておいた方がよいのかもしれませんね。


■モメタゾン水性懸濁液特許の維持審決、顕著な効果の判断に誤りがあるとして取消し


<判決紹介>
・平成27(行ケ)10054号 審決取消請求事件
・平成28330日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 清水節、片岡早苗、新谷貴昭
・原告:東和薬品株式会社
・被告:メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション
・特許3480736


■コメント
ジェネリック vs 新薬の特許維持審決取消訴訟。
東和薬品は前回に続き2連勝です。

先発品はナゾネックス点鼻液50μg56/112噴霧用(モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物)で、後発品はなし。
2014
3月に無効審判請求 → 20152月に維持審決 → 取消訴訟を提起していました。
今回判断されたのは、本件特許発明に顕著な効果があるといえるかどうか。

本件特許の請求項1は下記の通り。

「【請求項1
モメタゾンフロエート水性懸濁液を含有する薬剤であって,11鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。」



審決は本件発明の構成については容易想到であると判断していましたが、その効果が顕著で当業者が予測困難なものであったとして、本件発明の進歩性を肯定していました。

審決が認定した甲1発明(Wang文献)、一致点、相違点、顕著な効果は下記の通り。

・甲1発明の認定
コルチコステロイドの1種であるモメタゾンフロエートを含有し,鼻腔内吸入により投与される,アレルギー性鼻炎のための候補薬。

・一致点
モメタゾンフロエートを含有し、アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎を対象とする点。

・相違点
相違点1:本件発明1は「水性懸濁液」であるのに対し、甲1発明ではそのような特定がなされていない点。
相違点2:本件発明1は「11回投与」されるのに対し、甲1発明では投与回数が特定されていない点。
相違点3:本件発明1は「治療のための薬剤」であるのに対し、甲1発明は「候補薬」である点。

・効果の顕著性
「本件発明の効果は、本件特許明細書の記載から、「アレルギー性鼻炎に対して、11のモメタゾンフロエート投与で、効果的に処置でき(本件効果1)、かつ、モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより、所望しない全身性副作用を防げること(本件効果2)」であると認められる。」

なお、甲2(特表平05-506667)には、「フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液を製造した。」などの記載があります。



これに対して、原告は以下の主張をしました。

3 原告の主張
1
取消事由1(本件効果1についての判断誤り)
・・・

2
取消事由2(本件効果2についての判断誤り)
(1)
本件効果2についての認定の誤り
・・・
(2)
本件効果2についての評価の誤り
  審決には,技術水準を看過して本件効果2の予測可能性を判断した誤りがある。
 
審決が認めているように,全身性副作用を小さくするという意味において,本件効果2と甲1に記載された効果とは同質であるから,当業者が本件効果2としての全身性副作用を予測できたか否かについての判断は,本件効果2の「程度」が当業者の予測を超えるほどの格別顕著なものであるか否かという観点からなされなければならない。
 
そして,「程度」とは,物事の高低,強弱,優劣などがどのくらいかという度合をいうものであり,あくまでも相対的な概念であるから,その評価には,少なくとも,いずれかの量的尺度における何らかの比較対象が必要であり,そのような対象を置くことなしに判断することは不可能である。したがって,本件効果2の程度を判断するためには,モメタゾンフロエート以前の従来のアレルギー性鼻炎の治療のための抗炎症コルチコステロイドの鼻腔内投与において,全身性副作用がどの程度であったか,あるいは,モメタゾンフロエートの鼻腔内投与についてどの程度の副作用が従来予測されていたかという点を斟酌することが必要である。
 
しかしながら,甲1には,「モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。」(473頁左欄38行)という,HPA機能の抑制が最小限である旨の記載があるし,モメタゾンフロエートが鼻腔内吸入でアレルギー性鼻炎を治療するための有望な新薬候補であるとの明示的記載もなされており,これらの記載は,モメタゾンフロエートの鼻腔投与について,目的とする治療効果が期待でき,かつ,全身性副作用がないことも期待できるものであることを示すものであるから,皮膚に投与した場合に限定して解釈される理由はない。
 
仮に,甲1の記載が「皮膚に適用した際の全身性副作用が最小限であること」と理解されるのであれば,甲1には,アレルギー性鼻炎に対して有効な量のモメタゾンフロエートを鼻腔内に投与した場合における全身性副作用の程度に関する具体的な記載は存在しないということになるから,本件効果2の程度の評価に必要な量的尺度における比較対象としては,甲1の記載に依拠することはできないはずであり,従来のアレルギー性鼻炎の治療のための抗炎症コルチコステロイドの鼻腔内投与において,全身性副作用はどの程度であったかという比較を可能にする具体的な基準が,別途必要であり,そのような基準を本件優先日前の技術水準に求めることが不可欠である。
 
それにもかかわらず,審決は,甲25における技術水準の記載を一切考慮していない。そして,審決の他の箇所においても,技術水準を示す何らの証拠も参酌することなく,本件効果2について,当業者の予測可能性を否定した。
 
審決は,鼻腔粘膜に適用された際の全身性副作用の大きさの予測困難性を指摘するだけであるが,それだけでは,本件効果2の程度が,甲1発明等に示された技術水準からみて,当業者の予測を超えるほどの格別顕著なものであるか否かとの結論を導き出すことはできない。

・・・
 
一方,モメタゾンフロエートは,局所的な皮膚への使用に対して認可されていた抗炎症性コルチコステロイドであり,視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力を最小限にしか示さないことが知られていたから,特にモメタゾンフロエートに限って,鼻腔内投与で全身性副作用の起こることが予測されていたという事情もない。
 
したがって,これらに示された技術水準と比較する限り,本件効果2は,「所望しない全身性副作用を防げること」という点において,技術水準と差異はないから,当業者の予測可能な範囲を超えるほどの格別顕著な効果というにはほど遠く,当業者が予測し得る範囲のものである。また,「モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しない」という点についても,同様である。よって,本件効果2が当業者の予測可能な範囲を超えるほどの格別顕著な効果であるということはできず,審決の判断は誤りである。

・・・
 
また,本件発明に係る薬剤の具体的組成は,甲2の実施例15に記載された組成そのものであるから,本件効果2は,甲2発明が既に有していた効果そのものであって,本件発明により初めて達成された効果ではなく,甲2発明が有していた効果を追認したものにすぎない。したがって,本件効果2は,当業者の予測可能な範囲を超えるほどの格別顕著な効果ということはできない。」



裁判所の判断は以下の通り。

当裁判所の判断
・・・
取消事由1及び2について
 
本件発明の構成が,公知技術である引用発明に他の公知技術や周知技術等を適用することにより容易に想到できるものであるとしても,本件発明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものである場合は,本件発明がその限度で従来の公知技術から想到できない有利な効果を開示したものであるから,当業者がそのような本件発明を想到することは困難であるといえる。したがって,引用発明と比較した本件発明の有利な効果が,当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は,本件発明の容易想到性が否定され,その結果,進歩性が肯定されるべきである。
 
そして,当業者が予測できない顕著な効果といえるためには,従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に,本件発明の有する効果が,予測される効果よりも格別優れたものであるか,あるいは,予測することが困難な新規な効果である必要があるから,本件発明の有する効果と,公知技術を開示する甲1発明,甲2発明に加え,周知技術を開示する甲3発明~甲5発明の有する効果についても検討する。この場合,本件発明における有利な効果として認められるためには,当該効果が明細書に記載されているか,あるいは,当業者が,明細書の記載に当業者が技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。なぜなら,特許発明は,従来技術を踏まえて解決すべき課題とその解決手段を明細書に記載し,これを一般に開示することにより,特許権としての排他的独占権を取得するものである以上,明細書に開示も示唆もされず一般に公開されないような新たな効果や異質な効果が後日に示され,仮に,従来技術に対して有利な効果であるとしても,これを斟酌すべきものではないからである。このような観点から,以下,検討を進める。

(1)
本件発明について
・・・
  以上のとおり,本件明細書には,モメタゾンフロエート水性懸濁液が,バイオアベイラビリティの点で経口溶液よりも優れていることは記載されているものの,水性懸濁液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差はなく,また,溶液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差は示されず,さらに,治療効果や副作用については,他の部位への投与や他の投与方法の記載はなく,他の部位への投与や他の投与方法と比して,どの程度優れているかについて,明示的な記載はない。
・・・

  以上によれば,甲1発明の効果として,次のことが記載されているといえる。
 
すなわち,モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入の治療効果が見込まれることが記載されており,経口吸入のみならず,鼻腔内吸入の方法を用い,アレルギー性鼻炎に対し,プラセボと対比して,一定の抗炎症活性を有するという治療効果を読み取ることができるが,その治療効果の程度は不明である。
・・・

ア  
アレルギー性鼻炎に対する治療効果
 
上記のとおり,本件明細書には,本件発明に関し,水性懸濁液の投与とこれ以外の他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,11回の鼻腔内投与とこの投与回数及び形態を変えた場合との対比はなされておらず,単にプラセボとの対比による効果の有無しか記載がない。そして,本件優先日当時の技術常識を踏まえると,水に難溶性の薬物の水性懸濁液は,他の溶媒を用いた溶液よりも,粘膜から吸収されにくいということはできるが,それだけでは,治療効果の具体的な違いは把握できないし,また,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の治療効果がどの程度であったかを読み取ることも,困難である。
 
他方,甲1発明及び甲2発明においても,アレルギー性鼻炎に対する一定の治療効果が期待されることは上記のとおりである。
 
そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,治療効果の点で優れているかどうかを理解することは困難といわざるを得ない。

  全身的な吸収及び代謝
 
本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。そして,技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合(例えば,溶液の形態での鼻腔内投与)や異なる投与回数の場合の全身的な吸収及び代謝がどの程度であったかを推認することは困難である。
 
他方,甲1発明において,腹腔内投与及び経口投与後のモメタゾンフロエートの血漿中の量は高くなく,比較的短期間で消失することは理解できるが,鼻腔内投与の場合における全身的な吸収及び代謝の程度は全く不明といわざるを得ない。甲2発明は,水性懸濁液を鼻腔内に使用した発明であるが,本件優先日において,少なくとも,鼻腔内投与の場合にモメタゾンフロエートの全身的な吸収や代謝後の残存が常に高いという技術常識はない。
 
そうすると,本件明細書の記載からは,1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,全身的な吸収及び代謝の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない

  全身性副作用
 
本件明細書には,本件発明に関し,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているだけで,他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,投与回数を変えた場合との対比はなされていない。そして,当事者の技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の副作用がどの程度であったかを読み取ることは困難である。
 
他方,前記(2)及び(3)のとおり,甲1発明及び甲2発明において,モメタゾンフロエートは,経口吸入及び鼻腔内吸入をしても,実用可能な程度の副作用しかないといえるし,本件優先日において,少なくとも,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が必ず高いという技術常識はない。
 
そうすると,本件明細書の記載からは,1発明や甲2発明よりも,本件発明が,全身性副作用の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない

  以上によれば,本件発明には,薬としての一定の治療効果を有し,実用可能な程度の副作用しかないことは認められるとしても,本件発明の当該効果が,甲1発明及び甲2発明の効果とは相違する効果であるということはできないし,また,本件明細書上,それらの効果とどの程度異なるのかを読み取ることができない以上,これをもって,当業者が引用発明から予測する範囲を超えた顕著な効果ということもできない。よって,この点に関する審決の判断には誤りがある。

  審決は,甲1及び甲2には,11回の投与の記載がなく,治療効果の程度についての記載もなく,本件発明の治療効果を予測できないと判断した。しかしながら,甲1発明及び甲2発明において,一定の治療効果が認められながらその程度についての記載がない以上,当該効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るものと認められない限り,本件発明の効果が顕著なものであるとはいえないはずである。審決は,甲1及び甲2の治療効果の程度についての認定をせずに,本件発明の効果がこれを格別上回ると判断したものであって,論理的に誤りがあるといわざるを得ない

 
また,審決は,皮膚に適用した場合の全身性副作用について開示する甲1から,鼻腔粘膜に投与された際の全身性副作用の大きさを予測できないと判断したが,本件発明の効果と甲1発明の効果を同質であると認めた以上,甲1発明において,鼻腔粘膜に投与した際の全身性副作用の方が,皮膚に投与した際と比して常に優れたものといえない限り,本件発明の効果が顕著なものとはいえないはずであり,この点についても,審決に論理的な誤りがあるといわざるを得ない。

 
さらに,審決は,本件発明について,甲1発明で示された最小限の全身性副作用よりも低いレベルの全身性副作用しかないから,顕著な効果があると判断したが,この審決の判断には,前記(1)イのとおり,モメタゾンフロエートの全身性吸収及び代謝後の残存量の問題と全身性副作用の有無の問題を同一視した点において誤りがある。その上,皮膚へ投与する甲1発明と鼻腔に投与する本件発明において,投与される組織の相違による吸収性の違いがあるからといって,甲1発明の全身性副作用が実用化できない程度に強いとは当然にはいえないはずであり,この点について効果の顕著性を認めた審決の判断にも,論理的な誤りがある。しかも,水性懸濁液のモメタゾンフロエートの全身性吸収の低さ及び代謝後の残存量の少なさは,本件発明と同様,水性懸濁液の鼻腔内投与を行う甲2発明が有するはずであり,甲2発明の副作用の程度が開示されていないとはいえ,審決が,甲1発明と甲2発明を組み合わせて薬として実用化可能な本件発明の構成を想到できたとする以上,この組合せと比して本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討する必要がある。しかしながら,審決では,甲1発明との対比しかなされておらず,検討が不十分であったといわざるを得ない
・・・

結語
 
以上のとおり,審決の顕著な効果の判断の誤りがある。
 
なお,当裁判所は,本件訴訟において,相違点に係る構成の容易想到性について,審理,判断するものではないところ,本件特許のような,十分な治療効果を有しながら副作用がわずか(又は生じない)とされる実用可能な「薬剤」の特許発明に関しては,その特許無効審判においても,治療効果の維持と副作用の減少(又は不発生)の両立という観点から審理,判断されることが望ましく,例えば,複数ある相違点のうち個々の相違点に限っては想到できるとしても,これらを総合した全体の構成が当該薬剤としての効果等を維持できるものであるか否かが重要であるから,本件審判手続においても,これらの点を念頭に置き,本件訴訟で主張,立証されたものを含め,相違点に係る構成について改めて慎重に審理,判断すべきものといえる。

結論
 
以上によれば,原告の請求は理由がある。
 
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。」


ということで維持審決取消し。
  


■試験結果の信頼性が低いことなどから顕著な効果が無いと判断された事例


<判決紹介>
平成24(行ケ)10419号 審決取消請求事件


■コメント
裁判所は、下記
(1)~(3)などを考慮して本願発明には顕著な効果が無いと判断した。 審決取消。 ☆☆☆

(1)
16等によれば本願明細書に記載の試験結果(死亡率減少率68又は67%)は信頼性が低い
(2)
26によれば本願試験の死亡率減少率は約35%である。
(3)
24(優先日後文献)によればヒソプロロールの死亡率減少率は約34%である(本願と大きな差がない)。


■関連記事
・平成23(行ケ)10018号審決取消請求事件


■抜粋
・平成24(行ケ)10419号 審決取消請求事件
・平成251016日判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・原告: 沢井製薬株式会社
・被告: 第一三共株式会社
・特許: 特許3546058
・請求項1:
利尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスⅡからⅣの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって,低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のための,単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:

20150321.jpg 
を有するカルベジロールの使用であって,前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤,利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる,カルベジロールの使用。


・概要
主文
1
特許庁が無効2007-800192号事件について平成24103 1日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
・・・。
5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由のうち,取消事由2-1(甲1発明に基づく進歩性の判断の誤り),取消事由3(甲1発明,甲2発明,甲3発明,甲4発明,甲5発明及び甲6発明に基づく進歩性の判断の誤り)及び取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)はいずれも理由があり,本件発明1の進歩性に係る審決の判断は誤りであり,そうである以上,本件発明2ないし本件発明10の進歩性に係る審決の結論に影響を与えることは明らかであるから,審決は全体として違法であり,取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとおりである。・・・。

2
取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)について
(1)
本件発明の効果の顕著性について
ア 本件発明の死亡率低減効果について
(
) 米国カルベジロール試験について
本件明細書(甲482)には,心不全患者にカルベジロールを投与することにより,心不全による死亡率をクラスⅡ患者で68%,クラスⅢ~Ⅳ患者で67%減少させたことが記載されている(前記1(1)ア)。弁論の全趣旨によれば,本件明細書に記載された米国カルベジロール試験は,甲16文献に記載された,いわゆる米国カルベジロール試験と同じ試験であることが認められる。

米国カルベジロール試験における治療期間は1日~15.1ヵ月で,治療期間の中間値は6.5ヵ月であり,この点について,甲16文献の「考察」の項には,「今回の所見を解釈するうえで,この試験プログラムは薬物治療が生存率に及ぼす影響を検討する目的にしてはいくつかの例外的特色をもつものであることを考慮に入れておく必要がある。今回のプログラムにおいては,追跡期間は短く,固定されたものとなった。このようなデザインでは観察される死亡数が必然的に減少する。このように限られた試験成績では生存率に対して一貫してどの程度の影響をもつかについて確信をもって結論を出すことはできない。」と記載されている(甲16)。この記載によれば,甲16文献の著者らは,米国カルベジロール試験は治療期間が短く,その結果,死亡率が必然的に減少すること,観察される死亡者数が少ない場合には,死亡率の減少の評価が信頼のあるデータにならないことから,甲16文献に記載されたデータについても確信をもって結論を出すことはできないと判断していることが認められる。

そして,1999年(平成11年)発行のHeart82巻補遺Ⅳ・Ⅳ14~Ⅳ22頁掲載の論文“Major β blocker mortality trials in chronic heart failure: a critical review”(「慢性心不全における主なβ遮断薬の死亡率試験:批評的総説」,JJVMcMurray著,甲22。以下「甲22文献」という。)の「死亡率における効果」の項には,「USCP試験(判決注・米国カルベジロール試験を指す。)における死亡率減少の規模の解釈に影響を及ぼしている2つ目の重要な問題は,その経過観察期間である。短期の経過観察は治療の効果を誇張することが出来,長期の経過観察は過小評価することが出来る。」と記載されており,米国カルベジロール試験の治療期間は短く,このことが,カルベジロールによる死亡率減少効果を誇張している可能性があることが指摘されている。

また,甲21文献には「これらのデータ(判決注・米国カルベジロール試験のデータを指す。)は,食品医薬品局の心腎臓疾患諮問委員会に提示された時に,4つの研究のうち3つで主要評価項目に関してネガティブであると報告された。」(甲21)と記載され,平成211116日厚生労働省医薬食品局審査管理課発出の「『抗心不全薬の臨床評価方法に関するガイドラインの改訂』に関する意見の募集について」に添付された「抗心不全薬の臨床評価方法に関するガイドライン(改訂案)」(甲23。以下「甲23文献」という。)の「2.本ガイドライン改定の主旨について」の項にも,「FDAの諮問委員会はその申請(判決注:米国カルベジロール試験による申請を指す。)を否決し,新たに未解決の問題に対処すべく評価項目を定めてプロスペクティブな試験をやり直すことを勧告した。」と記載されている。

上記各文献の記載によれば,甲16文献で示された米国カルベジロール試験の結果(心不全に起因する死亡率を減少させるカルベジロールの効果)は,その治療期間が短いために誇張されたものである可能性が高いことが認められる。

そうすると,本件明細書に記載された本件発明の効果(米国カルベジロール試験の結果)である死亡率減少率68%(クラスⅡ),67%(クラスⅢ~Ⅳ)という数値もまた誇張されたものであるといわざるを得ず,信頼性が低いものというべきである。なお,甲16文献,甲21文献,甲22文献及び甲23文献は,いずれも本件特許の優先権主張日後に発行された刊行物であるけれども,これらは,本件明細書に記載された本件発明の効果である米国カルベジロール試験の結果が信頼性が低いものであることを示すものであるので,その立証趣旨においてこれらの証拠を採用することに支障はない。

(
) 26文献について
一方,甲26文献には,2289名の重度心不全患者をプラセボ投与群とカルベジロール投与群に分け,死亡率を主要評価項目として行われた臨床試験において,カルベジロールを投与した場合に死亡率を35%減少させたことが示されており,この値は心不全の原因によって差がない旨が記載されている(甲26)。

上記試験の治療経過観察期間の平均値は10.4か月であり,米国カルベジロール試験の6.5か月を上回ることも考慮すると,甲26文献に示された死亡率減少率35%という数値は,甲16文献に示された68ないし67%という数値と比較して,信頼性が高いものと認められる。

(
) 本件発明の死亡率低減効果
以上によれば,本件発明の死亡率減少率は約35%であると認められる。

イ 他のβ遮断薬の死亡率低減効果について
11文献の記載(前記1(3)コ)によれば,本件特許の優先権主張日当時,β遮断薬の一種であるビソプロロールは心不全患者の機能を有意に改善するものの,虚血性心不全の患者では死亡率を減少させる効果は有意ではなかったことが公知であったことが認められる。

24文献に記載された試験は,乙11文献に記載された試験を更に検証するために行われたものである。その結果について,甲24文献には,ビソプロロールのハザード比が0.66であったこと(判決注・ハザード比0.66とは,死亡率34%減少を意味する。),ビソプロロールの有益性は心不全の病因やNYHAクラスの重症度にかかわらず見られたことが記載されている(甲24)。これらの記載によれば,ビソプロロールは,虚血性の心不全に起因する死亡率をクラスⅢからⅣの症状において同様に約34%減少させる効果を有することが認められる。

なお,審決は,甲24文献においてビソプロロールによる34%の死亡率減少が記載されていることは本件特許の優先権主張日当時の技術水準を示すものではないから,これにより,本件発明の効果が顕著な効果ではないとすることはできない,と判断している。確かに,甲24文献は,本件特許の優先権主張日より後に公開された論文である。

しかし,前記のとおり,甲24文献記載の試験は,本件特許の優先権主張日以前に公開された乙11文献に記載された試験を更に検証するために行われたものである。そして,乙11文献には「ビソプロロール投与下においてみられた20%の死亡リスク減少は,有意水準5%で統計的には有意ではなかった。しかし,この減少の95%信頼区間は,死亡率の有意な減少に見合う余地を残している。」(前記1(3)コ)と記載されている。この記載によれば,乙11文献記載の試験では,ビソプロロールの死亡率減少は20%で,統計的には死亡率減少効果がないと判断される試験結果が出たものの,再度検証を行えば,20%を上回る死亡率減少の結果が得られ,統計的にも死亡率減少効果があると判断される可能性があることが,本件特許の優先権主張日の時点において認識されていたことが認められる。

したがって,甲24文献記載の試験結果自体は,本件特許の優先権主張日当時の技術水準を示すものではないとしても,甲24文献の記載内容を参酌して本件発明の効果の顕著性について判断することに問題はない。

ウ 本件発明の死亡率低減効果の顕著性上記アで認定した本件発明における死亡率低減効果35%と,上記イで認定したビソプロロールの死亡率低減効果34%を比較すると,両者の差は1%であり,大きな差は存在しない。
そうすると,本件発明が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は,格別顕著なものとはいえないというべきである。

(2)
被告の主張及び審決のその余の認定・判断について
・・・。
ウ 審決は,本件発明の効果は顕著であると判断している。しかし,以下のとおり,その判断は誤りである。

審決は,本件特許の優先権主張日当時,カルベジロールが虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率を低下することは知られていなかったところ,米国カルベジロール試験は,プラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたといえるので,優先権主張日当時の技術水準からみて,本件発明の効果が顕著な効果ではないということはできないと判断している。
しかし,米国カルベジロール試験は,治療期間が短いこと等により,その結果の信頼性が低いものであることは,前記説示のとおりである。したがって,米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって,本件発明に顕著な効果があるということはできない。

(3)
小括
よって,原告主張の取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)は理由がある。



■HFO-1234zeとPOEの組合わせの顕著な効果が認められなかった事例


<判決紹介>
平成26(行ケ)10104号 審決取消請求事件


コメント
原告は、HFO-1234zeとポリオールエステルの組み合わせに、優れた混和性及び安定性という当業者にとって予想外の顕著な効果があることを主張したが、認められなかった。 審決維持。 ☆☆


抜粋
・平成26(行ケ)10104号 審決取消請求事件
・平成27128日判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・原告: ハネウエル・インターナショナル・インコーポレーテッド
・被告: 特許庁長官
・特許: 特許4699758
・請求項1:
化学式(II
【化1

20150207.jpg
(式中,各々のRは独立にF,またはHであり,
R’
は(CR2nYであり,
Y
CF3であり,
n
0であり,かつ,
不飽和な末端炭素上のRの少なくとも1つはHであり,残るRのうち少なくとも1つはFである)
の少なくとも1つの化合物と,ポリオールエステルの潤滑剤とを含む蒸気圧縮システム用の熱移動組成物であって,
前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,1333-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)である,熱移動組成物。


・概要
第2 事案の概要
・・・。
3
審決の理由
・・・。
(2)
 審決が上記結論を導くに当たり認定した,引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)の内容,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
・・・。
イ 一致点
「化学式(II)の少なくとも1つの化合物と,潤滑剤とを含む蒸気圧縮システム用の熱移動組成物であって,前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,1333-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)である,熱移動組成物」である点。
ウ 相違点
「潤滑剤」につき,本件発明1では,「ポリオールエステルの潤滑剤」であるのに対し,引用発明においては「ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油」である点。
・・・。

5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張は理由がなく,審決に取り消されるべき違法はないと判断する。その理由は次のとおりである。
・・・。
2
取消事由2(本件発明1の予想外かつ顕著な効果の看過)について
原告は,審決が,相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性の判断に関して,本件発明1において,HFO-1234zePOEとを組み合わせることにより,優れた混和性及び安定性という当業者にとって予想外の顕著な効果を奏することを看過したと主張する(前記第32)。そこで,引用例1及び本件優先日以前に頒布された刊行物の記載内容並びに技術常識等を踏まえ,本件明細書に記載された上記の冷媒化合物と潤滑剤との組合せの奏する混和性及び安定性の程度が,当業者の予想を超える顕著なものであるといえるかどうかを検討する。
・・・。
(3)
 検討
・・・。

これらの記載を踏まえると,当業者において,本件発明1に係る冷媒化合物と潤滑剤の組合せがある程度の化学的安定性を有することは,十分に予想することができることである。したがって,本件明細書にHFO-1234zePAGとを組み合わせた場合の化学的安定性についてのシールドチューブ試験の結果が記載され,HFO-1234zePOEとの組合せについても,かかる試験結果と同程度の化学的安定性があると考えられるとしても,そのことは当業者が予想することができたものであり,また,その化学的安定性の程度が予想を超える程に格別顕著なものであることを認めるに足りる証拠もない。

(4)
原告の主張について
ア 原告は,冷媒化合物と潤滑剤との混和性は,実験なしに予測することができず,冷媒全般に適した「当業界慣用の潤滑剤」は存在しないし,潤滑剤には様々な種類が存在しており,HFO-1234zePOEとの組合せは,「当然の考慮の対象」ではなかったと主張する(前記第32(2))。
しかしながら,本件優先日の当時の公知文献の記載や技術常識を踏まえると,様々な種類の潤滑剤のうち,POEHFC系の冷媒に対して一般的に用いられていたということができること,冷媒全般に適した「当業界慣用の潤滑剤」の存否はともかく,HFO-1234zePOEとの相溶性を予測した上で,かかる組合せを選択することができると認められることは,いずれも前記(3)のとおりである。なお,原告が取消事由3において指摘するフルオロオレフィンの反応性や毒性への懸念は,上記のような相溶性についての予測それ自体を妨げるものではない。

イ 原告は,引用例1に本件発明1への示唆があるとはいえないと主張する(前記第32(3))。
しかしながら,引用例1に係る発明の特許出願時ではなく本件優先日の当時における公知文献の記載や技術常識を踏まえると,HFO-1234zePOEとの相溶性を予測した上で,かかる組合せを選択することができることは前記(3)のとおりである。
なお,原告は,引用例1の実施例1において示された冷媒の能力の値に誤りがあるとも指摘する。しかし,仮に,本件優先日当時,原告が提出するシミュレーション(甲24)と同様のシミュレーションを行い,実施例1の冷媒化合物の能力の値がその記載されたものよりも低いとの結果を得た当業者がいたとしても,これとは化合物の構造の異なるHFO-1234zeを冷媒として用いた実施例2について追加の確認等を行うことなく,直ちに引用例1の記載全体の信用性を疑うものと考えることはできない。

ウ 原告は,HFO-1234zePOEとの優れた混和性は,引用例2に開示されたHFO-1336POEとの混和性や,引用例3及び4に開示された幾つかのHFCとエステル油との混和性から予測することができないと主張する(前記第32(4)及び(5))。
しかしながら,HFO系冷媒であるという点でHFO-1234zeと共通するHFO-1336や,HFOと構造上の共通性が一部認められる幾つかのHFC系冷媒と,POEとの相溶性についての上記各文献の記載から,HFO-1234zePOEとの組合せについて,実際に混合することなしには具体的な相溶性の程度を確認することはできないものの,同程度の相溶性があると予測することができることは前記(3)のとおりである。

これに対し,原告は,本件発明におけるHFO-1234zePOEとの混和性が,引用例2ないし4の開示する混和性と同程度であるとはいえないし,本件発明の効果が同程度である可能性が「それなりに高い」との曖昧な見込みは,容易想到性の評価根拠事実として価値が乏しいとも主張する(前記第32(6))。
しかしながら,引用例4には,HFC系の冷媒化合物のうちHFC-125及びHFC-152aが,本件明細書に記載されたHFO-1234zePOEとの相溶性が認められた温度条件の範囲を含む,あるいはそれと概ね重なり合う温度条件の範囲内で,同文献において試験された潤滑剤濃度(2050及び80重量%)の限りではその濃度を問わず,POEとの相溶性を示したことが開示されている。そして,引用例4が,HFCの冷媒としての実用化の可能性を検討するため,一般的に冷媒として用いられる温度条件や濃度条件下での相溶性の試験を行ったものと考えられることを踏まえると,上記の試験結果に照らし,HFC系の化合物と構造上の共通性があるHFO-1234zeが,本件明細書に記載された上記温度条件の範囲内で,かつ熱移動組成物として一般的に想定される潤滑剤濃度の範囲内にある限り,POEと相溶性を有する可能性がそれなりに高いと予測することは,当業者において十分に可能であるということができる。

なお,本件発明1ないし4が,いずれも原告の指摘するような低潤滑剤濃度におけるHFO-1234zePOEとの組合せに限定されていない以上,仮に,かかる低潤滑剤濃度における両者の相溶性を,引用例2ないし4から直接に予測することが困難であったとしても,そのこと自体は,本件発明が当業者の予測を超える顕著な効果を奏することを裏付けるものではない。
以上によれば,本件明細書に開示されたHFO-1234zePOEとの混和性(相溶性)の程度をもって,本件発明が当業者の予測を超える顕著な効果を奏するものであると評価することはできない。
エ したがって,原告の前記主張は,いずれも採用することができない。

(5)
 小括
以上によれば,本件発明1は,混和性(相溶性)や化学的安定性に関して当業者の予測を超える顕著な効果を奏するとはいえないから,審決の認定判断にこの点を看過した誤りがあるということはできない。



■動機付けがあるとしても、顕著な効果により進歩性ありと判断された事例(シュープレス用ベルト)


<判決紹介>

コメント:
動機付けがあるとしても、顕著な効果により進歩性ありと判断された事例。 無効審決取消。 ☆☆☆

本件発明1と引用発明1の相違点は、前者の硬化剤が「ジメチルチオトルエンジアミン(以下、A)」であるのに対し、後者は「33-ジクロロ-44-ジアミノジフェニールメタン(以下、B)」である点。

審決は、「引用発明1Bを引用発明2Aに変えることには強い動機付けがあり、本件発明1の効果は単に確認した結果に過ぎない」という主旨の判断をした。

一方で裁判所は、「強く動機付けられるとまでいうことはできない」、「動機付けられることがあるとしても・・・予測することができない顕著な効果を奏するものであるからことに照らせば、・・・進歩性があると認められる」と判断した。


平成24年(行ケ)10004号 審決取消請求事件
平成241113日判決言渡、知的財産高等裁判所
原告: ヤマウチ株式会社
被告: イチカワ株式会社
特許: 特許第3698984
請求項1
 
補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され,
 
外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにおいて,
 
外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と,を含む組成物から形成されている,
 
シュープレス用ベルト。


審決の理由:
「・・・引用発明1においては,「33-ジクロロ-44-ジアミノジフェニールメタン」,言い換えればMOCA44メチレン‐ビス‐(2‐クロロアニリン))が,熱硬化性ウレタン樹脂のための硬化剤として使用されているが,甲第2号証には,引用発明2,すなわち「熱硬化性ポリウレタンの硬化剤であって,少なくとも,35-ジメチルチオ-26-トルエンジアミン又は35-ジメチルチオ-24-トルエンジアミンを有効成分としているETHACURE300」がMOCA代替の新硬化剤」として紹介され,しかも,引用発明2は,発ガン性が指摘されていたMOCAに代わる新しい硬化剤として開発されたものであると記載されており,本件特許の出願当時において,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったと認められることを考え合わせると,甲第2号証は,熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えて引用発明2を用いることを強く動機づける刊行物といえ,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに代えて引用発明2を用いることは,格別な創作力を発揮することなくなし得るものである。そうである以上,仮に,本件発明1に予測できない効果が認められるとしても,その効果は,単に確認したにすぎないものといわざるを得ず,相違点Aは,容易に想到し得るものである。 」


原告の主張:
「・・・しかし,だからといって,MOCAは使用が禁止されていたわけではないため,証拠を示すまでもなく,「この出願当時において,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することが,まずは,優先的に考慮されるべき事柄であったと認められる」ということにはならない。
・・・当業者にとっては,「身体健康上,悪い影響を与えるものよりも与えないものを採用すること」は,シュープレス用ベルトの耐クラック性その他の性能を差し置いてでも,まずは,優先的に考慮されるべき事柄であったとはいえない。

イ 審決は,甲第2号証は、熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えて引用発明2を用いることを強く動機づける刊行物といえると認定している。
  
しかし,甲第2号証には、シュープレス用ベルトの技術分野については記載も示唆もされていないのであるから,甲第2号証に記載の事項が,シュープレス用ベルトの技術分野にも共通する事項であるとは直ちに認めることはできないし,仮に,技術分野が共通するといえたとしても,それだけでは当該技術分野において、引用発明1のシュープレス用ベルトの第二樹脂層の硬化剤である「MOCA」を引用発明2の「ETHACURE300」に変更する動機付けとしては十分とはいえない。」


被告の反論:
「・・・。
(2)
動機付けについて
ア 甲1と甲2の記載,及び,ETHACURE300が,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤としてMOCAの代替の硬化剤であったことが本件発明の出願時において周知であったことからすれば,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できること
(
) 1と甲2の記載からすれば,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できること
a
原告は,シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったかどうかを問題にしているが,そもそも,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤であるMOCA及びETHACURE300についての文献であり,かつ,その当時,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂がシュープレス用ベルトに用いられることは主流であり,かつその事実は周知といえるほどに知られていた。そして,引用発明1においてはMOCAが熱硬化性ウレタン樹脂のための硬化剤として使用されているが,甲2においては,ETHACURE300が熱硬化性ポリウレタンにおける「MOCA代替の新硬化剤」として紹介されている。 したがって,甲1及び2の記載からすれば,甲1と甲2を結びつける動機付けは十分にあり,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できる。
b
原告は,甲2には,シュープレス用ベルトの技術分野について記載も示唆もされていないと主張する。
しかし,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤であるMOCA及びETHACURE300についての文献であり,かつ,本件出願当時において,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂がシュープレス用ベルトに用いられることは主流であり,かつその事実は周知といえるほどに知られていたから,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤の技術分野に関する文献であって,シュープレス用ベルトをも包含する技術分野に関する文献であるといえる。そして,甲2には,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤として,MOCAに替えて,ETHACURE300を用いることが直接的に記載されている。・・・。

イ シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用するこが優先的に考慮されるべき事柄であったこと () シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,本件発明の出願時,証拠を示すまでもなく当業者には自明ないし当然であった。
すなわち,シュープレス用ベルトはポリウレタン製のものが主流であるところ,労働安全衛生法,製造物責任法,その他環境汚染防止に関連する法令は,・・・。
(
) シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,種々の文献(甲2,乙615)からも明らかである。・・・。

(3)
効果について
前記12のとおり,原告は,本件発明1の認定を誤り,したがって,本件発明1と引用発明1との相違点の認定も誤っている。原告は,かかる誤った主張を前提に,効果に関する主張をしており,前提自体が誤りであるから,かかる主張は失当である。」


裁判所の判断:
「・・・。
 (
以上によれば,甲第2号証に接した当業者が安全性の点からMOCAに代えてETHACURE300を用いることを動機付けられることがあるとしても,ETHACURE300をシュープレス用ベルトの硬化剤として使用した場合に,安全性以外の点(例えば耐久性)についてどのような効果を奏するかは不明である上,安全性の点からみても他にも選択肢は多数あり,その中から特にETHACURE300を選択する理由はなく,かえって,他の代替品を選択する可能性が高いといえるため,ETHACURE300の使用を強く動機付けられるとまでいうことはできない。
(
なお,顕著な効果については,被告は,原告の主張の誤りを指摘するのみで,具体的な反論をしていない。
  上記アないしウのとおり,甲第2号証に接した当業者が,安全性の点からMOCAに代えてETHACURE300を使用することを動機付けられることがあるとしても,本件発明1が,ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生することを防止できるという,当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであることに照らせば,本件発明1は,当業者が容易に想到するものであるとはいえず,進歩性があると認められるから,これを無効とすることはできない。

(3)
被告の主張について
被告は,シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるものよりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,本件特許出願時,当業者には自明ないし当然であり,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤として,ETHACURE300が,引用発明1において使用されているMOCAの代替の硬化剤であったことは,甲第2号証に記載されているほか,本件特許出願時において周知であったから,甲第2号証に接した当業者であれば,引用発明1において,MOCAに代えてETHACURE300を使用することは,容易に想到できると主張する。
しかし,前示のとおり,本件発明1は,当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであるから,甲第2号証に上記のような記載があることを考慮してもなお,当業者が容易に想到するものであるとはいえない。」

■顕著な効果の主張が認められなかった事例(アテローム性動脈硬化症の治療剤)


<判決紹介>

本願発明と引例発明の実験条件がそろっていないので、本願効果の顕著性を立証することができていない、と判断された事例。 拒絶審決維持。 ☆☆


-------------------------------------------------------------------
■平成24(行ケ)10415号 審決取消請求事件
■平成25103日判決言渡、知的財産高等裁判所
■原告: 壽製薬株式会社
■被告: 特許庁長官
■特許出願: 特願2003-185171
■補正後の請求項1: 下記化学式(56で表される化合物又はその薬学的に許容しうる塩と,コレステロール生合成阻害剤及び/又はフィブラート系コレステロール低下剤とを組合せてなる血清コレステロール低下剤或はアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤であって,上記コレステロール生合成阻害剤はプラバスタチン,ロバスタチン,フルバスタチン,シムバスタチン,イタバスタチン,アトルバスタチン,セリバスタチン,ロスバスタチン,ピタバスタチン,及びカルバスタチンからなる群より選ばれた少なくとも1種のコレステロール生合成阻害剤であり,上記フィブラート系コレステロール低下剤はクロフィブラート,ベザフィブラート,シンフィブラート,フェノフィブラート,ゲムフィブロジル,及びAHL-157からなる群より選ばれた少なくとも1種のコレステロール生合成阻害剤である血清コレステロール低下剤或はアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤。 【化1】…(56
-------------------------------------------------------------------


-------------------------------------------------------------------
審決:
「3
本件審決の理由の要旨
…。
イ 本件補正発明と引用発明の一致点及び相違点
(
) 一致点
 
「β-ラクタムコレステロール吸収阻害剤と,コレステロール生合成阻害剤とを組合せてなる血清コレステロール低下剤或はアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤であって,上記コレステロール生合成阻害剤はロバスタチンである血清コレステロール低下剤或はアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤」である点。
(
) 相違点
 
本件補正発明のβ-ラクタムコレステロール吸収阻害剤は「化学式(56)で表される化合物又はその薬学的に許容しうる塩」(以下「化合物56」という。)であるのに対し,引用発明のβ-ラクタムコレステロール吸収阻害剤は「(3R-4S-14-ビス-4-メトキシフェニル)-3-3-フェニルプロピル)-2-アゼチジノン」(以下「コンパウンドA」という。)である点。」

原告:
(1) 取消事由1(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)
ア 相違点の判断の誤りについて
 
本件審決は,引用例1及び2に記載されたβ-ラクタム化合物は,C-配糖体であるか否か等の構造上の違いはあるものの,それらに共通するβ-ラクタム構造に基づき,ともに小腸上皮でコレステロール吸収阻害作用を発揮するものであることは当業者に明らかであると認められるから,より薬理活性の高い薬剤の提供という,当業者に周知の課題を解決する目的で,引用発明のコンパウンドAに代えて,引用例2記載の高コレステロール低下作用に優れる化合物56を採用することは,当業者にとって容易である旨判断した。
 
しかしながら,本件審決の判断は,以下のとおり誤りである。 …。

イ 顕著な作用効果の判断の誤りについて
…。」

裁判所:
「第4 当裁判所の判断
1
取消事由1(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
…。

(4)
顕著な作用効果の判断の誤りの有無
ア 原告は,本願明細書に本件補正発明の実施例として記載された薬理実験における化合物56とアトルバスタチン又はフェノフィブラートとの併用投与による相乗効果の数値と引用例1に記載された薬理実験におけるコンパウンドAとロバスタチンとの併用投与(引用発明の構成のもの)による相乗効果の数値とを対比した上で,本件補正発明の奏する効果は,引用例1及び2に記載された発明から当業者が本願出願時の技術常識に基づいて予測できる程度を越えた顕著なものであるから,本件補正発明の奏する効果が顕著なものであるとはいえないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

ところで,発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明と引用発明との構成上の相違点を確定した上で,当業者が,引用発明に他の公知発明又は周知技術とを組み合わせることによって,引用発明において相違点に係る当該発明の構成を採用することを想到することが容易であったか否かによって判断するのを原則とするが,例外的に,相違点に係る構成自体の容易想到性が認められる場合であっても,当該発明が奏する作用効果が当該発明の構成そのものから当業者が予測し難い顕著なものであるときは,その作用効果が顕著である点において当該発明は特許法の目的である産業の発展に寄与(同法1条)するものとして進歩性を認めるべきであるから,当該発明が引用発明から容易想到であったとはいえないものと解するのが相当である。
引用例1及び2に基づいて本件補正発明の構成を容易に想到し得たことは前記(3)ウ認定のとおりであるから,以下においては,上記の観点から,本件補正発明が予測し難い顕著な作用効果を奏するものと認められるかどうかについて判断する。

イ そこで検討するに,前記(1)()によれば,本願明細書には,本件補正発明の実施例として,コレステロール負荷ラットを用いた,化合物56とコレステロール生合成阻害剤であるアトルバスタチン又はフィブラート系コレステロール低下剤であるフェノフィブラートとの組合せによる血中コレステロール低下作用の薬理実験の結果が記載され,その実験結果を記載した別紙1の表1には,それぞれを単独投与した場合,化合物56とアトルバスタチンを併用投与した場合及び化合物56とフェノフィブラートを併用投与した場合における血清コレステロール低下率が記載されている。  一方,前記(3)()fのとおり,引用例1には,ハムスター,ウサギ,アカゲザル及び犬を用いた,コンパウンドAとコレステロール生合成阻害剤であるロバスタチンとの組合せによる血中コレステロール低下作用の薬理実験の結果が記載され,その実験結果を記載した別紙2の表1ないし4には,それぞれを単独投与した場合と併用投与した場合における血清コレステロール濃度が記載されている。

しかるところ,本件補正発明と引用発明とは,β-ラクタムコレステロール吸収阻害剤と,コレステロール生合成阻害剤とを組み合わせてなる血清コレステロール低下剤あるいはアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤である点で一致し,その相違点は,コレステロール生合成阻害剤と併用するβ-ラクタムコレステロール吸収阻害剤が,化合物56であるのか,コンパウンドAを用いるかにあるから,引用例1及び2の記載を前提に,本件補正発明が奏する作用効果が本件補正発明の構成そのものから当業者が予測し難い顕著なものと認められるかどうかを判断するに当たっては,本件補正発明の範囲に含まれる化合物56とロバスタチンとを組み合わせてなる血清コレステロール低下剤あるいはアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤が当業者が予測し難い顕著な作用効果を奏するかどうかを検討する必要がある。

前記(3)()及び()認定のとおり,引用例1には,β-ラクタムコレステロール吸収阻害剤とコレステロール生合成阻害剤とを併用することにより,相乗効果が発揮することが示されていること,引用例2には,化合物56を含むβ-ラクタム化合物-C配糖体が,引用例1で用いたC配糖体部分を構成に有しないβ-ラクタムコレステロール吸収阻害剤を改良したものであることが示されていることからすると,引用例1及び2に接した当業者は,コンパウンドAとロバスタチンとを組み合わせてなる引用発明において,コンパウンドAを化合物56に置き換えた場合に,引用例1記載のコレステロール低下作用の相乗効果がある程度改善されることを予測し得るものと認められる。
 
一方,本願明細書には,化合物56とロバスタチンとを組み合わせてなる血清コレステロール低下剤あるいはアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤の薬理実験の結果の記載がないことに照らせば,本願明細書の記載に基づいて,上記組合せからなる本願補正発明の奏する作用効果が当業者が予測し難い顕著なものであることを認めることはできない。
すなわち,実験動物における薬理作用を比較検討するに当たっては,実験条件をそろえることが必須であるところ,本願明細書記載の実験と引用例1記載の実験とでは,被験動物の種類が異なり,投与量等の条件も異なる上,被験動物の種類により薬剤に対する応答が異なることは技術常識であるから,本願明細書記載の実験結果と引用例1記載の実験結果とを比較することにより,本願補正発明の効果の顕著性を立証することはできない。

また,コレステロール生合成吸収阻害剤であるアトルバスタチンとロバスタチンとは異なる物質であり,両者がβ-ラクタムコレステロール吸収阻害剤との併用において同等であると認めるに足りる証拠はないから,この点において,本願明細書記載の実験結果と引用例1記載の実験結果とを比較することにより,本願補正発明の奏する作用効果が当業者が予測し難い顕著なものであることを立証することはできない。

以上によれば,上記の各実験結果によって本件補正発明の奏する作用効果が当業者が予測し難い顕著なものであると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると,これと同旨の本件審決の判断は結論において誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。他に原告は本件補正発明の奏する作用効果の顕著性に関し縷々主張するが,上記判断に影響を及ぼすものではない。 」
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