■(炭酸ランタン4水和物特許の審決取消訴訟)審決と判決で技術常識又は周知技術の認定が異なった結果、動機づけありと判断された事例


<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10171 審決取消請求事件
・平成30919日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4 大鷹一郎 山門優 筈井卓矢
・原告:沢井製薬株式会社
・被告:シャイア インターナショナル ライセンシング ベー.ブイ.
・特許3224544
・発明の名称:選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物


■コメント
ジェネリック vs 新薬の審決取消訴訟を紹介します。
沢井製薬が請求した無効審判において、201787日に維持審決が出ていました。
今回裁判所は、進歩性に関する審決の判断に誤りがあるとし、審決を取り消しました。


先発品はホスレノール チュアブル錠、顆粒分包、OD錠(炭酸ランタン水和物)です。

本件特許の請求項1は以下の通りです。

「【請求項1
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La
COxHO
{式中,xは,36の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。」


先発品の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。

一方で、2018615日に沢井製薬の後発品「炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」、500mg「サワイ」」が薬価収載され、発売されています。
沢井製薬の炭酸ランタン水和物は、「La2(CO3)3xH2Ox=主として4)」です。
先発品と同じです。水和水の数は本件特許の36に含まれています。

沢井製薬は無効審判で特許が維持されている状況で後発品を発売したことになります。

なお、東和薬品、陽進堂、扶桑薬品も同日に後発品を発売したようです。但し、この3社の製品は「x = 8」のため、本件特許の技術的範囲に含まれません。
東和薬品は「x = 8」に関連する特許6225270を持ってたりします。この特許には異議申立がされていて、「90%積算径(D90)70μm以下」という限定部分に進歩性があると判断され、2018年87日に維持が確定しました。


さて、本件訴訟に戻ります。
本件特許発明と甲1発明との一致点・相違点は、以下の通りです。

「イ  本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1
本件発明1では,LaCOxHOにより表される炭酸ランタンについて,x36の値を持つことが特定されているのに対し,甲1発明ではx1である点。
(相違点2
本件発明1では,炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し,甲1発明では,希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。」


1に「x = 1」が記載されており、それを「x = 36」とすることが容易に想到できるかが争点になっています。
審決によると、審判段階で原告は、9基づいて、水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機付けがあることを主張していました。以下にその抜粋を記載します。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
4 証拠の記載事項
・・・
9)甲第9号証
(記載事項 甲9-1
「結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には、その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として扱われる場合が多い。また、水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合、通常の場合と同様、その物理化学特性の違いを的確に把握しておく必要があるが、それに加えて吸湿、脱水といった現象、およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄41行~右欄7行)
・・・

15)甲第15号証
(記載事項 甲15-1
「たんさんランタン 炭酸-(中略)
 製法 ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え、生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ、室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)
・・・

3
 無効理由3(進歩性)について
 
1)請求人が主張する無効理由3(進歩性)の論旨は、概略、以下のア~スのとおりである。
・・・
ウ 炭酸ランタン水和物には結晶水が含まれる一方(記載事項 甲8-1)、水和物は広い意味での結晶多形として扱われていたから(記載事項 甲9-1)、炭酸ランタン水和物も結晶水を有する多形の一種であることが知られていたといえる。

 また、結晶多形に関しては,「熱力学的に多形は別の相として考えられ,各多形はそれぞれの融点や溶解度をもつ」ことが知られており(記載事項 甲10-2),「医薬品に多形が存在する場合,結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい,その結果,安定性や生物学的利用率(bioacailability)などに影響を与えることが知られて」いたことから,本件特許発明の優先日前においても,「多形に関する検討が多く行われてい」た(記載事項 甲11-1、甲11-2)。そして,リン吸着剤でも結晶構造の違いによりリン吸着効果が異なることも知られていた(記載事項 甲4-4)。
 加えて,甲1に記載された発明においては,リン酸の効率的な除去が課題とされていたことからすると,当業者にとっては,水和物違いの炭酸ランタンを調製する動機づけがある。
 したがって,結晶多形を有する炭酸ランタン水和物において,水和物の値を変えることで,その結晶形を変え,薬効に変化をもたらすことを検討することは,本件特許発明の優先日前に既に技術常識であり,当業者であれば当然のことであった。
 
 そして、炭酸ランタン3水和物(記載事項 甲12-1)、5水和物(記載事項 甲13-1)、6水和物(記載事項 甲14-1)は、本件特許の優先日前に公知であって、その製造方法についても,当業者にとって極めて容易であったから(記載事項 甲15-1)、炭酸ランタン水和物の中から、36の水和物を限定することは、水和物の範囲の最適化又は好適化を行ったものにすぎず、当業者の通常の創作能力の発揮であって、設計的事項にすぎないものであるか、あるいは、甲1発明に技術常識を適用することによって、当業者において容易に想到し得たものでしかない。(審判請求書3639頁)」
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これに対して審判官は、以下の通り、原告の主張は妥当性を欠くと判断しました。


審決-------------------------------------------------------------------------------------------
ウ 相違点についての判断
(ア)まず、相違点1について検討する。
(イ)甲1には、甲1発明の炭酸ランタン1水和物を36水和物に置換することや、それを示唆するような記載は見あたらない。
(ウ)他方、(1)ウで説示したとおり、請求人は、甲1発明において、水和水の数が異なる炭酸ランタンを用いる動機づけがあると主張している。

 以下、当該請求人の主張について検討する。

 甲9には水和物について「広い意味での多形」であると示されているのに対し(記載事項 甲9-1)、甲10には「多形とは同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり、別の結晶形を示す現象またはその現象を示すものをいう。」と記載され(記載事項 甲10-1)、甲11にも検討の対象とされた結晶多形間に化学組成の違いがないことが示されている(記載事項 甲11-3)。そして、水和水の数が異なる水和物は、お互いに化学組成が異なるといえるから、甲9でいうところの「広い意味での多形」には含まれるが、甲10および甲11でいうところの「多形」には含まれないといえる。

 そうすると、甲1011に、熱力学的に多形は別の相として考えられ、それぞれの融点や溶解度をもつこと(記載事項 甲10-2)や、医薬品に多形が存在する場合、結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい、安定性や生物学的利用率どに影響を与えるため、多形に関する検討が多く行われていたこと(記載事項 甲11-1、甲11-2)がそれぞれ記載されているとしても、これらの記載に接した当業者が、炭酸ランタン水和物における水和水の数の違いを甲1011でいうところの「多形」としてとらえ、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。

 また、記載事項 甲4-4には、炭酸カルシウムのリン酸吸着効果の差異について、電子顕微鏡により観察された結晶粒子構造の違いよって、リン酸吸着効果に差が生じていることが示唆されているものの、甲4には結晶形の解析に必要なX線回折の測定結果や、炭酸カルシウムの水和物の違いについての記載がないから、甲4は結晶形の違いや水和水の数の違いがリン酸吸着効果に及ぼす影響を示すものとはいえない。そうすると、甲4の記載に接した当業者は、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の数の違いがリン酸除去能に影響を及ぼすとは認識できない。

 したがって、上記主張は妥当性を欠くから採用できない。

(エ)そして、甲1発明において、水和水の数が違う炭酸ランタンを用いる他の動機付けも見出せないから、相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
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一方で今回裁判所は、9に基づいて、水和物を最適なものを調製することは技術常識又は周知であったとして、「x = 36」とすることに動機付けがあり、審決の判断は誤りと判断しました。以下に判決の抜粋を記載します。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
・・・
  本件出願の優先日当時の技術常識及び周知技術について
  各文献の記載事項について

(ア)甲9
 
9(「溶媒和物,非晶質固体と医薬品製剤」粉体工学会誌222号・昭和60年発行)には,次のような記載がある。
a
3.水和物
 
結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)には,その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopolymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味での多形の一種として取扱われる場合が多い。また,水和物にはそれ自体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤化する場合,通常の場合と同様,その物理化学的特性の違いを的確に把握しておく必要があるが,それに加えて吸湿,脱水といった現象,およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておくことが必要である。」(86頁左欄40行~右欄7行)

b
3.1  製剤化にあたっての問題点
 
水和物では,結晶水が製剤工程での品質管理あるいはでき上がった製剤の諸特性に影響を与えることが多く,予備処方設計の段階でその性質を明確に把握しておくことが重要である。
  生物学的利用率
 
経口剤の生物学的利用率には溶解度,溶解速度が大きな影響を与える。Shefterらは水和物の溶解速度は理論的に結晶水の数の増加と共に減少することを述べているが,それ以外に濡れ易さ,凝集性,表面積など粉体としての物理的性質の影響が大きい場合もあり,エリスロマイシン2水和物は1水和物及び無水和物よりも高い溶解度を示す。テトラサイクリンでは3水和物よりも2水和物の方が高い生物学的利用率を示した(図1)。アンピシリンでは無水物と3水和物間に吸収性に差があるとの報告と両者間に差がないとする報告がある。その他フルプレドニソロンのin vivoおよびin vitroでの溶出速度はα―1水和物とβ-1水和物間でも差が認められたなど数多く報告されている。

  化学的安定性
 
医薬品の製剤化にあたり結晶形を選択する場合には前項に述べたような生物学的に有利なこととともに,それを製剤とした場合,化学的にも,また物理的にも安定であることが好ましい。この意味で水和物も含めて多形間の安定性の相違については充分な検討が必要である。
 
筆者らはシアニダノールには7種の結晶多形,水和物が存在し,通常保存される条件ではⅡ形1水和物が最も安定な結晶形であることを見い出した。図2はこれら多形,水和物の光に対する安定性を示したものであるが,Ⅱ形1水和物が最も安定であった。また保存湿度の影響を検討した結果,高湿度保存により光に不安定なⅠ形4水和物に転移するⅡ形無水物,Ⅳ形無水物,Ⅰ形1水和物は不安定であった・・・

  物理的安定性
 
結晶水は製剤自体の物性にも大きな影響を与える場合が多い。筆者らの実験によると塩化ベルベリン4水和物と2水和物を含む錠剤の崩壊挙動を比較検討したところ,4水和物錠が比較的速やかに崩壊するのに対し,2水和物錠は著しく崩壊性が劣っていた。…これは2水和物が水中で4水和物に転移するとき,結晶表面に4水和物の結晶が成長し,これが粒子間に網状構造を形成し粒子間結合を生じるため,錠剤内への水の浸透が遅くなると共に水中での粒子の分散性が悪くなり,崩壊,溶出の遅れが生ずるものと考えられた。」(86頁右欄22行~88頁右欄11行)

(イ)甲15
15(「化学大辞典5,縮刷版」19631115日第1刷発行)には,次のような記載がある。
 
「たんさんランタン  炭酸-
 
一,三,八水塩の3種類が知られており,ランタナイトは八水塩に相当する。製法  ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え,生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ,室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」(735頁右欄)

(ウ)甲40
 
40Rajendra K.KhankariDavid J.W.GrantPharmaceutical hydratesThermochimica Acta 248 平成71月発行)には,次のような記載がある。
・・・


  水和物として存在する医薬に係る技術常識又は周知技術
 
前記アの記載事項を総合すると,本件出願の優先日(平成7325日)当時,①乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得ることができること,②水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは,技術常識又は周知であったものと認められる。

  相違点1の容易想到性の有無について
  1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として,「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。

 
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。

 
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。
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被告の主張に対しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
  これに対し被告は,①甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが生じることについての記載も示唆もないし,また,本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更すると,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常識又は周知技術は存在しない,②甲1に接した当業者は,水和水の数を変更することに着目することはなく,むしろ,甲1に列挙された各種の有機酸を含む希土類元素の有機酸化合物を調製するか,あるいはアルカリ金属やアルカリ土類金属を含有する複塩を調製し,リン酸イオン除去率を調べるはずである,③甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について,問題となる点が何ら記載されておらず,完結した発明として記載されているから,この実施例を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物で充分と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなどとは考えなかったはずである,④炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しないから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討を試みる動機付けはないなどとして,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成に置換する動機付けはないから,相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない旨主張する。

 
しかしながら,上記①ないし③の点については,前記⑶イのとおり,水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することが,本件出願の優先日当時,技術常識又は周知であったことに照らすと,1自体には,水和水の数の違いによりリン酸イオン除去率に違いが生じることや炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について問題点の記載がないからといって,甲1に接した当業者において,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。また,リン酸(リン酸イオン)の固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものであるところ(前記(2)ア(エ)の甲1記載事項),上記のとおり,水和物として存在する医薬については,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度及び溶解速度に影響を及ぼし得るのであるから,溶解度又は溶解速度の向上によりランタンイオンの溶存濃度を高め,ひいてはリン酸(リン酸イオン)の固定化反応の促進(リン酸結合能力)に影響を及ぼし得ることは自明である。

 
次に,上記④の点については,仮に被告が主張するように炭酸ランタン水和物は水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,上記のとおり,リン酸イオンの固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものである以上,炭酸ランタン水和物が水又は有機溶媒に全く溶解しないものとはいえないこと,溶解度が低い水和物についても,無水物や水和水の数が異なる化合物の調製の検討が行われていること(例えば,甲9では,「水に極めて溶けにくい」エリスロマイシン(甲54)について,1水和物,2水和物及び無水物の比較検討をしている。)(前記(3)ア(ア)bの「(1)」)に照らすと,炭酸ランタン水和物においても,水和水の数の違いが溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得るものといえるから,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
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顕著な効果に関しては、以下の通り判断しました。


判決-------------------------------------------------------------------------------------------
5  本件発明1の顕著な効果の存否について
  原告は,本件審決が,本件明細書の発明の詳細な説明には,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物のうち,x2.28.8の範囲の水和物が,x1.3の水和物に比べて高いリン酸除去能を有していることが開示されており,当該開示は本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって甲1発明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえること,LaCOxHOで表される炭酸ランタン水和物において,xの値がリン酸除去能に影響を与えることは,本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有する旨判断したのは誤りである旨主張する。

(ア)  本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたこと(前記(4)ア)を前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。

(イ) そこで検討するに,本件明細書には,pH3に調整したリン酸塩を含有する保存溶液に水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物のサンプルを添加して0.5分から10分間の時間間隔でリン酸塩結合能力(リン酸塩除去率)を測定する試験を行った結果,5分の時点でのリン酸塩除去率が,1(別紙1)のとおり,炭酸ランタン8.8水和物(「サンプル1」)が70.5%,炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」)が39.9%,炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)が96.5%,炭酸ランタン2.2水和物(「サンプル4」)が76.3%,炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)が100であったことが記載されている。この記載は,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」),炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)の5分の時点でのリン酸塩除去率が,96.5%又は100%であり,本件発明1に含まれない他の炭酸ランタン水和物(「サンプル124」)のリン酸塩除去率と比べて高いことを示すものである。

 
一方で,甲1には,「実施例11」において,炭酸ランタン1水塩[LaCOHO]をリン酸イオン濃度2.76mM/ℓの溶液に0.6g/ℓの割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて,該水溶液のpH7に保ちながら,室温で2時間攪拌した後,液中のリン酸イオンの除去率を測定した実験(「リン酸イオン固定化除去実験」)の結果,リン酸イオン除去率は90%であったことが記載されている。この記載は,pH7に調整した水溶液における攪拌後2時間の時点での甲1発明の炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率が90%であることを示すものである。

 
まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。

 
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが,甲1には,「生体内中,特に消化器系における体液のpHは,酸性である胃液中のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲にあるので,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載があること(前記⑵ア(エ))に照らすと,甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。

 
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。


これに対し被告は,①甲1には,炭酸ランタン1水和物について,pH7の環境下においてのみリン酸イオン除去率が試験されており,pH3の環境下におけるリン酸イオン除去率についての言及はないこと,②甲1記載の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いことが記載されていること,③甲1記載の実施例には,ランタンは,セリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムよりもリン酸イオン除去率が低かったことを示していることからすると,炭酸ランタン3ないし6水和物(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることで,pH3の環境下で5分後という比較的早期に優れたリン酸塩除去率を示したことは,本件出願の優先日当時甲1発明から到底予測することができないものであったから,本件発明1は,当業者が予測することのできない顕著な効果を有する旨主張する。

 
しかしながら,上記①の点については,前記ア(イ)認定のとおり,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことは,当業者が適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。

 
次に,上記②の点については,甲1には,希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物によるリン酸イオン固定化に対する液相pHの影響について,「例えば,シュウ酸第一セリウムを用いた場合のリン酸イオン除去率の液相pHへの依存性は,図面に示すようになる。すなわち,pH5以下の強酸性領域においては,平衡は左側に傾くが,pH6以上の中性からアルカリ性領域においては,平衡はほぼ100%右側に移行し,非可逆的なリン酸イオンの固定化を行なうことが可能になる。」,「本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載(前記(2)ア(エ))があるが,シュウ酸第一セリウム10水塩を用いた場合に強酸性領域とアルカリ性領域とで平衡の傾きが異なる理由についての記載はなく,また,甲1に実施例として記載されているセリウム以外の希土類元素(イットリウム,ランタン,ネオジム,ガドリニウム,サマリウム)を用いた化合物では,pH7以外のpHの環境下における溶液のpHとリン酸イオン除去率の関係に関する実験結果の記載はないことに照らすと,甲1に接した当業者において,甲1の上記記載から直ちに,セリウム以外の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物についても,シュウ酸第一セリウム10水塩と同様に,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いものと認識するとはいえない。

 
さらに,上記③の点については,甲1記載の実施例に示された炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率がセリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムの水和物のリン酸イオン除去率よりも低いことは,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果に直接影響を及ぼすものとはいえない。
 
したがって,被告の上記主張は理由がない。
・・・

結論
 
以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。
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プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
業界動向や知財判決などの情報をアップしていきます。

SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書は抗体関連、調査は無効資料調査が好きです。

お問い合わせはbiopatentblog@gmail.com(@は半角)へお願いします。

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