■数値限定

■重量平均分子量を意味すると「合理的に推認」できるため、クレームの平均分子量は明確と判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10210 審決取消請求事件
・平成3096日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3 鶴岡稔彦 高橋彩 寺田利彦
・原告:ロート製薬株式会社
・被告:Y
・特許5403850
・発明の名称:眼科用清涼組成物


コメント
無効審決に対する審決取消訴訟を紹介します。
クレームの「平均分子量」の明確性が争点になっています。
これまでの経緯は以下のとおりです。

特許登録

無効審判で維持審決

審決取消訴訟、知財高裁で審決取消(平均分子量が不明確)

訂正(明細書中のマルハ製品の記載を削除。クレームの平均分子量の数値を狭く限定。)

無効審決

審決取消訴訟(今ココ)


本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
a
)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b
0.0110w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c
平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00110w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)。」


裁判所の判断は以下のとおりで、無効審決を取り消しました。

判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由(明確性要件に係る認定判断の誤り)について
1  明確性要件について
特許法3662号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

2「平均分子量」の意義
  「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等に区分される。そして,同一の高分子化合物であっても,重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等の各数値は必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る。(甲1727
・・・

3コンドロイチン硫酸又はその塩について
  マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。(甲1112
  生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて   (ア)  生化学工業株式会社は,平成16年より以前から,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウム製品の平均分子量について問合せがあった場合には,通常,重量平均分子量の数値を提供し,平均分子量約1万,約2万及び約4万とする製品についても重量平均分子量の数値を提供していた(甲100)。これによれば,本件出願日当時,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として同社が提供していたのは重量平均分子量の数値であり,当業者に公然に知られた数値も,重量平均分子量の数値であったと認められる。 
・・・

4以上を踏まえて本件訂正後の特許請求の範囲の記載の明確性について判断する。
  本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。

  上記12)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。

上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。

  よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。
・・・

5被告の主張について
・・・

被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,①  本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021】)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5),②  請求項1及び6の「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(甲95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。
・・・

(6)小括
以上によれば,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たすものといえるから,本件審決にはこれを取り消すべき違法があり,原告の取消事由には理由がある。
3  結論
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

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■数値限定を含むクレームのサポート要件(数値範囲の効果)と、明確性要件(条件)が判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10178号 審決取消請求事件
・平成30627日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:トライスター テクノロジーズ
・被告:エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社
・特許5339723
・発明の名称:経口投与用組成物のマーキング方法


■コメント
無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる工程と,
前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,波長が200nm1100nmであり,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記変色誘起酸化物が,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種であり,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,
マーキング方法。」


争点は、進歩性、サポート要件、明確性要件です。


▼進歩性について
本件発明1と甲1発明の一致点・相違点は以下のとおりです。

「(一致点)
「経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
レーザー光の走査により変色する物質を経口投与用組成物に分散させる工程と,
レーザー光の走査により変色する物質を変色させるように,平均出力が0.1W50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記走査工程が,80mm/sec8000mm/secで実行される,マーキング方法。」である点。

(相違点1
前記レーザー光の走査による変色の機序について,本件発明1は,「酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種」である「変色誘起酸化物」の「粒子を凝集させて」変色させるものであるのに対し,甲1発明アは,「官能基と金属化合物または酸とを含有し,レーザの放射により脱離反応を起こす」ことで対比可能な色の,生理的に受容可能である反応物を生成するものである点。
(相違点2
レーザー光の波長について,本件発明1は,「200nm1100nm」と特定するのに対し,甲1発明アは,そのような特定事項を有しない点。」


裁判所は、相違点1に基づき進歩性があると判断し、相違点2については判断しませんでした。


▼サポート要件について
原告は、明細書の発明の詳細な説明に、請求項1の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないことを主張しましたが、裁判所は必要ないと判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
1  サポート要件の適合性について
  本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に関し,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発するという課題」を解決するための手段として,「本発明」は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面に,所定のレーザー光を走査することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色が生じるようにした構成を採用したことの記載があることは,前記11)イ認定のとおりである。

 次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,①実施例1ないし16において,表1のレーザー装置及び照射条件(波長355nm,平均出力8W),表3のレーザー装置及び照射条件(波長266nm,平均出力3W)又は表4のレーザー装置及び照射条件(波長532nm,平均出力12W)で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄又は三二酸化鉄錠剤を配合した,フィルムコート錠等に対し,文字又は中心線をマーキングしたこと(【0038】~【0056,1,3及び表4),②表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,実施例13のフィルム錠にレーザー照射を行い,レーザー照射前後の二酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に二酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたこと(【0057】~【0059】,図3,図4),③レーザー波長に関し,レーザーは,その波長が2001100nmを有するものを用いることができ,好ましくは10601064nm527532nm351355nm263266nm又は210~216nmの波長であり,より好ましくは527~532nm,351355nm又は263266nmの波長であること(【0022】),④レーザー出力に関し,レーザーを走査する際の平均出力は,対象とする経口投与用組成物の表面がほとんど食刻されない範囲で使用することができ,例えば,その平均出力は,0.1W50Wであり,好ましくは1W35Wであり,より好ましくは5W25Wであるが,単位時間あたりのレーザー照射エネルギーが強すぎると,アブレーションにより錠剤表面で食刻が発生し,変色部分まで剥がれてしまい,また,出力が弱いと変色が十分ではないこと(【0023】),⑤レーザーの走査速度(スキャニング速度)に関し,スキャニング速度は,特に限定されるものではないが,20mm/sec20000mm/secであり,また,スキャニング速度は,高いほどマークの識別性に影響を与えることなく生産性を上げることができることから,例えば,レーザー出力5Wでは,スキャニング速度は,80mm/sec10000mm/sec,好ましくは90mm/sec10000mm/sec,より好ましくは100mm/sec10000mm/secであり,レーザー出力が8Wの場合には,スキャニング速度は,250mm/sec20000mm/sec,好ましくは500mm/sec15000mm/sec,より好ましくは1000mm/sec10000mm/secであること(【0024】),⑥単位面積当たりのエネルギーに関し,単位面積当たりのレーザーのエネルギーは,マーキングの可否及び経口投与用組成物の食刻の有無の観点から,39021000mJ/cm2であり,好ましくは40020000mJ/cm2,より好ましくは45018000mJ/cm2であり,また,390mJ/cm2より低い場合には,マークを施すことができないのに対し,21000mJ/cm2より大きい場合には,食刻が生じるため,好ましくないこと(【0025】)の記載がある。

 
上記①ないし⑥の記載を総合すると,本件明細書に接した当業者は,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec~8000mm/sec)の各数値範囲内で,波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行い,「医薬品や食品のような経口投与用組成物等の品質を損なわずに優れた識別性を有する経口投与用組成物を得ることができ,かつ,生産性にも優れたマーキング方法を開発する」という本件発明1の課題を解決できることを認識できるものと認められる。

 
したがって,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえるから,請求項1の記載は,サポート要件に適合するものと認められる。同様に,請求項2ないし22の記載も,サポート要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,①本件明細書の発明の詳細な説明には,請求項1及び11記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載がないし,また,甲10(日本酸化チタン工業会作成の講演資料のウェブページ)の9頁には,180nm270nm700nm1000nmの「サブミクロンサイズ酸化チタン=顔料級酸化チタン」の写真について,「上記の写真は,TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて撮影したものであり,実際の粒子の凝集状態を示すものではない。」との記載があることに照らすと,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないのが技術常識であることがうかがえるから,実際に「凝集」しているかどうか,本件明細書の記載からは不明である,②請求項2及び12は,発明特定事項として請求項1及び11をそれぞれ引用しているところ,本件明細書には,「単位面積当たりのエネルギー」が「390~21000mJ/cm2」の数値範囲で「凝集」を生じたことについての実施例の裏付けがないため,上記数値範囲で「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように」(請求項1及び11の構成)マーキングができたか不明であるなどとして,本件発明1ないし22は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないから,請求項1ないし22の記載がサポート要件に違反するものではないとした本件審決の判断には誤りがある旨主張する。

しかしながら,上記①の点については,前記(1)イの①ないし⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載を総合すると,本件発明1においては,請求項1記載の波長(200nm1100nm),平均出力(0.1W50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec8000mm/sec)の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく,本件発明1は,上記の各数値範囲内で波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行うことを課題の解決原理とする発明であるものと認められるから,原告が主張するような全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではない。また,表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで,レーザー照射前後の酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果,レーザー照射後に酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたことの記載があることは,前記(1)イの②のとおりである。さらに,原告が指摘する甲109頁に記載された酸化チタンの写真は,どのような状態の酸化チタンを撮影したものであるかなど撮影の対象物の詳細が特定されていないことに照らすと,酸化チタンの粒子の凝集状態をTEM写真で確認できないことの根拠にはなるものではないし,甲109頁の「実際の粒子の凝集状態を示すものではない」との記載は,単に写真の内容を説明しているものであり,TEMを用いて撮影された写真では酸化チタンの凝集を判断できないことを説明したものとはいえない。加えて,甲3には,「TiO2顔料」に関し,「このような凝集物は裸眼で見ることができず,溶融加工組成物の断面を高光学倍率で観察すると,そのいくつかは観察可能であるが,大部分は,電子顕微鏡の倍率下でのみ検出可能である。」(訳文53行~5行)との記載があり,高光学倍率の電子顕微鏡であれば凝集の観察ができることが示されていること(前記13)イ(ウ))),実施例11においては,TEMを用いて「TiO2の凝集」を確認したことの記載があること(前記13)イ(カ))に鑑みると,TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないことが技術常識であるということはできない。

 
次に,上記②の点については,前記(1)イの⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載(【0025】)に照らすと,「単位面積当たりのエネルギー」が「39021000mJ/cm2」の数値範囲でマーキングを実行することにより,変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色を生じさせることができることを理解することができる。
 
したがって,原告の上記主張(取消事由2)は理由がない。
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▼明確性要件について
原告は、レーザー光の走査工程の「条件が任意」だと発明の外縁を定義できないため不明確と主張しましたが、裁判所は認めませんでした。(理由は十分に説明されていない印象です。)


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由3(明確性要件の判断の誤り)について
1  明確性要件の適合性について
 
請求項1の記載から,本件発明1は,経口投与用組成物へのマーキング方法の発明であって,当該マーキング方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。また,請求項11の記載から,本件発明11は,マークを施された経口投与用組成物の製造方法の発明であって,当該製造方法は,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種である変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる分散工程と,波長200nm1100nm,平均出力0.1W50Wの各数値範囲内のレーザー光を,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,経口投与用組成物の表面に走査させる走査工程とを含み,当該走査工程が80mm/sec8000mm/secで実行される内容のものであることを明確に理解することができる。
 
一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,「変色誘起酸化物」の用語について,「本発明に用いる用語「変色誘起酸化物」とは,レーザー光の照射を受けて,その粒子が凝集するため,変色を誘起する酸化物をいう」(【0015】)との記載があるところ,この「変色誘起酸化物」の用語の説明は,本件発明1及び11における「変色誘起酸化物」の内容と整合するものといえる。
 
したがって,請求項1及び11の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。同様に,請求項1を直接又は間接的に引用し,本件発明1の発明特定事項を含む請求項2ないし10の記載,及び請求項11を直接又は間接的に引用し,本件発明11の発明特定事項を含む請求項12ないし22の記載から,本件発明2ないし1012ないし22の内容を明確に把握することができるから,請求項2ないし1012ないし22の記載は,明確性要件に適合するものと認められる。

2  原告の主張について
 
原告は,本件審決は,本件発明1及び11(請求項1及び11)は,レーザー光の走査工程におけるエネルギー密度,レーザー光の繰り返し率,レーザースポット径,経口投与用組成物の種類,変色誘起酸化物の分散の濃度及び状態などの条件はマーキングする際の任意の条件であって,これらを特定しないことで発明が不明確になるというものではないから,請求項1ないし22の記載は,明確性要件に違反するものではない旨判断したが,上記条件を「マーキングする際の任意の条件」とすれば,変色誘起酸化物が受けるエネルギー量を特定することができず,その結果,請求項1記載の波長,平均出力及び走査工程の走査速度の数値範囲においても,「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色」する場合としない場合が生じることとなり,本件発明1の外縁を定義することができないから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
 
しかしながら,請求項1ないし22の記載から本件発明1ないし22の内容を明確に把握することができることは,前記(1)認定のとおりであり,本件審決が指摘する上記条件が,「マーキングする際の任意の条件」として位置づけられ,発明特定事項として規定されていないからといって,発明の外縁が不明確になるものとは認められないから,原告の上記主張(取消事由3)は理由がない。

結論
 
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
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■数値限定が課題を解決できると認識できない範囲を含んでいるためサポート要件を満たさないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件
・平成281019日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 清水節 片岡早苗 古庄研
・原告:キッコーマン株式会社
・被告:花王株式会社
・特許4340581


■コメント:
キッコーマン vs 花王。
特許4340581に対してキッコーマンが請求した特許無効審判を不成立とした審決の取消訴訟です。

本件特許の請求項1(訂正後)は下記の通り。  争点は進歩性とサポート要件

「【請求項1
 食塩濃度79w/wカリウム濃度13.7w/w,窒素濃度1.92.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.441.62である減塩醤油。」

本件特許は以前も無効審判を請求されていました。  流れはこんな感じ。

 平22.12.10  無効審判2010-800228
 平23.7.5  維持審決
 平23.8.3  出訴(平成23年(行ケ)第10254号審決取消請求事件、原告:X
 平24.6.6  請求棄却
 平25.6.27  無効審判2013-800113
 平26.5.19  維持審決
 平26.6.26  出訴(平成26年(行ケ)第10155号審決取消請求事件)
 平28.10.19  請求認容 ← 今回!

前の10254事件はこっちで紹介しています。
http://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-60.html


本願実施例には、表1(実施例127、比較例125)、2(実施例1219)、3(実施例2025)が記載されています。  食塩濃度を見ると、表19 w/w%のみ、表28.138.21 w/w%、表38.328.50w/w%となっています。  但し、表23は、調味料、酸味料が添加されているため、表1とは異なる条件で行われた結果です。

20161022_biopatentblog_1.jpg

20161022_biopatentblog_2_2.jpeg

20161022_biopatentblog_3.jpg



裁判所は、少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について、本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から、本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず、サポート要件を満たしているとはいえないと判断しました。
  審決取消。
なお、被告は食塩濃度7.0w/w%の場合の試験結果報告書(甲10)を提出しています。


裁判所の判断は以下の通り。

「第5 当裁判所の判断
1
取消事由1サポート要件の判断の誤り)について
(1)
本件発明1について
・・・
(エ) 小括
以上によれば,本件発明1のうち,少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について,本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず,サポート要件を満たしているとはいえない。
・・・

3) 審決について
ア 審決は,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%にある本件発明1に係る減塩醤油(実施例79及び11)の塩味の指標は5で,通常の醤油よりも強い塩味であるから,当業者は,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油の場合には,カリウム濃度を本件発明1で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解すると判断した。
しかしながら,本件明細書では,調味料や酸味料を添加しない状態で食塩濃度を9w/w%から下げた場合の塩味を何ら確認しておらず,食塩濃度が7w/w%の場合の塩味がどの程度となるかに関する手がかりは全くないから,食塩濃度が7w/w%の場合にカリウム濃度を上限値近くにしたからといって,具体的な技術的裏付けをもって,塩味が3以上となり,減塩醤油の塩味を強く感じさせることを理解できるとは認められない。

イ 審決は,「カリウム濃度」が塩味を付け,「窒素濃度」が塩味を増強し,苦みを低減させるという原理が本件明細書から読み取ることができ,食塩濃度が9w/w%において観察された現象が,食塩濃度7w/w%で観察されないという合理的な理由はないと判断した。
しかしながら,上記原理だけから,食塩濃度を低下させた場合における具体的な塩味や苦みの程度を推測することはできないし,特定の味覚の強化,弱化が他の味覚に影響を与えずに独立して感得されるという技術的知見を示す証拠も見当たらない。本件発明の課題が解決されたというためには,本件明細書において設定した,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が以上という評価を達成しなければならないが,本件発明のうち食塩濃度が7.0w/w%の場合に,上記の評価を達成でき課題が解決できることを,本件明細書の記載から認識することはできない。

4) 被告の主張について
ア 被告は,本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明の減塩醤油類の食塩濃度は・・・79w/w%であることが好ましく」(【0009】)と記載され,具体的には,実施例において,数値範囲を満たす減塩醤油が,塩味が強く感じられ,味が良好であって苦みも低減されることが記載されているから,サポート要件違反はない旨主張する。
しかしながら,本件発明のうち,当該発明の課題を解決できることを具体的に示しているのは,上記(1)エのとおり,食塩濃度が9w/w%の場合のみである。食塩濃度が7w/w%まで低下した場合の塩味や苦みを推認するための技術的な根拠が,本件明細書に記載されておらず,また,どの程度になるかということについての技術常識もない以上,【0009】の「79w/w%であることが好ましく」という一般的な記載のみをもって,食塩濃度の全範囲において発明の課題を解決できることについての技術的な裏付けある記載があると認めることはできない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。

イ 被告は,塩化カリウムが食塩の塩味を代替する成分であることは,本件優先日当時における当該技術分野の技術常識であり,本件明細書の表1において,窒素濃度が2w/v%付近である,比較例714,実施例341569,比較例23に照らすと,カリウムによる塩味の代替効果はカリウム濃度に依存するものと解され,また,本件明細書には,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%にある本件発明に係る減塩醤油(実施例79及び11)の塩味の指標は5で,通常の醤油よりも強い塩味であることも記載されているから,本件発明において,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油の場合には,カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解するものと解される旨を主張する。
しかしながら,カリウム濃度を増加させれば塩味の強化が推測できるだけでは,本件発明の効果を奏することを明細書上記載したことにはならない。本件明細書には,調味料や酸味料を含まずに食塩濃度を9w/w%から減少させたときの塩味の評価については何ら示されていないし,食塩濃度が7w/w%の場合において,どの程度のカリウムを加えれば塩味の指標が3以上となり,かつ,苦みも3以下となるかということについて,予測する手がかりとなる記載も,また,それに関する技術常識もないから,上限値のカリウム濃度は,2w/w%分の塩分濃度の減少を補うに足りるか,その場合の苦みはどうなるか不明というほかない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。

ウ 被告は,被告の行った試験結果報告書(甲10によれば,試験品F(食塩濃度7.0w/w%,カリウム濃度3.7w/w%,窒素濃度1.96w/v%,窒素/カリウムの重量比0.46)は,食塩濃度13.1w/w%の対照品と同じ塩味であり,塩味の指標は3,苦みの指標は3であるという結果が示されており,食塩濃度が下限値である7w/w%付近で,カリウム濃度が上限である3.7w/w%の減塩醤油は,本件発明の課題が解決されていることが示されている旨主張する。
しかしながら,本件明細書には,食塩濃度が7w/w%の場合において,どの程度のカリウムを加えれば塩味の指標が3以上となり,かつ,苦みも3以下となるかということについて,予測する手がかりとなる記載がなく,また,それに関する技術常識もないから,上記試験結果報告書記載の結果は,本件明細書の記載から当業者が当然に認識できた結果ということはできず,また,他の原料醤油を用いた場合においても同等の結果が生じるか否かについての確証もなく,上記試験結果報告書のみに基づいて,本件発明がサポート要件を満たすということはできない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。

エ 被告は,実施例20ないし25等から本件発明1についての塩味等を推認でき,課題が解決できることを理解できる旨を主張する。すなわち,塩味評価24の範囲について,食塩濃度2.5%の変化が塩味評価2段階の変化に相当することを根拠として,実施例12の塩味は3.4,実施例2425の調味料・酸味料を添加していない場合の塩味は3.5と推定できること,及び,調味料・酸味料を添加していない場合の塩味が2.5又は2.6と推定できる実施例20ないし23はカリウム濃度を上限値近くまで増加すれば,塩味が3.4以上になることが合理的に推認できることから,これらの実施例は本件発明1のサポートとして明細書に記載されているといえる旨を主張する。
しかしながら,被告の主張は,食塩濃度と塩味評価(指標)との関係が正比例すること,塩味と苦みは相互に作用しないことを前提とするものであるところ,前記(1)ウ(ウ)のとおり,塩味の官能評価の指標は,食塩濃度に正比例するように設定されていないし,各味覚が互いに干渉しないという技術常識を示す証拠も見当たらないから,被告の上記主張は,その前提において誤りがあり,採用できない。
・・・

2
小括
以上によれば,取消事由2について判断するまでもなく,審決は違法なものとして取り消されるべきである。」

☆☆☆


■アスタキサンチン特許侵害訴訟:pHの数値限定の進歩性が認められなかった事例

 
<判決紹介>
・平成27()23129号 特許権侵害差止等請求事件
・平成28830日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 長谷川浩二 藤原典子 中嶋邦人
・原告:富士フイルム株式会社
・被告:株式会社ディーエイチシー
・特許5046756


■コメント:
富士フイルム
 vs ディーエイチシーの侵害訴訟。
ディーエイチシーが製造・販売するアスタキサンチン含有化粧品が特許権侵害に当たるとして、製品の生産等の差止め等を求めた事案。

被告製品は下記の通り。

1  DHCアスタキサンチン ジェル(販売名 DHCアスタジェル) 
2  DHCアスタキサンチン ローション(販売名 DHCアスタローション)

なお本件特許に対しては、後述の通り、別途無効審判で平成2838日に有効審決がでています。


本件特許の請求項1は下記の通り。

「【請求項1
 
aアスタキサンチン、ポリグリセリン脂肪酸エステル、及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
 
b)リン酸アスコルビルマグネシウム、及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
 
cpH調整剤
を含有する、pH5.07.5のスキンケア用化粧料。」


争点はいくつかありますが、争点(2)アの「乙6発明に基づく進歩性欠如」について紹介します。
本件発明と乙6発明の相違点であるpH5.07.5」に進歩性があるかどうかが争われています。
本件特許明細書をみると、pH4.58.5の範囲で振って、5.07.5の範囲が良好であったことを示す実施例が記載されています(表4等)。

 biopatentblog_20160918.jpg


被告の主張は下記の通り。

「(ア) 6ウェブページの内容は本件特許の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたところ,クエン酸がpH調整剤に該当するとすれば,乙6ウェブページには以下の内容の乙6発明が掲載されている。
「アスタキサンチン含有物であるヘマトコッカスプルビアリス油,ポリグリセリン脂肪酸エステル及びレシチンやリゾレシチンを含むエマルジョン粒子,リン酸アスコルビルマグネシウム,クエン酸のpH調整剤,トコフェロール並びにグリセリンを含む美容液」
(イ) 本件発明と乙6発明を対比すると,本件発明のpHの値は5.07.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値は特定されていない点で相違し,その余の点で一致する
(ウ)乙6ウェブページにはpHの値が開示されていないから,これに接した当業者は,そこに記載されている成分を含む化粧料のpHを調整してその安定性,安全性を確保するということを当然の課題として認識する。そして,化粧品のpHの調整が化粧品の安定化につながること(乙91及び2),化粧品のpHが一般的に弱酸性(pH4程度)~弱アルカリ性(pH8程度)の範囲内にあること(乙81622)はいずれも技術常識であるから,安定性及び安全性の観点から化粧品のpHの値を弱酸性~弱アルカリ性の範囲内で調整することは周知である。
そもそも,化粧品の開発において適切なpH範囲を選択し決定することは,化粧品が皮膚に塗布するものである以上必須の過程である(乙834及び691及び227)。
そうすると,化粧品である乙6発明の安定化を図るためにそのpHの値を弱酸性~弱アルカリ性の範囲内である5.07.5に調整することは,当業者であれば当然に実施する程度の数値範囲の最適化にすぎず,その範囲も化粧品が通常有するpHとして何ら特異なものでないから,上記相違点に係る構成に至ることは容易である。したがって,本件発明は進歩性を欠く。。」


原告の主張は下記の通り。

「(ア)
6ウェブページには原告旧製品に係る全成分のリストが掲載されているから,乙6ウェブページに接した当業者は乙6ウェブページに記載されているものは原告旧製品であると認識する。そして,原告旧製品のpH7.98.3であるから,乙6発明は乙6ウェブページに掲載されている全ての成分を含み,pH7.98.3である美容液と認定すべきである。
(イ) 本件発明と乙6発明を対比すると,本件発明のpHの値は5.07.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値は7.98.3の範囲である点で相違し,その余の点で一致する。
(ウ) 乙6ウェブページは本件特許の出願日の約5か月前に発売された原告旧製品の成分に関するものであるところ,化粧品に高い安定性(通常室温状態で3年を超えて安定した品質)が求められることは周知であるから,乙6ウェブページに接した当業者は,原告旧製品について化粧品に求められる高いレベルの安定性試験により安定性が確認されたものであると認識するのであって●(省略)●アスタキサンチンの安定化に着目した手法として,安定性に寄与し得る多様な抗酸化剤等の加除や量の増減,遮光性容器やポンプ式容器等への容器の変更,包接体の利用,アスタキサンチン自体の誘導体化等の様々なものがあること(甲2527),ある化粧品のpHを変更するためには,その変更が悪影響を及ぼさないか否かを,当該化粧品に含まれている全ての成分につき,それぞれ検証,確認することが必要になることなどからすれば,上記課題を解決するために様々な選択肢の中からpHの変更を選択することは容易になし得ない。これらに加えて,乙6発明はリン酸アスコルビルマグネシウムを含む化粧品であるところ,リン酸アスコルビルマグネシウムは酸性~中性の範囲で不安定な成分であることが技術常識であること(甲30325055)から,乙6発明のpH7.98.3)を酸性側である5.07.5に変更することには積極的な阻害要因があったというべきである。また,化粧品の適切なpHの範囲は,各化粧品が有する組成に応じてそれぞれ異なるものであり,各化粧品固有の適切本件発明は,pH5.07.5の範囲とすることによって,●(省略)●アスタキサンチンの安定性の大幅な向上という顕著な効果を奏するものである(本件明細書の【表4】,【表5】)。
したがって,本件発明は進歩性を有する。」


裁判所の判断は下記の通り。

2 争点(2)ア(6発明に基づく進歩性欠如)について

そうすると,本件発明と乙6発明は,本件発明のpHの値が5.07.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値が特定されていない点で相違し,その余の点で一致する。

イ これに対し,原告は,当業者は乙6ウェブページに掲載されている内容は原告旧製品の全成分であると認識するところ,原告旧製品のpHの値は7.98.3であるから,本件発明と乙6発明の相違点は,本件発明のpHの値が5.07.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値が7.98.3の範囲である点となる旨主張する。
そこで判断するに,原告の上記主張は,原告旧製品自体の成分を検査すればpHの値を知ることができるというにとどまるものであって,本件の関係証拠上,技術常識を踏まえてみても乙6ウェブページに掲載されている内容自体からpH7.98.3であると導くことができるとは認められない。したがって,乙6発明においてpHの値は特定されていないと解するのが相当であって,原告の上記主張を採用することはできない。

2) 相違点の容易想到性
ア後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 化粧品(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律22項の「医薬部外品」及び同条3項の「化粧品」に当たるもの)の基本的かつ重要な品質特性としては,安全性,安定性,有用性,使用性が挙げられ,化粧品の設計に当たっては,まず配合薬剤の基剤中における安定性に留意する必要がある。薬剤の安定化にはpH,温度,光,配合禁忌面から同時に配合する成分の影響を把握しておくことが重要となる。安定化の方法としては,酸素を断つ方法や酸化防止剤の配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの安定な保管などの方法がある。化粧水等の化粧品の品質検査項目としては,外観や匂い等の官能検査,pH,比重,透明度,粘度,有効成分等の定量試験などの項目があり,化粧品の安定化を図るためにpH調整剤を用いることやpHを測定することは一般的に行われている。(乙91及び227

(イ) 皮膚に直接塗布する化粧品のpHは,皮膚への安全性を考慮して,弱酸性(約pH4以上)~弱アルカリ性(約pH9以下)の範囲で調整される。実際に市販されている化粧品については,そのpHが人体の皮膚表面のpHと同じ弱酸性の範囲(pH5.56.5程度)に設定されているものも多い。(乙81622

イ 上記の認定事実によれば,化粧品の安定性は重要な品質特性であり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ,pHの調整が安定化の手法として通常用いられるものであって,pHが化粧品の一般的な品質検査項目として挙げられているというのであるから,pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては,pHという要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される。そして,化粧品が人体の皮膚に直接使用するものであり,おのずからそのpHの値が弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定されることになり,殊に皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと(前記ア(イ)),化粧品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.07.5に設定することが格別困難であるとはうかがわれない。
そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると解するのが相当である。

ウ これに対し,原告は,①乙6ウェブページは原告旧製品に関するものであり,●(省略)●その解決手段としては様々なものがあるから,pHを調整するという手段を選択することは容易になし得ない,③乙6発明に含まれるリン酸アスコルビルマグネシウムはpHが酸性~中性の範囲で不安定な成分であることが技術常識であったから,pHの値を酸性側である5.07.5に変更することには積極的な阻害要因があった,④本件発明はpH5.07.5の範囲とすることで●(省略)●アスタキサンチンの安定性の大幅な向上という顕著な効果を奏したなどとして,本件発明は進歩性を有する旨主張する。

そこで判断するに,まず,上記①及び②については,前記イで説示したとおり,安定性は化粧品の製造工程において常に問題とされる化粧品の品質特性であり,pHの調整が安定化のための一般的な手法であることからすれば,乙6ウェブページに掲載されている成分リストが販売開始から間もない原告旧製品のものであるとしても,当業者が化粧品の安定性の確保,向上という課題を全く認識しないということはできないし,pHの調整という手法を採用することが困難であったということもできない。

次に,上記③については,原告は乙6発明のpH7.98.3であることを前提にこれを酸性側に変更することの阻害要因を主張するが,そのような前提を採ることができないことは前記(1)イのとおりである。この点をおくとしても,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願当時,(a)リン酸アスコルビルマグネシウム単体の水溶液については,pH89の弱アルカリ性の領域においては安定とされていたが,pHが中性~酸性の範囲においては安定性に問題があるとされていたこと(甲30325055),⒝リン酸アスコルビルマグネシウムを含む化粧料について,弱酸性における安定性を改善する手法が検討されており(甲31505261,乙10225),実際にリン酸アスコルビルマグネシウムを含有する弱酸性の化粧品が販売されていたこと(乙2829)が認められる。これら事実関係によれば,リン酸アスコルビルマグネシウムに加え他の成分を含む化粧品については,弱酸性下における安定性の改善が試みられており,現に製品としても販売されていたのであるから,原告が主張するリン酸アスコルビルマグネシウム単体の水溶液が酸性下においてその安定性に問題があるという事情は,乙6発明の美容液のpHを弱酸性の範囲に調整することの阻害要因とならないと解するのが相当である。

上記④については,前記イで説示したとおり,pHの調整が化粧品の安定性を高めるための手法として周知であったことからすると,本件発明の実施例について吸光度の残存率の高さや性状変化の少なさといった経時安定性の測定結果が良好であったとしても(本件明細書の【表4】~【表6】),●(省略)●予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するとは認められない。
したがって,原告の上記主張①~④はいずれも採用することができない。

3) まとめ
以上によれば,本件発明は乙6発明に基づいて容易に発明することができたものであるから,原告は本件特許権を行使することができない。」


というわけで、進歩性欠如の無効理由を有すると判断され、
請求棄却☆☆


なお、本件特許は平成27213日にディーエイチシーが無効審判を請求していましたが、平成2838日に有効審決がでています。
審決では、本判決の6が主引例として引用されています。

審決の判断は下記の通り。

「ア 相違点の検討
相違点2について検討する。
31~甲36からは、化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性とすることは技術常識であるように見受けられる。また、甲41~甲42からは、化粧品のpHのコントロールは化粧品の安定化の一つの手段であることが認識できる。しかし、1に記載された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」は乙1を参照すれば●(省略)●の化粧品であるといえる。そして、例え上記技術常識があるとしても、引用発明1にかかる技術常識を導入する契機、すなわち、かかる化粧品を弱酸性~弱アルカリ性と設定することの動機づけとなるような記載を甲1から見出すことはできない。このため、上記技術常識や甲41~甲42の記載事項をもってしても、本件特許発明1が、引用発明1、あるいは引用発明1と甲31~甲36、甲41~甲42の記載に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。
そうすると、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用発明1、あるいは引用発明1と甲31~甲36、甲41~甲42の記載に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。
イ 本件特許発明1の効果について
本件特許発明1は、「本発明の分散組成物は、カロテノイド含有油性成分及び、リン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子を有する水分散物と、アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物と、pH調整剤とを混合することによって得られたpH57.5の分散組成物である。
本発明では、カロテノイド含有油性成分を含み、エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と、アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し、更にpHpH57.5とすることにより、カロテノイド含有油性成分の分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことができ、その結果、保存安定性、特に室温での保存安定性に優れた分散組成物とすることができる。」(【0009】)との記載等からみて、アスタキサンチン(カロテノイド含有油性成分)を含み、エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と、アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し、pH5.07.5とすることにより、アスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことを図る効果を奏するものであるが、引用発明1pHを弱酸性~弱アルカリ性とし、化粧品としての安定化を図ったところで、これによりアスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性との両方を良好にすることが明らかであるとはいえず、また、そのことを当業者が予測し得たものとはいえない。
ウ 小括
以上のとおりであって、本件特許発明1は、引用発明1、あるいは引用発明1と甲31~甲36、甲41~甲42の記載に基づいて当業者が容易になし得たものではなく、当業者が予測し得ない効果を奏するものであるから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明に基づいて、又は、甲1並びに甲31~甲36及び甲41~甲42に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。」


審決は「例え上記技術常識があるとしても」と述べていますが、判決ではここがより重視されているようです。


■数値限定が課題を解決できない範囲を含んでいてもよいか: 下限値を採用した減塩醤油、平成23年(行ケ)第10254号審決取消請求事件


平成2466日判決言渡
原告: X
被告: 花王株式会社
本願: 特願2004-122603
請求項1: 食塩濃度7~9w/w%,カリウム濃度1~3.7w/w%,窒素濃度1.9~2.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。

コメント: 数値範囲の極限値付近が、「課題を解決できない範囲を含んでいる」としても、技術常識で数値範囲を調整して課題を解決できるならOK(サポート要件、実施可能要件を満たさないとはいえない)という主旨の判断がされた事例。 特許維持。 ☆☆☆☆

なお、本願実施例において直接的な比較結果が記載されている食塩濃度は、全て9
w/w%のようです

--------------------------------------------
裁判所: 「そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件発明1において,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油であって,カリウム濃度が本件発明で特定される範囲で下限値に近い場合には,塩味が十分に感じられない可能性があると理解すると同時に,このような場合には,カリウム濃度を本件発明1で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解するものと解される。
そして,被告作成の試験結果報告書(乙8)によれば,食塩濃度7.0w/w%,カリウム濃度3.7w/w%の場合(試験品F),塩味の指標は3であって,通常の醤油と比較して若干弱い程度の塩味が感じられる結果が示されており,食塩濃度が本件発明1の下限値である7w/w%付近で,カリウム濃度が本件発明1において特定された数値範囲の上限である3.7w/w%の減塩醤油は,本件発明1の課題が解決されている。
すなわち,本件発明1において食塩濃度が7w/w%台と本件発明が特定する食塩濃度の下限に近い場合であっても,塩化カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識に照らし,カリウム濃度を本件発明1が特定する数値範囲の上限付近とすることによって,本件発明1の課題を解決できると当業者が理解することができ,本件発明は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる。…。

原告は,本件発明において食塩濃度7w/w%の場合,塩味が弱く,発明の課題を解決できない場合があることから(乙8の試験品D),本件発明は全ての数値範囲において所期の効果が得られると認識できる程度に記載されているということができない旨を主張する。
しかし,前記のとおり,本件明細書に接した当業者は,本件特許の優先権主張日当時の技術常識に照らして,食塩濃度が本件発明で特定される範囲の下限値の7w/w%の減塩醤油の場合,カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより,塩味をより強く感じる減塩醤油とするものであることから,特許請求の範囲において特定された数値範囲の極限において発明の課題を解決できない場合があるとしても,本件発明がサポート要件を満たさないということは適切ではない。」
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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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