■用途特許

■引例(ウェブページ)の「製品の特徴」の欄に「止血剤」の一行記載があったが、「止血剤」の用途は進歩性ありと判断された事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10158 審決取消請求事件
・平成301030日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:スリー・ディー・マトリックス インク
・被告:マサチューセッツ インスティテュート オブ テクノロジー
・被告:バーシテック リミテッド
・特許5204646
・発明の名称:止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法


コメント
止血剤に関する特許の維持審決の審決取消訴訟をご紹介します。
これまでの経緯は以下の通りです。

2013/02/22:特許登録(マサチューセッツ・・・)
2016/07/13:無効審判請求(スリー・ディー・マトリックス インク)
2017/03/21:維持審決
2017/07/27:訴訟提起
2018/10/30:判決 ← いまココ



本件特許の請求項1は以下の通りです。

「【請求項1】 必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,該処方物は,自己集合性ペプチドを含み,ここで,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなり,該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである,処方物。」



引例1に物(処方物)が記載されていて、引例3に「止血剤」が記載されている状況で、引例1の物を止血剤の用途に用いることに進歩性があるかが争点になっています(引例13はともに3DMジャパン社のウェブページで、「止血剤」はウェブページ上の一行記載です)。

ただ、ちょっと興味深い観点から検討されています。

裁判所は、本件発明1の処方物、引例13について、以下のように判断しました。



判決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 当裁判所の判断
・・・
3  容易想到性
  動機付け
引用例1ないし3は,いずれも,3DMジャパン社が,本件製品について説明する一連のウェブページである。また,引用例1に開示された引用発明は,本件製品の成分に関するものであって,引用例2及び3により利用可能となった事項は,本件製品の概要,用途等に関するものであり,本件製品が止血剤として利用できることである。したがって,当業者には,引用例2及び3により利用可能となった事項を,引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある
  引用例1と引用例2及び3との組合せ
(ア)  引用発明に引用例2及び3により利用可能となった事項を適用することにより,相違点に係る本件発明1の構成に至るかについて検討する。
(イ)  本件発明1の構成
  特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,本件発明1は,出血を抑制するための処方物であって,同処方物の成分として自己集合性ペプチドを含み,同自己集合性ペプチドがRADA16のみで構成される旨特定されている。
止血作用を有する成分として,RADA16のみで構成される自己集合性ペプチドしか特定されていないから,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然である。
・・・

本件明細書では,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
以上のとおり,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって,本件明細書においても,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
よって,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。

(ウ)  引用例1ないし3の記載
当業者には,引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」に,引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。
そして,引用例3には,本件製品の特徴として「メディカル分野,化粧品分野■骨充填剤■再生医療における細胞培養用scaffold■美容形成(しわとり)注入剤止血剤■じょくそう用製剤■化粧品」と記載されている。
そうすると,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる
・・・

(オ)  周知技術の参酌
前記のとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
そこで,優先日当時の周知技術を参酌することにより,当業者が,上記理解にとどまらず,更に,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるかについて検討する
-------------------------------------------------------------------------------------------------



以上の通り、裁判所は、「引用例2及び3により利用可能となった事項を,引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある」と判断し、引例3の物に関して、「何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる」ことは認めています。
しかし、ここまで引例3における止血用途の示唆を認めていながら、RADA16「のみが有効成分」になることが理解できないため、進歩性を否定するには足りないと判断しています。(請求項1には「のみが有効成分」の記載はありません。)

そして、この後はゲル生成と止血剤との関連性について、検討しています。



判決-------------------------------------------------------------------------------------------
ゲル生成による止血剤に関する周知技術
引用例1には,RADA16が「ゲル化をもたらす成分」であることが開示されているところ,優先日当時,ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したことが認められる(甲203208210213
しかし,以下のとおり,これらのゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤は,①複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記c),②一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記d),③一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記e)があるほか,当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明なもの(下記f)がある。
・・・

ゲル生成による止血剤に関する周知技術の参酌
a  前記cないしfによれば,優先日当時,①複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記c),②出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記d),③出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記e)が,それぞれ存在することが周知であったと認められる。

b  複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌
複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,
RADA16を,他の成分と組み合わせることなく,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解できるものではない。
c)出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌
血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤においては,出血部位を塞ぐゲルの生成に当たり,血液成分との相互作用が不可欠なものである。そうすると,そのような止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,血液成分との相互作用なしに,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制できると理解できるものではない。

(d) 出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌

引用例1には,RADA16がゲルを生成する機序について「AAの疎水結合,RDのイオン結合」と記載されている。当業者は,RADA16が互いにイオン結合及び疎水結合するから,ゲル化すると理解するものである。
そして,イオン結合及び疎水結合によるゲルは物理的絡み合いによってゲル化する物理ゲルであり,共有結合によるゲルは化学反応によって架橋されることによってゲル化する化学ゲルであるところ,高分子ゲルの性質は,ゲルを構成する高分子網目の構造(物理ゲルか化学ゲルか)に大きく依存するものであるから(乙23915頁),当業者は,当然に,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有している。
そうすると,共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有する当業者は,イオン結合及び疎水結合によりゲル化するRADA16において,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解することはできない。

e  以上によれば,ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても,当業者は,引用発明に係る止血剤について,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。
よって,当業者は,優先日当時における周知技術を参酌しても,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。
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以上の通り、裁判所は、「ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したこと」は認めています。
しかし、引例1のゲルと、周知技術として挙げられたゲルとはメカニズムが違うという観点から、RADA16のみが有効成分になって止血作用を有するとは理解できないと判断しました。
多数存在したということは、ゲルという物自体の重要性も示唆していると思いますし、さらに、引例3の「止血剤」の記載を考慮すると、RADA16のみが有効成分になって止血剤とする動機付けがあると考えることも一応できそうですが、厳しいですね。

次に、原告の主張について、検討しています。



判決-------------------------------------------------------------------------------------------
(ア)  原告は,引用発明をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止血効果があることを確認できる旨主張するものと解される。
しかし,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。そのようなRADA16の使用方法として,そのまま出血部位に適用することは,たとえそれが単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべきであって,容易に想到できるものではない
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気になるのは「創作能力の発現」でしょうか。特許実務では「通常の創作能力の発揮」は進歩性がないという表現がよく使われますが(審査基準にもそういう表現があります)、ここでは「創作能力の発現」に進歩性があるかのような記載になっています。

また裁判所は、ゲル化成分と止血作用の関連性に関する原告の主張について、以下のように判断しました。



判決---------------------------------------------------------------------------------------------
(ウ)  原告は,「ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,同成分をゲル化させることにより出血を抑制すること」は,優先日当時の周知技術であると主張する。まず,ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,その余の成分との組合せや血液成分との相互作用により,当該ゲル化をもたらす成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在することは,優先日当時の周知技術であったものである(前記イ(オ)cd)。しかし,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるか否かについて判断するに当たり,当該周知技術から,他の成分との組合せや血液成分との相互作用を捨象して,上位概念化した周知技術を認定することはできない。
 
また,ゲル化をもたらす一つの成分を出血部位に適用し,他の成分と組み合わせたり,血液成分と相互作用をさせたりすることなく,当該一つの成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在するものの,それが出血部位を塞ぐゲルになるのは,当該成分が共有結合をするからである(前記イ(オ)e)。そして,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違することは技術常識であったから(前記イ(オ)g⒟),かかる止血剤の存在から,そのゲル化の生成過程を捨象して,「ゲル化をもたらす成分」をゲル化させることにより出血を抑制できると常にいえるものではない。
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最後に、顕著な効果について以下のように判断した後、容易に発明をすることができたものということはできないと判断しました。



判決-------------------------------------------------------------------------------------------
(オ)  顕著な効果
原告は,本件発明1には顕著な効果がない旨主張するものと解されるが,そもそも本件発明1の構成は容易に想到できるものではないから,同主張は失当である。また,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制するものであって,顕著な効果があることを否定する証拠もない。

(4) 
小括
以上のとおり,本件発明1は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
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■トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持

 
<審決紹介>
・無効2017-800120
・審決日:2018613
・合議体:審判長 特許庁審判官 村上騎見高、審判官 蔵野雅昭、審判官 淺野美奈
・請求人:テバ・ホールディングス 株式会社
・被請求人:大日本住友製薬 株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬


コメント
ジェネリック vs 新薬の無効審判を紹介します。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、現時点で後発品はありません。

本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」


争点は進歩性で、審判官は特許を維持しました。
審決の抜粋は下記のとおりです。

前回のブログで紹介した抗体特許の審決(リンク)では、明細書に炎症疾患の薬理データがなくても先行文献から治療可能と認識できたとしてサポート要件を満たすと判断されていました。
一方でこの審決では、治療対象をパーキンソン病とすることは先行文献からは動機づけられないと判断されています。
特許を審判で無効にするのは難しいですね。

1にゾニサミドがパーキソニズムをもたらすことが記載されていた点は、審判官が動機づけを否定するために大きかったと思います。
審決取消訴訟が提起されましたので、今後知財高裁で審理されます。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4. 当合議体の判断
1. 
請求人の主張の概要
 請求人は、無効理由1に関連して概略以下の主張17をしている。
 
<主張1
 甲第1号証には、ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬に係る発明(甲1発明)が開示されている。
 また、本件発明1と甲1発明とは、ゾニサミドを有効成分とする医薬である点で一致しているが、本件発明1ではパーキンソン病などの神経変性疾患を治療対象とするのに対して、甲1発明ではてんかんを治療対象としている点で相違する。
 線条体においてドパミンの量を増加させるレボドパなどの薬物がパーキンソン病に対して有効性を発揮できること、及びパーキンソン病の治療薬として線条体におけるドパミンの量を増加させる薬物が臨床的に広く使用されていることは当業者に周知されている。
 そのような技術常識を有する当業者であれば、甲第1号証に教示されているゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有しているという事実を知れば、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである。
(審判請求書、3623行~4010行、415行~427行、4316行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書926行~1120行、1627行、2120行~2315行、2726行~2914行)

・・・
<主張5> 
 甲第1号証ないし甲第3号証には、てんかん以外の疾患においてはゾニサミドの有効性を期待できないとする制限的な記載や、てんかん以外の疾患にゾミサミドを使用すべきではないとする注意的な記載などは見当たらないから、当業者であれば、パーキンソン病に対してゾニサミドを使用してみることに直ちに動機づけられることは明らかである。
 また、進歩性の判断においては、実際の研究者が何を考えたのかを議論する必要はない。
 また、薬物の投与中止により消失する薬剤性パーキンソニズムを引き起こす場合がごく稀にあるということだけでは、ゾニサミドをパーキンソン病治療薬として使用してみることの阻害要因になろうはずもない。
 また、ゾニサミドがドパミンに対して二相性作用を有するとしても、当業者であればパーキンソン病患者において薬効範囲の血漿中濃度を達成できる投与量及び用法を適宜選択し、薬効範囲を超える投与量を何ら困難性なく回避できる。
(審判請求書、4419行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書頁2120行~2315行、251行~2725行、2918行~313行、3411行~3520行、3713行~396行、平成30316日付上申書621行~718行)

・・・
2. 
本件特許発明1についての当合議体の判断
1)甲第1号証に記載された発明との対比
 甲第1号証には、ゾニサミドが新規の抗てんかん薬であること、部分発作の治療の際に効果を発揮すると共に、全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮すること、有効性と安全性の観点から見て、ゾニサミドは、部分発作患者の場合、カルバマゼピンと同等であることが証明されていること、小児の全身性発作患者を対象とした研究では、valproateVPA)と同等であることが証明されていること、ゾニサミド投与の際に、重篤な副作用が発現したり、強力な抗てんかん作用が発揮されたりすることは稀であるため、ゾニサミドは日本では主要な抗てんかん薬のひとつとみなされていることが記載されている(記載事項1-1)。
 また、「雄のwistarラット」(記載事項1-9)に、「ZNSを治療用量(20 mg/kg50 mg/kg)で投与した結果、線条体のDAおよびDOPAの細胞外濃度が上昇した」(記載事項1-2。なお、「ZNS」、「DA」は、それぞれ、ゾニサミド、ドパミンの略号である。)ことも記載されている。
 
 これらの記載事項から、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
 
「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって、
ゾニサミドの投与量が20 mg/kg50 mg/kgであり、雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す、
 抗てんかん薬。」
 
 本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「ゾニサミド」は、本件特許発明1の「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩」に相当する。また、甲1発明の「抗てんかん薬」も本件特許発明1の「神経変性疾患治療薬」も医薬であることに変わりはない。
 したがって、本件特許発明1と甲1発明の一致点、相違点は以下のとおりである。
 
<一致点>
「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。」
 
<相違点1
 医薬について、本件特許発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、甲1発明では「てんかん」を治療対象としている点。
 
2)相違点1について
 甲第1号証には、甲1発明の医薬の治療対象について、その有効成分であるゾニサミドが新規な抗てんかん薬であることとともに、抗てんかん薬としての有用性について、部分発作や全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮することや、重篤な副作用が発現することが稀であることなどが記載されている(記載事項1-1)が、甲1発明の医薬の治療対象を「神経変性疾患」とすることについては、記載も示唆もない。
 
 甲1発明の医薬は、「線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す」ものであるから、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤であるともいえるが、甲第1号証には、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより神経変性疾患を治療することについて記載や示唆はないし、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより必ず神経変性疾患を治療することができるといえる技術常識もない。
 
 そればかりか、甲第1号証には、甲1発明の医薬の有効成分であるゾニサミドについて、「他のドパミン作動性副作用(例:パーキンソニズム、妄想的観念)」をもたらすこと、および、「パーキンソニズム」に関連する文献として文献39(記載事項1-11-11参照。脳と神経, 441992 61-63。)が挙げられており、当該文献39に対応する乙第6号証には、ゾニサミド(200mg/日)を服用開始後3ヶ月から振戦(当審注:甲第1号証の「他のドパミン作動性副作用(パーキンソニズム)」に対応する。以下、甲第1号証の表記(パーキンソニズム)に統一する。)が出現したことが記載されている(記載事項乙6-1)。
 この記載は、ゾニサミド200mg/日の投与によりパーキンソニズムがもたらされたことを示すものである。ここで、ゾニサミド200mgは、患者の体重を50kg程度として4mg/kg程度と見なせるところ、甲1発明は、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであって、記載事項乙6-1にパーキンソニズムをもたらしたことが記載される投与量の5倍ないし12.5倍に達するものであり、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであることに基づけば、パーキンソニズムをもたらす可能性が高いものであると認められる。
 
 そうすると、甲第1号証は、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「神経変性疾患」や「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえず、当業者が、甲第1号証の記載に基づき、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易に想到し得たとは認められない。
 
 また、甲第468号証の記載は、パーキンソン病の治療薬の中にドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になることを示すものではない。
 そうすると、甲第468号証の記載に接した当業者が、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になると理解するとはいえない。
 また、ドパミンを補う作用を奏する薬物であればパーキンソン病の治療薬になることが技術常識であったといえる根拠も見出せない。
 
 したがって、甲第1号証に加え、甲第468号証に記載されている事項及び技術常識を勘案しても、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易になし得たとは認められない。
 
3)効果について
・・・

4)請求人の主張の検討
 主張1は、甲第1号証にゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有していることが記載されているので、当業者は、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである、というものである。
 しかしながら、上記「(2) 相違点1について」に説示したとおり、甲第1号証には、甲1発明の医薬を投与すると、パーキンソニズムが出現することも記載されているなど、甲第1号証の記載は、全体として、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえないものである。
 
 また、主張2は、主張1の前提となる技術常識に関するものであり、主張35は、いずれも、主張1を補強するための主張であると解され、主張67も、顕著な効果の不存在を主張することにより主張1を補強するものであると解されるから、上述のとおり、主張1が採用できない以上、主張27も、採用することができない。
・・・

第5. 結語
 以上のとおり、請求人の主張及び立証方法によっては、本件特許発明1~6に係る特許を無効とすることはできない。
 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものである。
 よって、結論のとおり審決する。

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■クレームの用途を狭く解釈することにより、甲文献に対して新規性ありと判断した事例

 
<判決紹介>
・平成29(行ケ)10114  審決取消請求事件
・平成30718日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:日新製薬株式会社、日本ケミファ株式会社
・被告:オリオン コーポレーション、ホスピーラ インコーポレーテッド
・特許4606581
・発明の名称:ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途


■コメント
無効審判の特許維持審決に対する審決取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下の通り。

「【請求項1
 
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって,該患者が覚醒され,見当識が保たれる使用。」


関連する医薬品としては、プレセデックス静注液(デクスメデトミジン塩酸塩)が、ファイザー、丸石製薬からα2作動性鎮静剤として販売されています。後発品はありません。
効能又は効果は、「集中治療における人工呼吸中及び離脱後の鎮静」、「局所麻酔下における非挿管での手術及び処置時の鎮静」です。


争点は、新規性(甲3又は5)、進歩性(甲3又は5、周知技術)、原文新規事項、明確性要件です。


▼甲3に基づく新規性について
裁判所は、請求項1の「鎮静」について、集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて、(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり、この両方の鎮静が必要であると認定しました。
その上で、甲3にはその両方の鎮痛の用途の記載が無いとして、原告の新規性欠如の主張を認めることはできないと判断しました。
判決の抜粋は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1(甲3に基づく新規性判断の誤り)について
・・・

  前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の従来技術,課題,内容,効果等に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア)危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいる(【0003】)。
・・・
(イ)「本出願人」は,α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤であり,特に患者を鎮静させるためにICUにおいて患者に投与される本質的に唯一の活性薬剤または唯一の活性薬剤であり得ることを発見し(【0024】),「本発明」をした。
デクスメデトミジンの投与によって達成されるICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,不安そうではなく,気管チューブをよく許容している(【0027】)。

2)本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義についてアまず,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はない。
次に,本件明細書を参酌すると,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はないが,①「ICU状況における鎮静」の用語は,ICU(集中治療室)における「患者の実際の鎮静」に加えて,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む」こと(【0001】),②危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】),集中治療を受けている重篤患者の鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】),③α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が,「患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤」であること(【0024】),ICUにおける鎮静の性質は,独特なものであり,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は,治療が容易にできるよう覚醒され,見当識が保たれており,患者は呼び覚まされ,質問に応答することができ,気づいているけれども,「不安そうではなく,気管チューブをよく許容している」こと(【0027】),⑤実施例はデクスメデトミジンが,「鎮静化と患者の快適化の独自の性質を提供するので,ICUにおいて患者を鎮静化するための理想的な薬剤であることを示す」こと(【0035】),⑥「集中治療室」の用語は,「集中治療を提供するようないかなる環境をも包含する」こと(【0026】)の記載がある。上記⑥に関連し,一般に,「ICU」とは,「内科系・外科系を問わず,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行うことにより,治療効果を期待し得る急性重症患者を収容する部門」を意味する(甲48)。

そして,請求項1の文言及び本件明細書の上記記載事項等を総合すると,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」は,集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて,(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり,この両方の鎮静が必要であるものと認められる。
本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語に関する本件審決の認定は,これと同旨をいうものと認められるから,誤りはない。

 これに対し原告らは,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」は,通常の医学用語としての鎮静(「意識のぼんやりとした状態であるが,適当に人の命令に答えたりできる状態」。甲75)のほか,「α2アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途」(【0018】,【0025】)を含む,鎮痛,不安緩解(抗不安),交換神経遮断作用まで幅広く含むα2アゴニストとしての全ての作用を対象とした用語であり,α2アゴニストの作用と同義であるから,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈すべきである旨主張する。

しかしながら,原告らが根拠として挙げる本件明細書の段落(【0018】,【0025】)の記載は,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法は,そのα2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途を含むデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の可能性のあるICU用途,たとえば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する。」というものであって,「ICUにおいて患者を鎮静させる方法」が「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」を使用することにあること,「デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩」の可能性のあるICU用途には,「α2-アゴニストとしての活性に導かれるすべての可能性のある用途,例えば,低血圧剤,抗不安薬,鎮痛薬,鎮静薬などとしての用途はすべて包含する」ことを述べたものにすぎず,上記記載から,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」にいう「鎮静」が,α2アゴニストの作用と同義であると解釈することはもとより,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することもできない。

また,集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することは,ICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(ivline)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であること(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)などの本件明細書の他の記載事項と整合しない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
・・・

3)甲3の記載事項について
・・・

前記アの記載事項によれば,甲3には,①心筋虚血のリスクが高い患者において,周術期のストレス反応を軽減するなら,心筋虚血の発生を減じ,周術期の合併症発生率や死亡率を低下させることができる可能性があり,一方,α2-アドレナリン受容体作動薬は,周術期のストレス反応を減弱させるのに有効であるが,交感神経遮断作用が,血圧低下や徐脈など潜在的に有害な臨床作用も来し,このような血行動態的変化に血管疾患患者や重症心筋疾患患者には耐えられない可能性があるため,従来,α2-アドレナリン受容体作動薬であるデクスメデトミジンは,健常ボランティアと健康な外科患者に対してのみ投与されてきたこと,②甲3の臨床研究は,高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者へのデクスメデトミジンの周術期投与の実施可能性と影響の予備的評価を行うため,24人の血管外科患者を対象として,麻酔開始の1時間前から手術後48時間まで,プラセボ群と3つの異なる注入用量のデクスメデトミジン群(低用量群(血漿濃度目標0.15ng/ml),中用量群(同0.30ng/ml)及び高用量群(同0.45ng/ml)に分けて,デクスメデトミジンの持続注入を行い,血圧,心拍数,心筋の酵素等を測定し,その臨床データを解析した研究であること,③研究の結論として,血漿濃度目標0.45ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は,血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが,血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことの開示があることが認められる。

4)本件発明1と甲3に記載された発明との同一性について
原告らは,甲3記載の血管外科患者は,「集中治療を受けている重篤患者」に該当し,上記血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途に使用するものであるから,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されている旨主張するので,以下において判断する。

(ア)原告らは,①甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」である,②甲3記載の血管外科患者は,本件発明1の実施例(被験者が冠動脈バイパス手術の患者等)と同様の患者であるから,「重篤患者」であり,十分な看護体制がされた状態にあり,実際,術後にカテーテルなどを設置し,酸素濃度,血圧,心電図などを測定しており,常時看護されていること(622頁左欄下から3行~右欄下から5行)からすると,「集中治療室」で集中治療を受けているといえるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,研究の対象とされた24人の血管外科患者が,その外科手術後に,集中治療室(ICU)に収容されたことや,集中治療を受けたことを明示した記載はない。
次に,甲3の表1「被験患者の人口統計学的特徴および臨床的特徴(24名)」(別紙2)は,24人の血管外科患者をプラセボ群,低用量群,中用量群及び高用量群に区分した上で,各群ごとの患者の心臓病歴,外科手術の区分(大動脈手術,頚動脈手術及び末梢血管手術の3種類),手術時間等の特徴について記載したものである。
1の外科手術の区分をみると,プラセボ群では,「大動脈手術3,頚動脈手術1,末梢血管手術2」,低用量群では,「大動脈手術3,頚動脈手術0,末梢血管手術3」,中用量群では,「大動脈手術1,頚動脈手術2,末梢血管手術3」,高用量群では,「大動脈手術2,頚動脈手術3,末梢血管手術1」との記載がある。このうち,「大動脈手術」を受けた患者については,一般に,「大動脈手術」には,開胸手術や開腹手術といった侵襲性の高い手術が含まれることに照らすと,術後の集中治療を要する患者であった可能性が高く,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと認められる。

一方,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者については,表1には,各患者の冠動脈疾患やそのリスクの程度についての記載や患者が受けた外科手術の具体的な内容についての記載がないことに照らすと,「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと直ちに認めることはできない。
この点について,原告らは,甲3記載の血管外科患者は,血管手術を受けた外科患者であって,全身麻酔を受けている以上,術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから,「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張するが,全身麻酔からの離脱を確認するために「集中治療室」に収容されているからといって,呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行われていることが認められない以上,集中治療を受けているということはできない。また,原告らが挙げる甲3の記載事項(622頁左欄下から3行~右欄下から5行。前記(3)ア(オ))から,24人の血管外科患者は,臨床研究のデータ収集等のため,常時観察・看護されていたことは認められるものの,「頚動脈手術」を受けた患者及び「末梢血管手術」を受けた患者について,呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われていたものとまでは認められず,集中治療を受けていたものと認めることはできない。

b
以上によれば,甲3記載の血管外科患者が「集中治療を受けている重篤患者」に該当するとの原告らの主張は,「大動脈手術」を受けた患者については理由があるが,その余の手術を受けた患者については理由がない。

(イ)原告らは,甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」は,α2アゴニストの作用の一つであるから,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当し,また,仮に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」には,「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての「鎮静」が必要であるとしても,「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,交感神経を遮断して「ストレス反応」を抑え,これにより落ち着いた状態になり,不安の解消をもたらす作用であるから,上記「鎮静」に該当し,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たる旨主張する。

a
そこで検討するに,甲3には,甲3記載の血管外科患者について,その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,
理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲3には,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。
したがって,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。

b
前記12)イ記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,手術のストレスにより交感神経系が刺激され,内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために,交感神経を遮断する作用であること(前記(3)ア(イ))に照らすと,原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。

c
 以上によれば,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。

(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば,甲3には「集中治療を受けている重篤患者」についての開示はあるものの(前記(ア)),「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないから(前記(イ)),甲3に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されているとの原告らの主張は,理由がない。
イそうすると,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与は,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」ではない点で,本件発明1と相違するから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1と同一の発明であると認めることはできない。

5)小括
以上によれば,本件発明1は,甲3に記載された発明と同一であるとは認められず,同様に,本件発明2ないし12は,甲3に記載された発明と同一であると認められないから,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
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▼甲3及び周知技術に基づく新規性について
裁判所は、新規性の判断で述べた理由により、甲3に「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないため、原告の一致点・相違点に関する前提に誤りがあるとし、原告の進歩性欠如の主張を認めませんでした。


※甲5に関する判断は省略。


▼原文新規事項について
原告は、クレーム3の「12ng/mlプラズマ濃度」は、PCT明細書に記載がないため原文新規事項であることを主張しました。原告の主張によると、PCT明細書のクレーム3では、「0.12ng/mlプラズマ濃度」と記載されていたものが、国内移行時の明細書で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようです。また、PCT明細書には、「12ng/mlプラズマ濃度」の直接の記載はないようです。
裁判所は、以下の通り、原文新規事項ではないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5
取消事由5(原文新規事項に関する判断の誤り)について
1)原告らは,本件審決は,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載について,本件国際出願明細書には,「12ng/mlプラズマ濃度」との文言の記載はないが,「0.12ng/mlプラズマ濃度」との記載があり,「12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲は,「0.12ng/mlプラズマ濃度」の数値範囲の約半分ほどの範囲を占める部分であり,当該範囲は,他の数値範囲からは予測できない特段の意味を有する数値範囲でもなく,新たな技術的事項を導入するものでもないから,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しない旨判断したが,①「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものであり(甲9x9y10),「1ng/mlプラズマ濃度」を数値範囲の境界値として本件特許の請求項3に記載することは,新たな技術的事項を導入するものであるから,原文新規事項に該当する,②本件国際出願明細書と本件国内書面によれば,国際出願時の請求項3で「0.12ng/mlプラズマ濃度」とされていたものが,本件国内書面の請求項3で「12ng/mlプラズマ濃度」となったようであるが,既に特許登録されている請求項3を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段はないから,原文新規事項に該当するというほかないとして,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。

そこで検討するに,本件国内書面(甲772)には,プラズマ濃度に関し,「デクスメデトミジンの投与量の範囲は,標的プラズマ濃度として記載することができる。ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる。これらのプラズマ濃度は,瞬時投与(bolusdose)および規則的な維持注入(steadymaintenanceinfusion)による継続投与を用いて静脈内投与によってなされることができる。たとえば,ヒトにおいて前記プラズマ濃度範囲に到達するための瞬時の投与量範囲は,約10分間またはそれよりゆっくり投与されるため,約0.12.0μg/kg,好ましくは約0.52μg/kg,より好ましくは1.0μg/kgであり,ついで,約0.12.0μg/kg/h,好ましくは約0.20.7μg/kg/h,より好ましくは0.40.7μg/kg/hが維持投与される。デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の投与期間は,目的の使用持続期間に依存している。」(【0028】)との記載がある。上記記載によれば,【0028】には,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲は,「鎮静の目的レベルおよび患者の全体的な状態に依存して0.12ng/mlの間で変わる」ことが開示されていることが認められるが,一方で,本件国内書面の発明の詳細な説明及び図面には,【0028】以外に,「0.12ng/mlプラズマ濃度」に関して言及した記載はない。また,この点については,本件国際出願明細書も,本件国内書面と同様であることが認められる。そして,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」は,【0028】記載の「0.1~2ng/ml」の数値範囲内にあるから,ICUにおける患者の人々に鎮静を提供することを期待されるプラズマ濃度範囲にあることは明らかである。

そうすると,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が,本件国際出願明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるということはできない。

2)この点に関し,原告らは,甲9x9y10を根拠として挙げて,デクスメデトミジンのプラズマ濃度が「12ng/ml」に達すると,患者は深く眠ってしまって覚醒できなくなるが,プラズマ濃度が「0.11ng/ml」であれば,音声指示によって容易に目を覚ますことが可能であるから,「12ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用は,「0.11ng/ml」のプラズマ濃度におけるデクスメデトミジンの作用とは,明らかに異質なものである旨主張(上記①の主張)する。

しかし,原文新規事項に該当するかどうかは,本件国際出願明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において新たな技術的事項の導入に当たるかどうかを判断すべきであるところ,甲9x9y10は,本件国際出願明細書とは別の文献であり,しかも,原告らが根拠として挙げる上記各文献の具体的な記載内容が,本件優先日当時技術常識であったとまで認められないから,原告らの上記①の主張は,採用することができない。

また,原告らは,本件特許の請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当することの根拠として,請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載を「0.12ng/mlプラズマ濃度」に訂正する手段がないことを挙げるが(上記②の主張),そのように訂正する手段があるかどうかの問題と請求項3の「12ng/mlプラズマ濃度」の記載が原文新規事項に該当するかどうかの問題とは別個の問題であるというべきであるから,原告らの上記②の主張は失当である。

3)以上によれば,本件発明3及び請求項3を発明特定事項として引用する本件発明4ないし12は,本件国際出願明細書に記載した事項の範囲内にあり,原文新規事項に該当しないとした本件審決の判断に誤りがあるとの原告らの上記主張(取消事由5)は,理由がない。

・・・

結論
 
以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告らの請求は棄却されるべきものである。
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※明確性要件に関する判断は省略。


■引例に医薬用途の1行記載と、関連性のある医薬用途の実施例が記載されていた事例


<判決紹介>
平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件


■コメント
特願2005-191506に対する拒絶審決の取消訴訟。
本願の医薬用途は「うつ症状」の改善である。

引例12には「うつ病」の改善を示唆する1行記載がある。
また、引例12実施例には、「精神分裂病」、「記憶・学習能力の低下」の改善結果がそれぞれ記載されていた。

特許庁は「実質的な相違点でない」(引例1)、「うつ病の改善効果が推認できる」(引例2)などの主張をしたが、裁判所は、特許庁の相違点の判断、容易性の判断に誤りがあると判断した。 拒絶審決取消。 ☆☆☆


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■抜粋
・平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件
・平成27820日判決言渡、知的財産高等裁判所第4
・原告: サントリーホールディングス株式会社
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2005-191506
・請求項4:
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。


・概要
主文
1
特許庁が不服2012-6456号事件について平成2669日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
1 請求
主文1項と同旨

2 事案の概要
・・・。
3
本件審決の理由の要旨
ア 引用発明1
 任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害の治療のための,エイコサペンタエン酸(以下「EPA」ということがある。)または任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(以下「AA」ということがある。)または任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製され,前記EPAおよびAAが生物学的に同化可能である形態であり,最終投与形態中に混入される前に各々が少なくとも90%の純度である薬学的配合物。

イ 本願補正発明と引用発明1との一致点
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸である誘導体を含んで成る,精神医学的疾患の症状の改善のための医薬組成物ウ本願補正発明と引用発明1との相違点

(
) 相違点A
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸である「誘導体」について,本願補正発明では,「トリグリセリド」と特定しているのに対し,引用発明1では「任意の適切な誘導体」とされている点

(
) 相違点B
 引用発明1では,「エイコサペンタエン酸(EPA)または任意の適切な誘導体」を組み合わせることが特定されているのに対し,本願補正発明ではそのような特定はされていない点

(
) 相違点C
 「精神医学的疾患の症状」について,本願補正発明では,「うつ症状」と特定しているのに対し,引用発明1では「うつ症状」とは表現されていない点

・・・。

3 当事者の主張
・・・。
〔被告の主張〕
・・・。
(2)
相違点Cに関する判断について
 前記のとおり,本件審決が認定した引用発明1は,前記第23(2)アのとおりであって,引用発明1が,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体と組み合わせることなく,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体から調製された薬学的配合物であるとの認定はしていないし,引用発明1におけるアラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体が活性成分であることは,引用例1には十分記載されており,EPAAAのレベルを高めるものであることも記載されている。そして,引用例1の記載,特に【請求項1】及び【請求項12】から,引用発明1は「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害の治療のため」のものと認定でき,引用例1の記載,特に【0024】~【0034】から,引用発明1には精神分裂病の治療に対する有効性もあることが認定できるところ,引用発明1により精神分裂病(統合失調症に同義)やうつ病の治療が奏功すれば,当然,それらを原因とするうつ症状は改善されると解される。
 したがって,相違点Cは,形式上の相違点となるものの,実質的な相違点でないとした本件審決の判断に誤りはない。


4 当裁判所の判断
1
本願補正発明について
・・・。
2
取消事由1(本願補正発明についての引用発明1に基づく進歩性判断の誤 り)について
(1)
引用例1の記載
・・・。

(2)
引用例1に記載された発明の認定
・・・。

イ 治療可能な疾患又は症状について
(
) 引用例1の実施例においては,以下の①ないし③の事項が具体的に確認されている。
 ① 抗精神分裂病薬クロザピンを摂取中である精神分裂病患者31名に対して,エチル-EPA(エイコサペンタエン酸エチルエステル)を2g/日,12週間(3ヶ月間)投与すると,精神分裂病に関する陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値(以下「PANSSスコア」ということがある。)のベースラインからの改善パーセンテージが26.0%であり,精神分裂病の既存の薬剤により生成されるこの評価尺度での通常の1520%の改善と比較して大きい効果を生じ(【0024】~【0026】),PANSSスコアの低下は精神分裂症状(精神分裂病の症状)の改善と強く関連すること(【0031】)。
 ② 5名の精神分裂病患者にAA(アラキドン酸)それ自体を投与したパイロットスタディでは,症状が悪化したこと(【0033】)。
 ③ 3ヶ月間2g/日のEPAを既に摂取中であった患者2名に1g/日の用量でAAを投与したところ,AAが単独で投与された場合に認められるいかなる悪化も伴わずに,実質的なさらなる改善を経験したこと(【0034】)。
 上記①ないし③によれば,エチル-EPAと同時にAAを摂取すると,PANSSスコアのベースラインからの改善パーセンテージが,エチル-EPA単独の場合の26.0%よりもさらに改善され,精神分裂病の既存の薬剤(1520%)に比べ,精神分裂病の症状が大きく改善されたことが記載されていることから,精神分裂病の治療のためには,エチル-EPAAAを併用することが適切であることが認識できる。

(
) 一方,引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
 しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。

 また,引用例1の【0036】には,「文献の再検討により,ここに記載された現象が,精神分裂病について真実だけでなく,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害についても言えることが示唆される。」との記載があるものの,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害に,うつ病や双極性障害,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患・障害が含まれるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。

ウ そうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
 したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。

・・・。

(3)
本願補正発明と引用発明1’との対比
・・・。
(
) 相違点C’
 医薬組成物が,本願補正発明はうつ症状の改善のためのものであるのに対し,引用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点

・・・。

ウ 相違点C’について
 一般に,統合失調症の主な症状として,幻覚・妄想・思考障害などの陽性症状と,感情平坦化・会話困難・意欲減退などの陰性症状があり,このうち陰性症状には,うつ症状と似た症状があるが,これらのどのような症状が主症状となるかは,患者の状態によって様々であることが知られている(加藤正明ほか編「新版精神医学事典」(平成23年,弘文堂)56頁,加島敏ほか編「現代精神医学事典」(平成5年,弘文堂)79755頁参照)。
・・・。

 しかるに,前記(2)()のとおり,引用例1の実施例において,患者2名の陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値が改善したとの記載からだけでは,PANSSの評価尺度のうち,陽性症状尺度,陰性症状尺度及び総合精神病理評価尺度の中のどの項目において改善が認められたのかが不明であるから,統合失調症の陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善したかどうかを確認することはできない。
 そうすると,引用例1には,構成脂肪酸がEPA又は任意の適切な誘導体を,AA又は任意の適切な誘導体と組み合わせることにより調製された医薬組成物を投与することによって,統合失調症における陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善することについては,記載も示唆もないというほかない。

 そうすると,引用発明1’には,うつ症状が改善されることについての記載も示唆もないから,本願補正発明と引用発明1’との相違点C’は,実質的な相違点というべきであり,この相違点C’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であると認めるに足りない。
 したがって,本件審決は,相違点についての判断を誤るものである。

 (5) 小括
 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がある。


3
取消事由2(本願補正発明について引用発明2に基づく進歩性判断の誤り)について
(1)
引用例2の記載

・・・。

(3)
本願補正発明と引用発明2’との対比
 そうすると,本願補正発明と引用発明2’との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 一致点
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る医薬組成物。
イ 相違点
 本願補正発明は,「うつ症状の改善のため」のものであるのに対し,引用発明2’は,「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点(以下「相違点α’」という。)。

(4)
相違点α’に係る容易想到性について
 確かに,引用例2の【請求項1】~【請求項16】,【0012】,【0017】には,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」の予防又は改善を行うことが記載され,当該症状あるいは疾患として,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下,感情障害(たとえば,うつ病),知的障害(たとえば,痴呆,具体的にアルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆)」等が記載されている。
 しかし,前記(2)ウのとおり,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識できないというべきである。そして,前記(2)()のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないことからすれば,引用例2に接した当業者が,引用例2に記載された「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」に含まれる多数の症状・疾患の中から,特に「うつ病」を選択して,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,うつ病の症状である「うつ症状」が改善されるかを確認しようとする動機付けがあるということはできない。
 そうすると,引用例2に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であるということはできず,本件審決のこの点に関する判断には誤りがあるというべきである。

(5)
被告の主張について
ア 被告は,引用例2においては,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」や「うつ病」はいずれも「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」として記載されており,これは,本願出願時の当業界における認識とも一致するから(乙13),引用例2の記載に接した当業者が,脳機能の低下に起因する症状の改善のための医薬組成物である引用発明2を,脳機能の低下に起因する「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」に効果を奏するならば,同じく脳機能の低下に起因する「うつ病」にも効果を奏するものとして把握する旨主張する。
 しかし,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」及び「うつ病」が,いずれも「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」であるとしても,そのことから直ちに,前者の症状の改善のための医薬組成物が,後者に対しても効果を奏することになるものではない。むしろ,前記(4)のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないから,引用例2記載の医薬組成物を投与することにより記憶・学習能力の低下が改善された実施例と同様の改善効果が期待できるものとして,引用例2において「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」として例示された症状・疾患の中から,あえて「うつ病」を選択する動機付けがあるということはできない。
 したがって,引用発明2’に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが,当業者にとって容易であったということはできないから,被告の上記主張は採用することができない。

・・・。
 したがって,乙4及び5を斟酌しても,引用例2のモリス型水迷路試験の結果から,うつ病が改善されることを当業者が予測できるとはいえず,被告の上記主張は採用することができない。

(6)
小括
 以上のとおりであるから,原告主張に係る取消事由2は理由がある。

4
結論
 以上によれば,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから,本件審決は取消しを免れない。
 よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。


■広告宣伝の内容から、被告化粧料は部分肥満改善用を満たすと判断した事例


<判決紹介>

コメント:
被告化粧料が「部分肥満改善用」の構成要件を充足するかどうかという点について、広告宣伝(ウェブ、商品説明書)の内容から、充足すると判断した事例。 ☆☆


平成23()4836号 特許権侵害差止等請求事件
平成25117日判決言渡、大阪地方裁判所
原告: 株式会社メディオン・リサーチ・ラボラトリーズ
被告: 有限会社サンクス製薬 等
特許: 特許第4659980
請求項1
 部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
1
)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は
2
)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ
からなり,
含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。

裁判所の判断:
「(3) 「部分肥満改善」について
ア 被告各製品に係る広告宣伝
 
後掲各証拠によれば,被告各製品の広告宣伝には以下の記載がされているものと認められる。
(ア) 被告製品1を紹介するウェブページ(甲102
「肌自体が健全になり,代謝が活発化。余分なもの(老廃物・メラニン)をどんどん排泄することで皮膚がしまって透明感のある小顔へと導きます。」「エステサロン生まれのリフトアップ」
(イ) 被告製品2を紹介するウェブページ(甲121
「たった1回で顔やせ,美白を実感。」
(ウ) 被告製品5の商品説明文書(甲16
KIARACO2ジェル)は,傷の治療薬の研究過程で発見されました。本製品の製造の元になった医薬品は,深い傷を早くきれいに治しましたが,同時に脂肪がなくなっていくのを試験担当ドクターが発見したのです。
 
そこで,その医薬品を自分の顔半分に塗布したところ,誰が見てもはっきりわかるほど顔半分が見事に痩せました。この結果をうけて皮膚科や美容外科のドクターに協力を求め効果を検討したところ,顔痩せはほぼ100%誰にでも効くことがわかりました。」
3,部分痩せ
 
毎日パックします。
 
早い人は1週間で効果が出せますが,普通は1ヶ月を目安にしてください。
 
美白効果が出にくい人でも顔痩せ効果は確実です。
 
腕・足・腹部にも効果がありますが,2ヶ月以上の使用が必要です。」
・・・。

イ 構成要件充足性
 
前記アの被告各製品に係る広告宣伝の内容からすれば,被告各製品は,小顔効果,顔やせ,部分痩せの効果を奏する化粧料として販売されていることが認められる。
 
そうすると,被告各製品が本件各特許発明の「部分肥満改善用化粧料として使用される」という構成を文言上充足することは明らかである。
 
被告らは,前記アの被告各製品に係る広告宣伝には関与していない旨主張する。しかしながら,上記各広告宣伝は,その体裁・内容自体からして真正に成立したものであると認めることができる(被告らも第三者の作成名義で真正に成立した文書であることについてまで争っているとは解されない。)。そして,被告各製品について上記のような類似した広告宣伝がされていることからすれば,被告らが,小売店等に対し,上記のような作用効果を奏する化粧料として被告各製品を販売していることは優に認められるものというべきである。」



■用途発明かどうか: 脱ロウ方法、平成10年(行ケ)第308号審決取消請求事件


平成12629日口頭弁論終結
原告: 東レ株式会社
被告: モービルオイルコーポレーション
特許: 特許770122
請求項1:  直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物を、一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって、酸化物のモル比の形で表わして一般式0.9±0.2M 2 / n O:Al 2 O 3 :5-100SiO 2 :zH 2 O(式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価でありzは0ないし40の値である。)
で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質と接触させ前記混合物から直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法。
格子面間隔d(Å)
11.1±0.2 10.0±0.2 7.4±0.15 7.1±0.15 6.3±0.15 6.04±0.1 5.97±0.1 
5.56±0.1 5.01±0.1 4.60±0.08 4.25±0.08 3.85±0.07 3.71±0.05 
3.64±0.053.04±0.032.99±0.022.94±0.02

コメント: 用途発明に該当するかどうか、が判断された事例。
→NG。 特許維持審決取消。 ☆

--------------------------------------------
裁判所: 「(9) 被告は、本件発明は、「脱ロウ方法」、すなわち、脱ロウプロセスの発明であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である旨主張する
 講学上、「用途発明」とは、物の有するある一面の性質に着目し、その性質に基づいた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明をいうものとされ、物が周知あるいは公知であっても、用途が新規性を有する場合には、特許性の認められる場合があることを示すためにされている用語である。
 しかしながら、上記認定のとおり、本件発明は、ゼオライトZSM-5を使用してクラッキングを行うプロセスが、原料油中のロウ分を消して別の生成物に変えるという点に着目し、ロウ分を含まない目的物質を得るという目的、効果の面からこれを「脱ロウ法」と称しているにすぎず、本件発明と引用発明とは、出発原料、反応、触媒を同じく、その結果、得られる目的物質も同じくしているのであるから、そこには何らの新規な用途の追加ともみることができないものであって、特許性の認定と結び付けられる上記の意味での用途発明となり得ないことは明らかである。」
--------------------------------------------

■第2医薬用途の進歩性: 胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤、平成20年(行ケ)第10366号 審決取消請求事件


平成21年9月30日判決言渡
原告: 大塚製薬株式会社
被告: 大正薬品工業株式会社
請求項1: 2-(4-クロルベンゾイルアミノ)-3-(2-キノロン-4-イル)プロピオン酸またはその塩を有効成分とする,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤。

コメント: 第2医薬用途の進歩性が認められなかった事例。
1用途は「胃潰瘍治療剤」で、第2用途は「胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤」。 胃炎と胃潰瘍は、普通に考えれば発症機序にかなり関係性がありそうなので、進歩性をだすのは難しそうな印象。 裁判所の進歩性の判断に当たっては、下記の点が考慮されている。☆☆

 ・胃潰瘍と胃炎の病態・発症機序が異なるとする確立した見解はなかった。
 ・胃潰瘍治療剤の中に胃炎治療剤としての用途を有するものが多数存在する。
 ・本件明細書には,本件化合物の抑制率が77%であるとの記載はあるものの,その記載のみをもって,本件特許発明をすることが容易ではなかったことの根拠として評価することができるかは疑問である(シメチジンの抑制率は2%(甲18))。
 ・シメチジンより酸分泌抑制効果に関して内視鏡改善度の高い胃炎治療剤が複数存在すること(甲56)に照らし,シメチジンとの比較のみで顕著な効果が示されたとすることができるかは疑問であること。 

-----------------------------------------------------------------
裁判所: 「第5 当裁判所の判断
当裁判所は,本件特許を無効であるとした審決には誤りがないと判断する。その理由は,以下のとおりである。物質の用途発明について,新規に発見した属性(用途)が,当業者において容易に想到し得たものであるか否かは,当該発明の属する技術分野における公知技術や技術常識を基礎として判断すべきであることはいうまでもない。

本件についてみると,本件出願前に,「胃潰瘍治療剤」としての薬効が知られている場合,当業者が,「胃炎治療剤」としての薬効も存在するとの技術思想に容易 に想到し得たか否かは,
①「胃潰瘍」と「胃炎」の病態・発症機序における相違の有無,
②「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の作用機序における相違の有無,
③「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の双方に効果のある他の薬剤の比較,検討,
④本件化合物の胃炎治療への適用を阻害する要素の有無等
を総合的に考慮 して判断すべきである。以下,上記の観点から検討する。」
-----------------------------------------------------------------

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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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