■2018-09-

■(炭酸ランタン4水和物特許の審決取消訴訟)審決と判決で技術常識又は周知技術の認定が異なった結果、動機づけありと判断された事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10171 審決取消請求事件
・平成30919日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 山門優 筈井卓矢
・原告:沢井製薬株式会社
・被告:シャイア インターナショナル ライセンシング ベー.ブイ.
・特許3224544
・発明の名称:選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物


■コメント
ジェネリック vs 新薬の審決取消訴訟を紹介します。
沢井製薬が請求した無効審判において、201787日に維持審決が出ていました。
今回裁判所は、進歩性に関する審決の判断に誤りがあるとし、審決を取り消しました。


先発品はホスレノール チュアブル錠、顆粒分包、OD錠(炭酸ランタン水和物)です。

本件特許の請求項1は以下の通りです。

「【請求項1
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La
COxHO
{式中,xは,36の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。」


先発品の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。

一方で、2018615日に沢井製薬の後発品「炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」、500mg「サワイ」」が薬価収載され、発売されています。
沢井製薬の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。
先発品と同じです。水和水の数は本件特許の36に含まれています。

沢井製薬は無効審判で特許が維持されている状況で後発品を発売したことになります。

なお、東和薬品、陽進堂、扶桑薬品も同日に後発品を発売したようです。但し、この3社の製品は「x = 8」のため、本件特許の技術的範囲に含まれません。
東和薬品は「x = 8」に関連する特許6225270を持ってたりします。この特許には異議申立がされていて、「90%積算径(D90)70μm以下」という限定部分に進歩性があると判断され、2018年87日に維持が確定しました。


さて、本件訴訟に戻ります。
本件特許発明と甲1発明との一致点・相違点は、以下の通りです。

「イ  本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1
本件発明1では,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンについて,x36の値を持つことが特定されているのに対し,甲1発明ではx1である点。
(相違点2
本件発明1では,炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し,甲1発明では,希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。」


1に「x = 1」が記載されており、それを「x = 36」とすることが容易に想到できるかが争点になっています。
審決によると、審判段階で原告は、9基づいて、水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機付けがあることを主張していました。以下にその抜粋を記載します。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 証拠の記載事項
・・・
9)甲第9号証
(記載事項 甲9-1
「結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には、その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として扱われる場合が多い。また、水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合、通常の場合と同様、その物理化学特性の違いを的確に把握しておく必要があるが、それに加えて吸湿、脱水といった現象、およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄41行~右欄7行)
・・・

15)甲第15号証
(記載事項 甲15-1
「たんさんランタン 炭酸-(中略)
 製法 ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え、生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ、室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)
・・・

3
 無効理由3(進歩性)について
 
1)請求人が主張する無効理由3(進歩性)の論旨は、概略、以下のア~スのとおりである。
・・・
ウ 炭酸ランタン水和物には結晶水が含まれる一方(記載事項 甲8-1)、水和物は広い意味での結晶多形として扱われていたから(記載事項 甲9-1)、炭酸ランタン水和物も結晶水を有する多形の一種であることが知られていたといえる。

 また、結晶多形に関しては,「熱力学的に多形は別の相として考えられ,各多形はそれぞれの融点や溶解度をもつ」ことが知られており(記載事項 甲10-2),「医薬品に多形が存在する場合,結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい,その結果,安定性や生物学的利用率(bioacailability)などに影響を与えることが知られて」いたことから,本件特許発明の優先日前においても,「多形に関する検討が多く行われてい」た(記載事項 甲11-1、甲11-2)。そして,リン吸着剤でも結晶構造の違いによりリン吸着効果が異なることも知られていた(記載事項 甲4-4)。
 加えて,甲1に記載された発明においては,リン酸の効率的な除去が課題とされていたことからすると,当業者にとっては,水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機づけがある。
 したがって,結晶多形を有する炭酸ランタン水和物において,水和物の値を変えることで,その結晶形を変え,薬効に変化をもたらすことを検討することは,本件特許発明の優先日前に既に技術常識であり,当業者であれば当然のことであった。
 
 そして、炭酸ランタン3水和物(記載事項 甲12-1)、5水和物(記載事項 甲13-1)、6水和物(記載事項 甲14-1)は、本件特許の優先日前に公知であって、その製造方法についても,当業者にとって極めて容易であったから(記載事項 甲15-1)、炭酸ランタン水和物の中から、36の水和物を限定することは、水和物の範囲の最適化又は好適化を行ったものにすぎず、当業者の通常の創作能力の発揮であって、設計的事項にすぎないものであるか、あるいは、甲1発明に技術常識を適用することによって、当業者において容易に想到し得たものでしかない。(審判請求書3639頁)」
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これに対して審判官は、以下の通り、原告の主張は妥当性を欠くと判断しました。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
ウ 相違点についての判断
(ア)まず、相違点1について検討する。
(イ)甲1には、甲1発明の炭酸ランタン1水和物を36水和物に置換することや、それを示唆するような記載は見あたらない。
(ウ)他方、(1)ウで説示したとおり、請求人は、甲1発明において、水和水の数が異なる炭酸ランタンを用いる動機づけがあると主張している。

 以下、当該請求人の主張について検討する。

 甲9には水和物について「広い意味での多形」であると示されているのに対し(記載事項 甲9-1)、甲10には「多形とは同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり、別の結晶形を示す現象またはその現象を示すものをいう。」と記載され(記載事項 甲10-1)、甲11にも検討の対象とされた結晶多形間に化学組成の違いがないことが示されている(記載事項 甲11-3)。そして、水和水の数が異なる水和物は、お互いに化学組成が異なるといえるから、甲9でいうところの「広い意味での多形」には含まれるが、甲10および甲11でいうところの「多形」には含まれないといえる。

 そうすると、甲1011に、熱力学的に多形は別の相として考えられ、それぞれの融点や溶解度をもつこと(記載事項 甲10-2)や、医薬品に多形が存在する場合、結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい、安定性や生物学的利用率どに影響を与えるため、多形に関する検討が多く行われていたこと(記載事項 甲11-1、甲11-2)がそれぞれ記載されているとしても、これらの記載に接した当業者が、炭酸ランタン水和物における水和水の数の違いを甲1011でいうところの「多形」としてとらえ、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。

 また、記載事項 甲4-4には、炭酸カルシウムのリン酸吸着効果の差異について、電子顕微鏡により観察された結晶粒子構造の違いよって、リン酸吸着効果に差が生じていることが示唆されているものの、甲4には結晶形の解析に必要なX線回折の測定結果や、炭酸カルシウムの水和物の違いについての記載がないから、甲4は結晶形の違いや水和水の数の違いがリン酸吸着効果に及ぼす影響を示すものとはいえない。そうすると、甲4の記載に接した当業者は、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の数の違いがリン酸除去能に影響を及ぼすとは認識できない。

 したがって、上記主張は妥当性を欠くから採用できない。

(エ)そして、甲1発明において、水和水の数が違う炭酸ランタンを用いる他の動機付けも見出せないから、相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
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一方で今回裁判所は、9に基づいて、水和物を最適なものを調製することは技術常識又は周知であったとして、「x = 36」とすることに動機付けがあり、審決の判断は誤りと判断しました。以下に判決の抜粋を記載します。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
・・・
  本件出願の優先日当時の技術常識及び周知技術について
  各文献の記載事項について

(ア)甲9
 
9(「溶媒和物,非晶質固体と医薬品製剤」粉体工学会誌222号・昭和60年発行)には,次のような記載がある。
a
3.水和物
 
結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には,その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として取扱われる場合が多い。また,水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合,通常の場合と同様,その物理化学的特性の違いを的確に把握しておく必要があるが,それに加えて吸湿,脱水といった現象,およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄40行~右欄7行)

b
3.1  製剤化にあたっての問題点
 
水和物では,結晶水が製剤工程での品質管理あるいはでき上がった製剤の諸特性に影響を与えることが多く,予備処方設計の段階でその性質を明確に把握しておくことが重要である。
  生物学的利用率
 
経口剤の生物学的利用率には溶解度,溶解速度が大きな影響を与える。Shefterらは水和物の溶解速度は理論的に結晶水の数の増加と共に減少することを述べているが,それ以外に濡れ易さ,凝集性,表面積など粉体としての物理的性質の影響が大きい場合もあり,エリスロマイシン2水和物は1水和物及び無水和物よりも高い溶解度を示す。テトラサイクリンでは3水和物よりも2水和物の方が高い生物学的利用率を示した(図1)。アンピシリンでは無水物と3水和物間に吸収性に差があるとの報告と両者間に差がないとする報告がある。その他フルプレドニソロンのin vivoおよびin vitroでの溶出速度はα―1水和物とβ-1水和物間でも差が認められたなど数多く報告されている。

  化学的安定性
 
医薬品の製剤化にあたり結晶形を選択する場合には前項に述べたような生物学的に有利なこととともに,それを製剤とした場合,化学的にも,また物理的にも安定であることが好ましい。この意味で水和物も含めて多形間の安定性の相違については充分な検討が必要である。
 
筆者らはシアニダノールには7種の結晶多形,水和物が存在し,通常保存される条件ではⅡ形1水和物が最も安定な結晶形であることを見い出した。図2はこれら多形,水和物の光に対する安定性を示したものであるが,Ⅱ形1水和物が最も安定であった。また保存湿度の影響を検討した結果,高湿度保存により光に不安定なⅠ形4水和物に転移するⅡ形無水物,Ⅳ形無水物,Ⅰ形1水和物は不安定であった・・・

  物理的安定性
 
結晶水は製剤自体の物性にも大きな影響を与える場合が多い。筆者らの実験によると塩化ベルベリン4水和物と2水和物を含む錠剤の崩壊挙動を比較検討したところ,4水和物錠が比較的速やかに崩壊するのに対し,2水和物錠は著しく崩壊性が劣っていた。…これは2水和物が水中で4水和物に転移するとき,結晶表面に4水和物の結晶が成長し,これが粒子間に網状構造を形成し粒子間結合を生じるため,錠剤内への水の浸透が遅くなると共に水中での粒子の分散性が悪くなり,崩壊,溶出の遅れが生ずるものと考えられた。」(86頁右欄22行~88頁右欄11行)

(イ)甲15
15(「化学大辞典5,縮刷版」19631115日第1刷発行)には,次のような記載がある。
 
「たんさんランタン  炭酸-
 
一,三,八水塩の3種類が知られており,ランタナイトは八水塩に相当する。製法  ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え,生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ,室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)

(ウ)甲40
 
40Rajendra K.KhankariDavid J.W.GrantPharmaceutical hydratesThermochimica Acta 248 平成71月発行)には,次のような記載がある。
・・・


  水和物として存在する医薬に係る技術常識又は周知技術
 
前記アの記載事項を総合すると,本件出願の優先日(平成7325日)当時,①乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得ることができること,②水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは,技術常識又は周知であったものと認められる。

  相違点1の容易想到性の有無について
  1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として,「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。

 
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。

 
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。
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被告の主張に対しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
  これに対し被告は,①甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが生じることについての記載も示唆もないし,また,本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更すると,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常識又は周知技術は存在しない,②甲1に接した当業者は,水和水の数を変更することに着目することはなく,むしろ,甲1に列挙された各種の有機酸を含む希土類元素の有機酸化合物を調製するか,あるいはアルカリ金属やアルカリ土類金属を含有する複塩を調製し,リン酸イオン除去率を調べるはずである,③甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について,問題となる点が何ら記載されておらず,完結した発明として記載されているから,この実施例を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物で充分と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなどとは考えなかったはずである,④炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しないから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討を試みる動機付けはないなどとして,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成に置換する動機付けはないから,相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない旨主張する。

 
しかしながら,上記①ないし③の点については,前記⑶イのとおり,水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することが,本件出願の優先日当時,技術常識又は周知であったことに照らすと,1自体には,水和水の数の違いによりリン酸イオン除去率に違いが生じることや炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について問題点の記載がないからといって,甲1に接した当業者において,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。また,リン酸(リン酸イオン)の固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものであるところ(前記(2)ア(エ)の甲1記載事項),上記のとおり,水和物として存在する医薬については,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度及び溶解速度に影響を及ぼし得るのであるから,溶解度又は溶解速度の向上によりランタンイオンの溶存濃度を高め,ひいてはリン酸(リン酸イオン)の固定化反応の促進(リン酸結合能力)に影響を及ぼし得ることは自明である。

 
次に,上記④の点については,仮に被告が主張するように炭酸ランタン水和物は水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,上記のとおり,リン酸イオンの固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものである以上,炭酸ランタン水和物が水又は有機溶媒に全く溶解しないものとはいえないこと,溶解度が低い水和物についても,無水物や水和水の数が異なる化合物の調製の検討が行われていること(例えば,甲9では,「水に極めて溶けにくい」エリスロマイシン(甲54)について,1水和物,2水和物及び無水物の比較検討をしている。)(前記(3)ア(ア)bの「(1)」)に照らすと,炭酸ランタン水和物においても,水和水の数の違いが溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得るものといえるから,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
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顕著な効果に関しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5  本件発明1の顕著な効果の存否について
  原告は,本件審決が,本件明細書の発明の詳細な説明には,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物のうち,x2.28.8の範囲の水和物が,x1.3の水和物に比べて高いリン酸除去能を有していることが開示されており,当該開示は本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって甲1発明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえること,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物において,xの値がリン酸除去能に影響を与えることは,本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有する旨判断したのは誤りである旨主張する。

(ア)  本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたこと(前記(4)ア)を前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。

(イ) そこで検討するに,本件明細書には,pH3に調整したリン酸塩を含有する保存溶液に水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物のサンプルを添加して0.5分から10分間の時間間隔でリン酸塩結合能力(リン酸塩除去率)を測定する試験を行った結果,5分の時点でのリン酸塩除去率が,1(別紙1)のとおり,炭酸ランタン8.8水和物(「サンプル1」)が70.5%,炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」)が39.9%,炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)が96.5%,炭酸ランタン2.2水和物(「サンプル4」)が76.3%,炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)が100であったことが記載されている。この記載は,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」),炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)の5分の時点でのリン酸塩除去率が,96.5%又は100%であり,本件発明1に含まれない他の炭酸ランタン水和物(「サンプル124」)のリン酸塩除去率と比べて高いことを示すものである。

 
一方で,甲1には,「実施例11」において,炭酸ランタン1水塩[LaCOHO]をリン酸イオン濃度2.76mM/ℓの溶液に0.6g/ℓの割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて,該水溶液のpH7に保ちながら,室温で2時間攪拌した後,液中のリン酸イオンの除去率を測定した実験(「リン酸イオン固定化除去実験」)の結果,リン酸イオン除去率は90%であったことが記載されている。この記載は,pH7に調整した水溶液における攪拌後2時間の時点での甲1発明の炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率が90%であることを示すものである。

 
まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。

 
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが,甲1には,「生体内中,特に消化器系における体液のpHは,酸性である胃液中のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲にあるので,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載があること(前記⑵ア(エ))に照らすと,甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。

 
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。


これに対し被告は,①甲1には,炭酸ランタン1水和物について,pH7の環境下においてのみリン酸イオン除去率が試験されており,pH3の環境下におけるリン酸イオン除去率についての言及はないこと,②甲1記載の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いことが記載されていること,③甲1記載の実施例には,ランタンは,セリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムよりもリン酸イオン除去率が低かったことを示していることからすると,炭酸ランタン3ないし6水和物(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることで,pH3の環境下で5分後という比較的早期に優れたリン酸塩除去率を示したことは,本件出願の優先日当時甲1発明から到底予測することができないものであったから,本件発明1は,当業者が予測することのできない顕著な効果を有する旨主張する。

 
しかしながら,上記①の点については,前記ア(イ)認定のとおり,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことは,当業者が適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
次に,上記②の点については,甲1には,希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物によるリン酸イオン固定化に対する液相pHの影響について,「例えば,シュウ酸第一セリウムを用いた場合のリン酸イオン除去率の液相pHへの依存性は,図面に示すようになる。すなわち,pH5以下の強酸性領域においては,平衡は左側に傾くが,pH6以上の中性からアルカリ性領域においては,平衡はほぼ100%右側に移行し,非可逆的なリン酸イオンの固定化を行なうことが可能になる。」,「本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載(前記(2)ア(エ))があるが,シュウ酸第一セリウム10水塩を用いた場合に強酸性領域とアルカリ性領域とで平衡の傾きが異なる理由についての記載はなく,また,甲1に実施例として記載されているセリウム以外の希土類元素(イットリウム,ランタン,ネオジム,ガドリニウム,サマリウム)を用いた化合物では,pH7以外のpHの環境下における溶液のpHとリン酸イオン除去率の関係に関する実験結果の記載はないことに照らすと,甲1に接した当業者において,甲1の上記記載から直ちに,セリウム以外の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物についても,シュウ酸第一セリウム10水塩と同様に,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いものと認識するとはいえない。

 
さらに,上記③の点については,甲1記載の実施例に示された炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率がセリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムの水和物のリン酸イオン除去率よりも低いことは,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果に直接影響を及ぼすものとはいえない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
・・・

結論
 
以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。
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■トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持

 
<審決紹介>
・無効2017-800120
・審決日:2018613
・合議体:審判長 特許庁審判官 村上騎見高、審判官 蔵野雅昭、審判官 淺野美奈
・請求人:テバ・ホールディングス 株式会社
・被請求人:大日本住友製薬 株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬


コメント
ジェネリック vs 新薬の無効審判を紹介します。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、現時点で後発品はありません。

本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」


争点は進歩性で、審判官は特許を維持しました。
審決の抜粋は下記のとおりです。

前回のブログで紹介した抗体特許の審決(リンク)では、明細書に炎症疾患の薬理データがなくても先行文献から治療可能と認識できたとしてサポート要件を満たすと判断されていました。
一方でこの審決では、治療対象をパーキンソン病とすることは先行文献からは動機づけられないと判断されています。
特許を審判で無効にするのは難しいですね。

1にゾニサミドがパーキソニズムをもたらすことが記載されていた点は、審判官が動機づけを否定するために大きかったと思います。
審決取消訴訟が提起されましたので、今後知財高裁で審理されます。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4. 当合議体の判断
1. 
請求人の主張の概要
 請求人は、無効理由1に関連して概略以下の主張17をしている。
 
<主張1
 甲第1号証には、ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬に係る発明(甲1発明)が開示されている。
 また、本件発明1と甲1発明とは、ゾニサミドを有効成分とする医薬である点で一致しているが、本件発明1ではパーキンソン病などの神経変性疾患を治療対象とするのに対して、甲1発明ではてんかんを治療対象としている点で相違する。
 線条体においてドパミンの量を増加させるレボドパなどの薬物がパーキンソン病に対して有効性を発揮できること、及びパーキンソン病の治療薬として線条体におけるドパミンの量を増加させる薬物が臨床的に広く使用されていることは当業者に周知されている。
 そのような技術常識を有する当業者であれば、甲第1号証に教示されているゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有しているという事実を知れば、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである。
(審判請求書、3623行~4010行、415行~427行、4316行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書926行~1120行、1627行、2120行~2315行、2726行~2914行)

・・・
<主張5> 
 甲第1号証ないし甲第3号証には、てんかん以外の疾患においてはゾニサミドの有効性を期待できないとする制限的な記載や、てんかん以外の疾患にゾミサミドを使用すべきではないとする注意的な記載などは見当たらないから、当業者であれば、パーキンソン病に対してゾニサミドを使用してみることに直ちに動機づけられることは明らかである。
 また、進歩性の判断においては、実際の研究者が何を考えたのかを議論する必要はない。
 また、薬物の投与中止により消失する薬剤性パーキンソニズムを引き起こす場合がごく稀にあるということだけでは、ゾニサミドをパーキンソン病治療薬として使用してみることの阻害要因になろうはずもない。
 また、ゾニサミドがドパミンに対して二相性作用を有するとしても、当業者であればパーキンソン病患者において薬効範囲の血漿中濃度を達成できる投与量及び用法を適宜選択し、薬効範囲を超える投与量を何ら困難性なく回避できる。
(審判請求書、4419行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書頁2120行~2315行、251行~2725行、2918行~313行、3411行~3520行、3713行~396行、平成30316日付上申書621行~718行)

・・・
2. 
本件特許発明1についての当合議体の判断
1)甲第1号証に記載された発明との対比
 甲第1号証には、ゾニサミドが新規の抗てんかん薬であること、部分発作の治療の際に効果を発揮すると共に、全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮すること、有効性と安全性の観点から見て、ゾニサミドは、部分発作患者の場合、カルバマゼピンと同等であることが証明されていること、小児の全身性発作患者を対象とした研究では、valproateVPA)と同等であることが証明されていること、ゾニサミド投与の際に、重篤な副作用が発現したり、強力な抗てんかん作用が発揮されたりすることは稀であるため、ゾニサミドは日本では主要な抗てんかん薬のひとつとみなされていることが記載されている(記載事項1-1)。
 また、「雄のwistarラット」(記載事項1-9)に、「ZNSを治療用量(20 mg/kg50 mg/kg)で投与した結果、線条体のDAおよびDOPAの細胞外濃度が上昇した」(記載事項1-2。なお、「ZNS」、「DA」は、それぞれ、ゾニサミド、ドパミンの略号である。)ことも記載されている。
 
 これらの記載事項から、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
 
「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって、
ゾニサミドの投与量が20 mg/kg50 mg/kgであり、雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す、
 抗てんかん薬。」
 
 本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「ゾニサミド」は、本件特許発明1の「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩」に相当する。また、甲1発明の「抗てんかん薬」も本件特許発明1の「神経変性疾患治療薬」も医薬であることに変わりはない。
 したがって、本件特許発明1と甲1発明の一致点、相違点は以下のとおりである。
 
<一致点>
「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。」
 
<相違点1
 医薬について、本件特許発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、甲1発明では「てんかん」を治療対象としている点。
 
2)相違点1について
 甲第1号証には、甲1発明の医薬の治療対象について、その有効成分であるゾニサミドが新規な抗てんかん薬であることとともに、抗てんかん薬としての有用性について、部分発作や全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮することや、重篤な副作用が発現することが稀であることなどが記載されている(記載事項1-1)が、甲1発明の医薬の治療対象を「神経変性疾患」とすることについては、記載も示唆もない。
 
 甲1発明の医薬は、「線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す」ものであるから、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤であるともいえるが、甲第1号証には、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより神経変性疾患を治療することについて記載や示唆はないし、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより必ず神経変性疾患を治療することができるといえる技術常識もない。
 
 そればかりか、甲第1号証には、甲1発明の医薬の有効成分であるゾニサミドについて、「他のドパミン作動性副作用(例:パーキンソニズム、妄想的観念)」をもたらすこと、および、「パーキンソニズム」に関連する文献として文献39(記載事項1-11-11参照。脳と神経, 441992 61-63。)が挙げられており、当該文献39に対応する乙第6号証には、ゾニサミド(200mg/日)を服用開始後3ヶ月から振戦(当審注:甲第1号証の「他のドパミン作動性副作用(パーキンソニズム)」に対応する。以下、甲第1号証の表記(パーキンソニズム)に統一する。)が出現したことが記載されている(記載事項乙6-1)。
 この記載は、ゾニサミド200mg/日の投与によりパーキンソニズムがもたらされたことを示すものである。ここで、ゾニサミド200mgは、患者の体重を50kg程度として4mg/kg程度と見なせるところ、甲1発明は、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであって、記載事項乙6-1にパーキンソニズムをもたらしたことが記載される投与量の5倍ないし12.5倍に達するものであり、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであることに基づけば、パーキンソニズムをもたらす可能性が高いものであると認められる。
 
 そうすると、甲第1号証は、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「神経変性疾患」や「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえず、当業者が、甲第1号証の記載に基づき、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易に想到し得たとは認められない。
 
 また、甲第468号証の記載は、パーキンソン病の治療薬の中にドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になることを示すものではない。
 そうすると、甲第468号証の記載に接した当業者が、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になると理解するとはいえない。
 また、ドパミンを補う作用を奏する薬物であればパーキンソン病の治療薬になることが技術常識であったといえる根拠も見出せない。
 
 したがって、甲第1号証に加え、甲第468号証に記載されている事項及び技術常識を勘案しても、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易になし得たとは認められない。
 
3)効果について
・・・

4)請求人の主張の検討
 主張1は、甲第1号証にゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有していることが記載されているので、当業者は、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである、というものである。
 しかしながら、上記「(2) 相違点1について」に説示したとおり、甲第1号証には、甲1発明の医薬を投与すると、パーキンソニズムが出現することも記載されているなど、甲第1号証の記載は、全体として、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえないものである。
 
 また、主張2は、主張1の前提となる技術常識に関するものであり、主張35は、いずれも、主張1を補強するための主張であると解され、主張67も、顕著な効果の不存在を主張することにより主張1を補強するものであると解されるから、上述のとおり、主張1が採用できない以上、主張27も、採用することができない。
・・・

第5. 結語
 以上のとおり、請求人の主張及び立証方法によっては、本件特許発明1~6に係る特許を無効とすることはできない。
 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものである。
 よって、結論のとおり審決する。

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■「阻害するための組成物」クレームと、明細書に疾患治療の薬理データがない場合の「炎症疾患の処置のための組成物」クレームのサポート要件が判断された抗体特許の審決例

 
<審決紹介>
・無効2017-800008
・審決日:201867
・合議体:審判長 特許庁審判官 關政立、審判官 田村聖子、審判官 冨永みどり
・請求人:サン ファーマ グローバル エフゼットイー
・被請求人:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5870067
・発明の名称:IL-17産生の阻害


コメント
抗体特許の無効審判を紹介します。
独立請求項113は以下のとおりです。

「【請求項1
 T細胞をインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストで処理する工程を包含する方法により、前記T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための組成物であって、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。

【請求項13
 有効量のインターロイキン-23IL-23)のアンタゴニストを哺乳動物被験体に投与する工程を包含する方法による、前記哺乳動物被験体中のインターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる炎症疾患の処置のための組成物であって、前記炎症疾患が、慢性関節リウマチ(RA)、乾癬、及び、対宿主性移植片反応から選択され、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。」


請求人のサンファーマは、3月に抗IL23抗体を有効成分とするILUMYAtildrakizumab-asmn)について、米国でFDA承認を受けたそうです。

Sun Pharma Announces U.S. FDA Approval of ILUMYA™ (tildrakizumab-asmn) for the Treatment of Moderate-to-Severe Plaque Psoriasis
https://www.prnewswire.com/news-releases/sun-pharma-announces-us-fda-approval-of-ilumya-tildrakizumab-asmn-for-the-treatment-of-moderate-to-severe-plaque-psoriasis-300617454.html


米国ファミリーで特許になっているものの請求項1は以下のとおりです。

US7510709
1. A method for the treatment of an inflammatory disease characterized by elevated expression of interleukin 17 (
IL-17), comprising administering to a mammalian subject, having been determined to express an elevated level of IL-17 compared to a healthy individual, an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-interleukin-23 receptor (anti-IL-23 receptor)
 antibody.

US8287869
1. A method for treatment of an inflammatory disease in a human subject comprising measuring the expression level of interleukin-17
(IL-17) in said subject, and, if the IL-17 expression level is determined to be elevated, treating said subject with an effective amount of an anti-interleukin-23 (anti-IL-23) antibody or an anti-IL23 receptor antibody.



無効審判の争点は、明確性要件、サポート要件、実施可能要件、産業上利用可能性、新規性、進歩性です。

以下、サポート要件について紹介します。
(新規性・進歩性に関して、「本件特許発明13は、特定炎症疾患のうち、IL-17の上昇した発現がみられるものを特に治療対象として選択している発明」であるという点から興味深い判断がされていますが、省略します。)


請求人は以下の主張をしました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)
 以下のとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に違背するものである(特許法第123条第1項第4号)。
1)無効理由2-1
 上記無効理由1-1のとおり、本件特許の請求項112の記載は、その用途につき不明瞭であるが、仮に本件特許発明112が医薬用途発明に係るものである場合、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより何らかの疾患を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 また、上記無効理由1-2で指摘したとおり、仮に本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、特定炎症の発症機序であることを意味する場合、換言すれば、IL-17産生を阻害することにより特定炎症を処置する意味に解されるところ、本件特許の発明の詳細な説明の欄には、「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害する」ことにより特定炎症を治療し得ることは示されておらず、またそのことが本件特許の出願日前の技術常識ともいえない。
 したがって、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
 
2)無効理由2-2
 本件特許発明13151725における「インターロイキン17IL-17)の上昇した発現によって特徴付けられる」との事項が、仮にIL-17の上昇が見られた症例のみを治療対象とすることを意味する場合であっても、当該「上昇した発現」とはどの程度のレベルを指すのかが、本件特許の発明の詳細な説明の欄に記載されていないから、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
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審判官は下記の通り判断しました。
請求項1については、明細書の記載からIL-17の産生が抗IL-12抗体により阻害されることが理解できるとし、請求項13については、先行文献(乙1等)を根拠にして、慢性関節リウマチ、乾癬、及び対宿主性移植片反応を治療可能と認識できたとし、サポート要件を満たすと判断しました。

審決-------------------------------------------------------------------------------------------
2.
 無効理由2(サポート要件)について
1)無効理由2-1について
.
 本件特許発明112について

・・・
本件特許明細書の段落【0071】~【0081】、図2A、図2B及び図2Cの記載から、IL-23によりT細胞からのIL-17の産生が促進されることが理解でき、さらに段落【0083】及び図4Aの記載から、上記の産生促進は、抗IL-12p40抗体により阻害されることが理解できる。ここで、p40は、IL-12及びIL-23に共通するサブユニットであり(本件特許明細書の段落【0030】)、そして、本件特許明細書の段落【0012】には、IL-23アンタゴニストの例として「天然シーケンスのIL-23ポリペプチドサブユニット(例えばp40サブユニット)に対する中和抗体」が示されていることから、本件特許明細書では、前記抗IL-12p40抗体を抗IL-23抗体、すなわちIL-23のアンタゴニストとして用いていることが明らかである。
 また、段落【0089】~【0108】及び図12には、IL-23欠損マウスにおいて、T細胞によるIL-17の産生が減衰していることが記載されており、IL-23の機能を抑制することにより、T細胞によるIL-17の産生を抑制できることが理解できる。

 以上の事実から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等により、IL-23により誘導されるT細胞のIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 請求人は、請求項1の「T細胞によるインターロイキン-17IL-17)産生を阻害するための」との記載は、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことを内在的に特定しているとの前提に立ち、「IL-17発現レベルが上昇している対象を選択する」ことが、従来技術において容易ではなかったとか、仮にそのような対象を選択することが「健康な被験体と比較してIL-17発現の上昇したレベルを有することを測定する」ことにより実現しうるとしても、本件元の出願との関係で、そのように解し得ない旨などを、主張する。
 しかしながら、1.1)において述べたとおり、本件特許発明1の組成物の用途は、請求項1に記載のとおりの「前記T細胞によるIL-17産生を阻害する」こと自体である。そして、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から、IL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等でT細胞を処理することにより、T細胞によるIL-17の産生を阻害できることを当業者が理解し得たことは上述のとおりであるから、請求人の主張を採用することはできない。
 したがって、本件特許発明1は、本件特許明細書に記載されたものであり、同発明に従属する本件特許発明212についても同様のことがいえる。

.
 本件特許発明13151725について
 本件特許発明13151725は、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体又は抗IL-23レセプター抗体を含み、哺乳動物被験体に投与される組成物に係るものであり、その発明の課題は、1.2)ア.において述べた理由のとおり、特定炎症疾患のうちでIL-17の上昇した発現がみられるものの処置である。
 ここで、特許法第36条第6項第1号は、請求項に係る発明が発明の詳細に記載した範囲を超えるものであってはならない旨を規定するものであるところ、当該規定を満たすためには、発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の技術常識から、本件特許発明13151725の上記課題を解決できるものと当業者が認識できる必要がある。
 そして、以下(ア)~(ウ)に述べるとおり、慢性関節リウマチ、乾癬、及び、対宿主性移植片反応のそれぞれの特定炎症疾患の処置のいずれについても、当該規定を満たすものといえる。
 
(ア)慢性関節リウマチ
 慢性関節リウマチについて、その患者の一部でIL-17の上昇が確認されたこと(記載事項乙1-ア~ウ)、マウス膝関節へのIL-17投与により軟骨の劣化が確認されたこと(記載事項乙2-ア~ウ)、慢性関節リウマチモデルであるコラーゲン・アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/Fcを用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙5)、慢性関節リウマチモデルである自己免疫コラーゲン誘導関節炎を有する動物モデルにおいて、IL-17の機能を抑制する可溶性IL-17受容体タンパク質(sIL-17RFcmuIL-17RFc)を用いると関節炎の症状が改善すること(記載事項乙8-ア~ク)、及び、アジュバント誘導関節炎を有する動物モデルおいて、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体/ヒトIgG1Fc融合タンパク質(muIL-17RFc)を用いると関節炎及び関節破壊の症状が改善すること(記載事項乙9-ア~キ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチの患者を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる慢性関節リウマチを治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 
(イ)乾癬
 乾癬について、その皮膚病変部においてIL-17mRNAが発現していること(記載事項乙18-エ~オ、及び、記載事項乙19-ア~イ)、IL-17が、ケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激するサイトカインであり、乾癬治療のターゲットとなり得ること(記載事項乙16-ア~イ、記載事項乙17、及び、記載事項乙18-ア~ウ)が本件出願時に知られている。さらに、IL-6に対する抗体により、ヒト乾癬皮膚移植ヌードマウスにおけるラベリングインデックスの低下及び上皮厚の減少といった症状の改善がみられたことや(記載事項乙21-ア~ウ)、IL-8に対する中和抗体により、乾癬患者由来ケラチノサイトにおける血管新生が阻害されたことも本件出願時に知られており(記載事項乙20)、これらの知見から、IL-6IL-8の機能を抑制することにより、乾癬を治療可能であることが当業者に理解できたものと認められる。
 以上の事実から、乾癬についても、IL-17の機能を阻害することにより炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を抑制し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものと認められる。(以下、この2つの段落に記載された、乙1621から把握される、本件出願時に当業者が理解できたと認められる事項を、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」という。)
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
 ここで請求人は、乙18IL-17とインターフェロンγの相乗的作用を報告するものであり、IL-17単独を阻害することによって乾癬を治療し得ることを裏付けるものではなく、IL-17についてはmRNAの発現を確認したのみで機能的なタンパク質の産生については確認していないと主張し、乙19IL-10タンパク質を投与することによる乾癬治療における炎症反応について報告するものであり、IL-17を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものではなく、IL-10タンパク質を投与することで結果的に症状が緩和された際に、観察された複数のサイトカインの変動のひとつとして、IL-17の変化を記載したものに過ぎないと主張し、また、乙20及び乙21は、それぞれ抗IL-8抗体及び抗IL-6抗体による乾癬症状の改善を示すものに過ぎず、IL-17自体を阻害した場合の効果をなんら裏付けるものではないとして、IL-17阻害による乾癬治療の可能性を裏付けるものでもないことを指摘し、乙1621の記載から、IL-17の産生阻害により乾癬の治療が可能であったことが本件出願時において技術常識であったとはいえないと主張する。
 しかしながら、記載事項乙18-ア、イ及びケに示されるように、インターフェロンγの非存在下であってもIL-17が単独でIL-6及びIL-8の産生を刺激することが開示されているし、さらに、記載事項乙18-エにおける乾癬患者の皮膚病変部におけるIL-17mRNAの発現は、乾癬におけるIL-17の病理的関与を示しているといえるから、乙1618の記載を併せみると、IL-17がケラチノサイトにおいて炎症性サイトカインであるIL-6及びIL-8の産生を刺激することが理解される。
 そうすると、乙1621に、IL-17自体を直接阻害する薬剤による乾癬治療を報告するものはなくとも、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激していることが認められるIL-17の産生を阻害することにより乾癬の治療が可能であることは当業者が十分に理解できるから、請求人の主張には理由がない。
 さらに請求人は、記載事項乙21-エ~オを示して、IL-8IL-6の上流にあると考えられる点でIL-17と共通しているTNF-αについては、抗TNF-α抗体ではなくTNF-α自体の投与によって乾癬症状が改善された旨が記載されているから、IL-17についても、実際にIL-17を制御しなければ効果が不明である旨、また甲23には、逆に抗TNF-α抗体をヒトに投与したときに乾癬性関節炎の症状が改善したことが示されているため(記載事項甲23-ア~イ)、上記のTNF-α自体の投与により改善効果が示されたとする、乙21のヌードマウスによる実験が実際の乾癬発症動物や被験体でのサイトカインの役割を正しく反映しているか疑問である旨、主張する。また、甲24及び甲25を示して、抗IL-6レセプターモノクローナル抗体や、抗IL-6モノクローナル抗体を投与しても乾癬症状の改善が観察されなかったから(記載事項甲24-ア~イ、記載事項甲25-ア~イ)、乙21を考慮しても、本件出願時、IL-6の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったと主張する。
 しかしながら、TNF-αとIL-17は異なるサイトカインであり、IL-6IL-8に対する作用や、乾癬症状や当該症状を引き起こす種々の生体機能に対して、両者がまったく同じように作用をすることなどは認められないから、TNF-αに関する知見を、IL-17に対してそのまま適用する請求人の主張には、技術的に無理がある。また、甲24、甲25は、いずれも本件出願後に頒布された文献である上、いずれも、特定の抗IL-6抗体、抗IL-6レセプター抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの証拠のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 請求人は、甲26や甲28を示して、抗IL-8抗体の臨床開発が中止されたことなどから(記載事項甲26-ア、記載事項甲28-ア~イ)、乙20を考慮しても、本件出願時、IL-8の産生を抑制することで乾癬が治療可能であるとの技術常識は存在しなかったとも主張する。
 しかしながら、臨床開発の中止が、必ずしも治療効果がまったくないことを意味するものではないことは当業者によく知られたことであり、実際、甲26では、プラセボによって治療された乾癬患者では3%の者が75%を超える改善を示したのに対し、300mgABX-IL8で治療された乾癬患者では、より多くの割合である6%の者が75%を超える改善を示したことも記載されている(記載事項甲26-イ)。また甲28は、本件出願後に頒布された文献である上、甲26、甲28のいずれも、特定の抗IL-8抗体に係る知見を示すにとどまるものであるから、請求人が示すこれらの甲号証のいずれの内容も、上記の乙1621から把握される、「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」を覆すものとまでは認められない。
 要するに、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは、本件特許明細書の記載から把握できるから、上記の「本件出願時のIL-17をターゲットとする乾癬治療に係る技術常識」に基づいて、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、ケラチノサイトにおいて乾癬症状を増悪させるIL-6及びIL-8の産生を刺激するIL-17の機能を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる乾癬を治療できることは、本件特許明細書の記載と、本件出願時の技術常識から当業者が理解できたものである。
 
(ウ)対宿主性移植片反応
 対宿主性移植片反応について、ラット腎移植における拒絶反応時においてIL-17の上昇した発現が確認されたこと(記載事項乙3-ア~エ)、及び、マウス移植における拒絶反応が、IL-17の機能を抑制するIL-17受容体とFcの融合タンパク質(IL-17R/FcsmuIL-17RIL-17RFc)の投与により抑制されたこと(記載事項乙7-ア~イ及び記載事項乙10-ア~ウ)が出願時に知られていたことから、IL-17の機能を阻害することにより、IL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、出願時の技術常識から当業者が理解できたものといえる。
 そして、IL-23アンタゴニストによりIL-23の作用を阻害し、それによりT細胞によるIL-17の産生を阻害可能であることは上述のとおりである。
 してみると、有効成分としてIL-23アンタゴニストである抗IL-23抗体等を含む組成物を哺乳動物被験体に投与することにより、IL-17の産生を阻害し、それによりIL-17の上昇した発現がみられる対宿主性移植片反応を治療可能であることは、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識から当業者が認識できるものである。
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■重量平均分子量を意味すると「合理的に推認」できるため、クレームの平均分子量は明確と判断された事例

 
<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10210 審決取消請求事件
・平成3096日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3 鶴岡稔彦 高橋彩 寺田利彦
・原告:ロート製薬株式会社
・被告:Y
・特許5403850
・発明の名称:眼科用清涼組成物


コメント
無効審決に対する審決取消訴訟を紹介します。
クレームの「平均分子量」の明確性が争点になっています。
これまでの経緯は以下のとおりです。

特許登録

無効審判で維持審決

審決取消訴訟、知財高裁で審決取消(平均分子量が不明確)

訂正(明細書中のマルハ製品の記載を削除。クレームの平均分子量の数値を狭く限定。)

無効審決

審決取消訴訟(今ココ)


本件特許の請求項1は以下のとおりです。

「【請求項1
a
)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b
0.0110w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c
平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00110w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)。」


裁判所の判断は以下のとおりで、無効審決を取り消しました。

判決-------------------------------------------------------------------------------------------
取消事由(明確性要件に係る認定判断の誤り)について
1  明確性要件について
特許法3662号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

2「平均分子量」の意義
  「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等に区分される。そして,同一の高分子化合物であっても,重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等の各数値は必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る。(甲1727
・・・

3コンドロイチン硫酸又はその塩について
  マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。(甲1112
  生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて   (ア)  生化学工業株式会社は,平成16年より以前から,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウム製品の平均分子量について問合せがあった場合には,通常,重量平均分子量の数値を提供し,平均分子量約1万,約2万及び約4万とする製品についても重量平均分子量の数値を提供していた(甲100)。これによれば,本件出願日当時,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として同社が提供していたのは重量平均分子量の数値であり,当業者に公然に知られた数値も,重量平均分子量の数値であったと認められる。 
・・・

4以上を踏まえて本件訂正後の特許請求の範囲の記載の明確性について判断する。
  本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。

  上記12)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。

上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。

  よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。
・・・

5被告の主張について
・・・

被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,①  本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021】)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5),②  請求項1及び6の「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(甲95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。
・・・

(6)小括
以上によれば,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たすものといえるから,本件審決にはこれを取り消すべき違法があり,原告の取消事由には理由がある。
3  結論
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
業界動向や知財判決などの情報をアップしていきます。

SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

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