■抗原も配列も限定のない改変抗体特許への無効審判で特許が維持された審決例

 
<審決紹介>
・無効2016-800136
・審決日:20171122
・合議体:審判長 特許庁審判官 關政立、審判官 渡邉潤也、審判官 田村聖子
・請求人:アレクシオン ファーマシューティカルズ, インコーポレイテッド
被請求人:中外製薬 株式会社
・特許4954326
・発明の名称:複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子


コメント
今回紹介するのは、中外製薬(株)が臨床試験(フェイズ3)中のSA237をカバーする特許に対する無効審判です。  SA237は、アクテムラ(トシリズマブ)のCDRのチロシンをヒスチジンに改変したIL-6R抗体です。

請求項1は下記の通りで、結構広いです。下線は補正箇所です。

「【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上10000以下の抗体であって血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。」

争点は、
実施可能要件、サポート要件、拡大先願、進歩性欠如、明確性です。今回は実施可能要件の一部の論点のみご紹介します。
実施可能要件は、下記の通り、審査時にも
拒絶理由通知書の中で指摘されていました。


拒絶理由通知書-----------------------------------------------------------------------
「請求項1に記載される発明は、医薬組成物に用いられる抗体のヒスチジンで置換されるアミノ酸残基の位置を何ら特定するものではないが、本願明細書に具体的に記載されている血漿中半減期が長くなった抗体は、抗原の結合に影響しないアミノ酸残基を選択した中でも、特定のH鎖及びL鎖のごく限られたアミノ酸残基の位置をヒスチジンで置換した抗体のみであり、また、一般に抗体の可変領域のアミノ酸配列を置換すると抗体の抗原に対する特異性や親和性が失われ抗体の機能を果たさなくなる蓋然性が極めて高いことは当業者の技術常識であるから、請求項1に記載される発明の任意のアミノ酸残基の位置がヒスチジンで置換された抗体は、血漿中半減期が短い抗原への特異性及び/又は親和性が低いもの数多く含まれており、その中から血漿中半減期が長い抗原に対して特異性及び親和性の高い医薬組成物として利用できる抗体を選択するためには当業者に過度の負担を強いるものである
 したがって、本願明細書の記載は、請求項1に係る発明を、当業者が実施することができる程度に記載されているとはいえない。
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これに対し、被請求人の中外製薬は、上記のように補正し(下線部)、下記のように意見書で反論していました。


意見書-----------------------------------------------------------------------------------
3. 理由2について
 審査官殿は、平成231031日付拒絶理由通知において、下記のように認定されています。

(省略)

 拒絶理由通知においては、上記のように「本願明細書に具体的に記載されている血漿中半減期が長くなった抗体は、抗原の結合に影響しないアミノ酸残基を選択した中でも、特定のH鎖及びL鎖のごく限られたアミノ酸残基の位置をヒスチジンで置換した抗体のみであり」と認定されておりますが、本願明細書においては、例えば、再公表公報の段落0071から0079において可変領域の複数の個所にわたってヒスチジン残基が導入され得る個所を具体的に開示しているとともに、これらの変異を有する抗体が所望の結合活性を奏することは実施例で具体的に立証されています。また、定常領域の変異によって所望の性質を付与することは再公表公報の段落0084に開示されているとともに、定常領域においてアミノ酸が置換された複数の改変体(配列番号:30で表されるM58、配列番号:31で表されるM71および配列番号:32で表されるM73)が、pH依存的な抗原結合活性を発揮することは実施例12において実証されています。しかしながら、出願人は本願の審査の促進のため、アミノ酸が置換される部位が可変領域とする補正を行いました。当該補正によって、前記の認定を根拠とする拒絶理由は解消したものと出願人は思料します。

 また、拒絶理由通知においては、上記のように「請求項1に記載される発明の任意のアミノ酸残基の位置がヒスチジンで置換された抗体は、血漿中半減期が短い抗原への特異性及び/又は親和性が低いもの数多く含まれており」と認定されておりますが、本願明細書においては、例えば、再公表公報の段落0081において「抗原結合分子は、対象とする抗原への特異的な結合活性を有する物質であれば特に限定されないが、抗原結合分子の好ましい例として、抗体の抗原結合領域を有している物質を挙げることができる。」と定義されているように、抗原への結合活性を有するものに限定されており、抗原への結合活性を有しないものは除外されているため、「抗原への特異性及び/又は親和性が低いものが数多く含まれている」との認定は当たらないものと出願人は思料します。
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審査官はこの後、特許査定を通知しました。
意見書で引用されている段落0071から0079にはヒスチジン残基が導入され得る
個所の例が記載されていますが、ざっと読んだ感じでは、その個所が(実施例の抗体以外の)一般的な抗体に適用できることの論理的な説明はなさそうです。段落0084、段落0081も一行記載的に書かれているだけで、論理的な説明はなさそうです。
そうするとなかなか厳しい印象を受けますが、審査官は拒絶解消と判断しました。
なお、実施例を見てみると、
IL-6R抗体だけでなく、抗IL-6体(実施例16)、抗IL-31R抗体(実施例17)ついても変異実験を行っていました。


次に審決ですが、上記に似た議論がされています。


審決-----------------------------------------------------------------------------------
第5  当合議体の判断
・・・
e) また、請求人は、ヒスチジン変異の導入の対象となる抗体のレパートリーが非常に大多数であり、更に、対象となる抗体の可変領域中のヒスチジン変異が導入される位置やその組み合わせが膨大な数であるから、本件特許発明1に係る所定のpH依存的結合特性と血漿中半減期の延長を示す抗体を取得するには過度な実験を要する(審判請求書第12頁第13行~第1323行及び第14頁第23行~第25頁第14行)旨主張する。

 しかしながら、本件特許発明1は医薬組成物に係るものであるから、本件特許発明1に係るヒスチジン変異の導入の
対象は医薬組成物に用いられる抗体に限られており、請求人が主張するような非常に大多数の抗体ではない。
 また、上記c及びdで説示したとおり、発明の詳細な説明には、ヒスチジンscanningによりヒスチジン変異が導入された抗体ライブラリーの中から変異前と比較してKDpH5.8/KDpH7.4)の値が大きくなった抗体を選択する方法や、立体構造モデルを用いてヒスチジンの導入により抗原とのpH依存的結合を導入できると考えられるアミノ酸残基を選択する方法を用いて、所定のpH依存的結合特性を有する抗体を取得できることが記載されており、実際にそれらの方法を用いて、ヒスチジンの置換の位置の決定や、pH依存的結合特性を有し、血漿中半減期が延長された抗体の選択(スクリーニング)を行えたことも記載されている(特に、本件摘示12131520)から、たとえヒスチジン導入の対象となる抗体の可変領域中のアミノ酸残基の位置やその組合せが多数であるとしても、当業者は発明の詳細な説明に記載された上記の方法、すなわち、ヒスチジンscanning等の方法によって可変領域にヒスチジンが導入された抗体の中から、所定のpH依存的結合特性を満たすものについて、血漿中半減期が長くなったものを選択する作業を
繰り返して行えば、本件特許発明1に係る抗体を取得できるのであるから、本件特許発明1が実施可能要件違反となるものではない。なお、本件特許の出願日後に公知となった例ではあるが、前記甲35には、可変領域のCDRにヒスチジン置換を導入することにより、pH依存的結合特性を獲得した変異体を実際に取得できたことが記載されており(上記甲3-ア~甲5-エ)、これは上記判断と整合するものである。
 よって、当該抗体の取得に過度な実験を要するという請求人の主張は採用できない。」
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「対象は医薬組成物に限られており・・・」のところの「医薬組成物に用いられる抗体」が非常に大多数とはいえない理由が明確じゃない気がしますが、後半の言い回しは拒絶応答のときの参考になりそうです。


なお、サポート要件は以下のように判断されました。


審決-----------------------------------------------------------------------------------
(イ) サポート要件について
 特許請求の範囲の記載が、いわゆるサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
 
a
 上記(ア)aで説示したとおり、本件特許発明1は、上記第2において認定した請求項1に記載のとおりの「抗体を含む医薬組成物」であって、当該「抗体」は、可変領域へのヒスチジン変異の導入により、所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて、血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体である。
 一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記12)ア(イ)で示したとおり、抗体医薬の技術分野において、投与量の低減及び持続性の延長のために、1の抗体で複数の抗原を中和し、in vivoで通常の抗体よりも効果を発揮する新規な抗体を提供することを課題とする発明が記載されており、上記(ア)で述べたところから明らかなとおり、かかる課題が抗体の可変領域へのヒスチジン変異の導入による所定のpH依存的結合特性の付与と、これを介した血漿中半減期の延長により解決できることも明らかにされている。
 してみると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、当該発明の課題を解決できると当業者が認識し得るものといえる。
 よって、本件特許発明1は、サポート要件を満たすものである。」
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というわけで、特許は維持されました。

この特許は分割出願があり、特許
5824095、特許5503698についても無効審判が請求された後、維持されています。
各請求項1は下記の通りです。


・特許
5824095
【請求項1
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上、10000以下の抗体であって、血漿中抗原消失能が増加した抗体を含む医薬組成物。

・特許
5503698
【請求項1】
少なくとも1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする、抗原に対するpH5.8でのKDpH7.4でのKDの比であるKDpH5.8/KDpH7.4)の値が2以上、10000以下の抗体であって、細胞外で結合した抗原を細胞内で解離する抗体を含む医薬組成物。


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徳重大輔


Author: 徳重大輔

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SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書は抗体関連、調査は無効資料調査が好きです。

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