■進歩性

■背景技術の1文献と周知技術により進歩性が否定された抗体特許事例


<判決紹介>
平成26(行ケ)10139号 審決取消請求事件(甲事件)
平成26(行ケ)10085号 審決取消請求事件(乙事件)

・平成27413日判決言渡判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・甲事件原告: スキャンティボディーズ・ラボラトリー,インコーポレイテッド
・乙事件原告: DSファーマバイオメディカル株式会社
・被告: エフ.ホフマン-ラ ロシュ アーゲー
・特許: 特許4132677


■コメント
1つの論文+周知技術に基づいて進歩性が否定された抗体特許の事例を紹介します。 無効審決維持。 引用された論文は明細書の背景技術に記載されていたもの。 審査段階では進歩性のOAなし。

主文、請求内容は下記の通り。

---------------------------------------------------------------------
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,甲事件については甲事件原告の負担とし,乙事件については乙事件原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求(甲事件・乙事件共通)
特許庁が無効2012-800004号事件について平成26年2月25日にした審決中,「特許第4132677号の請求項1ないし26に係る発明についての特許を無効とする。」及び「審判費用は,被請求人の負担とする。」との部分を取り消す。
---------------------------------------------------------------------

本件特許の訂正請求項1は下記の通り。

---------------------------------------------------------------------
【請求項1
ヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
 aSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((16PTH)と反応し,かつ(16PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片と,
 b)前記ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識する第2の抗体又は抗体断片と
を含み,阻害性の非(184)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定するキット。
---------------------------------------------------------------------

判決文と明細書をざっと読んだ感じでは、本件特許発明の趣旨をわかりやすくすると、以下のような感じになるのではないかと思います。

「完全長のPTHは、副甲状腺疾患の指標となる。通常、サンプル中には完全長のPTH以外に、非完全長のPTHが存在することが知られていた。公知のポリクローナル抗体を使うと、両方に反応してしまうため、完全長のPTHを特異的に検出できなかった。そこで、PTH16位に結合する抗体を新たに作成し、使用したところ、完全長のPTHを特異的に検出できた(完全長のPTHに反応し、非完全長のPTHには反応しなかった)。」

8発明の内容と、一致点・相違点は以下の通り。

---------------------------------------------------------------------
8発明
インタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)をアッセイするニコルス(NL),インクスター(IT)およびダイアグノスティックシステムラボラトリーズ(DSL)のアッセイキットであって,
 a)125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体と
 b)抗カルボキシ末端捕捉抗体
を含み,尿毒症患者試料中のインタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)濃度を測定するキット。

・一致点
ヒト副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
 a
)所定のN末端側配列に結合する標識された第1の抗体又は抗体断片と,
 b
)所定のカルボキシ末端側を認識する第2の抗体又は抗体断片と
を含み, 生物学的サンプル中のヒト副甲状腺ホルモン量を測定するキット。

・相違点
所定のN末端側配列に結合する第1の抗体等及びヒト副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキットが,
訂正発明1では「aSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((16PTH)と反応し,かつ(16PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片」であり,当該第1の抗体等が「阻害性の非(184)副甲状腺ホルモン断片を検出すること」がない,「ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキット」であるのに対して,
8発明は,「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」であり,阻害性の非(184)副甲状腺ホルモン断片を検出してしまい,厳密にはヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットとはいえない点
---------------------------------------------------------------------

これだけをみると、かなり相違するように見えますが、甲8には、以下のように、N末端部位をターゲットとすることの重要性を示唆する内容が記載されていました。

---------------------------------------------------------------------
「我々はこれまでに,インタクト副甲状腺ホルモン(I-PTH)に対するニコルスアッセイが,非(1-84)分子型のPTHと反応することを証明した。この型は,カルボキシ末端断片として挙動するとともに,腎不全において蓄積し,測定される免疫反応性の40-60%に相当する。我々は,これがその他の市販用の2部位I-PTHアッセイに共通した事象であるかどうかを確かめることを望んだ。こうして我々は,3つの市販用キット[ニコルス(NL),インクスター(IT),及びダイアグノスティクシステムラボラトリーズ(DSL]の能力,すなわち112名の腎不全患者においてI-PTHを測定する能力,及び10-100pmol/LI-PTH濃度の尿毒症患者から得たプール血清のHPLCプロファイル上のhPTH1-84)と非(1-84PTHを検出する能力を比較した。非(1-84PTHと関連している可能性がある断片である合成hPTH7-84)の挙動についても,3つのアッセイにおいてhPTH1-84)と比較された112名の腎不全患者において3つのアッセイで測定されたI-PTH濃度は,高度に相関し(r20.89P0.0001),NLで測定された値は,平均で,ITよりも23%高かった。DSLで測定した値は,ITよりも,40pmol/L未満および40pmol/Lより高い値に対して,それぞれ23%および56%高かった。3つのアッセイは,4つの異なるプロファイルにおいてhPTH1-84及び非(1-84PTHに相当する2つのHPLCピークを検出した。この後者のピークは,NLの免疫反応性の36±8.4%,IT24±5.5%,DSL25±2.8%を示した(NLvsITorDSLP0.05これらの相違は,IT及びDSLhPTH7-84)に対する免疫反応性がhPTH1-84)と比較して50%低いが,NLはそうではないことによることが確認された。これらの結果は,2部位I-PTHアッセイのほとんどは,非(1-84PTH物質と交差反応することを示唆し,これは,骨病変の無い尿毒症患者において報告されている尿毒症のない被験者よりも2-2.5倍高いI-PTH濃度の半分について説明している。(805頁本文左欄1行~同頁本文右欄9行)」

PTH一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由は無いことから,「本当の」I-PTHアッセイの開発が相変わらず望ましいゴールである。(808頁本文右欄13行~16行)」
---------------------------------------------------------------------

うーん、なかなか厳しい内容が書かれています。特に最後の方。

原告は、明細書に「拮抗物質または阻害物質」という記載があることから拮抗物質と阻害物質は別の概念として記載されており、阻害性は「インバースアゴニスト」を意味しているのだから、審決の用語の解釈に誤りがあるという点を主張しました。
しかし、言い換えとして併記されていると判断され、主張は認められませんでした。

その他、甲8の課題認定の誤りや、本件特許発明の効果が予想外であることも主張しましたが、いずれも認められませんでした。

ただ、判決文を見る限りでは、PTH16位に結合するモノクローナル抗体のデータは先行文献には出てきていないようです(請求項1にモノクローナルの文言はありませんが、実質的にモノクローナルとして解釈できるかと思います)。また、本件特許の実施例のように短いペプチド抗原で免疫して得られたモノクローナル抗体の場合、
他の蛋白質にも反応してしまいそうな気もしますし、結構ぎりぎりのとろころで無効になったんじゃないかなという印象です。


・参考
判決文
エクルーシス試薬whole-PTHの添付文書


スポンサーサイト



■並列に記載されていることと、容易に置換可能であることは別次元の問題と判断された事例(イットリウムの使用)


<判決紹介>

コメント:
先行文献に並列に記載されていることと、それらが容易に置換可能であることは別次元の問題と判断された事例。 拒絶審決取消。 ☆


平成25(行ケ)10277号 審決取消請求事件
平成26827日判決言渡、知的財産高等裁判所第2
原告: コンステリウム フランス、コンステリウム ロールド プロダクツ-レイヴンズウッド,エルエルシー
被告: 特許庁長官
出願: 特願2006-540530
請求項1:
管理された窒素の雰囲気下で無フラックスのろう付けによってろう付けされた部材を製造するための,重量パーセントで,少なくとも80%のアルミニウム,ならびに,Si1.0Fe1.0Cu1.0Mn2.0Mg3.0Zn6.0Ti0.3Zr0.3Cr0.3Hf0.6V0.3Ni2.0Co2.0In0.3Sn0.3%,合計0.15%であるその他の元素それぞれ<0.05%,を含む芯材用のアルミニウム合金製の帯材または板材における,0.010.5%のイットリウムの使用。


5 当裁判所の判断
2 取消事由2について
・・・。
(3)
相違点2の容易想到性について
審決は,フラックスレスろう付けの手法として,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法がともに技術常識であることから,相違点2に係る構成は,当業者が容易に想到できるものと判断した。
確かに,本願発明と引用発明とは,いずれも,ろう付けされた部材の製造に使用される,芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材において,所定量のイットリウムを含有させる点で共通するものである。また,エロージョンは,ろう材が芯材を侵食する現象であり,芯材の中にシリコンが浸透して腐食が起きやすくなるために,ろう付けの際に回避すべきものであるが,エロージョンが起きれば,侵食された芯材部分にろう材が流れ込む結果,ろう付けのための充分なろう材が行き渡らずに所定の付着効果が得られず,ろう付け性が低下するから,エロージョンの抑制には,結果的にはろう付け性を改善するといえる側面もあり,本願発明と引用発明の技術課題に重なり合う部分が存在すること自体は否定し難い。しかしながら,本願発明は,管理された窒素雰囲気でのろう付けによるものであるのに対して,引用発明は,真空雰囲気下でのろう付けによるものであるという相違点があるのであり,相違点2に係る構成が当業者にとって容易に想到し得るものか否かは,結局,刊行物2に記載されたイットリウムの使用が,管理された窒素雰囲気下でのろう付けにも使用できるという示唆があるかどうか,また,本願出願時の技術常識から,それぞれのろう付け法におけるろう材や芯材の相互の互換性があるといえるか否かにより判断されるべきである。
しかるに,刊行物2そのものには,管理された窒素雰囲気下でのろう付けについて,何らの記載も示唆もない。また,芯材用アルミニウム合金にイットリウムを含有させることにより,管理された窒素雰囲気下でのろう付けにおいて,改善されたろう付け性が得られることについて,何らの記載も示唆もない。そして,上記のとおり,本願出願時には,ろう付け法ごとに,それぞれ特定の組成を持ったろう材や芯材が使用されることが既に技術常識となっており,ろう付け法の違いを超えて相互にろう材や芯材を容易に利用できるという技術的知見は認められない。したがって,真空雰囲気下でのろう付け法である引用発明において,芯材用アルミニウム合金にイットリウムを含有させることにより,ろう付けの際に生じるエロージョンを抑制することができるものであるとしても,管理された窒素雰囲気下でのろう付け法において,改善されたろう付け性が得られるかどうかは,試行錯誤なしに当然に導き出せる結論ではない。
したがって,相違点2に係る構成を当業者が容易に想到し得たとはいえず,この点に関する審決の判断は誤りである。

(4)
被告の主張に対する判断
ア 被告は,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法は,いずれもフラックスレスのろう付け法として,当業者において良く知られた技術であり(乙17),また,特開昭62-13259号公報(乙1),特開昭58-163573号公報(乙4),特開昭53-131253号公報(乙5),特開昭63-157000号公報(乙6),特開昭61-7088号公報(乙7)には,これらのろう付け法が並列して記載されていることからすると,これらのろう付け法は,当業者にとって適宜置換可能な方法といえるから,刊行物2に接した当業者であれば,刊行物2に記載された材料からなる芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,真空ろう付け法だけでなく,窒素ガス雰囲気ろう付け法にも使用できることを容易に理解すると主張する。
確かに,上記乙157の記載によると,昭和50年代から昭和60年代初めにかけて,ろう付け法の種類に着目することなく,芯材,ろう材や母材にBeBiを添加する方法がろう付け性向上のための技術思想として把握されていたことがうかがわれる(もっとも,乙6の第1表,第2表には,真空雰囲気下ではろう材にMgを必ず含めているのに対し,窒素雰囲気下ではろう材にMgを含ませておらず,特定の芯材やろう材が特定のろう付け法において意識的に使い分けられていたとみる余地もある。)。しかしながら,ろう付け法が並列に記載されていることと,各方法において利用されていた技術が相互に容易に置換可能であることは別次元の問題であって,上記(2)のとおり,その後の本願出願時においては,技術常識として,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法とでは,使用されるアルミニウム合金ブレージングシートは,通常,区別されるものであるとされていたと認められるから,当業者にとって,真空ろう付け法において使用できた芯材を,窒素ガス雰囲気下のろう付け法において,当然に利用できると認識することは困難といえる。
したがって,乙147に,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法が並列して記載されているからといって,これらのろう付け法が,当業者にとって適宜置換可能な方法であることにはならない。
また,被告の提出した乙110のいずれにも,ブレージングシートの芯材にイットリウムを含有させること,それにより窒素ガス雰囲気ろう付けにおいて改良されたろう付け性が得られることについての記載も示唆もないから,窒素ガス雰囲気ろう付け時のブレージングシートにおけるイットリウムの使用を技術常識ということもできないから,これらの書証をもって相違点2に係る構成に容易に想到することができるともいえない。
よって,被告の主張は採用できない。」


■確認実験に進歩性なし/薬剤A耐性ウイルス感染治療用の薬剤A’/平成15年(行ケ)第405号審決取消請求事件


<判決紹介>

平成160916日、東京高等裁判所
原告: シャイアー バイオケム インコーポレイテッド
被告: 特許庁長官
特許出願: 平成7年特許願第527244
請求項1: ヒトにおいて,2-ヒドロキシメチル-5S-(シトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン耐性又は2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン耐性のヒト免疫不全ウイルスの感染を治療するのに用いられる医薬調合物であり当該医薬調合物は:
2R-
ヒドロキシメチル-4R-(シトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン;
2S-
ヒドロキシメチル-4S-(シトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン又は上記の2つのアイソマーの任意の組み合わせ;
2R-
ヒドロキシメチル-4R-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン;
2S-
ヒドロキシメチル-4S-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン又は上記の2つのアイソマーの任意の組み合わせ;
それらの薬学的に許容された塩,及びそれらの薬学的に許容されたエステルより選択された化合物を含みその用量は2-ヒドロキシメチル-5S-(シトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン耐性又は2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン耐性のヒト免疫不全ウイルスの感染を治療するのに有効な量であり,当該医薬調合物は薬学的に許容される担体を更に含む医薬調合物。

コメント: 薬剤A耐性ウイルス感染治療用の薬剤A’の進歩性が争点となった事例。 裁判所は、「薬剤の有効性を確認するための実験を行うことは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,また,実験をすることに格別の困難もないのであるから,その実験が成功することが予測できないということだけから,進歩性を認めることができない」と判断した。 拒絶審決維持。 ☆

▼審決の理由:
「3 審決の理由  別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,「国際公開第92/08717号パンフレット(以下,審決と同じく「引用刊行物1」という。)に記載された発明及び「Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, Vol. 3, No. 8 pp. 1723-1728, 1993」(以下,審決と同じく「引用刊行物2」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない,とするものである。

4 審決が認定した,引用刊行物1記載の発明の内容,本願発明と引用刊行物1記載の発明との一致点・相違点
(1)
引用刊行物1記載の発明の内容 「薬学的に有効な量の2-ヒドロキシメチル-4-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン又は2-ヒドロキシメチル-4-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン,及び薬学的に許容されるキャリアからなるHIV感染に有効な医薬調合物」(審決書3頁)
(2)
本願発明と引用刊行物1記載の発明との一致点  「「薬学的に有効な量の2-ヒドロキシメチル-4-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン又は2-ヒドロキシメチル-4-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン,及び薬学的に許容されるキャリアからなるHIV感染に有効な医薬調合物」である点」(審決書4頁)
(3)
本願発明と引用刊行物1記載の発明との相違点 「本願発明が,「2-ヒドロキシメチル-5S-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン耐性又は2-ヒドロキシメチル-5-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン耐性のヒト免疫不全ウイルスの感染を治療するために,  2R-ヒドロキシメチル-4R-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン;  2S-ヒドロキシメチル-4S-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン又は上記の2つのアイソマーの任意の組み合わせ;  2R-ヒドロキシメチル-4R-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン;  2S-ヒドロキシメチル-4S-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン又は上記の2つのアイソマーの任意の組み合わせ; それらの薬学的に許容された塩,及びそれらの薬学的に許容されたエステルより選択された化合物」を使用するのに対し,引用刊行物1記載の発明では,治療対象のヒト免疫不全ウイルス(HIV)の限定,並びに,2-ヒドロキシメチル-4-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン及び2-ヒドロキシメチル-4-(5’-フルオロシトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオランの立体配置の限定,がない点」(審決書4頁)」

▼裁判所:
「3 原告は,本願化合物1と3TCとで構造がきわめて類似していることから,当業者が,本願化合物1が交差耐性を持つと考えるのは当然であり,原告のしたような実験を行うことは,容易に想到できるものではない,と主張する。
 しかし,本願化合物1と3TCとの構造の間で,ペントース環の酸素原子と硫黄原子の位置が入れ代わったという差しかないとしても,それが,交差耐性の発生の蓋然性にどの程度影響するのかについて,原告は具体的な主張をせず,これを認定できる証拠もない。
 また,糖部分の構造が類似していると,交差耐性が生じやすいと認識されていたとの点について,例えば甲第9号証(ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY (1993) Vol.37 p130-133)の表3において,その11番目の「HIV-111 B 」は,ddIに対してはEC 50 (uM)の値が,「236.4±19.0」と,他のHIVウィルスと比較して非常に高い耐性を有する(一桁ないし二桁異なる。)のに対し,ddIと糖部分の構造が類似するddCに対しては,「0.78±0.05」と,他のHIVウイルスと比較して同程度の低い耐性しか示さないことが開示されている。また,同表12番目の「HIV-111 B 」も,ddIに対して「134.9±12.8」,ddCに対して「0.55±0.03」と,同様の傾向をもつことが開示されている(別紙参照)。
 したがって,構造が非常に類似した化合物が多くの場合に交差耐性を示すと一般に考えられていることを踏まえたとしても,本件において,原告が主張するように,酸素原子と硫黄原子の位置が入れ代わっただけであるとか,糖部分の構造が類似している,との事実をもって,二種の薬剤間で交差耐性が生じると当業者が当然に考え,実験して確認することに思い至らない,ということはできない。

4 本件優先日当時,本願化合物1において交差耐性が生じる可能性がどの程度高いものと考えられていたかは,本件証拠上明らかではない。しかし,交差耐性が発生する蓋然性がある程度高いと考えられていたにせよ,なお,本願発明の進歩性は否定されるものというべきである。その理由は,次のとおりである。

(1)
前記乙第2号証の記載にも現れているように,昭和58年にエイズウイルスが発見されてから,その治療薬の研究開発は喫緊の課題であった。このことは,引用刊行物2の 「後天性免疫不全症候群(AIDS)は現代における惨事となった。AIDSの数と,HIV陽性の症例は急速に増えており,ほとんど10年間にわたって研究努力が行われたにも関わらずあまり抑制されていない。現在AIDSの治療のために承認された薬剤は3つあるが,これらの薬剤は全て,迅速な耐性形成のみならず,骨髄毒性(AZT),末梢神経障害と急性膵炎(ddIとddC)などの重大な,障害に苦しめられている。」(甲第4号証1723頁)の記載にも現れている。
 このような状況の下では,交差耐性が生じる蓋然性があっても,薬剤の候補となるべき新規な化学物質を製造したとき,その薬剤が効果を発揮するかどうか実験して確かめるきわめて強力な動機付けが当業者にあることは,明らかである。

(2) 2及び3で引用した文献のほか,HIVウイルスの交差耐性については,甲第7号証(ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY(1991)Vol.35 No.7 p988-991),第10号証(同(1994)Vol.38 No.2 p275-281)においても述べられている。
 これらの文献から明らかなように,HIVウイルスの薬剤に対する(交差)耐性を確認する実験方法は,本件優先日当時,周知かつ確立しており,これを実施することに特段技術的困難はなかった,と認めることができる。

(3)
以上のとおり,本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことに強力な動機付けがあり,実験をすることを選択することは何ら困難なことでもなく,その実験方法も周知なものであって実施に何ら困難はなく,実験を行いさえすれば,交差耐性を示すか否か容易に分かる,すなわち,本願化合物1が効用を有するか否か分かるものである以上,当業者が本願発明を推考するのが容易であることは当然である。審決の相違点についての判断に誤りはない。

(4)
原告の主張は,要するに,実験をしても,望んだ結果が得られることが合理的に予測されるものではない場合,実験をして確認した事実に基づいてした発明には進歩性が認められるべきである,というものである。
 しかし,前述のとおり,本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,また,実験をすることに格別の困難もないのであるから,その実験が成功することが予測できないということだけから,進歩性を認めることができないことはいうまでもないのであって,原告の主張は採用できない。

5 結論
 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第3部 裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官設樂隆一 裁判官 高瀬順久(別紙)甲第9号証132頁表3の翻訳文」


■換気扇フィルター 平成22(行ケ)10075 審決取消請求事件


コメント: 「審決には本件各発明の解決課題を正確に認定していない点で誤りがあり、また、誤った解決課題を前提とした上で本件各発明が容易想到であるとした点において誤りがある」として進歩性なしの無効審決が取り消された。 課題の認定は慎重に。 「課題の設定が新規」で進歩性を主張するときに参考になる事例。 

PR


プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
業界動向や知財判決などの情報をアップしていきます。

SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

お問い合わせは、
biopatentblog@gmail.com
もしくは、
info@iyakunews.com
へお願いします(@は半角に変換してください)。

QR code

QR

RSSリンク