■抗体特許

■リサイクリング抗体特許の維持審決が取り消された事例


<判決紹介>
・平成30年(行ケ)第10043 審決取消請求事件
・令和元年626日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3 鶴岡稔彦 山門優 高橋彩
・原告:アレクシオン  ファーマシューティカルズ,インコーポレイテッド
・被告:中外製薬株式会社
・特許4954326
・発明の名称:複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子


■コメント
中外製薬のリサイクリング抗体に関する特許の維持審決の審決取消訴訟をご紹介します。
これまでの経緯は以下の通りです。

2012/03/23:特許登録
2016/12/19:無効審判請求
2017/11/22:維持審決
2018/03/29:訴訟提起
2019/06/26:判決 ← いまココ


この特許に関しては、別途、アレクシオンの抗C5抗体(ラブリズマブ)に対して、中外製薬が侵害訴訟を提起しています。

・(ニュースリリース)当社抗体改変技術に関する日本における特許権侵害訴訟の提起について
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20181205150000_788.html


請求項1は以下の通りです。抗体のアミノ酸がHisで置換/挿入されていることに特徴があります。抗原の限定がない広い請求項です。置換/挿入の数・位置も広い範囲を含みます。

【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。


争点は、実施可能要件/サポート要件、拡大先願、進歩性、明確性です。
裁判所は実施可能要件のみ判断しました。

裁判所の判断は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5 当裁判所の判断
・・・

取消事由2(無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)についての判断の誤り)について
事案に鑑み,まず,取消事由2について判断する。
1  実施可能要件について
  特許法3641号は,発明の詳細な説明の記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないことを規定するものであり,同号の要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
  本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲には,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬組成物が含まれることになる。
そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このような本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解される。

2  本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
  【発明を実施するための形態】の記載
(ア)  本件明細書の【0029】には,抗原結合分子のpH5.8における抗原結合活性をpH7.4における抗原結合活性より弱くする方法(pH依存的な結合能を付与する方法)について,①  ヒスチジン置換又は挿入が行われる位置は特に限定されないこと,②  その位置としては,抗原結合分子が抗体の場合には抗体の可変領域などを挙げることができること,③  ヒスチジン置換又は挿入が行われる数は当業者が適宜決定することができること,④  ヒスチジン変異以外の変異(ヒスチジン以外のアミノ酸への変異)を同時に導入してもよいこと,⑤  ヒスチジン置換及び挿入を同時に行ってもよいことなどが記載されている。さらに,ヒスチジン置換又は挿入は当業者に公知のアラニンスキャニングのアラニンをヒスチジンに置き換えたヒスチジンスキャニングなどの方法によりランダムに行ってもよく,ヒスチジン置換又は挿入がランダムに導入された抗原結合分子ライブラリーの中から,置換前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗原結合分子を選択してもよいことが記載されている。
そして,ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】~【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせてヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙げることができることなどが記載されている。
(イ)  しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。

  【実施例】の記載
(ア)  実施例に記載された抗体のうちの,H3pI/L73に関する【0285】の記載,CLH5/L73に関する【0287】~【0291】,【0294】,【0305】,【0307】の記載,H170/L82に関する【0308】の記載,H170/L82-IgG1に関する【0308,0391】の記載,Fv4-IgG1に関する【0335,0336】,【0391】の記載によれば,本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体」,すなわち,ヒスチジン置換又は挿入がされたことを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体に関し,ヒスチジン置換又は挿入位置の特定方法が示されているのは,実施例2及び実施例3の方法であることがいえる。

(イ)  実施例2について
実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法が記載されている(【0285】)。
しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提となる技術である(当事者間に争いがない。)。
そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法については,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に常に利用できるとは限らないものである。
よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用できるものではない。

(ウ)  実施例3について
実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製する方法が記載されている(【0288】~【0290】)。この方法は,上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可能であるということができる。
しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【0289】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もない。
したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に適用できるものではない。

  以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

3  被告の主張について
  被告は,【0029】及び【0116】を含む本件明細書の記載並びに技術常識からすれば,当業者は,①ヒスチジンの置換箇所を特定するために,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換した抗体を作製し,そのKD値を測定して置換位置を特定する試験(以下「前半の試験」という。),及び②上記①により所望のpH依存性を示す(有望であることないしpH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)場合に血中動態の試験(以下「後半の試験」という。)を行うことにより,本件発明1を実施することができると主張する(被告主張ヒスチジンスキャニング)。

そこで検討するに,本件明細書の【0029】にはアラニンスキャニングに関する記載があり,本件出願日当時,アミノ酸配列の各残基を1つずつアラニンに置換して各残基の役割を解析する手法としてアラニンスキャニングは技術常識であったと認められる(乙1923)。したがって,本件明細書に接した当業者は技術常識に基づき,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換をした抗体を作製することは可能であるということができる。
被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張しているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施することができるのかが明らかではない。
このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによって,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

  仮に,被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験におけるヒスチジン置換位置の特定について,①本件明細書の【0029】に記載された「変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,②特許請求の範囲に記載された「所定のpH依存的結合特性を有する」箇所を意味すると理解するとしても,次のとおり,このような被告主張ヒスチジンスキャニングにより本件発明1に係る医薬組成物全体を実施できるとはいえない。

(ア)  本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする」「抗体」は,複数のヒスチジン置換がされた抗体を含むものであるところ,被告は,複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒスチジン置換位置の特定については,前半の試験により特定された単独のヒスチジン置換位置を組み合わせれば足りると主張する。

(イ)  そこで,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法により,本件発明1の複数のヒスチジン置換がされた抗体における,ヒスチジン置換位置を常に特定することができるかを検討する。
本件明細書には,本件発明1の,複数のヒスチジン置換がされたことを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体におけるヒスチジン置換箇所について,必ず被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験により特定できることを示す記載は見当たらない。また,このことについての本件出願日当時の技術常識を示す的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に,複数のヒスチジン置換がされた場合について実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。

なお,本件出願日後の文献ではあるが,甲43の複数のヒスチジン置換がされた抗C5抗体に関する記載(甲43[0276][0281][0282]Table.3)も上記判断を裏付けるものといえる。 a  すなわち,参照抗体について,重鎖のE62D66S104,軽鎖のN28I29又はA55のいずれか1か所についてヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は参照抗体の値(2.6)を下回るが,これらのいずれか1か所に重鎖F100及び軽鎖S26を加えた3か所についてヒスチジン置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は,6.7319.4であることが記載されている。
また,参照抗体について重鎖N63又は軽鎖A51のヒスチジン置換を単独で行った場合のKDpH5.5/KDpH7.4)はそれぞれ1.83及び1.8であり,2よりも小さい値である。これに対し,参照抗体について,上記重鎖N63に加えて重鎖F100及び軽鎖S263か所をヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は10.03であり,上記軽鎖A51に加えて重鎖F100及び軽鎖S263か所をヒスチジンで置換した抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は4.02であることも記載されている。

b  これによれば,本件発明1に含まれる複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒスチジン置換箇所には,①単独のヒスチジン置換によればKDpH5.8/KDpH7.4)の値が置換前の抗体の値を下回る箇所や,②単独のヒスチジン置換によっては所定のpH依存的結合特性を有しない箇所が含まれる場合があることが推測される(なお,上記(a)の記載はKDpH5.5/KDpH7.4)に関するものではあるが,これは本件発明1におけるKDpH5.8/KDpH7.4)の値よりやや高くなる可能性があるものであり,上記のとおり推測することが可能であるものと解される(乙34及び弁論の全趣旨))。
そして,上記①や②の箇所は,前半の試験におけるヒスチジン置換位置の特定の基準(①「変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,②「所定のpH依存的結合特性を有する」箇所)には当てはまらないから,前半の試験によってヒスチジン置換位置として特定されることはない。
したがって,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法によっては,これらの箇所の置換を含む抗体が含まれた本件発明1に係る医薬組成物を実施することができない。

c  43の信用性に関し,被告は,参照抗体においてはKDpH5.5/KDpH7.4)を低下させ,かつ,重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体ではKDpH5.5/KDpH7.4)を増加させる例は軽鎖のN28H及びI29Hのみであるなどと主張するが,上記(a)のとおり,同様の置換位置は他に複数存在する。
また,被告は,置換によりKDpH5.5/KDpH7.4)が低下する度合いは誤差範囲であるとも主張するが,上記(a)のとおり,参照抗体のKDpH5.5/KDpH7.4)は2.6であるのに対し,軽鎖A51Hや重鎖F100HKDpH5.5/KDpH7.4)は約1.8であり,これをもって誤差範囲といえるかは疑問である。

  被告は,複数のヒスチジン置換又は挿入が導入された抗体について,大半の場合単独の置換又は挿入の影響は相加的であるから,被告主張ヒスチジンスキャニングによって有望であることが判明した個々の置換又は挿入の組み合わせについてKDpH5.8/KDpH7.4)の値を改めて検証する必要はないと主張する。
しかし,複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体について,単独の置換又は挿入の影響が相加的である場合が多いとしても,被告主張ヒスチジンスキャニングによって複数のヒスチジン置換位置を常に特定できるといえないのは上記イに説示したとおりであるから,被告の主張は上記(2)の判断を左右するものではない。

  被告は,ライブラリー(【0183】,【0191】,【0192】)や立体構造モデル(実施例2)の利用についても言及するが,ヒスチジン置換位置を特定する情報が不足していることには変わりがないから,上記(2)の判断を左右するものではない。

4  以上によれば,本件発明1は実施可能要件に適合しないものである。そして,本件発明26は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,本件発明26の実施可能要件適合性についても,上記に説示したところが当てはまる。よって,本件発明は実施可能要件に適合しない。

以上のとおり,本件発明は無効理由1によって無効とされるべきところ,これを否定した本件審決の判断には誤りがあるから,取消事由2には理由があり,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきことになる。
よって,主文のとおり判決する。
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「情報が不足しており」というところと「置換位置を常に特定できるといえない」というところの理由付けは少し気になりました。
とはいっても、請求項1はかなり広い範囲を含むので、審決取り消しの結論には納得感があります。

あと、出願日後の文献が考慮されたという点でも特徴的な判決でした。

特許公報の実施例をみたところ、抗原は3種類(IL-6レセプター、IL-6IL-31レセプター)が試されていました。

なお、審決では以下のように判断されていました。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
e
 上記dで述べた事項を踏まえると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件特許発明1に係る抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による所定のpH依存的結合特性の獲得と、それによる血漿中半減期の延長といったメカニズムを理解し、また、当該ヒスチジン変異の導入を含む、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体の取得方法として、ヒスチジンscanningや立体構造モデリング、抗体ライブラリーからのスクリーニング等の手段があることを理解するのに十分なものといえ、更にそのような理解が技術的に正しく、それらの手段によって、可変領域へヒスチジン変異を導入し、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体を実際に取得できることを実施例によって、十分に裏付けているものといえる。
 また、IL-6レセプター中和抗体のように医薬組成物の有効成分となる抗体は多数周知であるから、そのような抗体に所定のpH依存的結合特性及び延長された血漿中半減期といった特性を付与した抗体を医薬組成物とし得ることは当業者に明らかである。
 してみると、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件特許発明1に係る抗体を含む医薬組成物を製造し、使用することができるものといえる。
 したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている。

f
 (a) なお、請求人は、本件特許明細書の実施例18において、pH依存的結合特性を示す抗体が、pH依存的結合特性を示さない抗体に対して、延長された血漿中半減期を有することが示されていないことを挙げて(審判請求書第8頁第22行~第9頁第22行)、これを実施可能要件違反に係る主張の根拠の一つとしているが、実施例18は、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性を有する抗体による血漿中抗原消失能を調べることを目的として、抗体が抗原に対して過剰である条件で行われた試験であって、当該抗体の血漿中半減期の延長を調べるために適切な条件で行われたものではないから、実施例18において血漿中半減期の延長が示されていないとしても、そのことによって、本願特許発明1についての実施可能要件が満たされていないとはいえない。

b) また、請求人は、「抗原の非存在下では、pH依存的結合特性により、どのように抗体の血漿中半減期が延長されるのかが明らかではない」旨主張するが(同第8頁第2021行)、上記12)ア(イ)cで説示したとおり、本件特許発明1は、標的とする抗原を有する対象に投与することを前提とするものであるから、「抗原の非存在下」を前提とする請求人の主張は当を得ない。

c) また、請求人は、本件特許明細書は、抗体可変領域へヒスチジン残基を挿入した変異の例を何ら記載しておらず(審判請求書第11頁第1416行)、「タンパク質に残基を挿入することにより、適切なタンパク質のフォールディングおよび生物学的機能は失われる」(同第21頁第37行)旨主張するが、上記本件摘示6のとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジン残基の挿入が、ヒスチジン残基による置換と同様に、候補となる抗体変異体の作成時に行われ、その中から所望の性質を示す抗体を選択・取得することが記載されており、また、ヒスチジン残基の挿入が、ヒスチジン残基による置換と同様に、血漿中とエンドソーム内とのpH変化に応答する抗体の物理的・化学的性質、更には抗原との結合性に影響を与え得ることは本件摘示12などの記載から当業者が十分理解し得るから、ヒスチジン残基の挿入により本件特許発明1に係る抗体を取得し得ることは、発明の詳細な説明から合理的に理解できるものである。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

d) また、請求人は「本件特許明細書は、任意に選ばれた抗原に対して「血漿中半減期が長くなった抗体」を取得するための方法を教示していない」(審判請求書第11頁第2223行)、「本件特許明細書は、任意に選ばれた抗原に対して「pH依存的結合特性を有する抗体」を取得するための方法を開示していない」(審判請求書第21頁第1213行)などと主張するが、本件特許発明1に係る抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じた血漿中半減期の延長が、ヒスチジンが有するpH応答性、抗体の可変領域中におけるヒスチジンの荷電状態の違いによる抗原-抗体結合の変化、及び、エンドソーム内と血漿中のpHの差異によるものであることからすれば、それらが特定の抗体に限られず、様々な抗体において広く成立し得ることは、当業者が合理的に推認できることである。
 なお、個々の抗原上のエピトープと抗体との組合せの中には、請求人が甲13を挙げて主張するように(上記甲13-ア及び甲13-イ)、所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を達成することが難しいものが一部に存在するかもしれない。
 しかしながら、たとえ、可変領域にヒスチジン変異を導入しても所定のpH依存的結合特性と延長された血漿中半減期を有する抗体を得ることが難しい場合が一部にあり得るとしても、上記のヒスチジン変異の導入による、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じた血漿中半減期の延長が様々な抗体において広く成立し得ることが合理的に推認できる以上、例外なく、ありとあらゆる抗体において所定のpH依存的結合特性と延長された血漿中半減期を有する抗体が取得されなければ、本件特許発明1についての実施可能要件が満たされないとするのは相当でない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

e) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入の対象となる抗体のレパートリーが非常に大多数であり、更に、対象となる抗体の可変領域中のヒスチジン変異が導入される位置やその組み合わせが膨大な数であるから、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を示す抗体を取得するには過度な実験を要する(審判請求書第12頁第13行~第1323行及び第14頁第23行~第25頁第14行)旨主張する。
 しかしながら、本件特許発明1は医薬組成物に係るものであるから、本件特許発明1に係るヒスチジン変異の導入の対象は医薬組成物に用いられる抗体に限られており、請求人が主張するような非常に大多数の抗体ではない。
 また、上記c及びdで説示したとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジンscanningによりヒスチジン変異が導入された抗体ライブラリーの中から変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗体を選択する方法や、立体構造モデルを用いてヒスチジンの導入により抗原とのpH依存的結合を導入できると考えられるアミノ酸残基を選択する方法を用いて、所定のpH依存的結合特性を有する抗体を取得できることが記載されており、実際にそれらの方法を用いて、ヒスチジンの置換の位置の決定や、pH依存的結合特性を有し、血漿中半減期が延長された抗体の選択(スクリーニング)を行えたことも記載されている(特に、本件摘示12131520)から、たとえヒスチジン導入の対象となる抗体の可変領域中のアミノ酸残基の位置やその組合せが多数であるとしても、当業者は発明の詳細な説明に記載された上記の方法、すなわち、ヒスチジンscanning等の方法によって可変領域にヒスチジンが導入された抗体の中から、所定のpH依存的結合特性を満たすものについて、血漿中半減期が長くなったものを選択する作業を繰り返して行えば、本件特許発明1に係る抗体を取得できるのであるから、本件特許発明1が実施可能要件違反となるものではない。なお、本件特許の出願日後に公知となった例ではあるが、前記甲35には、可変領域のCDRにヒスチジン置換を導入することにより、pH依存的結合特性を獲得した変異体を実際に取得できたことが記載されており(上記甲3-ア~甲5-エ)、これは上記判断と整合するものである。
 よって、当該抗体の取得に過度な実験を要するという請求人の主張は採用できない。

f) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入箇所の選択に立体構造モデルを用いることに関し、抗体の中で立体構造が解明されたのはごく一部であり、ほとんどの抗体に立体構造モデリングを適用することはできない(審判請求書第24頁第1314行)旨主張するが、立体構造モデリングは本件特許発明1に係る抗体を取得するために利用できる手法の一つに過ぎないから、立体構造モデリングを適用できない抗体が存在するからといって、本件特許発明1が実施可能要件に違反するとは到底いえない。
 更に、請求人は甲12に基づき、任意の抗体におけるヒスチジン変異の導入によるpH依存的結合特性の獲得が困難であることを縷々主張するが、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が本件特許発明1に係る抗体を含む医薬組成物を製造し、使用することができることは上述のとおりであるから、それらの主張は採用できない。
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■競合特許のサポート要件、実施可能要件、進歩性が認められた侵害訴訟事例(抗PCSK9抗体)


<判決紹介>
・平成29年(ワ)第16468号 特許権侵害差止請求事件
・平成31年1月17日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 安岡美香子 大下良仁
・原告:アムジエン・インコーポレーテツド
・被告:サノフィ株式会社
・特許5705288、特許5906333
・発明の名称:プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質


■コメント
少し前の判決ですが、抗PCSK9抗体特許の侵害訴訟の紹介です。
講演資料のネタ集めのために読み直したので、ついでにブログにも上げておきます。

抗PCSK9抗体を有効成分とする抗体医薬として、原告アムジェンはレパーサ(エボロクマブ)を販売しており、被告サノフィはプラルエント(アリロクマブ)を販売しています。

本訴訟は、原告アムジェンが、プラルエント(アリロクマブ)の生産、販売等が特許5705288、特許5906333の特許権を侵害する旨を主張して、生産等の差止め及び廃棄を求めた事案です。

2つの特許の請求項は以下の通り。


特許5623681(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明1-1)
1A   PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
1B’   PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
1C   単離されたモノクローナル抗体。

特許5906333(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明2-1)
2A   PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
2B’   PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
2C    単離されたモノクローナル抗体。


争点は、技術的範囲、サポート要件、実施可能要件、進歩性です。

みどころは、競合特許のサポート要件、実施可能要件が認められるのか、というところです。

裁判所の判断は以下の通りです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
第3 当裁判所の判断
・・・

2 争点(1)(被告製品及び被告モノクローナル抗体は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
被告は,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲は,本件各明細書にアミノ酸配列が記載された具体的な抗体(本件発明1及び本件訂正発明1について別紙表Aの各抗体,本件発明2及び本件訂正発明2について別紙表Bの各抗体)又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると主張する。そして,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体又は医薬組成物は,上記抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体又はそれを含む医薬組成物に限定されるところ,被告モノクローナル抗体のアミノ酸配列は,上記各抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列とは全く異なるものであるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品はいずれも本件各発明の技術的範囲に属しないと主張する。
本件各明細書には,21B12参照抗体や31H4参照抗体及びこれらの参照抗体と競合するPCSK9-LDLR結合中和抗体並びにその取得方法等について,以下の記載がある。
・・・

(3) 前記(2)のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体と競合する,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載されている。そして,当該方法によれば,本件各明細書で具体的に開示された以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。
そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえない。したがって,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が本権各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定のアミノ酸の1もしくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られることを前提として,本件各発明の技術的範囲が本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとの被告の主張は採用することができない。

また,被告は,①本件各明細書では,本件参照抗体と競合する抗体であれば,PCSK9とLDLRの結合を中和することができるという技術思想を読み取ることはできない,②本件各明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみによって,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体全てがPCSK9-LDLR結合中和抗体であるとはいえず,本件各明細書には,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であること,本件参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,本件参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接するエピトープに結合する抗体である,本件参照抗体と競合する抗体は,本件参照抗体と類似した機能的特性を有すると予想されることが記載されている。そして,前記のとおりのスクリーニング等によって得られた本件各明細書の表2記載の30の抗体(21B12参照抗体と31H4参照抗体を除く。)のうち,24の抗体はPCSK9-LDLR結合中和抗体であり,かつ,本件参照抗体と競合する抗体であること,表37.1.のビン1(21B12参照抗体と競合し,31H4参照抗体と競合しない抗体)に属する19の抗体のうち16個,ビン2(21B12参照抗体とも,31H4参照抗体とも競合する抗体)に属する抗体のうち2個及びビン3(31H4参照抗体と競合し,21B12参照抗体と競合しない抗体)に属する10の抗体のうちの7個は,表2に記載された抗体であり,これら16個と2個と7個の抗体のうち,27B2抗体並びに21B12参照抗体及び31H4参照抗体を除く少なくとも20個はPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが記載されている。そうすると,本件各明細書には,特定のスクリーニング等を経て得られた抗体のうち,本件参照抗体と競合する複数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが示されているといえる。

なお,この点に関係し,被告は,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張するが,本件各明細書に記載された抗体以外に,本件参照抗体と競合するがPCSK9-LDLR結合中和抗体ではない具体的な抗体が示されているものではなく,また,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9-LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。
さらに,被告は,本件参照抗体と競合する抗体は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であるとは限らないとも主張する。しかし,本件各発明は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であることを構成要件とするものであるから(構成要件1A,2A),上記のような例外的な抗体は本件各発明の技術的範囲に含まれない。

証拠(甲5,7の1,2,甲8~10)及び弁論の全趣旨によれば,本件各発明について,被告が主張する限定的な解釈を採らない限り,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の各構成要件を全て充足し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の各構成要件を全て充足すると認められるから,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の技術的範囲に属し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の技術的範囲に属すると認められる。なお,被告モノクローナル抗体は,本件訂正発明1-1及び本件訂正発明2-1の技術的範囲にも属し,被告製品は,本件訂正発明1-2及び本件訂正発明2-2の技術的範囲にも属すると認められる。

3 争点(2)-ア(サポート要件違反)について
前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各明細書で開示された抗体以外にも,本件参照抗体と競合し,PCSK9とLDLRとの結合を中和する様々なPCSK9-LDLR結合中和抗体を得ることができると認識することができる。
また,本件各明細書の高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載(段落【0155】【0270】【0271】【0276】)から,当業者は,本件発明1-1,本件発明2-1の各抗体を医薬組成物として使用できることを認識することができる。したがって,本件発明1及び2は,いずれもサポート要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれもサポート要件に違反するとはいえない。

4 争点(2) -イ(実施可能要件違反)について
前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各発明の抗体及び医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書は,15当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件発明1及び2は,いずれも実施可能要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれも実施可能要件に違反するとはいえない。

5 争点(2)-ウ(乙1文献記載の発明に基づく進歩性欠如)について
(1) 乙1文献には,以下の記載がある。
・・・

本件発明1-1と乙1文献に記載された発明とを対比すると,①本件発明1-1はPCSK9-LDLR結合中和抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明はPCSK9-LDLR結合中和抗体であるかどうか明らかでない点(以下「相違点①-1」という。),②本件発明1-1は21B12参照抗体と競合する抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明は21B12参照抗体と競合するかどうか明らかでない点(以下「相違点②-1」という。),③本件発明1-1は単離されたモノクローナル抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明はモノクローナル抗体であるかどうか明らかではない点(以下「相違点③-1」という。)で相違するといえる。本件発明1-2,本件訂正発明1-1及び本件訂正発明1-2と乙1文献に記載された発明も,相違点①-1,②-1,③-1で相違する。
・・・

相違点②-1について,本件発明1-1は,アミノ酸配列で特定されたPCSK9-LDLR結合中和抗体である21B12参照抗体について,それとPCSK9との結合において競合する抗体が21B12参照抗体と類似の機能的特性を示すと予想され,前記のとおり,一定の抗体に対するエピトープビニングをして,21B12参照抗体と競合することを要件(構成要件1B)としたものである。そして,乙1文献に記載された発明において,アミノ酸配列で特定された21B12参照抗体についての具体的な記載はないし,同抗体に着目する示唆もない。証拠(乙15ないし19)及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日当時,動物免疫法又はファージディスプレイ法により,抗原に対して特異的に結合するモノクローナル抗体を作製する方法,その作製工程において,ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用,抗体のスクリーニングのために抗原をビオチン化により固相化する方法,ファージディスプレイライブラリを得る手段等は周知であったことが認められる。しかし,本件明細書1には,特定のプロトコールのスクリーニングを組み合わせて実施した結果として,21B12参照抗体が得られたことが記載されていて(段落【0312】~【0314】【0320】【0322】~【0336】【0377】~【0379】),それは上記周知技術とは異なるものであり,上記周知技術に基づいて,本件優先日当時,当業者が,アミノ酸配列が特定された21B12参照抗体を容易に得ることができたことを認めるには足りない。これらによれば,当業者は,具体的な21B12参照抗体を容易に得ることができたことも,21B12参照抗体に着目してそれと競合する抗体に着目したことも認められず,構成要件1Bに係る相違点である相違点②-1に容易に想到することができたとは認められない。
・・・

(5) 上記に対し,被告は,本件各明細書によれば,本件参照抗体と競合するか否かを何ら指標とすることなく,PCSK9-LDLR結合中和抗体を複数作製したところ,そのような抗体の多くが本件参照抗体と競合するものであったこと,A教授が供述書(乙4)で指摘するとおり,PCSK9-LDLR結合中和抗体を取得した場合,その中には本件参照抗体と競合する抗体が多く含まれており,少なくとも所定の割合で含まれているから,当業者は,何らかのPCSK9-LDLR結合中和抗体をいくつか作製するだけで,本件参照抗体と競合する結合中和抗体を取得し得たこと,本件参照抗体と競合する抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることは限らないことから,21B12参照抗体又は31H4抗体と競合するとの発明特定事項は本件各発明に進歩性を付与するものではないことを主張する。
本件各明細書には,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載された上で,その具体的な方法等に従って抗体を作製して,PCSK9-LDLR結合中和抗体を作製したことや,その抗体に,本件参照抗体と競合する抗体が多く見られたことが記載されている。しかし,その方法は本件各明細書に記載されているものであり,前記 の周知技術そのものではなく,本件優先日当時,当業者が,本件各明細書に記載されているのと同様の方法を用いて本件各明細書に記載されているPCSK9-LDLR結合中和抗体を作製することができたことを認めるに足りる証拠はない。また,前記のとおり,本件優先日当時,当業者が本件参照抗体を容易に作製することができたとも認められない。被告が指摘する本件各明細書の記載をもって,本件参照抗体と競合するとの発明特定事項が本件各発明に進歩性を付与するものではないと認めることはできない。
また,A教授の供述書(乙4)は,競合に関して実証的なデータが示されているものではないほか,前記のとおり,本件優先日当時,本件参照抗体を容易に作製することができたとは認められないことなど前記の事情に照らせば,同供述書に記載された事項によって,本件参照抗体と競合するとの発明特定事項は本件各発明に進歩性を付与するものではないとは認められない。
更に,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9-LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。
したがって,被告の主張は採用することができない。

(6) 以上によれば,本件発明1及び2は,いずれも乙1文献及び周知技術に基づいて,容易に想到することができたとはいえず,進歩性を欠くとはいえない。なお,本件訂正発明1及び2も,いずれも乙1文献及び周知技術に基づいて容易に想到することができたとはいえず,進歩性を欠くとはいえない。

7 結論
よって,原告の請求は主文第1項ないし第3項の限度で理由があるからこれらを認容し,原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし,主文第1項ないし第3項について仮執行宣言を付すのは相当でないからこれを付さないこととし,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して訴訟費用は被告に全部負担させることとして,主文のとおり判決する。
------------------------------------------------------------------------------------------------


というわけで、東京地裁の結論は侵害で、本件特許はサポート要件、実施可能要件を満たすと判断されました。

この2件の特許は、別途、無効審判と審取訴訟があります。いずれも特許は有効と判断されました。

・特許5705288
2017.08.02:無効審判・審決(有効)
2018.12.27:知財高裁・判決(有効)→平成29年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件

・特許5906333
2017.08.02:無効審判・審決(有効)
2018.12.27:知財高裁・判決(有効)→平成29年(行ケ)第10226号 審決取消請求事件


サポート要件に関して、上記侵害訴訟の判決はあっさりしていますが、「平成29年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件」の方ではもう少し詳しく述べられています。
以下のとおり。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
第4 当裁判所の判断
・・・
3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
(1) サポート要件の適合性について
・・・

イ 前記アの認定事実によれば,本件訂正発明1及び5は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。
そして,本件明細書記載の表37.1には,本件明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され(【0329】),そのうちの一部(合計39抗体)について,エピトープビニングをした結果,31H4抗体(参照抗体)と競合するが,21B12抗体と競合しないもの(ビン3)が10個含まれ,そのうち7個は,中和抗体であることを確認されたこと(【0138】,表2)が示されていることに照らすと,甲1に接した当業者は,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
さらに,当業者は,本件明細書記載の免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製及び選択,選択された免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,本件明細書記載のPCSK9とLDLRとの結合相互作用を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイ(前記ア(ウ)及び(エ))を最初から繰り返し行うことによって,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する様々な中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。

以上によれば,本件訂正発明1(請求項1)は,サポート要件に適合するものと認められる。
また,前記ア(イ)のとおり,本件明細書には,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載があることに照らすと,当業者は,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の抗体を医薬組成物として使用できることを認識できるものと認められる。
したがって,本件訂正発明5(請求項5)は,サポート要件に適合するものと認められる。

(2) 原告の主張について
ア 原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との競合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであるが,本件明細書に記載された具体的抗体はわずか2グループないし2種類の抗体しかなく,また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されていないありとあらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決できると認識し得るものではないとして,本件訂正発明1及び5はサポート要件に適合しない旨主張する。

しかしながら,動物免疫法によるモノクローナル抗体の作製プロセスでは,動物の体内で特定の抗原に特異的に反応する抗体が産生され,その免疫化動物を使用して作製したハイブリドーマをスクリーニングし,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特定されていくことは技術常識であるから,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない。
そして,本件訂正発明1(請求項1)は,「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」,かつ,「PCSK9との結合に関して」,参照抗体(31H4抗体)と「競合する」ことを発明特定事項とするものであり,前記(1)イのとおり,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとの結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 原告は,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が特許請求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義され,スクリーニング方法によって特定された物の発明である場合には,機能的な定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付けることにはならないし,このような請求項の記載形式を認めることは,特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じる旨主張する。

しかしながら,前記アのとおり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
また,本件訂正発明1の請求項の記載形式によって,原告が述べるような特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態を招くということもできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3) 小括
以上によれば,本件訂正発明1及び5がサポート要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。
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■機能限定抗体特許の侵害訴訟において、被告製品が機能を有していても、技術的範囲に含まれないと判断された事例

 
<判決紹介>
・平成28年(ワ)第11475  特許権侵害差止等請求事件
・平成30328日判決言渡
・東京地方裁判所民事第29  嶋末和秀 伊藤清隆 西山芳樹
・原告:バクスアルタ インコーポレーテッド
・原告:バクスアルタ ゲーエムベーハー
・被告:中外製薬株式会社
・特許4313531
・発明の名称:第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体


■コメント
特許4313531の特許権を有する原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)のemicizumabが本件特許の請求項1及び4に係る各発明の技術的範囲に属するとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下のとおりです。


「【請求項1
1A   
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
1B   
凝血促進活性を増大させる
1C   
抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」


限定する内容が、実質的に抗原と機能(増大させる)だけですので、かなり広く、特許にするのは難しい部類のクレームです。
被告製品目録は以下のとおりです。


製品名
   
抗体(開発コード:ACE910/一般名:emicizumab 
種類
   
医薬品
製造者
   
中外製薬株式会社
臨床試験開始時期
   
遅くとも平成248月頃
5  
概要
   
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合するバイスペシフィック抗体」


争点は、(1)技術的範囲に属するか、(2)製造等が侵害又はそのおそれがあるか、(3)製造等が試験又は研究のための実施に当たるか、(4)無効理由を有するかです。裁判所は(1)のみ判断しました。


被告製品は、一見すると、
1A
→○
1B
→○
1C
→○
で、請求項1の構成要素を全て有しています。
そのため、技術的範囲に含まれる、となってもおかしくない状況です。


裁判所の判断をざっとまとめると以下のとおりです。

・抽象的、機能的な表現のクレームは、クレームに加えて、明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて技術的範囲を確定すべき。
・明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべき。
・請求項1の「凝血促進活性を増大させる」は、実施例の記載内容に基づき、ネガティブコントロールとの比が2程度を超えており、実質的に凝固促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解するべきである。(本件特許明細書に定義はなし)
・技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解される。
・被告製品が凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても、本件特許とは異なる課題解決手段によってもたらされているのであって、本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえない。
・被告製品は、凝血促進活性を増大させるものではない第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を、第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより、凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから、「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
・従って、本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。


被告製品が機能を有していても課題解決手段が違えば技術的範囲に含まれないというのは、思い切った判断だなと思います。
裁判所の判断の抜粋は以下のとおりです。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 当裁判所の判断
1
本件各発明の意義について
・・・
本件各発明の意義
以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の意義は,大要,以下のとおりのものと認められる。
すなわち,従来の血友病Aの患者の処置は,欠如又は不足した第Ⅷ因子の不足を補うために第Ⅷ因子濃縮物の投与による補充療法であった(段落【0003】)。しかし,補充療法には,第Ⅷ因子インヒビターを生じさせる患者に対する処置が非常に困難かつ危険性を含んでおり(段落【0003】),そのような患者に対する処置としては,高用量の第Ⅷ因子を投与するなどのいくつかの治療方法が存在するが,高価である(段落【0004】,【0005】),多大な時間を必要とする(段落【0004】),重篤な副反応を伴い得る(段落【0004】),患者への負担が大きい(段落【0005】)等の問題点があった。本件各発明の目的は,第Ⅷ因子を抑制する患者についての特定の利点を有する,血液凝固障害の処置のための調製物を提供することであり(段落【0010】),これを,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合して第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる抗体又は抗体誘導体によって達成するというものである(段落【0011】)。

そして,抗体又は抗体誘導体は,具体的には,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製し(実施例1ないし3),これを色素形成アッセイ等の方法で凝血促進活性の程度を評価し(実施例4ないし914),そのモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から様々な抗体誘導体(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)を作製するものである。

2
被告製品の構成等について
被告製品の構成
被告製品は,別紙被告製品説明書及び「被告製品のアミノ酸配列」記載のアミノ酸配列を有する非対称型バイスペシフィック抗体であり,抗体の中でもIgGに分類される。被告製品は,2つの抗原結合部位を有し,その一方が第Ⅸa因子を認識し,他方が第Ⅹ因子を認識する。(甲23,乙2838,弁論の全趣旨)

被告製品の開発経緯
被告製品の開発過程において,被告がバイスペシフィック抗体を作製するに当たり用いられたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,ヒト第Ⅸa因子に特異的に結合し,かつ,第Ⅸa因子の酵素活性に対してできるだけ阻害活性の弱い抗体が選別された。そこで作製されたバイスペシフィック抗体のうち,最も第Ⅷ因子補因子活性が高かった抗体は,XB12/SB04であるが,これは第Ⅷ因子補因子活性を有さないモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体から作製されたものである。よって,被告製品の開発において選別されたモノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させるか否かとは無関係に選別されたと認められる。また,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける。(乙555775
そして,被告製品は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子との空間的な配向を好適な状況に制御し,酵素の活性部位と基質とを正確に接触しやすくすることで,第Ⅸa因子が触媒する第Ⅷ因子補因子活性を促進するという機序により,凝血促進活性を増大させるものである(乙33,甲165)。そして,その増大の程度は,本件明細書の実施例と同様の手法で作製された抗体(198A1198B3224F3)と比較して,優れた効果をもたらすものである(乙636によれば,約1000倍の効果とされている。)。

被告の実験結果(乙3638)について
ア乙38は,被告が作製した,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)について,血液凝固第Ⅷ因子活性測定用の色素形成アッセイキットを用いて,凝血促進活性の増大の程度を評価したものである。その結果,Qhomoのネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であった(なお,被告製品の同数値は●省略●から●省略●であった。)。
イ乙36は,被告製品及びQhomo等について,第Ⅸa因子による第Ⅹ因子活性化反応における酵素反応速度論解析を行った実験結果である。
原告らは,この実験結果において,Qhomoは,ブランクと比較して,Km(ミカエリス・メンテン定数)が低値,kcat(酵素反応速度)が高値,kcat/Km(酵素反応効率)が高値,すなわち,基質(第Ⅹ因子)に対する親和性が高く,生成速度が速く,酵素反応効率が高いことが示されていることから,Qhomoは,第Ⅸa因子(酵素)の凝血促進活性を増大させるものであると主張する。
しかし,本件明細書には,「凝血促進活性を増大させる」と評価するための指標として,酵素反応速度論的解析は挙げられていない上,凝血促進活性の増大と酵素反応速度論解析との関係は記載も示唆もされていないから,これらの値をもって,本件各発明にいう「凝血促進活性を増大させる」と直ちに評価することはできない。しかも,基質に対する親和性,生成速度,酵素反応効率がどの程度向上すれば,「凝血促進活性を増大させる」と評価できるのかについての技術常識は何ら示されていない。むしろ,乙36のポジティブコントロール(第Ⅷa因子)の数値と比較すると,Qhomoの数値は,ブランクの値と極めて近いものであるから,同実験結果をもって,Qhomoが「凝血促進活性を増大させる」抗体であるとは認めることはできない。

原告らは,被告が発表した被告製品についての論文(甲110,甲112)によれば,被告自身,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有していることを自認している旨主張する。しかし,被告製品が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる作用を有しているとしても,被告製品とQhomoとは異なる構造なのであるから,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であると認めることはできない。

原告らの実験結果(甲114163164)について
114は,原告らが作製した,Qhomoと同一のアミノ酸配列を有する抗Ⅸaモノスペシフィック抗体(MonoBM)を使用し,ミカエリス・メンテン式による酵素基質反応のパラメータ(カイネティックパラメーター)を算出し,また,APTTの測定を行い,凝血促進活性の増大の程度を測定した実験結果である。甲163は,表面プラズモン共鳴(SPR)現象を利用したBiacoreシステムを用いて,MonoBM等がヒト第Ⅹ因子およびウシ第Ⅹ因子に結合する様子を測定した実験結果である。また,甲164は,TECHNOCHROMキット(ヒト第Ⅸa因子とウシ第X因子を含む)にヒト第X因子を添加して,被告製品とMonoBMの経時的な吸光度変化を測定した実験結果である。

原告らは,これらの実験結果に基づき,Qhomoが凝血促進活性を増大させる抗体である旨(甲114),被告製品の凝血促進活性の増大は第Ⅸa因子に結合するアームのみの寄与によってもたらされたものである旨(甲163164)を主張する。
しかし,乙7980では,低分子の有効成分とは異なり,バイオ医薬品(抗体医薬品もこれに含まれる。)では,バイオシミラーの先発医薬品との同一性を担保することは困難である旨述べられており,乙92では,MonoBMQhomoとは同一であるとはいえないとの意見が述べられているから,上記実験結果(甲114163164)をもって,MonoBMQhomoとが同一であると認めることはできず,それを前提にしてQhomoが凝血促進活性を増大させる抗体であるとか,被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームのみが凝血促進活性を増大させるものであると認めることはできない。
これに対し,原告らは,甲162を根拠に,触媒酵素活性を特定するのに必要な情報はアミノ酸配列に含まれており,配列が高次構造を特定するという原理の一般性が確立されているから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であり,MonoBMQhomoは同一である旨主張する。しかしながら,同号証50頁には,「同様の再折りたたみの実験は,多くの他のタンパク質においても行われた。多くの場合,天然の構造は最適な条件下で再現された。しかしながら,タンパク質によっては再び効率よく折りたたまれないものもある。」とされており,高次構造が再現されるのは「最適な条件下」であって,しかも,再現されない場合もあるとされているのであるから,アミノ酸配列が同一であれば高次構造まで同一であるとは必ずしもいえない。

3
本件出願日当時の技術常識について
第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体の作製法は,本件出願日当時に複数知られており,その中でも,クワドローマ技術は簡便な方法であり,本件出願日当時の当業者にとって,合理的な時間および努力の範囲内でバイスペシフィック抗体を作製できる手法であった。バイスペシフィック抗体を産生するクワドローマを融合し及び選択する種々の方法及びプロトコルは,1999年において,利用可能であり,良好に確立され,二重特異性のIgG分子を作製するのに幅広く用いられていた。(本件明細書段落【0026】,甲97,甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であったと認められる。

前記2⑵で説示したとおり,モノスペシフィック抗第Ⅸa因子抗体の第Ⅷ因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第Ⅷ因子補因子活性は,抗第Ⅸa因子抗体由来の構造だけなく,抗第Ⅹ因子抗体由来の構造にも影響を受ける(乙555775参照)。
しかし,モノスペシフィック抗体からバイスペシフィック抗体に変換するとき,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対する結合部位は1価になるが,1価でも凝血促進活性を増大させる効果がある(本件明細書実施例10ないし12151618)。そして,バイスペシフィック抗体の2つの抗原間で立体干渉が生じない限り,モノスペシフィック抗体の活性は維持される(甲1401)。第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子以外の結合部位が第Ⅹ因子である場合を想定すると,本件出願日当時,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の構造が明らかとなっており,第Ⅸa因子と第Ⅹa因子の立体構造からすると,当業者は,第Ⅸa因子と第Ⅹ因子に結合するバイスペシフィック抗体で,第Ⅸa因子結合部位の活性に対する干渉は起こりにくいと予測できる(甲1401)。
したがって,当業者は,本件出願日の技術常識から,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。

4
争点1(被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
⑴本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の記載は,「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041HaematologicTechnologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2AmericanDiagnostica社製,および抗体クローンESN-3AmericanDiagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。
アある抗体が,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合し,第Ⅸa因子の凝血促進活性を増加するか又は第Ⅷ因子様活性を有することを示すための試験方法としては,凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングし,色素形成アッセイによって第Ⅷ因子様活性を有するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例49),そのなかで第Ⅷ因子インヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD3)も確認されている(実施例7)。よって,当業者は,第Ⅸa因子に対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例1112),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例101618),ミニ抗体(実施例17)),凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。

もっとも,「凝血促進活性を増大させる」程度については,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図7A196/AF235μMPefablocXa(登録商標)),段落【0068】・図7B198/AM135μMPefablocXa(登録商標))も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性はないと評価されている。)の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である。そうすると,凝血促進活性の増大がわずかであるものは,「凝血促進活性を増大させる」とは評価できず,その程度は,実質的なものでなければならないのであって,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えており,実質的に凝血促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解すべきである。

バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし1315ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。

したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。

被告は,色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるモノスペシフィック抗体及びその誘導体に限られる旨主張する。
そこで検討するに,本件明細書には,2時間のインキュベーション後の第Ⅷ因子アッセイにおいて,ネガティブコントロールとの比が3を超える場合には,「凝血促進活性を増大させる」と評価できる旨の記載がある(段落【0013】,【0014】)。他方,本件明細書においては,凝血促進活性の検査方法について,色素形成アッセイ以外にも凝血試験などの全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例11・図18ないし20)。そうすると,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在するということができるところ,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないから,本件明細書において「凝血促進活性の増大」が色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるものであると一義的に決定されているとは,直ちには解することができない。

原告らは,「凝血促進活性を増大させる」とは,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分である旨主張する。
しかし,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度や2程度の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分であるとはいえないことは,既に説示したとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。

他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。

前記⑵において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。

5
結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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