■ビスフェノールF型フェノキシ樹脂 平成20(行ケ)10096 審決取消請求事件


コメント:「先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきである」とした上で、組合わせの容易性を否定した事例。


平成20(行ケ)10096 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成210128日 知的財産高等裁判所
判 決
原 告 日 立 化 成 工 業 株 式 会 社
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 長 谷 川 芳 樹
同 清 水 義 憲
訴 訟 復 代 理 人 弁 理 士 池 田 正 人
同 城 戸 博 兒
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 岡 本 昌 直
同 佐 野 遵
同 中 田 と し 子
同 豊 島 唯
同 小 林 和 男

主 文
1 特許庁が不服2005-12671号事件について平成20年1月29日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨

第2 争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯
原 告は,平成7年5月16日,発明の名称を「回路用接続部材」とする発明について,特許出願をし,平成16年4月27日付けで明細書の発明の詳細な説明に係 る手続補正をしたが(甲2),平成17年5月27日付けで拒絶査定を受けたことから,同年7月4日,これに対する不服の審判(不服2005-12671号 事件)を請求するとともに,同年8月3日付け手続補正書(甲3)により手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,平成20年1月29日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その審決の謄本は,平成20年2月12日に原告に送達された。

2 出願当初の特許請求の範囲
出願当初の明細書(以下「本願明細書」という。甲1)における特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,出願当初の請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
「下記(1)(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,導電性粒子よりなる回路用接続部材。
(1) ビススフェノールF型フェノキシ樹脂
(2) ビスフェノール型エポキシ樹脂
(3) 潜在性硬化剤」

3 本件補正後の特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。補正部分に下線を施した。甲3)。
「【請求項1】下記(1)(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材。
(1) ビスフェノールF型フェノキシ樹脂
(2) ビスフェノール型エポキシ樹
(3) 潜在性硬化剤」

4 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特開平6-256746号公報(以下「引用例」という。甲4)に記載され た発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して 特許を受けることができないものであるから,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に 違反するものであり,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである,そして,本願発明は,引用発明に基づい て,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
審決の認定した,引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容(甲4)
「下記(1)(4)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0~30体積%である導電粒子よりなる,形状がフィルム状である接着フィルム。
(1) アクリル樹脂
(2) フェノキシ樹脂
(3) ビスフェノール型エポキシ樹脂
(4) 潜在性硬化剤」
(2) 本願補正発明と引用例との一致点及び相違点
(一致点)
ビスフェノール型エポキシ樹脂と潜在性硬化剤の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材
(相違点)
本願補正発明が,接着剤組成物の必須の成分として「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」を含むのに対し,引用例に記載の発明では,「アクリル樹脂」と「フェノキシ樹脂」を含んでいる点

第3 当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)引用発明の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1),(2)相違点に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)がある。
(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び相違点の看過)
・・・。
(2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)
・・・。

2 被告の反論
(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び相違点の看過)に対し
ア 審決における引用例の摘示が不十分であったことは認める。
しかし,・・・。

(2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)に対し
ア 引用例記載の「PKHA」について
・・・。

第4 当裁判所の判断
当 裁判所は,審決には,相違点の看過についての誤りがあるか否かにかかわらず,引用発明のフェノキシ樹脂について,相溶性,接着性がより一層良くなるよう に,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであるとした点には誤りがあると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 本願明細書と引用例の各記載
・・・。

2 判断
(1) 特 許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発し て,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係 る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには, 当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程に おいては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意 識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには, 先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達 するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。

(2) 上記の観点に立って,審決の判断の当否について検討する。
ア 前記1,(1)の本願明細書の記載,特に各実施例と比較例1との対比部分の記載に照らすならば,本願補正発明においてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を必須成分として用いるとの構成を採用したのは,ビスフェールA型フェノキシ樹脂を用いることに比べて,その接続信頼性(初期と500時間後のもの)及び補修性を向上させる課題を解決するためのものである。
一方,前記1,(2)の引用例には,「フェノキシ樹脂は・・・エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する」(甲4の段落【0007】)と記載されており,格 別,相溶性や接着性に問題があるとの記載はない上,回路用接続部材用の樹脂組成物を調製する際に検討すべき考慮要素としては耐熱性,絶縁性,剛性,粘度 等々の他の要素も存在するのであるから,相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等がされている と認めることはできない。また,一般的に,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が本願出願時において既に知られた樹脂であるとしても(乙2,3),それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていたものと認めるに足りる証拠もない。
さらに,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べてその耐熱性が低いという問題があること,すなわち,「JOURNAL OF APPLIED POLYMER SCIENCE VOL.7,PP.2135-2144(1963)(甲6)によれば,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2138TABLE IのPolymer No.2に該当する。)のガラス転移点は「80℃」であり,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2139TABLE IIPolymer no.3に該当する。)のガラス転移点は「100℃」であり,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の耐熱性が低いものと認められる。上記のビスフェノールF型フェノキシ樹脂の性質に照らすと,良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として,格別の問題点が指摘されていないビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)(甲4の段落【0022】)に代えて,耐熱性が劣るビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが,当業者には容易であったとはいえない。

イ 審決は,引用発明にビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが容易である根拠として,「引用例には・・・実施例として『PKHA(フェノキシ樹脂, 分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイド株式会社商品名)』・・・を用いることも記載されている」点を挙げる(審決書5頁28行~6頁 4行)。しかし,審決が引用する「PKHA」(甲4の段落【0022】)は,特開平9-279121号公報において,「PKHA(ビスフェノールAより誘 導されるフェノキシ樹脂は、ユニオンカーバイト株式会社製商品名・・・)」との記載があり(甲5の1の段落【0086】),また,米国特許第 4343841号明細書においても,「これらの樹脂は,ユニオンカーバイド社からBakeliteフェノキシ樹脂・・PKHA・・として商業的に入手で き,そして,ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから得られる高分子量熱可塑性ポリマーと表現される。」(甲5の2第4欄44行~48行。訳文)との記 載がある。したがって,審決が引用する「PKHA」は,ビスフェノール「A型」のフェノキシ樹脂であり,ビスフェノール「F型」のフェノキシ樹脂ではない から,引用例の「PKHA」との記載は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることに対する示唆にはなり得ない。

(3) 小括
以 上の事実を総合考慮すれば,引用例に記載された発明のフェノキシ樹脂についてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが当業者にとって容易想到であ るということはできず,本願補正発明が特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとした審決の判断には誤り があり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
3 結 論
以上のとおり,原告主張の取消事由2(相違点についての容易想到性判断の誤り)には理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部 裁 判 長 裁 判 官 飯 村 敏 明 裁 判 官 齊 木 教 朗 裁 判 官 嶋 末 和 秀
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