■データの後出し

■<ハーセプチン用法特許の審決取消訴訟> 実施例に書いた定性的効果(未来形)に基づいて実験データを提出したが、定性的効果を超えて参酌することはできないと判断された事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10106 審決取消請求事件
・平成301022日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2 森義之 森岡礼子 古庄研
・原告:セルトリオン・インコーポレイテッド
・同補助参加人:ファイザー株式会社
・被告:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5623681
・発明の名称:抗-ErbB2抗体による治療


■コメント
最近、ハーセプチンの特許に関して、2件の判決が出ました。
知財高裁は、2件とも無効審判の維持審決を取り消しました。
1
つは特許5818545に関するもので、前回のブログ記事で紹介しています。

(2018-10-25)ハーセプチン用法用量特許、知財高裁は進歩性なしと判断(シミュレーションの件)


今回は特許5623681の判決を紹介します。
無効審判の方は、下記のブログ記事で紹介しています。

(2017-08-25)ハーセプチン用法特許の無効審判事例 ~後出しデータの参酌の可否~


8
25日のブログのタイトルの通り、後出しデータの参酌の可否が注目の論点です。
結論としては、特許庁(審判官)は参酌し、知財高裁(裁判官)は参酌しませんでした。
このケースで参酌するのは審判請求人(原告)に厳しいなと思っていたので、知財高裁の判断には納得感があります。

本件特許の請求項1は以下の通りです。

「【請求項1
  ErbB2
タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療がa該医薬によって患者を治療する,b外科的に腫瘍を除去する,及びc該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。」


裁判所の判断は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
  1 
本件特許発明について
・・・

3
取消事由3(甲1を主引例とする進歩性判断の誤り)について
事案に鑑み,取消事由3から検討する。
1 1発明の認定
 
前記21)アの甲1の記載によると,甲1には,次の甲1発明が記載されていると認められる。
HER2が過剰発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5HER2抗体を含有してなる医薬であって,その治療が(a)その医薬,又は,その医薬及び治療的有効量のパクリタキセル,アントラサイクリン,シクロホスファミド,ドキソルビシン,エピルビシン等の化学療法剤によって患者を治療するという工程を含む治療である,医薬。」

2 本件特許発明1と甲1発明との相違点の認定
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると,下記アの点で一致し,下記イの相違点1で相違する。
一致点
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5ErbB2抗体を含有してなる医薬」である点
相違点1
その医薬を,本件特許発明1では,(a)その医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)その医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療に適用するのに対し,甲1発明では,このような工程を順次行うことを含む治療に適用することが特定されていない点。

3 相違点1の容易想到性について
ア(ア) 1発明の医薬は,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬であるが,前記21)オによると,本件優先日当時,①抗HER2抗体は,HER2蛋白の細胞外領域に対し結合することにより,HER2蛋白を過剰発現する乳がん細胞の増殖を抑制するとともに,抗体依存性細胞障害(ADCC)を示すこと,②HER2蛋白の過剰発現は,転移性乳がんに限らず,初期乳がんの25%~30%で観察されること,③HER2蛋白を過剰発現する腫瘍を有する転移性乳がん患者の臨床試験では,パクリタキセルを含む特定の化学療法剤の単独投与群に比べて,その化学療法剤と抗HER2抗体の併用投与群の方が病勢進行の期間(無増悪期間)が長期化し,全奏効率(ORR)が向上し,反応期間の中央値が長期化し,1年間の生存率が高まるなど,抗腫瘍効果が増強されることが観察されたこと,④抗HER2抗体の臨床試験では,単剤投与においても,化学療法剤との併用投与においても,HER2蛋白をより強く発現している症例の方が抗腫瘍効果,無増悪期間ともに優れている傾向にあったことは,いずれも技術常識であったものと認められる。
 
また,前記23)エによると,本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。
 
そして,これらに,本件優先日前に頒布された刊行物であり,「乳がんのための術前補助療法の将来的方向」を表題とする甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されている(前記21)イ(ア)(カ))ことを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。
(イ) 前記21)オ,(2)エによると,本件優先日当時,①乳がんにおいて,乳房温存の成否は一般に女性のQOL(生活の質)に大きな影響を与えるところ,術前補助療法は,手術をより容易とし,乳房温存も高率に可能とすることが示されていたこと,②手術可能乳がんにおいて,術前化学療法,次いで外科的に腫瘍を除去し,更に術後補助化学療法を行うことは,一般的治療法として行われていること,③HER2蛋白を過剰発現する腫瘍を有する転移性乳がん患者の臨床試験では,パクリタキセルを含む特定の化学療法剤の単独投与群に比べて,その化学療法剤と抗HER2抗体の併用投与群の方が病勢進行の期間(無増悪期間)が長期化し,全奏効率(ORR)が向上し,反応期間の中央値が長期化し,1年間の生存率が高まるなど,抗腫瘍効果が増強されることが観察されたことは,技術常識であったと認められる。また,本件優先日前に頒布された刊行物である甲3には,HER2過剰発現の転移性乳がん患者に対する抗HER2抗体とパクリタキセルなどの化学療法剤の併用投与が化学療法剤の単独投与に比べて全寛解率,進行までの中央値時間とも優れた効果を発揮したことを紹介した上で,「転移性状況や術後補助状況で成功することが分かっている新規の化学療法戦略はまた,術前処置においても潜在的に適用されうる」と記載されている(前記21)ウ(オ)(カ))。
そして,これらに,本件優先日前に頒布された刊行物であり,「乳がんのための術前補助療法の将来的方向」を表題とする甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されている(前記21)イ(ア)(カ))ことを総合すると,甲1に接した当業者が,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,手術前に甲1発明の医薬を化学療法剤と併用投与し,手術を行い,更に手術後に甲1発明の医薬を化学療法剤と併用投与することは,容易に想到し得たものと認められる。

イ(ア) 被告は,本件優先日当時,トラスツズマブの生体内における作用機序は未だ研究対象であり,化学療法についても投与計画について検討が続けられており,いずれの文献にも,乳がんの治療において,抗体を術前投与するという記載は全く存在していなかったから,未だ承認されたばかりの新規の抗体を,その奏効が確認されつつあった化学療法剤の術前投与に代えて,又は加えて,投与してみることは,当業者であればこそ考えないなどと主張する。
 
しかし,前記アのとおり,抗HER2抗体である甲1発明の医薬を手術前に化学療法剤と併用投与することは,当業者が容易に想到し得たものである。
 
また,前記21)オのとおり,抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。
(イ) 被告は,甲2について,論文全体を通じて,最適な治療レジメンにおいては,まず化学療法が行われ,他の治療法は時間的に後で実施されると明確に述べているなどと主張するが,甲2は,「乳がんのための術前補助療法の将来的方向」という表題の論文であり,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されているのであるから,早期乳がんの患者に対して抗HER2抗体と化学療法を組み合わせて術前に処方することが示唆されているということができ,前記アのとおり,甲2の記載は抗HER2抗体である甲1発明の医薬を手術前に化学療法剤と併用投与することを動機付けるものということができる。
(ウ) 被告は,転移リスクの高いがん(既に転移したがん)の細胞は,原発部位に留まるがんの細胞とは性質が異なるなどと主張する。
しかし,前記23)ウのとおり,本件優先日当時,がんにおいて,転移巣の組織像は基本的には原発巣と同一であると考えられていたところ,被告は,HER2蛋白を過剰発現した転移性乳がんの細胞とHER2蛋白を過剰発現した手術可能乳がんの細胞とのいかなる性質の違いが,どのような理由によりHER2蛋白の細胞外領域に対し結合する抗HER2抗体(標的化治療薬)をHER2蛋白を過剰発現した手術可能乳がんの細胞に適用することの支障となり得るのかを具体的に主張しておらず,HER2蛋白を過剰発現した転移性乳がんの細胞とHER2蛋白を過剰発現した手術可能乳がんの細胞との性質の違いが,HER2蛋白の細胞外領域に対し結合する抗HER2抗体(標的化治療薬)をHER2蛋白を過剰発現した手術可能乳がんの細胞に適用することの支障となることを示す証拠も見当たらない。
 
したがって,被告の上記主張は,前記アの判断を左右するものとは認められない。

4 本件特許発明1の効果について
前記1のとおり,本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。

ところで,前記21)(2)の各刊行物の記載からすると,乳がんにおいて,生存率及び腫瘍の進行時間(TTP)は,抗がん剤の効果を図る一般的な指標であると認められるところ,上記の本件訂正明細書の記載は,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長がいかなる対象(例えば,手術のみを行った場合か,手術と術後化学療法を行った場合か,術前化学療法と手術と術後化学療法を行った場合か,術前化学療法と手術と抗HER2抗体の術後投与を行った場合か,手術可能乳がんに対し抗HER2抗体投与のみを行った場合か)と比較して達成されるものであるのかという比較対象や,生存率の改善や腫瘍の進行時間(TTP)の延長がいかなる程度達成されるのかという有効性の程度については,何ら記載されていない。また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。
そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。

そして,前記21)アのとおり,甲1には,HER2蛋白を過剰発現する腫瘍を有する転移性乳がん患者に対し,甲1発明の医薬を特定の化学療法剤(①パクリタキセル,②アントラサイクリン〔ドキソルビシン又はエピルビシン〕及びシクロホスファミド)と併用投与すると,その化学療法剤を単独投与された患者に比べ,病勢進行の期間が著しく長期化し,1年間の生存率が高まることが記載されているから,当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。

被告は,本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲1719〔審判乙13〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果があるなどと主張する。
 
しかし,前記アのとおり,本件訂正明細書の記載及びこれから推論できる本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまる。そこで,本件優先日後の刊行物である甲1719〔審判乙13〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲1719〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲1820,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。
 
したがって,本件優先日後の刊行物である甲1721〔審判乙15〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。

5 本件特許発明1についての小括
以上によると,本件特許発明1は,甲1発明及び甲14に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると認められる。
・・・
4
結論
以上によると,取消事由3は理由があるから,その余の取消事由を考慮するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす違法がある。よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
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■ハーセプチン用法特許の無効審判事例 ~後出しデータの参酌の可否~

 
<審決紹介>
・無効2016-800021
・審決日:20161227
・合議体:審判長 特許庁審判官 内藤伸一、審判官 渡邉潤也、審判官 齋藤恵
・請求人:セルトリオン・インコーポレイテッド
・被請求人:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5623681
・発明の名称:抗-ErbB2抗体による治療


■コメント
前回のブログでハーセプチンの用法用量をカバーする特許の無効審判をご紹介しましたが、今回はハーセプチンの用法をカバーする別の特許に対する無効審判をご紹介します。

時期は今回の審決日が20161227日なので、少し前の事例になります(前回紹介した無効審判の審決日は201775日です)。請求人、被請求人は同じです。

争点は、新規性、進歩性、原文新規事項です。
下の画像で進歩性について簡単に解説しています。
先日のバイオ医薬EXPOのときに資料を作っていたのでアップしてみました。

本件特許の実施例には効果が未来形で書かれていたのですが、後出しの実験データ(乙15)が考慮され、本件特許発明の効果は予測し得たとはいえない(進歩性あり)と判断され、特許は維持されました。
その後、5
10日に審決取消訴訟が提起されています。



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・・・記載要件違反も主張しておくとよかったかもしれないですね。



■後出し文献で示された相乗効果を参酌してもよいかが判断された事例


<判決紹介>
・平成24()36311号 特許権侵害差止請求事件
・平成271030日判決言渡、東京地方裁判所民事第40
・原告: メリアル エス アー エス
・被告: フジタ製薬株式会社


コメント
特許3702965(優先日1996/3/29)の特許権者である原告が、被告の「マイフリーガードα犬用」及び「マイフリーガードα猫用」が特許権侵害に当たるとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた訴訟。

一般的に、特許発明の進歩性の判断で効果を評価するにあたり、
後出しデータを参酌しても良いかという論点があります。
この点について検討するときに参考になる事例です。


原告は、本件特許発明の有する相乗効果を確認するものとして甲3及び25を提出しました。

被告は、以下のように主張しました。

(2) また,本件各特許発明にいう相乗効果は,原告が新たに証拠として提出した実験でのみ説明されているのであって,本件明細書の発明の詳細な説明には,原告が主張するような相乗効果は記載されていないから,新たに提出した証拠は参酌することができない
 さらには,相乗効果を確認する追加データとして原告により提出された,アラン・マルチオンド作成の1999年(平成11年)930日付け「米国特許出願第08/86369237CFR 1.132の宣誓供述書」(甲3。以下「甲3文献」という。)及びヤング・ベテリナリー・リサーチサービス作成の「イヌについた,ネコノミ(Ctenocephalides felis, Bouche)の産卵された卵,羽化中及び既に寄生している成虫に対する,フィプロニルと(S)-メトプレンの併用滴下製剤の効力」と題する文献(甲25。以下「甲25文献」という。)の試験には信頼性がない。まず甲25文献の表3は大きな誤差を含む結果であるし,表3と表4のメトプレン試験区の結果には不自然な点があるということができる。」

裁判所は、以下のように判断しました。

「イ 相乗効果の認定についてなお,本件特許の出願後に提示された,甲3文献,甲25文献に記載される効果を,進歩性の判断にあたり,参酌できるかどうかについて,以下検討する。
特許法292項の要件充足性を判断するに当たり,明細書に,「発明の効果」について何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。

 この観点からすると,甲3文献及び甲25文献の各実験結果は,いずれもフィプロニルとメトプレンの併用は,それぞれを単独で使用した場合と比して,薬剤投与をした2か月後に至っても,新たにノミが感染しそのノミが生む卵の孵化及び成虫化の抑制に対し,相乗効果を有することを示している(甲3文献の6項,同8項,表8ないし10。甲25文献の「3.結果」,表12,図12)。そして,本件明細書には,化合物(A)としてフィプロニル,化合物(B)としてメトプレンを(実施例4),及び,化合物(A)としてフィプロニル,化合物(B)としてピリプロキシフェンを(実施例1ないし3),それぞれ含む組成物を製造したことが実施例をもって具体的に開示されており,フィプロニルとピリプロキシフェンを動物の皮膚に局所塗布した場合については,2か月にわたりノミが検出されず,また,収集した卵に生存能力がなかったことが示されている(摘記事項ヌ)。ピリプロキシフェンとメトプレンはいずれも幼虫ホルモン類似化合物であり(摘記事項カ),本件明細書に好ましい化合物(B)の例として挙げられているものであって(摘記事項キ),同様の作用が期待できるから,フィプロニルとメトプレンを併用した場合についても,フィプロニルとピリプロキシフェンの併用と同様の効果が奏されることが窺える。そうすると,甲3文献及び甲25文献に示される,フィプロニルとメトプレンの併用による相乗効果については,本件明細書の記載から推論できるものであると認められるから,これらを参酌することは許容されると解すべきである

 一方,乙1公報についてみると,試験例をもって具体的に開示されているのは,フィプロニルと,1-26-ジフルオロベンゾイル)-3-[2-フルオロ-4-(トリフルオロメチル)フェニル]ウレアとの組み合わせについて,薬剤を環境に配置した場合のゴキブリ及びハエについての防除効果を試験したところ,同薬量でほぼ2倍の防除効果が奏されたとの結果であり(段落【0015】,【0017】),これは相加効果にすぎないものであって,本件各特許発明における,ノミ類及びダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果については何ら示されていないし,その示唆があるともいえない。そうすると,本件各特許発明は,公知文献の記載からは予測し得ない格別顕著な効果である相乗効果を奏するものと認められる。」


なお、東京地裁は構成要件充足、無効理由なしで侵害と判断しました。 ☆☆


■データの後出し: 膀胱癌で発現させるためのベクター、平成22年(行ケ)第10203号審決取消請求事件


平成24年5月28日判決言渡

原告: イッサム リサーチ ディヴェロップメント カンパニー オブ ザ ヘブリュー ユニバーシティ オブ エルサレム エルティディー

被告: 特許庁長官

本願: 特願2000-514993

請求項1: 細胞傷害性の遺伝子産物をコードする異種配列に機能的に連結された H19調節配列を含むポリヌクレオチドを含有する,腫瘍細胞において配列を発現させるためのベクターであって,前記腫瘍細胞が膀胱癌細胞または膀胱癌である,前記ベクター。

 

コメント: 実施例が現在形(している。)で(数値等を盛り込まずに)書かれていたとしても、それは「まがりなりにも実験結果」なので、それに基づいて出された後出しの実験データを、進歩性の判断において参酌してもいいですよ、という主旨の判断がされた事例。 拒絶審決取消。 ☆☆☆☆

 

--------------------------------

裁判所: (2)  加えて,本願明細書の段落【0078】には,化学的に膀胱腫瘍を発症させたマウスに対し,H19調節配列を使用した遺伝子療法を施した実施例につき,「対照及び実験群の間で,腫瘍のサイズ,数及び壊死を比較する。シュードモナス毒素の発現は,マウスの実験群からの膀胱腫瘍内のH19の発現と同時局在化することがわかる。さらに,マウスの実験群の膀胱腫瘍は,マウスの対照群内の膀胱腫瘍に比べてサイズ及び壊死が減少している。」との記載があり(なお,最後の1文は,「膀胱腫瘍のサイズが減少し,膀胱腫瘍が壊死している」の誤りであることが明らかである。),本願発明1のベクターによって,マウスを使用した膀胱腫瘍に対する実験で,対照群に対して膀胱腫瘍の大きさが有意に小さくなり,腫瘍細胞の壊死が見られた旨が明らかにされている。…。

 

本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきである。

そうすると,本願発明1には,引用例1,3ないし6からは当業者が予測し得ない格別有利な効果があるといい得るから,前記(1)の結論にもかんがみれば,本件優先日当時,当業者において容易に本願発明1を発明できたものであるとはいえず,本願発明1は進歩性を欠くものではない。…。

 

  また,被告は,本願明細書の9節では,他の実施例には存在する「結果と考察」欄が記載されていない上に,他の実施例では過去形で実験結果が記載されているのとは対照的に,現在形で実験結果が記載されているし,原告が真に実験を行っていれば,乙第6号証のように容易にその結果を本願当初明細書に記載できたはずであって,作用効果の記載(段落【0078】)は,いわば願望を記載したものにすぎない旨を主張する。

確かに,本願明細書(甲7)の他の実施例に係る8,10,11節中には「結果と考察」欄がある一方,9節には同欄がなく,9節では現在形で実験結果が記載されている。しかしながら,段落【0078】を含む9節には曲がりなりにも実験結果が記載されているのであって,記載中の項目立ての体裁や文章の時制が異なるからといって,架空の実験を記載したものと断定することはできない。」

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■偏光フィルム 平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件


コメント: 有名な大合議判決。パラメータ発明に関する特許において、後出しの実験成績証明書によってサポート要件を満たすことが許されなかった事例。
明細書に記載されていたのは実施例2点、比較例2点で、実験成績証明書で追加したのは実験8点、比較実験2点。 
☆☆☆

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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
業界動向や知財判決などの情報をアップしていきます。

SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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