■2019-12-

■2019年を振り返って。 判決・執筆・仕事・趣味など。

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2019年ももう終わりですね。

今年もブログを見てくださった皆様ありがとうございました。

今回は、2019年を振り返ってみたいと思います。

まずは2019年の注目判決から。

 

 

2019年の注目判決

今年は医薬分野の最高裁判決が1件ありました。

 

・【判決PDF827日:平成30(行ヒ)69号 審決取消請求事件

 

パタノール点眼液0.1%(オロパタジン塩酸塩点眼液)に関する特許で、最高裁は知財高裁の効果の顕著性の判断に誤りがあるとして、破棄差し戻しました。この特許に関しては、訂正で「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」という限定が入っていたことから、パテントリンケージの問題もありました。また、判決の考え方に単純に従うとinherentな効果剤が取りやすくなるように思いました。

 

他に、興味深かった判決は以下の通りです。(日付は判決言渡日)

 

325日:<ゾニサミドの維持審決取消訴訟> 既存薬と共通のメカニズムを有することが知られていても、作用が同程度である証拠がないため、動機付けられないと判断された事例

529日:<リツキシマブBSの特許侵害訴訟> 請求項1の「最中」を狭く解釈した上で、サポート要件を満たさないと判断した事例

626日:リサイクリング抗体特許の維持審決が取り消された事例

1030日:<知財高裁/抗PCSK9抗体の侵害訴訟> 競合特許のサポート要件等が認められた事例

103日:<知財高裁/抗第IXa因子抗体の侵害訴訟> クレームの「凝血促進活性を増大させる」が狭く解釈され、課題解決手段が異なることを理由に技術的範囲に含まれないと判断された事例

1114日:<知財高裁/セレコキシブ特許の審取訴訟> 数値範囲全体にわたり、セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識できないとして、サポート要件違反と判断された事例

1128日:<知財高裁/アリムタ特許の審取訴訟> 本件特許発明の効果が読み取れないという原告の主張は進歩性欠如の根拠として採用されなかったが、実施可能要件/サポート要件違反の根拠として使えそうな事例

1225日:<知財高裁/ナゾネックス点鼻液特許の審取訴訟> 特許発明の効果の顕著性が認められなかった事例

 

 

2019年の注目バイオトピック

バイオ関係だとこういうのがありました。今年もいろいろありましたね。流行語大賞はモダリティでしょう。

 

・バイオ医薬品企業のM&A(セルジーン、アレイバイオファーマ、オーデンテス、ザイフォスバイオサイエンシズ、シンソークス等)

・バイオ医薬品の日本承認・発売(キムリア(CAR-T)、コラテジェン(プラスミドDNA)、オンパットロ(siRNA)、ステミラック(間葉系幹細胞))

・ベバシズマブのバイオシミラーの日本承認・発売

iPS細胞備蓄の支援打ち切り問題

 

 

■執筆・講演

昨年に引き続き、PHARM TECH JAPAN(出版社:じほう)で医薬特許調査の連載記事を書きました。毎月10頁程度書いていて、本年7月号(全13回)で無事終了しました。毎回事例を作るのはなかなか大変でしたが、よい経験になりました。

 

7月には、第3回バイオ医薬EXPOでバイオ医薬特許の講演をしました。

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-232.html

 

2020年は、2月に東薬工でバイオ医薬品の特許訴訟・無効審判・異議申立関連の講演をする予定です。知財をバリバリやってる方々が受講されるので、できるだけ深い内容を入れられるようにがんばります。

 

 

■事務所(SK)のお仕事

今年も適度に仕事をしました。明細書作成、拒絶応答、特許調査、鑑定、コメント、翻訳、審判、訴訟など。


キーボードを変えました。すごく良かったので事務所と自宅の両方ともこれに変えました。浅めが好みの方には合うと思います。 

COUGAR

https://www.amazon.co.jp/dp/B06XT4W861/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_k-XcEbV6H9XZE

 

そして、事務所のホームページが新しくなりました。本当に手作り感満載のホームページだったので、それはそれで面白いのですが、新しくなってよかったと思います。 

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-223.html

 

 

■趣味

今年もバスケが楽しい1年でした。今年はオフボールスクリーンの練習を増やしたことで、個人的にもチーム的にも少しは戦略的なプレイができるようになってきました。

NBAでは、ウォリアーズ王朝の時代が終わり、クリッパーズ、レイカーズ、シクサーズ、バックスなどのどこが優勝するか楽しみな2019-2020シーズンが進行しています。個人的にはシクサーズ、サンダー、ペリカンズを応援してます。
 

Netflixけっこう見ました。一番面白かったのは、SUITSシーズン7ですね。お勧めは、最近配信が始まったHEROESです。

 

ここ数年ほとんど漫画を読んでなかったのですが、最近ちょっとしたきっかけからいくつか読みました。まず手始めに読んだのはエンジェルハートで、これは5年くらい前まで読んでたのでその続きを読みました。毎回話がよく作り込まれていて、本当に面白いです。完結したのですが、次回作も読もうと思います。

今回初めて読んでよかったのは響という作品です。小説家を主人公とした作品で、なかなか珍しいジャンルだと思います。こちらも完結してしまったので、次回作楽しみにしてます。

 

■その他

今年は実家(鹿児島)に帰らなかったので、来年はどこかで帰りたいなと思います。

 

 

■抱負

来年はもうちょっと仕事と勉強をがんばろうかなぁと思います。

 

 

ではみなさん良いお年をお迎えください。




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■<知財高裁/ナゾネックス点鼻液特許の審取訴訟> 特許発明の効果の顕著性が認められなかった事例


<判決紹介>

・平成31年(行ケ)第10006号 審決取消請求事件(第1事件)

・平成31年(行ケ)第10058号 審決取消請求事件(第2事件)

・令和元年1225日判決言渡

・知的財産高等裁判所第3部 鶴岡稔彦 山門優 高橋彩

・第1事件原告:杏林製薬株式会社

・第2事件原告:メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション

・第1・第2事件被告:東興薬品工業株式会社

・特許3480736

・発明の名称:気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用

 

 

コメント

ナゾネックス点鼻液に関する特許の、無効審判の審決取消訴訟の紹介です。

後発品メーカー vs 新薬メーカーです。

 

経緯は以下のとおりです。

 

・平成6127日:メルクが基礎出願

平成151010:特許登録(特許3480736

・平成26331日:東和薬品が無効審判請求(無効2014-800055有効審決(平成2723日)知財高裁が審決取消(平成28330日)→メルクが上告(平成28年5月13日)→上告受理申立却下(平成2961日)→審決の予告(平成30年1月24日)→東和薬品が取下請求(平成30213日)

・平成27824日:東興薬品が無効審判請求(無効2015-800166

・平成30720日:杏林製薬が参加申請

・平成301219日:無効2015-800166無効審決

・平成31118日:杏林製薬が審決取消訴訟提起

・平成31418日:メルクが審決取消訴訟提起

・令和元年1031日:存続期間満了(延長含む)

・令和元年1225日:判決いまココ

 

 

先発品はナゾネックス点鼻液50μg 56噴霧用、112噴霧用(一般名:モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物)です。

後発品は複数社から販売されています。

効能・効果は、アレルギー性鼻炎です。

 

 

本件特許に関しては、過去に東和薬品が無効審判を請求→有効審決知財高裁が審決取消無効審判取下という経緯があります。

このときの知財高裁の判決は下記ブログ記事で紹介していました。

 

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-163.html

 

 

本件特許の請求項12は以下の通りです。

 

「【請求項1モメタゾンフロエート水性懸濁液を含有する薬剤であって,11回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。

【請求項2】前記11回の投与量が100200マイクログラムであり,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である,請求項1に記載の薬剤。」

 

 

本訴訟の争点は進歩性です。一致点及び相違点の認定、相違点の容易想到性、効果の顕著性が判断されました。

前回の知財高裁の判決(東和薬品 v. メルク)もそうでしたが、効果の顕著性の判断方法がとても参考になります。

以下では、効果の顕著性に関する部分を主に紹介していきます。

 

 

まず、審決の要旨は以下のとおりです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

審決の理由の要旨

1被告(請求人)は,本件発明について,①下記の甲1(以下「甲1文献」という。)に記載の発明(以下「甲1発明」という。),甲2(以下「甲2文献」という。)及び技術常識に基づく進歩性欠如(無効理由1),②実施可能要件違反(無効理由2)を主張した。

審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,本件発明の構成は,甲1発明に甲2文献及び技術常識を組み合わせることにより容易に想到することができ,本件発明の効果も当業者が容易に予測し得たものであるから,本件発明は進歩性を欠如するというものである。

1:特表平5-506667号公報

2Wang C-J.他,Journal of Pharmaceutical & Biomedical Analysis, 107号,1992年,473479

 

2)審決が認定した甲1発明及び本件発明との一致点及び相違点は次のとおりである。

  1発明

「炎症状態を治療するための,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液。」

  本件発明1と甲1発明の対比

本件発明1と甲1発明は以下の[一致点]で一致し,[相違点1][相違点2]について相違する。

[一致点]

モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,鼻腔内に投与される,炎症状態の治療のための薬剤。

[相違点1]

薬剤の用法・用量につき,本件発明1では「11回」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

[相違点2]

  治療の対象である炎症状態につき,本件発明1では「アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

  本件発明2と甲1発明の対比

本件発明2と甲1発明は,上記[一致点]で一致し,[相違点1][相違点2]に加え,[相違点3-1][相違点3-2]において相違する。

[相違点3-1]

本件発明2では「前記11回の投与量が100200マイクログラムである」とされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。

[相違点3-2]

本件発明2では「未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である」とされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。

・・・

 

3)審決が認定した本件発明の効果は次のとおりである。

  アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投与で,プラセボとの対比において,治療効果がある(以下「効果①」という。)。

  経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果がある(以下「効果②」という。)。

  プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がない(以下「効果③」という。)。

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次に、原告の主張は以下のとおりです。

 

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

取消事由1-2(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1審決は,本件発明の効果①,③は,甲1発明の効果,甲2文献の記載から読み取れる効果,及び,甲A68の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが誤りである。

 

2)本件発明の効果

  本件明細書には,①モメタゾンフロエートの水性懸濁液の好ましい用量を投与する場合,単回投与または分割投与のどちらでも選択可能であること,②わずか11回の外鼻孔への服用でも,アレルギー性鼻炎(季節性アレルギー性鼻炎を含む。)を処置するのに安全かつ効果的であることが新たに見出されたことが記載されている(本件明細書(第101227行))。本件明細書には11回投与と12回投与(一日量の2回分割投与)を比較した実験結果は記載されていないが,本件発明を実施した医薬品に関する審査報告書に,11回投与と12回投与を比較した結果,効果が同等であったことが記載されている(甲4930頁)。

そして,11回投与はステロイド点鼻薬について採用され得る最も投与頻度の低い用法であるから,本件発明の「11回」という技術事項は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液がステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る最も高いレベルの作用・効能の持続性を有していることを示している。本件優先日後の知見であるが,現在では,モメタゾンフロエートの分子構造に鼻の粘膜部分のタンパク質と結合しやすい構造部分(以下「フロエート部分」という。)があり,これにより薬理効果を長時間発揮することが分かっている(甲A5912921295頁)が,本件優先日当時はモメタゾンフロエートが上記の特徴的な性質を有することは全く知られていなかった。モメタゾンフロエートの水性懸濁液が持続的な作用・効能を奏することは本件優先日当時の文献からは知ることのできない事柄である。本件発明は,公知の成分であるモメタゾンフロエートの水性懸濁液の有する未知の性質(鼻に局部投与した場合の抗アレルギー効果の高い持続性)に着目した用法・用量を特徴とする発明(用途発明)であり,進歩性のある発明である。

 

  また,本件優先日当時,モメタゾンフロエートの鼻腔内投与水性懸濁液のバイオアベイラビリティは公知でなく,その他のステロイドのバイオアベイラビリティも,40%を超えるものばかりであった(甲A591296頁)。したがって,当業者であれば,モメタゾンフロエートを経鼻投与した場合のバイオアベイラビリティについても,既知のステロイドの場合と同程度の40%以上と推測する。審決は,ブデソニド(バイオアベイラビリティ:102%)やトリアムシノロンアセトニド(バイオアベイラビリティ:45%)がモメタゾンフロエートの「類薬」としているから,これによれば,モメタゾンフロエートもこれらと同程度のバイオアベイラビリティと推測することになる。ところが,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合のバイオアベイラビリティは,0.16%未満であり(モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性吸収は8%であり,かつ,全身性吸収されたものの98%以上が肝臓で代謝される(本件明細書・表2,第53840行)),顕著に低い。なお,モメタゾンフロエートでは,鼻腔スプレー懸濁液における平均血漿中濃度は経口水性懸濁液の濃度を下回り,この性質も,本件発明の顕著な効果をさらに裏付けている。

 

3)審決の効果の認定及び評価について

  審決は,上記(2)のとおり,本件発明が11回投与の場合と12回投与の場合で効能に有意な差が無く,ステロイド点鼻薬として優先日当時に望み得る,最も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,審決が「類薬」とする他のステロイドと比較して本件発明のバイオアベイラビリティが顕著に低いことを看過しており,審決の効果の認定には誤りがある。また,非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果である。審決は本件発明の効果の存在を看過したことにより,当該効果の評価も遺漏しており,誤りがある。

 

  審決は,甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液であるから,効果②(経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果)は本件発明の有利な効果の存在の根拠とならないと判断する。審決の判断によれば,公知物がある効果を客観的に奏するのであれば,優先日当時に当該効果の存在が当業者に知られていなくても,発明の効果の顕著性は,上記効果と比較して判断することになる。

しかし,用途発明は,既知の物質について新規な用途を発見したことを特徴とする発明であり,当該新規な用途を基礎づける物性は(発見されていないだけで)公知物自体にすでに客観的に備わっている。したがって,公知物に当該物性が備わっていることを理由に用途発明に顕著な効果を認定しないとすると,公知物に当該物性を発見したことを根拠とする用途発明については,およそ顕著な効果を根拠とする進歩性(特許法292項)はあり得ないことになる。したがって,少なくとも用途発明の効果の顕著性は,優先日当時の技術理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきである。

審決は,優先日に公知となっていない効果との比較で顕著性を評価するもので,後知恵である。

 

4審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

・・・

 

取消事由2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1審決は,本件発明の効果①,③は,甲1発明の効果,甲2文献の記載から読み取れる効果,及び,甲A68の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが,誤りである。

 

2)本件発明の効果

  本件発明の課題は,アレルギー性鼻炎の治療に優れた抗炎症効果を有しながら全身性副作用の少ない治療方法の開発というより広い課題として把握されなければならず(本件明細書の第350行~第42行,同3037行,第53034行),本件発明の効果は,次のとおりである。

(ア)アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの投与で効果的に処置できること

(イ)モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げること

 

  アレルギー性鼻炎に対して,11回のモメタゾンフロエートの投与で効果的に処置できることという効果(上記ア(ア))について

  本件発明のアレルギー性鼻炎に対する優れた治療効果は,本件明細書に記載された201名の季節性アレルギー性鼻炎の患者を対象にした臨床研究(第1449行~第1739行)に記載されている。本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス®は日本においては2008年に発売が開始されたが(甲A18),それまで,12回の投与とされていた鼻噴霧用ステロイド薬とは異なり,11回で効果が十分持続する鼻噴霧用ステロイド薬として画期的なものであった(甲A16)。

  そして,上記の画期的効果は,モメタゾンフロエートのフロエート構造が薬理効果を長期間発揮する物性をモメタゾンフロエートにもたらすことによるものであるところ,本件優先日当時,上記の物性等は明らかになっていなかったから,当業者がこの画期的効果を予測することは不可能であった。

 

  モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げるという効果(上記ア(イ))について

(ア)本件発明は,①血漿中コルチゾル濃度の測定(本件明細書第13欄下から2行~第149行),②トリチウム標識モメタゾンフロエートを投与することによる全薬物についての全身性吸収率の測定(第1811行~第26欄最終行,表2193540行),③高速液体クロマトグラフィーを用いた代謝物分析(肝臓における一次代謝の割合)(第53446行,第181126行)という3つの実験から,上記の効果が得られたことを確認している。

すなわち,上記①の結果は,全身性副作用である副腎抑制がないことを示している。また,上記②及び③の結果は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性バイオアベイラビリティが1%未満であること(②におけるモメタゾンフロエートの水性懸濁液吸収率8%(代謝物含む)×③における初回通過効果を回避する割合2%)を示している。このように,本件発明は,全身性吸収が低く抑制されると同時に,わずかに吸収されたモメタゾンフロエートの大部分は代謝されることにより,血流に到達する親薬物は実質的に存在しないこととなり,「モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げる」という顕著な効果を有する。

 

(イ)このような効果は,次のとおり,本件優先日当時予測できるものではなかった。

モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明されておらず(甲2文献),これらのデータなしに,鼻腔吸入した場合の全身効果の程度を知ることはできなかった。本件優先日当時,モメタゾンフロエートが少なくとも複数の推定代謝物を有し,その代謝物の多くがコルチコイドレセプターと強い結合親和性を有していたことが報告されており(甲A26・概要・141頁右欄13行~1422行),鼻腔投与された場合の薬物動態は複雑なものとなると考えられていたから,なおのことである。

 

1文献や甲2文献にはモメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際の全身バイオアベイラビリティについての記載がないから,このような効果を予測し得ない。さらに,本件優先日後の文献によれば,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが甲A68のブデソニド,トリアムシノロンアセトニド及びフルチカゾンプロピオネートのバイオアベイラビリティと比較して格段に優れており,このことからは,前者の優位性が予測し得なかったものであることが理解できる(甲A59の図5)。本件優先日後に,日本において鼻噴霧用ステロイド薬として使用されている主な医薬品のうち,バイオアベイラビリティが明らかとなっているものは,フルナーゼ(199492日に日本で販売開始)で1パーセント未満(甲A1917頁),アラミスト(2009619日に日本で販売開始)で平均0.5パーセント(甲A2025頁),本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス(2008916日に日本で販売開始)で0.2パーセント未満である(甲A181頁)。現在日本において小児アレルギー性鼻炎に使用されている鼻噴霧用ステロイド薬のうち,フルナーゼは4歳以下(甲1932頁)について安全性が確立していないのに対し,ナゾネックスは3歳未満の幼児において安全性が確立していない(甲A1839頁)とされ,ナゾネックスの方がより年齢の低い小児に安全性のある医薬品となっている(甲A17686頁)。

 

本件優先日当時,経口投与の場合には初回通過効果を受けるのに対し,鼻腔投与の場合には当該効果を受けることがなく,薬物透過に対するバリアー能が鼻粘膜は低いため,鼻腔投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるとの技術常識があった(甲A60)から,甲2文献のモメタゾンフロエート溶液を経口投与した場合の血漿濃度から水性懸濁液を鼻腔投与した場合のバイオアベイラビリティを予測することはできないことはより一層明らかである。

 

最終的にどの程度の薬物が吸収されるのかは,薬物が最終的に排出されるまでの経過を見なければわからないし,投与後24時間の間の血漿中コルチゾル濃度をみなければHPA機能が抑制されているかどうかはわからないから,甲2文献に示された血漿中の最大濃度(CmaxTmax)からHPA機能抑制の程度を予測することはできない。甲2文献の「モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有する一方,視床下部―下垂体―副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。」(第473頁左欄38行)との記載は,モメタゾンフロエートを皮膚に塗布する場合であって,鼻腔吸入した場合のものではないところ,前記32)イのとおり,皮膚に対する副作用から鼻腔投与の場合の副作用を予測することはできない。

 

モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎を効果的に処置しつつ,所望しない全身性副作用を抑制することができたのは,少なくとも一部はフロエート部分が有する機能であるが,これは本件優先日当時,知られておらず,予測することはできなかった。

(ウ)甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが11回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という格別顕著な効果を有することは予測し得ない。

 

3)審決の判断について

  効果①について

(ア)前記32)イのとおり,皮膚局所適用について有効性が確認されていても鼻腔吸入に有効であると限らないから,本件優先日当時,当業者が,甲2文献の「モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して有望な新薬候補」との記載に接しても,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に治療効果を有することを予想することはない。また,甲2文献からは,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に治療効果を有することは読み取れない。

(イ)武蔵野大学薬学部のA教授の意見書(甲A38112頁)によれば,当業者が甲2文献に接した場合にモメタゾンフロエート溶液の11回の投与では有効な治療効果を得ることができるとは予測できない。また,甲A68におけるモメタゾンフロエートとは異なるコルチコステロイドの用法が「11回」であることの記載があったとしても,モメタゾンフロエートについて11回の用法でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できることは予測し得ない。

(ウ)上記(2)イのとおり,フロエート部分の性質による効果も予測することはできなかった。

(エ)よって,効果①について,甲1文献,甲2文献,甲A69の記載から当業者が予測し得ると判断した本件審決が誤りであることは明らかである。

 

  効果③について

(ア)甲1文献,甲2文献,甲A68のいずれにも,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際に,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないことの記載はない。

(イ)本件発明では,血漿中コルチゾル濃度の測定を行うことにより,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないという効果を確かめているのであり,上記(2)ウによれば,効果③について,当業者が予測し得ると判断した審決が誤りであることは明らかである。

 

  効果②について

(ア)審決は,効果②は甲1発明との関係では有利な効果の存在の根拠となり得ないと判断したが,これは,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が開示されてさえいれば,本件優先日当時にその効果が知られていなくても,有利な効果としては参酌されないと判断したものといえる。

しかし,このような判断は,審査基準及び過去の裁判例に反する。特許発明の効果の顕著性は,優先日当時の技術的理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきであり,審決のように,本件優先日当時に公知となっていない効果を比較するのは後知恵であり,許されない。

(イ)審決は,「経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないこと」という効果②を認定したが,本件発明の効果は上記(2)アのとおりであり,誤りである。

 

4審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

被告の主張は省略します。

裁判所の判断は以下のとおりです。

 

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

当裁判所の判断

・・・

  相違点3-2について

(ア)絶対的バイオアベイラビリティとは,血管内投与以外の投与経路(例えば鼻腔内投与)で得られる血漿中濃度曲線下面積と,静脈注射時の血漿中濃度曲線下面積とを比較することにより得られる割合(乙2)であるから,投与した薬物の量や濃度には依存しないものといえる。そうすると,「未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満」は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤を鼻腔内に投与した場合に現れる客観的な性質であって,甲1発明が備えた構成でもあると推認でき,これを否定する証拠もない。

(イ)したがって,相違点3-2は,実質的な相違点であるとはいえない。

・・・

 

取消事由1-2及び2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について

1)本件発明の効果

  前記12)のとおりの本件明細書の記載によれば,本件発明の効果として,アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが約1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しないことという効果が認められる。

 

  これに対し,審決は,前記第233)のとおりの効果①~効果③を認定する。

しかし,本件明細書の「治療上有効であって,かつ,鼻腔内投与・・・によって投与されたときに,低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用とを示すコルチコステロイドを見出すことが望まれている。」(34448行)との記載及び「本発明は,アレルギー性鼻炎に対して効果的に11回の服用で鼻腔内を処置するための薬剤を調製するためのモメタゾンフロエート水性懸濁液の使用を提供する。ここで,このモメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は,実質的に存在しない。」との記載(350行~44行)に照らせば,本件明細書における,経口溶液や経口懸濁液に関する数値やそれに対する比較は,本件発明の構成が備える効果として記載されているものとは認められない。したがって,効果②のように経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。

 

2)効果が予測できない顕著なものであるかについて

  1文献には,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物を含む鼻腔投与用水性懸濁液が記載されている。また,甲2文献(前記31))には,①モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,アレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入の治療効果が見込まれ,鼻腔内吸入の方法を用いアレルギー性鼻炎に用いること,②モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない合成のコルチコステロイドであることが記載されている。

 

本件優先日当時,①モメタゾンフロエートは,極めて強い局所抗炎症作用を示す一方,副作用(全身作用,皮膚萎縮)は弱く,主作用と副作用の乖離が大きい薬剤であること(前記22)ア),②モメタゾンフロエートは,皮膚疾患について11回の投与で小児でも安全かつ迅速な治療効果があること(同),③皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては,鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であること(同イ)が,技術常識として当業者に理解されていた。

 

また,本件優先日当時,鼻を含めた気道粘膜のアレルギー性疾患にステロイド局所療法を用いる際に,全身への影響を防ぐために懸濁液とし,粘稠性を与えるなどの気道粘膜に長時間にわたりステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られていたことが知られ(前記22)ウ),甲1文献にも,このような工夫をした水性懸濁液が開示されていた(実施例3)。

 

以上によれば,本件優先日当時の当業者は,技術常識並びに甲1文献及び甲2文献の上記記載により,副作用が低いモメタゾンフロエートの鼻腔投与用水性懸濁液につき,皮膚への局所投与と鼻腔への局所投与により薬物動態等の相違があるとしても,11回の鼻腔内投与でアレルギー性鼻炎に治療効果を有し,全身への吸収が低く,バイオアベイラビリティが優れていることも,予測できた範囲のものと認められる。

 

  以上によれば,本件優先日当時の当業者は,本件発明の構成について,「アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが低く,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しない」という効果について,予測することができたというべきである。そして,「バイオアベイラビリティが約1%未満である」との数値についても,その程度が,本件優先日当時の技術常識に基づき予測できた範囲を超える顕著なものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。

 

3)原告らの主張について

  1事件原告の主張について

(ア)第1事件原告は,本件発明が11回投与と12回投与とで効能に有意な差がなく,ステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る,最も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,また,非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果であると主張する。

 

しかし,第1事件原告が「11回投与と12回投与とで効能に有意な差がないこと」の根拠として指摘する本件明細書の「(3)吸入のための水性懸濁液については,単回投与又は分割投与において好ましい用量は・・・の範囲であ」るとの記載(第101214行)は,アレルギー性鼻炎の治療のための水性懸濁液の鼻腔内投与ではなく,「気道および肺実質のアレルギー性および/または炎症性疾患,特に喘息,慢性閉塞性肺疾患,肺および下気道流路の肉芽腫性疾患,肺の非悪性増殖性疾患(例えば,特発性肺線維症,過敏性肺炎および気管支肺形成不全)のような疾患の処置のため」に「吸入」する場合についての記載であり,本件発明の構成について11回投与と12回投与の効果の異同について記載したものとは読み取れない。また,そもそも本件発明の構成によれば,11回の投与によって有効な治療効果をあげられることが予測し得たことは上記(2)で認定したとおりなのであるから,それ以上に,11回の投与と12回の投与の効果を比較することに意味があるとは考えられず,これを予測し得ない効果の根拠とすることはできない。

 

1事件原告の主張するその余の効果については,結局は,アレルギー性鼻炎に対して,11回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しないことをいうに過ぎず,この効果に関する判断は,上記(1),(2)に説示したとおりである。

 

なお,第1事件原告は,本件発明は,後に判明したモメタゾンフロエートの構造(フロエート部分)についての未知の性質に着目した発明であり進歩性があるとも主張するが,本件明細書にこの点に係る記載はなく,また,本件発明の構成について,上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕著なものといえないことは上記(2)説示のとおりであるから,フロエート部分の性質が後に判明したことは,本件発明の進歩性の判断に影響するものではない。

 

(イ)また,第1事件原告は,審決の効果②の認定を前提として,経口溶液との比較した全身的な吸収の低さが予測し得ないものであることについて言及するが,本件発明の効果の認定において,経口溶液との比較を考慮すべきでないことは,上記(1)イに説示したとおりである。

 

  2事件原告の主張について

(ア)第2事件原告は,①皮膚局所適用について有効性が確認されていても,必ずしも,鼻腔吸入についての有効性があるとは限らないこと,②本件優先日当時,モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明されていなかったこと,③モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔内投与した際のバイオアベイラビリティは不明であったこと,④鼻腔内投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるのが技術常識であったこと,⑤鼻腔吸入の場合の全身性副作用の程度は不明であったことなどを主張する。しかし,甲1文献及び甲2文献の記載並びに技術常識に照らし,上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕著なものであるといえないのは,上記(2)に説示したとおりである。

さらに,第2事件原告は,本件優先日後の知見によれば,本件優先日後の製剤において,本件発明にかかる薬剤は他の薬剤より低い年齢の小児に対して安全性が確立していること,フロエート部分が有する優れた特性があることが明らかになったことを指摘するが,これらはいずれも本件優先日以降に判明したことで,本件明細書にはその記載もなく,本件発明の効果を認定するに際して考慮することはできない。

 

(イ)第2事件原告は,甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが11回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という格別顕著な効果を有することは予測し得ないと主張する。

しかし,本件発明の構成とした場合に,「11回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できる」という効果を有することを予測できたといえるのは,上記(2)のとおりである。

 

4以上のとおり,審決における効果の認定には誤りがあるが,効果の顕著性に関する判断に誤りはないから,原告らの主張する取消事由1-2及び2-6は理由がない。

 

まとめ

以上のとおりであるから,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がなく,原告らの請求は棄却すべきであるから,主文のとおり判決する。

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

以上の通り、本件特許発明の効果の顕著性は認められず、原告の請求は棄却されました。

 

裁判所は効果②に関して、「経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。」と判断しましたが、この判断方法はこのブログで紹介した判決ではおそらく初めてだと思います。理由をもう少し詳細に説明してほしかったなと思います。

 

なお、前回の知財高裁の判決(東和薬品 v. メルク)で、裁判所は、

「イ  全身的な吸収及び代謝

 本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。・・・」

と判断していました。

審決は効果②の認定にあたって、この部分を考慮したんだと思います。否定されてしまいましたが。


■<知財高裁/アリムタ特許の審取訴訟> 本件特許発明の効果が読み取れないという原告の主張は進歩性欠如の根拠として採用されなかったが、実施可能要件/サポート要件違反の根拠として使えそうな事例


<判決紹介>

・平成30(行ケ)10116号 審決取消請求事件

・令和元年1128日判決言渡

・知的財産高等裁判所第2部 森義之 眞鍋美穂子 熊谷大輔

・原告:ニプロ株式会社

・被告:イーライ リリー アンド カンパニー

・特許5469706

・発明の名称:新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法

 

 

コメント

アリムタに関する特許の、無効審判の審決取消訴訟の紹介です。

後発品メーカー vs 新薬メーカーです。

経緯は以下のとおりです。

・平成12630日:イーライ リリーが基礎出願

・平成12927日:イーライ リリーが基礎出願

・平成13418日:イーライ リリーが基礎出願

・平成13615日:PCT出願

・平成2627日:特許登録(特許5469706

・平成26424日:沢井製薬が無効審判請求(無効2014-800063)→有効審決知財高裁・請求棄却

・平成261226日:ホスピーラが無効審判請求(無効2014-800214

・平成261227日:ニプロが無効審判請求(無効2015-800006

・平成3074日:無効2015-800006有効審決

・平成3089日:ニプロが審決取消訴訟提起

・令和元年1128日:判決いまココ

・令和3年6月15日:存続期間満了

 

先発品はアリムタ注射用100mg500mg(一般名:ペメトレキセドナトリウム水和物)で、現時点で後発品はありません。

効能・効果は、悪性胸膜中皮腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌です。

 

本件特許の請求項1は以下の通りです。

 

「【請求項1

葉酸及びビタミンB12と用いられる,ペメトレキセート二ナトリウム塩を含有するヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための医薬であって,下記レジメで投与される医薬:

  a.有効量の該医薬を投与し;  

  b.葉酸0.3mg5mgを,該医薬の投与前に投与し;そして,  

  c.ビタミンB12500μg1500μgを,該医薬の第1の投与の13週間前に投与し,

該レジメは,該医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持を特徴とする,上記医薬。」


原告が主張した無効理由は、新規性欠如、進歩性欠如です。 

進歩性に関しては、ビタミンB12を追加投与することの動機付けがないと判断され、原告の主張は認められませんでした。

新規性に関しては、原告は、ペメトレキセドナトリウムの第II相臨床試験を根拠に、本件発明が「公然知られた発明」であると主張しましたが認められませんでした。

 

裁判所の判断の詳細は以下の通りです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

本件審決の理由の要点

1 無効理由1(進歩性の欠如)について

  1(特開平5-97705号公報)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)

1には,「葉酸を活性成分とする毒性緩和剤と用いられる,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤を含有するヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための医薬であって,

下記レジメで投与される医薬:

有効量の該医薬を投与し,

  葉酸の約0.5mg/日~約30mg/日を,該医薬の投与前に投与し,  

  該レジメは,該医薬の治療効果を維持したままその毒性を減少させることを特徴とする,上記医薬。」の発明(甲1発明)が記載されている。

 

  本件発明1と甲1発明との対比及び相違点についての判断

(ア) 一致点

本件発明1と甲1発明とは,「葉酸と用いられる,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤を含有するヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための医薬であって,下記レジメで投与される医薬:

有効量の該医薬を投与し,

葉酸の0.3mg5mgを,該医薬の投与前に投与し,

該レジメは,該医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持を特徴とする,上記医薬。」の発明である点で一致する。

(イ) 相違点

[相違点1]

本件発明1では,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤として「ペメトレキセート二ナトリウム塩」を用いるのに対し,甲1発明では,「ペメトレキセート二ナトリウム塩」を用いていない点。

[相違点2]

本件発明1の医薬は,さらにビタミンB12と共に用いるのに対し,甲1発明の医薬は,ビタミンB12と共に用いていない点。

[相違点3]

本件発明1では,さらにビタミンB12を「ビタミンB12500μg1500μgを,該医薬の第1の投与の13週間前に投与」するという特定の用法・用量で投与するのに対し,甲1発明では,ビタミンB12を上記特定の用法・用量で投与していない点。

・・・

 

当裁判所の判断

本件発明について

・・・

 

取消事由1(進歩性欠如についての認定判断の誤り)について

・・・

  1発明の認定

・・・

以上によると,甲1には,本件審決が認定した前記第231)記載の甲1発明が記載されていると認められる。

・・・

2) 本件発明1と甲1発明との対比

上記(1)及び弁論の全趣旨によると,本件発明1と甲1発明との間には,本件審決が認定した前記第231)イの一致点及び相違点があることが認められ,また,相違点1は,容易想到であると認められる。

 

3) 相違点2についての判断

次に,相違点2の容易想到性について判断することとする。

  本件優先日当時の公知事実及び技術常識

・・・

 

  前記(1)の甲1の内容,上記アで認定した本件優先日当時の公知文献の内容や技術常識に鑑みて,相違点2が容易想到といえるかどうかについて検討する。

(ア) 前記(1)で認定したとおり,甲1には,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤の治療効果を維持しつつ,その毒性を減少させることを課題とする旨が記載されているところ,甲1では葉酸をGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤と組み合わせて投与することによって同課題を解決できるとしており,同課題に関して,更に別の活性成分,例えば,ビタミンB12を積極的に適用する動機や示唆は甲1には何ら記載されていない。

これに加えて,上記ア(ア)(イ)の甲2444からすると,本件優先日前にMTAの抗腫瘍活性を維持しつつ毒性を低減させるという目的のために,MTAと葉酸を併用投与することに言及する公知文献は複数存在し,上記目的のためにMTAと葉酸を併用投与することは技術常識になっていたものと認められるが,いずれの公知文献にも,上記目的のためには葉酸補充だけでは不十分であるとする指摘はないし,葉酸補充に加えて他の活性成分を投与する必要性についても何ら指摘されていない。

 

(イ) 上記ア(イ)(ウ)のとおり,本件優先日当時,①ベースライン時のホモシステイン値が10μM以上であると,MTAの毒性発現が高度に予測されること,②ホモシステイン値は,葉酸又は/及びビタミンB12が不足すると上昇すること,③葉酸とビタミンB12を併せて投与すると,葉酸単独投与の場合に比して,より確実にホモシステイン値を低下させることができることが,本件優先日当時に知られていたことが認められるものの,以下のabからすると,それにより,甲1発明にビタミンB12を投与することを組み合わせることは動機付けられないというべきである。

 

上記ア(イ)の各公知文献が指摘しているのは,本件優先日当時,ベースライン時のホモシステイン値がMTAの毒性発現を予測させる指標であったということだけであり,原告が主張するような「ベースライン時のホモシステイン値を低下させておくとMTAの毒性発現が抑制される」ということまでが読み取れるとはいえない。この点について,原告は,「ベースライン時のホモシステイン値」と「MTA投与後の毒性」との間に因果関係があると主張する。ベースライン時のホモシステイン値とMTAの毒性発現との間に単純な比例関係があれば,原告が主張するようにいうことも可能であるが,本件証拠上,本件優先日当時,単純な比例関係にあることが知られていたとは認められない(かえって,甲115[212頁左欄5行~6]には,葉酸の機能している状態と血漿ホモシステイン濃度とは,非線形的な逆相関を示す旨記載されている。)から,「ベースライン時のホモシステイン値が高い場合にMTAの毒性発現を予測させる指標であること」から直ちに「ベースライン時のホモシステイン値を低下させておくとMTAの毒性発現が抑制されること」ということができないことは明らかであり,原告の上記主張は理由がない。 また,「ベースライン時のホモシステイン値を低下させておくことで抗腫瘍活性が維持される。」ということについても,甲44に葉酸補充により抗腫瘍活性が維持されて毒性が低減される旨の記載があるほかは,上記各公知文献は何も述べていないから,この点が技術常識であったとまでは認められない。

そうすると,原告が主張するような,「ベースライン時のホモシステイン値を低下させておくと,毒性の発現が抑制され,かつ抗腫瘍活性が維持される。」ということが,本件優先日当時に技術常識として存在していたとまで認めることはできないから,その点から動機付けがあるということはできない。

 

葉酸又はビタミンB12の欠乏により上昇するホモシステイン値とは異なり,メチルマロン酸値はビタミンB12の欠乏により上昇するところ(上記ア(ウ)b),上記ア(イ)のとおり,本件優先日当時,ニイキザ文献は,ベースライン時のホモシステイン値と毒性発現の間には相関関係があるものの,メチルマロン酸値と毒性発現の間には相関関係がない旨を指摘していたのであるから,当業者は,ここから患者のビタミンB12の状態と毒性発現との間には相関関係がなく,むしろ,葉酸の欠乏がベースライン時のホモシステイン値の上昇や毒性発現に関係していると考え,葉酸を補充する方向へと進むものと推認される。現に,上記ア(イ)d のとおり,その注52でニイキザ文献を引用している甲44は,ベースライン時のホモシステイン値10μMが毒性発現の閾値であると指摘しておきながら,葉酸補充にしか言及していないし,ホモシステイン値を葉酸状態の指標であるととらえている。

また,葉酸とビタミンB12が併用されると,上記ア(ウ)aの図の左側にあるメチオニンを生成するためのメチル化反応が促進され,テトラヒドロ葉酸が再生されやすくなるから,ビタミンB12の投与は葉酸単独投与に比して葉酸の機能的状態の改善により資するものといえるが,そのようなテトラヒドロ葉酸の再生の亢進が具体的にどの程度葉酸の機能的状態に影響を与えるものなのかは本件証拠上不明であり,がん患者における葉酸の機能的状態を正常化するためには,葉酸を外部から補充するだけでは不十分であり,ビタミンB12を補充することまでもが必要であったと本件優先日当時に当業者に認識されていたとは認められない。

そうすると,仮に当業者がMTAの毒性リスクを低減させるためにベースライン時のホモシステイン値を10μMより低下させる必要があると考えたとしても,そこからビタミンB12を追加することを動機付けられるとは認められない。

 

(ウ) 原告は,いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ(アンメット・メディカル・ニーズ)により,更なる高い効果を求めて別の活性成分を加えることが動機付けられると主張する。

しかし,上記(ア)(イ)で検討したところからすると,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性の維持と毒性の低減という目的のためには葉酸の予備的処置だけでは十分ではないということが当業者に認識されていたとは認められないのであり,原告が主張するようなアンメット・メディカル・ニーズが存在するからといって,そこから直ちに上記目的のために甲1発明を更に改良する必要があると当業者が認識するとは認められない。

また,仮にアンメット・メディカル・ニーズにより上記目的のために甲1発明を改良することが動機付られるとしても,上記イ(イ)で検討したところに照らすと,そこから更にビタミンB12を併用することが動機付られるということはできないのであり,原告の主張はその点からしても採用することができない。

なお,仮に,甲2が,性質上,動機付けや示唆が記載されることがないものであったとしても,上記判断は左右されない。

・・・

  したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。

 

取消事由2(新規性欠如についての認定判断の誤り)について

1) 事実関係

本件臨床試験等に関して,以下の事実が認められる。

  本件臨床試験について

(ア) 本件臨床試験は,悪性胸膜中皮腫患者を対象として行われた抗がん剤であるMTAの非盲験の第 II 相臨床試験(臨床試験のうち,限られた少数の患者を対象にして,薬物[治験薬]の安全性と有効性,薬物の体内動態及び最適な投与方法と投与期間を試験するもの)であって,ドイツ,イタリア,英国及び米国の4か国にある10施設で実施され,その試験期間は110か月半(1999[平成11]91日~2001[平成13]714日)であった(甲2123[21,22については,訳文である甲211,221を含む。以下同じ。]54133,弁論の全趣旨)。

・・・

 

2) 判断

  前記(1)に基づいて判断するに,前記(1)ア(イ)~(エ)のとおり,本件臨床試験は,抗がん剤としてのMTAについて行われたものであり,本件臨床試験中で用いられた葉酸及びビタミンB12を投与するMTA療法におけるMTA,葉酸及びビタミンB12の投与量,投与の時期,投与経路は,本件発明117のそれに含まれるものであると認められる。

 

  前記(1)イ(イ)のとおり,本件臨床試験はICH-GCPガイドラインに沿って実施されたものであるところ,前記(1)イ(ウ)のとおり,ICH-GCPガイドライン4.8.10は,インフォームドコンセントの同意書面等に「治験の目的」,「治験における処置の内容」,「治験の手順」,「合理的に期待できる利益」について記載すべきと規定している。ICH-GCPガイドラインの上記規定からすると,本件臨床試験においてビタミン補充を受けた患者に対し,投与する抗がん剤がMTAであり,それと併用投与されるのが葉酸及びビタミンB12であるという程度の情報については情報提供があったとは推認できるものの,同意書面等に記載されるべき「治験の目的」,「治験における処置の内容」,「治験の手順」,「合理的に期待できる利益」が具体的にどのようなものを指し,どこまでの情報を開示すべきであるのかについて,ICH-GCPガイドラインには明示的な定めがないし,本件臨床試験が実施されていた諸外国で,当時,どのような法令や実務があったのかについては本件証拠上明らかではない。そうすると,上記のような開示されたと合理的に推認される情報から更に進んでMTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投与の時期,投与経路といった情報や「MTAの毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持を特徴とすること」までもがインフォームドコンセントの同意書面等に記載されていたと認めることはできない。

 

また,ICH-GCPガイドライン4.8.7は,治験担当医師は,患者の同意を得るに当たって,患者やその法的に許容される代理人(以下,併せて「患者ら」という。)が,満足するまで患者らからの質問に回答しなければならない旨規定しているものの,「患者らが満足するまで質問に回答しなければならない」という規定は抽象的なものであって,MTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投与の時期,投与経路といった情報や「MTAの毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持を特徴とすること」といった情報を含む全ての情報が患者らの求めに応じて治験担当医師から患者らに対して提供される体制が構築されていたなどそれらの情報が提供される状況にあったとまで本件証拠上認めることはできず,ましてや,実際にそれらの情報が患者らの求めに応じて治験担当医師から提供されたと認めることはできない。

その他,本件臨床試験において,患者らが本件発明の内容を知ったとか,知り得る状態にあったというべき事実は認められない。

したがって,本件臨床試験において,本件発明が「公然知られた」とか「公然実施された」と認めることはできない。

・・・

  以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張する取消事由2は理由がない。

 

結論

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

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判決文の取消事由1(進歩性欠如)には、本件発明の効果の検討結果が記載されておりません。動機付けがないと判断したため、効果まで判断しなかったいうことでしょう。

 

一方で、原告は、本件発明の効果について、以下の主張をしています。

 

 

 

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3  当事者の主張

  進歩性欠如についての認定判断の誤り(取消事由1

(原告の主張)
・・・
4  本件発明の効果について

  本件明細書の段落【0041】~【0048】のヒトMX-1乳癌腫移植雌性ヌードマウスを用いた実験(以下「実験1」という。)について

(ア) 実験1では,ビタミンB12ALIMTAの投与に先立ってあらかじめ投与されておらず,本件発明のレジメンとは異なるものである。また,本件優先日当時,ビタミンB12の投与時期がALIMTAの投与に先立っていなくとも,「先だった場合」と同じ結果が得られるとの技術常識もない。

したがって,実験1は本件発明の実施例とは認められず,その結果は本件発明の効果を示すものとして参酌できない。

(イ) また,本件優先日の技術水準から当業者が予測できない効果が確認できたというためには,本件発明については,本件優先日当時既知であった「葉酸で前処置した場合」に対して「さらにビタミンB12も組み合わせて処置した場合」を比較すべきところ,実験1ではそのような比較においてどの程度の効果の差があったのかが確認できない。

 

  本件明細書の段落【0049】~【0052】の乳腺癌種C3H菌株挿入マウスを用いた実験(以下「実験2」という。)について

(ア) 実験2では,薬剤について「葉酸代謝拮抗薬」としか記載がないが,「葉酸代謝拮抗薬」には多数の薬剤が含まれるから,本実験において,どの葉酸代謝拮抗薬が使用されるのか特定できない。一方,本件発明の薬剤は「ペメトレキセート二ナトリウム塩」に限定されている。したがって,実験2の記載は,本件発明の効果を確認したものとはいえない。

(イ) また,実験2には,実験結果の定量的な報告が一切ないから,実験2の記載は,何ら実験を行わずとも記載できる範囲のものでしかない。このような記載は,「効果についての意義ある記載」とは認められず,単なる「希望的観測」にすぎない。

(ウ) 本件特許の原出願であるPCT/US2001/014860(国際出願)の明細書では,実験2については,全ての記述が現在形でされている。この点,本件明細書の段落【0051】の最終文が過去形で記されているが,これは誤訳である。

米国における特許出願では「予測に基づく試験結果及び想定した実施例(紙上で作文した実施例)」の記載が許される。ただし,「紙上で作文した実施例(ペーパーイグザンプル)」は,実際に行った試験及び実際に行った結果を記述し得る「実用に供する実施例(ワーキングイグザンプル)」とは対照的に,①実際に行った仕事を示す例としてはならないこと,②実際に得られていない結果を,実際の結果として示してはならないこと及び③過去形を用いた文書で記述しないことなどが定められていて,ワーキングイグザンプルとは明確に区別されている。そして,ワーキングイグザンプルは試験内容及びその結果とともに過去形で記載される一方,ペーパーイ

グザンプルは結果を伴うことなく現在形で記載されることが慣行となっている。

本件明細書の実験2の記載はペーパーイグザンプルであり,このペーパーイグザンプルに対して,その後これに相当するワーキングイグザンプルも補充されていないから,この記載からは,医薬に係る本件発明の効果や「当業者が予測し得ない効果」は確認できない。

 

  本件明細書の段落【0055】~【0065】の臨床トライアルについて

(ア) 本件審決は,本件明細書の段落【0064】の「ビタミンB12および葉酸とALIMTAとの組み合わせ」による処置及び段落【0065】の「ビタミンB12,葉酸およびALIMTAを与えた」という組合せによる化学療法処置は,いずれも,臨床トライアルの「投与方法および服用方法」として記載されている段落【0055】~【0058】に記載の用法・用量を用いた本件発明のレジメンに該当する処置であると認定する。

しかし,段落【0064】や【0065】のいずれにも段落【0055】~【0058】に記載の用法・用量を用いたとの記載はない。また,段落【0064】の第1文では,「現在および過去の臨床トライアルは,米国特許第5217974号に記載されている通り,・・・」とあり,甲1の対応米国特許である「米国特許第5,217,974号」が引用されている。したがって,本件審決の上記認定は誤りである。

(イ) 本件明細書の段落【0064】には,ビタミンB12と葉酸の補充についての毒性に関する記載があるが,本件明細書の表1から明らかなとおり,比較の対象が「ビタミンB12と葉酸のいずれも投与していない症例(N=246)」に対してであり,本件優先日当時の技術水準である「葉酸のみ補充された例」に対してではない。そうすると,毒性事象を低下させたという結果が得られたとしても,それが「葉酸のみでも達成できていた効果」なのか,「葉酸のみの場合に比較して,ビタミンB12を追加することではじめて達成できた優れた効果」なのかが理解できないし,本件優先日当時,表1の結果のみから,葉酸のみを補充した場合よりも葉酸とビタミンB12を補充した場合の方がより毒性を低下できたことを読み取ることができるといった技術常識もない。

したがって,表1の結果からでは,本件発明の効果のうち,「毒性低下」のみについてすら確認できない。まして,表1の結果からでは,本件発明に係る「抗腫瘍活性の維持」については何ら確認できない。

(ウ) 本件明細書の段落【0065】には,62人の患者を二つのグループ(17患者と45患者)に分け,①17患者にはALIMTAを与えるがビタミンB12又は葉酸を与えなかったとし,②45患者にはビタミンB12,葉酸及びALIMTAを与えたとし,その結果,①では17人のうちの1人だけが応答したにすぎないのに,②では45人のうちの8人が応答したとの記載がある。

しかし,これも,「ALIMTAにビタミンB12と葉酸を組み合わせて投与した例」に対する比較の対象が「ALIMTAと葉酸を投与した例」又は「ALIMTAとビタミンB12を投与した例」と解されるところ,それぞれの数又は比率が明らかでないため,17例の中に,どれだけ「ALIMTAと葉酸」を投与した例があるのか不明である。さらに,仮にその数が判明しても,「ALIMTAとビタミンB12を投与した例」と合体させられているから,本件優先日当時の技術水準である「ALIMTAと葉酸」に対する本件発明の効果が確認できない。したがって,段落【0065】の記載からでは,本件発明の効果のうち,「抗腫瘍活性の維持」のみについてすら確認できないし,本件発明に係る「毒性低下」についても確認できない。

(エ) 本件審決は,本件明細書の表1の結果と,段落【0065】の結果を組み合わせて,本件発明の「ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」という効果を認定しているが,このように組み合わせることは許されない。なぜなら,本件発明のように,「毒性の低下および抗腫瘍活性の維持」を効果としてうたう場合,「毒性低下」と「抗腫瘍活性維持」は,一の実験系において双方が同時に達成されていることを示さなければ発明の効果を立証しているとはいえないからである。

そして,本件発明に係る技術において,「毒性低下」が確認できると「抗腫瘍活性維持」も達成されることも自明又は技術常識であるとか,又は反対に「抗腫瘍活性維持」が確認されると「毒性低下」も達成されという技術常識もない。

(オ) 本件明細書の段落【0053】には,具体的な投与方法が記載されているが,薬剤が葉酸代謝拮抗薬としか記載がなく,ALIMTAを投与したことが確認できない。また,葉酸代謝拮抗薬にビタミンB12を組み合わせて投与する旨の記載はあるが,葉酸を組み合わせることの記載がない。さらに,全ての記述が現在形で書かれており,実験結果については定量的な報告はおろか,定性的な報告も一切なされていない。したがって,本件明細書の段落【0053】は,ペーパーイグザンプルであって,何らの効果も読み取れないものである。

(カ) 本件明細書の段落【0054】からは,ALIMTAにビタミンB12を組み合わせたことは読み取れるが,葉酸を投与した旨の記載はなく,そこから本件発明の効果である「葉酸の投与に比べて葉酸とビタミンB12を組み合わせた投与によってALIMTAの毒性を軽減し,さらに抗腫瘍活性を維持するという効果」を読み取ることはできない。

また,本件明細書の段落【0054】は,全ての記述が現在形で書かれており,実験結果については定量的な報告はおろか,定性的な報告も一切されておらず,ペーパーイグザンプルであるから,何らの効果も読み取れない。

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原告は、「ALIMTAと葉酸」の投与と比較した、請求項1のレジメンによる効果を読み取ることができないということを主張しています。

 

ざっと明細書の実施例を見てみましたが、たしかに、上記効果を一義的に読み取るのは難しいように思いました。

 

そうすると、進歩性欠如は認められませんでしたが、実施可能要件/サポート要件違反の根拠としてこの観点を使える余地がでてきそうです。薬理試験結果(又は認識できる記載)がないからという理由で(無効審判は別途)。

なお、同じ特許の過去の沢井製薬の審決取消訴訟(平成28年(行ケ)第10001号 審決取消請求事件)で、実施可能要件/サポート要件違反の主張がされていましたが、この観点ではなかったようです。


■<知財高裁/セレコキシブ特許の審取訴訟> 数値範囲全体にわたり、セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識できないとして、サポート要件違反と判断された事例


<判決紹介>

・平成30年(行ケ)第10110号 審決取消請求事件(第1事件)

・同年(行ケ)第10112号 審決取消請求事件(第2事件)

・同年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件(第3事件)

・令和元年1114日判決言渡 

・知的財産高等裁判所第4部 大鷹一郎 古河謙一 岡山忠広

・原告:東和薬品株式会社

・原告:日本ケミファ株式会社

・原告:ヘキサル・アクチェンゲゼルシャフト

・被告:ジー.ディー.サール,リミテッド,ライアビリティ,カンパニー

・特許3563036

・発明の名称:セレコキシブ組成物

 

 

コメント

セレコキシブに関する特許の、無効審判の審決取消訴訟の紹介です。

後発品メーカー vs 新薬メーカーです。

 

経緯は以下のとおりです。

 

・平成101130日:ジー.ディー.が基礎出願

・平成16611日:特許登録(特許3563036

・平成28930日:東和薬品が無効審判請求(無効2016-800112

・後日:日本ケミファ等が請求人側へ参加

・平成3057日:訂正

・平成30626日:有効審決(請求項1~57~19

・平成3082日:東和薬品が審決取消訴訟提起

・後日:日本ケミファとヘキサルが審決取消訴訟提起

・令和元年1114日:判決いまココ

 

 

先発品はセレコックス錠100mg200mg(一般名:セレコキシブ)で、現時点で後発品はありません。

 

本件特許の請求項1は以下の通りです。

 

「【請求項1】(訂正)

一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。」

 

 

原告が主張した無効理由は、明確性、実施可能要件、サポート要件、新規性欠如、進歩性欠如です。

 

今回裁判所は、サポート要件のみ判断しました。

裁判所は、

「本件発明1に含まれる「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満」の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから,本件発明1は,サポート要件に適合するものと認めることはできない。

と判断しました。

 

詳細は以下の通りです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

当裁判所の判断

本件明細書の記載事項について

・・・

(2)前記(1)の記載事項によれば,本件明細書には,本件発明1に関し,次のような開示があることが認められる。

ア シクロオキシゲナーゼ-2の阻害剤であるセレコキシブは,水溶性媒体には異常なほど溶解せず,例えば,未調合のセレコキシブがカプセル状態で経口投与された場合,胃腸管で急速に吸収されるために,容易には溶解せず,分解もしない,また,長く凝集した針を形成する傾向のある結晶形態を有する未調合のセレコキシブは,通常,錠剤成形ダイでの圧縮の際に,融合して一枚岩の塊になり,セレコキシブの結晶は,他の物質とブレンドさせたときでも,他の物質と分離する傾向があり,組成物の混合中にセレコキシブ同士で凝集し,セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する非均一なブレンド組成物となり,所望のブレンド均一性を有するセレコキシブ含有の製薬成分を調製することは難しいなどの問題があったため,従来,未調合のセレコキシブに対して,生物学的利用能などが改善された経口運搬可能なセレコキシブの調合の必要性が存在し,未調合セレコキシブで可能であるよりも,急速に効き目のある薬物速度論を示す調合を提供することは,特に有益であった(【0003】,【0006】,【0008】,【0009】)。

 

イ 「本発明」は,一つ又はそれ以上の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,各単位量は,一つ又はそれ以上の製薬的に許容な賦形剤と密に混合した約10mgから約1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,粒子の最長の大きさで,D90が約200μm以下であるように(サンプル粒子の90%はD90値よりも小さい),セレコキシブ一次粒子サイズの分布を有する構成を有するものである(【0011】,【0013】)。

 

本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術について

・・・

2)前記(1)の記載事項を総合すると,本件優先日当時,①粉砕によって薬物の粒子径を小さくし,比表面積(有効表面積)を増大させることにより,薬物の溶出が改善されるが,他方で,難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあること,②疎水性の難溶性物質であっても,界面活性剤が存在すると,微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され,粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなることは,周知又は技術常識であったものと認められる。

 

取消理由4(サポート要件の判断の誤り)について

原告らは,本件明細書の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から,本件発明1の「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満」という数値範囲の全体にわたり,当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できるものではないから,本件発明1は,サポート要件に適合せず,また,本件発明2ないし57ないし9も,同様に,サポート要件に適合しないから,本件発明15719は,サポート要件に適合するとした本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。

 

1)本件発明1のサポート要件の適合性について

  特許法3661号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止することにあるものと解される。

そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。これを本件発明1についてみると,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明1は,「一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブ」を含む「固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」に関する発明であって,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満である粒子サイズの分布を有する」ことを特徴とするものであるから,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。そして,前記12)の本件明細書の開示事項によれば,本件発明1は,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供することを課題とするものであると認められる。

 

イ(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には,セレコキシブの生物学的利用能に関し,「発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズを有する。」(【0124】),「湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用してセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱させることを回避するために,粉砕中に必要なことである。前記にて議論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下に小さくすることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要である。」(【0135】)との記載がある。これらの記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。

 

一方で,①本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満である粒子サイズの分布を有する」構成とする具体的な方法を規定した記載はなく,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もないこと,かえって,本件明細書の【0135】には,セレコキシブの微細化に関し,「さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能である」との記載があること,②本件明細書の【0008】には「セレコキシブは,水溶性媒体には異常なほど溶解しない。例えば,カプセル形態で経口投与させた場合,未調合のセレコキシブは胃腸管にて急速に吸収されるために,容易には溶解せず,分散もしない。加えて,長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは,通常,錠剤成形ダイでの圧縮の際に,融合して一枚岩の塊になる。他の物質とブレンドさせたときでも,セレコキシブの結晶は,他の物質から分離する傾向があり,組成物の混合中にセレコキシブ同士で凝集し,セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する,非均一なブレンド組成物になる。」との記載があること,③本件優先日当時,粉砕によって薬物の粒子径を小さくし,比表面積(有効表面積)を増大させることにより,薬物の溶出が改善されるが,他方で,難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。

 

また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。

しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること(甲イ72)に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。

 

以上によれば,本件明細書の【0022】,【0124】及び【0135】の上記記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。

 

(イ)この点に関し被告は,①本件発明1の課題解決のメカニズムは,セレコキシブの粒子の最大長におけるD90200μm未満とされることにより,元来凝集しやすい性質のセレコキシブの凝集性が減少し,その結果セレコキシブ粒子の有効表面積が増大することにより溶解速度が速くなり,セレコキシブの生物学的利用能が改善するものである,②ピンミルを利用した場合には,セレコキシブは長い針状から微小化した均一な粒子になるのに対して,エアージェットミルを利用した場合には長い針状の結晶が残存するためピンミルを利用して粉砕した場合と比較して,液体エネルギーミルで粉砕した場合は凝集力が改善されにくいこと(本件明細書の【0024】)から,単にセレコキシブの粒子を微細化して平均粒子径を小さくすればよいというのではなく,微細化した粒子中に残存する長い針状の結晶の割合こそが重要であり,その割合が限定されなければならないということを見出し,本件発明1では,微細化した粒子中に残存する粒子の最大長のD90を基準として用いることとした,③セレコキシブ粒子の最大長におけるD90200μm未満である場合に,生物学的利用能が改善されるメカニズムが,本件明細書の記載(【0167】,【0172】ないし【0177】,【0183】ないし【0186】,【0205】,表11-2C,表11-2D)から確認できる,④平均粒子サイズが1μm1020μmになるように調製された粒子のD90200μm未満となることは,別紙2-1及び別紙2-2の粒子分布図から理解できる旨主張する。

 

しかしながら,被告が指摘する本件明細書の上記記載中には,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について説明した記載はない。

また,前記(ア)で述べたように,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミル」(「ピンミリング」)を利用して粉砕されたものに限定されるものではないから,「ピンミル」を利用することを前提として,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムを把握することはできない。

さらに,被告は,別紙2-1及び別紙2-2について,D90200μmの平均粒子径は,別紙2-1の山型の分布図のおよそ中央の値(青線)となり,平均粒子サイズ(青線)はその中央値であるおよそ100μmとなる,平均粒子サイズが1μm1020μmの場合に,別紙2-2のとおり,山型の分布が全体的に粒子径の小さい(左)方向にスライドすることになるので,これらのD90200μmより小さい値となる旨述べるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態をとること(甲イ72)は,前記(ア)のとおりであって,例えば,甲イ72の図⑧(「D90●●●●●μm」。別紙3)のような粒子径分布をとる場合があることに照らすと,D90200μm未満の場合の粒度分布は,必ずしも被告の主張するような粒度分布になるものとはいえない。

したがって,被告の上記主張は理由がない。

 

(ウ)また,被告は,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムは,本件明細書の記載から理解できるものであり,この理解に誤りがないことは,未粉砕のセレコキシブと比較して,D90200μmのセレコキシブの生物学的利用能が改善することを示す追加の試験結果(乙10)からも確認することができる旨主張する。

そこで検討するに,乙10には,未粉砕のセレコキシブ(D90=669μm)を含有するセレコキシブカプセル(以下「未粉砕カプセル」という。)とピンミルにより粉砕されて微小化したセレコキシブ(D90=196μm)を含有するセレコキシブカプセル(セレコキシブ25%,ラウリル硫酸ナトリウム2%,「アビセルPH-10173%を含有するもの。以下「196μmカプセル」という。)を「ビーグルイヌ」に投与して,生物学的利用能を測定したこと,その結果,生物学的利用能は,未粉砕カプセルが16.1%であったのに対し,196μmカプセルは32.1%であり,196μmカプセルが2.0倍に向上した旨の記載がある。

一方で,本件明細書には,「セレコキシブは水溶液にかなり溶解しにくい。したがって,本発明の製薬組成物は,任意であるが,好ましくは,キャリア材料として,一つ又はそれ以上の薬剤学的に許容な加湿剤を含む。かかる加湿剤は,水と親和性があるようにセレコキシブを維持させるように選択することが好ましく,その状態が製薬組成物の相対的生物学的利用能を改善させると考えられる。」(【0075】),「ラウリル硫酸ナトリウムは好ましい加湿剤である。存在するならば,ラウリル硫酸ナトリウムは,組成物の全重量の対して,約0.25%から約7%,好ましくは約0.4%から約6%,より好ましくは約0.5%から約5%の量を含む。」(【0076】)との記載があること,疎水性の難溶性物質であっても,界面活性剤が存在すると,微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され,粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなることは,本件優先日当時,周知又は技術常識であったこと(前記22))に照らすと,196μmカプセルに加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが,196μmカプセルの生物学的利用能の試験結果に影響した可能性が高いものと認められる。

 

また,196μmカプセルを調合するに当たり,ピンミルで粉砕し微小化しているが,前記(ア)で述べたように,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミル」を利用して粉砕されたものに限定されるものではない。

したがって,乙1の試験結果から,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムを認識することはできないから,被告の上記主張は採用することができない。

 

ウ(ア)本件明細書には,「例11」として「犬モデルでの生物学的利用能」の実験結果及び「例11-2」として「犬モデルでの調合の生物学的利用能」の実験結果の記載(【0170】ないし【0177】,表11-111-2A11-2B11-2C11-2D)がある。例11及び例11-2には,メス犬及びオス犬をモデルとして,セレコキシブの静脈注射による投与,セレコキシブの経口溶液形態の投与,経口カプセルによる未粉砕,未調合のセレコキシブの投与により,それぞれの生物学的利用能を測定したこと,「組成物A」ないし「組成物F」についての生物学的利用能について測定した結果,メス犬については,「組成物A」(微粉化したセレコキシブ,ラウリル硫酸ナトリウム,「アビセル101」を含むカプセル)は31.2%,「組成物B」(微粉化したセレコキシブ,ラウリル硫酸ナトリウム,「アビセル101」,リン酸三ナトリウム12水和物(Na3PO412H2O)を含むカプセル)は24.9%,「組成物F」(未粉砕,未調合のセレコキシブ)は16.9%であったこと(表11-2C),オス犬については,「組成物A」は49.4%,「組成物B」は54.2%,「組成物F」は16.9%であったこと(表11-2D)であることの記載がある。これらの記載は,微粉化したセレコキシブを含有する「組成物A」及び「組成物B」の生物学的利用能は,未粉砕,未調合のセレコキシブである「組成物F」の生物学的利用能より高いことを示している。

しかるところ,本件明細書の【0172】には,「組成物A」は,調合する前にセレコキシブを「微粉化(平均粒子サイズ10乃至20μm)」させたことが記載されているが,セレコキシブのD90粒子サイズについての明示の記載はないところ,0124】に「例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。」とのの記載があることを参酌すると,「組成物A」に含まれるセレコキシブのD90粒子サイズは,約30μmであると推認される。また,「組成物B」についても,これと同様である。

一方で,「組成物A」及び「組成物B」は,乾燥重量を基礎とした重量割合で,それぞれ2%及び25%のラウリル硫酸ナトリウムが含まれていること(表11-2A)からすると,前記イ(ウ)で述べたのと同様に,本件明細書の【0075】及び【0076】の記載及び本件優先日当時の技術常識(前記22))に照らすと,「組成物A」及び「組成物B」に加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが,生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いものと認められる。

そうすると,セレコキシブ粒子のD90が約30μmである「組成物A」及び「組成物B」の生物学的利用能の実験結果から,本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90200μm未満」の数値範囲の全体にわたり,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできない。

 

(イ)これに対し被告は,本件明細書には,表11-2Aの「組成物A」にはラウリル硫酸ナトリウムが含まれているが,「組成物A」で評価しているのはセレコキシブの微粉化の効果であり,「組成物B」で評価しているのはラウリル硫酸ナトリウムによる湿潤剤増加の効果であることが明記されていること(【0172】),25%のラウリル硫酸ナトリウムを含む「組成物B」の生物学的利用能は,ラウリル硫酸ナトリウムを2%しか含まない「組成物A」と比較して,低い(メス犬につき表11-2C)か同程度(オス犬につき表11-2D)であることからすると,生物学的利用能の改善効果は,ラウリル硫酸ナトリウムによるものではなく,セレコキシブの微粉化によりもたらされていることを理解できる旨主張する。

 

しかしながら,本件明細書には,好ましい加湿剤とされるラウリル硫酸ナトリウムは,組成物の全重量に対して,約0.25%から約7%,好ましくは約0.4%から約6%,より好ましくは約0.5%から約5%の量を含むと記載されていること(【0076】)に照らすと,「組成物A」は,好ましい量とされる2%のラウリル硫酸ナトリウムを含むのに対し,「組成物B」には好ましいとされる量をはるかに超える25%ものラウリル硫酸ナトリウムが含むものであるから,「組成物B」が「組成物A」と比較して生物学的利用能が同等かやや低い結果であったからといって,生物学的利用能の改善効果は,ラウリル硫酸ナトリウムによるものではなく,セレコキシブの微粉化によりもたらされているものと認識することはできない。

したがって,被告の上記主張は,理由がない。

 

エ(ア)本件明細書には,「例13」として,懸濁液と連続した小さなスクリーンサイズ(#14#20#40)を備えた振動ミルを介して何回も粉砕したセレコキシブ粒子のD90粒子サイズが37μm以下のカプセルを用いた相対的生物学的利用能(AUC0-48))の実験結果の記載(【0184】ないし【0186,13B)がある。

13には,D90粒子サイズが37μm以下の粒子サイズのセレコキシブを含む100mg単位投与量カプセルと14C‐セレコキシブの懸濁液プロファイルを用いて,「健康なオス」を被験者として実験した結果,「AUC0-48)にて測定した生物学的利用能」は,D90の粒子サイズが約37μm以下のセレコキシブ粒子を含む100mg単位量のカプセルは,セレコキシブを含む懸濁液と同等であった旨の記載(【0185】,【0186】)がある。

 

しかしながら,例13には,懸濁液に含まれるセレコキシブの粒子サイズの記載はなく,その粒子サイズは不明であることに照らすと,セレコキシブ粒子のD90が約37μm以下である上記実験結果から,本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90200μm未満」の数値範囲の全体にわたり,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできない。

(イ)これに対し被告は,本件明細書の例13において,同一の被験者に例11-2と同様の方法で調製されたと考えられる懸濁液(粒子サイズは約1μm径)とD90粒子サイズが約37μm以下であるカプセル剤が投与されたときにそれぞれのAUC0-48)が同等であったことが確認されており,D90の粒子サイズが37μmのときですら1μmと同様の効果を奏することから,当業者は,D90の粒子サイズが37μm以上のセレコキシブであっても,420μmより大きいサイズの粒子サイズが含まれる未粉砕のセレコキシブの生物学的利用能と比較すると改善された生物学的利用能を奏することは高い蓋然性をもって予測することができる旨主張する。

しかしながら,例11の懸濁液は,「(2)粒子が顕微鏡で評価した際に約1μm径になるまで,ポリソルベート80とポリビニルピロリドンのスラリーにて,薬をボールミルさせて,懸濁液として調製した」もの(【0173】)であるのに対し,例13の懸濁液は,「5%のポリソルベート80を含むエタノールにセレコキシブを溶解させて調製し」たもの(【0185】)であって,懸濁液の調製方法が異なるから,例13の懸濁液の粒子才津は「約1μm径」であるとの被告の主張は,その前提を欠くものである。

 

また,本件明細書には,例13で調製されたカプセルのセレコキシブ粒子は,「セレコキシブ,ラクトース及びポリビニルピロリドンを遊星型ミキサーボールにて混合し,水を用いて湿式顆粒化させた」もの(【0184】)であるとの記載があること,「ポリビニルピロリドンは,セレコキシブ調合の顆粒化のため,セレコキシブパウダーブレンド及び他の賦形剤に凝集性を与えるために利用される,好ましい結着剤である。」,「ポリビニルピロリドンにより,パウダーブレンドに凝集力が付与され,必要な結合が容易に起こり,湿式顆粒化中に顆粒を形成させる。」,「ポリビニルピロリドンを含む本発明の組成物は,特に湿式顆粒化により調製され,他の組成物に対して相対的に改善された生物学的利用能を示すことが判明した。」(【0074】)との記載があることに照らすと,例13で調製されたカプセルのセレコキシブ粒子の生物学的利用能は,ポリビニルピロリドンを利用した湿式顆粒化により改善された蓋然性があるものと認識することができる。

したがって,被告の上記主張は理由がない。

 

  次に,本件明細書の「例15」には,「100mg投与量のカプセルの調製」のための粉砕方法として,「粒子サイズを比較的狭い範囲(D9030μm若しくはそれ以下)内で変化し」(【0190】)との記載があるが,この実験結果は,セレコキシブの生物学的利用能に関するものではない。

このほか,本件明細書には,セレコキシブ粒子のD90の粒子サイズと生物学的利用能に関する実験結果の開示はない。

 

  以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から,当業者が,本件発明1に含まれる「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90200μm未満」の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから,本件発明1は,サポート要件に適合するものと認めることはできない。

これと異なる本件審決の判断は誤りである。

・・・

 

結論

以上によれば,原告ら主張の取消事由4は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。

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判決文によると、

①請求項1に「D90200μm以下」の具体的な方法の規定がなく、「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定されていないこと、かえって、【0135】に「さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能である」との記載があること、

②【0008】にセレコキシブが水溶性媒体に異常なほど溶解しないこと、非均一なブレンド組成物になる等の記載があること、

③難溶性薬物は粒子径を小さくすると凝集が起こりやすい等の技術常識があったこと、

が考慮され、

「「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより、セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。」

と判断されています。

 

また、

A)「本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。」

とも判断されています。

 

①については、一般的な他の製剤特許でも似たことがありそうなので、なかなか危険な論理構成だなと思いました。

 

A)の観点は被告にとってつらい(弱い)ところです。どうやら、「D90200μm以下」の範囲内と外での比較結果が明細書に明確に記載されていないようです(【0022】等に好ましい範囲としての記載はあります)。D90は出願時の請求項1に記載されていなかった構成なので、もしかしたら明細書作成時にはそれほど重視されていなかったパラメータだったのかもしれません。

なお、被告は試験結果を追加提出しましたが、ラウリル硫酸Naが影響している可能性と、①の観点が考慮され、主張は認められませんでした。もし、ラウリル硫酸Naを使用せず、且つピンミリング以外の方法で粉砕した試験結果を提出していたらどうなったのかは気になるところです。

 

数値限定を独立クレームにクレームアップすることって実務的に結構ありますが、この判決の考え方が適応されてしまわないか要検討ですね。

 

また、裁判所は明細書の例11に関して、加湿剤のラウリル酸Naが生物学的利用能に影響した可能性が高いとして、例11は数値限定のサポートの根拠にならないと判断しました。

比較実験は、「添加剤の影響も考慮して」厳密に評価すべきということを意味しており、重要な観点だと思います。

 

無効理由の論理構成を考えるときには、この判決の考え方が使えないか検討したいなと思える判決でした。



■(続)MCIって知っていますか?


313日に、「MCIって知っていますか?」というブログ記事を書きました。

 

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-226.html

 

MCIとは、Mild Cognitive Impairmentの略で、認知症の前段階の状態(軽度認知障害)を意味します。

 

記事中で、株式会社ERISAと滋賀医科大が特許(特許6483890)を取得したということを書いていたのですが、確認したところ、異議申立(2019/09/13がされ、さらに取消理由通知書(2019/12/04がでていました。

 

特許6483890の請求項1は以下のとおりです。

 

「【請求項1】

  軽度認知障害の被験者が所定期間内にアルツハイマー病を発症するか否かの予測を行う診断支援装置であって、

  前記被験者から取得した脳画像を灰白質、白質、および髄液部分に分割する領域分割部と、

  前記分割された各領域に複数の関心領域を設定する関心領域設定部と、

  各関心領域の体積について、各関心領域におけるt値およびp値を演算するt値およびp値演算部と、

  前記t値およびp値に基づいて、各関心領域のz値を演算するz値演算部と、

  機械学習された予測アルゴリズムに従って、前記被験者が所定期間内にアルツハイマー病を発症するか否かの予測を行う予測部とを備え、

  前記予測部は、前記z値に基づいて前記予測を行う、診断支援装置。」

 

取消理由通知書では、進歩性欠如、サポート要件違反が指摘されています。

進歩性の主引例は、審査段階の拒絶理由通知書で引用された文献と同じです。引例2も同じです。どうやら、新たにクリティカルな文献が見つかったことが取消理由に効いたということではなさそうです。

 

特許査定が出たら普通は一安心するところですが、特許公報発行から6ヶ月は異議申立ができるので、この期間は完全には安心できないですね。6ヶ月経過後も無効審判が可能ですが、異議に比べると件数は圧倒的に少ないです。

6ヶ月過ぎるまではニュースリリースしないっていうのもありかもしれないですね。競合会社がちゃんとしてれば、どちらにしろ特許をウォッチング(SDI)しているかもしれないですが。

 

今後は、特許権者から意見書(任意に訂正請求)が提出されることになります。

また数ヶ月後に経過を確認してみようと思います。



20190313_MCI2_biopatentblog.jpg

■<知財高裁/炭酸ランタンOD錠の審取訴訟> 明細書に本願の課題が複数記載されていた場合に、そのうち1つの課題を解決できない実施例があることを根拠にサポート要件違反と判断された事例


<判決紹介>

・平成31年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件

・令和元年1111日判決言渡

・知的財産高等裁判所第3部 鶴岡稔彦 高橋彩 鶴岡稔彦

・原告:バイエル薬品株式会社

・被告:コーアイセイ株式会社

・特許6093829

・発明の名称:ランタン化合物を含む医薬組成物

 

■コメント

炭酸ランタンOD錠に関する特許の、無効審判の審決取消訴訟の紹介です。

後発品メーカー vs 新薬メーカーです。

 

経緯は以下のとおりです。

 

・平成27102日:バイエルが特許出願

・平成29217日:特許登録(特許6093829)

・平成2984日:コーアイセイが無効審判請求(無効2017-800104)

・平成291030日:訂正

・平成3083日:訂正

・平成301212日:一部無効審決(請求項62845無効)

・平成31111日:バイエルが審決取消訴訟提起

・令和元年1111日:判決 ← いまココ

 
この特許に関しては、別途、バイエルがコーアイセイの後発品に対し侵害訴訟を提起していましたが、東京地裁はバイエルの請求を棄却しました。概要は下記ブログで紹介しています。

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-238.html

 

本件特許の請求項6は以下の通りです。

 

「【請求項6】(訂正)

唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が7090質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.612質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。」

 

 

明細書に本願の課題(及び効果)が複数(崩壊性、摩損度等)記載されていたのですが、そのうち1つ(摩損度)の課題を解決できない実施例(実施例4)があることを根拠にサポート要件違反と判断されました。

裁判所の判断は以下の通りです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

事案の概要

・・・

本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,本件取消事由の主張と関連する無効理由4(サポート要件違反)の本件発明628から45までに係る部分の要旨は次のとおりである。

本件発明628から45は,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した,唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与する口腔内崩壊錠を提供すること」などを,発明が解決しようとする課題とするものであると認められる。

上記課題の「低い摩損度」について,明細書の記載から,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従った試験を行うとき,摩損度が0.5パーセント未満であり,かつ,「明らかなひび・割れ・欠け」の認められる比率が実用上無視できる程度に低ければ,「低い摩損度」を有するものといえるところ,本件明細書の実施例4(以下,本件明細書の実施例及び比較例を,単に「実施例4」などという。)の口腔内崩壊錠は,その摩損度が0.4パーセントであって,合格基準内である「0.5パーセント未満」ではあるものの,「明らかなひび・割れ・欠けの個数/試験数」が7/12試験であり,実施例4の口腔内崩壊錠の「明らかなひび・割れ・欠け」の認められる比率が実用上無視できる程度に低いとはいえず,実施例4の口腔内崩壊錠は,「低い摩損度」を有するとはいえないものである。 

したがって,本件発明628から45は,当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らし当該発明の上記課題を解決できると認識できる範囲にないものを包含しているから,無効理由4により無効にすべきものである。

・・・

 

当裁判所の判断

本件発明について

・・・

 

取消事由1(サポート要件違反についての判断の誤り)について

  特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

 

  本件発明の課題

前記1⑵にみたところに照らすと,本件発明の課題のひとつは,高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供することであると認められる。

本件の取消事由1において問題とされているのはかかる課題についてであるので,以下,この課題に係るサポート要件違反の有無を検討する(以下,この課題を「本件課題」という。)。

 

  本件明細書等の記載

上記の速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度の両立という本件課題について,本件明細書並びに日本薬局方の技術情報の解説及び参考情報(乙12)には,次の記載が認められる。

・・・

 

  サポート要件適合性について

原告が本件発明の実施例であると主張する実施例4においては,錠剤硬度117N,摩損度0.4パーセント(7/12)(ただし,括弧内は明らかなひび・割れ・欠けの個数/試験数),崩壊時間39秒(日局(補助盤なし)),7秒(日局(補助盤あり)),40秒(口腔内(静的))であったことが記載されている。

他方,本件明細書の実施例の摩損度の評価は,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従って行われるとされているところ(【0062】),日本薬局方参考情報(乙1)によれば,錠剤の摩損度試験法においては,明らかにひび,割れ,欠けが見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされている。

そうすると,「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠であり,摩損度が0.4%とする実施例4の摩損度の評価の記載を,日本薬局方参考情報における錠剤の摩損度試験法で「明らかなひび・割れ・欠け」が見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされていることとの関係で一義的に整合するように理解することができない。そして,本件明細書には「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠である実施例4の場合に,どのような方法で摩損度を測定した結果0.4%という数値を得たのかに関する説明はなく,この点についての当業者の技術常識を示す的確な証拠もない。

 

以上によれば,当業者は,本件明細書の実施例4の記載から,当該実施例において低い摩損度を含む本件課題が実現されていることを理解することができないし,本件明細書のその余の部分にも,本件発明が,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」という本件課題を解決できることを示唆する記載はなく,この点に関する技術常識を示す的確な証拠もない。

したがって,本件発明について,本件明細書に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであり,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができないから,本件発明がサポート要件に適合するものということはできない。

 

  原告の主張について

  原告は,「明らかなひび・割れ・欠け」は,摩損度とは異なる概念であり,本件発明の課題には含まれない,また,仮に含まれるとしても,本件発明の課題は,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度の両立」であるから,本件発明はこれを解決するものであると主張する。

前記⑶ア及びイにみたとおり,本件明細書においては,発明を実施するための形態,実施例の箇所において,それぞれ速やかな崩壊性,高い硬度,低い摩損度の具体的な評価方法について記載している。特に,摩損度について,発明を実施するための形態において,「『低い』摩損度とは,例えば,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従い,試験を行うとき,0.5%未満(明らかなひび・割れ・欠けなし)である。」(【0050】)とされ,また,実施例において,「摩損度は,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従い,試験を行った。摩損度の目標品質は,通常の錠剤と変わらない取り扱いを目指し,0.5%未満(明らかなひび・割れ・欠けなし)とした。」(【0062】)と記載されている。

 

そして,本件明細書は,かかる評価方法に従って,崩壊性や硬度について,比較例や実施例を評価しており,摩損度については,明らかなひび,割れ,欠けの個数も含めて評価している(【0068】,【0072】,【0076】)。

また,摩損度について,本件明細書が引用する日本薬局方の参考情報は,「試験後の錠剤試料に明らかにひび,割れ,あるいは欠けの見られる錠剤があるとき,その試料は不適合である。もし結果が判断しにくいとき,あるいは質量減少が目標値より大きいときは,更に試験を二回繰り返し,三回の試験結果の平均値を求める。多くの製品において,最大平均質量減少(三回の試験の)が1.0%以下であることが望ましい。」(乙1)として,摩損度試験の評価の際に,明らかなひび,割れ,欠けがある場合にそもそも試料が不適合であるとしてかかる概念も含めて評価の対象とするものである。

そして,前記⑶に引用した本件明細書の記載のほかに,本件明細書中において,本件課題の具体的な評価方法としても,個別の実施例の記載についても,本件発明の課題解決をどのように評価するかについての基準や考え方は窺われない。

以上によれば,本件課題である「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度の両立」が解決されたといえるためには,「低い摩損度」概念の中に「明らかなひび・割れ・欠け」がないことも含んだ上で,「速やかな崩壊性」,「高い硬度」及び「低い摩損度」を実現することが必要であると解される。

 

  原告は,本件発明の課題が達成されているかどうかは市販品として問題のない口腔内崩壊錠が提供されているかどうかという観点から判断されるものであるなどと主張する。

しかしながら,本件明細書には,原告の主張する「市販品として問題のない口腔内崩壊錠が提供されているかどうか」について何らの記載もなく,本件明細書における摩損度試験法に関する明示的な記載に反してこのような評価をすべき根拠は見当たらない。

 

  原告は,実施例4の摩損度及び「明らかなひび・割れ・欠け」の記載に接すると,当業者であれば,日本薬局方の参考情報(乙1)が想定する摩損度が1パーセントを明らかに超えるようなレベルの「明らかなひび・割れ・欠け」があるとまではいえないものがカウントされていると理解できるなどと主張する。

しかしながら,そもそも,本件明細書は,摩損度試験について,日本薬局方の参考情報(乙1)に従うとした上で,それと同様の表現をした「明らかなひび・割れ・欠け」の有無を問題としているのであって,本件明細書と日本薬局方の「明らかなひび・割れ・欠け」が異なる概念であることは何ら読み取れない。

 

  原告は,本件特許出願時において,打錠圧を上げることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることや,予圧をすることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることが技術常識であったとして,このような技術常識に照らせば,本件発明は本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることを主張する。

しかしながら,本件課題は,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」というものであるところ,甲4144546974(枝番を含む。)には,本件発明の口腔内崩壊錠について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立」することができることを示すものではない。本件発明の構成について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって本件課題を解決することができるとの技術常識があるとは認められない。

そして,かかる技術常識が存在しない以上,それを裏付ける実験データ(甲4553)を考慮することはできない。

なお,本件明細書には,「適切な硬度が得られる打錠圧で所定の質量の錠剤を製造する。」(【0059】)と記載されているものの,「ひび・割れ・欠け」の解消との関係で,打錠圧の調整をすべきことについては記載がなく,当業者に対し,課題解決への示唆があるとも認められない。

 

  以上のとおりであるから,原告の主張はいずれも採用できない。

 

  結論

以上の次第で,原告の主張する取消事由1については理由がない。

・・・

 

結論

以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法があるとは認められない。

よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

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問題の実施例4の結果は、以下の表3に記載されています

 

 20191208_biopatentblog.jpg

 

実施例4をみると、摩損度が0.4で、「明らかなひび・割れ・欠け」の7/12は括弧書きになっているので、ここだけを見るとひび等は参考値のように読めないこともないです。

しかし、実施例には以下の記載があり、明らかなひび等が無いことが、摩損度効果ありと判断するための必須事項のように読めます。また、同じように解釈できそうな記載が他にもいくつかあるようです。

 

「【0062】摩損度は、錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従い、試験を行った。摩損度の目標品質は、通常の錠剤と変わらない取り扱いを目指し、0.5%未満(明らかなひび・割れ・欠けなし)とした。」

 

さらに、日本薬局方に「明らかにひび,割れ,欠けが見られる錠剤があるときはその試料は不適合」と記載されていたのも追い打ちをかけてますね。

 

本願のように、効果が無いと解釈される余地がある実施例が得られた場合、出願時、無効理由のリスクを回避するためにどのような明細書の書き方ができたでしょうか。以下に例を4つ挙げてみます。

(1)ひび等は参考値であって、摩損度の評価に含まれないことを明細書で詳しく説明する。

(2)摩損度を課題の欄から削除し、他の欄でも必須の効果として記載しない。

(3)ひび等の評価結果を明細書に記載しない(摩損度は残す)。

(4)実施例4を明細書に記載しない。


(1)は日本薬局方で指摘される余地があるのでリスクは残りますね。(2)~(4)はクレーム、実施例、比較例の整合性が崩れる懸念があります。上手く整合性がとれて、先行技術との差別化やサポートも問題ないならよいですが、そうでなければ実験データの追加や、ストーリーの変更を要検討ということになると思います。



■<知財高裁/抗第IXa因子抗体の侵害訴訟> クレームの「凝血促進活性を増大させる」が狭く解釈され、課題解決手段が異なることを理由に技術的範囲に含まれないと判断された事例


<判決紹介>

・平成30()10043号 特許権侵害差止等請求控訴事件

・令和元年103日判決言渡

・知的財産高等裁判所第2部 森義之 眞鍋美穂子 佐野信

・控訴人:バクスアルタ インコーポレーテッド、バクスアルタ ゲーエムベーハー

・被控訴人:中外製薬株式会社

・特許4313531

・発明の名称:第IX因子/IXa因子の抗体および抗体誘導体

 

 

■コメント

抗第IXa因子抗体特許の侵害訴訟の紹介です。

東京地裁で非侵害と判断され、知財高裁へ控訴された案件です。

原判決(東京地裁)は先日のブログで紹介しています。

 

https://biopatentblog.blog.fc2.com/blog-entry-207.html

 

特許4313531の特許権を有するバクスアルタ(控訴人)が、中外製薬(被控訴人)のヘムライブラ(一般名:エミシズマブ)が本件特許発明の技術的範囲に属するとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案です。

原判決では、技術的範囲に属さないと判断し、請求を棄却しました。バクスアルタが原判決を不服として控訴し、今回の判決に至ります。

 

本件特許の訂正後の請求項1は以下のとおりです。

 

「【請求項1

1A    第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,

1B    凝血促進活性を増大させる

1C    抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」

 

 

エミシズマブが、請求項1の「凝血促進活性を増大させる」の技術的範囲に含まれるかが争点になりました。

 

本件特許明細書には、「凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体」が記載されています。一方で、エミシズマブは「凝血促進活性を増大させない(但し、中外製薬(被控訴人)の主張)モノスペシフィック抗体から誘導された、凝血促進活性を増大させるバイスペシフィック抗体」という特殊な抗体です。

 

原判決では、エミシズマブが「凝血促進活性を増大させる」という機能を有していても、課題解決手段が異なるため、技術的範囲に含まれないと判断されていました。

 

今回、知財高裁はこの判断手法を採用し、同じような判断をしました。

バクスアルタ(控訴人)は、エミシズマブの改変元のモノスペシフィック抗体(Qhomo等)が「凝血促進活性を増大させる」点を主張しました。しかし、実験結果等を根拠に、主張は認められませんでした。

 

裁判所の判断は以下のとおりです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人らの請求は,当審において追加した請求を含め,いずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

本件各発明の意義について

・・・

(2)本件各発明の意義

以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると,本件各発明の意義は,以下のとおりのものと認められる。

すなわち,従来の血友病Aの患者の処置は,欠如又は不足したFVIIIの不足を補うためにFVIII濃縮物の投与による補充療法であった(段落【0003】)。しかし,補充療法には,FVIIIインヒビターを生じさせる患者に対する処置が非常に困難かつ危険性を含んでおり(段落【0003】),そのような患者に対する処置としては,高用量のFVIIIを投与するなどのいくつかの治療方法が存在するが,高価である(段落【0004】,【0005】),多大な時間を必要とする(段落【0004】),重篤な副反応を伴い得る(段落【0004】),患者への負担が大きい(段落【0005】)等の問題点があった。本件各発明の目的は,FVIIIを抑制する患者についての特定の利点を有する,血液凝固障害の処置のための調製物を提供することであり(段落【0010】),これを,FIX又はFIXaに結合してFIXaの凝血促進活性を増大させる抗体又は抗体誘導体によって達成するというものである(段落【0011】)。そして,抗体又は抗体誘導体は,具体的には,FIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製し(実施例1~3),これを色素形成アッセイ等の方法で凝血促進活性の程度を評価し(実施例4~9,14),そのモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から様々な抗体誘導体(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体〔実施例11,12〕,キメラ抗体〔実施例13〕,Fabフラグメント〔実施例15〕,単鎖抗体〔scFv。実施例10,16,18〕,ミニ抗体〔実施例17〕)を作製するものである。

被控訴人製品の構成等について

1)被控訴人製品の構成

被控訴人製品は,原判決別紙「被告製品説明書」及び「被告製品のアミノ酸配列」記載のアミノ酸配列を有する非対称型バイスペシフィック抗体であり,抗体の中でもIgGに分類される。被控訴人製品は,二つの抗原結合部位を有し,その一方がFIXaを認識し,他方がFXを認識するものである(甲23,乙2838,弁論の全趣旨)。

 

2)被控訴人製品の効果等

被控訴人製品の開発過程において作製されたバイスペシフィック抗体のうち,最もFVIII補因子活性が高かった抗体は,XB12/SB04であるが,このFVIII補因子活性はFIXaのモノスペシフィック抗体とは乏しい相関しか有しておらず,バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性は,抗FIXa抗体由来の構造だけでなく,抗FX抗体由来の構造にも影響を受けることが明らかになっている(乙5575)。

そして,被控訴人製品は,FIXaFXの双方に結合し,FIXaFXとの空間的な配向を好適な状況に制御し,酵素の活性部位と基質とを正確に接触しやすくすることで,FVIII補因子活性を代替するという機序により,凝血促進活性を増大させるものである(甲165,乙3375121)。その増大の程度は,本件明細書の実施例と同様の手法で作製された抗体(198A1198B3224F3)と比較して,優れた効果をもたらしている(乙636によると,約1000倍の効果とされている。)。

 

争点1(被控訴人製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について

1)ア  本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の記載は,「第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

 

特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能や作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含めて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。

したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであるもっとも,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が理解することができ,実施することができるのであれば,同構成はその技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

 

  そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。

(ア)ある抗体が,FIX又はFIXaに結合し,FIXaの凝血促進活性を増加するか又はFVIII様活性を有することを示すための試験方法としては,凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,FIXaに対する抗体をスクリーニングし,色素形成アッセイによってFVIII様活性を有するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例49),その中でFVIIIインヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD3)も確認されている(実施例7)。したがって,当業者は,FIXaに対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。

また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体〔実施例1112〕,キメラ抗体〔実施例13〕,Fabフラグメント〔実施例15〕,単鎖抗体〔scFv。実施例101618〕,ミニ抗体〔実施例17〕),当業者は,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。

 

(イ)バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例と

して作製された例は記載されておらず,FIX又はFIXaに結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されていない。

しかし,バイスペシフィック抗体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】及び【0026】)。そして,バイスペシフィック抗体ではないものの,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されている(実施例10131518)。

また,FIX又はFIXaに対するバイスペシフィック抗体の作製法は,本件出願日当時に複数知られており,その中でも,クワドローマ技術は簡便な方法であり,本件出願日当時の当業者にとって,合理的な時間及び努力の範囲内でバイスペシフィック抗体を作製できる手法であったのであり,また,バイスペシフィック抗体を産生するクワドローマを融合し及び選択する種々の方法及びプロトコルは,1999年において,利用可能であり,良好に確立され,二重特異性のIgG分子を作製するのに幅広く用いられていた(本件明細書の段落【0026】,甲97100104,甲1401)のであるから,当業者は,本件出願日の技術常識から,FIX又はFIXaに対するバイスペシフィック抗体を作製可能であったと認められる。

 

さらに,前記32)のとおり,バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性と抗FIXのモノスペシフィック抗体とは乏しい相関関係しかなく,バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性は,抗FIX抗体由来の構造だけなく,抗FX抗体由来の構造にも影響を受けるのであるが,バイスペシフィック抗体においては,FIX又はFIXaに対する結合部位は1価になるものの,1価でも凝血促進活性を増大させる効果があり(本件明細書実施例1012151618),バイスペシフィック抗体の二つの抗原間で立体干渉が生じない限り,モノスペシフィック抗体の活性は維持される(甲1401)。FIX又はFIXa以外の結合部位がFXである場合を想定すると,本件出願日当時,FIXaFXaの構造が明らかとなっており,FIXaFXaの立体構造からすると,当業者は,FIXaFXに結合するバイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)で,FIXa結合部位の活性に対する干渉は起こりにくいと予測できる(甲1401)。

したがって,当業者は,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。

 

(ウ)以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。

もっとも,FIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)がFIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,FIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものではないFIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,このようなモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体がFIXaの凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が理解し,実施できるものとはいえないというべきである。

 

(エ)被控訴人は,①非対称型バイスペシフィック抗体の著しく高い活性は,一つの分子が2種類のアームを有するというバイスペシフィック抗体に固有の機序によって初めて実現されたもので,非対称型バイスペシフィック抗体は,本件明細書においてハイブリドーマ方法によって得られたモノスペシフィック抗体とは活性及び機序の点で大きく異なっており,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたされていることになる,②FVIII補因子活性は,抗FX腕によって影響を受けるため,抗FIXa)腕及び抗FX腕の何れの組合せが非対称型バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性を発現するのか,予測することが困難である,③現時点においてすら,非対称型バイスペシフィック抗体の適切な評価手法が確立できていないことなどからすると,本件明細書は,非対称型バイスペシフィック抗体を想定していなかったといえると主張する。

しかし,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)が抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれ得ることは,既に判示したとおりであって,このことは,被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体の凝血促進活性を増大させる効果が大きいことや,抗FIXa)腕と抗FX腕の何れの組合せが効果があるかを予測することが困難であることや現時点において,非対称型バイスペシフィック抗体の適切な評価方法が確立していないことによって左右されるものではない。

 

(オ)本件明細書においては,凝血促進活性を図る方法について,2時間のインキュベーション後のFVIIIアッセイ(例えば,COATEST(登録商標)アッセイまたはイムノクロム(Immunochrom)試験)において少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比を示すとされている(段落【0013】,【0014】。なお,「バックグラウンドの対測定値の比」は,「ネガティブコントロールとの比」と同義である。)が,色素形成アッセイ以外にも凝固アッセイなどFVIII活性を決定するために使用される全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例245,実施例11・図1822,実施例1518)。

 

このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在しており,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえるものの,本件明細書では,段落【0013】及び【0014】に前記21)クのとおり記載され,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図7A196/AF235μMPefablocXa〔登録商標〕),段落【0068】・図7B198/AM135μMPefablocXa〔登録商標〕)も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性はないと評価されている。)の場合においては,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていない。

 

本件明細書のこれらの記載に加え,前記アのような本件各発明の請求項の記載を考慮すると,当業者は,本件各発明の範囲に含まれる抗体又はその誘導体は,複数の評価方法のうち,色素形成アッセイ(FVIIIアッセイ)を実施した場合には,少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比(ネガティブコントロールとの比)を示すものが本件各発明の抗体及び抗体誘導体であると理解すると認められるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,色素形成アッセイを実施した場合には,ネガティブコントロールとの比が3を超えることを意味すると認めるのが相当である。

これに対し,控訴人らは,「凝血促進活性を増大させる」について,当業者は,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであるか否かで判断する旨主張し,本件明細書の段落【0013】の記載は,「最終的に生成された物の評価をする際に何らかの値を決めておく必要があるので,とりあえず3としたという程度の意味である」(甲1313頁),「任意に設定された仮の基準であり,すべての候補物質に適応すべき必須の条件ではない」(甲1323頁),「ノイズや測定誤差の大きさに関する記載がない以上,統計学的議論から根拠をもった基準として3を導くことはできない」(甲1361頁)などの意見書を提出するが,これらの意見書によると,本件各発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでないことになるから,これらの意見書の意見や控訴人らの主張を採用することはできないことは,既に判示したとおりである。

・・・

 

  以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であり,インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味すると認めるのが相当である。

 

3)被控訴人製品の本件各発明の属否について

  証拠(甲164224,甲2242,甲230,甲2321,甲23413,甲23512,甲250,乙38)及び弁論の全趣旨によると,①控訴人らは,ⓐテクノクロム(ヒトFIXaとウシFXを含む。)にヒトFXを添加して,MonoBMの経時的な吸光度変化を120分間のインキュベーションの後のサブサンプリング法により測定した実験(201762日実施,甲164),ⓑテクノクロムを用いて,MonoBMについて,5分間及び120分間の各インキュベーション時間で,サブサンプリング法によりFVIII活性を測定した実験(2016122日~201867日に実施,甲224及び甲2242,甲224実験),Ⓒテクノクロムを用いて,MonoBMMonoBMCHO,Qhomoシミラー及びQhomoシミラー(CHO)について,それぞれ5分間及び120分間の各インキュベーション時間でサブサンプリング法によりFVIII活性を測定した実験(1回目は20181022~同月23日に実施,2回目は同年116日に実施,甲230及び250)をそれぞれ実施したこと,②被控訴人は,テクノクロムを用いて,Qhomoについて,2時間のインキュベーション時間でサブサンプリング法によりFVIII活性を測定した実験を行ったこと(乙38実験),③MonoBMは,被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき,HEK細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域は野生型IgG4を含む。),MonoBMCHO)は,被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき,CHO細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域は野生型IgG4を含む。),Qhomoは,被控訴人製品のアミノ酸配列に基づき,抗FIXaH鎖及びL鎖を使用し,HEK細胞を用いて産出したモノスペシフィック抗体,Qhomoシミラーは,被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき,HEK細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXaH鎖の元配列を有している。),Qhomoシミラー(CHO)は,被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき,CHO細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXaH鎖の元配列を有している。)であること,④上記①,②の実験結果は次のとおり(なお,インキュベーション時間120分の実験結果については,発色時間2分の値を記載しているが,インキュベーション時間5分の実験結果については,原則どおり発色時間1分の値を記載している。)であることが認められる。

 
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  証拠(甲113,甲2321,甲2341)及び弁論の全趣旨によると,①MonoBMQhomoは,Fc領域のアミノ配列の一部には違いがあるものの,抗FIXa)腕の可変領域のアミノ酸配列に同一性があったこと,②MonoBMCHO)とQhomoの抗FIXa)腕にもアミノ酸配列に上記①と同様の同一性があったこと,③Qhomoと,Qhomoシミラー及びQhomoシミラー(CHO)は,アミノ酸配列が全て同一であったことが認められる。

そして,前記アの各実験結果のうち,インキュベーション時間を5分間とするものは,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体又は抗体誘導体の凝血促進活性を評価する場合の測定方法に合致しないため,インキュベーション時間を2時間とする実験結果のみが考慮の対象となるところ,QhomoQhomoシミラー及びQhomoシミラー(CHO)のネガティブコントロールとの比の値は,おおむね3以下であり,最も高くても3.05である。これに対し,MonoBM及びMonoBMCHO)の値は4を超えるものがあるなど大きく異なっている。このことに,証拠(乙7980,乙1201,乙125132)及び弁論の全趣旨によると,シグナルペプチドの配列によっては,シグナルペプチドが目的とする位置でN末端から切断されず,抗体のN末端の配列は,本来の配列から伸長又は短縮され,目的のものとは異なり,抗原結合活性や物性に影響を及ぼすことがあること,また,同一のアミノ酸配列で構成された抗体であっても,精製方法によっては,凝集物の生成及び構造変化が促進されることがあるとされており,一般に,バイオ医薬品においては,バイオ医薬品の複雑な分子構造と特有な製造プロセスのため,バイオシミラー(バイオ後続品。既に認可された先発バイオ医薬品と,直接あるいは一対一比較により品質特性,有効性,安全性の観点から類似性を示すことにより先発品と類似した製品)と先発医薬品との同一性を担保することが困難とされていることが認められることも併せて考慮すると,一部に値が3を上回っているものがあるとしても,多くの場合において,値が3を下回っている前記実験結果に基づき,被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。

 

ウ(ア)控訴人らは,被控訴人が行った乙36の実験において,Qhomoは,ブランクと比較して,Km(ミカエリス・メンテン定数)が低値,kcat(酵素反応速度定数)が高値,kcat/Km(酵素反応効率)が高値,すなわち,基質(FX)に対する親和性が高く,生成速度が速く,酵素反応効率が高いことが示されていることから,Qhomoは,FIXa(酵素)の凝血促進活性を増大させるものであると主張する。

 

36は,被控訴人製品及びQhomo等について,FIXaによるFX活性化反応における酵素反応速度論解析を行った実験結果であるが,本件明細書には,「凝血促進活性を増大させる」と評価するための指標として,酵素反応速度論的解析は挙げられていない上,凝血促進活性の増大と酵素反応速度論解析との関係は記載も示唆もされていないから,これらの値をもって,本件各発明にいう「凝血促進活性

を増大させる」と直ちに評価することはできない。しかも,基質に対する親和性,生成速度,酵素反応効率がどの程度向上すれば,「凝血促進活性を増大させる」と評価できるのかについての技術常識は何ら示されていない。むしろ,乙36の実験では,Qhomo存在下での酵素反応効率は,FVIIIaの数値の0.0044%にすぎないのであるから,同実験結果をもって,Qhomoが「凝血促進活性を増大させる」抗体であると認めることはできず,被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。

・・・

 

結論

前記第3によると,控訴人らの請求は,その余の点を判断するまでもなく,理由がないことになる。

よって,本件控訴を棄却するとともに,控訴人らが当審において追加した請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

地裁に引き続きですが、課題解決手段が異なるから技術的範囲外っていうのは、かなりインパクトのある判断です。

 

とはいっても、クレームとイ号製品が結構特殊なのと、判決文の内容を考慮すると、他のケースへの適用はそう簡単ではないと思います。また、課題解決手段の設定基準が定まってないので、他のケースに適用した場合は、今回とは違って課題解決手段に何を設定するかという点も争いになり得ると思います。

いずれにしろ、機能限定のある抗体特許の非侵害を主張する際には、この枠組みが使えないか要検討ですね。


■<東京地裁> 「プロカルシトニンを測定」は「プロカルシトニン3-116を測定」の技術的範囲に含まれないと判断された事例


<判決紹介>

・平成30()16555号 特許権侵害差止等請求事件

・令和元年1029日判決言渡

・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 佐藤雅浩 古川善敬

・原告:ベー・エル・アー・ハー・エム・エス・ゲーエムべーハー

・被告:積水メディカル株式会社

・特許5215250

・発明の名称:敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質

 

■コメント

侵害訴訟の紹介です。

被告の積水メディカルは、下記製品を販売しています。

 

1  製品名:ラピッドピア

2  製品名:ラピッドチップPCT

3  製品名:ラピッドチップ用PCTコントロール

 

原告のベー・エル...は、被告製品を用いた方法(被告方法)が本件特許の技術的範囲に属するとして、間接侵害の訴訟を提起しました。

 

本件特許の請求項1は以下の通りです。

 

 

「【請求項1

患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法。」

 

 

今回判断された争点は、請求項1の「血清中でプロカルシトニン3-116を測定する」を被告方法が充足するかという点です。

裁判所の判断は以下の通りです。

 

 

判決------------------------------------------------------------------------------------

事案の概要

・・・

3)被告の行為

被告は,平成298月ころから,日本国内の医療機関,研究機関等に向けて,被告製品の製造等を行っている。

 

4)被告方法(甲71ないし74

被告装置は,試薬表面上の反射光強度を連続的に測定し,測定結果に基づいて試薬の測定対象の濃度値を算出するものであり,被告キットは,検体中のプロカルシトニンを検出するために用いられる被告装置の専用試薬である。被告コントロールは,被告キットを使用して,血漿又は全血中のプロカルシトニンの濃度を測定する際に,被告装置による測定精度を管理するために用いるものである。

被告製品は,一体として,検体中のプロカルシトニンを検出し,敗血症及び敗血症様全身性感染(以下「敗血症等」という。)の診断に用いられるものであるが,被告方法による測定は,プロカルシトニン1-116とプロカルシトニン3-116とを区別してそれぞれの濃度を測定することはできない。

・・・

 

当裁判所の判断

本件発明の技術的意義

1)本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には,次の記載がある。記載中の図は,本判決別紙の図である。

・・・

 

2 争点1-2(「プロカルシトニン3-116を測定する」の充足性)

1)「プロカルシトニン3-116を測定する」の意義

ア本件発明の特許請求の範囲の記載は「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法。」であり,その構成要件Aは「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む」というものであるところ,特許請求の範囲には,その意義について規定する記載はないが,「測定」とは,一般的に,「長さ,重さ,速さなど種々の量を器具や装置を用いてはかること」(大辞林(第3版))との意味を有する。

そうすると,特許請求の範囲の記載からは,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」とは,敗血症等を検出するため,血清中に含まれるプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解するのが自然である。

 

イ また,前記12)のとおり,穂年明細書の記載によれば,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンについて,従前プロシカルシトニン1-116と暫定的,一般的にみなされるなどしていたところ,本件発明は,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンが,プロカルシトニン1-116ではなく,プロカルシトニン3-116であるという発見に基づき,新規な敗血症等の診断方法を提供することを目的とするものである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について,特段の記載はない。そうすると,本件明細書の記載からも,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」とは,敗血症の検出のため,上記の発見に基づきプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味し,その測定結果が敗血症等の検出に用いられることと理解できる。

 

原告は,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」とは,プロカルシトニン3-116を敗血症等の検出に必要な精度で測定することをいい,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を特異的・選択的に測定することを必須とするものではない旨主張し,その根拠として,本件明細書の実施例において,プロカルシトニン3-116を特異的・選択的に測定することが困難なイムノアッセイによりプロカルシトニンの濃度を測定することが記載されていること,本件明細書の記載等を踏まえると,患者の血清中でプロカルシトニン1-116とプロカルシトニン3-116とを区別することなくプロカルシトニン一般を測定したとしても,その濃度は,おおよそプロカルシトニン3-116の濃度であり,測定されたプロカルシトニン3-116の濃度は敗血症等の検出に必要な精度になっていることを指摘する。

 

しかし,本件明細書のイムノアッセイによる測定に関する記載について,正常者及び敗血症患者の血清中のプロカルシトニン濃度の測定結果と,これと同時に行われたこれらの者の血清中のプロホルモン濃度の測定結果と対比することにより,正常者と敗血症患者の間の濃度の差異がプロカルシトニンにおいて際立っていることを示すものである旨の記載があることからすると(段落【0059】【0062】【0063】【表3】),上記測定は,「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の実施例であるとは認められないから,原告の上記主張の根拠となるとは認められない。

 

また,仮に,敗血症患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であるという関係があるとしても,プロカルシトニン3-116を測定することとプロカルシトニン一般を測定することが同義とはいえないことは明らかである,また,敗血症等であるかどうかが明らかではない患者については,その血清中のプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であるかどうかは明らかではないといえるほか,本件明細書には,患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定することにより敗血症等を検出する技術は本件発明の優先日前に従来技術として存在したところ,本件発明は,従来技術に対して新規のものである旨が記載されているのであって,原告の主張は採用することはできない。

以上によれば,原告の主張には理由がなく,これを採用することはできない。

 

エ 以上によれば,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」とは,プロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。

 

2)前記前提事実のとおり,被告装置及び被告キットを使用すると,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ,その測定結果に基づき敗血症等の鑑別診断等が行われていると認められる。被告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で,プロカルシトニン3-116の量が明らかにされているとは認められない。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告方法は,構成要件Aを充足するものとは認められない。

 

3)小括

以上によれば,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。

 

4 結論

以上のとおり,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められず,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないからこれをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

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請求項1の「プロカルシトニン3-116を測定する」のようにバイオマーカーを特定した検出方法の特許って、診断分野では結構あると思いますが、その際の技術的範囲を考える上で参考になりますね。

本件に関しては、裁判所の判断には説得力があり、侵害に持って行くのはかなり難しい事案だったと思います。


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Author: 徳重大輔

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