■薬理データ

■「阻害するための組成物」クレームと、明細書に疾患治療の薬理データがない場合の「炎症疾患の処置のための組成物」クレームのサポート要件が判断された抗体特許の審決例

 
<審決紹介>
・無効2017-800008
・審決日:201867
・合議体:審判長 特許庁審判官 關政立、審判官 田村聖子、審判官 冨永みどり
・請求人:サン ファーマ グローバル エフゼットイー
・被請求人:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5870067
・発明の名称:IL-17産生の阻害


コメント
抗体特許の無効審判を紹介します。
独立請求項113は以下のとおりです。

「【請求項1
 T細胞をインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストで処理する工程を包含する方法により、前記T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための組成物であって、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。

【請求項13
 有効量のインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストを哺乳動物被験体に投与する工程を包含する方法による、前記哺乳動物被験体中のインターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる炎症疾患の処置のための組成物であって、前記炎症疾患が、慢性関節リウマチ(RA)、乾癬、及び、対宿主性移植片反応から選択され、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。」


請求人のサンファーマは、3月に抗IL23抗体を有効成分とするILUMYAtildrakizumab-asmn)について、米国でFDA承認を受けたそうです。

Sun Pharma Announces U.S. FDA Approval of ILUMYA™ (tildrakizumab-asmn) for the Treatment of Moderate-to-Severe Plaque Psoriasis
https://www.prnewswire.com/news-releases/sun-pharma-announces-us-fda-approval-of-ilumya-tildrakizumab-asmn-for-the-treatment-of-moderate-to-severe-plaque-psoriasis-300617454.html


米国ファミリーで特許になっているものの請求項1は以下のとおりです。

US7510709
1. A method for the treatment of an inflammatory disease characterized by elevated expression of interleukin 17 (
IL-17), comprising administering to a mammalian subject, having been determined to express an elevated level of IL-17 compared to a healthy individual, an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-interleukin-23 receptor (anti-IL-23 receptor)
 antibody.

US8287869
1. A method for treatment of an inflammatory disease in a human subject comprising measuring the expression level of interleukin-17
(IL-17) in said subject, and, if the IL-17 expression level is determined to be elevated, treating said subject with an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-IL23 receptor antibody.



無効審判の争点は、明確性要件、サポート要件、実施可能要件、産業上利用可能性、新規性、進歩性です。

以下、サポート要件について紹介します。
(新規性・進歩性に関して、「本件特許発明13は、特定炎症疾患のうち、IL-17の上昇した発現がみられるものを特に治療対象として選択している発明」であるという点から興味深い判断がされていますが、省略します。)


請求人は以下の主張をしました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)
 以下のとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に違背するものである(特許法第123条第1項第4号)。
1)無効理由2-1
 上記無効理由1-1のとおり、本件特許の請求項112の記載は、その用途につき不明瞭であるが、仮に本件特許発明112が医薬用途発明に係るものである場合、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより何らかの疾患を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 また、上記無効理由1-2で指摘したとおり、仮に本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、特定炎症の発症機序であることを意味する場合、換言すれば、IL-17産生を阻害することにより特定炎症を処置する意味に解されるところ、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより特定炎症を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 したがって、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
 
2)無効理由2-2
 本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、仮にIL-17の上昇が見られた症例のみを治療対象とすることを意味する場合であっても、当該「上昇した発現」とはどの程度のレベルを指すのかが、本件特許の発明の詳細な説明の欄に記載されていないから、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
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審判官は下記の通り判断しました。
請求項1については、明細書の記載からIL-17の産生が抗IL-12抗体により阻害されることが理解できるとし、請求項13については、先行文献(乙1等)を根拠にして、慢性関節リウマチ、乾癬、及び対宿主性移植片反応を治療可能と認識できたとし、サポート要件を満たすと判断しました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)について
1)無効理由2-1について
.
 本件特許発明112について

・・・
本件特許明細書の段落【0071】~【0081】、図2A、図2B及び図2Cの記載から、IL-23によりT細胞からのIL-17の産生が促進されることが理解でき、さらに段落【0083】及び図4Aの記載から、上記の産生促進は、抗IL-12p40抗体により阻害されることが理解できる。ここで、p40は、IL-12及びIL-23に共通するサブユニットであり(本件特許明細書の段落【0030】)、そして、本件特許明細書の段落【0012】には、IL-23アンタゴニストの例として「天然シーケンスのIL-23ポリペプチドサブユニット(例えばp40サブユニット)に対する中和抗体」が示されていることから、本件特許明細書では、前記抗IL-12p40抗体を抗IL-23抗体、すなわちIL-23のアンタゴニストとして用いていることが明らかである。
 また、段落【0089】~【0108】及び図12には、IL-23欠損マウスにおいて、T細胞によるIL-17の産生が減衰していることが記載されており、IL-23の機能を抑制することにより、T細胞によるIL-17の産生を抑制できることが理解できる。

 以上の事実から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等により、IL-23により誘導されるT細胞のIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 請求人は、請求項1の「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための」との記載は、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことを内在的に特定しているとの前提に立ち、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことが、従来技術において容易ではなかったとか、仮にそのような対象を選択することが「健康な被験体と比較してIL-17発現の上昇したレベルを有することを測定する」ことにより実現しうるとしても、本件元の出願との関係で、そのように解し得ない旨などを、主張する。
 しかしながら、1.1)において述べたとおり、本件特許発明1の組成物の用途は、請求項1に記載のとおりの「前記T細胞によるIL-17産生を阻害する」こと自体である。そして、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等でT細胞を処理することにより、T細胞によるIL-17の産生を阻害できることを当業者が理解し得たことは上述のとおりであるから、請求人の主張を採用することはできない。
 したがって、本件特許発明1は、本件特許明細書に記載されたものであり、同発明に従属する本件特許発明212についても同様のことがいえる。

.
 本件特許発明13151725について
 本件特許発明13151725は、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体又は抗IL-23レセプター抗体を含み、哺乳動物被験体に投与される組成物に係るものであり、その発明の課題は、1.2)ア.において述べた理由のとおり、特定炎症疾患のうちでIL-17の上昇した発現がみられるものの処置である。
 ここで、特許法第36条第6項第1号は、請求項に係る発明が発明の詳細に記載した範囲を超えるものであってはならない旨を規定するものであるところ、当該規定を満たすためには、発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の技術常識から、本件特許発明13151725の上記課題を解決できるものと当業者が認識できる必要がある。
 そして、以下(ア)~(ウ)に述べるとおり、慢性関節リウマチ、乾癬、及び、対宿主性移植片反応のそれぞれの特定炎症疾患の処置のいずれについても、当該規定を満たすものといえる。
 
(ア)慢性関節リウマチ
 慢性関節リウマチについて、その患者の一部でIL-17の上昇が確認されたこと(記載事項乙1-ア~ウ)、マウス膝関節へのIL-17投与により軟骨の劣化が確認されたこと(記載事項乙2-ア~ウ)、慢性関節リウマチモデルであるコラーゲン・アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/Fcを用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙5)、慢性関節リウマチモデルである自己免疫コラーゲン誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制する可溶性IL-17受容体タンパク質(sIL-17RFcmuIL-17RFc)を用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙8-ア~ク)、及び、アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/ヒトIgG1Fc融合タンパク質(muIL-17RFc)を用いると関節炎及び関節破壊の症状が改善すること(記載事項乙9-ア~キ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチの患者を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチを治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 
(イ)乾癬
 乾癬について、その皮膚病変部においてIL-17mRNAが発現していること(記載事項乙18-エ~オ、及び、記載事項乙19-ア~イ)、IL-17が、ケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激するサイトカインであり、乾癬治療のターゲットとなり得ること(記載事項乙16-ア~イ、記載事項乙17、及び、記載事項乙18-ア~ウ)が本件出願時に知られている。さらに、IL-6に対する抗体により、ヒト乾癬皮膚移植ヌードマウスにおけるラベリングインデックスの低下及び上皮厚の減少といった症状の改善がみられたことや(記載事項乙21-ア~ウ)、IL-8に対する中和抗体により、乾癬患者由来ケラチノサイトにおける血管新生が阻害されたことも本件出願時に知られており(記載事項乙20)、これらの知見から、IL-6IL-8の機能を抑制することにより、乾癬を治療可能であることが当業者に理解できたものと認められる。
 以上の事実から、乾癬についても、IL-17の機能を阻害することにより炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を抑制し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものと認められる。(以下、この2つの段落に記載された、乙1621から把握される、本件出願時に当業者が理解できたと認められる事項を、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」という。)
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 ここで請求人は、乙18IL-17とインターフェロンγの相乗的作用を報告するものであり、IL-17単独を阻害することによって乾癬を治療し得ることを裏付けるものではなく、IL-17についてはmRNAの発現を確認したのみで機能的なタンパク質の産生については確認していないと主張し、乙19IL-10タンパク質を投与することによる乾癬治療における炎症反応について報告するものであり、IL-17を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものではなく、IL-10タンパク質を投与することで結果的に症状が緩和された際に、観察された複数のサイトカインの変動のひとつとして、IL-17の変化を記載したものに過ぎないと主張し、また、乙20及び乙21は、それぞれ抗IL-8抗体及び抗IL-6抗体による乾癬症状の改善を示すものに過ぎず、IL-17自体を阻害した場合の効果をなんら裏付けるものではないとして、IL-17阻害による乾癬治療の可能性を裏付けるものでもないことを指摘し、乙1621の記載から、IL-17の産生阻害により乾癬の治療が可能であったことが本件出願時において技術常識であったとはいえないと主張する。
 しかしながら、記載事項乙18-ア、イ及びケに示されるように、インターフェロンγの非存在下であってもIL-17が単独でIL-6及びIL-8の産生を刺激することが開示されているし、さらに、記載事項乙18-エにおける乾癬患者の皮膚病変部におけるIL-17mRNAの発現は、乾癬におけるIL-17の病理的関与を示しているといえるから、乙1618の記載を併せみると、IL-17がケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激することが理解される。
 そうすると、乙1621に、IL-17自体を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものはなくとも、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激していることが認められるIL-17の産生を阻害することにより乾癬の治療が可能であることは当業者が十分に理解できるから、請求人の主張には理由がない。
 さらに請求人は、記載事項乙21-エ~オを示して、IL-8IL-6の上流にあると考えられる点でIL-17と共通しているTNF-αについては、抗TNF-α抗体ではなくTNF-α自体の投与によって乾癬症状が改善された旨が記載されているから、IL-17についても、実際にIL-17を制御しなければ効果が不明である旨、また甲23には、逆に抗TNF-α抗体をヒトに投与したときに乾癬性関節炎の症状が改善したことが示されているため(記載事項甲23-ア~イ)、上記のTNF-α自体の投与により改善効果が示されたとする、乙21のヌードマウスによる実験が実際の乾癬発症動物や被験体でのサイトカインの役割を正しく反映しているか疑問である旨、主張する。また、甲24及び甲25を示して、抗IL-6レセプターモノクローナル抗体や、抗IL-6モノクローナル抗体を投与しても乾癬症状の改善が観察されなかったから(記載事項甲24-ア~イ、記載事項甲25-ア~イ)、乙21を考慮しても、本件出願時、IL-6の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったと主張する。
 しかしながら、TNF-αとIL-17は異なるサイトカインであり、IL-6IL-8に対する作用や、乾癬症状や当該症状を引き起こす種々の生体機能に対して、両者がまったく同じように作用をすることなどは認められないから、TNF-αに関する知見を、IL-17に対してそのまま適用する請求人の主張には、技術的に無理がある。また、甲24、甲25は、いずれも本件出願後に頒布された文献である上、いずれも、特定の抗IL-6抗体、抗IL-6レセプター抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの証拠のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 請求人は、甲26や甲28を示して、抗IL-8抗体の臨床開発が中止されたことなどから(記載事項甲26-ア、記載事項甲28-ア~イ)、乙20を考慮しても、本件出願時、IL-8の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったとも主張する。
 しかしながら、臨床開発の中止が、必ずしも治療効果がまったくないことを意味するものではないことは当業者によく知られたことであり、実際、甲26では、プラセボによって治療された乾癬患者では3%の者が75%を超える改善を示したのに対し、300mgABX-IL8で治療された乾癬患者では、より多くの割合である6%の者が75%を超える改善を示したことも記載されている(記載事項甲26-イ)。また甲28は、本件出願後に頒布された文献である上、甲26、甲28のいずれも、特定の抗IL-8抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの甲号証のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 要するに、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載から把握できるから、上記の「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」に基づいて、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激するIL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療できることは、本件特許明細書の記載と、本件出願時の技術常識から当業者が理解できたものである。
 
(ウ)対宿主性移植片反応
 対宿主性移植片反応について、ラット腎移植における拒絶反応時においてIL-17の上昇した発現が確認されたこと(記載事項乙3-ア~エ)、及び、マウス移植における拒絶反応が、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体とFcの融合タンパク質(IL-17R/FcsmuIL-17RIL-17RFc)の投与により抑制されたこと(記載事項乙7-ア~イ及び記載事項乙10-ア~ウ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
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■(アイセントレス錠の特許侵害訴訟)薬理データがないため実施可能要件/サポート要件違反で無効と判断された事例


判決紹介
・平成27()23087 特許権侵害差止等請求事件
・平成29126日判決言渡
・東京地方裁判所民事第40 佐藤達文 廣瀬孝 勝又来未子
・原告:塩野義製薬株式会社
・被告:MSD株式会社
・特許5207392
・発明の名称:抗ウイルス剤


コメント
特許5207392の特許権を有する原告(塩野義)が、被告(MSD)の「アイセントレス®400mg(ラルテグラビルカリウム)」が本件特許発明の技術的範囲に属するとして、譲渡等の差止め、廃棄を求めるとともに、損害賠償又は不当利得返還を請求した事案です。

ラルテグラビルカリウムの構造は下記の通りです。

ISENTRESS_20171228.jpg



本件特許の請求項1は下記のとおりです。

「【請求項1】
式(
I):
claim1-1_20171228.jpg 
(式中,
RA
は式:
claim1-2_20171228.jpg 
(式中,Z1及びZ3はそれぞれ独立して単結合又は炭素数16の直鎖状若しくは分枝状のアルキレン;Z2は単結合,-S--SO--NHSO2--O-又は-NHCO-;R1は置換されていてもよいフェニル,置換されていてもよい58員の芳香族複素環式基,置換されていてもよい炭素数36のシクロアルキル又は置換されていてもよいヘテロサイクル(「置換されていてもよい」の各置換基は,それぞれ独立して,アルキル,ハロアルキル,ハロゲンおよびアルコキシから選択される))で示される基;
Y
はヒドロキシ;
Z
は酸素原子;
RC
及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し,該環はベンゼン環との縮合環であってもよい;RC及びRDが形成する環は,式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中,Z1Z2Z3及びR1は前記と同意義である)で示される基で置換されていてもよく;
さらに,RC及びRDが形成する環は,式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中,Z1Z2Z3及びR1は前記と同意義である)で示される基で置換されている以外の位置で,アルキル,アルコキシ,アルコキシアルキル,ヒドロキシアルキル及びアルケニルからなる群から選択される置換基により置換されていてもよい。)
で示される化合物,その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する,インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。」




裁判所は、以下の通り、本件特許発明
は実施可能要件、サポート要件を満たさず、訂正発明も実施可能要件、サポート要件を満たさないと判断し、原告の請求を棄却しました。



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第4 当裁判所の判断
・・・
争点(1)()(実施可能要件違反)について
 
事案に鑑み,争点(1)()について判断する。

(1)
医薬の発明における実施可能要件
 
特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。

 
そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある

(2)
本件の検討
 
本件についてこれをみるに,本件発明1では,式(I)のRA-NHCO-(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ,そのようなRAを有する化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」(本件明細書214頁)のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。

(※BIOPATENTBLOG追記:
C-71_20171228.jpg 

 
したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,以下に判示するとおり,本件出願(平成14年(2002年)88日。なお,特許法412項は同法36条を引用していない。)当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。

(3)
原告の主張に対する判断
   
原告は,本件特許化合物として本件明細書に記載されているのが「化合物C-71」のみであり,その薬理データ等が記載されていないとしても,本件優先日当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌すれば,当業者は,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有すると理解できたと主張する。
ア当業者による理解について
・・・

  本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データについて
次に,原告は,本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの,本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており,特に「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「
化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在することを指摘する

(※BIOPATENTBLOG追記:
C-26_20171228.jpg 

しかし,一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって(甲10,乙171ないし3,乙181ないし3参照),このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。
 
この点,原告は,「化合物C-71」と「化合物C-26」の構造は非常に類似しており,両者の差異は,「化合物C-71」のRAがアミド型置換基であるのに対し,「化合物C-26」のRAが非置換の窒素原子を含む芳香族複素環である点のみである上,「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環(具体的には,134-オキサジアゾール)は,いずれも配位子として機能することが知られ,また,アミドと134-オキサジアゾールは,バイオアイソスターとして相互に置換可能であることも本件優先日当時の技術常識であったのであるから,当業者であれば,「化合物C-71」は「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると理解すると主張する。

しかし,「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ,また,一般的にアミドと134-オキサジアゾールは,バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても,インテグラーゼ阻害剤において,RAのアミドと134-オキサジアゾールが配位子として機能し,それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって,前記のとおり,インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても,特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや,本件出願当時は,末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと,本件特許化合物が有するアミド中の-NH-の部分は,水素結合可能な基であることなどを考慮すると,「化合物C-71」が「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには,「化合物C-71」の薬理データが必要であるというべきである。

  出願審査段階における薬理試験結果について
 
原告は,本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されているとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられていると主張する。
 
しかし,一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28331日判決参照)。
 
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

・・・

争点(1)()(サポート要件違反)について
 
上記2で説示したところに照らせば,本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明1が記載されているとはいえず,本件発明1に係る特許は特許法3661号の規定に違反してされたものというべきである。
 
したがって,本件発明1に係る特許は特許法12314号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。

争点(1)()(本件訂正による無効理由の解消の有無)について
・・・
(3)
これに対し,原告は,本件訂正発明化合物1に必須の化学構造は,本件明細書に薬理データが記載された27個の化合物と極めて類似した構造を有しているから,当業者は本件訂正発明化合物1がインテグラーゼ阻害活性を示すことを容易に理解できるなどと主張する。
しかし,前記2(3)イに説示したとおり,一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって,このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。
 
原告はこの点,原告の上記主張はドラッグデザインに基づくものであるなどとも指摘するところ(甲76参照),確かに,何らかの生物活性を有する複数の化合物が存在する場合,そのような活性を備える化合物における,部分的な保存された構造を見出そうとする手法は,医薬品の開発の方向性を定める一つの手法とはいえるものの,化合物に共通する部分構造以外の構造に,生物活性に必要な構造が存在する可能性もあるし,逆に,生物活性を喪失させるような構造も化合物に存在することがあり得るのであって,生物活性を有すると目される複数の化合物に共通して見られる部分構造がある化合物において単に存在することをもって,直ちに当該化合物も必然的にその生物活性を有するということはできないというべきである。
 
なお,原告は,本件訂正発明化合物1がインテグラーゼ阻害活性を示すとする薬理データ(甲121333)を引用するが,上記2(3)ウに説示したとおり,本件の判断を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

結論
 
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
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■用法用量特許の実施可能要件が明細書に記載のないコンピュータシミュレーションにより認められた審決例

 
<審決紹介>
・無効2016-800071
・審決日:201775
・合議体:審判長 特許庁審判官 福井美穂、審判官 大久保元浩、審判官 關政立
・請求人:セルトリオン・インコーポレイテッド
・参加人:ファイザー・ホールディングズ合同会社
・被請求人:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5818545
・発明の名称:抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ


■コメント
今回紹介するのは、ハーセプチンの用法用量をカバーする特許に対する無効審判です。
争点は、進歩性と実施可能要件です。

本件特許の請求項1は下記の通りです。主な特徴は青色の部分です。

「【請求項1】
iErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。」

※以下、請求項1の投与方法を8/6/3投与と略します。


▼進歩性について
請求人のセルトリオン社は、無効理由を主張するに当たり、甲123を提出しました。
1WO99/31140)には、ハーセプチンを4mg/kg投与後、次週から毎週2mg/kgの条件で投与した結果、治療効果があったことが記載されています。
本件特許が8/6/3投与なのに対し、甲14/2/1投与です。
その他の甲文献に8/6/3投与の直接的な記載はないようです。

一方で、本件特許明細書には8/6/3投与の実験
データの記載はありません。未来形/現在形の記載はあります。4/2/1投与の実験データ(後述の表2及び図3含む)はあります。

これに対して、審判官は以下の判断をしました。

「 甲1-2発明では、MAb4D5-8を、4mg/kgの初期投与量と2mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに1週間の間隔をおいて投与する用法・用量、即ち4/2/1投与計画、が用いられるところ、当該4/2/1投与計画に代えて8/6/3投与計画を用いることについては、甲第1号証中には記載も示唆もされていない。また、抗体の投与量に関し、甲第1号証には、病気の種類及び重症度に応じ約1μg/kgないし15mg/kg(例えば0.1-20mg/kg)の抗体が一又は複数の別個の投与又は連続注入で最初に投与され得ることや、典型的な一日の投与量が約1μg/kgから100mg/kgあるいはそれ以上の範囲であることや、数日間又はそれ以上の繰り返し投与の場合、状態によっては病気の徴候の望ましい抑制が生じるまで処置を維持され得る旨の記載がみられるものの(1f)、かかる記載を含む甲第1号証の全体をみても、甲1-2発明の4/2/1投与計画に代えて、初期投与量/維持投与量/投与間隔の組合せ方において全く異なる8/6/3投与計画を採用することを具体的に想起させる記載を、甲第1号証中に見出すことはできない。

 また、甲第1号証は、甲1-2発明の4/2/1投与計画を現実に長期間、例えば本件特許明細書の実施例2及びその結果を示す図3において示される36週間程度、にわたり採用し実行することで、投与されたMAb4D5-8がヒト患者内で経時的にどのような血中動態変化を示すのか、について、例えば本件特許明細書の表2及び図3で挙げられているような具体的な血中動態プロファイル情報を示すものですらない。

 してみると、そのような現実のMAb4D5-8の経時的血中動態プロファイルデータを有さない、甲第1号証に記載された4/2/1投与計画に係る試験結果のみに基づいて、甲1-2発明のように投与間隔を1週間としなくとも、初期投与量を8mg/kg、維持投与量を6mgとすることで、より少ない投与頻度(投与間隔:3週間)でも、36週間程度の長期の投与期間にわたりMAb4D5-8の有効血中濃度が維持されて治療効果が持続的にもたらされ、かつ重篤な副作用も生じない、ということを推測することは、当業者といえども容易になし得なかったというほかはない。


(ii-2) また、以下のア~オに述べるとおり、甲第2~6号証のいずれを併せ参酌しても、MAb4D5-8を、甲1-2発明の4/2/1投与計画に代えて8/6/3投与計画を用いて投与すること、並びに、そのようにしても、4/2/1投与計画より投与頻度が少ないにもかかわらず投与期間にわたりMAb4D5-8の血中有効濃度が維持されて治療効果が持続的にもたらされ、かつ重篤な副作用は生じないであろう、ということを当業者が推測するに足る根拠となる記載乃至示唆を見出すことはできない。


2等に対する判断や、請求人の主張に対する判断も示されましたが、ここでは省略します。
結果、進歩性はあると判断されました


▼実施可能要件について
請求人のセルトリオン社は、8/6/3投与の薬理試験結果が明細書に記載されていないことに基づいて、実施可能要件違反の無効理由を主張しました。

これに対して、被請求人のジェネンテック社は、優先日前に決定されたハーセプチンの半減期が不正確であったこと、4/2/1投与の実験データ(表2及び図3)をもとにシミュレーションを行うことで8/6/3投与でも治療結果(目標トラフ濃度の維持)が得られることは当業者は理解できること、について反論しました。

請求人の主張に対して、審判官は以下の判断をしました。

「(i)主張1)、2)は、要するに、以下の<1>、<2:
1>特許明細書等には、8/6/3投与計画を実際に行った薬理試験結果が記載されていない[11-3)~1-4];
2>本件特許特許出願の前後にわたり、MAb4D5-8の半減期は5.8日~約1週間程度と考えられており(甲第14号証によれば、特許明細書等の図3と同じデータに基づいてでさえ6.0日程度とみられていた)、このような短い半減期と認識されていたMAb4D5-88/6/3投与計画という3週間の投与期間を採用した場合には(その半減期の短さ故に)治療期間にわたり目標トラフ濃度を維持し得るとは考えられなかった[11-1)~1-2)、22-1)~2-4];
という点に基づくものと解される。
 
ii)しかしながら、上の4-2-1.4-2-2.で既に検討したとおり、8/6/3投与計画を実際に行った薬理試験結果がなくとも、表2及び図3のデータに基づいて、MAb4D5-82-コンパートメントモデルにフィットする血中動態を示すこと、及び、そのことに基づいて8/6/3投与計画を実行した場合のMAb4D5-8の経時血中動態のシミュレーションを行うことで、治療期間にわたり目標トラフ濃度が維持できることは、当業者であれば理解し得たといえる。
 よって、8/6/3投与計画を実行した現実の薬理試験結果の提供がないからといって、本件発明について特許明細書の発明の詳細な説明がいわゆる実施可能要件を満たしていない、ということにはならないから、上の<1>に基づく請求人の主張はいずれも採用できない。
 
 また、請求人が引用する甲第2号証や甲第10111316号証における、半減期が1週間程度である旨の見解は、いずれも、治療期間が8週間程度の短期間に限った場合、或いは、MAb4D5-8の血中動態が1-コンパートメントモデルに従うものであることを前提とした推測の域を出るものではない。例えば、甲第15号証では、8週以降の32週までにわたるようなより長期の治療期間においてはもっと長時間の半減期が考えられ、この点1-コンパートメントモデルを前提とした場合には説明できないことも併せて示唆されているのである。
 これらの記載を併せみれば、本件特許出願の出願日までにおいて、MAb4D5-8の半減期が1週間程度であることは、被請求人を含め、当業者にとり技術常識として定着していたとはいえず、むしろ、被請求人が述べるとおり、本件特許出願時においては、MAb4D5-8のような抗体の「in vivo特性に関する知識は、特にその薬物動態及び薬力学特性に関して、時間の経過により変化し」、また、「抗ErbB2抗体huMab4D5-8の薬物動態を予測するための技術知識は十分でなかった」(答弁書第7/42頁第56行、910行)、とみるのが相当である。
 そして、この認識は、MAb4D5-8の薬物動態の詳細な解析のため、表2のピーク/トラフ血清濃度の経時変化データ、及び図336週という比較的長期の治療期間にわたるトラフ血清濃度の経時変化データをあわせ、周知の薬物動態モデル(1-コンパートメントモデル/2-コンパートメントモデル)へのフィッティング解析にかけたところ、MAb4D5-8の血中動態は1-コンパートメントモデルでなくむしろ2-コンパートメントモデルに良くフィットし、かかるフィッティング解析結果に基づいたシミュレーションを行えば、8/6/3投与計画を実行した場合でも上記長期の治療期間にわたり目標トラフ血清濃度は十分に維持されると推測できることが見い出された、という、上述の乙第9号証等に基づく被請求人の見解、並びにそれらを踏まえた上の4-2-1.4-2-2.の検討結果とも、何ら矛盾するものではない。
 したがって、上記<2>の点を踏まえた請求人の主張もまた、本件特許出願時の技術背景等を適切に把握した上でのものとはいえず、いずれも採用できない。」


ということで、実施可能要件を満たしていると判断されました

実験データが無くてもシミュレーションで推測
できればOKっていうのはすごい判断だなという印象です。しかも、明細書にシミュレーションで推測できるっていう記載はないようです。はたして知財高裁はこの判断を支持するのでしょうか。

・・・あとは、甲1等の実験データをもとにいろんな条件でシミュレーションして、8/6/3投与による治療効果が予測されるっていう結果を導いて進歩性を否定するっていうのはどうかなって思ったり。




■併用投与の薬理データがないために実施可能要件が認められなかった事例


<判決紹介>
・平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件
・平成271013日判決言渡、知的財産高等裁判所第2
・原告: キメリクス,インコーポレイテッド
・被告: 特許庁長官


コメント
特願2008-505632に対する拒絶審決の取消訴訟。
争点は、医薬用途発明の実施可能要件・サポート要件を満たすかどうか。

本願請求項1は、以下の通りで、「ウイルス感染を治療するための医薬組成物」に関し、「HDP-CDV(抗ウィルス剤)」と「免疫抑制剤」を含有することに特徴がある。

【請求項1
 薬理学的に有効な量の下記の構造を有する化合物または医薬上許容可能されるその塩(裁判所注: 以下,下線部分を「HDP-CDV又はその塩」ともいう。)と,少なくとも1つの免疫抑制剤とを含む,ウイルス感染を治療するための医薬組成物であって,前記ウイルス感染は,アデノウイルス,オルソポックスウイルス,HIVB型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルス1型,単純ヘルペスウイルス2型又はパピローマウイルス感染である,医薬組成物。
20151024_blog.jpg


一方で、本願明細書には、「HDP-CDV」と「免疫抑制剤」の併用が、「HDP-CDV」単独に比べて治療効果を向上させることを示す実験データが記載されていなかった(in vivoin vitroともに)。

裁判所は、以下の通り、実施可能要件を満たさないと判断した。 拒絶審決維持。 ☆


したがって,本願出願日当時において,免疫抑制剤を投与すると,免疫を抑制してしまうために,サイトメガロウイルスなどのウイルス感染症が起こりやすくなることは技術常識であったと認められる。
そうすると,本願出願日当時において,ウイルス感染症を発症している患者に,免疫抑制剤を投与すると,患者に備わっている免疫が抑制され,ウイルス感染症が悪化する懸念を抱くことは,当業者にとって極めて自然なことであった。

以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明において,上記のような技術常識の存在にもかかわらず,本願発明が医薬としての有用性を有すること,すなわち,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されるだけでなく,HDP-CDVを単独で用いた場合に比べて,ウイルス感染の治療効果が向上することを,当業者が理解できるように記載する必要があるというべきである。

(3)
そこで,本願明細書の発明の詳細な説明におけるHDP-CDV並びにエンハンサー及び免疫抑制剤に関する記載について検討すると,以下のとおりである。前記1(1)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,脂質含有プロドラッグとして,HDP-CDVが使用できること(【0029】,【0034】),及び,エンハンサーとして,シトクロムP4503A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質,あるいは,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤が使用できること(【0016】~【0018】,【0062】,【0066】,【0075】)が記載されている。また,シトクロムP4503A酵素の基質として免疫抑制剤(シクロスポリン,FK-506,ラパマイシン)が,また,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤としてシクロスポリンが例示され(【0010】,【0067】,【0068】の表1,【0070】),エンハンサーとして適切な化合物を選択するために,酵素阻害を測定するなどの試験を行うことができることが記載されている(【0061】,【0077】)。このように,脂質含有プロドラッグは,シトクロムP4503A酵素の阻害剤又は基質,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤をエンハンサーとして併用すると生物学的利用能が向上すること,シクロスポリンを含む免役抑制剤の一部がシトクロムP4503A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質となり,また,シクロスポリンがP糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤となることが記載されており,脂質含有プロドラッグとエンハンサーの組合せとして,本願発明のようにHDP-CDVと免疫抑制剤との組合せを選択した場合にも,免疫抑制剤は,HDP-CDVの生物学的利用能を向上させる役割を果たすことについて一応の示唆がある。

しかし,本願明細書の発明の詳細な説明には,【0136】以下において,実施例112が示されているところ,HDP-CDVあるいはその上位概念である抗ウイルス化合物と,特定の「免疫抑制剤」を併用した事例についての記載は,生体内(インビボ)における実験だけでなく,生体外(インビトロ)における実験についても一切記載されていない。

前記のとおり,表1において,エンハンサーとして使用できる薬物として,抗不整脈や抗鬱薬などの種々の薬物と並んで免疫抑制剤が記載されているのみであって,免疫抑制剤によりHDP-CDVの生物学的利用能がどの程度向上するのかは具体的に確認されておらず,また,免疫抑制剤にはウイルス感染症を悪化させるという技術常識があることを念頭においた説明(例えば,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じない程度のエンハンサーとしての免疫抑制剤の用量など。)もないから,HDP-CDVと免疫抑制剤を投与すると,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じてエンハンサーとしての作用を減殺してしまい,HDP-CDV自体が有するウイルス感染治療作用を損なうという疑念が生じるものといわざるを得ない。

そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,ウイルス感染症を発症している患者に対してHDP-CDVと共に免疫抑制剤を投与すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されることを当業者が理解することが可能であったとしても,上記の技術常識に照らすと,それと同時に,免疫抑制剤の利用により免疫が抑制されて感染症が悪化することが懸念されることから,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用した場合には,HDP-CDVを単独で用いる場合に比べてウイルス感染の治療効果が向上するか否かは不明であるというほかなく,当業者が本願発明に医薬としての有用性があることを合理的に理解することは困難である。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願出願日当時の技術常識に照らして,当業者が,本願発明の医薬としての有用性があることを理解できるように記載されていないから,実施可能要件を充足するということはできない。・・・。

3
小括 以上によれば,本願発明が,実施可能要件を欠くとした審決の判断には誤りがないから,その余の審決の当否を判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。


なお、以下の通り、出願日後文献は参酌されなかった。

エ 原告は,特許庁による審査基準によれば,明細書の開示から認識できる範囲であれば,出願後の薬理試験データの参酌は許容されるものであるところ,HDP-CDVと免疫抑制剤とを併用して十分なウイルス感染治療効果が得られることは,本願明細書の記載から理解できるから,参考資料3及び4(甲910)は実施可能要件(及びサポート要件)を補完するものとしても許容されるべきであり,これを参酌しなかった審決の判断は誤りである旨を主張する。
しかし,当業者が,発明の詳細な説明の記載から,HDP単独の投与に対して,HDP-CDVと免疫抑制剤とを併用した場合に十分なウイルス感染治療効果が得られることを理解できないことは,上記のとおりであるから,原告の主張はその前提において誤りがある。したがって,原告の上記主張は採用できない。


■クレームに併用が記載された特許出願の実施可能要件において、併用効果を示す実施例がなくても、併用効果以外の技術上の意義が考慮された事例


<判決紹介>
平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件


■コメント
特願2006-536494に対する拒絶審決の取消訴訟。
争点は、本願が実施可能要件を満たしているかどうか。 医薬用途クレームとそれに必要な薬理データを検討する際に参考になる事例。

本願請求項1は以下の通り。

「【請求項1
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。」

特許庁は、

「そして,<試験1>は,あくまで活性発泡体を単独で使用する場合についてのものであり,その試験結果をもって,薬剤を併用する場合の効果を示したものとはいえないし,invitro試験である<試験3>の結果が,「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」場合の効果を予測させるに十分であるとする技術的根拠が見当たらない以上,<試験1>で示された効果を考慮しても,本願発明に係る併用効果が示されたとはいえない。」

「審決は,以上を前提に,酪酸ナトリウムの癌細胞増殖抑制効果というただ一例の結果のみの記載に基づいて,本願明細書に,活性発泡体が薬剤全般に対する増強作用を有することが示されているとはいえないとしたのであり,このような審決の判断に誤りはない。」

などの主張をしたが、裁判所は、

「本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。
そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。」

「しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。」

と判断した。 拒絶審決取消。 ☆☆


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■判決概要
・平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件
・平成2785日判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・原告: X1X2
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2006-536494
・請求項1:
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用 いることを特徴とする活性発泡体。


主文
1
特許庁が不服2011-20954号事件について平成26922日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。
・・・。

5 当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,本願発明に係る活性発泡体の薬剤との併用効果について,当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号の要件を満たしていないと判断した点に誤りがあり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。
・・・。

2
本願明細書が実施可能要件を充足しているか否か
(1)
実施可能要件の内容特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法3641号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことにあると解される。

そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法231号),同法3641号の「その実施をすることができる」とは,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることであり,物の発明については,明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

さらに,ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである
これを本願発明についてみると,本願発明は,前記第22に記載のとおりの活性発泡体であるから,本願発明は物の発明であり,本願発明が実施可能であるというためには,本願明細書及び図面の記載並びに本願出願当時の技術常識に基づき,当業者が,本願発明に係る活性発泡体を作ることができ,かつ,当該活性発泡体を使用できる必要があるとともに,それで足りるというべきである。
・・・。

(3)
活性発泡体を使用できるかについて
・・・。

イ そして,本願明細書では,<試験1>として,被験者1名が活性発泡体を敷いた椅子の上に30分間静止状態で座った後の血流量,血液量,血流速度及び体圧を,活性発泡体を敷いていない椅子の上に30分間静止状態で座った後のそれらと比較した結果を踏まえ,「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がることが分かる。」と結論付けている([0035]ないし[0040])。

しかしながら,この試験は,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」態様で行われた試験ではあるものの,この試験において用いられた活性発泡体がどのようなものであるのか(特に,ジルコニウム化合物及びゲルマニウム化合物のどちらを,あるいはその両方を,どの程度含有するのか)については,本願明細書に記載がなく定かではない。また,本願出願当時の当業者の技術常識に照らしても,被験者は50代の女性1名のみであるから,その試験結果を人体一般に妥当する客観的なものとして評価することが可能であるともいい難いし,試験条件の詳細も明らかではないから,この試験における血流量や体圧の計測結果から導かれるとされる「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がる」との効果が,活性発泡体を使用したことによるものであるのか,それ以外の要因に基づくものであるのかどうかについても,直ちに検証することはできない。

そうすると,<試験1>の結果のみから,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,人体の血行を促進することが期待できるという技術上の意義があるというのには疑問がある。とはいえ,例えば,<試験1>に係る諸条件の説明や,他の試験結果の存否及びその内容次第では,本願発明に係る活性発泡体の使用に,かかる技術上の意義があることが裏付けられたということのできる余地もあるというべきである。

(4)
審決の判断について
以上を踏まえて,審決の判断の適否を検討する。審決は,活性発泡体の薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けている。

しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その 文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。
よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。


3
被告の主張について
(1)
被告は,本願明細書に,当業者が本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」ように記載されているというためには,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果が当業者が具体的に理解し認識できるように記載されていること,すなわち,併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があると主張する(前記第41)。

しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではないのは前記2(4)のとおりである。よって,実施可能要件を満たすか否かを判断するに際し,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があるということはできない。

(2)
被告は,本願発明に係る活性発泡体が,どのような作用・機能に基づいて生体内で酪酸ナトリウムの有する前立腺癌細胞の増殖抑制効果を増強するのかが,本願明細書の記載からは明らかとはいえない旨の審決の判断に,誤りはないと主張する(前記第42)。また,被告は,薬剤には様々なものが存在するから,本願明細書に活性発泡体の血行促進作用,代謝促進作用及び癌細胞弱体化作用が記載されていたとしても,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強するということはできないと主張する(前記第44)。

しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。

・・・。
4
結論
以上によれば,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。



■薬理データといえるか: hVEGF拮抗剤、平成23年(行ケ)第10179号審決取消請求事件


<判決紹介>

平成24628日判決言渡 知的財産高等裁判所
原告: ジェネンテック,インコーポレイテッド
被告: 特許庁長官
本願: 平成8年特許願第529682
請求項1: 加齢性黄斑変性の治療のための医薬の調製におけるhVEGF(ヒト血管内皮増殖因子)拮抗剤の使用。

コメント: ルセンティス(ラニビズマブ)をカバーする、アミノ酸配列限定のない広めの特許出願。 本願実施例に記載されている内容が、治療作用を裏付ける薬理データと同視できる程度の内容といえるかどうか、が争点となった。 裁判所の判断はNO → 実施可能要件及びサポート要件違反。 拒絶審決維持。 ☆☆

なお、本願の審査段階の拒絶理由通知で引用された引用文献1及び2はけっこう強力。原告は意見書において「…新生血管形成の発達に有意に影響するたった一つの因子がどれであるかは当業者であっても理解しかねる技術常識でありました。」という点を説明したが、進歩性と記載要件がトレードオフの関係になっている。

--------------------------------------------
原告: 「血管内皮細胞の移動(遊走)はhVEGFによる走行性活性,血管内皮細胞の増殖はhVEGFによるマイトジェン活性(細胞増殖活性),血管内皮細胞による血管新生はhVEGFによる血管新生活性にそれぞれよるものであるから,hVEGFによる走行性活性,マイトジェン活性,及び/または血管新生活性をhVEGF拮抗剤で阻害すれば,内皮細胞による脈絡膜新血管新生が阻害され,加齢性黄斑変性を治療できることは,本願明細書の上記記載から当業者には十分に理解できる。
…治療作用を裏付ける薬理データと同視できる程度の記載としては,hVEGF拮抗剤がhVEGFによる走行性活性,マイトジェン活性,及び/または血管新生活性を阻害できたという実験データで十分である。」

被告: 「血管内皮細胞の増殖や血管新生に関する試験結果から,機能や効果について評価するに当たっては,以下の点を考慮すべきである。すなわち,
①ある血管内皮細胞における機能や作用に関する結果が,由来を異にする血管内皮細胞においても同様のものとなるとは必ずしもいえないこと,
in vivo の方法は生体内での出来事に近い現象がみられるという利点がある一方,血管内皮細胞以外の細胞の影響を考慮しなければならないこと,
③血管新生に関与する細胞増殖因子としては複数のものがあるとともに,その中には,in vitroin vivo とで血管新生に関して反対の作用を示すものがあるため,血管新生に関与する細胞増殖因子であれば脈絡膜における血管新生が促進されるわけではないことを考慮すべきである。
以下,このような観点を踏まえて反論する。」

裁判所: 「上記の記載に照らすならば,脈絡膜での血管新生がVEGFにより促進されるとの事項は,本願の優先権主張日当時に知られていたとはいえず,また,同事項が技術常識として確立していたともいえない。すなわち,甲9では,VEGFが血管新生を促進する因子であることは示されているものの,血管新生にVEGFのみが関与している点は明らかでなく,結局,どの増殖因子が原因であるかは不明であることから,甲9から,hVEGF拮抗剤でVEGFの作用を抑制しさえすれば,脈絡膜における血管新生が抑制できることを合理的に理解することはできない。
…本願明細書には,脈絡膜の血管新生によって特徴付けられる加齢性黄斑変性の重篤性の緩和においてVEGF拮抗剤が特に有用であると思われるとの記載がある。しかし,同記載は,本件特許の出願時に知られていた血管新生を促進する3種の因子の1つであるVEGFの拮抗剤を,加齢性黄斑変性の治療に利用する可能性があるということを超えては,意味を有しない。前記のとおり,本願明細書の記載及び本願の優先権主張日当時の技術常識を総合しても,脈絡膜における血管新生にVEGFが関与していることが何らの説明もされていない以上,同記載部分をもって,VEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性の治療に有効であり,当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載であると解することはできない。
…したがって,「発明の詳細な説明」において,本願明細書の記載及び本願の優先権主張日当時の技術常識を総合することにより,hVEGF拮抗剤が,VEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性の治療に有効であり,当業者が実施できる程度に明確かつ十分な情報が記載されたものと解することはできない。
…したがって,本願明細書に,hVEGF拮抗剤がhVEGFによる走行性活性,増殖活性,及び/または血管新生活性を阻害できたとことに関する実施例が記載されていても,同実施例から,hVEGF拮抗剤の加齢性黄斑変性に対する治療作用が裏付けられたとはいえず,原告の主張は採用できない。」
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■ヒドロキシラジカル消去剤 平成21年(行ケ)第10134号審決取消請求事件


コメント:  医薬発明において実施例にin vivoの薬理データがなくてもOKだった例。 ☆☆☆

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徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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