■うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物: 平成23年(行ケ)第10018号審決取消請求事件


コメント:  顕著な効果の看過が決め手となった事例。  訂正発明には「虚血性心不全患者の死亡率の危険性が67%減少」という効果がある。  主引例である刊行物Aでは、「治療効果」は測定しているが「死亡率」は測定していない。 本判決では、主引例が測定していなかった値の効果が問題になっている。 

本件特許は、カルベジロールを虚血性心不全患者に6ヵ月以上投与したら、死亡率の危険性が67%減少したという実施例に基づく特許。 原告は下記の点を説明した。

 ・刊行物B等は虚血性・非虚血性に共通する技術常識、カルベジロールを含む全てのβ遮断薬の技術常識を示すものではない
 ・虚血性(本願)と非虚血性の違い
 ・治療と死亡率改善(本願)は異なる
 ・短期間と長期間(本願)の試験は異なる
 ・虚血性の心不全に対して死亡率の危険性を67%減少させた、という顕著な効果

なお、刊行物Aには「カルベジロールで症状改善」の記載はあるが、「死亡率改善」の記載がない。 死亡率改善に関しては、甲212等に「16ないし27%減少」の記載があるが、本願よりも明らかに低い。 しかも、甲212等は「β遮断薬(本願)」ではなく「ACE阻害剤」の例であり、対象も「非虚血性心不全患者(本願)」ではなく「虚血性と非虚血性を含む心不全患者」であった。 甲20にはβ遮断薬であるビソプロロールを虚血性心不全患者に投与したことが記載されているが、死亡率は改善していない。

ただ、構成だけを見ると、本願と刊行物Aの相違は小さいように思われる。 効果に関して、被告は「単なる効果の確認に過ぎない」と反論しているが、死亡率の減少量に関しては言及していない。
裁判所は、「
被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず」と結論づけた。 ☆☆☆


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▼原告
「1  取消事由に関する原告の主張
…。
(4)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)
ア  訂正発明1には以下のとおり顕著な作用効果があるところ,審決には,これを看過した上で,訂正発明1が容易想到であると判断した誤りがある。
イ  訂正発明1は,虚血性の心不全に対して,「全ての原因での死亡率が危険性を67%減少させた。」という従来技術から到底予想もつかない顕著な作用効果を奏するものである。
β遮断薬について,本願優先日前に大規模臨床試験が行われたMDC試験(メトプロロール)とCIBIS試験(ビソプロロール)では,死亡率改善効果に有意差は認められなかった。また,本願優先日当時に心不全に対する死亡率減少効果が認められていたACE阻害薬であるエナラプリルによるうっ血性心不全患者の死亡率減少は16~27%であった。
これらと比較すると,訂正発明1の作用効果は,本願優先日当時,従来技術から当業者が予想もつかない顕著なものであった。
ウ  訂正発明1は,通常の心不全の進展,心筋虚血による死亡を抑えることに加え,心不全において死亡原因として高い割合を占めていた突然死をも抑制した。
心不全は,心不全の悪化ではなく突然死による死亡割合が高い病気であり,駆出率等の改善は死亡率減少効果に結びつかず,また,生命予後の代用評価指標となるものも現在まで見つかっていない。
心不全の死亡率低減を期待させる薬剤であっても,突然死への効果は予測できず,どの程度の死亡率低減効果を奏するかについて,他の薬剤の結果や少数例のパイロット試験結果などから予測することは不可能である。
本 願優先日当時,β遮断薬であるメトプロロールや心不全の死亡率低減効果が認められ治療に使用され始めていたACE阻害薬において,突然死抑制への効果は認 められておらず,このことからも,虚血性及び非虚血性の心不全両方に対して,実質的に同等で,しかも,全ての原因で死亡率が67%減少するという訂正発明 1の効果を予測することは,不可能である。
エ  以上のとおり,訂正発明1は,従来技術から予想できない,顕著な作用効果を奏するものである。」

▼被告
「2  被告の反論
…。
(4)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)に対して
訂正発明1は治療目的の投与と何ら差異のない構成であり,当業者がその効果を期待できると評価していたといえることから,たとえ,その効果が学術的に価値あるものであったとしても,それは単なる効果の確認に過ぎない。
そして,うっ血性心不全という生命に直接関与する心臓という臓器に関する疾患であるから,その治療目的の投与と死亡率減少目的の投与とは実質的には区別できず,死亡率の減少は治療の延長線上にあるといい得る。
したがって,たとえ学術的に価値のある効果であったとしても,これをもって訂正発明1の進歩性を認めることはできない。」

▼裁判所
「第4  当裁判所の判断
…。
オ  被告の主張に対して
こ の点,被告は,訂正発明1に係る特許請求の範囲において,「死亡率の減少」という効果に係る臨界的意義と関連する構成が記載されておらず,訂正発明1は, 薬剤の使用態様としては,この分野で従来行われてきた治療のための使用態様と差異がなく,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投 与することと明確には区別できないことから,死亡率の減少は単なる発見にすぎないことを理由に,訂正発明1が容易想到であるとした審決の判断に,違法はな い旨主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。
す なわち,特許法29条2項の容易想到性の有無の判断に当たって,特許請求の範囲に記載されていない限り,発明の作用,効果の顕著性等を考慮要素とすること が許されないものではない(この点は,例えば,遺伝子配列に係る発明の容易想到性の有無を判断するに当たって,特許請求の範囲には記載されず,発明の詳細 な説明欄にのみ記載されている効果等を総合考慮することは,一般的に合理的な判断手法として許容されているところである。)。
ま た,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与する例が従来から存在すること,及び「治療」目的と「死亡率減少」目的との間には, 相互に共通する要素があり得ることは,原告主張に係る取消理由2の4に対する反論としては,成り立ち得ないではない。すなわち,「『死亡率の減少』との効 果が存在することのみによって,直ちに当該発明が容易想到でないとはいえない」という限りにおいては,合理的な反論になり得るといえよう。しかし,被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず,その点は,既に述べたとおりである。
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平成23年11月30日判決言渡
平成23年(行ケ)第10018号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年10月24日
判決
原告 第一三共株式会社
訴訟代理人弁護士辻居幸一
同奥村直樹
訴訟代理人弁理士箱田篤
同平山孝二
同新谷雅史
被告 特許庁長官
指定代理人星野紹英
同内田淳子
同唐木以知良
同芦葉松美
◆主文
1 特許庁が訂正2010-390052号事件について平成22年12月15日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
◆第1  請求
主文同旨
◆第2  争いのない事実
▼1  特許庁における手続
原告は,発明の名称を「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」とする特許(第3546058号。請求項の数10。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許に係る発明は,べーリンガー  マンハイム  ファーマシューティカルズ コーポレイション  スミスクライン  ビーチャム  コーポレイション  リミテッド パートナーシップ  ナンバー1により,平成8年2月7日に出願され(パリ条約による優先権主張  平成7年2月8日  ドイツ,平成7年6月7日  米国)(以下「本願」という。),平成16年4月16日,本件特許につき設定登録がなされた。
本件特許については,平成19年9月13日,無効審判が請求され,審判手続中である平成20年9月17日,原告は本件特許の移転登録を受けた。
平 成21年3月4日,本件特許を無効とする旨の審決が出されたため,原告は,同年4月13日,知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求めて訴えを提起し, さらに,訂正審判を請求した。そこで,同裁判所は,同年6月8日,事件を審判官に差し戻すため,審決を取り消す旨の決定をした。原告は,同審判手続におい て訂正を請求し,平成22年3月29日,訂正を認容した上で,本件特許を無効にする旨の審決が出された(甲54)。そこで,原告は,同年5月6日,知的財 産高等裁判所に,上記審決の取消しを求めて訴えを提起した。
原告は,平成22年6月2日,上記訂正後の明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を求めて審判(訂正2010-390052号事件)を請求し(甲7),特許庁は,同年12月15日付けで,請求不成立の審決をなし,その審決書の謄本は同月24日,原告に送達された。
▼2  本件訂正後の特許請求の範囲
本件訂正による訂正後の明細書(以下「訂正明細書」という。)における特許請求の範囲は,以下のとおりである(以下,本件訂正による訂正後の請求項1ないし10に係る発明を順に「訂正発明1」ないし「訂正発明10」という。)(甲7)。
「【請求項1】利 尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡 率をクラスⅡからⅣの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって,低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造 のための,単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両 方である下記構造:
を有するカルベジロールの使用であって,前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤,利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる,カルベジロールの使用。
【請求項2】1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7~28日間の期間に渡り投与する,請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項3】1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7~28日間の期間に渡り投与する,請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項4】1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回投与する,請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項5】前記アンギオテンシン変換酵素がカプトプリル,リシノプリル,フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる,請求項1に記載のカルベジロールに使用。
【請求項6】前記利尿薬がヒドロクロロチアジド,トラセミドおよびフロセミド並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる,請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項7】前記強心配糖体がシゴキシン,β-メチルジゴキシンおよびジギトキシンから成る群より選ばれる,請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項8】次の摂生:
(a)  3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1 単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回,7~28日間の期間に渡り投与し,
(b)  その後,12.5mgカルベジロール/1 単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回,追加の7~28日間の期間を渡り投与し,そして
(c)  最後に,25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1 単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回,維持量として投与する
に 従った,利尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類において虚血性のうっ血性心不全に起 因する死亡率をクラスⅡからⅣの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって,低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される 薬剤の製造のためのカルベジロールの使用。
【請求項9】カルベジロールを1または複数の別の治療薬と組み合わせて投与することを含んで成り,前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤,利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる,請求項8に記載のカルベジロールの使用。
【請 求項10】10~100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって,前記薬 剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され,第一摂生が7~28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10~30% の量を投与することを含んで成り,第二摂生が7~28日後の期間に渡り前記1日維持量の20~70%の量を投与することを含んで成り,そして第二摂生の終 了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る,請求項1に記載のカルベジロールの使用。」
▼3  審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。
(1)  訂正発明1は,本願の優先日前に頒布された刊行物「Journal  ofthe  American  College  of  Cardiology  Vol.24.No.7  December  1994」 における「特発性拡張型心筋症の患者における安静時血行動態変数及び運動時血行動態変数,運動負荷能力,及び臨床症状に対するカルベジロールの短期及び長 期投与の効果」と題する学術論文(甲1。以下「刊行物A」という。)に記載された発明(以下「刊行物A発明」という。)及び本願優先日における技術常識に 基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
訂正発明2ないし4は,訂正発明1を引用した発明であり,訂正発明1に対してさらに付加された事項は,いずれも刊行物Aに記載されている事項と差異がない。
訂正発明5ないし7は,訂正発明1を引用した発明であり,訂正発明1に対してさらに付加された事項は,当業者が容易になし得たものである。
訂正発明8は,刊行物Aの記載及び本願優先日における技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
訂正発明9は,訂正発明8を引用した発明であり,付加された事項は,当業者が容易になし得たものである。
訂正発明10は,訂正発明1を引用しつつ,投与プロトコールをさらに特定するものであり,刊行物Aの記載及び本願優先日における技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
以上のとおり,訂正発明1ないし10は,いずれも,特許出願の際,特許法29条2項の規定により,独立して特許を受けることができないものであるから,同法126条5項の規定に適合しない。
(2)  審決が上記判断に至る過程で認定した刊行物A発明の内容,訂正発明1と刊行物A発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
  刊行物A発明の内容
「利 尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグラウンド療法を受けている,非虚血性のうっ血性心不全患者であって,クラスⅡ 又はⅢの患者を治療する薬剤として,カルベジロールを用量漸増段階の終了後少なくとも3ヵ月間投与すること。」(審決書11頁28行目ないし31行目)
  訂正発明1と刊行物A発明との一致点
「利 尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグラウンド療法を受けている患者におけるうっ血性心不全に対する薬剤の製造のた めの,単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方で あるカルベジロールの使用。」(審決書11頁34行目ないし末行)
  訂正発明1と刊行物A発明との相違点
(形式的な相違点
訂正発明1は,「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスⅡからⅣの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって,低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」であるのに対して,刊行物A発明は「非虚血性のうっ血性心不全患者であって,クラスⅡ又はⅢの症状の患者を治療するための薬剤であって,用量漸増段階の終了後少なくとも3ヵ月間投与される薬剤」である点(審決書12頁2行目ないし7行目)
(実質的な相違点
  相違点1
訂正発明1では「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」であるのに対して,刊行物A発明では「用量漸増段階の終了後少なくとも3ヵ月間投与される薬剤」である点(審決書15頁1行目ないし3行目)
  相違点2
訂正発明1では「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率を減少させる薬剤」としているのに対して,刊行物A発明では「非虚血性のうっ血性心不全の治療のための薬剤」としている点(審決書15頁4行目ないし6行目)
◆第3  当事者の主張
▼1  取消事由に関する原告の主張
審 決には,訂正発明1と刊行物A発明との相違点の看過(取消事由1),訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取 消事由2),訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3),顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由 4)があり,審決の結論に影響を及ぼすから,違法であるとして取り消されるべきである。
(1)  訂正発明1と刊行物A発明との相違点の看過(取消事由1)
訂 正発明1における「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率を・・・同様に実質的に減少させる」という構成及び「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以 上」という構成は,特許請求の範囲で明確に規定されている以上,発明の構成として認定されるべきであり,訂正発明1と刊行物A発明との相違点として認定さ れるべきである。審決は,訂正発明1と刊行物A発明との相違点の認定を誤り,これを前提とする進歩性の判断も誤ったものであり,違法なものである。
(2)  訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
  技術常識の認定の誤り(取消事由2の1)
審決は,甲2ないし6(以下,順に「刊行物BないしF」という。)に基づいて,本願優先日における技術常識を以下のように認定した上で,訂正発明1は刊行物A発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたと判断している。
「(ア)『うっ血性心不全の治療目的としては,(i)生活の質の向上,及び()生命予後の改善,すなわち生存率の改善の二つが重要な目的として認識されていたこと』。
(イ-1)『β 遮断薬は,心不全には従来禁忌とされていたにもかかわらず,また,その有用性が臨床現場において確立されたものではなかったものとはいえ,同時期に無効・ 悪化例も報告されている中で,慎重かつ長期のわたる投与の結果有効例とされる多数の報告を受けて,少なくとも患者の情況によっては,投与開始時に慎重かつ 少量の投与から開始することを前提として,うっ血性心不全の有力な治療薬の一つとして認識されるに至っていたこと』。
(イ-2)『β遮断薬の効果の発現には数カ月以上要すること』。」
しかし,上記のような,虚血性のうっ血性心不全に当てはまる技術常識は存在せず,また,カルベジロールを含む全てのβ遮断薬に当てはまる技術常識も存在しない
刊 行物BないしFは,いずれも,虚血性のうっ血性心不全及び非虚血性のうっ血性心不全に共通する技術常識を示すものではない。また,カルベジロールと他のβ 遮断薬(特にメトプロロール及びビソプロロール)とは,化学構造が大きく異なり,その結果,心臓選択性,α遮断作用,抗酸化作用等において違いがあるが, 刊行物BないしFは,カルベジロールを含む全てのβ遮断薬に共通する技術常識を示すものでもない。
したがって,審決には判断の前提となる技術常識の認定に誤りがある。
  刊行物A発明に刊行物BないしF記載の技術常識を組み合わせることにより容易想到であると判断したことの誤り(取消事由2の2)
(刊行物Aは,特発性拡張型心筋症によるうっ血性心不全の患者に対するカルベジロールの効果を評価した文献であり,このような心不全は,非虚血性に分類される。そして,以下のとおり,虚 血性うっ血性心不全と非虚血性うっ血性心不全は,うっ血性心不全治療薬による治療効果が同一と限らないことが当業者の技術常識であったから,非虚血性の心 不全患者を対象とした刊行物A発明に対し,虚血性心不全に着目していない刊行物BないしFから認定される技術常識を組み合わせても,当業者は,「虚血性の うっ血性心不全に起因する死亡率を…実質的に減少させ」る訂正発明1に想到はできない。
(虚 血性うっ血性心不全と非虚血性うっ血性心不全は心不全に至る過程が異なり,この差異にも起因して,うっ血性心不全治療薬による治療効果は,虚血性の患者と 非虚血性の患者で同一とは限らず,このことは本願優先日前に当業者の間で周知の事実であった。例えば,「Circulation  Vol90,No4  October  1994」という刊行物の「A  Randomized  Trial  of  β-Blockade  in  Heart  Failure  The Cardiac  Insufficiency  Bisoprolol  Study(CIBIS)」(訳:心不全におけるβ遮断薬の無作為化治験  心不全におけるビソプロロール治験(CIBIS))と題する学術論文(甲20。以下「甲20文献」という。)には,心筋梗塞既往がある虚血性患者の場合は,死亡率が,プラセボ群では18.7%(134名中25名死亡),ビソプロロール投与群では20.7%(169名中35名死亡)であり,β遮断薬であるビソプロロールを投与した場合の死亡率はほとんど変化がないか逆に微増しているの に対して,心筋梗塞既往がない非虚血性患者の場合には,死亡率が,プラセボ群では22.5%(187名中42名死亡),ビソプロロール投与群では 11.9%(151名中18名死亡)であり,ビソプロロールを投与した場合,死亡率が低下したことを示している。換言すれば,同一治療薬を心不全患者に投 与した場合であっても,虚血性心不全か非虚血性心不全かによって,その効果に差異を生じ得ることを示している。
また,刊行物「The  New  England  Journal  of  Medicine  Volume325  AUGUST  1,1991」の「左室駆出率が減少しているうっ血性心不全患者の生存率に対するエナラプリルの効果」と題する学術論文(甲21の1。以下「甲21の1文献」という。)の図4も,心不全治10
療に使用されるACE阻害薬であるエナラプリルが,虚血性の患者群で12%のリスクリダクションであったのに対して,非虚血性を含む虚血性以外の患者群では27%のリスクリダクションを示したことを開示している。
そして,本願優先日前において,β遮断薬は,非虚血性うっ血性心不全の症状改善用途に使用されてきたとされてはいるが,虚血性うっ血性心不全患者のみを対象として,死亡率低下目的や症状改善目的(血行動態の改善等)で,有効性が報告された例はない。
(ま た,刊行物BないしFは,カルベジロールとは物質として異なる他のβ遮断薬(メトプロロール等)の報告であり,心不全に禁忌な薬剤であるβ遮断薬の心不全 に対する作用機序さえ解明しておらず,カルベジロールを含むβ遮断薬一般に共通する技術常識であることも示していないから,当業者が,刊行物BないしFの 記載がカルベジロールを含むβ遮断薬一般の技術常識であると認識するとは考えられない。
(したがって,本願優先日当時,当業者が刊行物A発明に刊行物BないしFに記載された技術常識を組み合わせる動機付けは存在しない。
  非虚血性の患者のみを対象とした刊行物A発明から訂正発明1が容易想到であると判断した誤り(取消事由2の3)
刊行物Aは,非虚血性の患者のみを対象としたカルベジロールの効果について記載したものである。
虚 血性心不全と非虚血性心不全とは,原因,危険因子,治療に対する反応性,生命予後等の点で大きな相違がある。したがって,刊行物A発明から訂正発明1が容 易に想到できたというためには,刊行物Aに,虚血性心不全患者に対してもカルベジロールが同様の効果を奏することが当業者が認識できるように記載されてい る必要がある。しかし,刊行物Aには,そのような記載はない。したがって,当業者は,刊行物A発明から訂正発明1を容易に想到することはできない。
  「うっ血性心不全の治療」に用いられる刊行物A発明を「うっ血性心不全患者の死亡率減少」に用いることと差異がないとした判断の誤り(取消事由2の4)
(心不全治療薬については,治療目的と死亡率改善目的で投与する薬剤を使い分ける(例えば強心薬など)ことは当業者にとって常識に属する事項である。
本 願優先日当時,心不全患者にβ遮断薬を投与することは,患者の死亡率上昇につながりかねないことを理由に,禁忌とされていた。刊行物Eには,1975年か ら1980年にかけてスウェーデンのA,Bらのグループが,心不全に禁忌とされている交感神経β受容体遮断薬を重症の拡張型心筋症患者に長期投与したとこ ろ,運動能力,心機能及び生命予後が改善したという,逆説的な一連の報告を行ったと記載されているが,本願優先日当時,β遮断薬療法は心不全治療専門医に 全く受け入れられておらず,そのことは当業者間では周知であった。
理論的に考えても,心不全は心収縮力が低下した状態であるから,交感神経の遮断によって心収縮力をさらに弱めるβ遮断薬は,カルベジロールを含めて,心不全の悪化や死亡のリスクを高めるとして,心不全には禁忌として扱われてきたものである。
刊行物B及びCには,β遮断薬による治療法が注目を集められ始めていること,及び試験的治療例について記載はされているものの,具体的に例示されている薬剤はメトプロロールのみであり,また,刊行物Eも,有効とされている薬剤の種類はごく限られている(カルベジロールは含まれない)し,患者数もごく少数である
薬物による慢性心不全治療で死亡率の減少効果を評価するためには,長期にわたる大規模臨床試験の実施以外に方法はなく,その結果得られる科学的な証拠(エビデンス)なしで死亡率の減少を議論することは,全く意味がない。
カルベジロールは,β遮断薬として初めて心不全における死亡率減少についてエビデンスが実証された薬剤である。後日,カルベジロールを含む一部のβ遮断薬について慢性心不全治療に有効であることが判明したが,それらを除けば,今なおβ遮断薬は慢性心不全に禁忌である。
以上によると,本願優先日当時,当業者が,刊行物B,C及びEから,カルベジロールを心不全に起因する死亡率を減少させる治療薬と認識していたとは考えられない。
(心 不全治療において,症状改善とは現在の症状を改善し,苦痛を和らげることを意味する(いわゆる対処療法)のに対し,死亡率改善は,死亡率を減少させること を意味するのであって,両者は明確に異なる。以下のとおり,訂正発明1は,心不全による死亡の中で大きな割合を占める突然死による死亡率を改善する点に大 きな意義を有するものであり,突然死が死亡の中で大きな割合を占めることにかんがみても,心不全における死亡率減少と症状改善とは明確に異なる。
心不全症例では,様々な経過をたどる。一時的に心不全症状が改善し,安定していても,死に至る(突然死)症例も珍しくなく,個々の症例の生命予後を予測することは,非常に困難である。
心不全における心血管死亡の原因は,大きく分けて突然死と心不全の進行による死亡の2つある。エナラプリルやカプトプリルなどのACE阻害薬の試験で,プラセボ群をみると,突然死が全心血管死亡の1/3から1/2を占めていることが分かる。
本願優先日当時,ACE阻害薬による突然死抑制効果は乏しいとされており,ビソプロロール及びメトプロロールについても突然死を抑制する効果は確認されていなかった。訂正発明1は,通常の心不全の進展,心筋虚血による死亡を抑えることに加え,突然死も抑制したのである。
(3)  訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
医学の世界においては,短期間の試験で良い結果が出たとしても,長期間の試験でも同様の効果が出ると限らないことは,当業者の技術常識である。当業者が,刊行物Aに開示された3か月間投与の効果をもとに,カルベジロールを心不全患者に対して6か月間以上投与した場合の効果を予測して,訂正発明1の構成を採用し得るとの判断は誤りである。
本 願優先日当時,心不全患者に対するカルベジロールの死亡率改善効果は全く未知であり,しかも,心不全患者に対するβ遮断薬投与は一般的に禁忌とされていた のであるから,そのような薬剤を,死亡率減少目的で,死亡率を悪化させかねない6か月以上の長期間にわたり継続使用することなど,当業者には容易に想到で きない。
刊行物Eの表1に記載された年単位の投与例は,最大でも患者数32というごく少数例の試験にすぎず,死亡率改善効果を検証できるレベルの試験ではない。β遮断薬について,本願優先日前に報告されていた大規模臨床試験は,MDC試験(メトプロロール)とCIBIS試験(ビソプロロール)のみであり,死亡率改善効果についてはいずれも有意差は認められなかった。
したがって,本願優先日当時,刊行物Aの記載に接しても,生命予後改善を期待して,心不全患者にカルベジロールを6か月以上の長期間投与することは,容易にはなし得ない。
(4)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)
  訂正発明1には以下のとおり顕著な作用効果があるところ,審決には,これを看過した上で,訂正発明1が容易想到であると判断した誤りがある。
  訂正発明1は,虚血性の心不全に対して,「全ての原因での死亡率が危険性を67%減少させた。」という従来技術から到底予想もつかない顕著な作用効果を奏するものである。
β遮断薬について,本願優先日前に大規模臨床試験が行われたMDC試験(メトプロロール)とCIBIS試験(ビソプロロール)では,死亡率改善効果に有意差は認められなかった。また,本願優先日当時に心不全に対する死亡率減少効果が認められていたACE阻害薬であるエナラプリルによるうっ血性心不全患者の死亡率減少は16~27%であった。
これらと比較すると,訂正発明1の作用効果は,本願優先日当時,従来技術から当業者が予想もつかない顕著なものであった。
  訂正発明1は,通常の心不全の進展,心筋虚血による死亡を抑えることに加え,心不全において死亡原因として高い割合を占めていた突然死をも抑制した。
心不全は,心不全の悪化ではなく突然死による死亡割合が高い病気であり,駆出率等の改善は死亡率減少効果に結びつかず,また,生命予後の代用評価指標となるものも現在まで見つかっていない。
心不全の死亡率低減を期待させる薬剤であっても,突然死への効果は予測できず,どの程度の死亡率低減効果を奏するかについて,他の薬剤の結果や少数例のパイロット試験結果などから予測することは不可能である。
本 願優先日当時,β遮断薬であるメトプロロールや心不全の死亡率低減効果が認められ治療に使用され始めていたACE阻害薬において,突然死抑制への効果は認 められておらず,このことからも,虚血性及び非虚血性の心不全両方に対して,実質的に同等で,しかも,全ての原因で死亡率が67%減少するという訂正発明 1の効果を予測することは,不可能である。
  以上のとおり,訂正発明1は,従来技術から予想できない,顕著な作用効果を奏するものである。
▼2  被告の反論
(1)  訂正発明1と刊行物A発明との相違点の看過(取消事由1)に対して
審決では,「死亡率を・・・同様に実質的に減少させ」及び「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上」という構成を,実質的な相違点として認定しており,原告の主張は理由がない。
(2)  訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対して
  技術常識の認定の誤り(取消事由2の1)に対して
審決は,「カルベジロールを含むβ遮断薬」として技術常識を認定したものではないし,またことさら非虚血性と虚血性とを区別しつつ技術常識を認定したものではない。単に,当時うっ血性心不全に対しては禁忌とされていたβ遮断薬に関する,本願優先日前における「技術常識」を認定したものである。
刊 行物BないしFにおけるβ遮断薬に関する記載は,特定のβ遮断薬について記載したものではない。また,刊行物BないしFの記載は,主として拡張型心筋症 (すなわち,非虚血性のうっ血性心不全)に対するものであるが,これらの刊行物から,従来禁忌とされていたβ遮断薬について,症状改善効果を示す報告例が 多数示されてきた結果,「少なくとも患者の情況によっては,慎重な投与から開始することを前提としてうっ血性心不全の有力な治療薬として認識されるに至っ ていた」ことが,技術常識として認定できる。
したがって,審決が認定した技術常識に誤りはない。
  刊行物A発明に刊行物BないしF記載の技術常識を組み合わせることにより容易想到であると判断したことの誤り(取消事由2の2)に対して
従 来,β遮断薬がうっ血性心不全に対しては禁忌とされていたとしても,実際に投与した結果の肯定的なデータや評価が多数示されており(刊行物BないしF), しかも,「治療指針」としてその投与プロトコールとともにβ遮断薬の投与が示されていた(刊行物B及びC)。そのような状況の中で,カルベジロールがうっ 血性心不全患者に対して投与され,刊行物Aにおいて良好な効果が示されたのであるから,当業者は,このような知見やデータに基づいて,カルベジロールを うっ血性心不全の治療目的で投与すれば,良好な効果が期待できると当然に想起するといえる。
さ らに,刊行物Aに具体的に示されたデータは非虚血性心不全のものであるが,刊行物Aには「(カルベジロールは)短期認容性が良く(32),冠動脈疾患によ り引き起こされた心不全の患者において,症状,運動耐容能,及び長期左心室機能を改善する。」とも記載されており,そもそも刊行物Aにおける試験は,カル ベジロールの「冠動脈疾患により引き起こされた心不全」という虚血性心不全の患者に対する良好な結果を受けて実施されたものであることを示す記載がされて いる。
したがって,技術常識を踏まえつつ,刊行物Aの記載に基づいて,カルベジロールを虚血性のうっ血性心不全患者に投与することは当業者が容易に想到するとした審決の判断には,誤りはない。
  非虚血性の患者のみを対象とした刊行物A発明から訂正発明1が容易想到であると判断した誤り(取消事由2の3)に対して
前 記のとおり,刊行物Aに具体的に示されたデータは非虚血性心不全のものであるが,刊行物Aにおける試験は,カルベジロールの虚血性心不全の患者に対する良 好な結果を受けて実施されたものであり,刊行物Aには虚血性心不全についても記載されている。さらに,前記のとおり,従来禁忌とされていたβ遮断薬を投与 した結果,肯定的なデータや評価が多数示されていたことも勘案すると,当業者が,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与しても良好な結果を示すであろう と当然に期待するといえる。
  「うっ血性心不全の治療」に用いられる刊行物A発明を「うっ血性心不全患者の死亡率減少」に用いることと差異がないとした判断の誤り(取消事由2の4)
に対して
(訂 正発明1が薬剤の投与をたとえ「死亡率を減少させる」と特定しているとしても,用法・用量等のプロトコール上の差異,あるいは,対象患者や症状の区別など といった,「治療」目的とは異なる何らかの技術事項が見出せないのであるから,医薬用途発明として「治療のため」の投与と実質的に異なるものとはいえない。さらに,疾患自体がうっ血性心不全という慢性疾患であり,かつ,治療対象臓器も心臓という生命に直接関与する臓器であって,その治療自体が生命予後に関連するものといえるから,死亡率減少目的の薬剤の投与と治療目的の薬剤の投与との間に,例えば,患者所見に基づく差異があるとか,患者の容態等による差異があるというような事情も認められない。
(さらに,うっ血性心不全という疾患において,「治療のための投与」と「死亡率減少のための投与」とは,目的としても実質的に異なるとすることもできない。
本 願優先日前において,うっ血性心不全の治療目的には,「生活の質の向上」とともに「生命予後の改善」(生存率の改善)が重要な目的として認識されていた。 慢性でしかも心臓という生命に直結する臓器における疾患であるうっ血性心不全に対する治療であれば,その症状改善は生命予後の改善にも当然に繋がるものと いえるから,治療目的の投与と死亡率減少のための投与とは実質的に区別できるものではなく,「死亡率の減少」は,「治療」の延長線上にあるといい得る。
(以上のとおり,「死亡率を・・・同様に減少させ」という特定によっては「治療」用途とは異なる用途が特定されているとはいえず,審決の判断に誤りはない。
(3)  訂正発明1と刊行物A発明との実質的な相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)に対して
訂 正明細書の記載によると,「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上」という投与期間は,単に実験期間を6か月以上としただけであって,「死亡率 を・・・同様に実質的に減少させる」ために必要な構成ではない。そして,「死亡率を減少させる」という目的は,「治療目的」と構成上の差異はないから,治 療目的で6か月以上の期間継続して投与することが当業者にとって容易であるといえるならば,「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」とい う構成を採用することも,容易に想到し得るといえる。
刊行物A発明におけるカルベジロールの投与が用量漸増期間(=チャレンジ期間)
後3か月程度というものであっても,これは単にその試験において選定された期間にすぎず,それ以上の期間の投与が否定されるものとは解されず,さらにはうっ血性心不全という慢性疾患に対する投与であるから,治療の状況に応じた慎重な観察・投与を前提として,例えば年単位という6か月以上の長期間投与を続けるということも当然にあり得る。
したがって,刊行物Aにおける「用量漸増期間後3ヵ月」という投与期間に代えて「用量漸増期間後6ヶ月以上」という投与期間を採用することは,当業者が容易になし得ることとした審決の判断には誤りはない。
(4)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)に対して
訂正発明1は治療目的の投与と何ら差異のない構成であり,当業者がその効果を期待できると評価していたといえることから,たとえ,その効果が学術的に価値あるものであったとしても,それは単なる効果の確認に過ぎない。
そして,うっ血性心不全という生命に直接関与する心臓という臓器に関する疾患であるから,その治療目的の投与と死亡率減少目的の投与とは実質的には区別できず,死亡率の減少は治療の延長線上にあるといい得る。
したがって,たとえ学術的に価値のある効果であったとしても,これをもって訂正発明1の進歩性を認めることはできない。
◆第4  当裁判所の判断
当裁判所は,訂正発明1における顕著な作用効果を考慮することなく,同発明が特許法29条2項に該当するとした審決には,誤りがあると判断する。その理由は,以下のとおりである。事案にかんがみ,取消事由4について判断する。
▼1  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)について
当該発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明の引用発明との相違点に係る構成を確定した上で,当業者において,引用発明及び他の公知発明とを組み合わせることによって,当該発明の引用発明との相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かによって判断する。 相違点に係る構成に到達することが容易であったと判断するに当たっては,当該発明と引用発明それぞれにおいて,解決しようとした課題内容,課題解決方法な ど技術的特徴における共通性等の観点から検討されることが一般であり,共通性等が認められるような場合には,当該発明の容易想到性が肯定される場合が多い といえる。
他方,引用発明と対比して,当該発明の作用・効果が,顕著である(同性質の効果が著しい)場合とか,特異である(異なる性質の効果が認められる)場合には,そのような作用・効果が顕著又は特異である点は,当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得ると解するのが相当である
以下,上記の観点から,検討する。
(1)  事実認定
  訂正発明1について
訂正発明1は,第2の2記載のとおりである。訂正明細書の「発明の詳細な説明」には,以下のような記載がある(甲7)。
「うっ 血性心不全は心臓のポンプ機能の損傷の結果として起こり,この疾患は水とナトリウムの異常停留に関連づけられる。慣例的には,軽度の慢性不全の治療には, 身体運動の制限,塩分の摂取の制限,および利尿薬の使用が含まれている。」(平成22年6月2日付け審判請求書(甲7)添付の訂正明細書の3頁21行目な いし24行目(以下,ページと行数のみ示す。))
「また,うっ血性心不全は高死亡率を引き起こす周知の心臓障害である。Applefeld,M.M.,(1986)Am.J.Med.,80,Suppl.2B,73-77。従って,CHF(注:うっ血性心不全)
患者においてCHFに起因する死亡率を減少させるであろう治療薬は非常に望ましい。」(3頁末行ないし4頁3行目)
「最 近,臨床実験において,二元性非選択的β-アドレナリン受容体およびα1-アドレナリン受容体アンタゴニストである医薬化合物,特に式Ⅰの化合物,好まし くはカルベジロールが,単独でまたは従来の薬剤(ACE(注:アンギオテンシン変換酵素)阻害剤,利尿薬および強心配糖体である)と併用して,CHFを治 療するのに有効な薬剤であることが発見された。CHFの治療の際にカルベジロールのような薬剤を使用することは驚くべきことである。何故なら,一般 に,β-遮断薬は望ましくない心臓機能低下作用を有することが知られているためにβ-遮断薬は心不全患者において禁忌であるからである。CHFを治療する ためにこの化合物を使った実験からの最も驚くべき結果は,前記化合物,特にカルベジロールが,ヒトにおいてCHFに起因する死亡率を約67%減少させることができることである。 更に,この結果はCHFの全分類および両方の病因(虚血性と非虚血性)にまたがって認められる。CHFの治療にβ-遮断薬であるメトプロロール (Waagstein他(1993)Lancet,342,1441-1446)とビソプロロール(CIBIS研究者と委員, (1994)Circulation,90,1765-1773)を使った最近の2つの死亡率研究では,薬剤治療患者と偽薬治療患者とで死亡率に全く差が 示されなかったことから,この結果は驚くべきことである。」(7頁7行目ないし22行目)
訂正明細書の「発明の詳細な説明」中の「実験」には,以下のような記載がある(甲7)。
「CHF患者における死亡率研究
要 約。β-アドレナリン作用の遮断が心不全(CHF)を有する生存者に対する交感神経系の有害作用を阻害することができるかどうかを調べるために,先を見越 して1052人のCHF患者を・・・無作為に偽薬(プラシーボ)(PBO)またはカルベジロール(CRV)での6~12カ月の治療に割り当てた(二重盲目 試験)。・・・登録から25カ月後,DSMBは生存者に対するCRVの好結果のためにプログラムの終結を勧めた。死亡率はPBOグループで8.2%であったがCRVグループではわずか2.9%であった・・・。これは,CRVによる死亡の危険性が67%減少することを意味する・・・。治 療効果はクラスⅡとクラスⅢ~Ⅳの症状を有する患者とで同様であった。死亡率はクラスⅡ患者で5.9%から1.9%に減少し,68%の減少・・・,クラス Ⅲ~Ⅳ患者では11.0%から4.2%に減少し,67%の減少・・・であった。重要なのは,CRVの効果が虚血性心臓病・・・と非虚血性拡張型心筋 症・・・において同様であったことである。」(11頁12行目ないし12頁4行目)
「このプログラムの全死亡率結果を表2に示す。治療目的期間中に起こった全ての死亡が含まれる。カルベジロールでの治療は全ての原因での死亡率の危険性を67%減少させた。」(14頁1行目ないし3行目)
「 」(15頁)
  刊行物A発明について
刊行物A発明は,第2の3(2)ア記載のとおりである。
刊行物Aには,以下のような記載がある(訳文を記載する。)(甲1)。
「方法:ジゴキシン,フロセミドおよびアンジオテンシン変換酵素阻害剤による治療を受けている特発性拡張型心筋症の40人の患者が,二重盲験方式で無作為にプラセボ又はカルベジロールの投与を受けた。」(1678頁上段左欄7行目ないし10行目)
「結 果:プラセボと比べて,カルベジロールは心拍数,肺動脈圧,及び肺動脈楔入圧の短期減少を生じ,長期投与の後では,安静時及びピーク運動負荷時心拍出量及 び拍出仕事係数のいずれも増加し,右心房圧,肺動脈圧,及び肺動脈楔入圧のさらなる減少も生じた。カルベジロールの長期投与は安静時左心室駆出分画率 (20±7%から30±12%へ,p<0.001),亜最大運動負荷能力,生命の質,New  York  Heart  Association機能クラスを改善した。」(1678頁上段右欄3行目ないし11行目)
「結 論:特発性拡張型心筋症の患者において,カルベジロールの短期投与は心拍数,平均肺動脈圧,肺動脈楔入圧を減少させる,一方,長期投与は安静時及び運動負 荷時の左心室収縮機能を改善し,心不全徴候を減少させ,亜最高運動負荷耐性を改善する。」(1678頁上段右欄13行目ないし18行目)
「カ ルベジロールは,内因性交感神経刺激作用を持たず,α1-受容体拮抗作用に媒介される血管拡張効果を持つ,新規なβ遮断薬である(7,30,31)。短期 認容性が良く(32),冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者において,症状,運動耐容能,及び長期左心室機能を改善する(33)。しかしながら, これらの研究はプラセボを用いて比較されておらず,虚血性心疾患の患者のみで評価されている。これらの患者では,カルベジロールの好ましい効果は,心筋虚 血の減少につながるであろう。それに反して,特発性拡張型心筋症の患者では,β遮断薬の有効性に特に敏感である(27,34)。予備報告(35-38) は,カルベジロールが,特発性拡張型心筋症の患者の症状と左心室機能を改善できることを示している。しかしながら,臨床症状,安静時及び運動負荷時の血行 動態変数に対する短期及び長期効果に関するデータは欠落している。」(1678頁下段右欄15行目ないし1679頁左欄8行目)
「研究の第一段階では,連続した2日間に,プラセボ又はカルベジロール(12.5mg,経口)による短期血行動態効果が評価された。・・・
研 究の短期段階の完了後,患者は,プラセボ又はカルベジロールと共に,ジギタリス,利尿薬,アンジオテンシン変換酵素阻害剤及び硝酸エステル剤の常用量を再 開した。・・・容量漸増段階の終了後,患者は最高投与量を少なくとも3か月間投与された。」(1679頁右欄下から22行目ないし1780頁左欄5行目)
  その他の刊行物の記載
(甲20文献の記載
本願優先日前の刊行物である甲20文献には,以下の記載がある(訳文を記載する)。
「背景  特 発性拡張型心筋症による心不全において,β遮断薬の機能的な有益性は観察されているが,生存率の改善は大規模な無作為化治験において実証されていない。こ の点を,心不全におけるビソプロロール治験(CIBIS)の主目的とした。」(1765頁上段左欄1行目ないし5行目)
「方 法と結果・・・ニューヨーク心臓協会の機能クラスⅢ(95%)又はⅣ(5%)に分類される患者に対して,参加が許可された。・・・合計320例の患者にビ ソプロロールが無作為に割り当てられ,321例の患者にプラセボが無作為に割り当てられた。・・・ビソプロロールに対し高い耐性を示し,治療の早期中止に おいて両群間の差異がなかった(プラセボ群82例,ビソプロロール群75例,NS)。両群間において観察された死亡率の差異は,統計上の有意には達しな かった。プラセボ投与群は67例が死亡し,ビソプロロール投与群は53例が死亡した(P=.22,相対リスク0.80,95%信頼区間 0.56~1.15)。突然死の発症率(プラセボ群17例,ビソプロロール群15例),あるいは文書化された心室頻拍又は心房細動に関連のある死亡(プラ セボ群7例,ビソプロロール群4例)に有意な差異は見られなかった。ビソプロロールは患者の機能状態を有意に改善した。」(1765頁上段左欄6行目ない し上段右欄5行目)
「結論  こ の結果は,重症な心不全患者に対してβ遮断薬の投与量を漸増すると,機能的な有益性が得られるという,これまでの治験における証拠を裏付ける。サブ群分析 によると,β遮断薬療法の有益性は,非虚血性心筋症患者において,より大きいことが示唆された。ただし,β遮断薬を投与した場合の生存率の改善は実証され ていない。」(1765頁上段右欄11行目ないし17行目)
「サ ブ群分析」の項に「心筋梗塞症の既往の有無によってビソプロロールへの反応に有意な差があることを見出した。303人の心筋梗塞症の既往を有する症例を解 析すると,プラセボを投与された134人中25人が死亡(19%)したのに対して,ビソプロロールを投与された169人では35人が死亡し(21%),両 者の死亡率には有意差がなかった(P=0.55,統計的差なし,図3a参照)。しかしながら,心筋梗塞症の既往のない338症例では,プラセボを投与され た187人中42人が死亡し(22.5%),一方ビソプロロールを投与された151人では18人が死亡した(12%,P=0.01,図3b参照)。均一性 のBleslow  Day試験を施行すると,この心筋梗塞症の既往の有無による死亡率の差は有意であった(P=0.034)。」
(甲21の1文献の記載
本願優先日前の刊行物である甲21の1文献には,以下の趣旨の記載がある(甲21の1)。
駆出率が0.35以下の慢性うっ血性心不全患者(虚血性と非虚血性を含む(表参照)。)にACE阻害薬であるエナラプリルを投与し,平均41.4か月間追跡調査したところ,プラセボ投与群に比べ,エナラプリル投与群の方が死亡のリスクが16%減少した。
(甲21の2の記載
本願優先日前の刊行物である「心筋梗塞後の左室機能不全患者の死亡率及び罹患率に対するカプトプリルの効果」と題する学術論文には,以下の趣旨の記載がある(甲21の2)。
心 筋梗塞発症から3~16日以内の左室機能不全患者(駆出率40%以下であるが,顕性心不全も心筋虚血の症状も認められない患者)にACE阻害薬であるカプ トプリルを投与し,平均42か月間追跡調査したところ,プラセボ投与群に比べ,カプトプリル投与群の方が死亡のリスクが19%減少した。
(甲27の記載
本願優先日前の刊行物である「重度うっ血性心不全患者の死亡率に対するエナラプリルの効果」と題する学術論文には,以下の趣旨の記載がある(甲27)。
重 度うっ血性心不全(NYHA分類Ⅳ。虚血性と非虚血性を含む(表参照)。)の患者にエナラプリルを投与し,平均188日間(範囲:1日~20か月)追跡調 査したところ,本治験終了時点までで,プラセボ投与群と比べ,エナラプリル投与群の方が死亡率は27%減少した。この死亡率の減少は,心不全の進行による 死亡の減少に起因するものである。
(2)  判断
上記事実を基礎に,判断する。
  刊行物Aとの対比
訂正発明1については,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性が67%減少する旨のデータが示されている。
これに対し,刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全である冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者の症状,運動耐容能,長期左心室機能を改善する点の示唆はあるものの,死亡率改善については何らの記載もない。また,刊行物Aには,カルベジロールを特発性拡張型心筋症により引き起こされた非虚血性心不全患者に対し,少なくとも3か月投与したところ,左心室収縮機能等の改善が認められたことが記載されているが,死亡率の低下について記載はない。
  その他の公知文献との対比
本 願優先日前,β遮断薬のほかACE阻害薬にも心不全に対する有用性が認められていた,そして,ACE阻害薬及びβ遮断薬の死亡率減少に対する効果に関する 報告をみると,①ACE阻害薬であるエナラプリルを駆出率が減少している慢性うっ血性心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与したところ,死亡率の リスクが16%減少したこと(甲21の1文献),②重度うっ血性心不全(虚血性と非虚血性を含む。)の患者にエナラプリルを投与したところ,試験終了時点(20か月)までで,死亡率が27%減少したこと(甲27),③心筋梗塞を発症した左室機能不全患者にACE阻害薬であるカプトプリルを投与したところ,死亡率のリスクが19%減少したこと(甲21の2),④CIBIS試験では,β遮断薬であるビソプロロールを心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与した場合の生存率の改善は実証されていないこと(甲20文献)が報告されている
上 記のとおり,本願優先日前,β遮断薬による虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,本願優先 日前に報告されていたACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者 の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危 険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。
  虚血性心不全と非虚血性心不全の治療効果の差異
虚 血性心不全は冠動脈疾患を原因とする心不全であるのに対し,非虚血性心不全は冠動脈疾患以外の原因で発生する心不全であり,その発生原因が異なるため,生 存率も異なり(虚血性心不全の方が非虚血性心不全より生存率が悪い。),薬剤投与の効果も異なるということが,本願優先日前の当業者の技術常識であったと 認められる(甲6,37,38,40,41,45ないし47,51,52)。
甲 20文献には,CIBIS試験のサブ群分析によると,心筋梗塞症の既往のある症例では,プラセボ投与群とビソプロロール投与群との死亡率には有意差がな かったが,心筋梗塞症の既往のない症例では,プラセボ投与群の死亡率が22.5%であったのに対し,ビソプロロール投与群の死亡率が12%であり,心筋梗 塞症の既往の有無による死亡率の差は有意である旨の示唆がなされており,これによると,虚血性心不全患者にビソプロロールを投与しても,非虚血性心不全患 者に投与した場合と同様の死亡率減少効果は期待できない旨の示唆がなされていたといえる。
本 願優先日前に頒布された刊行物である甲50には,左室駆出分画が20%以下の虚血性又は特発性の拡張型心筋症患者にβ遮断薬であるメトプロロール又はプロ プラノロールを投与したところ,統計上有意な差異とはいえないものの,平均駆出率が,虚血性心筋症の患者の場合は2.0倍に,特発性拡張型心筋症の患者の 場合は2.4倍に増加したことが観察されたことが記載されており,また,本願優先日前に頒布された刊行物である甲51には,虚血性拡張型心筋症に起因する 心不全を有する患者と特発性拡張型心筋症に起因する心不全を有する患者に対し,β遮断薬であるブシンドロールを投与したところ,被験者集団全体では,左室 駆出文画,左室径,左室充満圧,1回仕事係数,症状評価スコア及び中心静脈内ノルエピネフリン濃度について有意な改善が認められたが,虚血性心筋症患者の サブグループでは,統計学的に有意な改善が認められたのは左室径のみであったことから,「β遮断薬の投与下では,心筋症の種類によって,程度の異なる治療 効果が得られる可能性がある。」という結論が導かれたことが記載されている。
以上によると,前記のとおり,ACE阻害薬の投与により虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率が16ないし27%減少したという報告がなされていたとしても,虚血性心不全患者に限った場合,同程度の死亡率減少効果が認められると予測し得るとはいえない。
  以 上のとおり,訂正発明1の構成を採用したことによる効果(死亡率を減少させるとの効果)は,訂正発明1の顕著な効果であると解することができる。訂正発明 1は,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性を67%減少させる効果を得ることができる発明であり,訂正発明1における 死亡率の危険性を67%減少させるとの上記効果は,「カルベジロールを『非虚血性心不全患者』に少なくとも3か月間投与し,左心室収縮機能等を改善すると いう効果を奏する」との刊行物A発明からは,容易に想到することはできないと解すべきである。
  被告の主張に対して
こ の点,被告は,訂正発明1に係る特許請求の範囲において,「死亡率の減少」という効果に係る臨界的意義と関連する構成が記載されておらず,訂正発明1は, 薬剤の使用態様としては,この分野で従来行われてきた治療のための使用態様と差異がなく,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投 与することと明確には区別できないことから,死亡率の減少は単なる発見にすぎないことを理由に,訂正発明1が容易想到であるとした審決の判断に,違法はな い旨主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。
す なわち,特許法29条2項の容易想到性の有無の判断に当たって,特許請求の範囲に記載されていない限り,発明の作用,効果の顕著性等を考慮要素とすること が許されないものではない(この点は,例えば,遺伝子配列に係る発明の容易想到性の有無を判断するに当たって,特許請求の範囲には記載されず,発明の詳細 な説明欄にのみ記載されている効果等を総合考慮することは,一般的に合理的な判断手法として許容されているところである。)。
ま た,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与する例が従来から存在すること,及び「治療」目的と「死亡率減少」目的との間には, 相互に共通する要素があり得ることは,原告主張に係る取消理由2の4に対する反論としては,成り立ち得ないではない。すなわち,「『死亡率の減少』との効 果が存在することのみによって,直ちに当該発明が容易想到でないとはいえない」という限りにおいては,合理的な反論になり得るといえよう。しかし,被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず,その点は,既に述べたとおりである。
▼2  結論
以上のとおり,原告主張に係る取消事由4には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになるから,その余の点を判断するまでもなく,違法である。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官知野明
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