■結晶特許

■フェブキソスタットC晶、G晶の結晶特許、知財高裁も進歩性なしと判断


<判決紹介>
・平成29(行ケ)10147号審決取消請求事件
・平成301120日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:帝人株式会社
・被告:日本ケミファ株式会社
・特許3547707
・発明の名称:2-3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体およびその製造方法


コメント
ジェネリック vs 新薬の審決取消訴訟を紹介します。
本件特許は、フェブキソスタットの結晶特許(A晶~D晶、G晶)です。

日本ケミファが請求した無効審判において、本件特許の請求項135681014A晶、C晶、G晶)に対して、進歩性欠如で無効審決(201765日)が出ていました。

これに対して帝人が訴訟を提起していましたが、今回、裁判所は帝人の請求を棄却しました。
(なお、日本ケミファは請求項16への請求を取り下げたため、今回の訴訟は請求項35681014C晶、G晶)が対象となっています。)


本件特許の請求項3C晶)は以下の通りです。

「【請求項3   反射角度2θで表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す,2-3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体。」

本件特許明細書に記載の安定性試験の結果は以下の通りです。

[実施例10]
安定性試験
A
晶、B晶、C晶、D晶、およびG晶の安定性試験を以下の条件で行った。
保存条件140℃/75%相対湿度、密栓状態、3ヶ月および6ヶ月保存
保存条件240℃/75%相対湿度、開栓状態、1ヶ月および3ヶ月保存
その結果、B晶およびD晶は、保存条件13ヶ月時点および保存条件21ヶ月時点でG晶への変化が粉末X線回折および赤外分光分析により確認できた。この転移後のG晶は、保存条件16ヶ月および保存条件23ヶ月時点ではG晶の晶形を保持していることが確認された。
一方、A晶、C晶、およびG晶は保存条件16ヶ月時点および保存条件23ヶ月時点では他の結晶多形体への転移は確認できなかった。
なお、試験全期間を通して、各結晶多形体の総不純物量は、試験開始前と比較して増減が認められなかった。」


裁判所の判断は以下の通りです。


判決----------------------------------------------------------------------------------------------
事案の概要
・・・
本件審決の理由の要旨
・・・
 
  本件発明3と引用発明2-1との一致点・相違点
 
(ア)  一致点
  2-
3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶である点。
 
(イ)  相違点
  a 
相違点9
 
本件発明3が,「反射角度2θ で表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す」としているのに対し,引用発明2-1では,X線粉末回折パターンについての特定がされていない点。
  b 
相違点10
 
本件発明3が,「結晶多形体」としているのに対し,引用発明2-1では,そのように特定されていない点。

当裁判所の判断
・・・
 
  相違点9及び11について
 
  引用例2の実施例77には,本件化合物の再結晶を行う際の溶媒にエタノールを用いることが記載されているが(前記2⑴イ),詳細な再結晶条件は不明である。
 
  しかし,前記(⑶イ(ア))のとおり,結晶多形は,同じ化学組成をもちながら結晶構造が異なり,別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいい,多くの医薬品で結晶多形の存在が確認されているところ,結晶多形体は,固有の融点,溶解度をもち,再結晶条件を変化させることで結晶多形体の存在を確認することができる。
 
ここで,引用例1にはアセトンより再結晶させて得られる融点が201202℃の本件化合物の結晶が,引用例2にはエタノールより再結晶させて得られる融点が238239℃(分解)の本件化合物の結晶が,引用例3にはエタノール/=91より再結晶させて得られる融点が207209℃の本件化合物の結晶がそれぞれ記載されており(前記2⑴),これらによって,同じ化学組成であるにも関わらず,再結晶条件の違いにより,融点が顕著に異なる3つの結晶が得られている。
 
したがって,本件優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,引用例13の記載から,本件化合物に結晶多形が存在することを認識し得たといえる。

 
  また,結晶多形が存在する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形を選択するという技術課題が存在している。特に,安定性や製剤化に優れる多形結晶体の再結晶による調製が各種行われてきた。その際,再結晶に用いる溶媒や冷却温度,冷却速度,撹拌の有無等といった再結晶条件を変えることで異なる結晶多形体が得られること,及びこれらの結晶多形体を同定,分離する各種の方法は周知であったところ,標準試料がない場合であっても,それぞれの結晶多形体が示す固有の特徴的なX線回折パターンを,測定した試料間で相互に比較することにより個々の結晶多形体の判定を行うことが可能であった(以上につき,前記⑶イ(ア))。
 
このため,結晶多形が存在する医薬品においては,本件優先日当時の当業者の技術常識として,上記技術課題を解決するべく,再結晶条件につき検討を加えることでバイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性等の種々の要因を考慮して最適と思われる結晶形を探求し,これを得ようとすることは,当業者が当然に行うことということができる。
 
そして,上記のとおり,本件化合物は,引用例13の記載により結晶多形の存在を認識し得る。
 
そうすると,引用発明1-12-1及び3の結晶について,当業者には,再結晶条件につき検討を加えることで,安定性や製剤化に優れる結晶多形体を得ることについての動機付けがあるということができる。
 
さらに,本件優先日当時,結晶多形の存在はX線回折法,赤外吸収スペクトル法等により知ることができたのであるから(前記⑶イ(ア)),他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することにより,得られた結晶多形体を特定することも,格別の創意工夫を要するものではなかったということができる。

 
  再結晶溶媒としてエタノールを用いた場合である甲72の実験-②と甲27の実験群-1を見ると,両者は,エタノールを再結晶溶媒として用い,室温で放冷した点では共通するが,エタノールの使用量及び撹拌の有無で相違しており,前者ではC晶が,後者ではA晶又はA晶+エタノール和物晶が生成したことが示されている。また,甲45のエタノールを溶媒とする実験は,本件化合物2g及び溶媒20ml10倍容)を使用し,冷却条件(撹拌の有無)を変更したものであるが,いずれもエタノール和物晶が生成したことが示されている。
 
そして,結晶の析出については,飽和に近い熱溶液を放置し,室温に冷やして結晶を得る方法が一般的とされ,冷却とともに適宜撹拌を行うものであるから(前記⑶イ(イ)),上記甲7227及び45の各実験は,いずれも本件優先日当時の技術常識に従って設定された範囲の再結晶条件で再結晶が行われたものといえる。したがって,本件化合物につき,溶媒としてエタノールを用い,本件優先日当時の技術常識に従って設定された再結晶条件で再結晶させた場合には,本件化合物とエタノールの使用量,撹拌の有無,冷却条件により異なる結晶多形体が生成されるものの,おおむね安定形であるC晶(甲72),準安定形であるA晶(甲27),エタノール和物晶(甲27,甲45)の3種にとどまり,多数の結晶多形体が得られることはないことが理解される。そうすると,安定形であるC晶を得るための再結晶条件の選定に格別の困難を伴うとは考えられない。

 
  したがって,引用発明2-1の本件化合物のエタノールを溶媒とする再結晶において,本件優先日当時の技術常識に基づいて再結晶条件を選定し,安定性に優れる結晶多形体,例えばC晶を得ることは,当業者が容易になし得たものというべきである。
 
また,C晶を単離し,他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することについては,上記ウのとおり,本件優先日当時の技術常識であり,当業者にとって格別の創意工夫を要するものではない。
 
  以上より,相違点9及び11に係る本件発明3及び8の構成は,引用発明2-1に基づき容易に想到し得るものと認められる。

 
  相違点10及び12について
 
多形とは,同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり,別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいうから(前記⑶イ(ア)),結晶多形体は結晶である。他方,引用発明2-1も結晶である。したがって,相違点10及び12は実質的な相違点ではない。

 
  本件発明3及び8の効果について
 
固体医薬品の大部分は結晶であり,多くの医薬品で結晶多形の存在が見出されていること,結晶多形を有する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形が選択されていることは,本件優先日当時の技術常識である(前記⑶イ(ア))。換言すれば,本件化合物を医薬品として用いようとする以上,医薬の承認のために必要な安定性を有することを追求することは当然のことであり,特別な課題とはいえない。
 
また,本件優先日当時の技術常識を前提とした場合,本件各発明に係る結晶形により,従来の結晶よりも格段に優れた効果が示されたことをうかがわせる記載は,本件明細書には見当たらない。
 
したがって,本件発明3及び8について,当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものということはできない。

 
  原告の主張について
 
原告は,引用例13から,本件化合物に結晶多形が存在することを認識し得ないなどとし,本件発明3及び8につき,相違点912に係る構成は容易に想到し得ず,また,顕著な効果を奏する旨を主張する。
 
しかし,引用例13に記載される結晶は,純粋な固体有機物を得る分離精製法である再結晶により調製されたものであるから,相当量の不純物を含むものとは解されない。また,3つの結晶の融点が大きく異なっていること,各々の融点が12℃程度の狭い範囲のピークとなっていること,結晶多形体がそれぞれ異なる溶解性を備え,再結晶により分離されることに鑑みると,当業者には,本件化合物には結晶多形が存在する蓋然性が高く,引用例13で得られた結晶も単一の結晶形が得られている蓋然性が高いと理解されるものと解される。
 
その他原告がるる指摘する事情を考慮しても,本件優先日当時の当業者の技術常識(前記⑶イ)を踏まえると,この点に関する原告の主張は採用できない。

 
  小括
 
以上より,本件発明3及び8は,引用発明2-1及び引用例13,甲14及び15記載の各発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,この点に関する本件審決の認定・判断に誤りはない。この点に関する原告の主張はいずれも採用できず,取消事由1-3は理由がない。

取消事由2(本件発明5及び10についての容易想到性判断の誤り)について
・・・

結論
 
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■結晶化条件の組み合わせに基づく非容易想到性、顕著な効果を主張したが認められなかった事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10196号 審決取消請求事件
・平成30年11月21日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4部 大鷹一郎 古河謙一 関根澄子
・原告:メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション
・原告:メルク  シャープ  エンド  ドーム  リミテッド
・被告:特許庁長官
・特願2014-518879
・発明の名称:ジペプチジルペプチダーゼ―IV阻害剤の新規結晶形


コメント
拒絶審決の審決取消訴訟をご紹介します。
請求項1は以下の通りです。請求項1の化1は、DPP-4阻害薬であるオマリグリプチン(販売名:マリゼブ)と同じ構造です。

「【請求項1】 
  10.3±0.1  2θ,12.7±0.1  2θ,14.6±0.1  2θ,16.1±0.1  2θ,17.8±0.1  2θ,19.2±0.1 2θ,22.2±0.1  2θ,24.1±0.1  2θおよび26.9±0.1  2θからなる群より選択される少なくとも4つのピークを粉末X線回折パターンに有することを特徴とする,化合物Iの結晶質(2R,3S,5R)-2-(2,5-ジフルオロフェニル)-5-[2-(メチルスルホニル)-2,6-ジヒドロピロロ[3,4-c]ピラゾール-5(4H)-イル]テトラヒドロ-2H-ピラン-3-アミン(形I)。
【化1】
20181212_biopatentblog.jpg


原告のMSDは、
・審決の引用発明の認定の誤り、
・動機付けの不存在、
・本願の結晶化条件(結晶化原料(非晶質遊離塩)、結晶化溶媒(酢酸エチル)及び温度(13℃以上)を含む)の選択(特定の組み合わせ)に多大な試行錯誤を要すること、
の観点から審決がした容易相当性の判断に誤りがあり、また、本願発明の予想外の顕著な効果の判断についても審決に誤りがあると主張しました。


一方で、裁判所はいずれの主張も認めませんでした。
裁判所の判断は下記の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
第4  当裁判所の判断 
1  相違点の容易想到性の判断の誤りについて
・・・

イ  医薬化合物の結晶化に係る技術常識 
前記アの記載事項を総合すると,本願の優先日(平成23年6月29日)当時,①結晶性製品は一般に取扱い及び製剤化が容易であるため,医薬品原薬の多くは最終工程において結晶状態として製造され,また,医薬品においては,結晶多形が安定性,溶解性,バイオアベイラビリティに影響を及ぼし得ることから,医薬品開発においては,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討が必要であるとともに,結晶多形の最適化ための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングが必要であること,②結晶多形の存在及びその分析のために,X線粉末回折が通常用いられること,③酢酸エチルは,結晶化溶媒として,安全性が高く,最も普通に使用される溶媒の一つであることは,技術常識であったものと認められる。

(4)  相違点の容易想到性の有無について 
ア  刊行物1には,実施例1の最終生成物の化合物Pを含む医薬組成物は,ジペプチジルペプチダーゼ-IV酵素の阻害剤として,糖尿病,特に2型糖尿病のようなジペプチジルペプチダーゼ-IV酵素が関与する疾患の治療又は予防に有用であることの記載(前記(2)ア(イ)ないし(エ),(サ))があるから,実施例1の最終生成物の化合物Pは医薬化合物であるものと認められる。
前記(3)イ認定の本願の優先日当時の技術常識に照らすと,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物P(引用発明)について,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるものと認められる。
そして,室温で安定な結晶は,冷蔵保存の必要がないため医薬品化合物として望ましいことは自明であるから,結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を最も普通に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであるものと認められる。
一方,本願明細書の「酢酸エチル中の化合物Iの非晶質遊離塩基の直接結晶化によって,形Iを生成した。」(【0069】),「13℃より上で最も安定な相として形Iを有する。」(【0070】)との記載に照らすと,本願明細書には,結晶化温度を室温を含む13℃より上の温度,結晶化溶媒を酢酸エチルとして,「化合物I」(化合物P)の結晶化を行うことにより,形Iの結晶質が得られることの開示があるものと認められる。
そうすると,当業者は,通常なし得る試行錯誤の範囲で,刊行物1の実施例1の最終生成物の化合物Pについて上記結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行うことにより,室温での安定性が優れた結晶として形Iの結晶質を得ることができたものと認められる。
以上によれば,刊行物1に接した当業者は,刊行物1及び上記技術常識に基づいて,引用発明について相違点に係る本願発明の構成(化合物Pの形Iの結晶質の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

イ(ア)  これに対し,原告らは,刊行物1の実施例1の最終生成物の「淡褐色の固体」が非晶質の物質であることを前提として,刊行物1には,結晶多形の存在の示唆は一切ないから,刊行物1に接した当業者において,結晶多形を得ることについての動機付けは存在せず,ましてや特定の結晶形である形Iを選択すべき動機付けは存在しない旨主張する。
しかしながら,刊行物1の実施例1の「淡褐色の固体」(化合物P)は,結晶(結晶質)と認めるのが相当であることは,前記(2)イで説示したとおりである。
また,前記アのとおり,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物Pについて,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるというべきであり,このことは,実施例1の最終生成物の化合物Pが結晶(結晶質)であるか,非晶質であるかによって左右されるものではないというべきである。
さらに,結晶多形の探索においては,溶媒の種類,結晶化方法,温度等の異なる結晶条件を設定することにより,ある程度,多形の存在を明らかにすることができるが,現実には試行錯誤を繰り返すことにより,多形が検索されるものであること(前記(3)ア(ク)d)に照らすと,あらかじめ特定の結晶形を選択すべき動機付けがなければ検索できないというものではない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。

(イ)  また,原告らは,本願発明は,結晶化する原料として非晶質遊離塩基を採用し,再結晶溶媒として酢酸エチルを用いて,13℃以上の温度で,結晶化して得られた無水の結晶形であり,このような本願発明における結晶化原料,結晶化溶媒及び温度を含む結晶化条件の特定の組合せは,実際に多数の試行錯誤を繰り返して初めて得られるものであるが,刊行物1には,本願発明における結晶化条件の特定の組合せについての記載も示唆もないから,刊行物1に接した当業者は,通常なし得る範囲の試行錯誤により,本願発明の形Iの結晶質を得ることはできない旨主張する。
しかしながら,前記ア認定のとおり,結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を一般に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであって,本願発明における結晶化条件の特定の組合せを採用することは格別のこととはいえないから,原告らの上記主張は理由がない。
ウ以上のとおり,本件審決における相違点の容易想到性の判断に誤りはない。

2  予想できない顕著な効果についての判断の誤りについて 
原告らは,①本願発明の形Iの結晶質の「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性は,形Iの結晶質を得て初めて判明するものであり,刊行物1から予測できない特性であり,この特性を有するのであれば晶析の際に溶媒を冷却することは控えるべきであり,このことは,結晶化プロセスにおいては重要な情報であって,当業者の予測できない有利な効果であること,②本願発明の形Iの結晶質は,上記特性により,他の結晶形に比べて吸湿性に優れるという「物理化学的特性」(すなわち,吸湿しにくい)を有し,医薬組成物の調製の際の取扱いにおいて利点を有し,このことは,本願明細書記載の熱重量分析(図2,7及び12)における形Iの結晶質の重量損失が最も少ないことが示しており,また,本願明細書に本願発明の顕著な効果について具体的な記載はなくとも,当業者であれば,安定な結晶形である形Iの結晶質が,応力に対して結晶形が転移しにくいこと(粉砕,圧縮工程等における安定性),取扱いの容易さ(製剤化における結晶形の移送性),乾燥(乾燥温度で転移しない)など非晶質形態に対して顕著な効果を有していることを認識できること,③刊行物1の実施例1の最終生成物が非晶質であることを考慮すると,本願発明の形Iの結晶質は,通常の結晶質から予測し得る範囲を超える顕著な効果を有するというべきであるから,本願発明の作用効果は格別顕著なものとはいえないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,刊行物1の実施例1の「淡褐色の固体」(化合物P)は,結晶(結晶質)と認めるのが相当であることは,前記1(2)イで説示したとおりであるから,これが非晶質であることを前提とする原告らの主張は,その前提において誤りがある。

次に,本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性を有するとしても,そのことは,室温を含む13℃以上の温度で安定であることを意味するものにすぎず,格別顕著なものとはいえない。また,本願明細書には,本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性により,「処理および結晶化の容易さ,取り扱い,応力に対する安定性,計量分配の利点を有し医薬剤形の製造に好適という効果」(【0007】)を奏するとの記載はなく,これらが形Iの効果であることを認識することは困難である。
さらに,仮に本願発明の形Iの結晶質が他の結晶形に比べて「吸湿性が低い」としても,それをもって,予測し得る範囲を超える顕著な効果であるということはできない。
したがって,原告らの上記主張は,理由がない。
このほか,原告らは,縷々主張するが,本願発明の形Iの結晶質が予想できない顕著な効果を有することの根拠となるものではない。

3  結論
前記1及び2によれば,本願発明は,刊行物1及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断に誤りはないから,原告ら主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告らの請求は棄却されるべきものである。
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■結晶特許において、除くクレームへの訂正は認められたが、分割の要件を満たさず進歩性がないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10278  特許取消決定取消請求事件
・平成30115日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 髙部眞規子 山門優 片瀬亮
・原告:日産化学工業株式会社
・被告:特許庁長官
・特許5702494
・発明の名称:ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態


■コメント
異議申立の取消決定に対する取消訴訟です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下の通り。


「【請求項1
A  2
θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示し,
B  FT-IR
分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が915%である(但し,10.510.7%(w/w)の水を含むものを除く),
3R5S-7-[2-シクロプロピル-4-4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-35-ジヒドロキシ-6E-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の
結晶多形A
但し,2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(vw,16.9±0.2°w,17.1±0.2°vw,18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),20.8±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),25.2±0.2°(w),27.1±0.2°m,29.6±0.2°vw,30.2±0.2°w,34.0±0.2°(w[ここで,vs)は,非常に強い強度を意味し,s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が315%であるものを除く。」


裁判所の判断は以下の通り。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)について
1  明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の23項),補正が,当業者によって,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。

2  本件決定は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
構成要件Eを追加する本件補正は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものである。そこで,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものが,本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれるかについて,検討する。
・・・

  本件出願当初明細書等に開示された結晶多形Aに関する技術的事項
(ア)  本件出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,本件出願当初明細書等において名付けられたものである(【0007】)。
(イ)  そして,本件出願当初明細書等【0008】には,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,【0008】(1)は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形を挙げるほか,【0008】(5)は,2θで表して,構成要件Eで特定されるのと同様の26個の角度において,ピークを有する特徴的なX線回析図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が315%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げており,後者の結晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。このように,本件出願当初明細書等【0008】の記載は,結晶多形Aには,構成要件Eで特定される結晶多形だけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形も,該当する旨説明するものである。
(ウ)  また,本件出願当初明細書等【0009】は,「結晶多形Aの一つの具体的形態」として,2θで表して,構成要件Eで特定されるのと同様の26個無偏差相対強度図形を示す結晶多形を例示しており,この結晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。そうすると,本件出願当初明細書等【0009】の記載は,構成要件Eで特定される結晶多形は,結晶多形Aの具体的な態様の一つである旨説明するものである。
(エ)  さらに,本願出願当初明細書等【0047】には,【0047】に記載された製造方法によって,結晶多形Aが得られること,当該結晶多形AX線粉末回析図形は,構成要件Eと同様の26個無偏差相対強度図形を示したことが記載されている。本件出願当初明細書等【0047】の記載は,特定の製造方法によって生成された結晶多形AX線粉末回析図形を説明するにとどまり,構成要件Eで特定される結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない。
(オ)  したがって,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも,導くことができる。

4  新規事項の追加の有無
本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも,導くことができるから,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを,本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。したがって,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。

5  被告の主張について
被告は,本件出願当初明細書等に記載された結晶多形Aを,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個のピークの回析角2θ等によって特定し得るということは技術常識ではないと主張する。
しかし,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形Aだけではなく,6個のピークの回析角2θ等によって特定される結晶多形Aも導くことができる。本件補正は,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形を,6個のピークの回析角2θ等によって特定することを前提としてなされたものではないから,被告の上記主張は,前提を欠く。

6  小括
以上のとおり,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。そして,本件補正のその余の部分について,被告は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した範囲内においてしたものであることを争わない。したがって,本件補正は,特許法17条の23項に規定する要件を満たす。
よって,取消事由1は理由がある。
・・・

取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)について
1  引用例2の公知性(分割要件の充足の有無)について
  分割出願が適法であるための実体的要件としては,①もとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,②新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載された発明の一部であること,③新たな出願に係る発明は,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。なお,本件出願が第1出願の出願時にしたものとみなされるためには,本件出願,第3出願及び第2出願が,それぞれ,もとの出願との関係で,上記分割の要件①ないし③を満たさなければならない。

  本件決定は,第3出願当初明細書等には,X線粉末回析において26個偏差内相対強度図形を示す結晶多形Aしか記載されていなかったから,6個のピーク及び1個のピークの不存在で結晶多形Aを特定する本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲を拡大するものであると判断した。
そこで,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあり,上記分割の要件③を満たすかについて検討する。
・・・

(イ)  3出願当初明細書等に記載された結晶多形Aに関する事項
3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等において名付けられたものである(【0009】【0014】)。
そして,第3出願当初明細書等【0010】は,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,【0010】(1)は,26個無偏差相対強度図形を示す,ピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げ,また,【0010】(2)は,「実質的」に別紙【図1】に示したとおりのX線粉末回析図形を有する,ピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げるにとどまる。
ここで,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,「実質的」に別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ,「実質的」とは,対象をより抽象化する場合に用いられる表現であること,第3出願当初明細書等【0013】【0025】には偏差に関する記載がある
ことからすれば,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形及び別紙【図1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を意味するというべきである。
そうすると,第3出願当初明細書等【0010】の記載は,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】で示したとおりのX線粉末回析図形又は別紙【図1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を説明するにとどまるということができる。
また,第3出願当初明細書等【0014】の記載は,結晶多形Aの具体的な形態として,26個無偏差相対強度図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を特定して説明するものである。
さらに,第3出願当初明細書等には,本件出願当初明細書【0009】や本件明細書【0009】のように,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形が,第3出願当初明細書等において規定される結晶多形Aの具体的な態様の一つであることを窺わせる記載はない。
したがって,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】又はそれに若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形しか記載されていないというべきである。

  前記分割の要件③の充足の有無
本件発明1は,2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示すこと等により特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,このような結晶多形は記載されておらず,結晶多形Aと名付けられた結晶多形以外の結晶多形としても,このような結晶多形が記載されているということはできない。
したがって,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあるということはできず,前記分割の要件③は満たさない。

  原告の主張について
原告は,当業者であれば,第3出願当初明細書等に,6個のピークを有し,1個のピークを有しないという構成要件Aにより特定される結晶多形Aが記載されていると理解できる旨主張する。
しかし,第3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等において名付けられたものであって,第3出願当初明細書等に結晶多形Aとして説明される結晶多形は,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形である。26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形が,第3出願当初明細書等に開示された結晶多形Aであると同定できたとしても,第3出願当初明細書等において開示された結晶多形Aは,26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形ではない。原告の主張は,第3出願当初明細書等の記載に基づくものではなく,採用できない。

  小括
以上によれば,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内であるということはできず,前記分割の要件③を満たさない。したがって,本件発明1に係る本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものではないから,その出願日は平成26730日となる。
したがって,引用例2は,本件出願の出願日前に頒布された刊行物である。原告は,引用発明2及び2’に基づく進歩性欠如について具体的に取消事由を主張しないが,念のため,以下において検討する。
・・・

3  引用発明2の認定及び本件発明1と引用発明2との対比
引用例2に,前記第232)イ(ア)のとおり引用発明2が記載されていることは当事者間に争いがない。また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点は,前記第232)イ(ウ),(エ)のとおりであると認められる。相違点2aは,本件発明1の構成要件AD及びEに係る相違点であり,相違点2bは,本件発明1の構成要件Bに係る相違点である。

4  相違点2aの容易想到性
  引用発明2は,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末であるところ,当該段落には,当該白色結晶性粉末の製造方法が記載されているから,当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行うことは容易に想到し得るものである。そして,同記載の条件を基に夏苅英昭博士が行った実験(以下「本件実験」という。)により得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件AD及びEに含まれるものであったと認められる(甲3637)。

  引用例20136】記載の条件と本件実験の条件の相違
(ア)  引用例20136】記載の条件と本件実験の条件(ただし,実験工程1回目のもの。甲3624頁)を比較するに,前者における(E-3R5S-7-[2-シクロプロピル-4-4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-35-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸は,後者におけるピタバスタチンフリー体に相当する。そして,引用例20136】記載の条件は,①水中塩化カルシウムの溶液(塩化カルシウム水溶液)の滴下時間が不明であり,②減圧下乾燥を,どのように行うのか不明であるのに対し,本件実験の条件は,①塩化カルシウム水溶液の滴下時間を10分とする点,②減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行う点で相違する。

(イ)  滴下条件
芦澤一英編「医薬品の多形現象と晶析の科学」と題する文献(甲35435頁。平成14年発行)に,「結晶化においては溶媒の滴下時間…を検討する。」と記載されていることからすれば,滴下時間は,結晶化において当業者が当然に検討する事項であるといえる。したがって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行う場合,滴下時間を設定することは,当業者が通常行うことであるといえる。
そして,本件実験のように,滴下時間を10分と設定することは,その余の反応時間と比較して短く,かつ懸濁液を形成するための相当の時間を設定することを考慮すれば,不自然なものとはいえない。
よって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本件実験のように滴下時間を10分と設定することは,当業者が,滴下時間として適宜設定する範囲内のものということができる。

(ウ)  乾燥条件
上記文献(甲35435頁)に,「結晶化の検討に際して,結晶水と付着水,溶媒和と残留溶媒…等基礎的検討を実施する。」と記載されていることからすれば,水分量は,結晶化において当業者が当然に検討する事項であるといえる。したがって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行う場合,乾燥条件を設定することは,当業者が通常行うことであるといえる。
そして,引用例20136】には,水分量10.6%の結晶性粉末を得る旨記載されているところ,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら乾燥させることは普通の乾燥方法であって,本件実験のように,減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行うことは,不自然なものとはいえない。
よって,引用例20136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本件実験のように減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行うよう設定することは,当業者が,乾燥条件として適宜設定する範囲内のものということができる。

(エ)  したがって,本件実験の実験条件は,当業者が,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行う際に,技術常識を参酌することにより適宜設定可能なものであったといえる。

  以上のとおり,引用発明2に接した当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を,技術常識を参酌することにより適宜設定可能な範囲で実験条件を加えて行うことは,容易に想到し得るものであり,その結果得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件AD及びEに含まれる。
したがって,相違点2aに係る本件発明1の構成(構成要件AD及びE)は,引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。

5  相違点2bの容易想到性
厚生労働省が平成1351日に発出した通知(甲39)には,「新原薬が吸湿性である場合,水分により分解される場合あるいは原薬が化学量論的な水和物である場合には,水分含量の試験が重要である。その判定基準については,水和や水分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して,妥当なレベルに設定するとよい。」と記載されていることからすれば,医薬品の水分含量について,水和や水分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して決定することは,当業者の技術常識であったといえる。
そうすると,引用例20136】に記載された製造方法によって得られた結晶の含水量を10.6%から多少変化させて,その影響を調べることは,当業者が当然に行うことであるといえる。そして,乾燥条件を適宜設定することにより,含水量を10.510.7%の範囲を超えて含水量を変化させることは当業者が容易になし得たことといえる。また,「FT-IR分光法と結合した熱重量法」により測定した場合と,それ以外の方法で測定した場合とで,含水量の値が実質的に異なることは考え難いことから,引用発明2の含水量は,「FT-IR分光法と結合した熱重量法」により測定した場合であっても同様の値を採るものと解される。
以上によれば,引用発明2に接した当業者であれば,引用例20136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法において,乾燥条件を適宜設定することにより,引用発明2の含水量を,構成要件Bの範囲内の含水量とすることは容易に想到し得る。
したがって,相違点2bに係る本件発明1の構成(構成要件B)は,引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。

6  本件発明1の進歩性について
以上によれば,本件発明1は,引用発明2及び技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
・・・

6 結論
以上検討したとおり,取消事由1ないし3はいずれも理由があり,取消事由5は理由がないから,取消事由4及び6を検討するまでもなく,本件決定のうち,請求項1,3,5,7及び10ないし13に係る本件特許を取り消した部分に誤りはなく,請求項2,4,6及び9に係る本件特許を取り消した部分は誤りである。
よって,主文のとおり判決する。
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■結晶特許において回折角が一致しないので非侵害と判断された事例


<判決紹介>
平成25()33993号 特許権侵害差止等請求事件


コメント
結晶特許に関する新薬vsジェネリックの侵害訴訟。 先発品はリバロ(一般名:ピタバスタチンカルシウム)。
被告製品の15本のピークの回折角のうち、9本がクレームの回折角(構成要件C・C’)と一致していなかった。 原告は以下の点を主張したが認められなかった。 構成要件非充足。 ☆☆

(1)
クレームの回折角の数値は結晶形態Aとの同一性を判断するための数値にすぎない。
(2)
同一性の判断は、日本薬局方等によれば、X線粉末回折法において±0.2°以内の誤差で一致するピークが10本以上確認されるなどすれば十分である。別紙原告測定結果によれば,被告製品は10本以上確認されており、構成要件CC’を充足する。


抜粋
・平成25()33993号 特許権侵害差止等請求事件
・平成27127日判決言渡、東京地方裁判所民事第29
・原告: 日産化学工業株式会社
・原告補助参加人: 興和株式会社
・被告: ダイト株式会社、持田製薬株式会社、東和薬品株式会社、鶴原製薬株式会社、科研製薬株式会社、小林化工株式会社、Meiji Seika
・特許: 特許51861085267643
・請求項:
【請求項1
:特許5186108
式(1)で表される化合物であり,
【化1
20150201.jpg
B  713%の水分を含み,
C  CuK
α放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°6.72°9.08°10.40°10.88°13.20°13.60°13.96°18.32°
20.68°
21.52°23.64°24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とする
ピタバスタチンカルシウム塩の結晶
(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。

【請求項1:特許5267643
C’  CuKα
放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4. 96°6.72°9.08°
10.40°
10.88°13. 20°13.60°13.96°18.32°20.68°21.52°23.64°24.12°27.00°及び30. 16°の回折角()にピークを有し,かつ
B  7
重量%~13重量%の水分を含む,
A  
式(1)で表される
【化1
20150201.jpg
D  
ピタバスタチンカルシウム塩の結晶
E  
(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)を,
その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持することを特徴とする
I  
ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法。


・概要
第2 事案の概要
本件は,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶及びその保存方法に関する2件の特許権を有する原告が,被告らによる原薬及び製剤の製造・販売等が上記各特許権の侵害に当たる旨主張して,特許法100条1項に基づきその差止めを求める事案である。
1 前提事実(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実を含む。なお,特に断らない限り,証拠の枝番号の記載は省略する。以下同じ。)
(1) 当事者原告は,基礎化学品,医薬品の製造・販売等を業とする株式会社である。被告ダイトは,医薬品製剤の原薬,医薬品の製造・販売等を業とする株式会社であり,その余の被告らは,いずれも医薬品の製造・販売等を業とする株式会社である。
・・・。

3 当裁判所の判断
・・・。
(2)
前記前提事実及び上記認定事実に基づき,構成要件CC’の回折角について検討する。
ア 本件各発明の構成要件CC’においては,発明の構成が15本のピークの小数点以下2桁の回折角により特定されており,その数値に一定の誤差が許容される旨の記載や,15本中の一部のピークのみの対比によって特定される旨の記載はない。
また,上記認定の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,ピタバスタチンカルシウム原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロールすることでその安定性が格段に向上すること,及び,結晶形態ACの中で結晶形態Aが医薬品の原薬として最も好ましいことを見いだしたというものである。そして,結晶形態B及びCは,水分量が結晶形態Aと同等で,単に,CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図で結晶形態Aに特徴的な3本のピークの回折角が存在しないことによって結晶形態Aと区別される結晶多形というのであるから,構成要件CC’の小数点以下2桁の数値で表される15本のピーク中3本のみ相違することが,技術的範囲の属否を判別する根拠とされていることになる。
さらに,本件明細書のその余の記載をみても,結晶形態Aは構成要件CC’の回折角等の粉末X線回折パターンによって特徴付けられるという以上の特定がされておらず(段落【0008】,【0010】,【0016】,【0033】参照。本件保存方法特許の明細書についても同様である。甲21及び2),回折角に一定の誤差が許容されることなどをうかがわせる記載も見当たらない。
そうすると,本件各発明の技術的範囲に属するというためには構成要件CC’の回折角の数値が15本全てのピークについて小数点第2位まで一致することを要するというべきである。

イ 上記アの解釈は,前記(1)イ~エの事実からも裏付けられる。
すなわち,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態には,本件明細書の結晶形態AC及びチバ特許明細書の結晶多形AF以外にも未知の結晶多形が存在し得るところ,粉末X線回折測定の回折角の数値により結晶形態を特定した医薬化合物の発明の特許出願には,ピークの回折角に±0.1°0.2°の許容誤差を設けるものが多数存在し,結晶形態を特定するピークの本数も数本~十数本で特定するものなど多様であって,その技術的範囲が一定の許容誤差ないし一定のピーク本数によって判断されるとの技術常識は存在しないことがうかがわれるから,構成要件CC’に記載された15本の数値のうち一部のみが一致し,又は一定の誤差の範囲で一致するにとどまる結晶がこれに含まれると解する場合には,本件各発明の技術的範囲への属否が一義的には定まらないこととなる。また,上記のように解すると,原告自身が本件各発明の技術的範囲に属しないことを認めている結晶形態までもがこれに属する結果になるなど(例えば,チバ特許明細書に記載の結晶形態Eは,構成要件CC’に記載の15本のピークが全て±0.2°以内で一致する回折角を含んでいる。),不合理な結果となる。さらに,原告は,本件結晶特許の出願当初は1本のピークの回折角(許容誤差のない小数点以下2桁の数値)及び相対強度をもって発明を特定していたが,拒絶理由通知を受けて構成要件Cの回折角に係る補正をし,この補正が限定的減縮に当たる旨の意見を表明したのであるから,上記補正により,発明の技術的範囲を字義どおり小数点以下2桁の回折角の数値が15個全て一致する結晶に限定したとみるほかなく,このように解釈することが補正の趣旨に沿うものというべきである。
ウ 以上によれば,本件各発明の構成要件CC’を充足するためには,15本のピークの全ての回折角の数値が小数点第2位まで一致することを要し,その全部又は一部が一致しないピタバスタチンカルシウム塩の結晶又はその保存方法はその技術的範囲に属するということができないものと解するのが相当である。

(3)
これを被告原薬等についてみると,別紙原告測定結果の記載に被告らの主張するような問題点がある(甲52755等によっても,原告がピークに当たると主張する角度の測定値がノイズではなくピークと判別される根拠が必ずしも明らかではない部分がある。)ことをおいても,原告測定においては,15本全てのピークについて回折角の数値が小数点第2位まで一致するような測定結果は得られなかったというのである(前記前提事実(3)エ)。そして,原告が被告原薬等に含まれるとするピタバスタチンカルシウム塩における15本のピークの回折角は別紙物件目録記載1のとおりであり,うち9本は構成要件CC’と相違している。そうすると,同目録記載の回折角自体から,被告原薬等は構成要件CC’を充足しないと判断すべきことになる。

(4)
以上の認定判断に対し,原告は,①本件発明の対象は本件明細書記載の結晶形態Aであり,その充足性は当該ピタバスタチンカルシウム塩の結晶の粉末X線回折測定で得られたチャートにおいて結晶形態Aとの同一性を判断するのに十分な数のピークが確認されれば足りる,②上記の同一性の判断は,日本薬局方等の記載によれば,X線粉末回折法において±0.2°以内の誤差で一致するピークが10本以上確認されるなどすれば十分である,③別紙原告測定結果によればモチダ錠及びこれに用いられた被告原薬は構成要件CC’の回折角を充足すると主張する。
しかしながら,本件各発明の特許請求の範囲に結晶形態Aという記載はなく,また,前記発明の詳細な説明によっても,結晶形態Aとの同一性は構成要件CC’の回折角の数値が全て一致するか否かにより判定すべきものと解されるから,構成要件CC’の回折角の充足性は,端的に,当該結晶がその数値を全て充足するか否かにより判断すべきものであって,上記①の主張は失当である。

また,日本薬局方は,厚生労働大臣が医薬品の性状及び品質の適正を図るため,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律41条(平成25年法律第84号による廃止前の薬事法41条も同趣旨)に基づき定める医薬品の規格基準書であり,原告の挙げる各文献中の記載も,上記法律の目的とする保健衛生の向上という公益的見地から医薬品の同一性等を判断する基準として記載されたものと解される。これに対し,医薬品等に係る特許発明の技術的範囲は,明細書の記載及び図面を考慮し当該発明に係る特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきものであるから(特許法701項,2項),日本薬局方の記載と常に一致しなければならないものではない。したがって,上記②の主張も理由がない。
さらに,上記③の主張は,原告の主張する回折角の解釈を前提とするものであるから,明らかに失当である。
(3)
なお,本件結晶特許については本件訂正請求がされているが,構成要件CC’の回折角は訂正の対象となっていないから,訂正の許否は本件の結論に影響するものではない。



■結晶特許において29条の2の拒絶審決が取り消された2事例


<判決紹介>
平成25(行ケ)10285号、第10286号 審決取消請求事件


コメント
引例の技術内容の認定に誤りがあると判断された。 ☆


抜粋
・平成25(行ケ)10285号、第10286号 審決取消請求事件
・平成27122日判決言渡、知的財産高等裁判所第4
・原告: エフ.ホフマン-ラ ロシュ アーゲー
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2007-553501、特願2007-553502
・特願2007-553501の請求項1:
角度で示す特性ピークを
角度2θ±0.2°
10.2°
11.5°
15.7°
19.4°
26.3°
に有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンを特徴とする,3-N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-11-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。



■ファモチジン事件


<判決紹介>

コメント:
ちょっと古いけど、ファモチジン事件。 結晶特許発明の技術的範囲を検討する上で参考になる事例。 裁判所は、出願経過等を考慮し、技術的範囲に属さないと判断した。☆☆☆☆



平成15(ネ)第3034号 特許権侵害差止請求控訴事件、東京高等裁判所
控訴人: リヒター ゲデオン ジェセティ ジャール アールテー
被控訴人: 日本医薬品工業株式会社、株式会社陽進堂
特許: 特許第2708715
請求項1
その融解吸熱最大がDSC159℃であり,その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が35063103及び777cm-1にあり,及びその融点が159162℃であることを特徴とする、再結晶により析出された形態学的に均質なB」型のファモチジン。 (下線は訂正部分)

裁判所の判断:
「第3 当裁判所の判断
 1
 本件発明のファモチジンについて
 (1)
控訴人は,構成要件①ないし③の3パラメータによって特定される範囲内において形態学的組成が一様である再結晶により析出されたB型ファモチジンが,本件発明の「『B』型のファモチジン」であり,A型ファモチジンの混在を排除するものではないと主張し,被控訴人らは,構成要件⑤の「『B』型のファモチジン」との記載部分は,純粋なB型ファモチジン結晶を意味し,A型とB型の混合物を排除する意味を有すると主張するので,検討する。
・・・。

次に,本件特許出願の経過についてみると,本件特許出願に対して,特許庁は,平成8312日付け拒絶理由通知書をもって,特許法292項の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由を通知したが,これに対する控訴人提出の平成8926日付け意見書(乙6-1添付)には,「B型ファモチジンの方がA型より強い生物吸収力を有し,従いましてB型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは,本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります」(1頁最終段落),「よって,B型ファモチジンを純品で得ることは,薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず,薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは,ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例13記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません」(2頁下から第2段落)と記載されている。
そうすると,上記の発明の詳細な説明の記載及び出願経過を参酌して解釈すれば,本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の「『B』型のファモチジン」との記載は,ファモチジンには,A型ファモチジン,B型ファモチジン及び両者の混合物が存在することを前提とした上で,特定の結晶形である「『B』型のファモチジン」に限定したものであることが明らかであるから,A型とB型の混合物を排除する意味を有するものというべきである。
・・・。

これらの記載によれば,控訴人は,明りょうでない記載の釈明又は特許請求の範囲の減縮を目的として,「B」型のファモチジンを「再結晶により析出された形態学的に均質な」ものに限定し,本件訂正に係る訂正を請求したものであるところ,甲21審決及び甲24-3審決は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとして,本件訂正を認めたものであることが認められる。したがって,「形態学的に均質な」の要件を付加する訂正が特許請求の範囲の減縮として認められている以上,本件発明の構成要件⑤のB型ファモチジンが,本件訂正前のA型ファモチジンを含まない純粋なB型ファモチジンの範囲を超えて,控訴人主張のように,その主要部においてB型ファモチジンであり,全体として実質的にB型ファモチジンと同等な組成物であるB型ファモチジン均質体を意味すると解釈する余地はない。
・・・。

しかしながら,そもそも,本件明細書には,控訴人主張のように,A型ファモチジンの混合が約15%まで許容される範囲のB型ファモチジンが形態学的に均質なB型ファモチジンであることを示唆する記載は何ら存在しない。
・・・。

(4)
ところで,本件発明の「『B』型のファモチジン」は,上記(2)のとおり,A型ファモチジンを含まない純粋なB型ファモチジンを意味するものであるとしても,全く純粋な結晶を製造することは極めて困難であり,また,高純度の結晶であっても,通常の測定法では検出できない程度の不純物が混合することが避け難いことは当裁判所に顕著であるから,通常の測定法では検出できない程度の量のA型ファモチジンが混合したB型ファモチジンも,本件発明の「『B』型のファモチジン」に含まれると解する余地がある。そこで,更に検討すると,本件明細書(甲24-2添付)の特許請求の範囲【請求項1】の「その融解吸熱最大がDSC159℃にあり,その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が35063103及び777cm-1にあり,及びその融点が159~162℃であることを特徴とする」との記載,及び発明の詳細な説明において,融解吸熱最大について,B型はDSC159℃,A型は167℃であることを明確に区分して記載していること(段落【0002】,【0010】,【0011】,【0016】,【0017】),赤外吸収スペクトルの特性吸収帯について,B型は35063103777cm-1にあり,A型は345016701138611cm-1であることを明確に区分して記載していること(段落【0010】,【0011】,【0016】,【0017】)に照らすと,融解吸熱最大(構成要件①),赤外吸収スペクトル特性(構成要件②)及び融点(構成要件③)について,特許請求の範囲【請求項1】に記載された上記各特性のみが検出され,A型の特性が検出されない限度のA型ファモチジンを含むB型ファモチジンは,本件発明の技術的範囲に含まれるが,A型の特性が検出される程度までA型ファモチジンを含むB型ファモチジンは,本件発明の技術的範囲に属しないと解するのが相当である
・・・。

そうすると,被控訴人ら医薬品が,いずれもA型ファモチジンを含むものであることは,別紙物件目録の記載のとおり,控訴人の自認するところであり,上記事実によれば,被控訴人ら医薬品の原薬であるファモチジンは,融解吸熱最大(構成要件①)について,A型の特性が検出される程度までA型ファモチジンを含むものと認められるから,本件発明の構成要件⑤を上記1(4)のとおり解釈するとしても,これを充足せず,被控訴人ら医薬品は,本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。」


■ニカルジピン事件


<判決紹介>

コメント:
ちょっと古いけど、ニカルジピン事件。 結晶特許発明の技術的範囲を検討する上で参考になる事例。 裁判所は、作用効果を考慮した上で、控訴人製剤は技術的範囲に属すると判断した。☆☆☆☆


平成14()1567号 損害賠償請求控訴事件、大阪高等裁判所
控訴人: 大正薬品工業株式会社、日清キョーリン製薬株式会社
被控訴人: 山之内製薬株式会社
特許: 特許第1272484
請求項1
無定形26‐ジメチル‐4‐(3'‐ニトロフエニル)‐14‐ジヒドロピリジン‐35‐ジカルボン酸‐3‐メチルエステル‐5‐β‐(N‐ベンジル‐N‐メチルアミノ)エチルエステル(ニカルジピン)またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物

裁判所の判断:
「第4 当裁判所の判断
 1
争点(1)(本件発明の技術的範囲は,①無定形塩酸ニカルジピンの含有量,②無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。)について
 
当裁判所も,製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除いて,当該製剤は本件発明の技術的範囲に含まれ,無定形塩酸ニカルジピンの含有量や生成方法の観点からの限定を受けることはないものと判断する
・・・。

 
(当審における控訴人らの主張についての判断)
 (1)
控訴人らは,ニカルジピンの無定形化比率と腸内溶解度の改善効果ひいては持続性効果とは比例関係にあるから,無定形物の含有量が低い場合には持続性効果も低く,無定形塩酸ニカルジピンの含有量が,含有塩酸ニカルジピンが結晶形ばかりである既知の通常製剤と比較して,実用的に意味のある持続性効果が付加されていると認め得る量でなければ,本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。
 
しかし,引用に係る原判決「事実及び理由」第41(1)(2)(5)のとおり,本件明細書中には,製剤の全ニカルジピン中の無定形物の含有割合等について何らの限定を加えているような記載は見当たらず,かつ,本件発明が無定形塩酸ニカルジピンに腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有することを見出した点に特徴があることからすると,控訴人製剤が無定形塩酸ニカルジピンを含有していると認定された場合(もとより,当裁判所も無定形物の必要量が無制限と解するわけでないことは,引用に係る原判決222行目ないし5行目で判示したとおりである。),それにもかかわらず控訴人製剤において,腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有するといった効果を奏しないような特段の事情が認定できない限り,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。そして,控訴人製剤についてかかる特段の事情の存在を窺わせるような証拠はなく,かえって,乙48及び弁論の全趣旨によると,控訴人製剤は,乙48の実施例1の製法に基づいて製造されたもので,「胃液および腸液における溶解性が適宜に調節されて,充分な初期効果と持続効果」を有するものであると認められるから,控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが含有されていた場合,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。

 (2)
控訴人らは,本件明細書には,すべての塩酸ニカルジピンが無定形である場合しか記載がなく,本件発明の作用効果を生じないことが明らかである下限量の認定ができなければ,無定形物の必要量が無制限であると解してはならず,全部無定形物であるか,それと均等と認められる範囲以外の部分については,発明が完成するに至っていなかったと解すべきであると主張する。
 
しかし,本件明細書の実施例1ないし5では,いずれもニカルジピン塩酸塩原末及び賦形剤の混合物を振動ボールミルを用いて相当時間処理したところ,「ニカルジピン塩酸塩結晶は無定形化していた。」との記載があるが,これらの記載をもって,本件発明が塩酸ニカルジピンにつき無定形のものを100%含む場合に限定する趣旨と直ちに解することはできず,ほかに本件明細書中に,本件発明が塩酸ニカルジピンにつき無定形のものを100%含む場合に限定することを明示又は示唆するような記載は見当たらない。
 
そして,無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば,「添加物を配合することなく優れた持続性効果を有」し,「長時間にわたり安定したニカルジピンの有効血中濃度を維持できる」という本件発明の作用効果を奏するものと予測できるのであり,そうである以上,あえて下限量を画する必要はないというべきである。 また,本件発明が全部無定形物であるか,それと均等と認められる範囲を除いては未完成であるとする控訴人らの主張も独自の見解にすぎない。
 
したがって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。

 (3)
さらに,控訴人らは,控訴人製剤が,本件発明の実施品である被控訴人製品と同一の作用効果を奏しているのは,控訴人製剤が本件発明の要件を充足しているからではなく,三重被覆製剤技術という独自の製剤技術によってもたらされたものであり,あるいは,控訴人製剤のように溶解補助剤CMECを添加すれば,塩酸ニカルジピンを無定形化した場合と同程度以上の溶解度上昇効果を苦もなく達成できると主張し,乙4864にもこれらに沿った記載がある。
 
しかし,仮に三重被覆製剤技術やCMECの添加によって控訴人ら主張のような効果を挙げられるとしても,同時に控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが含有されていると認定された場合には,控訴人製剤は前記(1)のとおり本件発明の技術的範囲に属することとなり,控訴人ら主張の三重被覆製剤技術やCMECの添加は,単なる付加にすぎないというべきであるから,控訴人らの上記主張を採用することはできない。」


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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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