■2015-08-

■クレームに併用が記載された特許出願の実施可能要件において、併用効果を示す実施例がなくても、併用効果以外の技術上の意義が考慮された事例


<判決紹介>
平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件


■コメント
特願2006-536494に対する拒絶審決の取消訴訟。
争点は、本願が実施可能要件を満たしているかどうか。 医薬用途クレームとそれに必要な薬理データを検討する際に参考になる事例。

本願請求項1は以下の通り。

「【請求項1
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。」

特許庁は、

「そして,<試験1>は,あくまで活性発泡体を単独で使用する場合についてのものであり,その試験結果をもって,薬剤を併用する場合の効果を示したものとはいえないし,invitro試験である<試験3>の結果が,「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」場合の効果を予測させるに十分であるとする技術的根拠が見当たらない以上,<試験1>で示された効果を考慮しても,本願発明に係る併用効果が示されたとはいえない。」

「審決は,以上を前提に,酪酸ナトリウムの癌細胞増殖抑制効果というただ一例の結果のみの記載に基づいて,本願明細書に,活性発泡体が薬剤全般に対する増強作用を有することが示されているとはいえないとしたのであり,このような審決の判断に誤りはない。」

などの主張をしたが、裁判所は、

「本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。
そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。」

「しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。」

と判断した。 拒絶審決取消。 ☆☆


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■判決概要
・平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件
・平成2785日判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・原告: X1X2
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2006-536494
・請求項1:
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用 いることを特徴とする活性発泡体。


主文
1
特許庁が不服2011-20954号事件について平成26922日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。
・・・。

5 当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,本願発明に係る活性発泡体の薬剤との併用効果について,当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号の要件を満たしていないと判断した点に誤りがあり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。
・・・。

2
本願明細書が実施可能要件を充足しているか否か
(1)
実施可能要件の内容特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法3641号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことにあると解される。

そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法231号),同法3641号の「その実施をすることができる」とは,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることであり,物の発明については,明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

さらに,ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである
これを本願発明についてみると,本願発明は,前記第22に記載のとおりの活性発泡体であるから,本願発明は物の発明であり,本願発明が実施可能であるというためには,本願明細書及び図面の記載並びに本願出願当時の技術常識に基づき,当業者が,本願発明に係る活性発泡体を作ることができ,かつ,当該活性発泡体を使用できる必要があるとともに,それで足りるというべきである。
・・・。

(3)
活性発泡体を使用できるかについて
・・・。

イ そして,本願明細書では,<試験1>として,被験者1名が活性発泡体を敷いた椅子の上に30分間静止状態で座った後の血流量,血液量,血流速度及び体圧を,活性発泡体を敷いていない椅子の上に30分間静止状態で座った後のそれらと比較した結果を踏まえ,「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がることが分かる。」と結論付けている([0035]ないし[0040])。

しかしながら,この試験は,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」態様で行われた試験ではあるものの,この試験において用いられた活性発泡体がどのようなものであるのか(特に,ジルコニウム化合物及びゲルマニウム化合物のどちらを,あるいはその両方を,どの程度含有するのか)については,本願明細書に記載がなく定かではない。また,本願出願当時の当業者の技術常識に照らしても,被験者は50代の女性1名のみであるから,その試験結果を人体一般に妥当する客観的なものとして評価することが可能であるともいい難いし,試験条件の詳細も明らかではないから,この試験における血流量や体圧の計測結果から導かれるとされる「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がる」との効果が,活性発泡体を使用したことによるものであるのか,それ以外の要因に基づくものであるのかどうかについても,直ちに検証することはできない。

そうすると,<試験1>の結果のみから,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,人体の血行を促進することが期待できるという技術上の意義があるというのには疑問がある。とはいえ,例えば,<試験1>に係る諸条件の説明や,他の試験結果の存否及びその内容次第では,本願発明に係る活性発泡体の使用に,かかる技術上の意義があることが裏付けられたということのできる余地もあるというべきである。

(4)
審決の判断について
以上を踏まえて,審決の判断の適否を検討する。審決は,活性発泡体の薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けている。

しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その 文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。
よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。


3
被告の主張について
(1)
被告は,本願明細書に,当業者が本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」ように記載されているというためには,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果が当業者が具体的に理解し認識できるように記載されていること,すなわち,併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があると主張する(前記第41)。

しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではないのは前記2(4)のとおりである。よって,実施可能要件を満たすか否かを判断するに際し,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があるということはできない。

(2)
被告は,本願発明に係る活性発泡体が,どのような作用・機能に基づいて生体内で酪酸ナトリウムの有する前立腺癌細胞の増殖抑制効果を増強するのかが,本願明細書の記載からは明らかとはいえない旨の審決の判断に,誤りはないと主張する(前記第42)。また,被告は,薬剤には様々なものが存在するから,本願明細書に活性発泡体の血行促進作用,代謝促進作用及び癌細胞弱体化作用が記載されていたとしても,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強するということはできないと主張する(前記第44)。

しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。

・・・。
4
結論
以上によれば,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。



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■引例に医薬用途の1行記載と、関連性のある医薬用途の実施例が記載されていた事例


<判決紹介>
平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件


■コメント
特願2005-191506に対する拒絶審決の取消訴訟。
本願の医薬用途は「うつ症状」の改善である。

引例12には「うつ病」の改善を示唆する1行記載がある。
また、引例12実施例には、「精神分裂病」、「記憶・学習能力の低下」の改善結果がそれぞれ記載されていた。

特許庁は「実質的な相違点でない」(引例1)、「うつ病の改善効果が推認できる」(引例2)などの主張をしたが、裁判所は、特許庁の相違点の判断、容易性の判断に誤りがあると判断した。 拒絶審決取消。 ☆☆☆


------------------------------------------------------------------------
■抜粋
・平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件
・平成27820日判決言渡、知的財産高等裁判所第4
・原告: サントリーホールディングス株式会社
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2005-191506
・請求項4:
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。


・概要
主文
1
特許庁が不服2012-6456号事件について平成2669日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
1 請求
主文1項と同旨

2 事案の概要
・・・。
3
本件審決の理由の要旨
ア 引用発明1
 任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害の治療のための,エイコサペンタエン酸(以下「EPA」ということがある。)または任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(以下「AA」ということがある。)または任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製され,前記EPAおよびAAが生物学的に同化可能である形態であり,最終投与形態中に混入される前に各々が少なくとも90%の純度である薬学的配合物。

イ 本願補正発明と引用発明1との一致点
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸である誘導体を含んで成る,精神医学的疾患の症状の改善のための医薬組成物ウ本願補正発明と引用発明1との相違点

(
) 相違点A
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸である「誘導体」について,本願補正発明では,「トリグリセリド」と特定しているのに対し,引用発明1では「任意の適切な誘導体」とされている点

(
) 相違点B
 引用発明1では,「エイコサペンタエン酸(EPA)または任意の適切な誘導体」を組み合わせることが特定されているのに対し,本願補正発明ではそのような特定はされていない点

(
) 相違点C
 「精神医学的疾患の症状」について,本願補正発明では,「うつ症状」と特定しているのに対し,引用発明1では「うつ症状」とは表現されていない点

・・・。

3 当事者の主張
・・・。
〔被告の主張〕
・・・。
(2)
相違点Cに関する判断について
 前記のとおり,本件審決が認定した引用発明1は,前記第23(2)アのとおりであって,引用発明1が,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体と組み合わせることなく,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体から調製された薬学的配合物であるとの認定はしていないし,引用発明1におけるアラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体が活性成分であることは,引用例1には十分記載されており,EPAAAのレベルを高めるものであることも記載されている。そして,引用例1の記載,特に【請求項1】及び【請求項12】から,引用発明1は「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害の治療のため」のものと認定でき,引用例1の記載,特に【0024】~【0034】から,引用発明1には精神分裂病の治療に対する有効性もあることが認定できるところ,引用発明1により精神分裂病(統合失調症に同義)やうつ病の治療が奏功すれば,当然,それらを原因とするうつ症状は改善されると解される。
 したがって,相違点Cは,形式上の相違点となるものの,実質的な相違点でないとした本件審決の判断に誤りはない。


4 当裁判所の判断
1
本願補正発明について
・・・。
2
取消事由1(本願補正発明についての引用発明1に基づく進歩性判断の誤 り)について
(1)
引用例1の記載
・・・。

(2)
引用例1に記載された発明の認定
・・・。

イ 治療可能な疾患又は症状について
(
) 引用例1の実施例においては,以下の①ないし③の事項が具体的に確認されている。
 ① 抗精神分裂病薬クロザピンを摂取中である精神分裂病患者31名に対して,エチル-EPA(エイコサペンタエン酸エチルエステル)を2g/日,12週間(3ヶ月間)投与すると,精神分裂病に関する陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値(以下「PANSSスコア」ということがある。)のベースラインからの改善パーセンテージが26.0%であり,精神分裂病の既存の薬剤により生成されるこの評価尺度での通常の1520%の改善と比較して大きい効果を生じ(【0024】~【0026】),PANSSスコアの低下は精神分裂症状(精神分裂病の症状)の改善と強く関連すること(【0031】)。
 ② 5名の精神分裂病患者にAA(アラキドン酸)それ自体を投与したパイロットスタディでは,症状が悪化したこと(【0033】)。
 ③ 3ヶ月間2g/日のEPAを既に摂取中であった患者2名に1g/日の用量でAAを投与したところ,AAが単独で投与された場合に認められるいかなる悪化も伴わずに,実質的なさらなる改善を経験したこと(【0034】)。
 上記①ないし③によれば,エチル-EPAと同時にAAを摂取すると,PANSSスコアのベースラインからの改善パーセンテージが,エチル-EPA単独の場合の26.0%よりもさらに改善され,精神分裂病の既存の薬剤(1520%)に比べ,精神分裂病の症状が大きく改善されたことが記載されていることから,精神分裂病の治療のためには,エチル-EPAAAを併用することが適切であることが認識できる。

(
) 一方,引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
 しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。

 また,引用例1の【0036】には,「文献の再検討により,ここに記載された現象が,精神分裂病について真実だけでなく,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害についても言えることが示唆される。」との記載があるものの,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害に,うつ病や双極性障害,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患・障害が含まれるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。

ウ そうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
 したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。

・・・。

(3)
本願補正発明と引用発明1’との対比
・・・。
(
) 相違点C’
 医薬組成物が,本願補正発明はうつ症状の改善のためのものであるのに対し,引用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点

・・・。

ウ 相違点C’について
 一般に,統合失調症の主な症状として,幻覚・妄想・思考障害などの陽性症状と,感情平坦化・会話困難・意欲減退などの陰性症状があり,このうち陰性症状には,うつ症状と似た症状があるが,これらのどのような症状が主症状となるかは,患者の状態によって様々であることが知られている(加藤正明ほか編「新版精神医学事典」(平成23年,弘文堂)56頁,加島敏ほか編「現代精神医学事典」(平成5年,弘文堂)79755頁参照)。
・・・。

 しかるに,前記(2)()のとおり,引用例1の実施例において,患者2名の陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値が改善したとの記載からだけでは,PANSSの評価尺度のうち,陽性症状尺度,陰性症状尺度及び総合精神病理評価尺度の中のどの項目において改善が認められたのかが不明であるから,統合失調症の陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善したかどうかを確認することはできない。
 そうすると,引用例1には,構成脂肪酸がEPA又は任意の適切な誘導体を,AA又は任意の適切な誘導体と組み合わせることにより調製された医薬組成物を投与することによって,統合失調症における陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善することについては,記載も示唆もないというほかない。

 そうすると,引用発明1’には,うつ症状が改善されることについての記載も示唆もないから,本願補正発明と引用発明1’との相違点C’は,実質的な相違点というべきであり,この相違点C’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であると認めるに足りない。
 したがって,本件審決は,相違点についての判断を誤るものである。

 (5) 小括
 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がある。


3
取消事由2(本願補正発明について引用発明2に基づく進歩性判断の誤り)について
(1)
引用例2の記載

・・・。

(3)
本願補正発明と引用発明2’との対比
 そうすると,本願補正発明と引用発明2’との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 一致点
 構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る医薬組成物。
イ 相違点
 本願補正発明は,「うつ症状の改善のため」のものであるのに対し,引用発明2’は,「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点(以下「相違点α’」という。)。

(4)
相違点α’に係る容易想到性について
 確かに,引用例2の【請求項1】~【請求項16】,【0012】,【0017】には,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」の予防又は改善を行うことが記載され,当該症状あるいは疾患として,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下,感情障害(たとえば,うつ病),知的障害(たとえば,痴呆,具体的にアルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆)」等が記載されている。
 しかし,前記(2)ウのとおり,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識できないというべきである。そして,前記(2)()のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないことからすれば,引用例2に接した当業者が,引用例2に記載された「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」に含まれる多数の症状・疾患の中から,特に「うつ病」を選択して,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,うつ病の症状である「うつ症状」が改善されるかを確認しようとする動機付けがあるということはできない。
 そうすると,引用例2に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であるということはできず,本件審決のこの点に関する判断には誤りがあるというべきである。

(5)
被告の主張について
ア 被告は,引用例2においては,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」や「うつ病」はいずれも「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」として記載されており,これは,本願出願時の当業界における認識とも一致するから(乙13),引用例2の記載に接した当業者が,脳機能の低下に起因する症状の改善のための医薬組成物である引用発明2を,脳機能の低下に起因する「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」に効果を奏するならば,同じく脳機能の低下に起因する「うつ病」にも効果を奏するものとして把握する旨主張する。
 しかし,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下」及び「うつ病」が,いずれも「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」であるとしても,そのことから直ちに,前者の症状の改善のための医薬組成物が,後者に対しても効果を奏することになるものではない。むしろ,前記(4)のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないから,引用例2記載の医薬組成物を投与することにより記憶・学習能力の低下が改善された実施例と同様の改善効果が期待できるものとして,引用例2において「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」として例示された症状・疾患の中から,あえて「うつ病」を選択する動機付けがあるということはできない。
 したがって,引用発明2’に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが,当業者にとって容易であったということはできないから,被告の上記主張は採用することができない。

・・・。
 したがって,乙4及び5を斟酌しても,引用例2のモリス型水迷路試験の結果から,うつ病が改善されることを当業者が予測できるとはいえず,被告の上記主張は採用することができない。

(6)
小括
 以上のとおりであるから,原告主張に係る取消事由2は理由がある。

4
結論
 以上によれば,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから,本件審決は取消しを免れない。
 よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。


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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

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