■プラバスタチンNa 平成19年(ワ)第35324号 特許権侵害差止請求事件


コメント: プロダクトバイプロセスクレームは製法に限定されるか、が問われた事例。 今回は限定して解釈された。おそらく今後もプロダクトバイプロセスクレームの権利行使(製法は異なる)が上手くいくことはなさそうな印象。 今回はOA応答時に物クレームを削除しているため特に難しい。 原告は請求項1は「製造方法を考慮しなければ構成の特定ができないというものではない。」と述べている。
本件の控訴審が大合議で審理されることに決まったらしい(2011/7/26日経新聞)。
 ☆☆


平成19()35324 特許権侵害差止請求 特許権 民事訴訟
平成220331日 東京地方裁判所
判 決
当 事 者 の 表 示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」を製造及び販売してはならない。
2 被告は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」の在庫品を廃棄せよ。

第2 事案の概要
1 争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告は,医療用薬品の製造販売等を業とする会社である。
イ 被告(旧商号は,協和醗酵工業株式会社)は,医療用薬品の製造販売等を業とする会社である。

(2) 原告の特許権
ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している(以下,下記の特許請求の範囲の各請求項に係る発明をそれぞれ「本件発明1」等と,本件発 明1ないし9に係る特許を「本件特許」と,本件特許に係る明細書を「本件明細書」といい,本件発明1ないし9を「本件各発明」と総称する。本件特許の特許 公報を,末尾に添付する。)。

特 許 番 号 特許第3737801号
発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物
出 願 日 平成13年10月5日
出 願 番 号 特願2002-533858
登 録 日 平成17年11月4日
優 先 日 平成12年10月5日
特許請求の範囲(以下,請求項1に記載されたa)からe)までの各段階を,それぞれ「原告工程a)」等といい,この各段階を「原告製法」と総称する。)
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
【請求項2】
水性の培養液を第一の有機溶媒で抽出し,8.0~9.5のpHの水溶液でプラバスタチンを逆抽出し,塩基性溶液を2.0~3.7のpHに酸性化し,そして酸性化した水溶液を第二の有機溶媒で抽出してプラバスタチンの濃縮有機溶液を形成する,請求項1に記載のプラバスタチ
・・・。

イ 原告は,平成20年7月22日,本件特許の請求項1について,①プラバスタチンラクトンの混入量とエピプラバの混入量を「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重 量%未満であるプラバスタチンナトリウム」とし,②「e)プラバスタチンナトリウムを単離すること」とする訂正請求をした(甲7。以下,これを「本件訂 正」と,本件訂正後の請求項1ないし9に係る発明をそれぞれ「本件訂正発明1」等といい,本件訂正発明1ないし9を総称して「本件各訂正発明」とい う。)。

(3) 被告製品
ア 被告は,高脂血症,高コレステロール血症等に対する医薬品である「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」(なお,これは,製造者である「A社」が「B 社」と社名を変更したことに伴い,「プラバスタチンNa塩錠10mg「メルク」」から名称変更されたものである。以下「被告製品」という。)を,日本国内 において,業として販売している(なお,原告は,被告が被告製品を製造していると主張するが,証拠(甲3)によれば,被告がこれを製造しているとは認めら れない。)。
イ 被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウムである。
な お,被告は,被告製品におけるプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量についての原告の測定結果の信用性を争っているが,被告製品のプラバスタチン ラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であることには,当事者間に争いがないことから,この点に関する被告の 主張は,考慮する必要がない。したがって,原告による被告製品の測定結果の信用性は,本件訴訟の争点とする必要がないから,後記の争点及び争点についての 当事者の主張においても,これを記載しないこととする。

2 争点
(1) 被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか。
本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。
イ 被告製品の構成要件充足性
(2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア 本件各発明の要旨
イ 乙1号証に基づく新規性の欠如
ウ 乙1号証に基づく進歩性の欠如
エ 乙6号証に基づく新規性・進歩性の欠如
オ 特許法36条違反
(3) 本件訂正の可否(本件訂正により,争点(2)の無効理由が回避されるか。)

第3 争点についての当事者の主張
争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。)について

(原告の主張)
(1) プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて
ア プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲については,一般に,特許請求の範囲が製造方法により限定されたものであっても,特許の対象を当該製造方 法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,これと製造方法は異なるが,物として同一である物も含まれる。すなわち,当該発明の技術的範囲は, 請求項に記載された製造方法によって限定されるものではないと解される。

イ 被告の主張に対する反論
() プ ロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,裁判例において,「事案に応じて」製造方法を考慮しているのは,請求項に規定された物の構成の特定のために製 造方法を考慮することが不可欠な事案についてのものであり,物の構成の特定の必要性を離れて,出願経過や明細書の記載から製造方法を考慮しているものでは ない。また,製造方法が考慮されるとしても,それは,物の構成を特定する手段として製造方法の記載を借用するものであり,物の特許の権利範囲を製造方法に よって限定しているわけではない。加えて,物の特許と製造方法の特許の峻別が特許法の根本をなす法原則である以上,製造方法が特許の対象である物の特定に 何ら貢献していないのであれば,文言として記載された製造方法を,権利範囲の確定はもちろんのこと,特許の有効性判断における発明の要旨認定の際にも,考 慮する必要はない。
そ して,本件発明1のプラバスタチンナトリウムの構成は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(本件訂正後は0.2)重量%未満であり,エピプラバの 混入量が0.2(本件訂正後は0.1)重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」との記載により明確に特定されており,製造方法を考慮しなければ構成の特定ができないというものではない。
本件特許において,製造方法が請求項に記載されているのは,不純物の低減という困難な技術課題を克服して,実際に高純度のプラバスタチンナトリウムが得られたことを明確に示すためである。

() 被告は,本件特許の出願経過を問題とする。
a しかしながら,物の特許と製造方法の特許の峻別が特許法の原則である以上,出願禁反言を根拠に,純然たる物の特許について,権利範囲を限定する解釈が成り立つ余地はない。
ま た,本件特許の訂正請求をしたことから,訂正前の請求項との関係における出願経過は,訂正後の請求項との関係では意味をなさない。b 仮に,出願経過や明細書の記載を考慮するとしても,次のとおり,原告が製造方法部分の主張を殊更に主張したということはなく,権利範囲を限定する理由はな い。
化 合物として公知であるが,不純物が極めて低減されたという意味で新規な物質は,当該物質の獲得の困難性又は当該物質が顕著な効果を有することのいずれかが あれば,新規性・進歩性が認められる。そのため,出願過程においても,このような発明について,その新規性・進歩性を主張しようとすれば,物質獲得の困難 性,すなわち,不純物が極めて低減された物の製造方法の新しさに言及せざるを得ない。したがって,出願過程や明細書で製造方法に言及したことをもって,製 造方法部分の特徴を殊更に主張したものであるとして,それにより権利範囲が製造方法に限定されるという被告の主張は,不当である。そして,原告は,本件特 許の出願手続中に,別途の製造方法で製造された本件各発明と同一のプラバスタチンナトリウムについて権利を放棄した経緯はなく,出願禁反言を適用する基礎 を欠く。
なお,原告が,本件特許の出願過程において,拒絶査定を受けた後に,製造方法の記載がない,当時の請求項3及び6を削除したのは,拒絶理由が示されていない請求項について,早期に権利化を図るためであるから,製造方法の記載がない請求項を削除したからといって,現存する請求項の権利範囲が限定解釈される理由はない。
c 不純物が極めて低減されている新規な物の取得が,新規な製造方法の取得により初めて可能となった場合でも,物に係る発明が,当該製造方法に限定されること なく,物自体の発明として特許性を有することは,我が国の化学分野における従来からの慣行であり,確立された実務である。
d 特許発明の要旨認定及び特許発明の権利範囲の確定は,いずれも特許法70条が規定するとおり,特許請求の範囲の記載及び明細書の記載に基づいて行われるの であるから,両者が整合するのが当然である。さらに,被告の主張は,同一の特許権について,侵害論では権利範囲を限定して非侵害となる確率を高め,無効論 では限定解釈を取らず,無効となる確率を高めようとするもので,特許権の保護の観点からは,極めて公平性を欠く。

⑵ 本件について
したがって,本件各発明の技術的範囲は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」である。

(被告の主張)
⑴ プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて
ア プロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,大半の判決例においては,当該事案に即して,プロセス部分を考慮した上で,特許発明の権利範囲を確定している。
そして,プロダクト・バイ・プロセス・クレームは,新規物質ではあるが,その構造・組成が不明で製造方法によって限定する形式によらなければ,発明を適切に特定することができない場合等について,例外的に認められるのが原則である。
し かしながら,プラバスタチンナトリウムは,本件各発明の方法によることなく既に得られていた公知の物質であり,その構造式も明らかで,製造方法によって限 定する形式によらなければ発明を特定することができない場合ではない。それにもかかわらず,本件においては,出願人である原告が,出願過程において,拒絶査定を受けて,当初は出願の対象としていた物のみを記載する請求項をすべて削除し,また,製造方法が公知技術の製造方法とは異なることをもってその特徴であると主張して,その結果,登録がされた経過がある(乙3の1ないし18)。そうである以上,本件各発明の技術的範囲の解釈に当たっては,そのプロセス部分を除外すべきではない。
ま た,本件明細書には,「本発明の方法の実施で単離されるプラバスタチンナトリウムは,プラバスタチンラクトン及びエピプラバを実質的に含まない。」 (【0031】),「本発明の方法によって製造される高度に純粋なプラバスタチンナトリウムは,好ましくは高コレステロール血症の治療に有用であり」 (【0032】)と記載され,本件各発明の特徴は製造方法にあることが記載されている。
したがって,本件各発明については,プロセス部分を考慮して,その技術的範囲を認定すべき事情があることが明らかである。

イ 原告の主張に対する反論
() 本 件各発明の構成の特定のために「製造方法」を考慮する必要がないのであれば,クレーム中の製造方法の記載は不要なはずであり,出願人においてわざわざこれ を記載したのは,本件各発明の特定のためであり,かつ,製造方法部分なくしては,本件各発明の新規性,進歩性が認められないものであったからである。
() 現に,原告は,本件各発明につき,その製造方法に特徴があることを出願過程において主張しているのであるから,製造方法部分を無視して技術的範囲を特定することができるとする原告の主張は,禁反言の原則に反する。

⑵ 本件について
したがって,本件各発明は,プロセス部分を除外しては,技術的範囲を解釈することはできない。

2 争点(1)イ(被告製品の構成要件充足性)について

(原告の主張)
(1) 被告製品の構成について
被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(0.1)重量%未満であるから,本件各発明の技術的範囲に属する。

(2) 被告製品の製造方法について
仮に,製造方法を考慮するとしても,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属する。
ア 原告製法について
() 本件各発明が除去対象とする不純物であるプラバスタチンラクトンとエピプラバは,プラバスタチンに構造が非常に類似し,分離・除去が極めて困難である。このうち,エピプラバは,いったん減少させれば,以後,増加することはないが,プラバスタチンラクトンは,精製過程中で,プラバスタチン自身の分子反応によって更に発生するものであり,HPLC法による精製では,その生成・増加が生じる。
() 本件各発明は,プラバスタチンをアンモニウム塩に転換し,高純度化することで,これらの特定不純物の除去を行う工程(原告工程b)及びc))に特徴がある。
す なわち,発酵で得られたプラバスタチンを含む水溶液である培養液を,有機溶液に変換するとともに,これを濃縮する(原告工程a))。この濃縮有機溶液中の 種々の形態のプラバスタチンを,アンモニウムカチオンによってアンモニウム塩の形態に転換して,沈殿させる(原告工程b))。そして,これを水性媒体に溶 解して水溶液とし,これにアンモニウム塩を加えていって,プラバスタチンアンモニウムの析出を促し(塩析),プラバスタチンアンモニウムを再結晶化させる ことにより(原告工程c)),極めて高純度のプラバスタチンアンモニウムが取得される。これにより,プラバスタチンラクトンの増加を回避して,その含量を 減少させ,他方で,この塩析結晶化を反復することで,エピプラバの含量をゼロに近づけることができる。
さらに,この高純度のプラバスタチンアンモニウムを,ナトリウムカチオンによって高純度のプラバスタチンナトリウムに転換し(原告工程d)),これを単離する(原告工程e))ことによって,高純度のプラバスタチンナトリウムが取得される。
イ 本件特許における高純度のプラバスタチンナトリウムは,新規な物であるから,製造方法による限定があるとすれば,物を生産する方法についての特許に相当 し,また,原告による製造方法の立証の困難性の救済という特許法104条の趣旨が当てはまることから,同条の適用又は準用により,被告製品は,本件特許の 請求項記載の方法により生産されたものであるとの推定が働く。
ま た,被告は,プラバスタチンナトリウム関連技術について,複数の特許出願をしているところ,被告が高純度プラバスタチンナトリウムの取得を可能とする画期 的な製造方法を発明したのであれば,これを特許出願しているはずである。それにもかかわらず,特許出願していないことからも,被告製品の製造方法は,原告 製法と同一であると推定される。
これに対して,被告は,以下に述べるとおり,推定を覆すに足る主張・立証を行っていない。
ウ 被告による製造方法の開示は,次の点において,不十分,不特定である。
() 被告が主張する被告製品の製造方法(以下「被告製法」という。)
は,「医薬品製造承認申請書」(乙5。以下「被告承認申請書」という。)に記載された,●(省略)●の事実を欠落させている。
() プラバスタチンナトリウムを製造するプロセスは,①発酵によるプラバスタチンの生成と,②発酵により得られたプラバスタチンの精製に分けられる。
そして,原告製法は,主に②の工程にかかわるものであり,前記のとおり,特に,塩析結晶化の手法を採用する原告工程b)及びc)が,本精製の中心となるものであり,原告製法の特徴である。
他方で,被告が主張する被告工程()及び()は発酵によるプラバスタチンの生成,被告工程()及び()は粗精製の段階の工程であり,これをもって被告製品のレベルまでプラバスタチンナトリウムの純度を向上させることはできず,被告工程()が,本精製にかかわるものであって,原告工程b)及びc)と対比されるべきものである。しかしながら,被告工程()は,その具体的な手法が開示されておらず,その開示がない以上,本件特許権を侵害していないとはいえない。
ま た,発酵液中のプラバスタチンからプラバスタチンナトリウムを得るためには,ナトリウムを導入する工程が必須であるところ,被告製法においては,その工程 が開示されておらず,また,発酵液中にアンモニウムイオンやナトリウムイオン等のカチオンを導入したのか否かも開示されていない。そして,これらの過程に おいて,液-液抽出法を用いている可能性も,極めて高い。
() なお,被告は,被告製品の製造方法を変更するようであるが(甲38),変更後の製造方法についての開示も行っていない。
エ 被告製法の原告工程a)の充足性①(「濃縮有機溶液の形成」について)
() 原告工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」とは,「培養液中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液」をいう(本件明細書【0008】)。

・・・。

(被告の主張)
(1) 被告製品の構成について
被告製品が,本件各発明の技術的範囲に属するとの主張は,争う。
(2) 被告製品の製造方法について
特許法104条は,方法の発明についてのみ適用があり,本件各発明が物の発明である以上,その適用がないことは明白である。
また,被告製法が本件特許の請求項1記載の製造方法と異なることは,被告において具体的に示しており,かつ,本件各発明のプラバスタチンナトリウムは新規性を有しないから,特許法104条の推定が働く余地はない。
() 被告製法は,概ね次のとおりである(以下,この各工程を「被告工程()」等という。)。

・・・。

第4 争点に対する判断
争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか)について
(1) 本件特許の特許請求の範囲の各請求項は,物の発明について,当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。
と ころで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許請求の範囲 に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,当該製造方法の記 載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で,一定の化学物質等のように,物の構成を特定して具体的に記載するこ とが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技術上否定できず,そのような場合に は,当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
し たがって,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲 に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであっ て,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段 の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれる と解するのが相当である。

そこで,本件において,前記(1)の「特段の事情」があるか否かについて,検討する。
ア 物の特定のための要否
証 拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,本件各発明に開示されているプラバスタチンナトリウム自体は,当業者に とって公知の物質であったと認められる。そして,本件特許の請求項1に記載された「物」である「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であ り,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,その記載自体によって物質的に特定されており,物としての特定をするために,その製造方法を記載せざるを得ないとは認められない。
す なわち,本件特許の請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバ スタチンナトリウム」という「物」は,当該物の特定のために,その製造方法を記載する必要がないものと認められる(なお,当該物の特定のために,その製造 方法を考慮する必要がないことは,当事者間に争いがない。)。

イ 出願経過
証拠(甲1,2,乙3(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願の経緯及びその過程において原告が行った説明等は,次のとおりであると認められる。
() 原告は,平成13年10月5日に本件特許の国際出願をし,平成14年11月27日付けで,願書に添付して提出した明細書とみなされる翻訳文を提出した。当該翻訳文中の特許請求の範囲には,次のとおり,製造方法の記載を含まない請求項が含まれていた(乙3の1)。
「【請求項1】実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.5%未満のプラバスタチンラクトンを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

・・・。

a 意見書の記載(乙3の10の3頁以下)。
「7.理由6及び7(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)
について
(1) 本願発明について
既 に御説明致した通り,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るのは極めて困難であり,従来技術においては,例えば99.5%以上という高純度のプラバスタ チン又はプラバスタチンナトリウムを得ることは不可能でありました。その主な理由は,プラバスタチンの生成の過程で必然的に生成するプラバスタチンラクト ン及びエピプラバはその理化学的性質がプラバスタチンに非常によく似ているためです。
本発明は,(1)精製の前段階として,酢酸ブチル類又は酢酸プロピル類を用いて,発酵液からプラバスタチンを抽出すること,及び(2)(a)酸処理及び/又は塩基処理によりプラバスタチンラクトン及びエピプラバを破壊するか,又は(b)プラバスタチンのアンモニウム塩の結晶化を反復してプラバスタチンラクトン及びエピプラバを除去することです。」
b 手続補正書の記載(乙3の11)
「【請求項1】0.5重量%未満のプラバスタチンラクトンが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.2重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。

・・・。

() 本件特許の出願は,平成17年4月22日付けで,「引用例2には,99.7~99.8%のHPLC純度を有するプラバスタチンのナトリウム塩が記載されている(実施例1~3)。引用例2には,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量についての記載はないが,医薬として使 用される化合物はより純度の高い方が好ましいことは技術常識であるところ,プラバスタチンのナトリウム塩の精製を繰り返すことにより,より純度の高い,プ ラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量の少ない本発明のプラバスタチンナトリウム等を得ることは当業者が容易になし得ることである。」等の理由で, 拒絶査定を受けた(乙3の13)。なお,この拒絶査定においては,製造方法の記載がされていた前記()bの請求項7(本件発明1と同一の内容)については,拒絶理由がある請求項としては挙げられていない。
() こ れに対し,出願人である原告は,平成17年7月25日,拒絶査定不服審判の請求をするとともに(乙3の14),同日付けで手続補正書を提出して,製造方法 の記載がなく,プラバスタチンラクトンやエピプラバの含有量を示すことのみで特定したプラバスタチンナトリウムに関する請求項(すなわち,物のみを記載し た請求項)をすべて削除し,前記争いがない事実等に記載した特許請求の範囲の記載と同一とする補正を行い(乙3の15),前置審査の結果,同年9月16日 付けで特許査定を受けた(乙3の18)。

(3)ア 以上述べたように,本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されており,物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされていること,そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特 に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項 について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)か らすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであるから,次のとおりと解される。

・・・。

2 争点(1)イ(被告製品の構成要件充足性)について

・・・。

⑵ 認定被告製法が原告工程a)を充足するか。

・・・。

ウ 小括
以上のことから,被告製品は,原告工程a)を充足するとは認められないから,その余の点を判断するまでもなく,被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない。

・・・。

3 結論
よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清 水 節 裁判官 坂 本 三 郎 裁判官 岩 崎 慎

当 事 者 目 録
ハンガリー国<以下略>
原 告 テバ ジョジセルジャール ザートケルエンムケド レースベニュタールシャシャーグ
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 上 谷 清
同 永 井 紀 昭
同訴訟復代理人弁理士 中 島 勝
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 仁 田 陸 郎
同 萩 尾 保 繁
同 笹 本 摂
同 山 口 健 司
同 薄 葉 健 司
同 石 神 恒 太 郎
同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 福 本 積
同 補 佐 人 弁 理 士 石 田 敬
東京都千代田区<以下略>
被 告 協 和 発 酵 キ リ ン 株 式 会 社
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 吉 澤 敬 夫
同 三 村 量 一
同 補 佐 人 弁 理 士 高 柳 昌 生
同 廣 田 雅 紀
同 杉 村 純 子
スポンサーサイト



■コメント:

■コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 

PR


最近の記事

プロフィール

徳重大輔


Author: 徳重大輔

バイオ、医薬、特許関連のブログです。
業界動向や知財判決などの情報をアップしていきます。

SK特許業務法人に勤務しています。明細書作成、特許調査、その他一通りやってます。明細書はバイオ医薬(特に抗体医薬)、調査は無効資料調査が特に得意です。

お問い合わせは、
biopatentblog@gmail.com
もしくは、
info@iyakunews.com
へお願いします(@は半角に変換してください)。

QR code

QR

RSSリンク