■併用投与の薬理データがないために実施可能要件が認められなかった事例


<判決紹介>
・平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件
・平成271013日判決言渡、知的財産高等裁判所第2
・原告: キメリクス,インコーポレイテッド
・被告: 特許庁長官


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特願2008-505632に対する拒絶審決の取消訴訟。
争点は、医薬用途発明の実施可能要件・サポート要件を満たすかどうか。

本願請求項1は、以下の通りで、「ウイルス感染を治療するための医薬組成物」に関し、「HDP-CDV(抗ウィルス剤)」と「免疫抑制剤」を含有することに特徴がある。

【請求項1
 薬理学的に有効な量の下記の構造を有する化合物または医薬上許容可能されるその塩(裁判所注: 以下,下線部分を「HDP-CDV又はその塩」ともいう。)と,少なくとも1つの免疫抑制剤とを含む,ウイルス感染を治療するための医薬組成物であって,前記ウイルス感染は,アデノウイルス,オルソポックスウイルス,HIVB型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルス1型,単純ヘルペスウイルス2型又はパピローマウイルス感染である,医薬組成物。
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一方で、本願明細書には、「HDP-CDV」と「免疫抑制剤」の併用が、「HDP-CDV」単独に比べて治療効果を向上させることを示す実験データが記載されていなかった(in vivoin vitroともに)。

裁判所は、以下の通り、実施可能要件を満たさないと判断した。 拒絶審決維持。 ☆


したがって,本願出願日当時において,免疫抑制剤を投与すると,免疫を抑制してしまうために,サイトメガロウイルスなどのウイルス感染症が起こりやすくなることは技術常識であったと認められる。
そうすると,本願出願日当時において,ウイルス感染症を発症している患者に,免疫抑制剤を投与すると,患者に備わっている免疫が抑制され,ウイルス感染症が悪化する懸念を抱くことは,当業者にとって極めて自然なことであった。

以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明において,上記のような技術常識の存在にもかかわらず,本願発明が医薬としての有用性を有すること,すなわち,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されるだけでなく,HDP-CDVを単独で用いた場合に比べて,ウイルス感染の治療効果が向上することを,当業者が理解できるように記載する必要があるというべきである。

(3)
そこで,本願明細書の発明の詳細な説明におけるHDP-CDV並びにエンハンサー及び免疫抑制剤に関する記載について検討すると,以下のとおりである。前記1(1)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,脂質含有プロドラッグとして,HDP-CDVが使用できること(【0029】,【0034】),及び,エンハンサーとして,シトクロムP4503A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質,あるいは,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤が使用できること(【0016】~【0018】,【0062】,【0066】,【0075】)が記載されている。また,シトクロムP4503A酵素の基質として免疫抑制剤(シクロスポリン,FK-506,ラパマイシン)が,また,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤としてシクロスポリンが例示され(【0010】,【0067】,【0068】の表1,【0070】),エンハンサーとして適切な化合物を選択するために,酵素阻害を測定するなどの試験を行うことができることが記載されている(【0061】,【0077】)。このように,脂質含有プロドラッグは,シトクロムP4503A酵素の阻害剤又は基質,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤をエンハンサーとして併用すると生物学的利用能が向上すること,シクロスポリンを含む免役抑制剤の一部がシトクロムP4503A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質となり,また,シクロスポリンがP糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤となることが記載されており,脂質含有プロドラッグとエンハンサーの組合せとして,本願発明のようにHDP-CDVと免疫抑制剤との組合せを選択した場合にも,免疫抑制剤は,HDP-CDVの生物学的利用能を向上させる役割を果たすことについて一応の示唆がある。

しかし,本願明細書の発明の詳細な説明には,【0136】以下において,実施例112が示されているところ,HDP-CDVあるいはその上位概念である抗ウイルス化合物と,特定の「免疫抑制剤」を併用した事例についての記載は,生体内(インビボ)における実験だけでなく,生体外(インビトロ)における実験についても一切記載されていない。

前記のとおり,表1において,エンハンサーとして使用できる薬物として,抗不整脈や抗鬱薬などの種々の薬物と並んで免疫抑制剤が記載されているのみであって,免疫抑制剤によりHDP-CDVの生物学的利用能がどの程度向上するのかは具体的に確認されておらず,また,免疫抑制剤にはウイルス感染症を悪化させるという技術常識があることを念頭においた説明(例えば,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じない程度のエンハンサーとしての免疫抑制剤の用量など。)もないから,HDP-CDVと免疫抑制剤を投与すると,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じてエンハンサーとしての作用を減殺してしまい,HDP-CDV自体が有するウイルス感染治療作用を損なうという疑念が生じるものといわざるを得ない。

そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,ウイルス感染症を発症している患者に対してHDP-CDVと共に免疫抑制剤を投与すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されることを当業者が理解することが可能であったとしても,上記の技術常識に照らすと,それと同時に,免疫抑制剤の利用により免疫が抑制されて感染症が悪化することが懸念されることから,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用した場合には,HDP-CDVを単独で用いる場合に比べてウイルス感染の治療効果が向上するか否かは不明であるというほかなく,当業者が本願発明に医薬としての有用性があることを合理的に理解することは困難である。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願出願日当時の技術常識に照らして,当業者が,本願発明の医薬としての有用性があることを理解できるように記載されていないから,実施可能要件を充足するということはできない。・・・。

3
小括 以上によれば,本願発明が,実施可能要件を欠くとした審決の判断には誤りがないから,その余の審決の当否を判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。


なお、以下の通り、出願日後文献は参酌されなかった。

エ 原告は,特許庁による審査基準によれば,明細書の開示から認識できる範囲であれば,出願後の薬理試験データの参酌は許容されるものであるところ,HDP-CDVと免疫抑制剤とを併用して十分なウイルス感染治療効果が得られることは,本願明細書の記載から理解できるから,参考資料3及び4(甲910)は実施可能要件(及びサポート要件)を補完するものとしても許容されるべきであり,これを参酌しなかった審決の判断は誤りである旨を主張する。
しかし,当業者が,発明の詳細な説明の記載から,HDP単独の投与に対して,HDP-CDVと免疫抑制剤とを併用した場合に十分なウイルス感染治療効果が得られることを理解できないことは,上記のとおりであるから,原告の主張はその前提において誤りがある。したがって,原告の上記主張は採用できない。



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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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